一部の文・会話に再生箇所があるので対象の行頭へ * を追加
――しかし、急所とはいえ頭部を狙うというのはハイリスクを背負う忌避すべき行為である。
故に、狙うべきは生命活動の肝たる心臓。
これで永遠のサヨナラよ、アンナ。
加速した足先の刃は尾節の毒針となって
百合園家 秘奥 ガ
勝った……!!
ニヤリと口角を上げたヨハンナは自分の勝ちを確信する。その体勢からは二撃目はないと分かっているからだ。
反撃、そして刈り入れるラストチャンスをモノにしようと指先へと意識は向かう。吟味する必要はない。追撃はないとはいえ危い状況だ、最早死体の保存状態など気にしている場合ではない。コチラも心臓へ目掛け照準を定める。
今まではそれでよかったのだろう。
中途半端な生き方を選択したとはいえ元々は小百合も武芸者の端くれ。ならば、身体操作能力であろうと御刀との対話だろうとも鍛えることだけは止めず何かに駆り立てられるように継続していった。
言わずもがなそれは術技も然り。
故に――――
*
――――改
「――――!? !? !?」
今まで味わったことのない衝撃が二つの音と共にヨハンナの首元に突き刺さる。
同時に何かが首から伝って流れでる感覚も感じ取れた。
ナ、ン、デ……?
スローモーションで移り行く景色に映るのは破れたグレーのパンツスーツ。次いで見れたのは赤に染まる凄まじいまでに鬼の形相をした漆黒。
それが
「――――」
潰された喉からは激痛を言語化することなど許されるハズもなく出来ることといえば精々痛みに支配された身体を硬直させるぐらいである。
意識が吹き飛びそうになるが鍛えた肉体と精神はそれを許さない。
寸前のところで踏みとどまった意識は逃避の為に思考することに費やす。
――――そうか、無理やり足を壊したのか。どうりで。
最早歩行する為の構造も機能も感覚すらも備わっていないだろう。人間の足とは思えない程に変形した小百合の足を見てそう結論に至る。
そんな必死になっちゃってあ~あ、折角のボディーラインが台無しじゃない。
などと悠長に考えている間にも小百合の一撃が――蠍の尾毒の一刺しはまだ続く。
*
赤星ッ!!!
「――――!?」
浮遊し回転する身体にヨハンナは再度驚愕を得る。
過去に自分が見た蠍火極毒歩は刃を急所へ刺し終わる刺突の技であった。
しかし――差し込まれた
まさか、技の改良を施し――――
這いつくばりながら小百合の五指は床にめり込み、身体は刺した短刀を軸に回転して新たな力と速度を加える。意識が消えかかる程に内側から骨と筋肉が破砕される音が耳に鳴り響く。
だが絶命させると心に決めたのだ。この身体がどうなろうとも有言実行し
「アンナ」
最後の呼びかけと共にその矮躯を天井へと振りぬく。
「――――ガァッッッ!!?」
顔面から直撃し、ヨハンナの耳からも内側で骨が砕ける音が聞こえたのを最後に刺突と射出による衝突は彼女が想像する以上の損傷を与え意識を閉ざす。
「ゴッ――」
血の小雨を降らし天井から抜け落ちた彼女はショック姿勢も取れぬまま辺り一面に血流を撒き散らして床に落ち、次第にヨハンナの赤髪と同じ様に床も血で真っ赤に浸食していった。
蠍火極毒歩。
百合園家初代頭首が考案したとされる秘奥にしてその第捌番目となる技。
這いつくばる両手はハサミに。刃で突き刺す右足は毒針を有する尾節となりて。
故に、その姿挙動からこの奥義の名は蠍の名を冠した蠍火極毒歩と名付けられし必殺の一刺し。
脈々と小百合の代まで受け継がれた奥義を時代の変化とともに
だが派生させたこの蠍火極毒歩赤星は未完成であった。
なにせ小百合自身の身体がこの技に耐えられていないからだ。その証拠に一撃を入れた当の本人は術の発動後、この瞬間にもピクリとも身体を動かせていない。
