刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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28.赤ト黒、刈り取られる花は

「――――ワタシたちの邪魔になるから殺すだけだけど?」

 

「――――ッ!!」

 

 

 突如として天井の石膏ボードが小百合達の真上から落下するやいなや、端の棚やパーテーションから打ち上げ花火のような音を発し炸裂する。

 爆発というには些か乏しいが異常事態の中混乱を招くには充分な現象だろう。

 

 

「what!? 地震!? それともガス爆発デスか!?」

 

「揺れなんて一切なかったぞ!?」

 

「ね゛ー゛!?」

 

 

 ヨハンナの目論見通り慌てふためく二人と一匹。何も知らない一般的(・・・)が仕掛けに上手く嵌まり悲鳴を上げる光景(さま)を耳孔に伝え脳に焼き付け悦に浸る、彼女にとってこれほどエンターテインメントはないのだが腹を抱えて高笑いしたいのをぐっ、と堪える。

 

 今日は小百合がいるのだ。

 

 言うまでもなく、小百合はヨハンナの仕掛けを予測し行動に移っていた。

 

 

「ワタシの得意分野すら忘れちゃったぁ?」

 

 

 左指を動かすと出入口ドアのシャッターが急速に落下しけたたましい衝撃音をフロア内に響かせる。

 

 

「……そんなワケないでしょ」

 

 

 スーツジャケットのポケットに慌てふためくねねを収めると祢々切丸を佩刀する薫に金剛身で身を護るべきかそれとも越前康継を抜刀するかしまいかと迷うエレンをものともせずに担ぎ、出入口には目もくれず石膏ボードの破片群が背中を霞める前に小百合達は落下地点から遠ざかる。

 

 

忘れたことなんて、一度たりともないわよ

 

「…………そう、安心した」

 

 

 ポツリ呟くと折り返し階段へ小百合達は消える。

 塵埃(じんあい)が微かに舞う中で二人と一匹を抱え階段を駆け上がる小百合の後ろ姿を見送り、ヨハンナもポツリとそう答えた。

 

 

「じゃあ、先ずは鈍ってないか見てアゲル。でも変な子。家族でもないのに赤の他人を抱えてどうするつもり? いつの間に縛りプレイするようなマゾゲ―愛好者のドMになったのかしら」

 

 

 先ほど動かした左指を右手で短く弄り終えると暇を持て余した時間をストレッチで潰しだす。

 

 

 

 

 

「なぁ! コレホントにどういう状況なんだ!?」

 

「知りませんヨ! ワタシも何がなんだか分からないのデスカラ!」

 

 

 六階建て――その最上階に辿り着いた薫とエレンは状況が飲み込めず声を荒げているがそんな二人を差し置いて小百合は黙々と屋上ハッチを調べ上げていた。

 

 

クッ……!

 

 

 言い合う二人の耳に聞こえない程度に焦燥の声が漏れる。

 南京錠で施錠されているがその程度この場の三人ならなんてことはない。しかしその先、開けた後で発生する問題に小百合は中断せざるを得ないでいた。

 

 

「これでは開けれないわね」

 

「兎に角ココから出られればいいだろ? ならオレの八幡力で……」

 

待ちなさいッ!

 

「――ッ! ……な、に、すん……」

 

 

 拳を手の平で鳴らしハッチを壊そうと体勢を整えたところで薫は肩を鷲掴みされるとビクッ、と短躯を揺らし振り返る。余りの力強さに顔を歪ませたが勝るはずの痛みは小百合の表情を見るや否や消え失せ、代わりに困惑の表情に移り変わる。

 

 口調から怒っているのだろうと思っていたのだが実際の彼女は違う表情を見せていた。

 

 

 なんで、そんな表情(かお)してるんだよ……。

 

 

