刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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2023年1月20日か……BEHIND THE LINE


ホントに日常編なの?



12.その来訪者は相識ではあるが

 名を呼ばれ、その男は物陰から顔を覗かせスーツ姿を晒す。

 中央との距離が近づいてくにつれ黄金色の短髪が燦爛(さんらん)と光放つ。

 

アレ(・・)からおおよそ二年の月日が経ちますがなんにせよ、どうやら衰えていないのは流石と言うべきか。ひとまず安心しまたよ」

 

 異邦人の口から出る流暢な日本語は懐かしくもあるが同時に胡散臭く、言葉一つ一つに含みを感じられずにはいられない。

 中央にとっては余り関わり合いになりたくない人物。

 それが、この『ノア』という武芸者(オトコ)

 

「よく言うぜ。そんな事微塵も思ってねぇクセによ……それで、何の用で来たんだよ。普段から人目を避けてぇお前がわざわざ会いに来るなんざ何か理由があるんだろ?」

 

「フム……しかししかし、まぁまぁ。まさか女装に目覚めるとは。人間、どう変わるか分かりませんね」

 

「いや、聞けよ。つうか俺はな、伊達や酔狂で女装(これ)してる訳じゃねぇし、ちゃんとした理由があるんだが?」

 

 膝から順に指先で黒髪までを宙でなぞり、大げさに三つ編みを払う。

 渡りに船となるハズと思ったていたのだが再会したこの男からの助力は乞えそうになく、寧ろ茶化そうとしてくる始末ときたものだ。

 

「フム、情緒がないとはこう言う事ですか。残念ですね、いや実に残念だ。キミはもっと会話を楽しもうという気概はないのですか?」

 

「ねぇよ。今のやり取りでどう楽しめってんだよ」

 

「即答ですか、そうですか。悲しくなりますね、涙がちょちょぎれて血涙が止まりませんよ。その弾みで血尿も止まりませんね」

 

「オイ、ふざけるだけなら帰れよ」

 

「オッと、ついでに切れ痔にもなりましたか」

 

 

 相変わらずコイツは……。

 

 

 人をおちょくるのが上手いというか、神経を逆撫でるのに秀でているというか。

 もうどうしようもないと嘆息しながら呆れ気味に落胆して肩を落とす。

 

「仕方ない。まぁ、ワタシもまだ職務中でもありますし本題に入りますがああ、些細なことです。

とは言ってもまぁ、ワタシにとっては些細なこと。しかし君にとっては重要な事になるのでしょうね」

 

「お前が直接来てまで話さなきゃならねぇ程の事なのか? 」

 

「ええ。『ハジメ』が刀使(トジ)について色々嗅ぎ回っているみたいですよ」

 

「『はじめ』が? なんでアイツが――ああ、いや、そういう事なら(・・・・・・・)説明がつくか」

 

 一瞬――考え込むように左手が顔に触れそうになるがある言葉が浮かび上がりピタリ、と硬直する。

 武芸者、それも『アイツ等』であるならばそれは考えるまでもないだろう。

 しかし今そんな事をしている場合か?

 確信が持てずにいるのを見計らってのことか丸刈り(クルーカット)の壮年は口を開く。

 

「理解が速くて助かりますよ。まぁ、いずれにせよ(カレ)の方から接触してくるでしょうし」

 

「ところで」と、ノアの視線が中央から外れ、奥で佇む少女に興味が向かう。

「そちらのお嬢さんとはそれなりに親しい仲なのですか?」などといかにも他事にも関心があると体裁を取り繕ってくる。

 

「あ? 皐月の事か?」

 

「ええ。件のこともありますし親しいのであれば一応忠告したほうがよろしいと思いましてね。自己紹介もしたいですし」

 

「お前、巻き込むつもりでいるのか?」

 

「巻き込む? そんなそんな。滅相もない。しかししかし、巻き込む、と言うのであればそちらの皐月(サツキ)さん、もう巻き込まれているのでは?」

 

「……なんだと?」

 

「もう既に武芸者(ワレワレ)と関わりを持ってしまっている。先の戦闘からもそれは変えようのない事実でしょう?」

 

