刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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お久しぶりです。前回の投稿から期間空いてしまい申し訳ありません。
次回投稿時も投稿期間が空きますのでご観覧される方は気長にお待ち下さい。

今回の9話についてですが
   ※注意※
今回の投稿は前半が汚い話となりますのでそういった話が苦手な方はブラウザバック推奨・ご観覧する際は注意願います。拙い文章でありますが念の為。

それからこの場をお借りして述べさせて頂きます。公演・公開から日にちが経ちましたが、

清夏奉燈 舞台公演おめでとうございます。

そして、

THE BEYOND最終章先行公開おめでとうございます。

特にTHE BEYONDでは↓

朔夜(さくや)【CV:薫】
輝夜(かぐや)【CV:ねね】
(実名書いていいのか分かりませんのでキャラ名を書かせて頂きます。)
演者のお二方お疲れ様でございます。
無印、EXODUSに比べると1クール程の短い期間のご出演ですが良き三代目コアでした。


9.模擬戦 ―其ノ壱―

 書記官との会談から一夜明けた翌朝。

 中央が親衛隊に入隊してから初となる護衛任務は折神紫の護衛という点で一先ずの任務達成をした。

 あの書記官も何とか解術することに成功し、幻術による人体への後遺症もなく済んだのだが、被害者とはいえ警察の取り調べに応じる事となる。

 

 

 それにしても……。

 

 

 歩調を進めながらも半着の青年は昨日の一件について考え込む。

 武芸者の襲撃。

 それも何故折神紫が狙われたのか。

 確りと前を見据えて二つの可能性を思議する。

 

 先ずは単純に国外だけに目を向けた場合。

 

 折神 紫――その名を聞けば誰もがこう口を揃える。

 

 相模湾大災厄の英雄。

 刀使の最高峰。

 

 これが国内での彼女の評価なわけだが。

 なら、その一方で国外ではというと。

 

 自分が成り上がる為のエサ。

 賞金首。

 揺るぎない強者。

 

 などと本人のあずかり知らぬ所でゲス共からの評価があがると海を渡り海外にまでその身は周知され、更にはその首に金同様の商品価値と成り、右肩上がりで値段が付けられる次第。

 金は重さを増して沈み、彼女の命は天秤の秤をいともたやすく傾かせる。それ故に命を狙われる。

 

 このご時世(・・・・・)一人で来る様なヤツは居ない。

 当然、数名の同業者を引き連れてやって来る。

 だがそれでは分け前は減る、若しくは懸賞金を独り占め。だとしても事を終えれば死体は金に成る。

 ハイリスク、ハイリターン。

 それでも数の暴力で押し切れるだろうと個に対して群で攻める。

 そうして何れあるかもしれない未来が可能性の一つとして浮かび上がる。

 あるハズは無いだろうが仮に、万が一にその首を取ったとしよう。

 集団で狩りに来た中、取りこぼした連中は次にどう出る?

 負傷した。

 死んだ。

 

 誰が?

 

 仲間が。

 

 部下が。

 

 リーダーが。

 

 社長が。

 

 兄妹姉妹が。

 

 夫が妻が。

 

 このままでは骨折り損だ。せめてプラマイゼロにしよう。

 同じ刀使でもそれなりの金になるんじゃないか?

 殺しを生業とする連中だ。自分達の都合のいい様に身勝手この上なく解釈する。

 常識も、法律も、況してやモラルなどかなぐり捨てて無法を実行する。

 必然として、そうなれば何れ刀使全体が巻き込まれる。

 

 

 関係のないアイツ等が――死ぬ?

 

 

 ふと三人の顔がチラつく。

 ムスッとした表情の真希にクルクルと髪を弄る寿々花、終始感情の読み辛い顔の夜見。

 仕事の為とはいえ一方的ではあるが少なからず信頼し、信頼してくれたのだ。

 僅か数日ながらでも情が湧く。

 苦く押し留めていた記憶が甦りギギギッ、と小さく歯ぎしりをすると持っていた御刀も柄からミシミシと音を鳴らす。

 それは決してあってはならない事であり。絶対に避けなければならない。

 

「フゥ……」

 

 ヒートアップしそうになり片足が廊下に着くと同時に歩行と思考を止める。

 国内に比べれば世界情勢など刻一刻と秒刻みで移り変わるのだからある種の可能性として内に留めておくと、もう一つの可能性について考える。

 

 国内だけを見た場合。

 先ず考えられるとすれば政治家連中が手を下す。

 何故? 理由があるとすれば此方もやはりというべきか殺し屋(クズ)共同様、金。

 防衛費やインフラに費やす金が増えたから?

 天下りに回す金が減るからか?

 それとも裏金に回す分が無くなった?

 何れもその線はほぼ無い。思考が短絡的過ぎている。

 荒魂問題が山積みの状態で刀剣管理局のトップを消すなんて決断をする者は人間ですらない、それこそ救いようのない鬼畜(クズ)だ。

 あるのであれば精々警察庁への圧力か刀剣管理局への予算カットだろう。

 

 

 なら本当にアイツ等(・・・・)、なのか……?

 

 

 疑問を呈(スタート)した中央(ランナー)は着実に道を辿り、結論(ゴール)にたどり着く。

 結局のところ、堂々巡りの様に答えを導き出したのだ。

 アイツ等――つまりは中央と同じ国内に存在しうる武芸者で、中央の同門達。

 

 

 アイツ等とは既に袂を分かつ結果となったんだ。今更話し合いでどうこうなるハズもないだろうが? ハハッ……オイ、まさかこの期に及んで手を取り合うつもりか?

 

 

 喜びなど微塵も感じさせない短く乾いた笑いを吐き出すと今度は徒歩から競歩に切り替わる。

 

 

 冗談じゃねぇ、アイツ等が居なくなった所為で――

 

 

 鬼の形相になり掛けた思惑の青年は文字通りそこで言い止まる。

 綺麗に整えられた黒のポニーテールが背中を無造作に撫でる。

 

 

 ……アイツ等が仕掛けて来るのか?

