とある男の日記   作:ラーメン屋

9 / 12
ビスケット=クルーガー

 切っ掛けはジジイからの電話。

 

「ビスケ、久しぶりに裏ハンター試験の試験官をやらんか?」

 

 最初は断ろうと思ってた。

 ストーンハンターとしての仕事を真剣にやっている時期だったし、今更あたしが試験官をするのも違うような気がしたからね。でも、ジジイは推してきた。

 

「今年の合格者に二名ほど潜在能力の高そうな子を見つけたから、オヌシに頼みたくてな。正直その二人が何処に堕ちてもおかしくない雰囲気があってのォ。信頼できる試験官に任せたいんじゃよ」

「どれくらい高いんだわさ?」

「うむ、十二支んレベル若しくはそれ以上じゃな」

「……は?それ本気?」

「ワシは嘘なんかつかんぞ」

 

 (はぁ、どの口が言ってんのよ)

 いつも平気で嘘ついてんでしょーがッ!……でも、確かにジジイはこの手の話で嘘はつかない。だとすれば、未だに何にも染まっていない宝石があるってこと。ジジイがアタシに頼むくらいの原石。それをアタシが育てる……。

 

「うふふふふふふふ、良いわねェ~」

「お、その様子だと受けてくれそうじゃの」

「ええ、良いわよ!今回はジジイの口車に乗せられて上げるんだわさ!」

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 ……ありえない。

 たった五日間で精孔を完全に開けるなんて……しかも二人とも。単純に才能があるって言葉で流して良い話じゃない。才能があるって言われたアタシでも2か月は掛かったのに、それをこの短期間で習得するって……異常だわさ。

 

 十二支ん以上は確定、なんなら育ち方次第ではジジイに触れる事さえ可能なほどの才能。まさに、磨けば磨くほど光る原石。そして、二人ともそれぞれが違った良さを持ってる。

 

 本当にジジイは良い拾い物をしたもんだわさ。

 こんな若手を二人も同時期に手に入れるなんて、ハンターとしての『運』は現役ね。

 

「じゃあ、今日から本格的な念の修行に入るわよ!」

「ブラックだー!休みをくれー!昨日まで五日間ぶっ続けで修行したのに一日の休みももらえないなんて横暴だー」

「そうだそうだー。オウボウだー」

「うるさいわね。昨日は早めに終わったでしょ」

「は?アレだけで休んだって言えるわけねーだろ。ババアボケてんのか?」

「はぁ?」

 

 まぁ、ケイの口が悪いのだけが欠点だわさ……シズクは良い子だけどね。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 一日で四大行の三分の一を終わらせるなんて本当に理不尽だわさ。

 今回初めて天才って部類の奴らと真面目に関わったけど、こんなの余程心が強くないと途中で投げ出すわね。自分が数年かけてやってきたことを数日で修め、日が進むごとに自分が何時か抜かれるという現実と向き合わないといけない。

 

 教える立場ってのは思っていた以上に奥が深いみたいね……残酷だわさ。今回ばっかりはジジイが羨ましく感じちゃう。

 

 それにしても、この二人よくここまで堕ちずに来れたわね。

 両親がいない状態で流星街を生きていくなんて、相当な地獄を見てきたはずなのに自分たちを生んだ両親を恨まず笑い飛ばせるなんて、強い子たちだわさ。

 

 ……この子達は立派なハンターにして見せる。

 これは、身の上話を聞いたからでも念を教える裏試験官としてでもなく、ストーンハンターとして原石を磨く事に手は抜かないというこれまでのハンター人生で貫き通してきた意地に賭けてやってみせるわさ!

 その為にも明日からの修行内容は四大行の応用まで見据えた計画を組んでいくわよ!

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 本当にこの二人はバランスが良いわね。

 嵌まれば強い力を発揮する具現化系と戦闘において最もバランスが良い強化系。二人がそれぞれ足りない部分を補填しあえる関係になれる。

 

 これからはそれぞれの長所を伸ばせるような修行にシフトした方が今後の二人にとっては良いでしょうね。明日からは、修行と同時並行で長所探しとか本人がやりたいって言ってる分野を伸ばす方向で進めて行くとして、その他にも個別でアドバイスも増やして。あぁ、それと『発』の修行計画も綿密に立てないと……。

 

 あ゛あ゛あ゛ー!本当に原石って磨くの楽しいわね!

