諸事情で更新できませんでしたが再開させて頂きます。
再開にあたり一部特殊タグの使用を変更・追加していますので留意願います。
・場面切り替え - - - → 《 hr》水平線
・場所《 center》中央寄せ《/center》
・描写にその他追加で使用
・10話投稿後、1~9話の改行・空行の修正アリ
沈んだ太陽が再び昇り続ける最中、
折神 紫からの依頼とはいえまだ刀剣管理局に正式な辞令が組織内に通達されていないわけで。
認知しているのが折神 紫と親衛隊の三人、それと守衛を含む数名の職員だけなのだから自分が人目についてうろつき回るというのはいささか不都合が生じる。
まだ早朝ということもありこの時間帯では職員や折神家に配属になった刀使にはいまだ会う事はない。
しかし、だからといって職員達との接触は極力控えるべきでだろう。
「あら、もう制服のクリーニングはお済みになられたのですわね」
構内での行動に制限がかかる事に少なからず不便さを感じていると不意に、背中から落ち付いた少女の声が耳に入る。
「ん、此花か。お早うさん」
構内のT字路を通り過ぎようとしていたところで中央は声の主――寿々花に軽く挨拶をすると、
出会ってからの数日でもう聞き慣れたその声に成年は振り向くことなく目的地に向かう。
「お早うございます。東西南北さん……それはひょっとしてコンビニのお弁当ですの?」
駆け寄り隣に並んだと思ったらヒョイッと前屈みで手に持つビニール袋を覗き込む。
ビニール袋に収まった形からおおよその検討をつけ、赤に似た
洗髪した後なのか寿々花からふわっ、とフローラルな香気が漂う。
「あ? ああ、そうだが別に珍しい物でもねぇだろう」
「……その格好で、ですわよね?」
じーーっと、さながら怪しむように彼の全身を見回す。
黒髪は前日と変わらぬ艶やかさを保ち、親衛隊の制服はクリーニング済みで今のところシワの類はない。
戦闘の爪痕が残る靴はまだ新品同様といえるだろう、少なくとも寿々花の半目にはそう映っている。身なりもこれといって不自然さはない。ここまでは。
だが刀使としては異様に見えてしまう。
彼と、その御刀の存在に。
店員の方、見知らぬ刀使が身の丈以上の御刀を
「いや、そりゃあそうだろうよ。伍箇伝か親衛隊の制服着ずに佩刀してようものなら即禁固行きだわ」
「……貴方、紫様とお会いした際、確かボロボロの袴を着ていたと皐月さんから聞きましたわよ。
それも
「その時は特注の竹刀ケースに入れてたんだよ……って、
「紫様と貴方の会話に入らぬ様にしていたのなら誰だって些細なことだろうと
会話のやり取りぐらい覚えていると思いますわよ。
記憶に留めておく期間に差異はあるのでしょうけど」
「あーそれもそうだな……で、先から何をそんなにチラチラと見てるんだ?」
「い、いえ、
手元に刺さる視線が気になりその許である主に問いかけるとなんとも明白な自白が返ってきた。
珍しいものじゃねぇだろうに、と寿々花の目線に入るよう上に持ち上げる。
「そんなに食いたいのかよ、
「そんなことは……因みになのですけれどお漬物はお嫌いですか?」
「漬物? 別に好きでも嫌いでもないが……え、オマエこのコンビニ弁当の漬物が食いたいの?」
「そ、そのような品性下劣な事、この
「まあ別に漬物ぐらい構わんぞ。ただ、食うんだったら箸は自分で用意し――」
「ご相伴に与らせて頂きます!」
光の如き速さで四十五度の角度で腰を曲げる此花家のご令嬢。
生身でこの速さ。まさしく黄金聖闘士のソレそのものと疑う余地はない。
「……オマエ、良いところのお嬢様なんだよな?」
「ええ、由緒正しい此花家の嫡女になりますわ。それがどうかしまして?」
「ああ、いや何でもない。気にするな、忘れろ」
頭部にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾ける。
よだれを拭ったハンカチをスカートのポケットにしまうと寿々花は中央の黒髪に視線を
向けていた。
「それはそうと、髪はそのままになさいますの? ポニーテール似合っていましたのに」
「ん? ああーこれか。マジでどうすっかなー。いやな、何だかこう……しっくりこねぇんだよ」
「ポニーテールが?」