 

 

 丁度真横に設置されたアンティーク時計の振り子の音がカチャカチャカチャカチャと聴覚を引き付ける。

 呆けた様に口を開き首を捻るとそこには時計の硝子面から中央の顔を映し出す。

 ほんのり青ざめた顔が彼の目にとまる。

 

 

 今のこの状態でアイツ等が戦力を投入してきたら……?

 

 

 もう彼らに会うことはないと考えていた中央はここに来て不安の波がじわじわと緩やかに押し寄せてきた。

 同じ流派の学び舎で起きたあの一件(・・・・)

 アレを提案しなければ結果は違っていた。

 身命を賭したとしても終わっていた(・・・・・・)ハズなのだ。

 それが今やこの状況。

 笑うに笑えない。

 考えれば考えるほど真希達の死体が積み重なる未来が思い浮かばれる。

 なぜなら、こぞって去っていった連中の大半が一騎当千と呼ばれるに相応しい力量を持つモノ達。

 その中には中央の力量ですらその域に届かぬモノ達が居る。

 それが――

 

 

 敵になる……?

 

 

 沈黙は続く。

 だが心の中の問いに誰も答えてくれはしない。

 

 

 そうなったら、アイツ等を俺一人で如何にかしないといけないのか?

 

 

 再び、今度は長い沈黙の後に「止めだ」と一瞬だけ思考を放棄する。

 心に留めていた感情に喰われそうになる前に自身を取り戻し、中央は再び足を動かした。

 けれど無心となるのはほんの僅か、思考は止めず歩行した下半身同様に前頭前野を再び働かせる。

 実際に彼ら武芸者が来るとして、武芸者(おとこ)は迎え撃つ為の戦力を勘定する。

 

 

 確実な戦力として俺。非常時故に自己防衛の為の殺人が可能な御当主(・・・)。姿は見ていないがこの国の何処かにいるあのオッサン(・・・・・・)。師匠と姐さん(・・・)は連絡すれば如何にかなるハズ。ノア(・・)は、まぁわからんな。この国の人間じゃねぇし。

 

 

 勘定を止めかけたところで中央は「あっ……」と声を上げ、忘却の彼方からすくい出す。

 一人は男性。そしてもう一人の女性を。

 

 

 そういえばバカ(・・)大馬鹿(・・・)を忘れてたわ。まぁ、居ても居なくても同じか。アイツ等相手じゃ。

 

 

 こうして武芸者との戦闘可能な戦力を弾き終えると、その数に踏み出していた足取りは重くなる。

 訪日人と中央曰くバカと大馬鹿を除けば、五人となる。足しても八人。

 

 たったの五人ないしは八人。

 

 どんなに甘く見積もっても相手方の戦力は最低この十倍は居るだろう。

当時抜けた武芸者の数がそれだけいるのだから。

 仮に無事に五人、可能性の無い話だが八人が生存できたとしてもその後(・・・)は。

 悲観するだけの材料は充分過ぎる。

 撃退するだけなら。しかし数の不利は如何ともし難い。

 師である彼女との連絡手段はなく、最も、それが叶ったとしても今現在何処に居るのか分からない以上どうすることもできない。

 絶望の泥沼へゆっくりと進むその感覚が中央にはハッキリと感じ取っていた。

 

 

 この前みたいに向こうから接触してきてくれればまだ何とかなるんだが。

 

 

 後悔先に立たず。何てことにならない様、最悪の状況を想定し、対策を検討し、実行する。

 後回しすればロクな結果にならない為、即時行動に移す。

 見知ったのは四人(・・)しかいないので結ったポニーテールを解き、黒髪を不規則に揺らすと。

 コン、コン、とノックするが、返事が返って来る前にドアノブを捻じり、開く。

 

「お前等全員居――」

 

ウ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!

 

 ドアを開いた瞬間、硬直と静寂は後悔とともに訪れる。

 誰も声を発せずにいたまま時は流れ、卸してから数日程しか経っていない親衛隊制服にベッチョリ、と嘔吐物がへばり付き、何とも言えない異臭がこびり付き鼻につく。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

折神家執務室――

 

 

 

 親衛隊として配属されてから少女達は人生の、それも二つの転換期を迎えた。

 一つは刀使として御刀に選ばれた事。

 もう一つは 武芸者と呼ばれる者との邂逅。それに伴う生き死にの掛かった死闘。

 

 そして、敗北。

 

 とはいえ、任務自体は折神 紫の護衛は成功している訳だが。

 

「…………」

 

 彼女達が醸し出す空気は重々しく、その様は正しく意気消沈そのもの。

 

 

 無様な敗北。

 

 

 少女は力強く拳を握り締める。

 

 

 圧倒的な実力差。

 

 

 今にも破れんばかりにスカートを握り、唇を噛み締める。

 

 

 お役に立てなかった。

 

 

 片腕の前腕部にもう片方の手で掴み、深く爪をくい込ませる。

 劣敗した。

 誰が見ても火を見るよりも明らかで。

 目に見えて明確化した実力の無さの露呈。表には出さなかったが親衛隊に抜擢されて浮かれ、舞い上がり、そして思い上がった。

 その結果がこれだ。

 刀使として御刀に選ばれ、剣を振るう者として、まだ弱い。

 強烈なまでに実感する。否が応でも未成熟な身体と成長途中の脳に刻まれる。

 しかし劣敗した事実は変わらない。

 それも荒魂にではない、況してや刀使でもない。人に。

 

 弱い。

 情けない。

 悔しい!!!