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 ケイは、かなり念に対して頭が柔らかいわね。

 自分の中で実際に念を使った戦いがどうなるかを考えて修行してた。その結果『堅』の修行に到達してたしかなり筋が良いわ。シズクもシズクで自分で何かを考えて挑戦するケイみたいな積極性はないけど、一度やると決めたことをずっとやり続けられる才能をもってる。

 

 うん、悪くない。

 

 ただ、舐め腐った態度だけは矯正しないとダメね。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 念を教えてから三か月。

 この期間は、じっく~りと基礎を固めたからね。そこそこの念使いには成長したわさ。これからは、遂に応用編。念能力者の基本にして真髄。

 

 どこまで成長するかは分からないけど、手は一切抜かないわさ。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 シズクの成長が凄いわね。

 特に『周』は、文句の付け所が無い。習い始めて数日で完璧に使いこなしてる。ケイもそれを隣で見て肌で差を感じてるせいか修行に力が入っちゃってるわね。今までは横並び状態で進んで行ってたのに、差が目に見えて出始めたことで焦ってるって言ってたけど……それにしても変なとこでガキな部分が出てるわさ。

 本当は今まで自分が守ってた女の子に抜かされて焦ってるだけでしょ。ソレを修行のせいにして……本当に青いわねェ~。

 

 まぁ、ソレを本人に言っても悪態ついて誤魔化してるけど、しっかりと向き合いなさいよ自分の気持ちと。アンタがいつも一緒にいる相手は、ずっと一緒に居られるわけじゃない。ハンターなんて危険な仕事してたらいつ会えなくなってもおかしくない。

 

 それを早く自覚しなさいな。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 攻防力組み手をして分かったけど、ケイは実戦における『流』が得意みたいね。それにしても、シズクは『周』の才能を発掘したときにあんなに大人しくて良い子だったのに……それに比べてケイは、すぐ調子に乗ってアタシに勝てるとか言い出すし、本当に単純バカね。

 

 なんでシズクはこんなバカに捕まったのかしら。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 毎日攻防力組み手をしてるけど、ケイの『流』の成長は早い。シズクを置いていく勢いで成長してるわさ。今なんてアタシとの瞬発組み手になってるし、師匠として一番最初に抜かされる分野はどうやら『流』みたいね。もし、このままの速度で成長していくなら元の姿に戻っての修行も視野に入れた方が良さそうだわさ。

 

 シズクもケイの成長速度に隠れてるけど異常な速度で成長してる。特に最近は、アタシたちが組み手をしてる間に『周』の鍛錬をしてるのか、物に纏わせるオーラの流れが洗練されて行ってるわさ。あれは具現化系としての『発』を開発したときに本領が発揮されると見たね。

 

 二人とも念能力者としての戦闘基本を学んでる状態だけど、『発』を作ったときにその積み重ねが開花する。その原石が宝石としての片鱗を見せる瞬間、ソレが近いとストーンハンターとしての勘が言ってる。うふふふふふふふ、楽しみだわさ。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 シズクの『発』は、流星街出の生活からかなり影響を受けてるわね。

 生き物以外を吸い込む掃除機と念能力を吸い込む掃除機。……自分の育った環境がかなり嫌いだったんでしょーね。そうでないと生き物以外を何でも吸い込む掃除機なんて普通思いつかないし、思いついたとしてもこんなに早くイメージが固まるはずがない。

 

 昔の生活が相当心に残ってるんだわさ。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 本当にバカだわさ!

 なんで相談しないで勝手に能力作ってんのよッ!今までの修行計画が台無しになっちゃうしょーが。なーにが「必殺技は隠してこそカッコいい」だわさ。普通は、そんな理由で念能力作んないのよッ!

