――――ピッ。
「一旦休憩はさむで」
「ホント? やったー」
二つの試験評価を残すところでヒルデガルトの声が掛かると屈伸交じりの拳を突き上げその場を離れるべく、
深夜から行われた飲まず食わず寝ずの長時間にわたる試験。疲労困憊間近の身体も解放された喜びから不思議と軽くなるというものだ。
薄暗い世界の中に差し込む夜明けと照明の光の中、黒髪の少女から思わず鼻歌がまじる。
「私はまだ大丈夫だけど」
「貴様がそう思ってても『同化現象』が確実に進行してるんや。はよ
「まだだ――――」
「打て」
「ふぅ……分かったわ」
航空母艦の責任者であるヒルデガルトから間髪入れずに発せられた有無を言わせぬ語気に気圧され、仕方なしと観念した小百合はインカムから流れる声に大人しく従う。
「聖、聞いての通り
「ああ、お構いなく~」
聖の方へ向き、言いかけたところで開いた口が止まる。
目にした光景は何処から出したのかレジャーシートを広げ大仏の様に寝そべり、ポテトチップスを頬張っている少女。既にうすしお味のプラスチック袋容器は空となり、今度はオニオン&サワークリーム味の紙製カップ容器に手を伸ばしかけていた。
「…………」
「え、今休憩時間でしょー?」
口では何も言わないがそれでも何か言いたげに見下ろしてくる小百合にさも当然のことを口走る。
「……そうね。確かに今一息入れるところだったわね」
「二人とも働きすぎなんだよー。あ、ゆりちゃんも食べるー? コーラもあるよー」
差し出されたコーラを受け取ることなくその場で微動だにしないまま顔は表情を崩さず小百合の視線は聖を捉える。
むーお気に召さないかー、と受け取らなかったコーラをその場に置き、間食を続け――ボリボリ、そしてゴクッ――咀嚼音と炭酸が弾ける音がそれぞれに漏れ続ける。
「……ねぇ、聖」
「ふぁあに?」
ニートを彷彿とさせる姿でポテチを頬張る聖は呼びかけに答え咀嚼物を飲み込み、白い歯を見せた瞬間――
幸いにも
「ふごぉ!?」
「ゆっくりと味わいなさい。お菓子じゃ直ぐに完食してしまうでしょ?」
「ふごごごッ!?」
「そんな遠慮しないで。今味わうフレーバーは舌が消し炭になるほど刺激的だから」
「ふごぉォォオオオッ!!!」
次に何が起こるのかぐらい能天気な聖でも瞬時に理解する。それ故に必死に抵抗するが如何せん小百合との隔たりがあり過ぎるし、何よりこの体勢が不味い。
塗装された鉄板に密着した背中は
これではどう足掻いても咥内の刃を引き剝がすことなどできようもなく、なら後は刃が開かないようにするしかない。
力の限り両刃の芯へ目一杯の圧力をかける。
「あら、人の筋力で機械の動作する力を如何にかできると思っているのかしら。いくらなんでもそれは機械のこと舐めすぎじゃない?」
「……それぐらいでええやろ。バカに対してマジになると疲れるだけやで」
撒き散らした紫煙を空気とジャケットに浸透させながら小百合と聖に近寄るヒルデガルト。
トントン、と吸い殻で満杯となった携帯灰皿に灰を落とすともう一度フィルターを咥える。
「…………貴女も休憩?」
ヒルデガルトの姿を目し、昇った血も下がったのか聖の口から
「どうせコイツのことやろうから菓子類持ち込んでるだろうと思うてな。そしたらドンピシャや」
「甘いモノ苦手だったハズじゃ……趣向変わった?」
「ただの飯替わりや。食わないよりマシってだけや」
シートに置かれた缶コーヒーとペットボトルの水を掴むとそのまま小百合に投げる。言わなくてもキャッチするだろうと目もくれず今度は適当に選んだお菓子を掴み状態を起こす。
「……ん」
「はい」
ヒルデガルトが開封したお菓子を差し出すと小百合も飲み口を空けた缶コーヒーを差し出す。受け取ると互いに一口咥内に含まし喉を鳴らした。
「ゆりちゃん『シナジェティック・コード』の形成影響で『変性意識』が凶暴になってない!?」
「気のせいよ」
ほっと一息ついていると遅れて聖が喋り出す。まだ痛む関節円板周辺を摩り指摘するがたった一言で処理される。
「小百合」
「何? ヒルデ」
「身体の方はもうええんか?」
「ええ、特に異常はないわ。なに、心配してくれるの?」
「そらそうやろ。試験機とはいえ身体への負担がエグイんやから」
「無理はしないわ。まだやらなきゃいけないことがあるのだし。それに、貴女にまた怒られたくないもの」
飲みかけのペットボトルを見つめながら答える。
ああ、きっと見透かされている。わかっていながら敢えて聞いているのだ。意地が悪い。
「
摘まみ終えたアソートパックを聖に投げつけまた喉に無糖コーヒーが流れる。僅かに残した缶の飲み口に吸い殻を押し込め次の一本を取り出そうとポケットに手を入れ、残り13本となった煙草箱とライターを探す。
タバコ……タバコ…………とっ、あった。