「アレ段々と邪魔になってな。オマエのソレ、邪魔にならねぇの?」
後頭部に手を当て小刻みにさすると他愛のない疑問をぶつける。
「
今まで不便だとは感じる事はありませんでしたわね」
「そりゃあ羨ましい事で。まぁ、皐月が今日髪型弄ってくれるみたいだからコッチは考えんでもいいから楽でいいんだけどな」
「皐月さんが?」
「そ。世話を焼くタイプには見えなかったんだがな」
数秒の沈黙の後、冷ややかな視線とともに寿々花は口を開く。
「……刀使とはいえ女子中学生の弱みを握っての命令は職権乱用、犯罪にあたりますわよ。
自首なさったら?」
「どうしてその考えに至るんだよ……」
「これまでの言動から、でしてよ」
あーうん。この流れは納得しなきゃダメな流れだな。
そうこうしているうちに目的の場所へ辿り着くとドアストッパーに固定された両開きのドアが
目に入る。
入口上の白いサインプレートには黒字で食堂の二文字が印字されまだ真新しくも見える。
大抵小、中、大にかかわらず部屋の隅なんかは汚れが残っているものなのだが、税金で運営されているお陰か、はたまた清掃業者がきっちりしているのか定かでないが中に入ってみると汚れらしい汚れは見当たらない。
食事を摂る場所である以上、不衛生では困るが
ありがたいことに早朝ということで今は二人だけだ。
「申請された人数分しかありませんが、その辺りの手続きはどうなさっていまして?」
「衣、住に関しては全く! 当面の食費を稼ぐ事しか考えてねぇし」
備え付けられた電子レンジからピーッ、ピーッ、と加熱処理を終えた音が数秒鳴る。
電子レンジから取り出した弁当をサッと白色のビニール袋に入れ直すと手ごろな席に二人は移動した。
「まぁ、なんか色々と話ししてくれてたんだが給料の事(とエロい事)しか耳に入れて
なかったからな。それ以外の事は殆ど聞き流していたな」
「今までよく生活してこれましたわね」
「
今の俺の胃袋と同じですっからかんのないない尽くしなんだわ」
ここでふと、当たり前の疑問が寿々花の頭から思い浮かぶ。
「では就寝場所はどちらに? 外で野宿を……」そこでハッとし「まさか、化粧室で――」
サッと、手で口元を覆い隠すと同時に後方へ身動ぐ。
「いや、そんな訳あるかよ。事務仕事ついでに執務室を代わりに使わせて貰っているんだよ」
「ではシャワーは……」
「毎日欠かさず洗って……そこも皐月から聞いたのか?」
「ええ、紫様と同行したのは皐月さんですから、根掘り葉掘り聞けれる事は全て。
「ああ、そう……」
取り出した弁当から透明なプラスチック容器の蓋を取り外し「ん、先に漬物食いな」と、
テーブルから引きずる様に目の前の少女に差し出す。
「あら、お先に頂いてよろしいので?」
「人が食ってる物から掴むのイヤだろう」
「妙なところで気を遣いますのね」
そう言って寿々花は手を合わせ合掌すると「では、お先に。頂きます」と湯気を帯びた漬物を口へと運ぶ。
ハムッ、と一口噛んだ瞬間、少女の顔から喜色が溢れる。
写シとは違ったオーラに包まれ空いた手を頬にあて、至福の時を得た彼女の周囲には花々が咲き誇った。
それが
「あ゛……」
「どうかしまして?」
この弁当、底上げしてやがる。何でだよ、600円もしたんだぞ……詐欺じゃねぇか。
なけなしの銭で買ったにもかかわらず量に対して金額が見合わないことにげんなりしつつも
引き攣った顔の男は短く返答した。
「あーーいや何でもねぇ。気にすんな」
「そうですか? ところで、先程お金の事を仰っていましたがこのお弁当の支払いは
どちらから?」
「
「それは何れお給料が無くなるのではなくて?」
中央と寿々花、この二人の与り知らぬところで静かにフラグが設置され、いずれ回収がなされる。
フラグという概念があるのであればの話だが。
「手続きが受理されるまでの間、繋ぎなんだから早々そうはならねぇだろ」
建設業関連の専門業者かなにかなのか、フラグを建てる中央。
そうとは露知らず量が少ない分、口の中で細かく噛み砕き、確りと大量生産された食材を味わっていると残りのメンバーが食堂に姿を現した。
「……お早うございます」
「珍しい組み合わせだね、此花と
姿を見せたのは夜見と真希。