 

 だが彼は違った。

 守るべき者を護り、一早く行動してみせた。

 彼の様に強くなりたい。

 例え目指している(さき)が違うとしても。

 芽生えた感情は肉体(からだ)から駆け巡り、精神(こころ)と目に小さく灯火をともす。

 生気と力強さを取り戻した三人は俯いていた顔を上げ、お互いを見ると頷く。

 どうやら口に出さずとも考える事は同じで彼女らは意気軒昂とし、上司でもあり、同僚でもある男性刀使を待ち侘びる。

 ジタバタするにしても先ずは彼が到着してからなのだから。

 

 獅童 真希は先日の事を思い出す。思い出すといってもあの情景は忘れる事は出来ないし、忘れる事など出来はしない。

 何せ目に焼き付け、脳がしっかりと記憶したのだから。

 襲撃者を一刀の許切断した剣技。

 千切れた胴は文字通り両断し、左右に分かれた。

 あれ程の剣技を――

 

「うっ……」

 

 振り返っている最中、突如として此花 寿々花は口元を抑える。

 顔面真っ青で如何にもな身振りで立ち上がり、一目で気分が悪くなったのが分かる。

 それも当然だろう。

 人体が裂け、鮮血に塗れた血肉と、内臓と、骨がモザイク処理も施されぬまま直視してしまったのだ。

 加えてこの国は戦争とは無縁であり社会と歴史についての基礎知識はあるものの、当たり前ではあるがその経験の無い十代の少女。

 護衛という大義名分があるとはいえ明らかな殺人を目撃したのだから今になって記憶がパァッ、と鮮明によみがえり消化中の食物が食道に押し上げられるなんて、それは至極全うな事。

 その事象も此処に居る真希や皐月 夜見は前日に経験済みである。

 ただ寿々花が遅れて今来ただけなのだ。

 それを察した同年代の少女達は彼女に声を掛ける。

 

「……東西南北さんには私たちが言っておきますので此花さんは御手洗いへ」

 

 寿々花の許へ近寄り夜見は背中を擦り介助を施す。

 

「彼にはボクの方から言っておくよ」と受け皿になる物を探すが執務室だけあってそれらしい物は見当たらない。

 

「流石に彼も事情を知ればとやかく言う事などないだろう」

 

 水分補給用のペットボトルや水筒もない為、真希は今直ぐ寿々花を連れて行く様、夜見を促す。

「……はい」と頷き、背中の擦りを続ける夜見は寿々花の歩調に合わせて一歩一歩進む。

 

「ありが、とう……ござ、い……ます。皐月さ、ん……」

 

 扉の前までは事なきを得て辿り着いたがまだ油断は出来ない。

 寿々花(かのじょ)が何時まで耐えれるかその保証はないのだから。

 御不浄(ごふじょう)まではまだ先、可能な限り急がなければ。

 夜見がドアノブに手を掛けようとした所でトン、トン、とノック音が小刻みに鳴ると間髪入れずドアの空隙(くうげき)が広がっていく。

 

「……もう……限、か――」

 

 寿々花の言葉が紡がれるのと同時に夜見のインスピレーションは本能に訴えかける。

 サッ、と気付かれぬ様後ずさり後方の安全地帯まで後退する。

 

「皐月なにを――」

 

「お前等全員居――」

 

 ガチャッ、と目の前の扉が解放されタクティカルブーツが沓摺(くつずり)を越え、そして、無慈悲に――

 

 堤防は決壊する。

 

ウ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!

 

 扉を開けたのは刀使である彼女達の上司(リーダー)

 戦闘であれ程の強さを見せた中央(かれ)でもどうやらこの事態を察知する事が出来なかったらしい。

 中央が着用する半着――主に腰から下にかけて未消化の食物が黄色味を帯びて親衛隊服にへばり付く。

 

「……」

 

 中央のなかでこの状況に対しての理解は出来ている。

 これが敵襲ではない事だと。知り合って間もない間柄なのだからドッキリを仕掛けられた訳でもない。

 仮にそうだとしてもそれは親睦を深める為なのか?

 もしそうだとして何故なのだろう。何故このタイミングで如何して此花 寿々花がこの場所で吐く必要が生じた?

 思考のみに意識を集中している為、この男性刀使は寿々花が放つ次の気配に気付かない。

 

「ぜー、ハ―、ぜー……ッ、オロロロロ

 

 第弐陣。寿々花の追撃が始まる。

 

 

 ……さながらマーライオンみたいですね。

 

 

 もうこうなってしまっては部外者を決め込もう。

 呆然と呆けている真希を余所に夜見は無関係を装い、冷静に考察に入る。

 彼女は寿々花が嘔吐する様を口から水を吐く、上半身が獅子、下半身が魚の全身コンクリート製の像を思い浮かべた。

 

 

 ……叶うのなら、何時かシンガポールに行ってみたいですね。高津学長と……。

 

 

 静かに目蓋を閉じ、ささやかな願いを胸に少女は小さく決意する。

 

「……いや、これでこの話を締めて畳もうとしないでくれるか?」

 

「……東西南北さん(アナタ)はエスパーですか?」

 

 機微を捉えるには難しいであろう皐月の表情から彼女が考えているだろう考えを察知し、退ける。

 僅かながらムッ、としたのか表情が薄っすらと歪む。

 

「取り敢えず、獅童は服の替えになる物……あーいや、ジャージでいいや。Lサイズ以上のヤツ、それと清掃用具とゴミ袋頼むわ。んで皐月は此花(コイツ)の介助を頼む」

 

「アナタはどうするんだ?」

 

 二つの鼻孔に臭気が入らぬ様、手で塞ぎながら獅童は尋ねる。

 

「服も汚れちまったし、この状態のまま此花(ソイツ)を介助して通路を汚すよりこのまま執務室(ここいら)の掃除を引き受ける事にするわ」

 

 真っ新な手で後頭部をポリポリと掻き、そう告げる。

 手は液体の混じった固形物と異臭に汚染されていない為、、直接人体や装飾品に触れる事が許されるわけで、そそくさと動かし、取り掛かる。

「……な、な――」口をワナワナと震わせ、真希の口腔はマシンガンと化し捲し立てた。

 

「何故脱ぐんだアナタは!!? それも何で下半身だけ!? まさか下着を履いているから見えていないから大丈夫だろ? 何て言うつもりじゃないだろうな!? 冗談じゃない! コッチは十代思春期真っ只中の中学生だぞ!? 二十代なんだろ!? TPOぐらい考えれるだろ!

