川のせせらぎや木々が鳴らす息吹きと風がざわめく森林の中、土や小石が敷かれ雑草が無造作に生える平地だった場所に突如としてクレーターが作られる。
原因は言うに及ばず。どこからともなくそこに出現した物体――
「あら? 着地地点がズレたわね」
しかし嗅いだ空気、せせらぐ音、草履に伝わる土の感触。これらは着いた場所は違えど確かに
だがズレてしまったものは仕様がない、仕方ないとその静音は散策がてら地表を確かめていく。
「おおーい、誰かいないのー!? 戻ったわよー!」
声を張り上げ、記憶を掘り起こしては一定の速度で草履をあっちへこっちへと足を向かわせる。
………………。
「返事がない。ただの屍のようだ」
………………。
「えいっ! …………しかし、なにもおこらなかった」
………………。
独り三文芝居の寸劇とも呼べない代物を披露するもしんとした空気の中に女の声が空しく霧散するだけだった。
「いい加減かくれんぼ止めて出て来てくれないとわたしが痛い女と思われるじゃなーい!」
………………。
「せめてツッコミぐらいいれてよォーー!」
………………。
誰かしらの声を期待してみせたが望むものは返ってこない。ただ静寂が四十女の寂しさを募らせる。
「マジでいないのぉ…………ん?」
嗅ぎなれた微かな臭気を嗅ぎ付け臭いの下へと差し向う。
「これは……」
目にしたのは呆れるほどゴミの集落と化した空き缶や空き瓶と食べカスのついたトレー達。
中身は当然のことながら無いが元となったのはアルコール類にほかならない。
鬼を殺す日本酒や温泉水を使った焼酎、サラリとした紙パックの梅酒は当たり前。他にも生やドライを謳う金色にレモンやライム、桃にブドウ、グレープフルーツのストロング系の缶。
果ては白いラベルに緑の文字が印字されたアルコール度数が96度の瓶。
醸造酒、蒸留酒、混成酒、とより取り見取りの墓場を前に飲むなら自分も飲みたかったと涙ぐむ静音。その集落の内から絶対に忘れるハズのないボトル達を見つける。まさか空いてはいないだろうと僅かな希望に藁にも縋る思いで手に取り確かめるが――
「わたしが飲むから絶対に飲むなと言っておいたハズの瓶まで空になってる…………」
右手には天然石と白樺の炭、粉砕されたダイアモンドの砂が詰められただけの透明なボトル。
左手にはMONOPOLE 1945と印字された古びたラベルのワインボトル。
それらはちゃぷんともポコポコといった音を鳴らすことなく僅かな臭気を漂わせただけでプルプルと震える手の中、総額2億もする味は何処へやら。味もわからぬバカどもの所為でどれもただの残骸と成り果てる。
「持ってきたつまみもすっからかん…………」
ああ、どうしてくれようか。
ああ、どう殺してくれようか。
恨みつらみは殺意へと。歯に力が入ると未知を味わうはずだった舌は仄かに鉄の味で満たしては女の顔はヒトならざるモノへと歪む。
―――― 一口も飲んでない……まだ一口も飲んでないのに…………!!
歪みは周囲にも伝わり静音を中心にどす黒いオーラを撒き散らす。
「あーーーーな、る、ほ、ど。なるほどなるほど。どうやらあの二人には利便事屋張りのお仕置きが所望と……ん? この匂いは」
――スン、スンスン。
ぐすっと涙を堪え鼻を鳴らすと別方向から嗅いだ匂いと同じ香りを嗅ぎ取る。
「あら、いるじゃない」
金色の双眼がより一層の輝きを増し、匂いの元へとその場から消える。
「ああ~飲み過ぎた」
「飲み過ぎた、じゃないわよ! 静音の分まで飲んじゃってー」
呑気にゲップをかます半裸にパンツ一丁スタイルな男の隣でファンタジー然とした修道服を着た赤髪の女が頭皮に編み込んだ――コーンロウヘアの男を見上げるように苦言する。
若い二人の男女。どちらも両手にはギチギチに詰められたコンビニ袋で塞がっていた。中身は缶、瓶、紙パック――つまりはアルコール類なのだがどう見てもアルコール臭とともに不審者臭を醸し出すこの飲兵衛ども、あろうことか水を買っていない。
それもその筈。持参した酒を飲み干したのだから補充することにしか頭が回っていないのだ。買い忘れたことなどつゆ知らず、二人はゴミの集落へと足を運び続ける。
「お前だってぇ、チョォォォット頂☆戴、っつって一口のハズがコップになみなみ注いでたじゃねぇか」
「アンタがあんなに美味そうにオーバーリアクションすれば誰だって飲みたくなるわよ!」
