仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

9 / 26
三日目-2 臆病な皇帝

 夜が来た。マリードールが輝いて、その時を告げる。

 もう慣れたと言わんばかりに目を瞑った朔月(はじめ)が瞼を再び開けば、そこには崩れたボロ小屋が立ち並んでいた。

 

「また廃墟、か……」

 

 荒廃した剥き出しの土の上に、ホームレスの住んでいるような住居が乱立している風景を眺めて朔月はそう呟いた。スラム街。あるいは難民の寄り合い所帯のようだ。空模様は曇天。時間に意味があるとは思えないが、一応は昼間らしかった。そしてやはり通例通りに人の気配がないことを確かめれば、ここが今日の戦場なのだと朔月は確信する。

 だから前例、前々例に習い、探索から始めることにした、

 その矢先。

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪』

「えっ」

 

 頭の中にだけ響いたその声に、朔月は思わず顔を上げた。

 その声、この現象に聞き覚えはある。ノーアンサーのアナウンス。

 だけどそれが鳴り響くのは決まってライダーバトルの終わり際だった。終了を知らせる合図。今までに無い出来事に、朔月は足を止めてしまう。

 

『ビックリしたー? まぁしてなくてもいいけどー』

 

 相変わらず場違いに陽気な声につい溜息を吐く。憂鬱な気分と相まって、苛立ちが朔月の胸の中に沸き立った。

 そんな朔月に構わずノーアンサーは続ける。

 

『それで今日は初っぱなにお知らせ! なんと今日はー……バトルロワイヤルでーす♪』

 

 告げられた言葉の内容に朔月は目を丸くした。

 

「バトルロワイヤル……って」

『そう、全員での殺し合いでーす♪ みんなでバトってー、潰し合ってー、そして勢い余ってブッ殺し! ……キャッ、こわーい♡』

 

 朔月の疑問に答えるように戯けたアナウンスが響き渡る。それを聞いて、朔月はハッとした。

 

(そっか。てっきり一対一が基本だと思っていたけど……)

 

 今までの朔月のバトルは一対一だった。二戦目にはダムドがいたが、それでもライダーは一人ずつ。一対一の決闘方式がオーソドックスなのだと思っていたが……。

 

(考えて見れば参加者は奇数。一対一を作ろうとすれば、必ず一人余ってしまう……)

 

 そしてノーアンサーに説明されたルールに一回休みなどのルールは存在しなかった。というより、一対一というルール自体が無かった。

 なので恐らく、朔月の知らないところでは三つ巴なども今まで普通にあって……そして今日のように全員参加となることもある、ということなのだろう。

 

『人数が多いことを加味して制限時間はいつもの倍! あ、元の世界に戻る時間はいつも通りだから安心してねー』

 

 朔月は顔を顰める。それは有り難くないニュースだった。戦わず時間が過ぎ去ることを目的とする朔月にとって、バトルフィールドで活動する時間が増すことは純然たるマイナス要素だからだ。

 

『参加者全員参加なんて、今日が最後かもね? じゃ、頑張ってー♪』

 

 最後に縁起でも無い言葉で締めくくり、ノーアンサーの声は途切れた。

 

 再び静寂が戻った脳内に、不安が渦巻く。全員参加。一対一でさえ激しい戦いが繰り広げられてきたのだ。しかも時間は倍。今回のバトルは今まで以上に激化するだろう。

 

(………爽)

 

 無言で歩きながら、朔月は今日のことを思う。

 決定的な断絶。だと朔月は思っている。

 あの神社で見つめ合い、その後二人は無言で別れた。話すことも、目を合わせることもなかった。

 きっともう二度と無いのだろうと思うと……朔月の胸に針を刺すような痛みが奔る。

 心通わせたあの瞬間が心地よくて……抱き合った時の温もりを忘れられない。

 

 出来れば戦いたくない。それが心の叫び。

 でも戦いは避けられない。それが理性の断言。

 

