刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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30.鋼鉄の処女(アイアンメイデン)

 

 確実にここで仕留める。

 

 今日ここで――

 

 

「――――終わらせてあげる」

 

 

 私が狙い定めるべき部位は――頭部への攻撃。ただその一点のみ。

 先端が鋭利な短剣(スティレット)を叩き込んで脳を破壊する。

 迷わない。ただ無心でいつも通りに、心を乱す事なく相手の命を奪う。

 ただ、それだけ。

 後はこの子達の前から消えれば――――

 

 

 

 ザー ー ―  ザー ー ―  ザー ー ― 

 

 

「――――ッ」

 

 

 ほんの一瞬、ラジオの受信障害で聞くことのある耳障りな雑音とテレビで発生するブロックノイズのようなものが音と共に頭の中で映像が流れ込む。

 

 

 何……今の…………。

 

 

 僅か一瞬の出来事だったが思案なんてものは事が終われば直ぐにいくらでもできるのだ。雑念を切り捨て小百合の脚は奥義――蠍火極毒歩(かつびごくどくほ)を決める、ただその為に剣を振りぬく。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、女の身体から鮮血が吹き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ……何がいけなかったのだろうか。

 

 洗い場で何かを洗浄しているであろう音の所為で意識を覚醒させざるを得なかった。

 仰向けの所為か白だかオレンジ色だかの照明がまだ眩しく目を細める。

 

 どれ程の時間が経ったのか分からないがこれだけは言える。

 

 負けたのだ。アンナに。

 

 それは間違いないだろう。

 現に自分の身体は手足どころか首すら満足に動かせず、硬い鋼鉄の中に押し込められていた。漂ってくるツンと臭う鋼鉄の器からはひんやりとした冷たさが直に伝わり、油臭さの他に嗅ぎなれた血生臭さが小百合の鼻を衝いて彼女の顔を僅かに歪めていく。

 

 

 麻酔、じゃないわね。両肩や、脚……これ、関節が外されただけじゃなく釘かなにかで固定されている?

 

 

 じわじわと四肢から悲鳴が上がり出すが構うことなく頭を起こす。小百合の予想通り左右にある肩と脚は関節を外された上に両手両足が釘状のもので打ち込まれ、玉の肌も今はどこにもない。

 

 

 なにも下着まで剝ぐことないじゃない…………。

 

 

 衣服どころか下着も剥がれたことにようやく気付き溜め息がでる。視線の先は天井の照明。隠すこともできない露わとなった乳房に傷だらけの肌と処理していないアンダーヘアー。撮影でもされているのかと気分は憂鬱さで沈みそうになる。

 

 だがこれぐらいのことは幾度も目にして行ってきたのだ。自分が同じ様な目にあっても別段不思議ではない。ただ自分の番が来ただけなのだ、と悲観に暮れることもなく諦観して処置者の気配がする方へ視線を向ける。

 

 

 こんな()に入れておいてここまでするなんて――――

 

 

「随分と念入りね、アンナ」

 

 

 身動きの取れないこの状況に八方塞がりな自分自身の状態、考えるまでもない。自分が言うよりも先にそうした張本人が覗き込んで答え合わせの言葉を口にしていく。

 

 

「あら、そう? 中々の寝心地だと思って用意したベッドなんだけれど不満だったかしら? 小百合(リリィ)の成長具合に合わせてワタシが一から作り上げたアンタ専用の鋼鉄の処女(アイアンメイデン)は」

 

「こんな悪趣味な物をわざわざ作るなんて随分と暇していたのね」

 

「どうせいつかアンタ等(・・・・)が壊すんじゃないかと思ってね。それぞれ専用に用意したのよ生き残った人数分を」

 

「……本当に暇してたのね」

 

「これだけ時間が経ったのよ? 指折り数えるだけの分を用意するなんてワケないわ」

 

「この出来なら武芸者なんて止めて鍛冶師や造形師、なんだったら芸術家にでもなれそうだけれどどうかしら? いい職場とパトロンを紹介するわよ?」

 

 

 ああ、もう、終わらしていいんだ。じゃあ気負う必要もない。

 そう思った瞬間――不思議と身体に入っていた力が抜けた。

 ならなんでもいい。今まで話せていなかった分、少しでも彼女(アンナ)と会話をしようと言葉を交わす。

 

 

「造形師なら一躍有名になるかもしれないわね。その界隈の事はよく知らないのだけれど一体でかなりの額で販売されているのを目にしたわ。どう?」

 

「遠慮しておくわ。ワタシ、二次元の触れないモノよりも弄れる三次元の生身の方が好きなの。それとね」

 

 

 クルリと踵を返ししゃがむとやや大きめの、人一人が収まる容器のコックを捻り中の液体を流し出す。ボウルの大きいワイングラスに三分の一程度まで満たすと閉栓、別のワイングラスへとまた注いでは計三つのグラスが作業台に並ぶとヨハンナは声を弾ませて嬉々とした表情を浮かべた。