寿々花同様親衛隊の制服に身を包み中央達の方に近づく。
「朝食食おうとしたら途中でバッタリ合ってな。オマエ等もその口か?」
「……いえ、獅童さんも私も食事は済ませてあります。此花さんはもう食べ終えたのですか?」
「朝食なら
タイミング悪く官給品たるスマートフォンから前兆もなくブルブルと震え、無機質な機械音が一定の間隔で鳴りだす。
数回鳴らした所で、夜見は画面の緑色の丸をタップする。
「……はい。分かりました、直ぐにそちらに伺います」
「こんな朝早くに誰からだ?」
「守衛の方からです。鎌府と綾小路の刀使が私達親衛隊に面会を求めているそうです。
それと――」
間をおき、言葉を続ける。
「紫様には既にアポは取っているとのでさっさと来い……との事ですが」
「紫様が用意してくださった刀使達だな。そうか、
夜見にしては珍しく言いよどみ、その様から到着した刀使が誰なのかを真希は察する。
それと同時に平城の名がないことに失望するまでではないにしろ内心落胆もした。
「迅速な対応だな。是非とも事務要因として欲しいな」
「……その発言は東西南北さんの存在否定に繋がりませんか?」
このままでは折角の稼ぎ口が消えてしまう。そう思い至ったのか中央は頬を叩いて言明する。
「ウッシ! 今俺は何も言っていない事にする」
「そんな事をしていては
「ア゛ア゛ー! 聞゛こ゛え゛な゛い゛い゛い゛」
耳孔に雑音が入らぬよう両耳を抑えては放す、抑えては放すを断続的に繰り返し遮断する。
飽きたのか切りかえたのか、ものの数秒足らずで親衛隊のまとめ役としての務めを果たす為、
リーダーらしく指示を出す。
「それじゃあ此花、その鎌府と綾小路の二人を講堂に連れていってくれ」
「それは構いませんが、貴方たちはどうなさいますの? 食事も途中ですというのに」
「俺のこの決まらねぇ髪型をどうにかしてからコイツ等と一緒に行くわ」
「時間が掛っても
「あのなぁ、学生じゃねぇ俺が迎えに行っても不審がるだけだろ。
何だったらあちらさんがその場で即斬りかかるかもしれんし」
あー
あり得ますわね、
……
一呼吸分の間を置くとある一人の刀使が思い浮かび三人の主観が偶然にも重なる。
東西南北――だしな。
東西南北――さんですし。
あれ? 気のせいか、心なしか三人からの視線が痛気持ちいぞ。
二度のノックを済ますと寿々花は一言断わりを入れて入室する。
「お待たせしました」
ダンッ!!
ドアの開放と同時に室内がけたたましく鳴り響く。
誰が鳴らしたのか。
音の主たる人物については入室前から既に大方の予想がついていた為、寿々花はその音の中心地に目を向けるとそこには――
邪魔にならない程度に短くされた蜜柑色のラインバレイヤージュの頭髪。
右耳にはイヤーカフが一つ。
そして指に着けられたアクセサリーはイヤーカフ同様に銀色が輝く。
服に至っては襟立てされた淡い灰色のジャージのファスナーを閉じ切っている。
このひときわ異彩を放つ少女。しかも、綾小路時代からのよく知る顔見知りがそこにいるのだから。
だからこそ、ああ……やはりアナタでしたか、と吐露しそうな言葉を内心に押し留め肩をすくめる。
「人待たせておいての出会い頭開口一番がそれか此花ァ!」
「これ、久々の後輩に再会してそれはなかろう」
しかし異彩を放つといえばその隣にいるプラチナブロンドの少女もそれに当てはまる。
異国人と思わせる黄色味の髪。
髪色に負けじと大きく波を打つようなボリューム感に溢れたヘアスタイルは胸下付近まで煌めき続け、江戸紫の襟カバーを覆い隠す。
短髪の少女とは違い制服は着用しているものの、そのブレザージャケットの袖口はウィザードスリーブのように円錐形に形を変えて広く見せている。
手を加えることを許してしまった以上、一部分でも魔改造されている制服を着ているのだ。
それだけに治まるはずもなくプリーツスカートも標準のミニを止め、白いラインがくるぶし付近を覆うまで伸ばしたマキシ丈に仕上げられてある。
そして極め付きは目を閉じ、
見えているのか、いないのか。様々な憶測が飛び交う日々。
だがそれでも、ヒソヒソと囁かれる周囲の声などものともせず今日までの歳月を過ごした甲斐もあってか、一般流通されているものとは比べ物にならない茶葉の香りと味を楽しめる僥倖が今もたらされる。