 婦女子が誰彼構わず性に興味ある訳ないんだからそれぐらい考える思考あるだろ、分別ぐらいつけろy――」

 

「……獅童さん、どうどう。落ち着いて下さい。そうやって騒ぐと此花さ、あ――」

 

「あ? どうせ洗濯するんだ、獅童(オマエ)が持ってくるまでヤレる事や、あ゛――」

 

 顔一面紅潮した真希の背後からスルリと真希(かのじょ)の両脇から黒いグローブが顔を出すと続けて黄枯茶色の長袖が続く。

 迅移で動いたのかと疑いたくなる程その動作は迅い。

 腕を素早く通し、ガシッ、と羽交い絞めを試み同僚たる少女を嗜めたのも束の間。

 

オロロロオロロロ……ツハッ、ハァ、ハァ……」

 

 第参、そして防壁が破られた。

 

「…………なぁ、此花よ。オマエの胃の中にはリバイバルスライムでも居るのか? いや確実に居るだろ。外に吐き出た瞬間、胃に召喚されるんだろう?」

 

「……コンビニ弁当しか食べてませんわよ」

 

 今度は大腿四頭筋から下に寿々花が開口していた口から戻す。

 

「朝からコンビニ弁当……って、食堂あるんだから其処使えよ」

 

 ここで中央は言葉を発するのを止めた。

 かつて師に無理矢理付き合わされた飲みの場での際限なく続くアルコール摂取の後にくる後始末。

 それに比べればまだましではあるが、それでも精神的にくるものがある。

 

 

 拭くものがマジでねぇ……。あーもう仕方ねぇわな。

 

 

 上半身の肌着に手を掛ける。

 

 

「なぁ……! 言った傍からキミは――」

 

「いや、見てねぇで拭くものをさっさと持ってきてくれよぉー」

 

 そして、涙声でひっそりと心の中でこう呟く。

 

 

 なんか、もう、精神(こころ)が折れそう。

 

 

 情けない理由で口腔から弱音と共に人魂を象った白い提灯が抜け殻になり掛けている青年から抜け出そうとしている。

 

「……まさに無限ループ、ですね」

 

 この世ものとは思えない阿鼻叫喚地獄。

 そう形容しても差し支えない光景をこの部屋の主は無音で目撃する。

 

 

 どうやら今日の事務仕事は中央抜きで取り掛からなければならない様だな。

 

 

 四人の刀使らに気付かれぬ様、こっそりと音を殺して刀使の頂点に立つ者は180度回転する。

 

「……新しい執務室を手配しなくてはな。それと、殺菌しても危なそうだからここは倉庫として使用するとしよう。増築……は又今度するとして清掃費用は中央の給与から天引きするか」

 

 実年齢と見た目年齢がイコールではない日に日に四十路に近づいている女性は静かに天を仰ぎ、その場を後にする。

 

 東西南北 中央。給与から天引きが確定した瞬間である。

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

折神家別室――

 

 

「……で、少しは落ち着いたのか此花よ」

 

 数日前と同じように獅童が持って来たジャージに着替え、腕と足の袖口を捲ると机に肩肘を付け、指の中節骨で頬杖をつく。

 今回ばかりはイラつきが抑えられそうにない。

 分かり易く反対の人差し指でトントントントン、と小刻みに机を叩く。

 五歳以上離れているとはいえ相手は未成年。理由が理由な為、理由(それ)を聞いて仕方ないと半ば納得せざるを得ないのだからこの感情も行き場をなくし消化不良にもなる。

 

「申し訳ございません、ですわ」

 

 加害者たるお嬢様口調の少女は深々と頭を下げ、伝法(でんぼう)さ溢れる被害者へ謝罪を述べる。

 このまま威圧し続ければ直ぐにでも三つ指ついて土下座までしそうだ。

 

「……」

 

 体内にダムでも出来ているのか、言の葉は喉奥でせき止められ、仮に声を排出出来たとしても結局は空となり消える。

 今回ばかりは自分にも非があると自覚がある為、二人の少女は事の行く末を見守るしかない。

 特に真希はああも早口言葉を並べ詰め寄っての結果がアレだから発言権など存在しない。

 タイミグを逃したのだ。言うに言えない。

 ちゃんとした謝罪の機会が欲しい。

 少女は切に願う。

 

 そんな心情を知ってか知らずか、中央は半目でジト―っと三人を睨む。

 此花は依然として臙脂(えんじ)の赤毛を垂らし頭を下げ続けている。

 丸目で顔面に大量のしの字を流し浮かべているのが目に見えて分かる。獅童もコチラの動向を息を吞んで静かに見守っている。残る皐月はぱぁーっと後光でも差したかの様な朗らかな微笑みで中央と此花を見詰め――

 

 見詰め。

 

 見詰め?

 

 待て待て。何なんだその満足気な顔は。今までの無表情に近い変化の無さは何処へいったんだよ。悦にでも浸ってんの?