「先の戦闘……お前、この前の襲撃者共とやり合ってたのを見てたのか?」

 

「ええ、ええ。それはもうこの目でバッチリと」

 

 人差し指で眼鏡のブリッジが押し上げられるとつられて口角も上がる。

 何度も目にしているのに息を吸うようなそのにやけ面が実に腹立たしい。

 

「見てたなら手伝えよ」

 

「それはワタシのあずかり知らない事でありワタシの仕事ではありませんよ。何なら見知らぬ少女達を助ける義務もありませんしね」

 

「知り合いが大変な目にあってるんだからそこは昔のよしみでどうにかこうにかするとか――」

 

「ないですね」

 

 容赦のない即答。

 突き放すだけでは飽き足らずさらにさらにと言葉の圧が中央に迫りくる。

 

「そもそも、折神(オリガミ)氏がしょうもない雑魚(ザコ)に狙われたその時点でもう手遅れなんですよ。我々が手助けする必要はない。程度が知れた連中に殺されるなら折神(オリガミ)氏もその程度、それまでのこと。例えそれが『彼女達(・・・)』からの言い付けでもね」

 

「上の命に背くか。自由気まま、気の向くままにフラフラするテメェらしいといえばテメェらしいが」

 

「どちらかといえば違命しているのはキミの方ですがね。ワタシは『彼女(カノジョ)』達から許可を貰って自由に行動しているワケでして、一時的とはいえキミのように自暴自棄になって勝手に放浪しているワケではない。

 折神氏は18年前に『(カレ)』、そして『彼女(カノジョ)』から指南を受けているのですから我々が動かなくても自身でそれ相応の対処はできる。例えその身体が乗っ取られていようとも(・・・・・・・・・・・)未だに彼女は禍神を抑えれる女豪だ。如何様にもできるでしょう」

 

 ペテン師が嘘を吐くように矢継ぎ早にと弁舌は続く。

 

「ああ……それから折神(オリガミ)氏、いえ(ユカリ)嬢のことは別として親衛隊である少女達。本当に戦力になるとお思いですか?」

 

「んなもん実際にやって見なきゃわかんねぇだろ」

 

「ハジメクラスの武芸者では瞬殺されるのは目に見えている。分かりきった結末であるならば我々は雑魚(それら)にかまけている時間も必要もない」

 

「チンピラや武芸者モドキどもが御当主(・・・)狙ってくるんだ周りも最低限度の自衛する力は身に着けるべきだろ」

 

 突として夜見達へ矛先が向かうがなんとか食い下がろうとはしてみる。

 だが依然として異邦人の弁舌が覆ることはなく。

 

「では別の聞き方をしましょうか。刀使(トジ)だから助けるのですか? 武芸者……特に金銭に困り果てた輩なら今この瞬間クソにも劣る行為をしている。標的となったモノであれば一般人だろうと刀使だろうとそこに優劣はない。キミも散々嫌となるほど見てきたでしょう? まだ(・・)その手に、耳に、目に、脳に、その鮮明さが記憶に残っているというのに」

 

「――――ッ!」

 

 

 本当ッ……コイツは。

 

 

「返す言葉もありませんか? 素行が悪くても情が移るのはキミの悪い性格ですよ。ああ、いや。情よりも色欲の方が勝りましたか?」

 

「――チッ! ああ、もう……ぐうの音も出ねぇよ」

 

「未だ過去の愚行を引きずり良心の呵責に苛まれるのならいっそのこと『ミヤコ』に預けてみればいいじゃないですか。どれ程の期間預けどれだけ成長するかはわかりませんが十代の少年少女なんてみな成長期ですし、並みの武芸者ぐらいにはなれるんじゃないいですか? その方が効率的ですよ? キミも紫嬢の護衛をしなければならないんだ。預けるにしろ預けないにしろこのままでは何れ、彼女の二の舞(・・・・・・)ですよ」

 

 トンッ、と心臓(むね)に人差し指で突かれる。

 

「巻き込んだのは間違いなくキミ達(・・・)なのだから」

 

「――――」

 