 悲痛に歪む顔。

 目の前の大人は今にも泣きだしそうで、時折あの優し気な眼差しを見せてくれた小百合の姿は今はいない。けれど潤んだセピア色の瞳と玉の肌からは想像もつかないようなくしゃくしゃになっている顔に薫は不覚にも綺麗だと思ってしまったのだ。

 

 

「な、なんだよ。止めるなよ」

 

「ドアの向こうに爆弾が仕掛けられている。壊した瞬間、この辺り一面は吹き飛ぶわよ」

 

「ファッ!?」

 

 

 慌ててそっぽを向き見惚れた顔から反らすもその相手から衝撃の言葉が飛び、もう一度小百合の顔を目す。だがその言葉のお陰で赤らめた顔は一瞬で戻るのは薫にとっては不幸中の幸いというものだっただろう。

 

 

「なんでそんな事分かるんデスか?」

 

「アンナが言ってたでしょ、元同門だって。あの子のやり口は嫌というほどわかっているわ」

 

「だからって、殺すだナンテ……」

 

「老若男女、それこそ赤子だろうと躊躇しないわよあの子は」

 

「そんな…………」

 

「じゃあ、これからどうするんだ? 最上階(ここ)がこのザマじゃ脱出なんて到底無理だろ」

 

 

 これでは八方塞がりだろうと冷静さを取り戻した薫はそのピンク色の頭部にねねを乗せ尋ねる。

 

 

「爆弾の解除自体は可能……だけれど今回セッティングされている物は解除に時間がかかり過ぎる。道具がないなかでのそれは得策ではないわね」

 

「解除に時間がかかりマスか? でしたらワタシたちであのシスターの行動を邪魔してその間にサユリンが爆弾の処理をしまショウ」

 

「それはダメよ。あの子と貴女達では実力の差は明白。殺されるわよ」

 

「……そんなにヤバいヤツなのか?」

 

「昔と変わっていなければ力量自体は私と同程度よ。ただ相違があるとすれば殺す事に一切の躊躇いが皆無なのよあの子」

 

「マジか…………」

 

 

 途方に暮れる薫とねねを他所にその正面で小百合は重い頭を抱えては自分達が薫やエレンの年齢だった時のことに意識をのぼらせては息衝く。

 

 

「ああ……昔から分別のつかない子だったわね」

 

「サユリンと同じくらいの実力があってしかも殺人すらも厭わない……しかも最上階(ココ)には爆弾が仕掛けられている」

 

「詰んでねぇかコレ。いや絶対に詰んでるだろ!?」

 

「いえ、まだ手立てはあるわ」

 

「ホントデスか!?」

 

「ただ…………」

 

 

 両手を開いて大袈裟に身振りしていると然程間も空けず小百合が開口した。しかし、どうにも歯切れが悪くうまく言葉を紡がないでいる。

 何をそんなに勿体ぶっているのか、薫が聞き直す。

 

 

「ただ?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

 

 薫とエレンは互いに見合わせ小首を傾げる。傾いたその頭にはデカデカとクエスチョンマークを浮かび上げ、ねねもまた同じ動作を真似ていた。

 

 

「取り敢えず一階へ戻りましょう」

 

「戻るって、アイツと鉢合わせするだろ」

 

「ええ、そうね。でもそれでいいわ。ソコにしか出口はないもの」

 

「なにか策はあるのデスか?」

 

「なにも無いわね」

 

 

 あっさりとした即答。それも迅移にも勝る迅さでのことだった。

 どんな表情で言ったのか。顔色(がんしょく)を伺おうにも小百合の背中が沈む速度は一歩毎に速くなり声色で判断するしかなく、そうしている間にも五段……六段……七段、と一人だけ違う音響を立てて降りていく。

 

 後をついて行く中、第六感ともいうべき勘の鋭さが働き、悪いと思いながらも引き攣った顔でエレンが口を開き尋ねた。

 

 

「まさかさっき言った手立てってもしかシテ…………」

 

「正面突破するだけよ」

 

 

