刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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3.初めての立ち合い

折神家本家――

 

 コン、コン、と丁寧に木製のドアからノックする音が鳴る。

 

「入れ」

 

 目を通していた書類を机の端に置き、訪れた者達を促す。

 

「失礼します。お呼びでしょうか紫様」

 

 紫が折神家当主に就任してから今日に至るまで使用している執務室に入室してきたのは二名の刀使。

 この二人も夜見同様の黄枯茶のような色を基調とした制服に身を包んでいる。

 先に入室した少女は凛とした佇まいであり、制服の上に白いジャージを肩に掛けている。

 半袖仕様の為か露出した両方の前腕には覆うように包帯が巻かれ、動き易いようにスカートではなくスパッツを履いており、髪は淡香に似た色で彼女の左側のもみあげは三つ編み状に整えられてはいるが少女、というよりも少年ぽさが見受けられる。

 名を獅童(しどう) 真希(まき)。親衛隊第一席となる刀使。

 後に入室してきたのは臙脂(えんじ)に近い赤い髪色の少女。

 髪型はというと頭頂部の辺りから後ろ髪を白い紐で結び、ゆるふわ状のポニーテールに仕上げられている。

 先程の少女とは違い、スカートは履いてはいるがその下にはトレーニングウェアに用いられているレギンスを着用ており赤を基調とし一本の黒いラインが入っている。

 フィットした下半身からは10代の少女らしくスラっとしてはいるが正された姿勢に重心の移動の仕方が真希同様、日々研鑽を積でいる事が伺える。

 名を此花(このはな) 寿々花(すずか)。親衛隊第二席となる刀使。

 刀使という絶対条件を除けば両者共に共通しているのは自身の剣技と刀使であることに誇りを持ち、自信に満ちている事。同じ刀使であれば両者互いに自分は負けはしないという自尊心がある事。

 

「来たか獅童、此花、それと皐月。早速で悪いがお前たち親衛隊の今後の方針を伝える」

 

「……紫様、申し訳ありませんがお話の前に一つ宜しいでしょうか。そのソファに座っている男は一体どなたなのでしょうか?」

 

 オイオイ、瞬殺だな。髪下ろすだけじゃダメかよ、もう男だってバレてるじゃねぇか。

 

 食事と洗体を済ませ、渡されたジャージに着替えた中央(なかお)は紫の指示に従い髪を散髪する事なくストレートロングにしていた。にも拘らず、獅童 真希に男だと一目瞭然に看破される。

 男だと見破られた理由を模索する。

 上半身のジャージは前腕部が露出するよう腕を捲り、下半身のジャージも上半身同様に脹脛を露出している。そのお陰で薄っすらと生えたすね毛が目に付く。

 寛ぐ様に公園で座っていた時と同様に背もたれの裏に腕を回す。

 座り方も大股を開き、履いていた靴も来客用のスリッパに履き替えている。

 

 これでバレるのか。イヤ、ね。もうこれ以上どうしろと?

 

「……ご自身の所作を見直して是正して下さい」

 

 思わぬところから指摘が来た。ソファの隣にいた皐月 夜見が視線のみを中央に向け喋りかけてきたのだ。

 

「心を読まれた!? 読唇術でもあるのか、この娘は」

 

「……声に出していましたよ。今もですが」

 

「オウ、マジかよ」

 

「……大真剣(おおまじ)です」

 

 寡黙な娘と思っていたが喋る事が嫌いという訳ではないらしい。ちゃんと受け答えしてくれる。

 取り敢えず現段階で皐月(かのじょ)とは同僚として上手く職務遂行して(やって)いけるようだ。

 

 心の中で少し安堵すると今度はハァ、と溜め息を漏らし体勢を変える。御刀がその重さでソファを軋まさせる。

 倒れるように傾けられた御刀は移動用に使用していた竹刀ケースから取り出されており()をするかの様に布に巻かれていた。

 一方、脇差はというとやはりこちらも竹刀ケースから出されていた。

 御刀とは違い布で巻かれず中央の隣に置かれている。

 

「それも含めて話す。先ず親衛隊には後日もう一人加わる者が予定されていると言ったが更に一人増え、二人加わる事となった」

 

「まさか!?」

 

「そうだ。皐月は既に顔を合わせているがそこに居る男、東西南北 中央を加える。そして第零席として中央を親衛隊隊長に任命、今後私の指示は中央を通す」

 

「なっ、そんな!? 刀使でも何でも無い、それも男をですか!?」

 

「これは命令だ獅童」

 

「ッ……!」

 

