刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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18.刀使へとなるため

「外に出てこれからなにをするつもりだ?」

 

 

 雷花(らいか)に言われ自宅に保管していた御刀――小烏丸(こがらすまる)を持ち出した姫和は彼女とともに外へと出るが、その後暫くは徒歩に興じていた。

 

 

「出会い頭最初らへんに言っただろ、基礎を教えてやると」

 

 

 振り向くこともなく左耳に付けたエメラルドグリーンのイヤリングを微かに揺らし、正面を見て雷花は言う。

 進む度に人里は離れ、人っ子一人誰一人として気配がない。あるとすればそれは二振りの御刀を持った二人の刀使。

 

 

「それは平城学館(向こう)で教えてくれるんじゃないのか」

 

「今編入しても新しい人間関係の構築に寮生活、さらには荒魂討伐も行うんだ。慣れない環境下での生活でしばらくはそれで手一杯だろ。刀使だって義務教育を含む学生だ一般科目を学ばないとならないからな、短期間で最低限、本当の剣術(・・・・・)を叩き込んでやる。向こうに行って編入するのはそれからだ」

 

「授業は必要な出席日数の確保と補習が回避できる成績があればいい。一日でも一秒でも早く剣術を学べるなら教員に教えてもらったほうがよくないか?」

 

「相模湾の一件から荒魂の出現は減りつつある。教員の中には討伐経験の乏しいのもいるだろうがそんな先人達からなにが学べる?」

 

「基礎は学べるだろ」

 

 

目の前にいる白衣姿の少女に姫和は返す。

 

 

「基礎はな。じゃあその先はどうする?」

 

「どうする……って、その教員がダメなら別の教員、それでもダメなら高等部の先輩から指導を受ければいいだろう」

 

 

 至極当たり前のことを述べる。これぐらいのことは考えるまでもないがこの方法では何か問題があるのだろうか。

 雷花からの問には意図が見えない。

 

 

「ならその方法を選んだとしよう。それでお前、そこから一体何十年かけるつもりだ? そんなやり方ではいつまで経っても折神 紫は斃せないし復讐など夢物語だ」

 

「だが他に方法はないだろう」

 

「いいや、ある。お前の目の前にいるこの(わたし)がな」

 

「やけに自信過剰だな」

 

 

 歩きながら呆れ返る。

 言うに事欠いて自分がその方法だと抜かすものだから、それはないだろう。と、心の中でポツリと呟く。

 

 

「当然だ。(わたし)の辞書に勝負と勝ちと負けいう文字はない。あるのはシナリオ構成、役者、背景、演出、小道具……芝居に関わる文字だけだからな」

 

「それ意味あるのか?」

 

「ないな」

 

「…………」

 

 

 下唇を噛み締め顎に小ジワを作る。

 この女は一体全体どこから本気でどこまでが冗談なのか、本気で図りかねる。

 

 

「これが(わたし)だ、理性を解き放ち本能で受け入れろ。さて、じゃあ本題といこうか」

 

 

 修練前なのにも関わらず精神的疲労が姫和に圧し掛かることなどつゆ知らず、雷花はマイペースに物事を進めようとする。

 

 

「修練の前に一つ制約をつけてもらう」

 

「制約? なにをだ?」

 

「刀使として平城に編入してから最低でも二年は我慢しろ」

 

「はぁッ!? 何故――」

 

「話しは最後まで聞け」

 

 

 耳を疑うようなことを青髪の少女から発せられるが間髪入れず反論を試み、反射で口を開くが直ぐに遮られてしまう。

 

 

「ッ…………わかった」

 

「先ずお前には不足しているモノが幾つかある。圧倒的にな」

 

「不足しているモノ?」

 

 

 コイツの目から見てまだ覚悟ができていない、とでも言うのだろうか?

