刀使ノ武芸者ー修羅流転録   作:重曹とクェン酸

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6話投稿に伴い、下記の内容を追加修正します。

・章の追加。
・1話及び2話の末尾次回予告を追加。
・タグの項目に特殊タグを追加。

文章が長くなっているので色々と読みにくかったらすみません。

では6話 お楽しみ下さい。


6.帰着

「――以上の事があり、『S装備』(ストームアーマー)の装着テストは中断されました。では何か質問はありますか? 無さそうなら引き継ぎは以上で終わります。では後の事、宜しくお願いしますね」

 

「はい。任せください」

 

 長船女学園から派遣されている刀使達による研究施設の警護ミーティング。

 今まで警護任務にあたっていた先輩刀使は引き継ぎの後輩刀使達に報連相を行う。

 『S装備』に係わる事、周辺設備の異変、業者の出入り、巡回ルートの再確認、etc……。

 前日までの申し送り内容を伝え引き継ぎが終わると、それぞれの荷物を置くため、各々の持ち場に就く前に一度施設内に入る。

 閑散とした屋外で着けていたある筈のない仮面(・・)を外し、刀使から一人の少女に戻る。これで漸く本土に帰れる、と。

 周囲に人がいない事が分かると、優等生の分厚い皮は剥がれ、本性を曝け出す。

 

「ああ~! しっかし、舞草(もくさ)にならなくて良かったー! ホントッ!」

 

「ちょっと、声デカいわよ栄子(エーコ)先輩。所属してないとはいえ極秘事項にあたる事なんだから」

 

 右腕を欠伸交じりの屈伸をさせると抑える事が出来ない声をあげる。

 栄子(エーコ)と呼ばれる年上刀使の横で年下刀使の少女は注意を促す。

 

「大丈夫、大丈夫。今周りに自衛隊の人らいないし」

 

「いや、そういう問題じゃ……いや、もういいや」

 

 頭を抱える二つ下の後輩。

 相棒(バディ)として組んだあの日、担任から模範的でとても優秀(・・・・・・・・・)だと聞いていた。

 だから私も身近な目標として、この先輩を目指そう。そう心に決めた…………ハズだった。

 生来の性格なのか、はたまた幼少期若しくは刀使として人生を歩み始めた時からなのかは不明だがともかく、蓋を開けてみればこれ(・・)なのだ。

 彼女の処世術なのかは知らないが成績に、将来に係わる事がない事象についてはまるで興味がない。

 今みたいに周りに人がいないと分かると平気で口が滑るし、だらしなくなる。

 刀使としての力量も平均以上のチカラを持ち合わせているのに志が低い。

 写シを張れる回数も平均以上で、八幡力に金剛身だって三段階まで上げれる。

 何より、索敵能力が十分過ぎる程に備わっている。

 『明眼(みょうがん)』――視覚を変質させ肉眼での望遠や暗視、熱探知を可能とする術――や、『透覚(とうかく)』――聴覚を変質させ集音やノイズカットを施す術―の技術も習得している。

 一つ上の金城 菫にも引けを取らないだろう。身贔屓に聞こえるかもしれないが下手したら親衛隊に抜擢されてもおかしくないのでは? と、少女はそう思いを巡らす。

 

「意識高い系でも別に良いけどさ、アンタも程々にしなよ~。こんな危ない仕事続けてる方がどうかしてるんだから」

 

 苦笑交じりに栄子(えいこ)は言う。まるで自分が一般人代表だと言わんばかりに。

 今でこそ荒魂討伐や特別任務による死傷者は指折り数える程に激減している。

 だがゼロではないし、家庭の事情や本人の意向による一般の学校に転入する者も少なくない。

 かつての『相模湾岸大災厄』の時の様に刀使の殉職者は劇的に減った。

 寧ろその時が異常なのだ。

 

 その時代に生まれてなくて良かった~。

 

 安堵のため息が吐き出る。

 大荒魂が封じ込まれて以来、荒魂の活動も18年前より比べられない程、人と物への大きな被害は激減している。刀使も隊を組んでの行動が絶対の原則となっている。

だが、刀使の在り方については昨今ニュースで取り上げられてはおり、蚊帳の外である部外者達が当事者達を差し置いて議論している。未成年を危険に晒していいのか、と。

 賛否両論あるだろうが先人達の今までの努力の甲斐があったからこそ今の刀使という地位が在り、だからこそ感謝している。そのお陰で卒業すれば程度の差はあれど安定した生活を送れるというもの。まさに折神 紫様、様様である。