ジロリ恨めしそうに小言を吐くと本来話すべき重大な、こと命に係わる話に戻すため赤髪の女は軽々しい口調を止め、真っ直ぐに半裸男の目を見、言葉を続ける。
「それより、本当に誤魔化せるんでしょうね?」
「まぁ、大丈夫じゃね? あのオバサン、なんだかんだ求めてるのは質より量だろうし。偽装した
怪訝そうに顔を向けてくる修道女を余所にブツの入ったコンビニ袋を持ち上げ、誰に見せるワケでもなく白い歯とともにしたり顔を晒す。
半裸男のプランはこうだ。
予め本命の空きボトルに買ってきたコンビニで一番高い酒を入れ栓をする。その前にはシャンパンタワーの如くピラミッド状に残りの酒を陳列する。なんやかんや言って安酒を飲ます。程よく酔い始めたら本命を飲ます。
なんということでしょう。匠の偽装により味音痴のオバサンはそれが高級酒から安酒に変わったと気付かない。
「ふっ、完璧だな」
……などと思い描いてはいるが所詮は一人で描くペーパープランゆえガバガバなのは誰も指摘できない。
「なにが完璧よ。そのおかげでアタシの財布すっからかんなんですけどー」
「職無し宿無しの身にたかるなんていつの間にかオマエも随分金欲まみれに成長したよなぁー。あっ、支払いはノアに回しておいてくれよ」
「どう言おうとツケはチャラにしないわよ。それと、一旦スルーしたけど静音のことオバサン呼びはヤメテ美魔女って言いなさいよ。一度死んでるとはいえああ見えて肌のハリとか小じわとか気にしてるんだから」
「ヘイヘイ。そういうのまだ気にするような歳でもねぇのに。女のそういうところ全く理解できんわ」
「アンタが女心を理解したら世も末よ」
「そりゃそうだ」
「ホントそうよねぇ」
二人が言い終えたところで言葉とともにガシッ、と逃がす隙を与えぬように二人の首に腕を絡み付かせ静音は真っ直ぐと見据えて同調し出す。音も無く声もかけることなく捕縛したのだから二人の会話する内容を聞いていたに違いない。チラリと視線だけを向けても愛嬌も何も感じさせない真顔が遠くを見据えている。
激昂しているワケでも不興に満ちた顔でもなくただ無表情に、ただ真っ直ぐと景色を見ているだけだった。
この様子だと黙って酒を飲んだことに気付いているな。
声の冷淡さといい締める腕の強さは増していく。付け加えると男と同じく締め上げられた女は背の低さもあってか視線が男と同じくらいまで上っている。
これは確実に激怒している。何せ怒りの主たる静音の双眼はかつてないほど金色に輝き、男女の首には緑の結晶体が徐々に徐々と覆うように浸食してくる。
ヤバいな、ここは――――
「はははッ!」
笑って誤魔化すか。
「…………」
「…………」
僅かばかりに訪れた静寂に自然も風を吹くのを止め、鳥は羽ばたかず、虫は鳴くのを止めて空気を読んでくれた。お陰で三人は音無しの世界へと入り込む。
これを千載一遇のチャンスと判断し、囚われの半裸男と修道女はアイコンタクトで示し合った。今だ、と。
「あーー用事思い出したから一旦拠点先に戻るわ」
「アタシも化粧直してくるわ」
「ちょっと待ちなさい」
だがそれも元の木阿弥。
ギリギリ……――――止まっていた時間とともに腕が締まる強さと結晶体の進行は動き出す。
「あなた達わたしに何か言うことはなぁい?」
「ナ、ナ、ナンノコトデショウ」
「白を切るつもりかしら」
「いやぁ? マジでなんのことか……」
しらばっくれようと言葉を濁すが男の額にはダラダラと脂汗が酔いとともに流れ出す。さらには視線を背ける素振りからこの発言は嘘だと確定したようなもの。さぁ、どう誘導しようか。
悪巧みを思案しているともう片方の腕から言葉が漏れる。
「静音に黙ってお酒を飲みました……」
「あッ!? てめえなにゲロってるんだ」
「
「偉いわ~。『ピオ』、ご褒美にあなたは最後に殺してあげる」
「ちゃんと自白したじゃないッ!!」
「誰が自白したら無罪だって言ったのかしら? 大切に育てた45年モノと滅多に手に入らないプレミアムを断りもなく飲むなんて私刑、いえこれは死罪……万死に値するわよね?」
「ヒッ!?」
グルリ、と関節の可動域を無視した静音の首がピオと呼ばれる修道女に向けられる。先ほどまでの金色の瞳はどこえやら。目と目が合った瞬間、ハイライトの消え失せたその瞳で
ヤバいヤバい! これマジな時のヤツだ!!