 相反する激情で板挟みになった軋みは胸の痛みという形で現われる。胸を押さえ、それではちっとも治まらないと知りながらも、朔月は祈るように手を重ね合わせた。

 どうか、爽とは戦いになりませんように。

 

 そしてそもそも戦いになりませんように――と付け加えようとして、

 そっちの方はどのみち叶わなかったな、と悟る。

 

「ダムド……!」

 

 道とも言えないような道を歩いていた朔月の前に、黒光りする人影が現われた。

 見紛う筈もない。髑髏のような面をつけた異形、ダムド。それが三体。

 

「……仕方ない、か」

 

 諦観と共に朔月は呟き、胸元のマリードールを掴んだ。

 出てきたのが例えばライダーなら、朔月は戦いを避けるように努力しただろう。話し合うなり、逃げるなりと選択した筈だ。

 だがこの黒い影が話が通じない連中だということは昨日の時点で身に染みている。斬り捨てれば霧に還るような奴輩なら、命を奪う恐れもなかった。手加減も必要ない。

 

「変身!」

 

 マリードールを握りしめ、光と共に現われたドライバーへ叩きつける。聞き慣れ始めたドライバーから流れる電子音が朔月の耳朶を打つ。

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 壊れたラジオのような音が鳴り響けば、朔月の肢体は銀の光に覆われその姿を変える。

 鉄仮面。黒い襤褸。敗残兵のような、それでいて幽鬼の如き威迫を漂わせる立ち姿。

 仮面ライダー銀姫。

 鋼の鎧を身に纏う騎士は、流れるような動作で腰部を叩き剣刃を作り出した。

 

「……来い!」

 

 気合いを入れるため強めの言葉を吠えつつ、銀姫は直剣を正眼に構えた。

 その言葉が通じたようには見えないが、ダムドの内の一体が、奇声を上げながら迫り来る。

 

「キシャアアアッ!!」

「やあっ!」

 

 その動きに合わせ、剣を横倒しダムドの腹に押しつけた。そしてそのまま、すれ違いざまに刃を滑らせる。腹を掻っ捌かれたダムドは黒い霧を血のように噴出し、やがてその全身は霧に還っていった。

 鮮やかとすら言える、あっさりとした一幕。

 

「よし……」

 

 その手応えを感じ、銀姫は剣の柄を握り締め直した。

 やはり、強くはない。剣でも拳でも、一撃で打ち倒せる程度の強さ。そして、前回は苦戦した数という脅威もこの場にはない。

 なら後は力任せに残る二体を切り払って、この場は終わりだった。

 

 黒い霧に消えていくのを見ながら、銀姫は溜息をついた。

 

「はぁ……これで終わり?」

 

 残心、という概念を一介の少女が覚えている筈もないが、それでも警戒心を露わにして周辺を確かめる銀姫。だがスラムのような風景に他の動く影はない。

 

「……数が少ない?」

 

 前回とは違い、ダムドはたった三体だった。妙に感じる。前回は地平を埋め尽くさんばかりの数に襲われた。それと比べると少なすぎる。

 二例だけで比較するのはおかしいかもしれないが、しかし爽も最初の戦いで大量のダムドに襲われたことを仄めかしていた。それも加味すると、三体だけというのはやはり少なく思える。

 それに、ボスらしき相手もいない。

 

「どういうこと……かな?」

 

 そう思案していると、ふと気付く。

 いつの間にかスラム街からははみ出ていた。そして、ダムドらが立ち塞がっていた先の風景が真っ直ぐに途切れている。どうやらそこから崖になっているらしい。下の風景は見えない。

 もしかしたら、そこに答えが広がっているのかもしれない。

 

「よし……」

 

 念の為変身は解かず、銀姫は崖の上に立って眼下を見下ろした。

 そしてその光景を目撃し、絶句する。

 

「……これ、は」

 

