【悲報】ワイ、ワーム。竜やけどモテない 作:オリーブそうめん
皇帝と煌帝の戦争は、明らかに前者に分があった。
五代前に原竜を婿入れさせた事による龍脈吸収力。
それに加えてバハムート種固有能力である『龍脈放出』は、極光竜の純粋な身体機能と太陽風と冷気を圧縮して撃ち出す極低温プラズマ粒子咆を軽々と打ち破った。
喰らった龍脈を濾過して、己の竜血で染色し放出する『龍脈放出』は、龍脈吸収に優れたワームの因子を引き入れる事で漸く実践として使用出来る、文字通りの必殺技。
竜の生命力を惜しげもなく大量に使い捨てるは、まさに皇帝の御業。
その前に立ち塞がるものは無く、倒れ伏した極光竜達が戦力差を物語っている。
尚、当主の後ろに並ぶバハムートの軍は一切攻撃を行っていない。
これら全ては当主ただ一匹が成し得たのだ。
極光竜の中でも年若い者たちには、まだ被害は少ない。
彼等彼女等が、敗北を受け容れて逃げ延びてさえくれれば、何時の日にか再起があるからだ。
例え竜に飼われる獣として生きる事になったとしても、生きてさえくれれば…。
そんな老竜達の願いを聞き入れるには、若き極光竜達の意思は眩し過ぎた。
一族の最高傑作と呼ばれた品種改良の完成形は、一族が最も温存したかった姫は、冷厳の眼差しと灼熱の怒りで若竜達の先頭に立っていた。
交渉や和睦、命乞いなど思考の端にすら存在しない。
その戦意は留まることなく、凍える荷電粒子がその第二心臓でうねりを上げている。
だが、バハムートの当主は歯牙にもかけていなかった。
バハムート達は竜は星を超えられると本気で信じている。
ならば血の濃いバハムートが、竜の血を薄めに薄めた極光竜などという獣としての竜に負けるとは、笑い話でも言わない。
天魔帝バハムート。
その覇気は、竜の中において尚威圧的。
神代より続く名門が、新貴族を自称する獣如きに負けるはずも無い。
舐められたものだ。
そう独り言ちたバハムートの当主は、その両翼を若き竜達に向けた。
一瞬にして鏖殺は完了した。
嬲り殺しにする為に、敢えて楯突いた連中の代表であろう、前方中央の十匹だけは残してある。
そう。
それ以外の若竜達は、痕跡もなく消滅していた。
果たしてそれは偶然だったのか必然だったのか。
穴から出て来たリンドゥルムはその場に居合わせてしまった。
◆
「やはり来たかリンドゥルムよ。
彼方をバハムートに捧げよ。
その容姿、我らバハムートは気にせぬ。
その能力、その戦力、その血の力。
此方は彼方の容姿で差別などせぬ。
彼方の姉に此方の息子を捧げたのがその証拠。
彼方が望むなら好きな娘を番わせよう」
穴を掘って北極熊を食べに来たワイの目の前には、この世界で最高位のイケメン女帝がいた。
能力評価してくれてるのは嬉しいけど、差別されるような容姿って断言されるのはあんまりやで。
ところでな、さっぱりこの状況が読めないんや。
北極熊食うついでに、そう、あくまで北極熊を食うついでに目の保養が出来たらええなという健全な下心で穴掘って来たら、戦争というか一方的な蹂躙の最中でしたみたいな?
自分で考えておいてなんやけど、目の保養にやって来たって、何かストーカーっぽいな。
何かよくわからんけど、今って極光竜とバハムートが戦争中なんか?
大体あってると思うんやがどうやろ。
龍脈がバハムートの竜気に染まり過ぎていて、アカシックレコードは何もワイに教えてくれないんやで。
しゃーないから取り敢えず吸収しとくけど、これって女帝との間接キスみたいなもんやないか?
うわっ、顔正面から見れんで。
向こうは気にもしてないのは分かるけど、非モテ童貞には刺激強過ぎやろ。
女帝VS童帝じゃあ賭け事も成立せえへんで。
で、麗しき女帝様の後ろには、明らかにバハムート達とは種族レベルでビジュアルが違うワイのアネキもおる。
互いに群勢の
そして
アネキ、明らかにビジュアル的に場違いやでワイら。
美女とイケメンだらけで、ワイらとビジュアル偏差値違い過ぎて気後れするわ。
さて何でか知らんけどアネキがおる。
そうなると、ここにはおらんオカンも公認なんかこの状況って。
いや、オカンはゴロゴロ寝るか、龍脈食ってるかしかしてないやろな。
ワイがオカンから学んだ事ってそれくらいやし、オカンはそういう事しか知らん竜や。
まあ、それはそれとしておいといてや。
もしかしてこれってモテ期到来ちゃうんか?
いやいやいや、リップサービスに勘違いしてしまってたりせんか?