 

 メディアは大いに議論してて下さいっ!と。

 

 制服のポケットから取り出したスマホのアプリを立ち上げる。

 情報漏洩を未然に防ぐ為、開発された刀使専用のアプリ『TOJI』。

 チャットや音声通話、ビデオ通話、それにグループでやり取りするトーク機能と一般に普及しているアプリと代わり映えのない機能が備わっている。

 

 開発したのはオッサンか? このネーミングセンスの無さが、もうね。

 

 このアプリ開発にも折神家当主折神紫が関わっている事を彼女は知らない。

 ミーティングが終わったことを今日まで担当していた刀使達にメッセージを送る。

 すると間髪入れずに返信のメッセージが届く。

 

 速いなー。秒で返信来たよ。

 

 皆、早く帰りたがっているのだ。

 先に集合場所に向かってて。と、簡潔にメッセージを送る数秒の後、了解の文字と意味が込められた画像を受け取る。

 まだ就任の準備がある以上、彼女達の準備が終わるまで巡回しなければならないのが隊のリーダーの辛いところ。

 

「アンタも先に集合場所に行ってもいいんだよ?」

 

「そういう訳にもいかないでしょ。そう言って何かあったらどうすんの」

 

「全く、心配性だな~」

 

 何だかんだこう言って着いて来るこの後輩と一緒にいるのが心地良い。自制していても笑みがこぼれる。

 

 まぁ、口には出せんけど。

 

「それより、話を戻すけど。組織の事、大きな声で言わないで下さい。どこで誰が聞いているか

分からないんだから」

 

「はいよ~……ん?」

 

 敬ってるんだか敬っていないんだか分からない口調の後輩に軽口をたたく。

 アンタも舞草の一員じゃないのに。と思っていると、スマホから警告音が継続して鳴る。

 通常画面から『スペクトラムファインダー』のアプリが起動する。

 

「荒魂……? なっ、施設の外から!? なんで!?」

 

 後輩が声を荒げる。後輩の中でも優秀な部類だが如何せん中等部であるがゆえ

荒魂討伐の任務を熟す機会も討伐数も自分と比べると少ない。

 

「ほら、落ち着いて、落ち着いて。今焦ってどうするよ」

 

「っつ……!」

 

 今の一言で落ち着きを取り戻した少女は深呼吸を行い、お礼を言う。

 この年齢でここまで瞬時に切り替えれるのは長所を通り越して最早才能である。

 

「スペクトラムファインダーの反応見てみ。小さいでしょ」

 

 これがなきゃねー、と自分のスマホを彼女の目の前に突き付ける。

 映し出される荒魂の反応は確かに小さい。恐らく小型に属するものだろう。

 後輩は思考するよりも速く決断する。

 

 これなら私一人でも討伐は可能。なら、

 

栄子(エーコ)先輩は待ってて。私が祓ってきます」

 

 後輩の提案に躊躇う。

 彼女の荒魂討伐の経験は少ない。しかも小型とはいえ単独での討伐となる。自分と同じ特別任務に就いているのだから刀使としても優秀な部類であり、彼女を信頼していない訳ではない。

 自分よりも幼い刀使の目を見る。

 確りとした眼差しで先輩(こちら)を見据える。身体の震えも無い。

 仕方ない、と根負けした栄子は自分の後頭部を擦り。

 

「分かった。小型だからって油断して怪我しないでよねー」

 

「分かってますよ」

 

 帯刀された御刀を支え、刀使は颯爽と地面を駆ける。その身はとても軽やかで、若々しい。

 まだ未成年だというのに自分も歳を重ねたんだと感慨にふける。まだ十七歳だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小型の荒魂であの子の実力ならニ、三分。長くても五、六分で済むハズと、そう踏んでいた。

 しかし、後輩が荒魂の許へ向かってから十五分が経過し出した。 

 やけに遅い。沖縄の日差しから来るものではなく、不安が汗となって背筋に滲む。今だけは風が気持ち悪い。

 『スペクトラムファインダー』を見やってもまだ反応が消えない。

 それに後輩からの連絡がない所為か、続く鼓動の高鳴りも止まない。

 先程からバクッ!バクッ! と、スピーカーから吐き出される音楽のように耳から離れないでいる。

 不安が拭いきれず、要らぬ事に思考を巡らす。

 

 自衛隊に連絡を‥‥‥いや、荒魂を祓えるのは刀使である自分だけだ。荒魂の気配が消えていない以上、それは悪手だ。被害が増える。

 

 なら、今日から担当する後輩達に連絡を……これもダメ。『スペクトラムファインダー』に表示が無いだけで荒魂が一体とは限らない。何より刀使の一部隊で本当にどうにかなる状況なのか?