啜っていた湯呑をガラステーブルに置くと一向に開こうとしない瞼のまま老人語の少女は口の悪い隣人を制止する為、矮躯の少女は今もなおガラステーブルに置き続ける足を退かそうと足首を掴む。
「気にすることはありませんわ
寧ろ、安心感と懐かしさすら覚えますわ」
「んん、そうかの。まぁ、お主が良いのであれば儂はこれ以上つべこべ言わぬが」
佐等は雑に足を退けるとそれを意に介さず隣で座す少女は寿々花を鋭い眼差しでじっと見る。
「…………オイ。アイツ、来てねぇのか?」
「アイツ?」
綾小路の在校生から訊ねられるも元綾小路卒業生は首をかしげる。
誰のことか思い当たる節がなく皆目見当もつかないといったのを察して鎌府の刀使がその人物について付言した。
「ああ、ホレ。こやつの代わりに本来此処に来る筈だったお主等の後輩じゃよ」
「そういう事ですか。綾小路の刀使は貴方だけですわよ」
「チッ……結局来てねぇんじゃねぇかよ。クソッ……戻ったらソッコーブッダ斬ってやる」
不穏な言葉が寿々花と佐等の耳に入ることなど意に介さず、といった具合にぬるくなった緑茶を一気に胃へ流し込んだ音をたてるとソーサーを介さず粗雑に湯呑を叩きつけ、少女は御刀を取りソファーから立ち上がる。
「暇や遊びで来たワケじゃねぇんだからさっさと案内しな」
「では、案内致しますわ。佐等さんもよろしくて?」
「ああ、待て。そう急くではない。余った茶菓子を包むで暫し待て」
「オイ……」
しんと静まる講堂で伝法な少女は口を開き目の前の
「どうかされまして?」
「誰も居ねえんだがこういう時、呼び出した側が準備万端でいるもんじゃねぇのか?」
「少々、準備に時間を要しているみたいですわね」
クルクルと暇を持て余した指で髪を弄り寿々花は言葉を返す。
佐等も先程包んだ菓子を呑気に小さな口で咀嚼している。
「ハァ?」と、短く吐き出した言葉で不快感を顕わにすると「んじゃ、帰るわ」とそう二人に告げ、ジャージ姿の刀使は講堂の出入口に向かおうとする。
しかし――
「――んだよ、佐等」
翻した先に
そうする事の善し悪しを論ずることは別の機会にするとして、彼女は杖の代替品として使っていた御刀が膝上に制止棒としてこのとき機能する。
「
「ジジババ臭ェこと言ってるがオメェ、アタシと同い年だろうが。大体テメェも――」
あーだこーだと口を開けば飽きもせず言葉のラリーを繰り返していると、不意に胸のざわつきが二人を襲いドクン、と心臓が跳ねる。
――何だ、コレは……?
近づいてくる足音に比例してイヤな気配は肥大して迫ってくる。
獅童や皐月ではない。いや、厳密には二人は近づいているのだがそれでも一つだけ、ただ一つだけ異常な気配が慣れ親しむ二人の気配を従えている。
来るハズのない
ましてや折神 紫でもない。
では何なんだ? この不快感とは違ったモノの正体は。
そこで漸く答え合わせが実現する。
「悪いな、待たせた」
微塵も悪ぶれない素振りでその刀使は講堂の扉を開き、姿を現す。
直観なのか、はたまた第六感がそうさせたのか二人の刀使は御刀に手を掛け、鯉口を切ると
それは中央を視認した瞬間だったのだが、そこで漸くとこの正体不明の感覚を
「やっと来ましたのね。あら、その髪型にしましたの?」
「ああ、昨日のよりもコッチのがしっくりきたわ。
「大丈夫ですわ。ポニーテールも捨てがたいですがその三つ編みも似合っていますし、ちゃんと見えますわよ」
「そうか?」と中央の尋ねに「ええ、事情を知っている
「人間観察は得意な方じゃないが今のアナタは何処から見てもそう見えるさ」
後頭部から三等分に分けた毛束を一本に束ねた――いわゆる三つ編み。
中央にとっての不安要素であった髪型も同僚達からとりあえずの及第点が与えらる。
しかし、
ブンブンと無軌道に黒髪の毛先を振り回したのち、ヒョイッと放り投げて制服の後身頃にそれが当たる。
「改めて、皐月もありがとうな」
「……いえ、これも仕事の内ですから」
そう言っていつもと変わらぬ無表情を見せるが
こういった表情もするのか。
まだ知らない同僚の一面に寿々花も夜見につられて
そんな中、その一方で。
コイツ――――紛れもなく、強い!