 荒野のただ中、崖から少し遠くに広がるのはビル群だった。発展した都市だったのか、中央には巨大なスタジアムが存在している。しかし窓ガラスが粗方割れ砕け、倒壊している物も混じっているそれらはあからさまな廃墟だった。風に灰が含まれていることから、火災か何かで燃え落ちたのかも知れない。

 しかし、それ以上に銀姫の瞳に印象付いたのは、その合間を練り歩くダムドたちの姿だった。

 ビルの屋上を、ガラスを失った窓の中を、折れた信号機の下を。

 あたかもそこに存在した住民の代わりの如く。

 まるでゾンビパニック映画のように、無数のダムドが徘徊していた。

 

「ダムドの街――!」

 

 それが、今回のバトルフィールドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が経って。

 銀姫はダムドから隠れながら街へ潜入していた。あのままスラム街に隠れていても埒があかなそうに感じたからだ。危険だがダムドのボスを見つけるにしろライダーから隠れるにしろ、街に向かった方が良いと判断した。

 無論、見つかっても交戦できるよう変身したままだ。

 

「ホント、たくさんいる……」

 

 息を潜めて呟いたその言葉は愚痴だった。路地裏から罅割れた道路を覗けば、そこには歩行者天国のようにダムドたちが彷徨っていた。

 道路だけではない。すぐ近くのビルの二階に目を向ければ、窓からダムドが階下を見下ろしているのが見える。建物に入って上っていったかと思えば、降りてくるダムドもいた。その所為で全体数は把握しづらいが……。

 少なくとも見えているだけで、昨日のダムドの群れは超えている。

 

「これが一斉に襲いかかってきたら……」

 

 銀姫の喉がゴクリと鳴る。

 それは絶望的な想像だった。

 

 だがしかし、幸いだったのは――

 

「っ!」

 

 背後から聞こえた音に銀姫は慌てて振り返る。路地裏とて安全ではない。大通りから溢れたダムドが入り込んで来ることもある。背後にいたダムドも、そうした内の一体だった。

 ひたり、ひたりと銀姫の方へ向け一歩ずつ歩いてくるダムド。夢遊病者のように不確かなそれは明確な意思を孕んでいるようには見えない。銀姫は息を潜めた。かくれんぼで鬼から隠れるかの如く。だが明らかに、ダムドの視界内には映り込んでいる位置だ。

 しかしダムドは……そのまま何も反応を見せず、銀姫とすれ違った。

 まるで見えていないかのように銀姫の前を通り過ぎる。目線を向けることすらしない。

 結局目の前にいた銀姫に気付かず大通りへ戻っていくダムドを見送り、固唾を呑んでいた銀姫は安心したように溜息をついた。

 

「ふぅ……意外な能力だけど、使えるね」

 

 そう言って銀姫は足元まで伸びた襤褸(・・・・・・・・・)を翻した。

 これは銀姫の肩甲から垂れている襤褸が伸張した物だ。

 街に近づいた銀姫が何かダムドから身を隠す方法はないかと思案した瞬間、それが起こった。急に襤褸が伸び、身体のほとんどを覆ったのだ。

 そしてマリードールから伝わる直感通りに行動してみると、なんとダムドが銀姫を見てもスルーしていくではないか。顔の部分は見えているにも関わらず、だ。

 どうやらこの形態でいる限り、ダムドに敵視されないらしい。

 

「ダムドに同族扱いされるってのは、ちょっと嫌だけど……」

 

 自分の身体に牙を突き立ててきたあの感触を思い出し複雑な気持ちになる銀姫だったが、それはそれとしてこの力は有用だ。この形態なら、大通りを歩いてもダムドたちに怪しまれない。

 しかしそれならば逆に疑問が生まれる。

 何故銀姫はダムドに見つからないのに隠れているのか?