「紫様、(わたくし)からも一つ宜しいですか」

 

 なんだ此花、と真希に向けていた視線を寿々花に向ける。

 

「刀使でもない外部の人間を刀剣管理局が受け入れる……御当主である紫様の御命令とはいえ、説明もない状態でその男性から指示を受けると云うのは今後の指揮に少なからず影響が出ますわ」

 

「フム、そうだな言葉足らずだったな。獅童、此花。中央は刀使だ」

 

「なっ……!?」

 

 瞳孔が開き開口したまま真希と寿々花は中央を凝視する。

 

「続けるぞ。中央は()以上に実戦での経験がある。中央と行動を共にすれば

何れお前達の糧となるだろうし、今後の事を考えれば損はない」

 

 なっ、バカな! 男、それも刀使であるだけではなく紫様以上の実戦経験があるだと!? 18年前の相模湾岸大災厄以降、荒魂が大量に発生する事は無かったハズ。にも拘らずこの男は紫様以上の……! イヤ……待てよ。必ずしも経験イコール強さとは限らない。なら――

 

「俄かには信じれられませんわね」

 

「ならば、一度手合わせしてみるといい。お前達も中央の実力がどれ程のものか知っておきたいだろう」

 

「しかし……」

 

「此花、紫様の提案を受け入れよう」

 

「本気ですの獅童さん!?」

 

 思いもよらない言葉が真希から発せられた。自分に続き、紫の言葉に彼女も否定すると思っていたからだ。

 

「何れ任務で共に行動する事になるんだ。遅かれ早かれ互いの実力は知っておかなければならない。いい機会じゃないか」

 

「えっ? イヤ、俺普通にイヤなんすケド……」

 

 食事の時は流れに身を任せることを良しとした。

 だが、この事態はそれとはまた別である。

 

 グゥッ……! この男……! 紫様の御言葉だぞ!

 

 眉間にしわを寄せる。誰が見ても苦々しい表情に変わり、真希の中央への認識は異端者(イレギュラー)から排除対象者(レジスター)へと認識を変える。

 

「中央、これも仕事の内だ。従え」

 

 えーーイヤな仕事だなぁ~。同僚とやり合うのなんて……。

 

「あーまぁ、仕事なら」と仕方なさそうに言うと、あー面倒くさ、とポツリと零す。

 真希はその言葉を聞き漏らすことはなく、この男は絶対に! 完膚なきまでに叩きのめす! と握り拳を作る。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

折神家構内――

 

 急な立ち合いに親衛隊の三名は紫と中央の後ろ姿を追う形で二人に付いて行く事となった。

 当然紫が先頭に立ち、中央がそれに続く。

 

「此花、彼の御刀についてどう思う?」

 

 声を小さく抑え、ひっそりと寿々花に声を掛ける。

 

「獅童さんも気になってましたのね」

 

 ああ、と頷く真希に同じく声を抑えて寿々花は答える。

 

「彼は男性で刀使……極めて異例でもありますし、あの右手で持っている大太刀と思われるモノが彼の御刀だと思いますわ」

 

「キミもそう思うか。しかし何故鞘に納めていないんだ? わざわざ布に覆わなくていいハズだが」

 

「さあ、分かりかねますわ。大方、鞘を無くし代わりに布を代用したのではなくて? ズボラそうな方ですし」

 

 二人の刀使の視線の先には中央の右手に向けられていた。

 柄を含む全体を布で覆われた御刀に注視する。

 布で覆われている為か刀身の形状が薄っすらとではあるが視認できる。

 紫を除き(・・)刀使は切先を上に向けた状態で御刀を帯刀する。

 移動や抜刀のし易さ、第三者からの認識、周囲への配慮を考慮され帯刀方法が今日に至る。

 だが中央の腰回りには御刀を帯刀する為の金具が一切見られない。

 伍箇伝に所属する刀使なら御刀を授かる際に帯刀金具も支給されるハズである。

 

 本当に鞘を無くしただけなのか? 伍箇伝には美濃関学院、平城学館、綾小路武芸学舎の三校が共学であることは周知の事実ではあるが、在籍中の男子生徒が刀使になったなどとはボクが平城に居た時には聞かなかった。

 過去にそういった事例もあったとは聞かない。

 

「皐月の見解は? どう見る」

 

 真希の声に耳を傾けると夜見は中央の方へ視線を向ける。

 

「……私は腰の脇差だと思いますが」

 

「そうか。皐月は脇差の方か」

 