弛緩した空気の中で短髪の少女は闘気をまとう。
敵対している訳でもないしこれから戦をはじめる訳でもない。
だが彼女の目には無防備をさらす目の前の刀使への興味がふつふつと沸き上がる。
無防備な様であってもその刀使は見る限り一つ一つがムダのない最小限に抑えられた動作。
にもかかわらずこれほどまでの圧を感じた事があっただろうか?
感じるモノは人それぞれ。
かけられた首輪の鎖を引き千切らんばかりの勢いと形相の傍ら、佐等は思案する。
この御仁、儂や『光枝』との力の差が開き切っておるのう。始めて感じる気配じゃがはて?
刀使達の中でこれ程のモノが居たか…………ああ、そうか。
クク、面白れぇ……! クソアマの事なんざどうでもいい。そう思えるぐれぇにはここに来た甲斐があったぜ!
確信とも呼べるモノを二者は得る。
剣の道に進んだ以上、強者との剣戟を望んだ。
されど高みにいるモノとは刃を交えることが叶わず。
その過程で自ら認めた
望んでも掴めない。
そんな中、この邂逅は是が非でもモノにしなければならない舞い降りた千載一遇のチャンス。
「んで、そいつ等か。依頼を引き受けてくれた刀使二名ってのは」
「ええ、では
「……ヨロシク」
「そして、その右隣に見えるのが
「宜しく頼むぞ若いの。因みに、儂はこんななりじゃがそこの光枝と儂は同じ高等部一年じゃからの」
「んじゃあ、コッチの自己紹介だな。
「ブフッ!! なか、こ……!」
事前に周知された名も当人の口から出され真希のツボにこの上なく刺さる。
しかしプルプルと震える真希の姿を意を介さずに中央――もとい中子の目の前に迫る光枝。
「なぁ、アンタ強えだろう」
「どうした藪から棒に」
「一つ、アタシと立ち会ってもらえねぇか? 勿論アタシとアンタの一対一で」
「何か理由があんのか? 下らねぇ内容だったら却下するぞ。時間ももったいないねぇし」
「理由だぁあ? そんなもん強えヤツと
「そうか、そういう事か。ならまぁ良いぜ、丁度いい。集団戦ヤル前にコッチもオマエ等の実力はこの目で見ておきたいしな。ソッチの
「フム、ではお言葉に甘えるとするかの。だが、儂は後でええでの」
首を傾けた先の視界には微動だにしないイチイがそう言って早々と踵を返すと
コイツ……目が見えねえのか。にもかかわらず
フム、とイチイを一瞥する。
包み隠す気がないのかユラユラと揺らめく闘気が後ろ姿からでも見て取れる。
……いつ以来でしょうか。佐等さんが本気を出すのは。
短い期間とはいえ幾度となく夜見はイチイと行動を共にしていた。
それ故にイチイの実力はこの中では誰よりも知っている。
彼女が本気を出す状況かどうなのかも。
「それじゃあ、早速ヤルか裏隠居よ」
「ああ、コッチはいつでもいいぜ」
制服に包まった鞘から抜刀すると峰を右肩に乗せ、写シを張る。
しかし意気揚々としていたがある重要なことに光枝は気付く。
「……オイ、何で木刀なんか持ってるんだ。アタシは全力のアンタと
……何処かで見た光景ですね。
「万が一怪我させたらこの後の集団戦に支障がでるからな。今はこれで納得してもらうしかないな」
「ああ、そうかい。なら……直ぐに全力出させてやるよ!!」
言い終わると間髪入れず迅移による高速移動で瞬く間に距離をつめる。
間合いに届いた瞬間、上段からの袈裟蹴りが滑るように白刃の軌道をえがく。
「ほう、一撃が鋭いな」
ちッ!