 

 

 オマケで背景には星々が輝いている様にすら見える。

 長くもない溜め息を吐き出し自分の心の中で言葉を紡ぐ。

 

 

 心の中でツッコムのは止そう。今日はこんな事をする為に来た訳じゃないんだ。

 

 

 これでは唯の時間の浪費に他ならない。この身をギャグ世界線(ルート)に浸かる訳にはいかせまいと本題に移る為、中央は意を決する。

 

「まぁ、その、何だ。任務とはいえ俺にもなんやかんや原因の一端はあるしよ……その」

 

 引き摺った椅子から短く悲鳴を鳴らして立ち上がる。

 このまま尾を引いてしまっては今後の活動に支障が必ず出て、それは何れひょんなことから崩壊を生む。

 中央は腰を屈め、謝罪の言葉を彼女達に向ける。

 

「済まなかった」

 

 何方が良いか悪いかではない。手遅れにならない為(・・・・・・・・・)

 先程の怒りは消え失せ、面を上げる。

 その目つきは真剣さを帯び、彼の眼差しを見た少女達はそれまでの一部を除いて重々しいムードだったのが一転し、荘重な雰囲気に変わる。

 

「東西南北さん……」

 

「ヨシ! これでこの話は終わり! 良いなオマエ等」

 

「ま、まぁ、アナタが良いと言うのなら」

 

 少しばつが悪い真希はそれを了承する。寧ろこの方向に持っていきたかったので東西南北の提案は有難いものであった。

 

「……私はそれで構いません」

 

「本当に、その……宜しいんですの?」

 

 今の今までを惜しむかの様に微笑みを消し、表情の硬さが平常運転の夜見は彼の提案を受け入れるが夜見(かのじょ)とは反対に萎れた花の如く悄気(しょげ)た寿々花からは尋ねられる。

「ああ、二言はねぇよ」と間を開けずに彼は言う。

 

「それじゃあ、本来朝からヤル筈だった今日の本題に移るぞ」

 

 パン! と、手を合わせると中央は漸く軌道修正する事が出来た。

 口を閉ざし三人の刀使を見詰める。

 

 

 昨日の反省会でもやるのだろうか。あの後、紫様と防衛省の会談は行われず折神家(ここ)に戻りその日は事務仕事に従事する事となったが……。

 

 

 東西南北さんもこの後業務があるのでしょうがここは無理を言ってでも(わたくし)達に剣の稽古をつけて貰わなくてわ。

 

 

 ……今からでも強くなる事が出来るのなら、それが叶うのなら、あの方(・・・)の為、この提案を何としてでも受け入れて貰う為に。

 

 

 三人の決意が固まった所で、タイミングを見計らったのか彼は言葉を吐く。

 

「オマエ等三人には俺が直々に()の指南を行う。それも最低一年で最低限の力量を身に着けてもらう。短い期間ではあるがな」

 

「ボクら、らふぉっふぉぉーって……最低一年でって」

 

 思いもよらない事を口走る。

 先手を取られ出そうとしていた決意が意を突かれ真希の喉を経由し口を通して新たなる言語として創造される。

 

「……剣術、ではなく武、ですか」

 

「ああ、この前は個の力量を見させて貰った訳だが、今日から暫くの間は群としての力量を図る。その為にも」

 

 一拍置き。

 

「集団戦をヤルぞ」

 

「集団戦……ではここに居る(わたくし)達以外の方達とも刃を交えますの?」

 

 当然の疑問が寿々花から発せられた。

 

「ああ、とは言っても直ぐにじゃあねぇ。早ければ二、三日ってところだ。それまでは俺とオマエ等とでする」

 

「誰か当てでもあるのかい?」

 

「俺じゃなくて御当主(・・・)がな。此処に来る前に話をしたら数名の刀使をコッチに派遣するそうだ。勿論実力が備わっているヤツをな」

 

「そうか……」

 

 東西南北の答えに真希は直ぐにある人物達の顔を思い浮かべだした。

 実力が備わっている。つまり自分達と同等、又はそれ以上ということだ。

 ここでその該当者の存在が明るみに出る。

 

 

 彼女達が来るのか……金城(かねしろ)は来るだろうが他は果たして引き受けてくれるのか? 仮に引き受けたとしても一刀(いっとう)は……。

 

 

 眉間にしわを寄せた表情で考えている様に寿々花と夜見も真希と同じく思考し、ある考えに至る。

 

 

 獅童さんにも心当たりがあるようですわね。でも彼女、裏隠居(うらいんきょ)さんが来るとはとても……。

 

 

 恐らくは佐等(さとう)さんが来るのは確定でしょうが他の方は未知数ですね。

 

 

 三人は各々が招集に応じるであろう刀使とそうでない刀使を思い浮かべる。

 彼女達は充分過ぎる程の実力を備えている。それは自他共に認める程に。

 そして自分達以上の実力がある事も。

 だが、それはその者達の実力であって、親衛隊に抜擢されるかといえば違う。

 その四名は確かに御前試合に出場経験がある。

 端的に言えば性格に難があり過ぎるのだ。

 現に候補に挙がった四名は親衛隊の候補者として名が挙がった。しかし――

 

「興味が湧かないので辞退させてもらいます」

 

「カカカ、自由に行動出来ないならイヤです」

 

「ああ!? なんでアタシがそんな面倒な事引き受けなきゃならねえんだ、ふざけてんじゃねぇ!」

 

「いや、身体的ハンデがあるのにそんな大役を儂なんかが引き受けも良いのかのう? そういう事は健常者に任せたほうが良いと思うぞ?」

 

 と、その様な有様で獅童 真希、此花 寿々花、皐月 夜見の三人が親衛隊に就任された。

 親衛隊の人数に上限は無く、決して消去法などでは無い。

 もう一度言うが、護衛をする以上、あげられた四人には性格上の難があり過ぎるだけ。

 

「どうしたオマエ等、難しい顔して。まだ先の事を引き摺ってんのか?」

 

「ああ、いや、何でもないよ。それより集団戦、と言ったが場所はどうするつもりなんだ?」

 

「当然、場所はこの前使用した折神家(ここ)の立ち合い場所だ。広さも申し分ないし、何より他に移動する時間が勿体ねぇ」

 

 パンッ! と声もなく一丁締めで手と手が合わさり合い音を出す。

 すると、「時間も惜しいし、早速行くぞ」とスタスタと動き出した。

 

「あっ! お待ちになって、東西南北さん!」

 

「……どうかしたのですか、獅童さん」

 