 

 研究室の荒魂が逃げた……だったら警報がなるし、米軍も動くハズ。ここにいてもサイレンの一つ鳴らないならそうじゃない。

 

 ふぅ、ふぅ……。と、息を整え一人の刀使は決断する。

 先ずは状況確認。その為、現場に向かう。

 『スペクトラムファインダー』ないしスマホが一時的に故障して情報が更新されてない可能性だってある。

 行動指針を決めると反応許へと向かう。しかし、急がず、慌てず。

 急かせば些細なミスを犯す。非常時なのだから焦るなと口酸っぱくして何度も自分に言い聞かす。

 

 反応は?

 

 再度スマホを確認する。『スペクトラムファインダー』の前に栄子の目には数字が映り込む。

 正常に丁度数字が切り替わる所だった。

 

 …………え?

 

 不意に向かい風が身体を突き抜け、髪がフワリと無造作に踊り、制服が数瞬風船の様に膨らむ。

 早く状況確認をしなければならないのに栄子は案山子のようにピタリ、と全身が硬直する。

 完全に忘れていた。

 一体どれ程の時間が経っていたのだろうか。スマホに映し出されるのは既にここを巡回しなければならない時刻なのだ。

 巡回ルートと巡回時間を変更するなら余程の事がない限り事前に連絡は受ける。そういう規則なのだが、変更するなどと研究施設の職員は一言も言っていなかった。

 素早く後方を確認する。誰もいない。物陰に隠れている素振りもない。

 なら耳を澄ます。話し声などはない。あるのは施設の外から聞こえる喧騒だけ。

 だったら同じ刀使、駄目なら研究施設のどこでもいい。連絡を。

 スマホに表示されるアンテナ四本は左から順に右へ大きくなってはいる。しかし、繋がるハズの回線は繋がらない。

 

 身体がざわつく。心臓の鼓動も落ち着くどころか血流の押し出しが更に早くなる。

流れ出る汗を乾いたアスファルトが啜る。身体の至る所で震えが止まらない。後輩の顔が記憶のフィルターから溢れ出て来る。

 敬語で接してくれたのは出会って相棒(バディ)を組んでからの二ヶ月程で、後は殆どため口。

 八幡力も金剛身も二段階までで、写シに至っては一回が限度。

 更には、直ぐ取り乱すクセと直ぐに冷静さを取り戻せる思考の切り替えが出来るのに何故かバカの様に突撃思考の持ち主。

 

 可愛い私の妹分……アレ?ちゃんと名前、言ってない……?

 

 頭を何度も振る。それこそ眩暈がする程に。

 それは(・・・)今は不要な事で、

 

 違う! 違う!! 今はそんな事を考えている場合じゃない! 走れよっ!!

 

 年長の刀使は両足に力を入れる。

 迅移による移動や八幡力による身体強化でもっと早く奔れるハズなのだが思考は一人の刀使の安否にのみ向けられる。

 思考の放棄中であり、今同業者と鉢合わせしても取り繕うことなど出来ない。

 

急げ! 急げっ!! 急げっ!!!