数歩後退すると再度迅移で前進する。
「これでッ!」と斬撃を飽きることなく繰り出し「どうだッ!」と数本の線が中央に触れることなく消える。
アタシが薄皮一枚も斬れねぇだぁ!?
獅童達よりも斬撃の質が違うな。しかも先程の言葉とは裏腹にコイツ、本気で来てねぇ。天邪鬼か? それともツンデレか、コイツ。
まぁいいだろう。それなりに測れたことだ。
それが光枝の戦術だとしても最後まで付き合う必要はない。
まだイチイが控えているのだから早々に切り上げるのが最良だろう。
指先に力を籠め、柄から音が漏れる。
「そろそろ見るのも飽きたし、防ぐか避けるかしろよ?」
全身の肌がひりつく。急激に中央の圧が変わるのを瞬時に理解した瞬間――
来る――!!
下段からの鋭く強烈な一撃。
刀使だろうが荒魂だろうが攻撃であれば避けるし状況によっては防ぐ。
だがこれは――
避け切れない。
光枝のこれまでの経験が脳内で警鐘を鳴らす。
どんな行動を選択しても防ぎきれない。
光枝の中でのあらゆる選択肢が潰される。
「――ぐッ、うぅ……!!」
歯を食いしばり痛みに耐えるが沈むように御刀が
写シのお陰か出血はまぬがれてはいるのだが。この状況は想定外。
自分の予測を超える速度の斬撃。
それにともなう質の違うこの重い一撃。
なにより相手がまだ本気を出していない事が腹立たしい。
そうだ……。
――許せねぇ。
芽生えた感情は怒り。
時として怒りは予想外のエネルギーを人にもたらすもの。
ここぞとばかりに火事場の馬鹿力で喰い込んだ峰を肉から引き離す。
それだけに留まらずその勢いで声を荒げながら中央の木刀を押し返した。
写シを張っているにも関わらずこの刹那の間に
ハァ、ハァ、と乱れた呼吸を整え目の前の刀使をギッと睨みつけだす。
歪んだ表情につられピクピクッ、とこめかみが躍動する。
――許せねぇ。
御刀を床に刺し直立させると今度は腰の佩刀金具に手を伸ばし
なるほど、鞘を使った攻防一体の剣術。これがコイツの
その為に縛った白い制服を解いているのかと光枝の動向を注視していたが中央の考えは思いのほか外れた。
覆われた
制服が床に落ちると同時に空となった一本の鞘も音を立てその場に沈む。
二刀だと? いや、違う。コイツは一体……。
――許せねぇ。
残されたもう片方の鞘から
この
「これ、やめんか」
ゴンッ!!
ニブイ何か大きな衝撃が光枝の後頭部に加わり一時的な痺れを起こした。
「が、あ゛ッ゛……! ああ…………? 佐等ォ……テメェ何しやがる!!」
「お主の負けじゃ」
「あ゛ア゛ッ!?」
「木刀にもかかわらず腕はその状態。御刀だったらもう写シが剥がれておるし何よりその腕、今頃地に伏せておるぞ」
「――ッツ………………あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!!!
言葉ではそう言ったもののそそくさと大股で端に向かうと光枝はドンッ!! ドンッ!! と、抑えられぬ怒りを壁にぶちまける。
それこそ一糸不乱に足蹴りを続け、オレンジと黒の髪が踊り続けた。
「良いのかよそんな簡単に引き下がらせて。まだ続けても良かったんだぜ?」
「あ奴は血が上りやすいでのう。あのまま続けていたらお主、誤って生殺しにしておったじゃろうて。それに、短気は損気と言うじゃろう? 力量を見るのであればあれ位で丁度よかろう」
「あーーまぁ、それはあるかもしれんな」
塗装が剥がれ、原形を留めることがなくなった
止める術が見当たらない為、放置するしかなく今に至っては脹脛がスッポリ覆うほど深く蹴り込んでもなお彼女は青筋を浮き立たせる。
「――人のォッ! 楽しみをッ! 奪ってぇッ! んじゃァッ!! ネェッ!!」
……コレ、東西南北さんの給金から引き落とされる流れではなくて?