 

 

 姫和は目を細め雷花を見据える。

 姫和(コチラ)を一切見ずに喋る所為でなにを考えているのか図りかねるままに後をついていく。

 

 

「ああ、膨大だぞ。技量は勿論のこと、知識、場数、状況把握に気配察知、強大な殺気を向けられた時の対処法、強者との戦闘、勝つこと負けること両方の経験そして覚悟。挙げればキリがないほどにな」

 

「幾つか同じことが混じってないか? 大体、覚悟なんて言っているがそんなモノとうの昔にできている」

 

「そうは言うがお前、絶対的な力を前にして死ぬ覚悟は出来ているのか?」

 

「当然だ」

 

「口ではどうとでも言えるな」

 

 

 短く息を吐き、雷花は嘲笑う。

 口角を上げ、人を小バカにした顔をしているのが背後からでも想像に難くなく、ムッと不快感を顕わにしては小股だった足は大股に変わり地を蹴り出す。

 

 

「勝利と敗北を味わってこそ強さ、高みへ登れる。それらが無いと到達出来ぬよ、頂には」

 

 

 だがそれでも先を進む雷花に並びつくことは叶わなかった。

 追い付こうと姫和が歩く速度を速めたのを察してか、雷花もまた時同じくして歩くペースを速める。結果として二人の距離は大して変わらず差は縮まることはない。

 

 

「そこで、レクチャーだ。今、折神 紫には四人の護衛――親衛隊と呼ばれる連中が就いている」

 

「親衛隊……そいつらは強いのか?」

 

「いや、弱い」

 

 

 バッサリと切り捨てる。

 もはや自信過剰というよりもただ単に情報収集ができるバカなのでは。そう思い到ると姫和の奥底では公園の水のみ水栓から出される水のようにちょろちょろと雷花への不信感は湧き出す。

 

 

「だったら警戒する必要はないだろう」

 

「折神 紫に比べたらな」

 

「なんでそういった情報を省く……」

 

「お前が我慢汁のように先走っただけだ」

 

「…………」

 

 

 顎とともに眉間にも小ジワを作り、表情は更にシブくなった。

 もういっそのことコイツから斬ってしまえばいいのではないか、などと段々思考が明後日の方へと向かっていく。

 そもそも、この女さえいなければ誰かに情報が洩れることもないだろうし、予行演習にもなる。前回は真正面だったから失敗したが今回は背後をとっている。幸い振り向く素振りは見せないしコチラを気にする様子もない。音を出さなければイケるだろう。

 

 極めて無音であるよう親指で小烏丸の鍔をゆっくりと押し上げ抜刀の準備に移る。

 

 

「止めておけ」

 

 

 感付か、れた……?

 

 

 一瞬――雷花の一言とともに寒気が全身に広がる。

 

 強風に煽られたワケでもないというのに異様なまでに身体が冷える。

 寒い。ただただ寒い。

 尋常ではないこのただならぬ空気は姫和を怯弱(きょうじゃく)にさせた。この雷花という刀使には背中に目でもついているとでも言うのだろうか。

 振り向く素振りなど微塵もなかったハズなのに姫和は制止させられると大人しく鍔から親指を解放する。

 

 

「最低でも二年という期間は目安だ。これはお前の技量次第だが才能豊かであれば幾らかの短縮は可能だろう。ただし――」

 

 

 姫和の行動を咎めることもせず、淡々と口を動かす。

 

 

「――年に一度、御前試合がある。()るならそこで()れ」

 

 

 それ以外に進む道がないと思わせるかのように。

 

 

「だが来年、お前が中等部二学年にあがった時は見送れ」

 

「…………理由は?」

 

「お前は復讐相手の情報を何も得ず、何も知らず、一矢報えぬままで敗れ死ぬ気か?」

 

 

 やはり姫和の方には目もくれず声と言葉は続ける。

 

 

親衛隊(そいつら)とも戦う機会があるのか? その御前試合の最中には」

 

「いや、ないな」

 

「それだと何の意味があるんだ……」

 

「出場者以外は観客席で観戦することができる。決勝戦なら当主である折神 紫は勿論のこと、親衛隊も護衛の為に出てくる。折神 紫を含めた相手の呼吸、癖、一挙手一投足些細な挙動をその目で確かめろ」

 

「見たからといって有利になるとは限らないだろ」

 