 

 それは、他のライダーに見つからない為だった。

 バトルロワイヤル。全員参加。つまりこの戦場には。

 

(爽も……そして、竈姫(へき)もいる……)

 

 銀姫は自分を睨み付ける恨みの籠もった瞳を回想した。明確な敵意。そして実際に弄ばれた記憶を思い出し、身を固くする。

 あの少女はきっと、自分を積極的に狙ってくる。

 爽ならまだ、自分以外を狙う可能性もあった。勝ち残り願いを叶えるのが目的なら、何も今銀姫を倒す必要はない。先で必ず戦う宿命であったとしても、昨日今日では流石に戦いにくい……と、銀姫はせめて信じたい。

 だが竈姫は銀姫を付け狙うだろう。もしかしたらノーアンサーからのアナウンスがあった時点で銀姫一点狙いに決めつけているかもしれない。考えすぎかとも思うが、竈姫に銃撃されながら追いかけられた記憶がそれを強く裏付けている。

 

 それにそもそも、この街で戦闘なんてすればダムドの餌食だ。それも避けたい。

 以上の理由から、銀姫はダムドからもライダーからも身を隠していた。

 

「でもこのままじゃ限界もあるよね……」

 

 ダムドだらけの街で路地裏を渡り歩きながら銀姫はそう独りごちた。

 路地裏は見つかりにくいがそれも比較的に、というだけだ。例えば見晴らしのいいビルの屋上から見下ろせたのなら、ダムドの中を掻い潜る銀姫はかなり見つけやすい存在だろう。屋上にもダムドはいるが、銀姫と似た能力を持っていないとも限らない。特に銀姫は竈姫に屋上からの銃撃を浴びせられた経験があるだけにそれを強く警戒した。

 それを回避するには……銀姫は思考を深くする。竈姫に追われた時はどうしたのだったか。

 

「そうだ……建物の中に入れば少なくとも狙撃はされない」

 

 建物の中に入れば見つかりにくい。あの逃避行も、結局は建物の中に入って終わらせた。

 だがビルの中にはダムドがいる。襤褸の効果で見かけは隠れられていても、接触すればどうなるか。それはまだ分からない。だが直感が危険だと囁いている以上、止めた方が無難だろう。

 だとするならば、大きな建物を選ぶべきだ。ダムドとすれ違うことも避けられる……例えば、大人数が予め通れるよう設計された通路。

 銀姫は崖から見下ろした景色を思い出す。

 

「スタジアム!」

 

 思い立った銀姫はスタジアムを目指し、進路を変えた。

 だが銀姫は戦わなければならない相手を警戒するあまり、忘れていた。

 自分は他にも、名前を知っている相手がいることを――。

 

 

 

 

 

 

 スタジアムは、比較的綺麗に保たれていた。

 ところどころ灰が積もってはいるが、大きく崩れたところはない。相当掃除をする必要はあるが、そのまま利用再開出来そうなくらい原型を保っている。

 適当な入り口を見つけて中に入った銀姫を待ち受けていたのは意外な朗報だった。

 

「やった。中にダムドは少ない」

 

 いないわけではない。だが建物の規模と比べれば圧倒的に少なかった。入ったのはロビーらしき空間だったがそこにいたダムドは一体や二体。歩いてすれ違うことは愚か、走ってもぶつからない数だ。

 

「でもロビーじゃ流石にすぐ見つかるよね」

 

 ライダーから隠れるにしてもこんな見通しのいい場所じゃすぐ発見される。そう考えた銀姫はスタジアム内を探索し始めた。スタジアムの中は銀姫が知っている物と大差ないようで、前に友人に誘われてライブに赴いた経験が活きた。

 さして足取りを迷わせることなく銀姫はスタジアムの内装を紐解いていく。そうして辿り着いたのは、『STAFF ONLY』と書かれた鉄扉だった。関係者専用の裏通路だ。

 

「ここならうってつけね」

 

 普通にスタジアムを流離っても分かりづらいし、何より扉は固く閉ざされている。銀姫は街を往くダムドを観察し、奴らが扉を開けるような知能は持っていないことに気付いていた。あるいは生者の気配を感じ取れば突進するなりしてこじ開けられるのかもしれないが、襤褸を纏った銀姫ならばそれも避けられる。

