タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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血筋

 

まだ空気の澄んだ時間。間もなく太陽は顔を出すだろうが、少し早いタイミングだった。目覚ましよりも前に目覚めてしまった僕は何度目かの寝返りをうつ。

 

「……」

 

どうにも眠れず、かといって起き出すには早すぎて。

 

……こういう時は朝のロードワークでも行くべきか。幸い、決められたコースであれば道路のウマ娘専用レーンを使って走る事は黙認されている。それ以外を走るならトレーナーとの契約が必要になるけども、この地域の人達はウマ娘に対して寛容で協力的だ。

 

トレセン学園が地域経済に貢献している割合が大きいからか、それとも夢破れて失意の中トレセン学園を去っていくウマ娘を何人も見ているからか。

 

……止めよう、人の善意を穿った方向で考えるなど。こういう時は決まってナーバスになっている証拠だ。

 

ふと、なぜそう思ったのかは分からないが扉の前に気配がした。もしかしたらそれを理由にして、部屋を出たかったのかもしれない。だれも居なければそれでいい。そう思ってベッドから立ち、寮部屋の扉を静かに開けた。

 

「おっ、と」

「……フジ寮長?」

 

扉を開けたら、フジキセキ先輩がまさに扉をノックしようとしていた。こちらから開けられるとは思っていなかったのか、一瞬驚いた表情をしたもののすぐにいつもの調子へ戻す。まだ日も出ていないこんな時間に寮長が一体何の用だろうか。

 

「起こしちゃったかな?朝早くにすまないね」

「いえ、どうされました?」

 

ルームメイトを起こさないよう廊下に出てから向き直った。

……表情から察するにあまり良いことではないだろうが。

 

「実はね……レッドディザイアが寮を抜け出したみたいなんだ。何か心当たりはあるかい?」

「イアちゃんが?」

 

告げられた言葉に、今度はこちらが目を丸くした。

 

全寮制のトレセン学園には門限があり、夜間はもちろんのこと早朝でも外出していい時間には制限がある。トレーナー付きといえど外出・外泊申請の提出またはレース遠征なりの理由が必要だ。

 

チーム契約を失ってしまった僕らも外出するにはもちろん許可がいる。しかしイアちゃんがそういった申請を出した様子はなかったし、フジキセキ先輩も受理していないそうだ。だとすれば無断外出という事になってしまう。これ以上あの子が問題を起こすと少々…いや、だいぶマズい。

 

「最近思い詰めた様子だったから心配してたんだけど……そうか」

「あの、僕捜しに行きます」

「お願いできるかな?たまたま居たブエナビスタにも頼んだんだけど、人手は多い方が良いしね」

 

そうなると、果たしてイアちゃんはどこまで行ってしまったのだろうか。しらみ潰しに回るとしてもこの学園は広大だし、敷地外へ出てしまったのならもうお手上げだ。探しようがない。

 

「守衛さんにも聞いたけど、それらしいウマ娘は通ってないそうだ。おそらく学園内にはいると思う」

「なら、だいぶ絞れます」

「ピサ、君にもお願いしていいかな?」

ぎょい(御意)

 

いつの間にか起き出してきていたルームメイト、ヴィクトワールピサにも声を掛けるフジキセキ先輩。

 

「この事は……」

「大丈夫、()()()()()()()()()()()よ。私たちも……気持ちはよく分かるからね」

「ありがとうございます」

 

おそらく、同じ学年のウマ娘だけに声をかけ、不必要に話が広がらないようにしてくれているのだろう。

 

ひとまずジャージに着替え、僕たちはロードワークに向かう(てい)で寮を出た。もうすぐ太陽が昇って朝トレーニング組が動き出す。

 

……タイムリミットは近い。見つかって他のトレーナーから学園に連絡が行ってしまったならそれまでだ。

 

「さて、後は頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ピサとは手分けして探そうと二手に分かれいざ寮を飛び出してみれば、しかし意外なほどあっさりと目標は見つかった。