「考えが常人的だな。じゃあスポーツの個人競技に置き換えてみろ。トップランカーとランキングにすら入らない奴が対戦する場合、挑む側は相手の弱点となる部分を調べ上げれるが受ける側は情報の無さから初動は相手の様子を見る。つまりは――」

 

 

 デルタ六面体へと形作られたイヤリングを大きく揺らし、雷花はくるりと反転する。そこで漸く雷花は姫和の赤紅の瞳を。姫和は雷花の翠色(すいしょく)の瞳を捉える。

 

 

「――狙うなら初見殺し、その一択だ」

 

 

 先ほどまで淡々と喋っていた少女の顔は無表情かと思われたが自分自身が言ったその状況を想像したのか含み笑うようにして口角を上げると人差し指を向けて、告げた。

 

 

「ふむ、ここいらでいいか」

 

 

 周りを見渡し、持っていた袋からガサゴソと中から取り出すと直ぐにそれを姫和に見せる。

 

 

「それは?」

 

「知り合いに無理やり作らせた所謂ただの超硬合金製の鉄球だ。まぁ、見ていろ」

 

 

 言うや否や掴んだ球体を上に放り投げる。

 垂直に上がるそれに赤紅の瞳が引きつられた一瞬。

 

 正面から風圧が押し寄せファサッ、と濡羽色(ぬればいろ)の前髪が舞い上がった。

 

 それは一瞬の出来事。

 ダイヤモンドに次ぐ硬度を誇る球体はまたたく間に十字の線が入るとその中心部から四つに別れ、重力に引かれて地面へ落ちる。

 

 

 なッ……球が割れた!? それも四つに!?

 

 

 その御刀の切れ味が優れているのか、雷花自身の技量によるものなのか。断面には縦筋の光沢が見られる。鮮やかではあるが姫和の目ではこの断面に生じた圧倒的なまでの綺麗さを目の当たりにしてもどちらなのか判別はできない。

 

 

 まったく見えなかった……コレをたった一太刀で…………?

 

 

 球体だった欠片を摘み取りまじまじとそれを凝視しては面に触れてみたがザラザラとした感触がほとんどなく、本当に鉄製のモノかと疑ってみるが重い。

 では予め空中分解するように仕込んでいた? その可能性も無きにしも非ずだがはたしてそんなことをしてどんな意味があるというのだろうか。

 

 

 私の『一つ(ひとつ)の太刀』と同レベル……いや、それ以上の斬撃で斬ったというのか?

 

 

 合金の欠片から刀使へと視線を移し唾を飲み込んだ。

 あまりにもかけ離れた力量差を突き付けられて言葉がでない。力がある、そして刀使であるにも関わらず折神 紫が祓うべき大荒魂だと知ってもなお何も行動しないこの刀使に対し姫和は先ほどと似通った微かな寒気を覚える。

 これだけの力を持ちながら静観しているこの女の神経がわからない。刀使であり続ける理由とは? 誰が死のうが興味がないなどと言っていたが荒魂から人々を守りたいから刀使になったのではないのか?

 

 そこで一つの疑問が浮かび上がった。

 

 

 コイツ、本当に人か?

 

 

 折神 紫という前例がある以上、この女を完全に信用することはできない。念には念を。情報は筒抜けだろうが『一つの太刀』を雷花の前では見せないよう注意を払うと心に決める。

 

 

「これをヤレ、とは言わん。幾つかある内の一つでその目標地点としてやっただけだからな。言葉よりも実際に目にした方が実感しやすいだろ」

 

 

 静かに納刀を済ますと御刀を定位置に戻す。

 散らばった欠片達を拾い集め袋にしまい込んでいると姫和の声が耳へと入る。

 

 

「今のがヤレる頃には折神 紫を斃せるということか」

 

 

 冷静を装う。

 信用はしない。だが目的の為には利用はする。自分がやるべきことは見えているのだから目の前の畏怖の対象には目もくれない……ハズなのだが。

 

 

「いやそんなワケはない」

 

 

 その対象者は目の前で左右に手を振り調子の抜けたこと言ってのける。

 

