【悲報】ワイ、ワーム。竜やけどモテない   作:オリーブそうめん

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閑話のことは閉話と勘違いしていたことがあります。
難しいですね。
死角の隙間は不思議なお薬で見えるようになりますよ。


閑話 嘘を嘘と見抜けない人には難しい

 

 

「やった、やったぞ。遂に、遂に俺は『アカシックレコード』に辿り着いたぞ。

はははは、素晴らしい。素晴らしい。

私は今知識の深海を泳いでいる」

 

 白髪交じりの魔術師は歓喜のあまり叫ぶ。

 

 

 そう。

 現存する最も古い魔術師の家系の当主であるセレマ・ゴールデンダウンは、遂に魔術界隈における一種の頂点へと辿り着いた。

 彼は無秩序な知識の大海へと、今まさに飛び込んだのだ。

 尚、彼は知識の海で泳いだ経験はこれまでになく、完全に初めての泳ぎである。

 余談ではあるが、彼は水泳が苦手で所謂カナヅチであり、その理由は息継ぎがド下手だからである。

 

 

「はは、そうか、そうだったのか。つまり、竜は滅ぼさなければならないんだ。

万能の知識が積極的に竜の悪行を勧めてくれている。

これほどの意見が皆竜を滅ぼすべきだと言っている。

竜を殺すためにはどうすればいい。そうか竜を殺すには…竜を殺すには人を殺せばいいのか。

よし、戦争しよう。

それで大勢人が死ぬはずだ。

戦争を起こすには金が要る。

金の稼ぎ方を知っている知識たちよ、どうか俺にその知識を…、そうか、なるほど。

やはり戦争は良い。

武器が飛ぶように売れる。

いや、戦争が悪いという声も多いが、戦争によって得られる金があれば…!!

戦争の損害を他者に任せ、その利益を自分だけに集中させる方法などないものか。

今それを調べ尽くして────あああああああ、頭が痛い。

人間は美味しい? 違う今聞きたいのはそれではなくっ!!

竜を殺さないと。そうそれだ。

竜より人が憎い? これは誰だ。

魔王許さない。魔王許さない。魔王許さない。魔王許さない。魔王許さない。 憎むのは当然だな。

バフォメットの丸焼きは美味しい。食べないで?美味しい?食べないで?それよりおいしいの声が多い。

ペンギン・ペンギン・ペンギンとは即ちペンギンでありペンギンの材料もまたペンギン…? なんだこれは。

ブロイラーの切り落とした頭蓋部分に酒を混ぜて飲む?

寧ろ頭蓋に溜まった液を頭蓋ごと発酵させていっぱいちゅき…なんだこれは。

今聞きたいのはそれではない。

獣共は人間より格下? それを今聞きたいので……聞きたいのか? もはや分からない。処理できない。

早く接続を止めねばっ、ああ、頭にっ!!頭にっ!!」

 

 

 

 辛うじてのところで、意識の大海から帰還したセレマ。

 彼は、これまでアカシックレコードへ挑戦し、還って来れなかった者達がいた理由を実体験で理解した。

 

「ああ、戦争をしないと

そう、戦Show推しNight!!

人と人との戦争を。

人と竜との戦争War!!」

 

 

 

 最大の戦争犯罪者にして英雄。セレマ・ゴールデンダウンは、この日、世界の全てを知った気がした。

 そしてその知識をもとに周辺国を併合し、強大化した戦力をもって竜へと挑むのだと、人が変わったように快活明朗な性格になり熱意に燃えた。

 

 彼は得られた金融知識をフル活用し、周辺国から財を勝ち取った。

 事業の拡大による雇用と納税により、国を豊かにするセレマを、彼の国は熱烈に大歓迎した。

 

『汝の欲する姿であれ』

 セレマのスローガンで彼の商会は一つになった。

 

 彼の国はもはや彼の立ち上げた商会無しでは維持できないほどに肥大化した。

 その結果。セレマの立ち上げた商会『アルスターグローリー』が国名へと変わった。

 もとから彼が実質的な国の支配者であった為、反対の声は出なかった。

 多くの周辺国はその状況に危惧したが、それらは全て優秀な人材を生めなかった国のひがみだとされて終わった。

 