「さてと」
フラグを再生産したことに気付かぬまま中子は仕切り直す。
「次は儂の番じゃな」
「おうよ。じゃあ、始めようや」
「いつでも」
床についていた
垂直に近いかたちで持ち上げられた
グリップは握られたまま、けれど刀身は姿を見せずその時を待つ。
……。
…………。
………………。
空気が静止する。
静まり返る講堂で誰一人として声を発するのをやめていたのだからそれはそうだろう。
壁への八つ当たりに没入していた光枝でさえ対峙する闘気を察してからは足をとめ、静観する。
蚊帳の外で固唾をのむ刀使達をよそに刻一刻と流れる最中、二人の刀使は時を止め、構えを保ったまま。
一人は切先を床に向け、かたや一人は切先は見せず。
写シの有り無し係わらず秒針が動く度に二人の闘気はじりじりと増す。
動かねぇな……まぁ盲目ならむやみやたらと動くよりも待ち、後の先を取る方が理にかなっているからな。それも仕方ないか。なら、コチラから攻めて様子見するか。
牽制の意味を込めて、先ずは中子が動く。
であるがゆえに必然的に身体能力で前進する。
防ぐか? それとも回避するか?
イチイが選択したのは後者だった。
右上からくる片手からの袈裟蹴りをいとも容易く回避してみせるとイチイは中子の懐に侵入する。
気配を消したつもりだったが、中々どうして。上手くコチラに入り込みやがったな。なら、
次は――
即座に右手から左手に柄を持ち替え流れるように片手一文字斬りを試みる。
しかし、これもイチイは防ぐことなく後方へ下がり木刀の横一閃を躱す。
まだ御刀を抜かない? どういう――
着地を済ますと間髪をいれずイチイは迅移を発動――再度中子の眼前に迫る。
口角が上がり納刀された御刀から鯉口が切られ、そこで漸く中子は佐等 イチイの剣術がなんであるかを理解する。
コイツ抜刀術の使い手か!?
気付いたときには時すでに遅し。
右足の踏み込みと同時にイチイの鞘引きは完了し『
「ありゃ?」
逆手居合で剣速も迅い、なあっ!! かなりの練度だなコイツはよ。
「ぬぉっと」
イチイの居合をすんでのところ躱しきると反射とも呼べる左逆袈裟蹴りが空を斬る。
互いの間合いの外で納刀するイチイの姿を中子は両の目でとらえ続けていた。
先程の裏隠居といいよくもまあこのレベルの奴がいるとは。それに視覚が封じられている分、気配を読むのに長けているのか。コッチの斬撃を一切受ける事をしねぇとは。
フー、と短く息を吐き出すと自分でも気付かぬまま口角が上がる。
「何か可笑しい事でもあったのかえ?」
「ああ、いや、可笑しいとかそんなんじゃねぇんだよ。嬉しいとは違うな。
そうだな、なんつぅーかまぁ……少しだけ面白くなってきたな」
「ホホッ! そうかそうか、面白いか。
緩まる二人の表情とは裏腹に彼彼女のボルテージは更に増す。
面白くなってきた。
口に出さなくてもよかったのだが言葉にすることで感覚を研ぎ澄まし二人の闘気は熱をもたらして周囲に伝染する。
「……」
その熱にあてられた刀使がぎゅっ、と十指に力を籠め羨望の眼差しを向ける。
何故自分にはないのだろう。
何故自分にはあそこに行けないのだろう、と。
持たざるモノが消化できない感情で両者をとらえる。
「――……現。親……に出」
突として流れた声に中央とイチイは互いの存在を外へ追いやり
構えた刃からは闘志の熱は失われ、その場でただ待つのみ。
コイツには構ってられない。
そう言わんばかりに天井を見つめ身構えるが、かと言って強張りはしない。
ピクリとも動かない二人に親衛隊の三人は訝しんだが時同じくして二人と同じ所作に至り天井を見上げていた光枝は険しい顔で小言をこぼす。
「ぜってー面倒くせぇことだな」
光枝の予断した通りに若い少女の声が厄介ごとを招く。
恐らくは伍箇伝から折神家付になった刀使だろう。
スピーカーからの
「――、並びに郊外に大多数、の荒魂出現。繰り返すッ、周辺に大多数の荒魂、出現。
親衛隊は直ちに――」
ああ……今日は厄日だな。
「繰り返す、大多数の荒魂出現」