 

 不安を掻き消すように、ただ奔る。

 前園(まえぞの) 栄子(えいこ)は兎に角奔る事に没頭する。

 距離はそう遠くない。何より高等部二年生の中でも単純な奔りでは速い方だ。

 荒魂の反応地点に難なく辿り着くと曲がり角に身を寄せ、その先を伺う。

 荒魂は愚か、人の、後輩の気配すらない。

 呼吸を整える事も忘れ、御刀に手を伸ばし、音を掻き消してゆっくりと鞘から抜き取る。

 写シを張り、周囲を見回すが誰も居ない。

 幾度目かの『スペクトラムファインダー』を見るが、やはり荒魂の反応は付いたままでしかも自分の位置とほぼ重なる。

 荒魂討伐の任務は何度も請け負った。

 だがそれは、複数人の刀使による部隊での(・・・・)討伐であり、栄子自身単独での作戦行動は今の一度たりとも請け負った事など無く、請け負う事自体許可が下りないのだ。ただ一部の例外を除いて(・・・・・・・・・)

 

 栄子にとって初の単独行動。非常事態の中で何が正しいのかなど判断がつかず、呼吸音が口から漏れる。

 

 前園 栄子は富裕層でも貧困層でもない間の中間層の家庭で育った。

 十代前半まで特にやりたい事もなく偶々刀使としての資格を持ち合わせた為、ならばと、その道へと進む事にしたのだ。

 後輩の様に目を煌めかせ、希望に胸を膨らませて刀使になった訳でも無く、剣術の才があるから刀使になった訳でもない。

 ただ、漠然と将来を考えて刀使になった口だ。

 学生の内から働けて、給料も出る。卒業後も元刀使というだけでつぶしが利くのだ。

 模範的な行動をしていれば活躍しなくてもそれなりにコネは入る。

 現に高等部二年になってから好条件の就職先が彼女の許に舞い込んできた。

 進学先だって見つかった。

 初等部も在るには在るが通常中高、六年間を耐えればいい。ただひたすらに。

 荒魂を祓うのだって部隊の刀使達と上手く連携をとりさえすれば、昔の様に大多数の荒魂が出現することもないのだから規律を守れば命を落とす事などない。

 

 そして刀使として従事してきたこの五年程でこの結論に至った。

 刀使というのはクソで、もっというなら公務員そのものがクソだということ。

 

 安定している? いやいや、結構給料安いから。コッチは命懸けなのに。

 

 福利厚生が充実している? いやいや、休みなんて早々取れやしないから。平日は勉強しながら命懸けで荒魂を祓って、休みがあるとはいえ土日祝日祭日全て荒魂が出現すれば出動ってそれ休みじゃないから。

 

 食堂のご飯もそんなに美味しくないし、取りたい資格の勉強時間もない。

 

 これじゃあ、奴隷じゃん。

 

 だから、あの子にも早々に刀使以外の道を探してほしい。

 

 だから――

 

 ヒュン――ヒュン――

 

「――えっ?」

 

 最初に左側からソレ(・・)は聞こえた。

 不思議なもので、イヤな寒気がする時というのは周りの音が耳に入らなくなる。

 だが次にはボトッ、とも、ベチャッ、とも聞こえた気もするが、兎も角、アスファルトに舗装された通路の上にナニカ(・・・)が音を立てたのは確実で。

 

「へ……? なに……?」

 

 音がした方へ視線を向ける。

 土瀝青(どれきせい)一面に広がる赤い液体の絨毯が鮮明に映る。

 その上に有るのはボールの様に丸いナニカ(・・・)で、注視すると球体に見えるソレ(・・)からは毛髪が生えている。

 その少し手前で真紅に染まるスマートフォンは元の色の面影はなく。

 

 

 スマホ……? 何で? そんなハズないでしょ? だって今握ってたばかりなんだよ?

 

 

 地面にポツンと置かれたスマホには栄子の見慣れた物が付いていた。誰よりも知っているデザインのスマホカバーとストラップ。

それと、毎日見慣れている『モノ』。

 

「……手?」

 

 だからそんなハズはないって。

 

 誰もそこにいないのに少女は言い聞かす。誰に? 自分に? それとも連絡の取れない後輩(あのこ)に?

 左側の前が瞳に映し出される。

 そこには絶対にあるハズのモノがなくて、ただ、赤い液体が白い制服の袖を染めていた。

 ツゥーっと、生暖かいような温いような感覚が肌に伝わる。

 壊れた蛇口から勢いよく排出される制御不能な水の如く、赤い流水は垂れ出す。

 

 ああ、今朝飲んだトマトジュースに似ているな……。

 

 それよりももっと綺麗で、目移りするぐらい鮮やかで、ビチャビチャと絶えず音を立てている。

 飽きもせず、噴水の様に吹き出し口から勢いよく今も噴出される。

 

 

 

 

 流れ出る液体と、断面図が、とても綺麗で――

 

 

 

 ――――きれ、い……?