意識はまだあるもののその身体は指一本すら小百合の主導権から離れている。
手応えはあった……技の終動まで身体が持つかは賭けだったけど。後は――――
朦朧とした意識の中、まだ呆然と立ち尽くすエレンと薫、ねねの方に視線だけを向け無事な姿に安堵する。ここまで安堵したのはいつ以来だろうか。
よかった……無事で。あとはヒルデか……に……連絡――――
睡魔と出血、そして極度の疲労から解放されそこで小百合の意識はこと切れたかのように完全に堕ちる。
「――――ハァ……ハァ…………ハ゛ッ゛! よ゛う゛や゛く゛、落゛ち゛て゛く゛れ゛た゛、わ゛ね゛……! 最後のアレには焦ったケド…………宣告通り、ワタシのコレクションにしてアゲルから……!!」
吐血と出血で血塗れの身体を支え、小百合の前に立つヨハンナ。ビシャビシャに赤く濡れた手袋で小百合の漆黒の髪を掴もうと手を伸ばした矢先――
「そうされるとコチラとしてもかなり不味いかな」
「――――ッ!?」
不意に訪れる声に全身から怖気が奔り、瞬時に伸ばした手を引っ込め、突として声のする方へと首が曲がる。
脳が危険信号を発したゆえの防衛本能であり、呼吸が乱れる。
何気ない言葉だったがヨハンナにとっては言葉よりも聞き覚えのあるその声に戦慄する。
「ンン? どうしちゃったのそんな怖そうな顔しちゃって。バケモノでも見たような顔つきね。折角の血化粧した可憐な顔が台無しじゃない」
童顔で可愛い顔なのに勿体ない、そう付け加えた言葉が二輪のタイヤとキャスターを引き連れ音を鳴らし迫る。
「な、なんで。なんでアンタがここにいるのよ…………いや、そうじゃない。いつからいたのよ!?」
首元の結晶物は砕け散り元通りの傷なしとなった肌から手を放し、大仰に後退る。
「んーそうね~強いて言えば
「なァッ!? じゃあナニ!? 全部最初からってコト!?」
「かもね~」
腹と肩を震わせ車いすの女が包み隠すことのない笑みをヨハンナに晒す。
ケタケタと笑うと顎下を人差し指で押さえ首をかしげた女は笑い声を消し言葉を新たに紡ぐ。
「ンー、冗談を言うのは嫌いじゃないけどそう捉えちゃったか~。こういう修羅場ではおいそれと言わないようにTPOは弁えて喋ったつもりなんだけどな~」
どうする……出口のトラップを片すのに時間がかかるしその間ガキどもが邪魔になる。ここはイチかバチか――――
「ああ、気にしない気にしない。大丈夫よ、どうぞお引き取り願ってもらって。コチラは邪魔しないから。いいわよね? そこの後輩ちゃん達と謎な荒魂ちゃんもそれで」
「え、ええ……ワタシ達、はそれで構いませんが……」
「オイ……」
「なんですか、薫」
「アレ誰だ?」
「ワタシが知るわけないですよ」
ヒソヒソ話をする間のエレンは普段使いのカタコト言葉から口が回る言葉使いに戻り、薫もそれについて言及することはない。
そもその経緯に到ったのは車椅子に乗った女が現れてから赤髪の修道女がたじろぐ姿を目してからだ。
場を取り仕切る車椅子の女のおかげで物事はつつがなく進行していく。
「ハイ、じゃあ解散、解散。ああ、
取り出したスマホからかつての恩師へと電話を繋ぐ。
「…………あ、先生? じゃなかった……真庭学長、突然で悪いんですけど
「何があった」
かつての教え子から突然の電話連絡。内容が内容なだけに只事ではないと襟を正し相手の言葉を待つ。
「いえね別に大したことじゃないんですけど……っと、その前に。学長先生使い方覚えてます? というかマニュアル捨ててません?」
「本当に何があった?」