掴んだ小箱を取り出しコンビニでよく見る100円ライターと一緒に一本を掴むとそのまま咥え人差し指と中指で支え、近づけたライターの
カチッ、カチッ……、とただ鳴らすだけでディスポライターの着火口からは小さな火花が舞うだけに終わる。
まだそないに
ライターオイルの残量を確認しようと振ってみせるが夜が明けてきているとはいえまだ視界は薄暗く、辛うじて液体が見える程度にはあるらしい。
しゃあない。
ライターとタバコを隠すように手で覆い再度着火を試みる。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……。
しかし着火口に変化は見られず。吸いたいのに吸えない、握る手には力が籠もり水平に咥えたタバコも角度を変える。
段々とイライラが募り遂には代わりを探し出し、なんのめぐり合わせか小百合の足元に辿り着くとそこで目にしたのエネルギー残量がまだ残る七支刀と一体化した
イケる。
天秤にかけるまでもない。
吸いたい衝動は抑えていた睡魔と交わって理性と知性が吹き飛び確信へと自己改変する。
「ヒルデ?」
ヒルデガルトの視線と止まる身体を見て察する。リスク度外視の衝動が血管を巡る血流のように彼女の頭から指先へと伝わる。
吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい吸えたい。
増大する欲求は身体を支配して
「ふーん。じゃあそれ、わたしにも使えるってことかしら?」
「――――!?」
引き上げた手がピタリと止まり肌が粟立つ、というよりも肌が蒼褪めるほど全身から血という血が引いた。
殺気と敵意、そしてこれは害意も含まれる。兎に角むき出しの圧が身体に圧し掛かる。
突如発せられた女の声にその場の三人は身体を捻り視線と意識が声のする方へと矯正させられる。
「……あ、貴女は」
振り向きざまヒルデガルトから放り投げられた
「おひさー」
二年振りの挨拶と共に両目を瞑りながらヒラヒラと陽気に手を振って距離を詰めるのは喪服に亜麻色の三つ編みを胸の前に垂らした一人の女。
もう片方の手には自分の遺影を収めたフレームをコチラに見せつけている。
この場にいる誰よりもそぐわない服装の武芸者が小百合達三人の目に映る。
「知り合い……なんか?」
「
カチカチ……カチカチ……――――鍔と刀身の隙間から小刻みに鳴る音と上下に歯が嚙み合う音が奇しくも重なり合うがそれでも声を振り絞り女の名を口に出す。
「『修羅』に到った一人で」
瞳孔は開き――――
「二年前のあの時…………『北極決戦』で
身体の震えが止まらない。
そう……
幾千の中、彼女の埋葬にも立ち会った。生きているハズなど無い。
つまり、
「コイツがあの
「あら嬉しいこと言ってくれるのね。あなた達小娘からしたら何歳くらいに見えるのかしら?」
不味い、わね、いくら武器を持っていないとはいえ迂闊なことは―――――
「40歳ー!」
バッ、と手を上げて答える聖。変わらないこの声調に小百合の恐怖は不思議と薄まる。
「ばッ、聖!?」
「貴様なに言うとるんや!?」
端を発した聖へと迂闊にも顔を向ける小百合とヒルデガルト。武芸者相手に隙を見せるには充分過ぎる迂闊さだが静音は依然としてその場から動く気配を見せない。
「えー40歳ってまだまだ若いでしょー?」
「ふふ、正直な子ね。概ね正解よ。じゃあ、ご褒美あげる」
「やったー!!」
yes! とガッツポーズをとってはしゃぐ様はまさに子供。
「何がいいかしら。ああ、そうね、あなた体格に見合わず随分と食いしん坊さんみたいだから――――」
瞬間、黒づくめの女は音もなく消え――――
「お肉をご馳走してあげる」
現職の刀使の背後に現れ親指を折り曲げると――――
「あなた自身のお肉だけど」
金色の双眼を見開いて風切音と手刀が静寂だった世界に放たれる。
しかし、本来臓物を抉り鮮血に染まるハズだったその手は血肉を貫くことなくけたたましい音に阻まれ、数瞬で軋轢音を感じ取る。
「力押しで如何こうするなんて脳筋スタイルは相変わらずなのね。じゃあ小百合にはむね肉がご所望としてそっちの」
チラリと刀使の少女を目すると御刀を構えるかつての仲間。反攻する気概はあるものの怯える様は狩人に狩られる鹿のよう。
今度は甲板に横たわる
無茶をする。
慣れない武器で防ごうとしたのだろうがその刃はそもそもの用途が違う。
横たわる鉄屑を見やり――――アレは回収しても意味なさそうね。そう思い到るともう一度。静音の眼球は対象物を追い、捉えると首を正す。
「いいわね、その目、それにその動き。あなたお名前は?」
遺影を脇に挟むと右前腕を左手で支え――ゴキッ、と外された関節を戻しあの刹那の瞬間に肘を外した実行者を指名する。
「新木 聖でーす」
「なに答えてんねん。能天気すぎるやろ」
「あらき……ひじり……?」
ん……?