 寿々花の後を付いて行こうとしていた夜見がふと振り向く。

 強さを求める獅童(かのじょ)が真っ先に動くものだが今回に限ってはまだその場で立ち止まったままだ。

 

「獅童さん?」

 

「ああ、すまない皐月。今行くよ」

 

 そう言い、漸く真希は歩き出した。

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

折神家講堂――

 

 

「それじゃあ、一通りそっちで作戦会議してから始めるからな」

 

「……勝敗の条件は先程言っていた通りで良いのですか?」

 

 講堂に来るまでに伝えられた事を夜見は再確認する。

 

「ああ。俺に一撃入れたらオマエ等の勝ち、オマエ等は写シを剥がされたらそれで負け。分かっていると思うがかすり傷程度じゃ判定は無効だからな」

 

 一拍置くこともなく中央は淡々と言葉を続ける。

 

「一回終わったらダメ出しして修正。作戦会議してもう一度模擬戦。今日はそれを延々と繰り返す。自分等で線引きなどして限界を決めつけるなよ。創意工夫し、あらゆる可能性を見出し、御刀を振れ。自分の信念を守る為、守るべき者を護る為」

 

「あ、早々、言い忘れてた」と思い出した様に中央は声を出した。

 

「それから前回と違って今回は木刀使うし、コッチからも攻撃するからなー」

 

 

 自分で線引きして限界を決めつけるな、か……。我ながら偉そうだな、ホント。

 

 

 自身の御刀である長巻を端に置き、そして己の発言に呆れる。

 自分で自分の限界を決めたモノが言う言葉ではないな、と。

 

「分かりましたわ…………それで、どうしますの?」

 

 言うべき事を伝え終えると彼女達から距離を取る中央。

 折角の模擬戦。冷静さに欠け、相手との力量を推し量ることも実力も見極める事もせずにいた前回とは違う。

 思考を巡らせ策を練り、数の有利を生かす為に協議する。

 何れ来る猛者達に打ち勝つ為の下準備期間。

 成長のチャンスを奪う訳にはいかない。

 故に、中央(かれ)は少女達の声の届かない隅へと移動する。

 

「昨日の様な醜態はもう真っ平ごめんですからね。それにこれはチャンスでもありますしね」

 

「ああ。実戦に勝るモノはない……。彼との立ち合いは今以上に自分達の成長に繋がる事が出来ると思っているよ」

 

「……では、二人が陽動し、残りの一人が決める形でいきますか?」

 

 中央の意図した事に三人の刀使達は無自覚ながらもその思惑に近づく。

 

「そうだね、下手に裏をかいても彼に通用するとは思えないからね。皐月の言う通りここは正攻法でいこう。二人掛かりの連撃であれば僅かな隙もできるだろうから、そこを狙う」

 

「なら(わたくし)と皐月さんで陽動と攪乱。獅童さんが決めるという事で宜しいですわね」

 

 

「よーし、準備出来たみたいだな。コッチは何時でもいいぞ」

 

 三人の談合が終わる頃合いを見計らうと遅くもなくかといって早くもない速さで歩き出す。

 右手に持った木刀を無造作に振りながらそれを確かめると白いラインテープの前で足を止めた。

 

「こちらも準備は出来ている」

 

 そう言った時、既に真希達は御刀を抜き、写シを張り準備を整えていた。

 

「ならそっちのタイミングで良いぞ」

 

 木刀の切先を床に向けた瞬間――

 

「では、いきますわ……よ!」

 

「いきます」

 

 ――寿々花と夜見は中央の許へ加速した。

 寿々花は三段階目、夜見は二段階目とシフトチェンジを行わず(・・・・・・・・・・・)一段階目を飛ばし迅移を発動させた。

 

 

 フン、最初に仕掛けたのは此花と皐月(この二人)か。つーう事は獅童は俺の後方(うし)――

 

 

 自身の真後ろの気配を探る。

 だが虫一匹すらそこには居ない。

 

 

 ――居ねぇだと!?

 

 

 中央が親衛隊に加わってからの初のチーム戦。三人の内、二人が守備手として陽動を引き受け残りの一人が攻撃手として動き死角となる後方を攻める。

 

 

 獅童(コイツ)、皐月の後ろに隠れてやがったか!

 

 

「でやあぁぁッ」

 

「はあぁぁぁッ」

 

 寿々花は真横に薙ぐが彼の制服にすらその切先は届かない。

 

 

 くッ! 紙一重で避けられたか!

 

 

 まだ、ですわ!

 

 

 これは実戦ではなくチーム戦による模擬戦。

 拙い連携を少しでもマシにする為に試行錯誤させる場。

 故に中央も今は防御と回避に専念するが僅かながらこの女装男は口元が緩んでしまう。

 

 

 ハッ、舐めて掛かってこねぇ分この前より鋭くなって……皐月の気配(・・)がない?

 

 

 命のやり取りをしないが故にこの状況を楽しんだ所為か、もう一人の刀使の気配を中央は見失う。

 

 

 ああ、イヤ。背後(そこ)にいるか……!

 

 

「……」

 

 今度は夜見の突きが中央の背中に突き刺さろうとする。

 しかしながら彼女の剣も真希や寿々花同様、空のみを突く。

 

 

 上手い具合に状況をよく見てやがるな。

 

 

 夜見の一撃に合わせた真希と寿々花による連撃をヒラリと躱し間合いを取る。

 

 

 それに此花(コイツ)も獅童の動きに合わせて攻撃を組み立ててやがる。立ち合い中とはいえ戦闘のバリエーションが増えて来たな。

 

 

「でやぁっ!!」

 

 

 真希(コイツ)真希(コイツ)で此花を信頼仕切ってるのか分からんが攻撃に迷いがねぇ。シンクロでもしてんのかコイツ等? だが、まぁそれでも……。

 

 

 ここで――

 

 

 迅移――

 

 

 アイコンタクトも行わずに真希と寿々花の両名は呼び動作無しの三段階目(・・・・)の迅移で中央との距離を詰める。

 

 

 及第点をくれてやるには充分じゃねぇよな。

 

 

 まだまだ求める領域に達していない。今回の模擬戦ではそろそろ集中力が切れる頃と判断し中央は防御と回避から攻撃に転ずる。

 木刀といえど自身の力量なら写シごと彼女等の骨を砕きかねない。

 薄緑を緩衝材に利用して下段から木刀を振るう。

 

 

 これでもダメなのか――!?