悩めるウマ娘を導くと言われる三女神の像の、その前。並んでベンチへと座っている見慣れたロングヘアと選抜レースで幾度も彼女を下した優等生(ブエナビスタ)

 

「まったく……世話が焼ける」

 

短く嘆息して声をかけようとしたところで、僕は肩を叩かれピサに止められた。

どうやら一足先に彼女らを見つけていたようで、人差し指を立てて僕に手招きする。すこし行儀は悪いが物陰へと潜み、ちょっと待てということらしい。

 

 

「───いつか、アナタを超えるよ。ブエナビスタ」

 

 

一陣の風が吹き抜ける。

 

ここ最近の沈んだレッドディザイアの物とは違う、凛とした迷いのない声。昨日までの彼女とまるで違う様子に何が起きたのかと脳内は疑問で埋め尽くされた。たが、てしてしと当たるピサの耳がくすぐったくて思考は霧散していく。

 

「きっと、いい変化した」

「……良かったよ」

「フジ先輩に連絡する」

「そうだね……ナビがついてるなら大丈夫だ」

 

耳を器用に動かして微笑むピサの横顔。彼女らに何があったのかは分からない。しかし、どうやら事態は良い方向に転がったらしい。近頃見せなかったレッドディザイアの意思の灯った顔が、朝日に照らされ眩く輝いた。

彼女は、イアちゃんは殻を破ったんだ。いや、ようやく霧が晴れたと表現した方がいいだろうか。

 

 

「───何してんだ、お前さんら」

 

 

低い咎めるような声音にピサと二人、びくりと肩を跳ねさせて振り向く。二人とも悲鳴をあげなかった事を褒めてほしいし、そもそもウマ娘の耳で気が付かないほど静かに歩くだなんて、反則だろう。

 

僕たちもそうだが、イアちゃんとナビにもその声は聞こえており、そちらもびくりと肩を震わせてこちらを見ていた。

 

「ロー……くん?」

「ごめん、わざとじゃないんだ!」

 

いったいどう言えば正解なんだ……!?

 

よりにもよって見つかってしまったのが、このトレーナーなのもまた良くない。とにかく弁明しようと言葉を捻りだそうとするが、板挟みになってしまったことで頭は回らず。向こうも、何らかの状況であると察したか頭を搔いて息を吐いた。

 

「あー……ま、落ち着けョ」

 

僕らが何かを言おうとするものの、皆一様に言えないでいた。それを見かねたトレーナーは手を出して遮り、あの時と変わらないテンションで、変わらないトーンで言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だな?なら気をつけていけよ。朝早いとはいえ車は走ってるからな」

 

それだけ言って踵を返し、ひらひらと手を振ってウオッカ先輩のトレーナーは去っていく。

 

見逃された……のか。咎めることだってできるし、本来なら僕らは規則違反で通報されてもおかしくない。ただでさえイアちゃんと僕は執行猶予のような状態なのだから。

 

「ま、待ってください!」

 

後ろから響いた声に、去ろうとしていたトレーナーさんは足を止めた。イアちゃんは立ち上がって向き直る。

 

「お時間を、頂けませんか」

「……走る理由は見つかったか?」

「───ええ」

 

力強い返答。少しの迷いも見せず、彼女は答えた。

 

「分かった。なら明日聴こう。その格好で見つかるとマズいから寮に戻れ……あぁそうだ、フジキセキにお礼を言っとけョ」

 

拒否されるだろうと思っていたその提案。レッドディザイアの表情を見て、トレーナーさんは判断を下したようだ。

 

「それでいいな?ローズキングダム」

「僕も、いいのですか?」

「───何か、あるんだろ?お前さんも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、分かってるよお母様……必ずや、薔薇一族に栄光を」

 

耳を突くトーンの音がやけに貼り付いた。いつもの文言を口にして、通話を切ってから小さなため息を吐く。ウマホを耳から離して画面が消えた後も、僕はしばし画面を見つめたまま……やがて少し乱雑にウマホをベッドへと放った。