――――言葉は繋ぐ。
「わたしが飲むハズだった酒を飲んだこと、わたしが食べるハズだったつまみを食べたこと、終いにはバツイチババア呼びしたこと、ついでにわたしの酒を飲んだことその全てを胃から吐き出してもらうわよ」
「中央じゃあるまいし、そんなホイホイおいそれと吐けるかよ」
「さっきまで飲んでたんだから子供のお使い程度には簡単でしょ…………ん? 何でここで中央? え……なに、ひょっとしてあのバカまだ生きてたの? てっきりわたしと同じであの時死んだと思ってたんだけども」
酒飲み、酒乱、上戸……心当たりある
戦になれば師共々我先にへと戦場に突っ込むあのバカが、生きている。敵の
やだ、ちょっと、楽しみ増えちゃった――――
「――じゃない」
「アイツがそう簡単に死ぬタマかよ。バカは死なねぇって言うだろ」
「バカは風邪引かない、でしょ」
予想外の事実に口の端を吊り上げては凡そ善意とは真逆の邪悪な笑みを浮かべる。流石は
などと自分の世界に入り込み、半裸男と修道女のやり取りは馬耳東風といった具合で静音の耳には入らない。
「よかったわねあなた達、また三バカ名乗れて」
酒の事などどうでもよくなる程静音の心は晴れ晴れとした。殺し合いを楽しめる相手が
「ぐえっ! チョット! なんでバカの中にワタシも含んでるのよ!」
「いいじゃねぇかアル中イコールバカの図式で。当たり前のように毎日こんだけがぶ飲みしてりゃあ頭も肝臓もバカになるだろ」
突然放された所為で尻餅をつく
「毎日じゃないわよ!」
「そんなこと言ってるが酒瓶を抱き枕代わりに抱えて寝てるじゃねぇか」
「レディの就寝姿見るなんてサイテーね」
「こんなに身体中血生臭いヤツがレディなんて名乗るかよ」
「失礼ね、こちとらまだ二十代! うら若き乙女! レディよ!!」
「もう面倒だからいっそのこと、世界四大バカと名乗ればいいじゃない」
次から次へと言葉のラリーが返されるもそのやり取りが飽きたのか横やりが入り中断する。
「なによ世界四大バカって」
「いいねぇ、世界四大バカ。オンリーワンって感じがして」
――――カチッ、パコッ。
ガサゴソと袋の中から取り出した180mlの広口瓶の金属蓋を開ける。
「よくないわよ。ただ単に軽蔑されてるだけじゃない。バカなんじゃないの?」
――――カチッ。
「いいじゃねぇかバカで。同じバカでも飲まなきゃ損損」
「それは踊る阿呆に踊らぬ阿呆おなじ阿呆なら踊らにゃそんそん、の間違いではないですか?」
阿波踊りの歌詞では、と金髪の壮年が声を掛けてくる。
「あら、あなたも来ちゃったのね
――――スパンッ――――――プシュッ。
一秒たりとも目にしたくない男を目しては露骨に悪態をつくと手刀で瓶の飲み口を吹き飛ばし、時を移さずステイオンタブを引く音が鳴る。
「なんだ結局アンタも飲みにきたのか。でも残念だったなアンタに飲ます酒はもう無いんだ」
相手から紡がれる言葉を待たず半裸男――ハジメは缶底を空に向け一気に飲み干す。
「…………やれやれ、まさか早々にこの有り様とは嘆かわしい。来て正解でしたよ」
「い、言っておくケド、コレはワタシの所為じゃないわよ! 勝手に飲み始めたのはコイツだし、次から次へと開けたのもコイツ、大丈夫大丈夫って何の根拠もなく飲み干したのもコイツ」
誰に言い訳しているのやら。既に大口を開け広口瓶についた最後の一滴を舌で受け止める
「でも、飲んでしまったのですよね?」
「う゛っ゛…………」
「そもそも大半の物を買って持ち込んだのも、アナタなんですよね?」
「う゛う゛っ゛………」
「ちなみに最終的には耳元でステイオンタブの開ける音を聞かせたらものの見事に堕ちたぜ」
「あれはASMRとタメを張れる音だったわね……耳から全身へと駆け抜ける衝撃。まさに脳が欲し求めたもの」
表情は静音とは違った圧を放ち、じりじりと言葉で迫るノアに
やはりこの男との口論では勝ち目がない。どう謝罪すべきか言葉を選んでいくとハジメからの援護射撃が思いもよらぬ形で自白をさせてしてしまう。
「いい歳した大人が揃いも揃ってこの体たらく…………恥も外聞もないとはまさにこのこと。アナタ達には恥の念というものがないのですか?」
やはり期待すべきではなかったか。これ見よがしに嘆息して到ってシンプルな質問を投げかける。
「オレは始めからないな」
「死んでからは一欠けらも無くなったわね」