 

 

 次の一手を思考中、予期せぬ衝撃が自身の薄緑を通して両手に伝わる。

 前日に襲撃者から受けた一撃よりも遥かに重く、そして鋭い。

 これ程の一閃、身構えて受けたとしても防ぎきれるはずもなく、掌で包まれていた柄は勢い良く宙を舞う。

 

「がぁッ!!!」

 

 耐えきれなかった衝撃は痛みと成りそれと同時に全身を覆う写シは霧散した。

 写シが肩代わりした痛みはやがて増幅し、戦闘手段を失った真希を容易に両膝を付かせた。

 苦痛に歪む真希など知る由もなく中央は寿々花へとターゲットを切り替える。

 位置は把握済み、木刀を振るうよりも空いている左手を使う方が迅い。

 まだ体勢の整っていない寿々花の背中にバシンッ!! と、音を響かせ張り手で床に落とす。

 

 

 ぐうっ……!? 体勢が……いや、まだ! ここから!

 

 

 あの状態で此花さんがまだ攻勢する気でいる……なら。

 

 

 斬撃程の痛みは無い。だがそれでも痛みは痛み。急激な痛みが寿々花の背中を襲う。

 御刀を放すまいと手から離しそうな九字兼定を強く握りしめ、泥臭く踏ん張り片足で無理矢理身体を反転させる。

 方向は当然、東西南北 中央この一択。

 向きは中央(なかお)、目線は床。

 これでは一閃を放つ前に倒れてしまう。だが――

 

 

 これで(・・・)……良い(・・)!!

 

 

 時間にして一秒も満たないが、寿々花の脳裏に一つのビジョンが浮かび上がる。

既視感(・・・)だとでもいうのだろうか。寿々花にとって身に覚えのない(・・・・・・・)動作がハッキリと見え、その通りに身体を動かせる事が出来る。

 だからこそ、この体勢からでも一閃は放つ事は出来ると確信を持てる。

 脳が、身体が、感覚が、細胞の一つ一つが寸分の狂い無くそれ(・・)を体現してみせる。

 

 

 

 コイツは!?

 

 

 夜見の追撃による斬撃が迫る中、中央は寿々花の挙動の違和感を感じ取る。

 知っている、この不利な体勢からの一撃を。そして迅移すら上回るその瞬発力を。

 何故此花(コイツ)がこの技を繰り出せるかなんてのは今はどうでもいい。

 避ける事は容易。両目を閉じてもそれは容易い。しかし避ければ対角線上にいる皐月がこの技を受ける事になる。それは避けるべきこと。

 今の此花が繰り出すこの技の威力は全くの未知数で、予測がつかない。なれば防御に全力を注ぐ。

 

 

 ここだッ!!

 

 

 ただ防ぐだけではこの木刀は造作もなく砕かれ、写シを張っていない自身の身体は間違いなく深手を負うだろう。

 この先油断できない状況が永遠と続く。だからこそ必要のない負傷は避けなければならない。

 

 寿々花の百千万億雷電型(イカヅチノカタ)二式が始動を開始した刹那に同じくして中央も百千万億流の技を始動させた。

 金属と木刀。ましてや此花の扱うのは珠鋼と呼ばれる特殊性のある金属。

 幾ら自分の技量を以てしてもこちらが使うのは木刀。

 最良の選択が求められるこの状況で中央は転瞬――両手で柄頭を握り下段で構え、二式の白刃が動くタイミングで木製の刀を振るった。

 

 

 土公型(ドコウノカタ)――第一式 荒神(アラガミ)

 

 

 荒神――構えた自身の武器で相手の武器を狙い、刃同士が激突する瞬間に刀を回転させることで激突速度を一気に上げ、相手の武器を弾き飛ばすと同時に損傷させる百千万億流の防御術。

 この技は本来、鍛冶職人達が鍛えた刀剣類を使用することを想定としている。

 だからこそやはりというべきか、その技の威力と衝撃に九字兼定を弾き飛ばした木刀はものの見事に亀裂が入るのと同時に原形を留めることを許さなかった。

 景気よく木刀は木屑をまき散らして二つに分離し欠片は宙を舞う。

 

 寿々花の放つ雷電型二式は不発に終わった。

 手加減できなかったのだろう。夜見の目には今をおいて他にはないまたとないチャンスだとその隙を最後に残された刀使は見逃さなかった。

 

 ゴルフスイングのような振り被る姿を中央はまだ戻す様子はない。

 ここぞとばかりに迅移で振り被った方へ詰め寄る。

 

 恐らく東西南北さん(かれ)には360度死角などないのだろう。

 今までの体裁き、技術、判断力、そして、反応速度。どれを取っても東西南北さん(かれ)を上回ることは自分には不可能。

 ならばこそ、この瞬間は逃さない。チャンスを掴み取る。

 それに東西南北さん(かれ)は言った。

 

「俺に一撃入れたらオマエ等の勝ち、オマエ等は写シを剥がされたらそれで負け」

 

 使用する武器の破損については一言も言及していない。

 彼が提示したルールには違反していないのだからこの状況でも何も問題などない。

 ガラ空きとなった中央の脇腹に水神切兼光の切先が触れようとした寸秒――

 

 バァンッッ!!

 

 重い衝撃がシビレとともに両手から伝わる。

 しかも指先の感覚がまるでない。

 

 

 御刀はどこに?