 


 

 

 

「あ、ようやく来た。もう遅いじゃない! 結構待ちくたびれたわよ!」

 

 

 そう言ってヨハンナはプンスカと頬を膨らませ、機嫌を損ねながらトントンと人差し指でありもしない腕時計を叩く。

 

 

「マジかよ」

 

「ホントに一階にいましたネ」

 

 

 あれほどまでの圧を纏っていたにも関わらず今では友人にチョット怒る程度の圧も減ったくれもない姿を晒す異端の修道女。その様を見せられた長船の凸凹コンビは毒気を抜かれた様に緊張も身体の強張りも嘘のようにどこか彼方へと吹き飛ぶ。

 

 

「なに? その様子だと降りる道中ワタシについて語ってくれたの?」

 

「ただ単に貴女が一階で待ち構えていると言っただけよ」

 

「ホントにそれだけぇ?」

 

 

 礼装用の白い手袋を付けたまま人差し指を下唇にあてると、首を大きく傾げては悪戯っ子が見せる微笑みを小百合へと向けた。

 表面上ヨハンナは笑って見せているが薫やエレンとの感じ方とは違い小百合は警戒したまま、けれどいつでも反応できるように身体は脱力と共に360度些細な動きも見逃さないでいる。

 

 

「そうね、他にも貴女の人となりは伝えたわよ。性格と品性も性悪で、常人のそれとは逸脱しているともね」

 

「あら見知らぬガキによくもまぁそんな事を吹聴してくれるわね、同じ穴の狢の癖に……あら随分不満そうな顔ね。なら『死神』の癖にとでも言い直した方がよかったかしら?」

 

 

 一瞬で悪戯っ子だった顔は口角が上がり引き攣った頬と眉間にシワを寄せた元来彼女が持つ可愛らしさなど微塵もない冷酷さを浮かび上がらせる。

 

 しかしそれは黒髪の刀使も同じだった。

 能面にも似た無表情さも今ではその面影もなく、獰猛な目付きが怨色(えんしょく)と明確な敵意を飛ばす。

 

 売り言葉に買い言葉。久しく出会った二人には塵積に言いたいことがごまんとあり、内に灯す心火は燃えゆく。

 

 

「今のは聞き流してあげるから一先ずこの子達を外に出させて頂戴。話を進めるのはそれからよ」

 

「イヤよ。折角のギャラリーなんですもの。その子達には見物人になってもらわないと。これから始まるショーの」

 

「そう、ならこちらの話しに耳を傾けなかったこと………………後悔させてあげる!」

 

 

 俯いたままゆっくりと鞘から刀身を滑らせ、七支刀が煌めく。内側には自分を、外側にはアンナの像を写し――両手で構え終える頃には小百合の身体には白い靄で覆われていた。

 

 ス――っと、薫とエレン、そしてねね達の目の前から音も無く白線は伸び出す。それは数瞬のことで、なんの起こりもなく、けれどそれは紛れもなく一段階目の迅移であることに変わりはなかった。

 

 

「ウフフ、後悔するのはどっちかしら……ねぇッ!!!」

 

 

 開いた手を地面にかざし指を動かす。

 

 御刀を持つ小百合も、指に付けた糸で仕掛けた罠を作動させるヨハンナも両者の戦闘スタイルは互いに待ち。自ら端を発して仕掛けることはない。

 

 小百合であれば相手の一撃を躱し交叉法(カウンター)を。

 

 ヨハンナであれば相手を誘い前以って仕掛けた罠に陥れる。

 

 各々が対人戦用(・・・・)に自分にとってベストな技術を用いてきた。

 しかし、今この時だけは違う。対人としてでも任務としてでもない。百合園 小百合が、ヨハンナ・ピオニー・パイエオーンが、一個人として持てる技術の全てで振るうだけの、ただの暴力。

 