 真希も夜見の視線の先へ目を追う。

 脇差は紐で括りつけられており彼の左肩に掛けられている。長さは左手で直ぐに掴めれる位置にあるが、咄嗟の行動に支障をきたすだろう。何より不恰好である。

 フム……と少しばかり考え込む。

 だが幾ら考えても答えは出ず、出たとしてもそれは憶測でしかない。

 思惑する事を止め、立ち合いについて考えることとした。

 自分は出るのは当然として此花も出るのだろう。しかし皐月はどうだろうか。ふと思う。

 

「ところで皐月(キミ)は今回の立ち合いはどうする? こういった事は余り好ましくなさそうに見えるが」

 

「……私は見学させて貰います。獅童さんか此花さんが立ち会えば東西南北さんの実力は分かると思います。何より、私の実力では他の方の力量は推し量れません」

 

「分かった。ならボクと此花の二人で立ち会うとするよ」

 

 五名の刀使が向かっていた目的の場所に着く頃には真希は中央の戦い方について考えだしていた。

 

 大太刀……か、なら薬丸自顕流……イヤ、新陰流の可能性も……。

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

折神家構内講堂――

 

 折神家が所有する施設内には立ち合いが可能な場所が幾つかあり、此処もその内の一つである。

 迅移―刀使の攻撃術―に対応できるよう中は広々とした作りとなっており決勝戦に至るまでの御前試合本選は此処で行われる。

 

「あーお前らー。今右手に持ってる方が御刀だからなー。あと、コイツは大太刀じゃなくて長巻だからなー」

 

 聞かれていた!? しかも、長巻!?

 

 まぁ、地獄耳ですこと。

 

「そんじゃあまぁ、誰からヤルよ」

 

「……ではボクから行かせて貰う」

 

 名乗り出ると中央がいる講堂の中心へと真希は向かう。

 白いラインテープで示された立ち位置の手前で立ち止まり、一礼する。

 だが中央は御刀を持ったまま真希を見据える。

 御刀――薄緑(うすみどり)を抜き、正眼の構えを維持し写シ――刀使の防御術――を張る。

 白いオーラ状のモノが真希の身体を包み込む。

 

「……どうした、早くキミもその布に巻かれた御刀を出して写シを張ったらどうだ」

 

「イヤ、別にコイツ等を抜くのも写シを張る必要もないんだが。それに今のコイツの状態(・・・・・・・・)だと写シは物の数秒で剥がれちまうし」

 

 写シが数秒で剥がれる? 何を言っているんだこの男は。

 

 真希が中央の真意を見出そうとしていると、中央はおもむろに左肩に掛けられていた脇差を床に置く。

 

「何のつもりだ?」

 

「コイツは御刀じゃねぇし、ただの刃物なんだから危ねーだろ? まぁ、御刀も危ないっちゃ危ないんだが」

 

 真希の問いかけに気の抜けた声と締まりのなさそうな顔を見せる。

 そうか、これは挑発だ。そう彼女は判断した。

 油断とムダな力みを生じさせる為の行為。だから高ぶる気持ちを抑える為自分に落ち着け、と言い聞かす。が、

 

「まぁ、別に必要ないだろう、写シも御刀も。直ぐ終わるだろうし」

 

 次に男は小さく欠伸を漏らす。

 

 フゥ……そうか、そうか。なら……この男に手加減など、無用……初撃で終わらす!!

 

 沸々と沸き上がる怒りに判断は断定へと切り替わる。

 侮辱。これは紫様を、刀使である者達への侮辱であると真希は捉えたのだ。

 何よりこれまでの自分の血の滲む努力を踏みにじられる発言にも聞こえる。

 立ち合い前の所作といい、先程の言動、目に余る行為に親衛隊第一席は怒り心頭に発する。

 構えを変え、中段から上段に御刀を振り上げる。

 ミシリッ、と小さく音が漏れる程に柄を握る指に力が籠められる。

 

「では始めろ」

 

 紫が放つ開始の合図とともに真希は4段階目の迅移で加速する。

 瞬く間に中央との距離を詰め、切先を上段から振り下ろす――

 

「!?」

 

 ――ハズだった。確かに立ち合い者である中央は居たハズなのだ。だが眼前にいるであろう相手の姿は居ない。

 そればかりか自分は御刀を上段で構えたままでいる。

 

 どういう、ことだ……?