 

「はぁッ!? じゃあなんでそんなことをやり出した!?」

 

「戦いに絶対なんてない。だがこれをモノにすることが出来れば相対したとき同じ斬撃を放てる。そうなれば戦い次第で互角か、それ以上の結果へと繋がる。まぁ、お前次第ってことだ」

 

「私次第……」

 

「そうだ、だから先ずは基礎たる『身体操作能力』を教えてやる」

 

「身体操作能力? 剣術ではなくてか?」

 

 

 耳にしたのは初めて聞く言葉であった。

 母や柊家にいる親戚から剣を教わった際に聞くことはなかったその言葉は不思議と自分に馴染んで染み渡る。

 

 

「剣術は平城学館(向こう)でも教わることができるがまぁ、素振りやらなんやら最低限のことも教え込まないとな。ああそれで、身体操作能力とは書いて字のごとくだが。十条 姫和よ人間がどうやって身体を動かしていると思う?」

 

「どうやるもなにも、脳から送られている電気信号で身体を動かしているだろう」

 

「ああ、だが人間は百パーセント完璧に伝達できてはいないし仮にできていたとしても筋肉や骨格といったものの隅々まで動かせるとは限らんだろ? お前、出来るか?」

 

「できるワケないだろう」

 

「だろ? だからそれができるよう徹底的に叩き込ませる」

 

「分かった、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 数時間後 ――

 

 

 

ウ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!

 

「これぐらいで吐くとは情けない。それでも健全な十代の生娘か?」

 

「ハァー、ハァー……無茶、言う……な…………」

 

 

 雷花が指導を行い早数時間。

 行きすぎたしごきはハードトレーニングを通り越してスパルタの領域に入り込んでいた。

 仏の顔も三度までという言葉があるがこと一刀 雷花に関しては自己申告通りにそんな言葉はないのだろう。

 

 教育ママ。 鬼ばばあ。 般若。 夜叉。 鬼軍曹。 ギャング。 悪魔。

 

 雷花(彼女)の世界に仏などいなかった。その総てが生ぬるい。

 

 吐しゃ物を盛大にまき散らし植壌土を消化途中の食物だったモノで汚染する。

 

 

「とりあえずコレを飲んで水分補給しろ」

 

「すま、ない――ブフォォォォォッ!!

 

 

 思い込みとは常に命取りである。

 会遇したときに差し出された清涼飲料水(ペットボトル)であると、そう思い込んでいた。親切にボトルキャップを外し、渡されたのだから疑いようがない。

 しかし口に含んだのは形容し難い液体のようなナニカ。しかも固形物のようなモノがドロリと舌を刺激するおまけ付き。

 

 

「汚いなぁ」

 

なんだこれはッ!?

 

 

 今日一番の声量がアップデートされた瞬間であり、色別不明の液体が植壌土を更に浸食しだしては臭気がたちこめる。

 そして信じられない言葉を姫和は耳にする。

 

 

「私が丹精込めて調合した自家製栄養ドリンクだが?」

 

「自家()ッ、よくこんなモノを人に飲ませれるな!! お()ッ、自分で味見したのか!?」

 

「ん? なぜ味見する必要がある?」

 

「――――――」

 

 

 言葉を失い文字通りに絶句する姫和と心底不思議そうに小首を傾げ、真顔で姫和を見据える雷花。いくらなんでも常識が欠如している。しかし――

 

 

「必要なのは体内に吸収される栄養素だろ? 一々味覚への刺激を気にしていたらキリがないぞ」

 

 

 コ、コイツ……!

 

 

 冗談ではなく作った本人は到って真面目である。それ故に。

 

 

「さて、充分休憩したことだ、再開するとしよう」

 

「ま、待ってくれまだ舌と胃の調子が……」

 

「動けば気にならなくなる。さぁ、ヤルぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギャァ嗚呼アアアアアアアッッ!!!!

 

 

 天高く、濁音が混じる少女の悲鳴は阿鼻叫喚の如く木霊する。

 

 

 

次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録

第19話 編入

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