 相手を認めないから。相手を許せないから。互いが言葉で交わすことを止めたから。残された道に従って走り出しただけ。

 

 故に、小百合は手心を加えることなく上段からの袈裟斬りで枝刃の無い剣となった七支刀を振り下ろすがヨハンナは難なくそれを躱すとニヤリと口角を上げて指を引く。その動きに呼応した糸が引っ張られ天井に仕掛けられたナイフが小百合の背後に目掛けて射出する。

 

 しかし、彼女(アンナ)の手の内は知り尽くしている。数ある行動パターンの内、動く指の位置から仕掛けた武器と方位を予測し絞り込む。

 

 

 その指を引いたということは背後のナイフはおとり(デコイ)。本命は――――

 

 

 小百合の思惑通り床下から飛び出たのは円筒形の釘爆弾。センサー式なのは言わずもがな。

 そして、仕掛けられた凶器のことなど知る由もない第三者である二人と一匹がいる以上、小百合が取る選択肢は一つ。

 

 

「八幡力ッ!」

 

 

 打者の如くフルスイングで刀身を爆弾にめり込ませ振りぬいた。

 

 斬るのではない、それでは爆発は止められない、守る為にはそれでは意味がないのだ。故に目標を叩く。刀身を立てて釘爆弾との接触面積を広げると狙い通り感知センサーは潰れ、それと同時に繋がれた配線は千切れる。バットと化した七支刀と八幡力による最大強化された筋力による打撃で釘爆弾はアンナの床真下に叩き込まれる。

 

 

「ちょッ!?」

 

 

 小百合の思惑通り一段階原型を留めなくなった釘爆弾は機能を停止してより一層形状を変えては床にスッポリとねじ込まれる。

 

 

「バカバカ、この脳筋バカ! ヤルならそこの窓に捨てなさいよ!!」

 

「――――フッ」

 

 

 八幡力とフルスイングの相乗効果のお陰か、不発に終わった無数の釘と筒だった物は無残にも床に飛散。窓に向かってブンブンと人差し指で指し示すヨハンナを無視して息衝くと二度目の迅移でもう一度距離を詰める。

 

 自身の間合いに入る小百合。しかし斬撃や打突は繰り出さない。数瞬溜めた脚は再度行使した八幡力と共に解放――跳躍に移る。

 

 瞬く間にヨハンナの視界からは消え、上方に飛んだ小百合は後方宙返りから靴の底を天井に付け再度力を溜める。

 

 

 次は迅移も八幡力も使わない――――!

 

 

 天井から亀裂が走る音でヨハンナが首だけで仰ぐと次の瞬間には爆ぜる音が響く。

 

 溜めた筋力の解放――迅移と八幡力の速度に慣れる前に別の速度で上から刺突を入れる。

 しかし、小百合と同じでヨハンナも幾つもの修羅場は潜り抜けてきた武芸者の一人。寸でのところで刺突を躱すが微かな速さのズレが躱すタイミングを見誤らせる。

 

 

「――――ッ、こん、のッ!」

 

 

 小百合の一太刀を完全に避けれなかったヨハンナは頬の切創から薄っすらと出血し、僅かに(もつ)れた足でフラフラと踊る様に後退った。

 その僅かばかりのスキ(・・)を小百合の鋭いつり目が見逃すハズもなく、窪溜まりの床についたつま先が休む間もなく次の動作に移る。

 

 対空強襲からの次の一手――影縫が二つの(・・・)人影を揺らす。

 

 だが両者の凶器たる刃と糸に仕掛け――小百合とヨハンナの間合いは変わらず。なにが来ても腕の一本ぐらいはくれてやろう。だから好機は逃すまいと確実な一撃を見舞おうと漆黒のポニーテールが大きく乱れ下段から上段へ七支刀の切っ先が弧線を描こうとするその刹那――スーツの袖越しから急ブレーキが掛かる。

 

 

「――――!?」

 

 

 腕だけではない。首、胴、太腿、足首、そして(つるぎ)へ締め上げられる感覚が瞬く間に小百合の身体を襲うと小百合の視線は真っ先にヨハンナの指先へと向かう。

 

 

 いつの間に!? 指は動いていなかったハズ……仕掛けはブラフだった!?