「まぁ、よく知りもしない少女達の事ですからどうなろうと対岸の火事。ワタシには関係のない事。これっぽちの興味もありませんし」

 

 摘まむように指を形作っては解きヒラヒラと手を振る。

 

「これ以上時間を浪費しても互いになんの益もありませんしお開きとしましょう。必要な情報は伝えましたし、また何か動きがありましたら伝えますよ」

 

「……ああ、そうしてくれ」

 

 踵を返して手にした布を御刀(・・)に巻きつける。

 気分の晴れぬままノアに背を見せ夜見のもとへと近づく。

 

 

 

 来たときよりも歩幅が速く、顔付きが普段よりも幾分か険しい。

 きっと話が済んだのだろう、そう思い至り晒してた水神切兼光(すいじんぎりかねみつ)を漆黒の鞘に納め警戒を解く。

 

「戻るぞ、皐月」

 

「……わかりました」

 

 

 ……何故怒っているのでしょうか?

 

 

 眉間に皺を寄せて通り過ぎる中央から遅れて彼の歩調に合わせ踏み出す。

 数歩分の距離をとりながら尾すり早数分。

 黙りこくっていた中央と夜見だったのだがその時間もそう長くは保たなかった。

 

「…………ア゛ア゛ア゛ッ゛!!!」

 

「――――!?」

 

 何事か。急に低く濁った大声を出す所為でビクッと身体が硬直する夜見。

 そしてそんなことなどお構いなしにと急反転し出す中央。

 急激な動作で暴れる三つ編みを寸前のところで躱した直後、白髪の頭上に疑問符が浮かぶ。

 

 アイツのペースに乗せられて問題が何ひとつ解決してねぇじゃねえか。

 

 

 慌てて歩いてきた道を振り返る。

 すぐさま駆け出し戻るも目にした骸の傍には誰の姿もなく周りを見渡しても気配らしい気配はおらず。

 

 

 しかももういねぇしよ。神出鬼没か何かか。

 

 

 そよ風がさあーっと吹き渡る。

 先ほどの荒々しい気分も諦めが勝ると一気に消沈し、スマホの電話帳から待機中の回収班に繋ぐ。

 

 


 

 

 黄色の瞳で二人の背を見送り終えると踵を返し、しまい込んでいたスマホの電源を入れる。

 死骸とはいえ荒魂がいるような場所でSNSなど見たり、写真を撮る意味などはない。

 ならば通話をするか、メッセージを送るかこの二択しかないだろう。

 

「でぇ、どうだった? 今の中央(アイツ)は」

 

 通話口から聞こえてくる相手方の男が開口一番に訊いたのは東西南北 中央の状態。

 その声色からは心配しているといた様子はなく、軽薄そうな声なのだから寧ろニヤニヤとした面持ちが窺えるし、その口ぶりから一度や二度顔を合わせているわけではない。

 

「ええ、少なくとも牙は折れてはいないかと。ええ、ええ。後はご自身の目で見、実際に刃を交えてみて判断すればよろしいかと」

 

「でもよ、そうは言うが今のアイツとやりあってもビミョーじゃねぇか? アイツ、今は長巻なんて使ってんだろ?」

 

「ワタシもこの目で見ましたが長巻でも遜色ないですよ。まぁ、全盛期ではないのは確かですが」

 

「ホントかねぇ。今様子見でアイツとやり合ってはい死にましたーーじゃ意味なさ過ぎだろうよ。よしんば昔のレベルに戻ってガチ目にヤリ合ったとしても」

 

 続けて男は発する。

 

「死ぬだろ。中央(アイツ)

 

「今(カレ)と刃を交える事がご不満ですか? でもそこはアナタの力量次第というモノですよ」

 

「力量次第……ねぇ」

 

「ならば一度二本(・・)で試してみるのも一つの手では?」

 

「オイオイ、バケモノ共(・・・・・)を相手にするんじゃないんだから」

 

「バケモノですよ。(カレ)(カレ)の雇用主も。何ならキミも。ならそうだと仮定し手合わせする。慢心しなければ万に一つとてアナタと(カレ)が死ぬことはありませんよ」

 

「オレも中央(アイツ)も死ぬ事前提かよ」

 

