1.始まりの腹鳴
「ああーーこれからどうするっかなーー」
神奈川県某所――
とある公園にて大股を開きベンチの背にもたれだらしない顔で空を仰ぐ男が一人呟く。
ベンチの隣に建てられた時計からは正午を知らせる電子音がついさっき鳴り終えたばかりだというのに、彼以外の人はおろか犬や猫といった動物すら見当たらない。
しかし、この男にとっては別段気にする程の事でもない。
ただ、気にする事と言えば日本に来て早二週間。
財布の中身もコンビニやらスーパーやらで購入したモノのレシートの束が収まるだけの入れ物に成り果ててから一時間が経とうとしているということ。
「まさか日雇いのバイトにすらロクに受からんとは……全く、一体何がダメなんだ?」
社会は俺の何が不満なのかと自身の身なりを見回す。
少しボサボサに乱れ、肘まで届きそうなベタついた黒髪も――
僅かにではあるが所々に解れや破れた袴も――
多少汗臭い身体も――
「気にする程でもねぇだろうに」
自分には何も問題は無い。
気にする余裕など微塵も無い。
「なら……」と、隣に視線を向け、ベンチに支えられた
「ううん~~。あーー、
首を捻り、一つの回答を導き出す。
男の瞳に映し出された二つの竹刀ケース。
街頭インタビューでこの男の人が持っているケースの中身は何?
などと通行人に聞けば誰もがこう答えるだろう。
竹刀かひょっとしたら摸造刀の類が収納されている、と。
だが、違う。
その中に納めているのは紛うことなき真剣。
一つは一振りの脇差。
もう一つは一振りの
命を奪う剣と命を守る剣。
だが、この二振りの所有者に言わせればつまるところ、どちらも変わらない。
どちらも殺人の道具でしかないのだ。
だからなのか何故彼が二振りもの真剣を所持しているかについて誰に問われても閉口し続け、
仮に重い口を開いたとしても彼はこう答える。
関係ない――
知らなくていい――
聞いてきた奴には等しくそう返す。
誰も彼も
それが彼が決めた彼自身の信念なのだから。
その信念を嘲笑うかの様に快晴の空の下、見上げていた顔の下から空腹の胃がギュルルル~~、と空しく鳴り続ける。
「此処にいたか」
グゥーー。
胃の悲鳴が男の代わりに返事を成す。
声が聞こえる。女性の声だ。それも若い女性と思わしき声。
声のする方へゆっくりと顔を下ろす。
目の前には二人。女性と少女が立っている。
女性の方は膝下まで下ろした艶やかな黒髪と白を基調とした衣服に身を包んでいる。
背丈も170センチはあるだろうか。座っていても立てば自分と同じ目線になるのは想像に難くない。
年齢は十代後半位だろう、明らかに自分よりも若く見える女性が二振りの御刀を帯刀し男を見ている。
そしてもう一人の少女もこちらも一振りだが御刀を帯刀している。
制服と思われる衣服を着用している事からこの少女も刀使だと思われる。
だが伍箇伝のどの学園でも見たことがない黄枯茶のような色を基調とした制服だ。
二振りの御刀を持つ女性とは対照的でセミロングの白髪で毛先が僅かばかり黒い。
「
「……なんだ、アンタか」
中央と呼ばれた男は直ぐ様女性から目を離し空を見つめる。
「文無しの俺に何か用ですかーー?折神家御当主様……いや、
「私も暇ではなくてな。単刀直入に言うぞ。中央、お前に仕事を持って来た」
「仕事?」
「そうだ。今のお前に必要な仕事だ」
「ふぅん、仕事……ですか。しかし、まぁ、良く俺の居場所が分かりましたね。
結構色んな所を移動していたのに」
「この手紙の差出人からお前が何時何処で何をしているかを書き記してくれていてな」
そう言って一枚の便箋を中央に差し出す。
それを受け取り文字を目で追う。
見覚えのある筆跡と差出人の名に諦めの入り雑じった溜息が吐き出される。
紫の方へと再度視線を向けると彼女の後方で人ではないモノの影が蜃気楼の如くゆらゆらと揺らめいていた。
「ああ、
ガックシ、とわざとらしく顔を落とす。
合点がいった。だから仕方ない。そう自分に言い聞かせてたところで再度
まあ暇じゃないのは分かるんだけどさぁ、回りくどいことせず俺の方に接触すればいいのに。
「それでどうする。仕事は引き受けるのか?」
紫の問いに中央は熟考する事なく立ち上がり開口する。
「取り敢えず、まあ……飯、食いながらでいいっすか?」
次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録
第2話 欲に勝つ人間などいない
第1話の時点で琉球剣風録の1年程前の話となります。
ご意見、ご感想、評価、誤字脱字報告等あると有難いですし嬉しいです。