 

 

「新鮮な生き血と酒がない職場じゃ色々と捗らないのよ」

 

 

 手に取り仰いだワイングラスを照明にかざす。器に注がれた濃い赤を目にすると且つてないほどまでに恍惚とした表情を見せて言葉を繋いでは小百合に近づく。

 

 

「本当に、久しぶりなのよ。健康な、しかもそこそこ鍛えてる、それも………………」

 

 

 血走った両目で照らされた真っ赤なグラスを凝視すると、今度は小百合の顔正面にそれをかざす。喜びのあまりに打ちのめされる身体はプルプルと震えて思うようにネライは定めれないが最後くらいこの気持ちを分かち合おうではないか。

 

 グラスを傾け注がれた真っ赤な液体を小百合の顔目掛け零す。

 

 少しずつ。少しずつ。

 

 ポタポタ、と天井から零れ落ちる水滴の様に小百合の頬や唇に掛かるタイミングで――

 

 

「十四かそこいら小娘のォッ! 新鮮な血を浴びるのはサァあアアッ!!!」

 

「――――――――」

 

 

 怒声じみた愉悦の絶叫が狭い室内を響き渡らせる。狂喜に満ちて歪んだ満面の笑みからはたがが外れた昂る笑い声が延々と鳴り止まない。

 

 一人で(はしゃ)ぐヨハンナの傍で小百合は開いた口から声を失う。

 

 直ぐに理解した。

 

 そうだ。見逃すハズなんてない。どうして信じてしまったのか。この狂った赤髪の修道女から吐き出される言葉など総て噓八百でしかないのに。

 オッドアイから流れる涙が濁流のように頬と髪を洗い、そして、決壊したダムの水のように憎悪の塊りが内から吐き出される。

 

 

 ――――さない。

 

 

 七支刀に意識を向ける。

 

 

 ――――してやる。

 

 

 主の呼びかけに一切の反応を見せない剣にそれでも憎悪を思い吐きながら呼びかけ続ける。

 

 

 ――――ゆるさない。

 

 

 古波蔵 エレンと益子 薫、そしてねねをどうやって殺したのかは分からない。ヨハンナの手段は幾通りも存在するから。

 

 

 ――――ゆるさない。許さない。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。

 

 

 どう殺したのかなんてどうでもいい。

 

 

 ――――今度は貴女が奪うのか。

 

 

 ザー ― 

してやる。だから早く来い。その為にお前は私を選んだのだろう。

 

 

ザー ー …  ザー … ―  ザ… ー ― 

 

 

 ブロックノイズのようなもの中で女の声が頭の中で再生される。

 

 

 してやる…………殺してやる! コロシテやる!! コロシテヤル!!!

 

 殺シテヤルッ!!!!

 

 

 手足が動かずとも首は動くのだ。せめて喉元を噛みちぎってやろうと上半身を起こそうとするがそれも空しく身体は微動だにすることもないし鋼鉄の棺桶もまたビクともしない。

 身体を揺らす度に古波蔵エレンと、益子薫との思い出(・・・)がとめどなく溢れ出る。

 

 行ったこともない場所、交わした言葉、触れる温もり。

 

 どれも記憶しない光景が走馬燈のように巡ってくる。

 

 それでも、あったハズの温もりを、安らぎを、記憶を上書きするのは殺害者へ向ける憎悪。自分がこの後どうなるのかなど結末はわかり切っている。だからこそ――

 

 何がなんでも完膚無きまでに、斬り殺してやる。

 

 切り刻んで、

 

 股を裂いて、

 

 子宮を引きずり出して、

 

 (はらわた)を抉り出して、

 

 心臓を砕いて、

 

 口を裂いて、

 

 歯を全部へし折って、

 

 鼻を削いで、

 

 眼球を潰して、

 

 耳を引きちぎって、

 

 最後に脳をすり潰してやる。

 

 

 やれもしない方法を思いのまま描き出し、出ない声の代わりに噛み切った唇から出血が止まらない。そんな必死に行動を起こそうとしている小百合を嘲笑うかのように修道女に扮した赤い拷問官は操作盤のボタンを弄り、横たわった鋼鉄の処女(アイアンメイデン)を起こす。

 

 

「ヤッパリさー」

 

「…………あ――――」

 

 

 ヨハンナを目するよりも先に容器の、その奥に目がいってしまう。彼女がワイングラスに注いだのは紛れもない血液。

 

 

「最後ぐらい見ておきたいでしょ?」

 

「ああ…………」

 

 

 目にする容器と無造作に散乱する彼女達の血。

 

 それ以上にオッドアイには焼き付く。二人の亡き骸が裸のまま透明な容器に液体漬けにされ、小さな荒魂は御刀――越前康継(えちぜんやすつぐ)に串刺しにされ横たわっている。