「電話越しだとどこぞのコントみたいにアンジャッシュするだろうし、着いてから詳しく説明しますよ。ああ、そうだ。覚えていないんだったらその辺にいる
「誰が暇してんねん」
紗南から奪い取ったスマホの送話口に向けて静かな怒気を孕んだ声でヒルデガルドは送る。
「
「暇なワケないやろが……!」
「そう? 自分が受け持つクラスも授業もほっぽては学生のようにサボって別の学校、それも遠く離れた岡山に来てるんですもの誰がどう見たって暇でしょ?」
「…………貴様、
「いやーねー。あなたを
小馬鹿にしたようにクスッ、と小さく声が漏れ挑発の言葉が続く。
「その程度の事も出来ないの?」
力が込められた紗南のスマホ画面には小さな亀裂が走り何か言おうとする前に女の声が受話口から止まらない。
「あら、ごめんなさいね~綾小路時代は他の追従を許さない程に、なんで学生をしていたのか意味不明な程凄まじく超有能だった女子高生も二十代に入った途端、その辺で駄弁ってるババア並みの能力しか発揮できなくなったんだったわね。そりゃあ化粧も濃くなるわけよね」
「貴様……説明しに来るんやな?」
嘲笑混じりの売り言葉にヒルデガルドは買い言葉を言うのではなく来訪するかの確認をするだけだった。
「さっきからそう言ってるじゃない。脳だけじゃなく鼓膜も劣化した? それとも劣化じゃなくて委縮かな? それはいくら何でもタバコの吸い過ぎ……ああ、もしかして吸うは吸うでもアヘンに切り替えた?」
「……久しぶりに会うんや、最上のもてなしを用意しやるからな期待しときぃや」
「ええ、楽しみにしてるわね……………………まったく、相変わらず沸点の低い子……アラ、アナタまだいたの?」
アイコンをタップしそこにまだいた赤髪の修道女が目に入ると眼中にないのか女は車椅子ごとそっぽを向かす。
「――ッ、別にいいでしょ。何時帰っても」
「そうね。まぁ、どうでもいいわ。別に興味ないもの……ああ、そこの祢々切丸の後輩ちゃん」
「オ、オレか!?」
「騒ぎになってもいいからその祢々切丸か八幡力、どっちでもいいから正面出入口を全力でぶち壊してちょうだい」
「お、おう……!」
急に振られた所為か否応なしに女の指示通りに薫は慌てながら祢々切丸を抜刀してシャッターの破壊に取り掛かる。
「それからそっち、越前康嗣の後輩ちゃん」
「は、はい!」
薫と同様に呼ばれたエレンはビクッと反応して姿勢を正す。薫を手伝うならその時一緒に言われるだろうが違うということは一体何をさせられるのだろうかと身構える。
「このザマじゃ運べないから
「わ、わかりました」
ブランケットに覆われた太腿をポン、ポン、と叩きエレンにも指示を与える。急いで小百合を介抱すべくエレンも駆け出した。
さて……この先どうしたものかしらねぇ。
ヒルデガルト・V・リッター
名前……ヒルデガルト・フォン・リッター
車いすの女
見知ってはいるもののヨハンナが怯えるほどのナニカな女。エレンや薫のことを後輩ちゃん呼びすることから伍箇伝の関係者と思われる。
自走式の車椅子に乗り太腿からフットサポートまで覆うブランケットを掛けている。
呼び方……エレンと薫のことを御刀の銘+後輩ちゃん、ねねを謎な荒魂ちゃんと呼ぶ。
古波蔵エレン………………………越前康嗣の後輩ちゃん
益子薫………………………………祢々切丸の後輩ちゃん
ねね…………………………………謎な荒魂ちゃん
ヒルデガルト・V・リッター……
真庭紗南……………………………学長先生
術技
●
原作:我間乱-修羅-より神空が使用。
●
備考……蠍火極毒歩の派生技。
当代の百合園家当主が考案したとされる
術技の種類:刺突
挙動 :蠍火極毒歩の刺突後、回転したのち刺した相手を天井に射出する。
使用者
百合園 小百合
百合園家当代当主