「体面なんて気にしていたらこのご時世で武芸者なんてやってないわよ」
ああ、もう犬に論語。分かり切った回答が同時に返ってくるのことなど分かり切っていたのにどうして、ああどうして質問を投げてしまったのか、聞いた自分が愚かだった。
これは今一度三人の認識を改めさせなければならない。
「揃いも揃ってどうしようもないクズですね」
「アンタに言われたくはないわな」
「アンタが言うな」
「流石今世紀最大のクソ野郎、特大のブーメランを投げるわね。それで、わざわざそのくっさい息撒き散らしに来たワケじゃないでしょ。サッサと要件言いなさいな」
わざとらしく鼻を摘まみ、もう片方の手でシッ、シッ、と犬を遠ざける仕草を向ける。
「ええ、ええ。言いますとも」と、そう言って一呼吸した後、人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げると先ほどまでの落ち着きは打って変わりだす。
それは突として訪れもたらされた静寂。
ブリッジから離れた指先が地面を向くのに呼応し、ひんやりとした風がさーっと木々を揺らし身体をすり抜ける。
「東西南北 中央と百合園 小百合、そしてその関わるモノ達と接触、各々で力量を図り出来得る限り
「中央はアンタが見てきたんじゃないのか?」
「目にはしましたよ。しかし互いに剣は交えてはいませんからね。交えていない以上にはどう取り繕うとも周りには身贔屓に聞こえてしまう。まぁ、こればっかりは仕方ありませんね」
「なら
コレばかりは誰にも譲れない。新たに空けた発泡酒を空にすると握り潰し手の甲で唇を拭うと定めた標的の名を口にする。
「ええ、この中だと彼と仲の良きアナタが適任でしょう」
「…………」
無言は肯定。誰も異論を唱えずよしとする。では残る百合園 小百合の相手は――――
「じゃあ、小百合はあなたが行きなさいな」
推薦人として静音が赤髪の修道女に視線を向けて口を開く。
「アンタはどうすんのよ。例のS装備とかいうのも持ち帰らずこのまま帰る気ぃ?」
「そんなワケないじゃない。今はまだ様子を見る必要があるってだけ。手に入れるなら完成品を手に入れたいでしょ? だからそれまでの間、わたしは
「新人……ああ、そういえばそいつ
「未成年者なんだから保護者がついていないとね」
「そう言って暇つぶしにその新人とイチャつくつもりなんでしょ。ヤメテよね、コッチはただでさえ
ぷんすかとふくれっ面を晒し訴えかける。
「いいじゃねぇか後処理ぐらい。どうせ目撃者を軽く消すだけなんだから」
「
ゴクッ、ゴクッ…………
「ぷはぁっ!」
冷蔵されてから外気に触れて時間が経つとはいえ口と喉を潤おすには充分な冷たさ。これから背負い込むであろう苦労も吹き飛ぶというものだ。
「……いや、やっぱりワタシが行くよりもノアが行けばよくない? 変装するなり何なりして」
口と喉が冷えたお陰もあるだろう。酔った思考も冷め、ふと冷静に考える。小百合との戦い。どうやっても無傷とはいかなくなるのは明白だろう。そこからプラスしての隠蔽行為。何より他のと比べて仕事量が多い。
「彼女の許に行けば必然的に『彼』に遇ってしまうのもありますが立場的にワタシは不味い、と言うよりもバレればあの二人――――特に『女史』の方は不要と判断し容赦なくワタシを切り離すでしょう。誰も彼も逆鱗には触れたくありませんよ」
「違ぇねぇ。オレもパスだわ」
「わたしもパス。いくら何でも勝てる気がしないわ」
続々と早々に辞退という名の拒否が出てしまい必然的に出遅れた
「というわけでアナタには人柱になってもらいますよ。異論はありませんね?」
「大ありよ。ワタシもあの二人とは顔見知りなんだから問答無用で殺さるわよ!」
「了承も得たことですし、では皆さん――――」
そう思うのは当の本人を除き三人だけでやはり納得などできるはずもないが……。
「ちょっ! まだ了承してな――――」
「
ピオ
氏名……???
一人称……ワタシ
年齢……20代
備考……ファンタジー然とした修道服を着る赤髪の女。
酒飲み1号。
好きな物……ASMR
半裸男
氏名……ハジメ
一人称……オレ
備考……酒飲み2号。我先にと酒をかっ食らう。
髪型……コーンロウ。
備考……既婚者。ノアとは何やら訳アリで険悪な雰囲気。
酒飲み3号。本人は量より質だが第3者からは逆の質より量と思われている。
ノア
備考……『上』からの命令を伝える為、静音、半裸男、