 

 今の今まで気付かなかった。

 経験する事などなかった。

 理解できないし、思考が追い付かない。

 まるで意味が分からない。

 真希は自身に起きていることの情報整理が困難な状態に晒されていた。

 自分の意思でどうすることもできない程全身が石造にでもなったかの様に硬直しているのだ。

 しかも振り上げていた腕の下には()が在り、そのまま御刀を振り下ろしていれば()の軌道から両腕は勿論のこと首も落ちていた。

 額から流れ出る汗が頬を伝い、滴が落ちる。

 もう30分は経っただろうか。それとも1時間か。

 真希の体内時間ではそう錯覚するに至るが、実際は十数秒程度である。

 落ち着きを取り戻し思考も徐々にクリアになり、現実を正しく認識できるようになる。

 肉体も少しずつではあるが感覚が元に戻ってきた。

 自身の身体を切断しようとしていたモノの正体は刃ではなかった。

 それは一本の鞘。自分の愛刀である薄緑を納める筈の鞘であるが、刀使である少女は一つの気配(・・)に気づく。

 その気配を恐る恐る辿るように目だけを動かす。

 気配のする方向には薄緑の口金物を握る手が見える。

 

 ま、さ、か……。

 

 気配(・・)の正体を確認すべく今度は顔を動かす。

 そうして漸くジャージ姿で長髪の男の姿を視認できるようになった。

 気配の正体、つまりは東西南北 中央が鞘を持ち立っている。

 

 紫様がお認めになっているとはいえ、相手は写シも張っていない人間だぞ……それが何で? ボクの隣にいるんだ……?

 

 何故この男は自分の隣に立ち、薄緑を納めていた筈の鞘を持っているのか。

 何故この立ち合い者からここまで異様な圧が放たれているのか。

 何も分からないまま、御刀を握る少女は得体の知れない恐怖を肌で感じていた。

 

「んで、どうするー?まだ続けるかー?」

 

 気の抜けた声だが未だに得体の知れない恐怖が真希に纏わりつく。

 

「っく……ボクの、負けだ……」

 

 なっ、あの(・・)獅童さんが何もできずに負けを認めさせられた!? この方、一体何者?

 

 傍観者であった寿々花と夜見には一瞬の出来事だった。

 真希が迅移を発動し御刀を振り下ろす所までは動き(・・)があった。

 だがそこから先は真希が動かずにただ悪戯に時間を消費していただけだったのだ。

 そして、次の動き(・・)があったときには一方的に真希が敗北を宣言した。

 その一部始終は当事者以外では一人(・・)を除いてそう認識している。

 

 ほう、早いな。手加減しているとはいえコレが中央の実力(・・・・・)か……。

 

 立ち合いなどどうでもよく、冷静に自若に。唯、男の動きを一挙手一投足に至るまでを観察する。

 

 これがヤツ等(・・・)の、武芸者(・・・)と呼ばれる者の動き。

 

我等(・・)とは動きの質が違うな……」

 

 ボソリと呟くと、()はにんまりと笑みがこぼれた。

 

「んで、次はどうするよー」

 

「では(わたくし)とも一つ立ち会って下さるかしら」

 

 今度は寿々花自らが名乗り出ると歩みながら彼女は思案する。

 今の獅童さんとの立ち合いで(わたくし)が左右の側面を警戒し何かしら対応をとると思っているのでしょうが、恐らく東西南北さんは裏をかき(わたくし)が警戒していない後方がお留守になる、そう考えているのでしょう。

 しかも相手は御刀を抜かずこちらの鞘を奪いそれを攻撃手段として用いる。

 なら、鞘を奪われるという前提で動けばいいだけの事。

 

「準備できたかー?」

 

 鞘から御刀――九字兼定(くじかねさだ)――を抜刀、それと同時に左手で鞘の帯刀金具を弄る。

 これで迅移後、着地地点に到達した瞬間に鞘を身体から解放する事が可能となった。

 一瞬の躊躇いの隙を付き、更なる迅移で相手の懐に回り込む。

 仮に斬られても写シがある以上、肉体は一時的にエネルギー体に変換されているのだから斬撃による痛みを耐えればコチラが勝機を見出せれる。

 これが寿々花がとれる勝利の方程式であり彼女が思い描くビジョンでもある。

 切先を天井に向け八相の構えで写シを張る。

 

「ええ。いつでも」

 

 こちらは相手を侮っている。そう思わせる為、寿々花は不敵な笑みを浮かべる。

 再度紫が「始めろ」と合図を出すと寿々花は迅移で加速する。

 真希同様に距離を詰める寿々花。中央に接近したところで狙い通りに鞘が身体から離れる。

 左側に重心を乗せフェイントを仕掛けると透かさず右側へ迅移による移動を即座に実施。

 下段からの一閃が迸る。

 

「なっ……!?」

 

 一体何が?