 

何度目だろうか……このやり取りをするのも。

 

G1ウマ娘を多数輩出した歴史の長い名家といえばメジロやシンボリなどだろうか。

他にもナリタ、テイエム、メイショウ、エア、アドマイヤやアグネスといった、優秀なウマ娘を送り出す近年名前を聞くようになった家。そうではなくとも一般家庭に生まれながら素晴らしい成績を残したウマ娘は多い。

 

オープンウマ娘で上澄み、重賞ウマ娘ともなれば一握り、GⅠウマ娘などその一滴。

 

もちろん中央・地方トレセン学園に入学するのがウマ娘の全てではない。レースに関わらず、一般人として生きていく方々も居る。だが、ウマ娘の居る(そういう家)には、なんの因果かは分からないがウマ娘が産まれやすい傾向にある。

 

僕の家、薔薇一族もそういった家だ。フランスから渡日した曾祖母ローザネイおばあ様から始まり、母であるローズバドの功績、親戚のローゼンクロイツやヴィータローザはURAで走り重賞を勝っている。

 

一族から複数の重賞ウマ娘が誕生しているのだ。相当な戦果だろう。なにせクロイツ姉様もヴィータ姉様もGⅠレースのターフに立ったのだから。

 

しかし、その頂は遥かに高い。我が一族は未だGⅠの戴冠ならず。

 

そもそもGⅠグレードのレースが年に何回開催されるのかと考えれば、チャンスは多くなく、そのうえレースに参加できるのは獲得ファン数の条件をクリアしたウマ娘が最大18枠まで。

 

ここにジュニア、クラシック、シニアと階級の条件が加わる。そして自らの距離適性、芝ダートどちらに適合するかの問題……。出てくるのはそんなハードルをクリアした猛者達。その壁の高さは想像に難くない。

 

様々な課題をクリアして、GⅠに出走できただけでも大健闘だと思わないだろうか。

 

……だが、個人は良くても家はそれで満足しない。走れない人間(ヒト)は家の名を売るため、ウマ娘に期待する。だから掲示板に入るだけではダメなのだ。

 

家の為に、家族の為に戴冠を、と。

 

母だってレースの難しさを知っている。そしてGⅠを獲る道の遠さも。だが家の事を考えれば、僕にプレッシャーを掛ける(期待する)他ないのだろう。

 

『1着でなければ意味が無い』

 

そう聞いて、聞かされて幼少の頃から中央を目指した。

 

……URAで、最短で獲れるGⅠといえばジュニア級12月の開催である朝日杯フューチュリティステークスか阪神ジュベナイルフィリーズまたはホープフルステークスの3つ。

 

謹慎期間としてトレーナーと契約を結ばずに待つことが、周囲とスムーズにやる最適解だろう。僕だって理屈は分かる。

 

だがそれではダメだ。あのトレーナーの言った通りに、3ヶ月近くも無所属でいる空白を空けてしまったらジュニア期GⅠにはとても間に合わない。

 

「……分かっている、さ」

 

もう僕に取れる選択肢は一つしかない。いや、とっくに答えは出ているんだ。

 

「また、お母さん?」

「…………ごめん、うるさくしたね」

「大丈夫だよ。ファミリーのコミュニケーションはとっても大切」

 

ルームメイトは僕の家庭事情にも理解を示してくれ、こうして寮部屋で通話中も配慮してくれている。

申し訳なく感じているし、ついつい甘えそうになるのを堪えつつ普段の生活でお返しするようにしているが、彼女の協力はありがたい限りだ。

 

「心配しなくても約束は果たすさ」

「ん」

 

耳を振るわせて彼女はにかんだ。花も綻ぶ笑顔とは正しくこれだろう。

……ささやかな、約束。僕とルームメイトの間で交わした約束は『クラシックで会おう』というもの。そんな、できるかも分からない約束を彼女はとても大切にしてくれている。

ならば、僕が答えない道理はない。

 

「薔薇一族に栄光を」

 

その一言を支え()にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

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