 効率の良い投資が余裕を作り出し、その余裕から福祉を産める。

 それは経済の基本であり、如何に経済的強者足り得るかというのが、安定した基盤の構築に必要なのである。

 その国家運営方針は正しく成功し、一見経済最優先であり、福祉に使われる割合こそ小さいが、経済的な利益の量自体が凄まじい為に、結果として福祉に使われる金額も増加した。

 

 これまで元の国が「経済成長と救済福祉の両立」をテーマにしていたが、それよりも結果として経済という大樹に生えた福祉の幹の方が太くなったのだ。

 

 

 さて、その経済の大樹はアルスターグローリーだけでなく、周辺国の栄養をも吸収して成り立っている。

 つまりはアルスターグローリーのしあわせは、周辺国へのしわよせによって成り立っていたのだ。

 

 

 

 しかし、平和主義国家で有名であったアルスターグローリーは、これまで自発的には戦争をしなかった。

 けれども、常に相手に譲歩するという事は無い。

 逆に一度たりとも譲歩はしなかった。

 全てにおいて己の要求を通してきた。

 それを可能にしたのは、彼個人の魔力と深謀遠慮による圧倒的武力&武力。

 他の追随を許さない富国強兵の完成さえあれば、譲歩など必要なく自国の平和を維持できるのだから。

 

 魔竜エクソートゥの血を受けたモンスターの血によって作り出した、人工世界樹による自動防衛機能付き魔力供給システム。

 『シルバードラゴンプラント』によるものである。

 

 無駄な戦争を行なわない為の、過剰な戦力。

 それがアルスターグローリーの(・・・・・・・・・・・)平和を生み出した。

 

 勿論、周辺国においてはその平和は高く遠いものであった。

 乾き餓えて無に還る。

 人が人を喰らう地獄が、豊かな笑顔で溢れる天国の隣に存在していた。

 

 セレマ・ゴールデンダウンは自身を黄金と称し、シルバードラゴンプラントを白銀と称した。

 そしてアルスターグローリーの人々は彼に名付けられる事は無かったが、己たちを青銅の民と呼んだ。

 それは黄金と白銀に配慮しつつ、己らが上から俯瞰する周辺国の人々(鉄屑)よりは高級であると自負したためだ。

 

 

「戦争は、始まった時には終わっているのが至高である」

 そう言ったのは、アルスターグローリー国家元首、セレマ・ゴールデンダウンであった。

 周辺国が完全に疲弊した最高のタイミングで、逆らう力がなくなった絶好のタイミングで、侵略戦争を開始したのだ。

 

 自国に被害が出ない戦力差をもって行う戦争ならば、武器や砲弾にかかるコストだけで、敵国の全てがリターンとなるのだ。

 アカシックレコードに至りさえすれば、このように黄金色の勝利さえ約束される。

 

 

 シルバードラゴンプラントが供給する魔力と生命力による経済発展。

 更にシルバードラゴンプラントが生み出すブレス。

 そして、シルバードラゴンプラント自体が吸い上げる周辺魔力により、枯渇する敵国。

 

 潤沢無尽な後方兵站。

 絶対無敵の戦線。

 放心欠我の敵国。

 

 負けるはずなど決してなかった。

 瞬く間に周辺国を支配し、その全てをシルバードラゴンプラントにより虐殺した。

 死した人々の魂は、シルバードラゴンプラントを唯一育てられる栄養となるのだ。

 

 

「我らは竜の従僕(しもべ)。我らが王より与えられし知識と力を前に朽ちるがいい」

 セレマ・ゴールデンダウンは自国の一人たりとも欠けない戦争の前に、敵国にそう告げた。

 

 

 銀の竜草を統べる彼は絶対不敗であった。

 竜の軍団は敵地から吸い上げた栄養と魔力で、味方には祝福の息吹を、敵国には竜の息吹を吹きかける。

 そして時折、地下から天に突き上がる根は、逃げ惑う人々を串刺しにして恐怖させた。

 前方に広がるは串刺しにされた屍。後方に広がるは戦火など知らぬように世界への挨拶(産声)を上げる赤子。

 これが、力であった。

 それは、絶対の力であった。

 だが、その『絶対』は、人間社会における絶対でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は強き心ではなく、強き知識に縋った。