 

 

 

 

――」

 

 ぼやけた視界から輪郭を取り戻す。

 ハッキリとした死の瞬間(それ)は彼女の都合などお構いなしに生者を引きずり堕としにそのモノは迎えに来る。

 

「――あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!!

 

 漸く、少女は現実を痛みと共に正しく認識した。

 

わた、しの!手が゛ぁ゛っ゛!!

 

 『迫りくる死』……いや、『迎え入れる死』を。

 

な゛ん゛っで゛……!? ど゛う゛し゛て゛……!?

 

 聞き慣れない不快な音と耐え難い激痛が少女に生の終わりを自覚させる。

 心臓の高鳴りは益々高まる。

 

痛い! 痛いっ!! 痛いっっ!!! 痛いっっ!!!!

 

 剣術の授業の時に肌で受けた剣撃よりも、教師から痛さはこれ位と抽象的な言葉で聞いてた。

 だが聞いていた以上に、これは想像を絶するモノで、この苦痛をどう形容したらよいのか言葉が見つからない。いや、見つける暇などはない。

 

ヤバいっ! ヤバいっ!! ヤバいっっ!!!

 

 何故こうなったのか。どうしてこうなったのか。現実に起きていてもそんな事があり得るのか。

 写シで受けたダメージは軽減され残るが肉体への影響はエネルギー体が引き受けてくれる。

 だから実体への損傷は無く、写シを解除した身体は無傷に見える。

 しかし、栄子の場合、今はその限りではない。

 写シが解除された彼女の手と腕は壊れた人形の一部分のように接合出来ず離れたまま。

 これでは写シの意味がない。

 

 血ぃ止まんないっ!!

 

 最早後輩の安否など気に掛けている余裕などもう欠片も持ち合わせていない。

 

 どぉ、して? 来年受験だよ? 卒業だよ? こんな割の合わないコト、もう直ぐ終わるんだよ? あとちょっとなんだよ? 行きたい大学も決めてたんだよ?

 

ね゛ぇ゛、な゛ん゛で゛

 

 驚きはない。そのことについて追及することはないし、薄れゆく意識の中ではその気も起きない。

 あるのは今何故、自分と同じ長船女学園の制服を着る『刀使(かのじょ)』が目の前に居て自分を襲ったのか、その理由が知りたい。

 彼女の問いは空しく宙を舞う。

 だがその問いに対し、『刀使(かのじょ)』は無言の答えを返してくれる。言葉と声の代わりを務める無常な一閃の斬撃。

 

 ヒュン――ヒュン――ヒュン――

 

あ゛が゛っ゛、あ゛! や゛、べ゛……!

 

 一閃、二閃、三閃――と金属製の刃の鞭(・・・・・・・)が空を裂き、丸裸同然の肉体から切先は紅く染め上げて踊る。

 それはまるで演舞の様に綺麗な弧線を描き、血飛沫の壁画が出来上がる。

 

 

ああ、あの子の名前。ちゃんと読んであげればよか――

 

 そこで意識は途切れる。

 数分も掛らず、刀使だった少女は物言わぬ骸へと姿形を変えた。

 目尻には涙が零れ、鼻孔と口腔からは鼻水と涎と血液が入り混じっている。

 絶命したことを確認すると、死神は静かに口を開く。

 

「フム……(ザコ)い。聞いてたよりも(ザコ)いし、何より使えないわね、コイツ。折角、加減してたのに」

 

 語ることも動くことも無い死体(ソレ)に使用した凶器を暴言と共に放り、吐き捨てると、急襲者は殺人演舞中も掴んで離さずにいた小型の荒魂を握り潰す。

 当然、握り潰しただけではサイズに係わらず荒魂をを祓う事など出来ない。

 腰に帯刀していた御刀を抜くと、流れる様に上段から振り下ろす。

 途切れ途切れで弱々しくうねり声を上げる荒魂は一瞬で一閃を浴び、祓われる。

 

 御刀を鞘に戻すと、少女はまだ汚れていない制服の一部で金属の刃に付着した血糊と脂肪を拭う。

 だがソレだけでは拭いきれない為、仕方なく、着ていた制服を脱ぐと返り血に染まっていない長船女学園の制服で拭き取る。

 屋外だというのに躊躇なく下着と柔肌を晒しながら得物に拭き残しが無いか目を通す。

 恥も外聞もない、急襲者(しょうじょ)にあるのは強者との邂逅その一点のみ。

 