その名に違和感を覚え思考する。特に名字――あらきの方に引っ掛かりを覚える。この頭に靄がかかった様なはたまた喉奥に引っ掛かる感じは無視できない。名の響きではない、ならば活字に直すべきだろうと漢字に当てはめて違和感の払拭を試みる。
「あらき……荒木、いやコレジャナイな。なら新城……いやこれも違う、じゃあ安楽城…………これでもない…………ああ、そうか。『
「どうかしたんですかー?」
「あなた
「なにがですかー?」
とぼけているワケでもなく隠しているワケでもない。ならば自分の血筋を知らないのか、はたまた知らされていないのか。安易に決定づけるには尚早だがかといってかまをかけるには思考が読めない。
仕方なしに知人たる女達に投げかける。
「ねぇ、この子はいつもこんなにちゃらんぽらんなの?」
「ええ」
「昔からこうやで」
「…………こんな子の面倒を見るなんて
「そう思うのであればこの子を相手するの変わってくれる?」
「いやよ」
「遠慮せんでもええで」
「辞退させてもらうわ」
ミスった……。
何を思って口にしたのか明後日な質問をしてしまう。困った事に尋問は専門外で拷問も門外漢ときたものだ。これ以上の情報は引き出せそうにない。なら日を改めてあの
「むむー。なんか初対面なのにこの人も辛辣みがあってヒドイなー」
この女は次にどう動くのか。二人が相手の出方を読んでいると腕組しながら仁王立ちとともに頬を膨らました聖が拗ねだす。
聖としては女学生時代から知る二人ならともかく今日会ったばかりの女の人にまでそう言われるのは心外であり扱いの是正を求めるべき事。
これは認識を改めるさせる為にもここで
「ちょい待ちぃ。まだ抜くな」
「ええー」
掌で顔を包まれ制止され不満とともに柄から手が零れる。
しかし、思わぬ収穫ができたわね、これでも充分なお釣りが来る…………わたしにとってはだけど。やっぱり報告のあったS装備の性能、欲を言えば
「まぁ、
小百合が御刀――七支刀を構えるのを金色に輝く双眼で捕らえる。だが彼女の切っ先は微かに震え呼吸もまだ荒い。一方、傍らにいるヒルデガルトはこちらの力量が推し量れていないのか恐怖はしていないようでただ息を吞んでこちらを窺っている。
そして、残る聖はというとふくれっ面を晒しながらも静観しているが闘いたい、闘わせろとウズウズしているのが見て取れる。
「まだ使えそうにないわよね~」
そう結論付けると――
「それじゃあ帰るわ」
「………………は? 何言うとるんや貴様は」
「取り敢えず
チラリと聖を見やり。
「楽しみは後に取っておくわ」
踵を返すと『
「ソレ、完成するといいわね。それじゃあね、アデュー」
来た時と同じように手を挙げて振ると、静音を覆い尽くしクレーターだけを残して消える。
「……助かったんか?」
「そう……みたいね」
「ええーつまんないー!!! あだッ!?」
安堵のため息を漏らすと横から聖が不満と痛みの声をあげる。
「アホ言ってる場合か!」
氏名……
一人称……わたし
年齢……40代
備考……修羅に到った武芸者の一人。
二年前に起きた【北極決戦】に参加、??????に同化される前に死亡(小百合が確認済み)したが生き返り小百合達の元へと姿を見せる。
金色に輝く双眼と亜麻色の三つ編みを胸元に足らし、自分の遺影を持ち歩く喪服の女。
肉体年齢が実年齢よりも若く見られる。
身体能力の高さに目を付け聖を標的として狙いを定める。
ヒルデガルト・V・リッター
備考……甘いモノが苦手だがそれしか無い場合は致し方なしと食す。
同化現象を抑える為の薬。治療薬ではない。