 

 でも、こればっかりはケイのバカさ加減を理解してなかったアタシが悪いわね。シズクは何にも驚いていなかったし、普通にケイが『発』を作ってるのに気付いてたんでしょうね。

 

 まぁ、散々文句は言ったけど能力自体は本当によく出来てた。

 オーラを刃状の鞭に変化させる能力。使いこなすことが出来れば近・中距離の戦闘において無類の強さを発揮できるはず。何よりも相手に能力がバレても問題ないかつ間合いを簡単には測らせないのが戦闘向きで良いわね。それに、最後まで能力を隠しておけばここぞという時の切り札になりえる攻撃力も持ってる。

 

 バカが考えたとは思えない能力だわさ。

 ただ、明日からは要練習ね。……アタシも次から元の姿に戻ろうかね。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 念能力を使っての実戦形式の修行に入ったけど、二人とも流星街で暮らしてきたおかげか戦闘中の戦闘考察力が非常に高いわさ。まぁシズクに関しては掃除機持ったまま闘えるか不安だったけど、しっかりと動けてたし後は経験を積んでいくだけね。

 

 ケイは、思った以上にブレードが厄介ね。この前聞いた限りでは、単純な能力だから逆に弱点も少ない程度の認識だったけど、実際体感してみると変わった。ブレードの数や出現場所、伸びる距離すべての要素がブラフになるし本命にもなれる。普通のパンチもブレードが出れば簡単には避けられない、数によっては面の攻撃にもなれるし……良い能力だわさ。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 そろそろこの子達から離れないといけない。

 ハンター十か条の一 ハンターとは何かを狩らなければならない。アタシは、ストーンハンターとして原石を磨くというハンターにおける一つの狩りをケイとシズクを育てることで完遂した。であるならば、次の狩りを目指すのが当たり前。一つの場所に居て何も狩りをしないなどハンター失格だわさ。

 

 だから、離れないといけないけど……アタシは親の気持ちになっちゃってる。

 

 今の環境が心地よくて離れたくない。そう思ってる。

 他の試験官が見ればアタシなんて教える立場としては失格も失格、落第レベルって言うわね。本当なら試験を合格してるのに、自分の気持ちを優先して何も伝えずズルズルと時間を伸ばして一つの場所に拘束する……ほんとにダメだわさ。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 二人に心配かけちゃったわね。

 アタシの様子がおかしかったのかシズクがこまめに話しかけてくれた。ケイも気になってたのかいつもは聞かないような体の心配とかしてくるし逆に調子狂っちゃったわさ。

 

 

 

 明日でお別れすべきね。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

「はい、終わり」

 

 そう言ってビスケは大人から少女へと姿を変える。その姿には余裕があり、まだあまり疲れていないことが見て分かる。それに対して四肢を投げ捨てるように地面へと寝転がっているケイとシズクの二人。疲れ切っているのか死んだ魚のような顔をしていた。 

 

「また負けたぁ!どうやったら最終形態に勝てるんだよ~」

「ビスケ強すぎるよー、どうやったら勝てるの?」

「まぁ、アンタ達に必要なのは念戦闘の経験ね。そればっかりはアタシだけじゃ教えらんないとこだわさ」

 

 三人になってからの日常。ケイとシズクの二人がビスケに負け地面に転がり、文句を言いながらも反省会を行いその日の修行を締める。

 

 ―――そんな毎日。 

 

「……これ以上はアタシから教えることは無いわね。合格だわさ二人とも。これで修行も終わりよ」

 

 ビスケの言葉を聞いて二人の動きが止まる。二人とも何を言われたのか頭で処理できていないのか呆けた顔をしていた。 

 

「え?まだ一回も勝ててないのに合格?」

「は?どういうこと?」

「元々、裏ハンター試験ってのは四大行を教えた時点で終了。今まで続けてたのはアタシのわがままみたいなもんだわさ。だから、二人とも今日から正式なプロハンターよ!」

 

 そんなビスケの言葉を聞いても納得できていないのか、まだ困惑した表情の二人。

 

「合格で良いけど、ババアに勝ちたいし俺はこのまま修行してぇー」

「私達、大人ビスケに勝ててないしこのまま続けたい」 

 

(うぅ~、な、なんて嬉しいこと言ってくれるんだわ゛さ゛~。そんなこと言われたら離れられなくなっちゃうわよ゛ー)

 