 

「お邪魔しまー……す?」

 

 いくら廃墟といえど普通なら侵入を禁止されている場所へ踏み入る、精神的な抵抗感からそう言えば、銀姫はちょっとした違和感に気付いた。

 

「この扉、歪んでいる?」

 

 実際に開けようとするまで気付かなかったが、どうやらこの扉、少し歪なようだ。

 なんというか、一度強い力で何かが衝突したかのように凹んでいる。それに気付かなかったのは、どうやら後ろからも同程度の力で押し潰されて、辛うじて元の扉の体裁を保っていたからだ。

 まるで子どもが箱を凹ませて、それを戻そうとしたかのように杜撰な、修理? のような痕跡。

 

「なんだこれ……?」

 

 首を傾げながらも銀姫はその扉を潜った。中には雑多な物たちが積まれた、殺風景な通路が続いている。人に見せることを考慮していない特有の無骨さ。正に裏側だ。

 やはり灰が積もっていたりして汚れてはいるが、進むのに支障を来す程ではない。

 が、その灰を見て、ハッとした。

 

「足跡?」

 

 床に薄ら積もった灰。その上にまるで新雪を踏みしめた跡のように、微かな足跡が残されていた。

 一気に銀姫の警戒心が引き上がった。先の考え通り、ダムドがいるとは考えづらい。となると残された可能性は――。

 

「っ、ライダー!」

 

 それに思い至った銀姫は身構えた。気配を探すべく感覚を研ぎ澄ます。すると、カタン、という微かな異音を捉えた。

 

「誰かいるの!」

 

 そう叫べば、更に大きなガタン! という音が鳴り響く。その方向を察知できるぐらい、大きな音だった。

 

「……こっちだね」

 

 音の方向へ近づけば、そこにあったのは掃除用のロッカーだった。どうやら音の発生源はこれを揺らしたもののようだ。

 となると犯人は、中にいる。

 

「………」

 

 音はもうしない。本当に中にいるかは、実際に開けてみるしかない。

 意を決し、銀姫は扉に手をかけ――そして一息に開け放った。

 

「ひゃ~~! 襲わないでくださいぃぃ~~!!」

 

 そして響き渡ったのは、ちょっと間抜けな少女の叫び声だった。

 

「え?」

 

 ライダーとは予想していた。つまり少女だとは。

 しかし不意打ちならまだしも、まさか悲鳴を上げられるとは予想だにしていなかった。

 

 銀姫はロッカーに収まっていた少女をつぶさに観察する。艶やかな黒髪。怯えてきゅっと竦めて柳眉。そして馬を模した幻想的な髪飾り。身につけている仕立ての良さそうな黒と白の長袖ワンピースを除けば、その姿には見覚えがあった。

 思い出し、ハッとする。

 

「も、もしかして……えっと、真衣?」

 

 銀姫は思い出した。彼女は王道真衣。あの時、荒野で自己紹介をし合った少女だ。

 が、肝心の真衣らしき少女は怯えて目を瞑り銀姫に気付かない。

 

「お、お願いですダムドさんっ、私は食べてもおいしくありませんから、どうか見逃してくださいっ」

 

 どうやらパニックになりすぎて銀姫が人間であることに気付いていないようだ。

 

「い、いやダムドじゃないし。こっち見てよほら」

 

 そう言って銀姫は自分を指差した。その言葉に真衣は薄ら瞳を開け……。

 

「ひ、ひぃっ! やっぱりダムドさんじゃないですかっ!」

 

 再び目を閉じて怯えてしまった。ガクッとしながら銀姫は自分の格好を思い出す。確かに纏った襤褸は黒く、ダムドを思い起こさせるかもしれない。だがダムドを騙すのはまだしも、人間すら騙されてしまうとは……なんとも言えない気分になる。