 

 瞳から光が消え失せ心は仄暗い底へと沈む。

 

 

「……アララ? アチャ~、まさかこんなことで心折れちゃうなんてねぇ~。チョットーもしもしィ、この程度で豆腐メンタルになってるだなんて幾らなんでも昔より柔くなってない?」

 

 

 歪む視界の中、ヨハンナが何か言っている。

 聞き取れない。いや、もう貴女の声は聞きたくない…………違う、もう、何も聞きたくないし見たくもない。

 

 

「――――らせて

 

「んん? なんて?」

 

 

 か細い声が聞き取れずヨハンナはつま先立ちして耳をそばだてる。

 

 

もう…………終わらせて……

 

 

 力なく絞り出した声で懇願する。

 ジェスチャーでできる意思表示などなく、残されたのは言葉と声でのみ。

 自分の役割などもう知ったことではない。自ら命を絶つことができないのであれば殺し合いをした相手に頼む他ない。

 

 

「…………………………ハ? ナニソレ。全然笑えないんだけど」

 

 

 散々上がっていた口角は戻り感情も消えた無表情の修道女がペチペチと頬を叩く。

 

 

「――――」

 

「ねぇ、マジで言ってんの?」

 

 

 今度は右に左にと顔面に拳を叩き込む。

 

 

「――――」

 

 

 小さな反応は見せるがそれでも望んだ反応ではない。

 

 

「つまんない」

 

 

 そう言ったのは小百合目掛けて投げつけたワイングラスが額に当たり小百合の肌が血と血で濡れた後だった。

 

 

「ああ、もういいや。そんなに言うのなら――――」

 

 

 これ以上嬲っても何の意味もなくなったと呆れたように吐き。

 

 

「終わらせてアゲル」

 

 

 クルリと踵を返し左目の赤色を発光させ両手を胸の前に出し躊躇したのか一瞬、ほんの一瞬だけ目を閉じて瞼を開き、手を合わす。

 

 

 この血、古波蔵さんのかしら。それとも益子さんのかな……?

 

 

 光が閉ざされようとしている中ふと、思考停止しようとしていた頭がそんなことを考えてみる。

 

 

 向こう(・・・)で会ったら謝ろう。でも、こう言うだろうなあの二人とねねさんの性格なら。謝るなって。多分だけども。ああ、でも無理か……。

 

 

 まだ猶予のある中での自問自答に思考は巡る。

 

 

 沢山殺してきては見殺しにしてきたんだもの。今回も巻き込んでの結果がコレ。再会するなんて土台無理な話よね。

 

 

 ハハッ――乾いた笑い声を出す間もなくヨハンナの掌は合わさり観音開きだった鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の左右の扉は音もなく閉じきった。

 

 

「…………ホント、バカよね」

 

 

 新たにワイングラスに注がれた少女の血に口をつけ、一人ごちるとその場から立ち去りスマホから電話を掛ける。

 

 

「……もしもし、ノア。アタシだけど…………そう、ええ、残念だけど――――」

 

 

 感情の起伏はなく、ただ淡々とありのままを述べていく。

 

 

小百合(リリィ)は死んだわ」

 

 

 上部スピーカーから落胆の声が伝わる。

 

 白々しい。小百合(リリィ)がこうなることはコイツにとっては計算通りだったのだろうに。

 

 

「……少しやりすぎちゃってね……え、死体? 欠損部分が多すぎるし何より脳も吹き飛ばしちゃったから死体は使えそうにないわね」

 

 

 大根役者ばりのオーバーリアクションで白を切ったのだコチラがウソを吐いてもイーブン、いやまだ不十分過ぎるくらいだろう。

 

 

「わかったわ。でも隠蔽してから帰るからそれまでは連絡しないでちょうだい。いや、小百合(リリィ)のようにテキパキやれるワケないじゃないのアンタだって知ってるでしょ?」

 

 

 通話口から何やら煽り文句を言っているようだがそんな物、今は聞き流せばいい。戯言に付き合う気分なんかじゃない。

 

 

「ええそうね、じゃあ後はアジトで」

 

 

 ――ピッ、ツ――ツ――

 

 

 強引に話しの腰を折りヨハンナのスマホ画面は自分の姿を映し出すと小股で矮躯を進ませる。

 

 

 クズの小言なんて一々聞いてられないわ。別に言いデショ? ねぇ――――

 

 

小百合(リリィ)

 

 

 ドアが音を立て生者は去り、死者だけが取り残される。靴音の反響音が次第に聞こえなくなった部屋で鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の人面と底から血流がゆっくりと流れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

                                        

                                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も無い地平線の彼方で小さな、そして、どうしようもない歪なモノが生じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The end

 

 





よくある死亡END
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