 

 決して驕っていた訳ではない。

 だが、確かに感触はあった。御刀が触れた感触が。

 だが弾かれた。何に?

 先程の真希の様に鞘を奪う訳でも、彼が右手に持つ御刀を使う訳でもない。

 彼が使ったのは人差し指と中指。

 八幡力―御刀を媒介にして筋力強化をする術―を使わずにして中央は寿々花の初太刀をたったの二本の指で弾き、斬撃の軌道を逸らしたのだ。

 そんな芸当をできる者が存在するのか?

 刀使の頂点に君臨する折神 紫だって出来るとは思えない。

 

 こちらの攻撃を読んでいた……!?

 

 御刀から放った一閃は進行方向とは逆の方へと軌道を変える。

 弾かれた衝撃で寿々花は体制を崩し、足元がおぼつかなくなる。

 御刀による一閃を防がれてからやけに時間の感覚が長い。まるでスローモーションの様に周りの景色がゆっくりと見える。

 そんな事を考える余裕が出来た所為のか、寿々花の目には中央の顔が映る。

 

 随分と平然とした顔をするんですのね……。

 

 その表情は喜怒哀楽などなく、いつも通りと言わんばかりに顔色を変えず唯々、冷たい。

 

 ああ、次元が違い過ぎる……。

 

 差が埋まらない、如何ともしがたい現実を突きつけられ、驚愕よりも諦観に近い感情が寿々花を満たす。

 そして目の前に居たはずの中央が寿々花の視界から姿を消す。

 確かに寿々花の読みは正しかった。

 音もなく中央は寿々花の後ろに回り込み、彼に気付かない少女の頭に勢いよく左手で手刀を打ち込む。

 

「ハ゛ン゛ッ゛」

 

 刹那――彼女の頭部に強い衝撃が襲う。

 

「あ゛痛゛っ゛た゛ぁ゛ー」

 

 レギンス娘の手からガチャン、と九字兼定が床に落ちる。

 足を屈め膝小僧と顔が触れるか触れないかという距離で頭を両手で抱え込むと十本の指に力を入れ、痛みの元となる箇所を揉み解す。少しでも痛みが和らぐようにと入念に。

 今でも中央がいるで在ろうとする後方に上半身を捻る。

 彼女の目が涙目となり痛みに耐えるのと同時に加減を知らないバカ野郎に訴えかける。

 

 な゛ん゛で゛こ゛こ゛ま゛で゛強゛く゛叩゛い゛た゛ん゛で゛す゛の゛!?

 

 痛みに支配され声が出せず、金魚の様に口をパクパクさせる。

 痛みで淑女然としたお嬢様らしからぬ鼻汁が顔を出し講堂内の照明で光り、鼻孔から垂れそうになる。

 中々痛覚が和らぐ事がない頭部を擦り、更なるプレッシャーを愚者に与える。

 引かない痛みを与えた当の本人というと、別に死にやしないんだ、それくらい大丈夫だろ? と、言わんばかりに飄々としている。

 一方、蚊帳の外である二人の刀使はというと――

 

「…………」

 

 ――終始無言で佇んでいる。

 

 ……鬼ですね。

 

 立ち会った者と見物人に東西南北 中央という人物は恐怖と痛みをまだ十代半ばの少女達に植え付けた。

 

「どうやら終わった様だな」

 

「……その様ですね」

 

「よし、中央の実力も測れたこ――」

 

 紫の言葉は聞き漏らさない様にすべきなのだが、この日の寿々花は痛み以上に勝るモノがなかった為、今日という日に初めて敬うべき人の言葉を取りこぼしてしまうこととなった。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 すっかり日も暮れた頃、立ち合い後に中央は紫の執務室に呼ばれていた。

 残りの書類を片付けておけとの命令が彼に下されたからだ。

 

 室内に誰もいない事が前もって分かっているが失礼しまーす、と一応声を掛ける。

 

 

「…………えっ? 何、今からこの量の書類整理するの?」

 

 執務室中央にある机に積まれた書類の山という山を見つめ、中央はひっそりと呟く。

 

「こ、これが、日本が世界に誇るブラック企業というヤツか……」

 

 東西南北 中央、来日して初めての労働を開始――

 

 

次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録

第4話 折れた花

 




キャラ公開情報

男主人公
氏名……東西南北 中央
年齢……??
御刀……長巻(銘……??)
一人称……俺
備考……食欲、性欲には抗えれない。Mの可能性。

フラグポイント増減値 累計
折神 朱音√    ±0  1
此花 寿々花√  +1  1
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