 

「い、いや違うから。ホラ」

 

 銀姫はマリードールを引き抜いた。変身が解除され、制服姿の朔月が露わとなる。

 再び目を薄く開けた真衣は、しかし今度は嬉しそうにぱぁっと表情を華やがせた。

 

「は、朔月さん~~!」

「し、しっ! 声が大きいよ」

 

 感動のあまり抱きついてきた真衣を受け止めつつ、朔月は指を唇に当てて警告する。真衣は慌てて自分の口を塞ぐが、周囲に気配はない。少なくとも、声が聞こえる範囲にダムドはいないようだ。

 それにホッと息をついて真衣は脱力し、朔月にしなだれかかった。

 

「はぁ~~……よかったぁ、朔月さんが来てくれて……ホントに怖くて……」

「何があったの?」

 

 へなへなになってしまった真衣を手近な場所にあったダンボールに座らせ、朔月は事情を聴取した。

 

「私……このスタジアムがスタート地点だったんです」

「あぁ……そういうこともあるか」

 

 バトルフィールド、この世界の法則はまだ分かっていないが、今までの経験から見て少なくとも最初の出現位置がバラバラなのは確かだろう。なら、そういうこともあり得る。

 だがそれはなんとも。

 

「……不運だね」

「そうなんですよ~!」

 

 朔月は郊外のスラム街がスタート地点だったからよかったものの、ダムドが徘徊する街の中心地であるスタジアムで目覚めてしまうとは相当にツイてない。

 真衣はその時の恐怖を思い出しているのか今にも泣き出しそうだ。

 

「周り見たらダムドだらけで、しかも割とすぐ見つかっちゃってぇ……。ライダーに変身して倒して、そしたらその騒ぎを聞きつけて集まって来て、それも倒して……それをずっと繰り返すことになっちゃって……」

「……あぁ、もしかしてスタジアムのダムドが少ないのって……」

 

 合点がいった。つまり真衣が粗方倒してしまったのだ。

 

「それで怖くなっちゃって、この通路を見つけてずっと隠れてたんですよ! 最初ドアが開かなかったから、蹴破って」

「あれも、そういうことか」

 

 扉の凹みを思い出しそちらも納得する。

 真衣の印象に反して荒っぽい手段なのは、それだけ彼女が当時パニックになっていたということだろう。

 

「それからずっと、ずぅ~~っと! このロッカーで息を潜めて……うぅ、怖かったです~~」

「あぁもう、よしよし……」

 

 縋り付き啜り泣く真衣をあやす。同じ泣いている子を抱きしめている筈なのに、爽の時と違う感じがするのは何故だろうか。

 だが見つけたのが真衣だったことは朔月にとっても僥倖だった。

 

「私も真衣を見つけられてよかったよ。これが他のライダーだったら……」

 

 例えば爽。例えば竈姫。

 もし出会えたのが真衣じゃなかった場合、この場で戦いになっていた可能性が高い。そうじゃないのは、同じく非殺同盟を結んだナイアぐらいだろうか。

 人肌に触れて安心したのか、朔月の胸元から離れた真衣もこくこくと頷いている。

 

「はい、私もよかったです。朔月さんが来てくれて、すごく心強いです。……でも、朔月さんはどうやってここに?」

「あぁ、私は……ライダーの能力。ダムドから隠れられるんだ」

「へぇ~、便利ですね」

「私も驚いたよ。真衣のライダーにはないの?」

 

 朔月が尋ねると真衣は苦笑する。

 

「あったらここで隠れていませんよ」

「そりゃそうか」

 

 さもありなんと頷いた。どうやらあの力は銀姫にだけ与えられた物らしい。

 だがそうなると、真衣は迂闊に動けない。朔月は周囲を見渡し、自分の考えを真衣へ伝えた。

 