 クハッ、と先ほどと変わらぬ声色で笑うのがノアの外耳道を通り、続く。

 

「その万に一つが起こらねぇ保証はどこよ?」

 

「保障はできかねますね。ただ少なくとも中央(カレ)我々(ワレワレ)にとって必要な戦力足りえる人材だということを頭の隅にでも置いておいてください」

 

「まぁ、そうさな。仕方ねぇか。白黒つけるにはまだ早ぇがコッチの人数揃える為にも四の五の言ってられねぇわな」

 

 男は長嘆息仕切ると軽くジェスチャーをして缶ビールを受け取る。

 

「オーケー。どうにか見計らってアイツが万全そうなタイミングで仕掛けてみるわ」

 

「ええ、そうして下さい」

 

 ――プシュッ。

 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、と包み隠さず喉を鳴らし「――ぷはぁーー!!」と盛大な声と共にアルミ缶が潰れる音を上部スピーカーから聞き逃しはしなかった。

 

「まったく。人が休暇も取らず馬車馬の如く働いているというのにキミという人は」

 

「いいじゃねぇか。人間なんだから、飲みたいときに飲まねぇと人生損だぜ? 特にオレ等はな」

 

「まぁ、ワタシは飲むときは自室でと決めていますので暇を見つけ次第そうさせてもらいますよ」

 

「ああそうしてくれ。何時如何なる時に飲むかはアンタの自由だ」

 

「ええ、では朗報を期待していますよ」

 

 ボタンをタップし真っ直ぐと見据える。

 視線の先に誰の気配もしなくなったのを感じ取ると再びその場所へと地面を蹴る。

 

「さて……些か遊ばせ過ぎましたかね。ですがそれも終わり。キミには甘さとぬるま湯に浸った生活を捨て去ってもらいますよ、中央(ナカオ)。ワタシ達の生きる場所はココに非ず。しっかりとその命、捧げて貰いましょう」

 

 荒魂とナニカ(・・・)だったモノに革靴のアウトソールとヒールがピタッと密着する。

 

「総ては、そう総ては人類(ワレワレ)が勝利する為に」

 

 言うが早いか片足から大中小と不揃いじみた天河石(アマゾナイト)グランディディエライトといった青緑色のケイ素が形成され瞬く間に死骸を覆いつくし結晶体へと変貌する。

 そこから寸秒も経たずに死骸だったノロだけ残し結晶体は音をたて、雲散霧消して砕け散った。

 

 

 


 

 

―― とある街頭 ――

 

 

 

 何軒かの住宅が並ぶ道で真希と寿々花は周囲を見渡す。

 

「スペクトラムファインダーからの反応はこの付近で間違いない」

 

「ですが見当たりませんわね」

 

 起動されたスペクトラムファインダーには大きな円状が確かに点滅を繰り返している。

 この方向なのは間違いない。

 小型ではないのも間違っていないから視認する事もそう難しくはない。

 

「いるのは間違いないんだ。先ずは反応が示す方へ行くとしよう」

 

「そうですわね…………ねぇ、獅童さん」

 

 一定の歩調で徘徊していると先刻から気になっていた事を訊く為、寿々花は真希へと声をかける。

 

「何だい此花」

 

「このような時に訊くのもどうかと思いますがどう見ましたか。裏隠居さんと佐等さんの立ち合いは」

 

「二人とも途中で中断したんだどうもこうも何もないだろう」

 

「いえ、茶々が入らず彼女達が十全な状態――つまり本気を出した場合(・・・・・・・・)にどうなっていたか、についてですわ」

 

 こびり付いて離れない光枝やイチイの剣裁きに中央の体裁き。

 先輩達の斬り合いは今なお寿々花の目に焼き付いてやまない。

 

「中々難しいことを訊くね。ボクだって彼女達の全てを知っているわけじゃない。ただあのまま裏隠居は一振りで、佐等は遊んでいたら二人は負けていたと思う。そして君の言う本気を出した場合(・・・・・・・・)でも恐らく同じだろう」

 

「獅童さんの目から見て裏隠居さんや佐等さんでもあの立ち合いでは勝ち目が低いと?」

 