 

 

 罠に頼らず糸単体での捕縛されるという状況。完全に虚を突かれ面食らう顔を晒した小百合を目し、してやったりと言わんばかりに相対者の口角が上がる。

 

 

「気付かなかったでしょ。コレ、糸の中にアンタの頭髪を編み込んであるのよ。気付かないわよねぇ、自分の髪だもの気に入ってくれた? 気に入ってくれるわよねぇ、アンタが刀使になる前から採取し続けた数百本の髪を痛まないように、ダメにしないようにワタシが時間を掛けて一本一本丁寧に編み込んだんだから」

 

「ぐッ……」

 

 

 動かない……!

 

 

「ムダよ、ムダ。どう足搔いたって解けないわ。フフッ……流石に自分自身の髪は気にならなかったようね。言い眺めね。肝心の御刀とやらが振れないんじゃ一生そのまま」

 

 

 身体を揺らす度食い込み鮮血が伝う糸と髪で編み込まれた鋼線。美麗な柔肌が血で汚れる様に恍惚とした笑みを浮かべ、傷口に触れる。白い指先が赤色に滲むと確かめるように顔をゆったりとなぞた手は小百合の顔を包む。まじまじと面を食らった顔を堪能し今度は指先が唇に移ると乾く前の血で紅をさしていく。

 

 

「ワタシの糸からは誰も逃れられない。イヤ、御幣があるわね……アンタだけは逃さない」

 

 

 この状況、もう四の五の言ってられないわね。

 

 

「ん? まだ何かする気?」

 

 

 手袋越しに付いた血の匂いを嗅ぎ、味わいを唇と舌先を堪能していると小百合の雰囲気が変わり出したのを察する。

 だが焔燃型(カグツチノカタ)といえども両手両足を封じた状態の身体では術理も身体操作もあったものではない。何もできないだろうと高を括ったヨハンナの舌先は更なる快楽を得ようと今度は直に味わうべく柔肌と触れ合う。

 

 

 本当はあの子達には見せたくはなかった…………けど。

 

 

「諦めなさいな」

 

 

 仕方ないわよね。どう取り繕っても巻き込ませた原因を作ったのは私なのだから…………。

 

 

「……ああ、あの子達のことが気掛かり? 心配しないであの子達もワタシのコレクションに、してあげるから!」

 

「――――!?」

 

 手を水平に上げると親指に中指が乗り、パチンッ! と、薬指と小指の中で空気が弾ける。

 所謂フィンガースナップだが小百合は直ぐに狙いを定めたその指先を視線が追った。そこは辛うじて目した薫とエレンの姿だったが彼女の目に映り込んだのはあるはずのない光景。

 

 異様、奇怪、不可思議、神妙――一般的な生活をしていれば遭遇することのない不可解な現象が突如として薫とねね、そしてエレンを襲う。

 彼女等の後ろに出現した女性を象った鋼鉄の像が音も立てずに前面の扉を左右に開き――鉄の処女(アイアン・メイデン)が二人を飲み込もうとする。

 拷問器具がその機能を存分に果たすべく近付くもそれが出現したことすら気付かない少女達。

 

 あの娘(・・・)あの子達(・・・・)のように二度と奪わせさせない。

 だから覚悟は決めた。貴女達がこの子らを巻き込ませるというならさらけ出そう。

 

 醜い自分を。

 

 

「なにをしようがもう遅いわよ。あの子達は全身穴ボコだらけのブラッディメアリー製造機になってもらうんだから。その言葉通り出会いは大切よね…………死の間際だけどねッ!!!

