これまでも、ハリボテエレジーをテーマにしたウマ娘作品はありました。
ある作品では人間が被り物をしてました。ある作品では曲がれないウマ娘であると表現していました。ある作品ではウマ娘になりきれなかった少女として描いていました。
それらは全て素晴らしい作品でした。そこに違いはありません。でも納得が出来ませんでした。
ひねくれたことに自分は曲がろうと思えば曲がれるじゃないかと思ってしまいました。
人間がフリをしているのが気に入りませんでした。
そんな悶々とした考えから生まれたのがこの作品のハリボテエレジーです。
ウマ娘にとって足は命だ。比喩抜きに、本気で走る事の出来ないウマ娘はそのストレス故に早くに亡くなることが多いらしい。走るのは本能であり、幸福だからだ。
足が遅いと思い悩むウマ娘がいた。でも彼女は私を見て悩まなくなった。
身体が小さいと嘆くウマ娘がいた。でも彼女は私を見て自分の身体に何も言わなくなった。
足が脆いと言うウマ娘がいた。でも彼女は私を見て全力を出せないながらも本気で練習に励み始めた。
「ごめんね……!ごめんねぇ……!!」
苦しげに謝る母の顔が未だに頭を離れない。
母は、特筆すべき強さは無かったもののそこそこの成績を残し引退したウマ娘だ。トレーナーだった父と結婚し、私が産まれた。二人とも、深く、深く私を愛してくれている。出来損ないの私が今の今まで生きてこられたのは二人が愛してくれたからだ。
でも、だけど、それでも、私の足はどうしようもなかった。治るとか、そういう話じゃない。だって私には
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少しばかり、転機と言えるものがある。いわゆる義足というものを手に入れた日だ。
「嬢ちゃん。走りたいか?」
「…………うん!」
そう言ったお爺ちゃんは、所謂装蹄師と言われる仕事をしている人だった。義足というものは、この世の中ではほぼ全てが人間用だ。まずもって、生まれながらに足の無いウマ娘というのがいないのである。まるで、何かに守られているかのように。
腕の無いウマ娘を見た事はある。片目が見えないウマ娘、耳の聞こえないウマ娘、喋ることの出来ないウマ娘もだ。でも、足の無いウマ娘は、たとえ片足だけでもいなかった。私だけだった。それを嘆きはしない。だって、みんなはこんな思いをしなくて済むのだから。
装蹄師のお爺ちゃんは、方々に掛け合って私の義足を作ってくれた。所謂競技用義足というものだ。とは言え、あくまで人間用のものを改造しただけの物。でもそれでも、その日、大腿骨が義足に圧迫される痛みすら忘れて私は人生で初めて
でも、走れるのは直線だけ。曲がる事は出来なかった。簡単な話だ。私は足が無いとはいえあくまで身体はウマ娘。例え義足でも、生まれる速度は人間とは段違いだ。急拵えの改造義足では、耐久性に難があった。いや、それ以前にウマ娘の身体能力についていける義足など作れないのだ。
でも、それは希望だった。ほんの少しの希望を見つけてしまった。そうなれば、私はもう縋るしか無かった。
その日から私は、もしかしたらなんて有り得ない事を、何度も何度も考え続けている。
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トレセン学園。入れるのは一握りの才あるウマ娘だけ。到底私が入れるような場所では無い。でも、諦めきれなかった。
「質問。君は、何故ここに来た」
幼く見える理事長さんの瞳に侮蔑の色は存在しない。出来損ないが何しに来たと言われても文句は言えないと理解している。私の姿だけ見て突き返されても仕方がない筈なのだ。でも筆記試験を終え、散々な結果となった実技試験を終えて、最後の面接で彼女は真摯な瞳で私という
「私は、ここに走りに来ました」
高望みはしない。したいけれど。本当なら一番になりたい。本当なら一番前を駆け抜けたい。私の中の本能が何度もそう叫ぶ。だけど、偽物の足は満足に曲がることも出来ない。でもせめて、私は駆け抜けたい。一度だけでも駆け抜けて、それを両親に見せたい。あなた達の娘はこんなに立派に走り抜けたんだって、走り抜けたんだって。
「この
私の名を体現したい。お母さんの、お父さんの耳に鳴り響く
「それが、ハリボテエレジーというウマ娘の夢です」
コレは、私が本物を見せるまでの物語だ。
多分初見はゴルシすら曇る。
この考えに辿り着いた時自分ってこんなに鬼畜野郎だったっけぇ?ってなりました。書いてて苦しい。