「それは嬉しいけどダメ!アンタ達もハンターになったんだったら、何かを狩るハンターじゃないといけないの。こんな所で修行をしてるだけじゃあハンター失格だわさ。……それに何でもかんでもアタシが教えちゃ逆に二人の才能を潰すことにもなるからね。これからは自分たちで頑張んって行く、そういう時間よ」

 

 

「ん゛ん゛ー、確かにババアに教えてもらうだけってのも……自分で成長したことになんねーのは分かるけども……」

「でも、ビスケに教えてもらった方がやりやすいのにー」

「んぁ、も、もう!とにかく明日からはプロハンターとして自分の欲しいモノをハントしなさいな!ほら、いったいった!」

 

 こうしてケイとシズクの裏ハンター試験は終わりを迎えた。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 現在三人はジャポン中央空港へと来ていた。

 

「忘れ物ない?航空券持ってる?ミンボの地図も忘れてない?」

「だから持ってるって!しつけーよ」

「アンタ達変なとこで気が抜けてるから心配なんだわさ」

「それにケイはさっき航空券忘れてたしねー」

「いや、あれはシズクが持ってると思ってただけだし、それに実際持ってたからセーフ」

 

 ケイとシズクは、修行が終わったあと今後どうするか迷っていた。

 念の修行に集中していたため頭から消えていたが、当初は自分たちの欲しいものを探すために旅に出ていた。なのに何も欲しいものを見つけていない。それで少し悩んでいたが、最終的には旅の続きをすることで落ち着いていた。そうして話を進めていると、丁度良くメンチから連絡が来た。

 

 内容は、ハンター試験に合格してから一年以上も会っていないから久しぶりに遊ぼうという誘いの連絡。どうやら俺達が裏ハンター試験を合格するのを待っていたらしく、終わったのを知ってすぐ連絡を入れたということらしい。

 

 そして翌日、ビスケへ感謝のお礼を言ったあと、すぐ空港へと向かっていた。……のだが、無事に行けるか心配したビスケが空港まで二人に付いていくと言いだした。

 

 ―――そして現在。

 

「二人とも健康には気を付けなさい。ハンターにとっては病気が一番怖いからね。自分の身体は商売道具だってことを忘れるんじゃないわよ。あと、仕事を受ける時は自分の身の丈に合った条件で受けること!身の丈以上の仕事は死に直結するんだわさ。それから……修行を怠っちゃダメ。念は筋肉と同じで動かさないと鈍るからね。あとは……困ったことがあったらすぐ連絡しなさい。絶対駆けつけるから。もちろんタダじゃないけどね。三割引きくらいにはしとくんだわさ。それから―――」

 

 そう早口でまくし立てるビスケを二人は呆れた顔で見ている。ビスケもその視線に話している途中で気が付いたのか少し恥ずかしそうな顔で話を止める。

 

「―――ん゛ん゛ん゛、ま、まぁ気を付けなさい」

「アンタは俺らのかーちゃんかよ」

「ビスケならお母さんでもいいよ」

「な、なに言ってんだわさッ!お母さんじゃないわよ!ただ心配しただけ!」

 

 そうして三人で楽しく話をしていると、ミンボ共和国行きの飛行船案内アナウンスが流れる。

 

 

 

 修行に入ってから一年半。

 

 宝石の原石。そう評するのが正しい二人。私はここまでの才能を持った人間を育てたことがなかったから分からなかったけど……教育者にとって一を教えて百以上を覚える才能程怖いものはない。自分の努力が一瞬で抜かれるという恐怖感。それがある。

 

 でも、その何百倍も教えるのが楽しい。

 自分の教えたこと以上のことを学び糧にし成長する。それがどこまで行くのか見てみたくなる。だから、離れるのにここまで掛かってしまった。

 

 ただそれも、やっと終わる。

 

「……じゃあ、二人ともいってらっしゃい」

 

 少し寂しそうな顔をしながらも笑顔で二人を送るビスケ。

 

 別にこれが一生の別れっていうわけじゃない。連絡先も持ってるし、調べようと思えばハンターサイトで調べることも出来る。だから、何の心配もない。

 

 でも、やっぱり少し寂しい。

 

 

 

 

 

「うん、行ってくるね」

「おう、行ってくる」

 

念の修行を始めてから一年半。

ようやくケイとシズクのプロハンター人生が幕を開ける。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。