 

「そう、貴女も私と同じ力(・・・・・)があるのなら――――」

 

 

 血に飢えた赤い花の拘束を千切り、赤く入り混じった白の影が瞬きをする間もなく少女達の前に現ると閉じかけた左右の扉を引き千切り、間髪入れずに短刀を握った左拳で鉄の人面を貫通させると鋼鉄のガラクタはそのまま回転による遠心力で天井に無理やり捻じ込まれた。

 

 数回に渡りバウンドを繰り返して室内に響き渡る轟音を鳴らす二つの拷問器具。最早原型を留めていないがヨハンナがそれを気に留めることはない。

 

 今はそれどころではない。そんな状況ではなくなった。

 

 何故かって? 幾つもある仕掛けの内の一つが壊されただけ、次の仕掛けを使えばいいだけの話し。その程度のことは些末なことで、彼女の視線を釘付けにする現象がそこ(・・)にはあった。

 ポタ、ポタと遅れて垂れる血流は次第に緩やかに、やがて床に溜まるのを拒むかのように流れ落ちるのを止める。

 

 

「…………な、に……?」

 

ワタシの知っている(・・・・・・・・・)小百合(リリィ)なら今ので脱出は不可能だったハズ。

 

 

 女は瞬間移動でもしたのか切れた肉を晒し少女達に背を見せていた。

 カーディガンやスーツ、そしてシャツは破れ、傷と血に塗れた身体で膝をつき、身を挺す。

 

 何が起こったのか。幻術にでも嵌まったのかと先ほどまで小百合(リリィ)がいた場所へ疑った目を向ける。小百合が今の今までいたハズの場所には切断された糸が力なく絡まり、あるのは床に刺さった剣のみ。

 

 

「だったら今度は…………」

 

「――――!?」

 

 

 カタカタと震えだす七支刀の剣。

 始めて光景する異常事態に後退る赤き花から遅れて剣は動き出す。それ(・・)は生き物の如く這うように主の元へと荒々しく、そして叫び声を思わせる音を上げ床を抉る。まさに一心不乱とも呼べるほどに一直線へと進んだ。

 発声すらも忘れたヨハンナがあるがままにそれを見送ってしまう。

 

 静寂が流れたまま、柄を握る音だけが静かに鳴る。

 

 主たる刀使の元に収まると七支刀はそれが嘘だったかのように鳴りを潜め、漆黒の刀使は立ち上がり開眼すると赤髪の武芸者に視線を向け呟く。

 

 

「酒と他人(ヒト)の血で腐り切った貴女の脳髄に」

 

 

 その声は何もかもを凍てつかせていく。

 

 小百合から吐き出される言葉、空気、上がり切った身体の熱や鼓動に膨れ上がる圧だけに留まらず未知の現象は御刀からも冷気が漏れ出す。

 

 あの頃の自分はもういない。だから刀使としてではなく一人の武芸者として(つるぎ)の錆に変えてしまおう。見開いた両目のセピア色は左目だけを赤く鮮明に発光させ、その目で捉える。

 

 前は向かない。未来など求めず振り向いてただ後ろに歩き続ける。その為にかつて背中を預けた者へと向けた小百合の声はなおも続く。

 

「思い出させてあげる。私の武術(けん)を――――」

 

 

 

次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録

第28話 蠍火極毒歩(かつびごくどくほ)




公開情報

百合園 小百合
術技……虚空型(オボロノカタ)一式 影縫(かげぬい)
目……右目はセピア色 / 左目は赤色
備考……左目が赤色になると声から言葉や体温、御刀である七支刀から冷気を発する。

呼び方
 ヨハンナ・ピオニー・パイエオーン……アンナ

ヨハンナ・ピオニー・パイエオーン
武器……糸 、糸と(小百合の)髪で編み込まれた鋼線 、
    罠(天井に仕掛けたナイフ・円筒形の釘爆弾)
服装……礼装用の白い手袋
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