しかしもしかしたら千載一遇のチャンスかもしれん。
仮にホンマやとして、ワイの好みは、ワイの資産や権力能力じゃなくて、ワイ自身の事を好きになって欲しいんや。
勿論、美竜限定で。
まあそんな事言っても、資産なんてもう枯れてしもうたかもしれんちっこい世界樹が三苗しかないし、権力なんてカースト最下位のワームにはないし、能力なんて穴掘りだけやからなあ。
仕事振りを評価してくれたんって、ワイ自身を評価してくれたって事にしてもええ範囲なんやないやろか。
母親に言われたから仕方なくって形の結婚でも、美竜相手なら許せる気もしてくるからな。
でもな────
「ピリピリし過ぎてワイ、ビビってしまうんやけど、ここらでお手打ちにせえへん?
女帝陛下の娘さん達にも、極光の姫さんにも怪我して欲しくないんや」
なるべく女帝陛下を怒らせない様に下手に下手に出たつもりやったんやけど。
「ほう。では此方自体は怪我させても構わぬと。
よくぞ吠えた」
可愛い女の子なら、ここで「ふえぇそんなつもりじゃないですよぉ〜」って言うんやろうが、ワームのワイが言ってもキモいだけや。
やからといって、だからここからどうしたらええか何て咄嗟に思い付かん。
アカシックレコードを読むのも覚えるのもそこそこ得意やけど、咄嗟に出された状況に適切かつ速やかに対処するんは向いてないんや。
というか、ワイに限らずブ男って大抵そうやろ。
雰囲気を動かしたり、周りを仕切れてるのって大抵イケメンばかりやんけ。
おーい、両群にいっぱいおるイケメン達、何とかしてくれへんか?
ワイじゃあどうにも出来へんのや。
這い回ってのたうち回って、食って寝るだけが取り柄のワームやで。
翼や口からビーム出しまくるイケ竜の皆さんとは違うんや。
「だんまりか。…なる程?
彼方、続きは闘争で付けるとな?
ふむ、娘婿に相応しい。
ルティア、行け。
勝てばお前の婿が手に入るぞ。
リンドゥルムよ、彼方が勝てばルティアをお前の嫁にやろう」
「お母様、お言葉ですがお母様やお祖母様が言う程、竜同士の決闘にMr.リンドゥルムが向いてるとは思えません」
女帝の後ろから出て来た雌にさえもモテそうな美竜さんが出て来た。
覇気あり過ぎて、自信の無い雄には絡みづらいなぁ。
「ルティアよ、彼方はリンドゥルムが星には強いが竜との戦いには弱い。
そう考えていると取って良いな?」
「はい、お母様」
うーん、ハッキリ言われるとプライドポッキリやけど、事実その通りなので反論のしようもないんや。
ワイとアネキがケンカした時とか、でっかいミミズがお互いを追い掛けあってグルグル回ったり、ぶつかったりするだけの地味でグロい戦いやったで。
立派な爪も翼も無いブサ竜のケンカって見苦しい以外なにもんでもないで。
火山や人間の国踏み潰してしまって、背中びっちょりになって終わりや。
「リンドゥルム。彼方は此方の娘に言われたままで良いのか?
雄なら、いや、竜なら当然捻じ伏せて聞かせる他無かろう」
何その戦闘民族。
ワイが知っとる竜と違うやん。
家族以外でワイが知ってる竜やと……。
ワイが姫さんを罵倒する→絶対殺される
ワイがニーズヘッグ姉を罵倒する→恐らく殺される
ワイがセティスさんを罵倒する→多分殺される
うーんぐう畜。
ワイが知っとる竜、そんなんばっかやったわ。
ん?
ルティアさんとやら、その拡げた翼をワイに向けてどうするんや?
右翼からビームなんか?
左翼からビームなんか?
口からブレスなんか?
…もしかして全部なんか?
嘘やろ。
勘弁してや。
◆
次代の天帝ルティア。
その両翼と
己以外を傷付ける因子に染め上げられた龍脈は、全種族に通用するグランドウィルスに近いと言えた。
バハムートに染め上げられた龍脈は、通常他の竜には吸収する事は出来ない。
ルティアの中にある、こんな冴えないブ竜とは結婚したくないし、消し飛ばしてしまえという見下した気持ちから、その攻撃に容赦は無かった。
ワームの血に先祖が受けた恩義は伝え聞いてはいるが、何せ己の婚姻が掛かっているのだ。
婚姻契約諸共、婚約者を消せば経歴は傷付かない。
その絶殺の一撃は、リンドゥルムのセキュリティによって完全に無効化されて吸収された。
ルティアは驚愕するしかない。
それは、無効化された事ではない。
口から放った龍脈放出を、口から吸収されるとは、実質間接キスでは?