「というよりもないだろう。一振りのときに比べ二振りの御刀を使用したときの彼女は動きが大きすぎる。東西南北(かれ)がまだ底を見せていないんだそこは揺るがないハズさ」

 

「では佐等さんは?」

 

「彼女の抜刀術はどの刀使達よりも群を抜いているが余裕を見せるきらいがある所為もあって彼女自身遊びがすぎる。あの立ち合いでも本気を出せるか怪しいな。此花はどうなんだ?」

 

「佐等さんについては(わたくし)も概ね同意ですわ。ただ、裏隠居さんは勝てないにしろ一太刀は入れそうではありますわね。まぁ、身贔屓目に聞こえるかもしれませんが」

 

「それは仕方ないことさ。キミが裏隠居を。皐月が佐等を。ボクなら『一刀』の剣を間近で見てきたのだから贔屓目になるのも無理はないさ」

 

 寿々花に目を向けずそう言い放ち見やる。

 

「その『一刀』さんは今回の招集()ボイコットされましたわね」

 

「彼女の性格上仕方ないさ。討伐任務のときも、御前試合のときも何かしらの理由をつけてやり過ごしていった。本当なら第一席の座だってボクじゃなく彼女が……」

 

「それを言ってしまっては裏隠居さんだって同じようなモノですわ。いえ、佐等さんも金城さんもみな同類でしょうに。(わたくし)達が抜けた今の伍箇伝には問題児だらけ。とやかく言っても詮無いことですわよ」

 

「愚痴を言う暇があれば腕を磨け……か」

 

「あら、お一人でなさるおつもり? (わたくし)もお付き合い致しますわよ」

 

「ありがとう、此花」

 

 寿々花の顔を一瞥し、雲井を見上げる。

 

「強くなろう」

 

「ええ。三人で」

 

 

 いつか、一刀(かのじょ)東西南北(かれ)の様に。

 

 

 そう決意を固めた少女二人は歩みを止めることなく進む。

 前へ、前へ。時には後ろへ。

 右へ、左へ。時には回り道もすることもあるだろう。

 人生百年。

 遠くない未来。いずれ二百年、三百年の時代が訪れるのかもしれない。

 だからこそ、幾度か訪れる試練が彼女らへと訪れる。

 

「――いました、わね……」

 

「ああ……けれど、まさかこれ程とは思わなかった」

 

 燃え盛る炎のオレンジに角のような触覚――――

 

「帰ったらスペクトラムファインダーの更新……いえ、機能向上してもらうよう進言しますわ」

 

「ボクも一緒に嘆願するよ」

 

 刃の如く鋭い無数の肢を持つ巨躯――――

 

「生きて帰れたら、だけどね」

 

「このような場所で死ぬ気は毛頭ございませんわよ」

 

 ――――所謂ムカデ型と呼ばれる荒魂。

 そのハズなのだが。

 

「報告書に記載されているデータより遥かに大きい、いやそれよりも――」

 

「以前討伐したときに比べて異常にデカい、ですわね」

 

「それもそうだがあの荒魂その場に留まって動こうとしない……これは周囲を窺っている?」

 

「荒魂にそこまでの知能があるとは思えませんが」

 

 記憶を手繰り寄せてはみるものの今までの経験上、怒涛のごとく暴れたり野獣さながらの咆哮をするさまはあった。

 しかしこの荒魂はその逆で。

 たたずまいは嵐の前の静けさそのもの。

 

「だが無闇に暴れ回ったり叫び散らすことをしていない。現に周囲は荒らした跡がない」

 

「不気味……ですわね。それにあの配色」

 

「所々に金色を帯びている……?」

 

 

 なんなんだアレは……? 本当に荒魂なのか? いや、荒魂でいいのか……?