よって────誅します」

 

 

 遠く離れた大国から派遣された聖女によって、全てのシルバードラゴンプラントと共にセレマ・ゴールデンダウンは倒された。

 聖女の役目は、シルバードラゴンプラントの回収。

 シルバープラントの種と、その育成ノウハウを全て回収した聖女は、それ以外に手を付けずアルスターグローリーを脱出した。

 

 

 大樹字(だいじゅうじ)聖教会認定聖女エウラリア最大の功績は、聖教会敷地内にある、聖天大樹と呼ばれるシルバードラゴンプラントである。

 何故なら、周辺の飢餓が巻き起こる中、教会の周辺にだけは潤沢な恵みが残されており、それが正しく神の奇跡に等しいと信じられたからである。

 尚、聖天大樹は未だ頂上部を中心に剪定され、美しい十字の容を保っている。

 

 

 

 

 

 尚、この後シルバードラゴンプラントを失ったアルスターグローリーは急速に没落し、また最後の周辺国に対する絶滅戦争に対する反動から、武力行使の一切を放棄した。

 否、シルバードラゴンプラントもセレマ・ゴールデンダウンもいないアルスターグローリーには栄光ある戦力など既にないのだ。

 

 周辺の国が復興を始めて、その力を少しずつ回復していっても尚、アルスターグローリーは真の非戦を謡い続けた。

 戦いなど人類には必要ないのだと。

 争わなければいけない他の生物と、分け合って平和を愛する事ができる人間は、精神の次元が違うのだと。

 

 武力行使の一切を放棄したとはいえ、未だ嘗ての遺産としての砲台や武装などが多く残っていた。

 それなりの知識を有したアルスターグローリーの上層部は、行使せずとも保有する武力の必要性を理解していたのだ。

 

 しかし、革命が起きた。

 『絶対平和解放戦線』という組織が、移民を中心に構築され、アルスターグローリーに完全な武力の放棄を迫った。

 彼らは暴動と粛正により、平和ボケしたアルスターグローリーを占拠した。

 そしてその翌週、全ての武装は破棄され、全ての国家指導部や役人は虐殺され、全ての兵士は危険人物として処刑された。

 支配権を持った『絶対平和解放戦線』は黄金の意思を継ぐ者を自称した。

 こうして、完全な平和主義国家が誕生した。

 

 しかし更にその翌週。

 暴動が延焼する前に鎮圧するという名目で、状況を眺めていた周辺国家群によって、時間を合わせたかのように同時に侵略が始まった。

 先に如何に多くのパイを切り取るかと競争するように、様々な国に侵略されて切り取られ、アルスターグローリーは世界から完全に消滅した。

 

 竜への恨みを持つ国々は、その正当な怒りを胸に、竜に媚びへつらいその邪悪なる力を手に入れた指導者に扇動されただけの人々を虐殺した。

 

 

 黄金の夜明けは、白銀の芽生えだけに注視し、照らしを待つ青銅に期待しなかった。

 故に────鉄屑に滅ぼされたのだ。

 

 

 しかし、それは彼の計画が破綻したという事を示しているのだろうか?

 彼は彼自身の主観においてさえ、敗北者であったのだろうか。

 実は彼が各国への戦争を始める前に手記に残されていた言葉がある。

 

 

【人よ恨め。竜を恨め。世界の進化の為に恨め。

そして滅びて贄となれ】

 

 その真意は学界で論議されてさえいないために、未だ解明されていない。

 真意どころか、真偽さえ疑わしいのだ。

 竜に魂を売った稀代の悪の象徴であるセレマ・ゴールデンダウンが、竜を憎むなどとは考え難いと。

 可能性があるとすれば、竜に魂を売れば勝てるはずであったのに、それさえ陰りを感じたなどその程度しか意見は出ていない。

 実際のところは審議さえされずに闇の中だ。

 

 

 何はともあれありがとう。

 セレマ・ゴールデンダウン君のおかげで、彼の国に滅ぼされた人々は竜を憎んで星に還り、彼の国もまた竜に誑かされた指導者を憎んで滅びたのだから。




一番最初の死角と死角の間に何があるかわかりましたか?

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