箱入り娘なルティアの思考はかなり初心だった。
他にも初心な娘がその場にいて、それを見ていたが、怒りの余りプルプルと震えるも、決して彼女は何かを言うことは無かった。
怒りの余り、体温は下がっているが、それでも珍しく自制が利いたのであろう。
「お母様帰りましょう」
「? どうしたルティア。此方には彼方の意図が分からない」
恐らく、ルティア以外には、一体を除いて彼女の意図は伝わらない。
「その、何というか恥ずかしいというか居た堪れないというか、とにかく帰りましょう」
「ふむ。 彼方がそこまで言うとは珍しい。
よくわからないが帰るとしよう。
僅かにしか竜の血を引かぬ獣程度、何時でも片付けられる故にな」
それは明らかな侮辱だった。
それでも、天帝バハムートに逆らう者はいない。
──ただ一体の姫竜を例外として。
「こちらを向きなさい」
格下からの命令を女帝は無視した。
その直後、その角は凍り付いて砕けた。
格下しかいない場所から放たれたブレスは、女帝の角を傷付けたのだ。
グラシャレースの攻撃が、龍脈に依存しない自己の竜気のみによるブレスであった為に女帝の反応が遅れたという事もある。
角を再生させながら振り向いた女帝の表情は、リンドゥルムをビビらせるには十分な恐ろしさだった。
「不意打ちするつもりはありませんでしたが、余りにも鈍くて先にブレっちゃいましたわ」
「…獣が。死にたいようだな」
下手竜に対する怒りと共に、女帝が溜め込んだエネルギーが、その体内で循環する。
許してなるものか。
龍脈を使えてこそ高貴なる竜。
地力だけを鍛え、龍脈を拙く僅かにしか使えない獣如きに、己の角に傷を付けさせたなどとは。
循環の中で加速し純化したその龍脈は、閃光と化してグラシャレースに襲い掛かった。
それは先程女帝の娘が行ったものとは、規模の桁が違った。
◆
姫さんの前に飛び出したまでは良かったんやで。
フィルターもセキュリティも準備は十分間に合っとるし、龍脈の吸収そのものは出来るんや。
やけどな、ほら、膨大なエネルギーを吸収して、放出が間に合わなければどうなるかって、思い出したんや。
オトンそれで死んだやん。
やからって、避けたら姫さんが死ぬしなあ。
ワイは自分あっての他竜やし、姫さんが幾ら美竜でも、彼女ですらないのに命張るつもりはないで。
せやけどなんでやろなぁ。
この場で土に潜ってやり過ごす気には何でかならんのや。
オトン、多分そっち行くで。
宜しく頼むわ。
ん、まだ生きとる。
というか、見掛け倒しなんか、殆ど龍脈来んかったな。
何でや…。
見掛け倒しも何も、ワイには目は無いからよくわからんから、気配倒しなんやろうけど。
まあ助かったのは良かったわ。
ん?
オカンか。
でっかい龍脈の気配がして食べに来た?
そんなとこやろうと思ったわ。
今色々面倒なんやけど、上手くいったら一緒に飯食わん?
ええな。帰りに北極熊食べたいわ。
「まさか隠居したはずの彼方が来るとは想定していなかったぞ。ミドガルゾルム!!」
龍脈の気配ある所にオカンありやろ。
ワイより食いしん坊のオカンの方が余程想定しやすいんやないか?
女帝さん自分の想定ガバガバやろ…。
ほら女帝さん。オカンも喧嘩はあかん言うとるんやから、ここでお手打ちとしましょうや。
なっ、食う事しか無いオカンに呆れてるのか、女帝さんとワイとアネキ以外は呼吸まで止めとるで。
丁度ええタイミングやし。
お手打ちや。なっ。
女帝も何か帰る雰囲気出し始めたし。
ん? 女帝の娘がこっちに来たけどどしたんやろ。
「貴様、名前は」
次期女帝さんが聞いてきた。
「リンド「グラシャレース」………」
あ、ワイじゃなかったんやな。
うーん、自意識過剰やった。
ワイがこんな美竜に話し掛けられるとは、普通に考えてありえんかったわ。
「覚えたぞ。Ms.グラシャレース。
何かよくわからない会話と視線のバチバチをやって、女帝様御一行は帰っていったんや。
その後、ワイはアネキとオカンと北極熊食べようとしてたけど、北極ぶっ飛んでて北極熊は見つからんかった。
北極が直った頃にはまた増えとったらええな。北極熊。
バハムート。
濾過して染色した龍脈のエネルギーの放出する、消費の激し過ぎて使えない自殺技『龍脈放出』しか使えなかった欠陥生物だった。
数世代に渡ってワームの血を入れた事により、膨大な龍脈の回復力と貯蔵量を手に入れて、今では皇帝の代名詞たる最強の必殺技へと変えた。
七千年前以降はワームの血を入れられなかった為に、龍脈放出を連発出来る余裕があるのは、当主以外にはいない。
当主もまた、嘗てワームと婚姻したと主張しているが…
当主以外のバハムートが攻撃していなかったのは、一般バハムートが龍脈放出で攻撃していたら、すぐにバテて情けない為。