 

 

 目を凝らし訝しんでみるが明確な答えは出ず。

 瞳孔が一点にしぼられる。

 引き込まれそうな金色に真希は意識が遠退きかけた。

 

「ここは一度東西南北さんと皐月さんに合流して対処方法の見直しを図ってみては? (わたくし)達だけで不用意に事を構え、万が一にでもアレが活動し無差別に暴れ出されてでもしまえば警察や自衛隊はもちろんのこと並みの刀使では対処することなど到底不可能なのは火を見るよりも明らかではなくて? あの巨体ならさぞ容易いことでしょう」

 

 だがそれも寿々花が隣で喋繰るおかげで我に返る。

 

「……確かに。だが異常な荒魂があの一体だけとは限らない。もしかしたら皐月や裏隠居達も同じ荒魂に遭遇している可能性だってあるかもしれない」

 

 スマホの画面を見ようとするが何故か手が止まり躊躇ってしまう。

 今スマホを見てはいけない。スマホに気を向けてはいけない。

 自分でも何故そうしてしまうのか分からないがとにかくそうしなければならない。

 取り返しがつかなくなる前に(・・・・・・・・・・・・・)

 

「……取り敢えず監視に徹しよう。なにか動きがあればその場から移動させないよう可能な限り牽制と誘導を試みる。いいね?」

 

「ええ、構いませんわ。ああも不気味ですと慎重に期するぐらいが丁度いいくらいですわ」

 

 

「…………」

 

 固唾を吞んで打ち守る。

 未だ荒魂から動く気配はなく、真希も寿々花も控えるだけ。

 刻々とただ時間が過ぎていく中での我慢比べは続く。

 然れど何も起きない。

 その場の風景の一部に化した二人と一匹は微動だにしないまま無為の時を過ごすが。

 

 この停止していた世界もやがて動きを取り戻す。

 

 動きがあったのは荒魂、まして真希や寿々花ではない。

 予想外にも――空から――それは降り注いでくる。

 

「――――ん?」

 

 その変動に気付いたのは真希が最初だった。

 突として地面に浮かび上がる陰影は(こえ)とともに広がり続け、近づいてくるそれ(・・)に寿々花も獅童の視線を追うように仰ぎ、目と意識を奪われる。

 

「――――なッ!?」

 

 自由落下から加速した物体は薄白い軌道を残し荒魂へと差し迫る。

 同時にムカデ型もそれに感付き上空へと咆哮をあげはするものの、気付くのが遅く、次の数舜で悲鳴と地面にめり込む衝撃音。

 そして、最後に降り注いだ鞘が地面から弾き落ちる頃には荒魂は息絶えていた。

 土煙があがる中、微かに影法師が立ち上がる。

 

「ああ、そうか。見知った気配から微妙な違和感があると思ったら…………なんだ、獅童(しど)此花(のはな)だったのか」

 

「キミは――」

 

「貴女は――」

 

 見間違えることのない巨躯とそれに見合う御刀と鞘。

 長船の制服に季節が移ろうとも欠かさず身に着けるマフラー。

 何よりも独特に呼ぶその喋り方と声。

 この刀使の風貌から二人の声とその名は重なる。

 

 

次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録

第13話 獣の情緒




公開情報

〖12.〗
 氏名……… ノア
 一人称……ワタシ
 瞳の色……黄色
 髪型………黄金色の丸刈り(クルーカット)
 服装………スーツに革靴を着用
 備考………中央曰く、胡散臭く関わり合いになりたくない武芸者。
人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げる癖がある。
天河石(アマゾナイト)グランディディエライトといった青緑色のケイ素を形成し荒魂についた『ナニカ』を結晶体へと変貌させる事が可能。

呼び方
東西南北 中央……キミ((カレ)
ハジメ………………ハジメ((カレ))・アナタ
折神 紫……………折神(オリガミ)氏・(ユカリ)


〖12.〗
 氏名……… ハジメ
 備考…軽薄そうな声の『アイツ等』の内の一人。
    中央の知り合いで、武芸者であることは間違いない。
    酒飲みな模様。
    バケモノとの戦闘ではある得物を二本使う。

呼び方
東西南北 中央……中央(アイツ)
ノア…………………アンタ


〖12.~〗
 氏名………ミヤコ
 備考………中央とノアの知り合い。
      名前からして恐らくは女性である。


『荒魂』
ムカデ型?……燃え盛る炎のオレンジに角のような触覚と刃の如く鋭い無数の肢を持つ巨躯を有する。
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