「じゃあ、結局ここに潜んでいた方がいいかな。ここならダムドは入ってこないだろうし、入ってきたとしても少数だろうから、すぐ倒せる」

「ですね。私もそう思ったから隠れてました」

「……そう考えたのに、あんなにブルブル震えてたの?」

「だ、だって実際に待ってたら怖くなって来ちゃったんですもん……」

 

 そう指をつついて恥ずかしそうにしている真衣を見た朔月は、なんとも戦いに向いていない少女だという感想を抱く。

 最初に協力を提案した人柄といい、彼女はどこまでも温厚だ。朔月は自分もあまり戦いに向いているタイプではないと思っているが、真衣はそれ以上だ。殺し殺されとは程遠い。

 

「あのさ、なんで真衣は――」

 

 だから何故あの物騒なおまじないを唱え、こんな戦いに参加してしまった理由がますます気になって。

 しかしそれよりも早く、異音が二人の耳を掠めた。

 

「!!」

「今の……!」

 

 金属音だった。しかも、朔月も真衣も耳にしたことがある。

 だってこの通路に入るには、必ずしなければならないことだ。

 

「ドアの開く音……」

 

 それを確認するまでもなく、

 朔月は来た方向からゆらりゆらりと歩いてくる人影を認めた。

 それはここに来るまでに嫌と言うほど目にした姿だ。

 

「ダムド! だけど……」

 

 いくつかの疑問があった。

 まず何故、ドアを開けられたのか。街を彷徨っていたダムドは映画などのゾンビそのもので、扉を開けるほどの知能は見られなかった。廃墟となって扉が壊れていなければビルを昇ることすら出来なかっただろう。だからこそこの通路で安心していられたのに。急に知恵がついたとでも言うのだろうか。

 そしてもう一つの疑問は、ダムドの姿が違っていることだ。現われたダムドはほとんど通常のダムドと同じだが、何故か全身に包帯を巻き付けていた。黒光りする手足が白い布に覆われ、違った印象を受ける姿に変じている。パーカーダムドのようなボス個体か。朔月はそうも考えたが、その背後から現われた二体目が同じような姿をしているのを見てそれを改める。

 

「複数いる? 特別なダムド……?」

 

 だが合計四体現われたそれを見て悠長に考えている暇はない。朔月はここで戦うことを決心した。

 

「真衣、やるよ!」

「え? あ、そうですよね!」

 

 朔月はマリードールを取り出し構えた。それを見て、真衣も慌ててマリードールを手にする。

 

「変身!」

「へ、変身!」

 

 二人のマリードールは同時に装填された。

 歪んだ電子音が二重に響く。

 

《 Silver 》

《 Changeling 》

 

 朔月は本日二度目の銀色の光に包まれた。

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 銀甲冑と襤褸を纏い、再び銀姫が降臨する。

 その隣では、真衣が対照的な金色の光に覆われていた。

 

《 全ては人の為に 何故?

  世界を己の手に 何故? 》

 

 やはり問うような言葉と共に、真衣は鎧を纏っていく。

 それは、黄金の騎士のようだった。あるいは彼らを束ねる、孤高なる騎士王。身体を覆う黒いアンダースーツの上に豪奢な意匠の彫り込まれた金甲冑を身につけ、兜からは幻獣に似た一角が伸びている。背からは真紅に染まったマントが流れ、勇壮なその姿を祝福するかのようにたなびいていた。

 立ち姿からも伝わる、圧倒的な武威。弱々しいとすら思えた真衣の面影は、線の細い口元を残すのみだった。

 

「それが、真衣の……」

「はい」

 

 真衣であったライダーは小さく頷き、ベルトの右側を叩いて武器を生み出す。

 金の粒子が集まって出来たそれは、柄まで含めれば身の丈に届きそうな、黄金を溶かして鋳固めたかの如き大剣であった。

 

「これが私の仮面ライダー。仮面ライダー……乖姫(かいき)!」

 

 高貴なる黄金造りのライダーが、銀姫と並び立った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。