 

 

 この場には中央と夜見しか対峙していないのだから何が起こったのかが明白だからこそ自身の愛刀を探し――

 

 

 見つけ出す(あった)

 

 

 恐らくは3~4メートル程、目測ではあるが衝撃の音からもおおよそそれ位の位置に夜見の御刀は何事もなかったかのように床に置かれていた。

 しかし、起きた現象はわかっていても何をされたのかまでは彼女には不明であった。

 素手での攻撃とは考え難い。漸くして中央が何をしたのかを夜見は理解した。

 最後の一閃を防ぐ――弾き飛ばしたのは木刀だったもの。その頭である。

 それがわかったからといって彼女の纏っていた写シは戻ってこないし、両手に痛みを抱えこうして天井を見上げることもない。

 

「――フゥーー」

 

 三人の写シが剥がれたことを見届けるとまだ痛むのか痛みを堪えている寿々花の方に目を向け、中央は思考する。

 

 

 先のアレは、不完全な形ではあるが雷電型、しかも二式。此花(コイツ)、今の今による咄嗟の思い付きか?

 

 

 目を瞑り答えをひねり出そうするが納得のいくものは出てこない。

 先日の件の如くこれも保留という名の先送り。

 短く溜め息を吐き出し、彼女達に歩み寄る。

 

「取り敢えず、一回目は終了な。んで、正直なところ自分等としてはどうよ? 今やり合ってみて」

 

「ああ、うん……正直、差が開き過ぎててどう言って、どうすればいいのか……」

 

「まるで勝てる気がしませんわ……」

 

「……分かりきった結果に感想を求められましても……」

 

 

 まるで生気のない表情からは抑揚のない声が漂う。

 あの時はこれで防げれた。この時はこうすれば良かった。そういったことを期待していたのだが。

 

 

 ……あ、あれ? 何このお通夜状態。朝の時点でやる気あったよねキミ達。

 

 

 木綿豆腐のように脆く、ガラス細工のように傷付きやすい。この繊細な少女達にどう声を掛けるべきなのか。

 

「ほ、ほら。諦めたらそこで試合終了だと高校教師も言ってたじゃないか。元テニスプレーヤーもどうしてそこで諦めるんだと熱い言葉を送ってくれてたじゃないか」

 

「……私達ではなく画面の中の人にですが」

 

 

 …………ええ。十代の思春期ってこんなに脆いの?

 

 

「ハハ――」

 

 乾いた笑いの後、三人の刀使は揃って口を開いた。

 

「――ボク達はこんなにも弱かったのか……」

 

「――(わたくし)達、弱かったんですのね……」

 

「――私達は何故こんなにも弱いのでしょう……」

 

 

 いや、畑違いだろう……なんてとてもじゃないが言える雰囲気ではなく、宥めるのに小一時間は掛かった。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

折神家門外――

 

 

 中央達が模擬戦を行った翌日、折神家の正門に二つの影が映し出される。

 

「……フム、懐かしいのう。確か、折神家(ここ)に来るのは御前試合ぶりになるのかのう」

 

 夜も更け、小鳥たちが(さえず)るのを目に留めながら折神家の正門前にて一人の少女が感慨深く物言う。

 伍箇伝に連なる一校――鎌府女学院の制服に身を包んだ140にも満たない小柄の刀使が生き生きとした様を見せ、前方の門へ顔を向ける。

 グリップの無い()を立てている所為か直立不動の彼女の身体は微動だにしない。

 

「お主もそうは思わんかえ? なぁ?」

 

 顔を右に寄せるとうっすらとした黄色味のプラチナブロンドがふわりと背中を撫で、穏やかに波打つスーパーロングウェーブが可憐さを際立たせる。

そしてその隣で顔を朱色に染め上げた同行者に意見を求めた。

同行者、といっても目的地へ進む方に歩を進めれば今日という日に自然とこの二人は出会うのだ。

 

「ああ!? んな事一々記憶に留めてねぇよ! クソみたいな質問しやがって、斬り殺されてぇのかクソチビ!!」

 

 煽られたと思ったのか荒々しくイラついた声で返すこれまた一人の少女。

 綾小路武芸学舎所属の刀使なのだが彼女は制服ではなく同学の指定ジャージのみ着ているがスカートはそのまま制服。

 上はジャージ、下はプリーツスカートと変則的な格好で、ファッションだけを見ればどちらかと言えば奇抜の部類に入るのだろう。

 本来着ているハズの制服は御刀の鞘に限界まで巻き付け、袖で縛り上げ固定している。

 注意や指導はされないのかと疑問が出るだろうが本人曰く、「ああ? そんなモン学長から許可とってあるわ」との本人談である。

 そして――

 

「あークッソォッ!! 何っでアタシがアイツの代わりにこんな任務引き受けなきゃならんのだッ!!」

 

 思い出したかの様にぐしゃぐしゃと鮮やかな黄赤のある蜜柑色のラインバレイヤージュの髪を掻き毟るとまるでフィクションの様にこめかみに血管が浮き出す。

 

あのクソアマ(・・・・・・)、見つけ次第即刻ブッタ斬ってやるっ!!」

 

「お主、相も変わらず血気盛んじゃな。そんな短気だと疲れやせんか?」

 

 首輪と紐があれば今すぐにでも繋ぎ留めたいがこの獣じみた少女には繋いだとしてもまあ、どだい無理だろうと少女は思い留まる。

 隣の連れ人を(なだ)める事もなく、幼い体躯に似つかわしくない老人語を喋る少女は閉ざされた扉に手を掛ける。

 

 

 

次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録

第10話 狂犬と妖精




ご観覧して頂いた方で気分を害された方が見られましたら申し訳ございません。
8話投稿時点でこうなるとは思っていませんでした。はい。
模擬戦の話をやるハズが何故か嘔吐話になりました。はい。
うん、2話でもありましたね、思い留まって未遂に終わりましたが。
今後も忘れた頃に嘔吐の話は来ると思いますよ。
中央(かれ)成人だもの。
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