「あ~ああ、帰ったら手入れしなきゃ。しっかし、刀使といっても所詮、ただの一般人(・・・)かー。やっぱ、『舞草』の人間じゃなきゃダメかな?」

 

 脱いだ制服を適当に畳む様に包む。

 

「もう要らないし、長船()の制服どこで捨てよう?」

 

 目的を果たした以上ここに長居するのは無用。

 スマホを取り出すと研究施設の彼ら(・・)へ電話を掛ける。

 用件を済ませた事とそちらでノロを回収するように、と伝え、一方的に電話を切り、端に置いておいたカバンから無地のTシャツに着替えると代わりに血と脂肪が付着した制服を入れる。

 

「あ、そうそう。忘れる所だった」

 

 死人に主を失った二振りの御刀を突き刺す。これでヨシ! と、先程の不満が噓かの様に殺人鬼は破顔する。

 事を終えるともう一つの用事を済ませるべく少女は研究施設へと戻って行く。

 その足取りは軽やかで、自然と指は御刀の柄巻を人差し指と中指でトントン、トントン、と一定のリズムを刻み続ける。

 レッドカーペットには全身を切り刻まれた死人の上に頭部が丸ごと無くなった死人が墓標代わりの二振りの御刀と共に取り残されるだけとなった。

 

 

 彼女達が研究施設内で焼死遺体として(・・・・・・・・・・・・・)発見されたのは小百合達が長船女学園で報告を済ましてから数時間後のことだった。

 

 

 その後、二名の葬儀は家族間だけで執り行われ、亡き娘の親族達からは刀剣管理局にこう訴えた。

 

 長船女学園の関係者と、真庭 紗南は絶対に来るな――

 

 残された遺族からの悲痛な言葉(さけび)は責任者である真庭 紗南の心を抉る。

 

 長船女学園に報告された死亡報告書の内容には次のように記載される。

 

 

 長船女学園高等部二年 前園 栄子(まえぞの えいこ)

 

 長船女学園中等部二年 蔵島 伝恵(くらしま つたえ)

 

 以上二名は特別警護任務終了後、研究施設の『S装備』爆発の事故(・・・・・・・・)に巻き込まれ死亡。

 爆発事故を起こした『S装備』は原因究明の為、米軍(・・)の預かり調査とする。

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

岐阜県関市内――

 

「……あっ」

 

 通行中の女性が何かを思い出し、立ち止まる。

 ピタッ、と一時停止したが、幸いにも彼女の後方には誰もいない為、接触事故が起きずに済んだ。

 

「岡山と沖縄の名物、買い忘れた……」

 

 持っていたアタッシュケースをアスファルトで舗装された地面に一度置く。

 続けて伸ばしたキャリーバーを収納すると、引き摺って来たキャリーケースのTSAロックを解除し、ファスナーを開く。

 衣類や書類が入っているのは確認出来た。だが、お土産用の包装紙に包まれた物の類は見当たらない。完全に失念していたのだ。

 如何するべきか思案していると突如としてと叫びにも似た唸り声が風に乗って聞こえて来る。声から犬の類ではないだろう。

 続けざまにスマホのアプリが立ち上がる。

 

「今のは荒魂? スペクトラムファインダーは……反応有り!」

 

 美濃関学院に要請を出していては遅い。なら迷う必要はない。

 一番距離が近いのは自分だ。伍箇伝に所属していなくても行くべきだ。事が終わってから連絡を入れればいいだけのこと。

 

 そう判断を下した。

 もう意思決定を覆すことはない。スペクトラムファインダーに目を通し、再度場所の確認を行う。

 息を吐き出し、両手でキャリーケースのトップハンドルとアタッシュケースを握る。

 反応地点へ一気に駆け出す。

 小百合の加速で暴風とまではいかないが突風が彼女の通った道に吹きおこる。

 

 

 

 

 

 同市内にある公園にてソレ(・・)は悪意を振りまいていた。

 角の生えた鹿型の荒魂――通称、角鹿型荒魂が蛮行を働く。

 中型のサイズに分類される角鹿型は日陰棚や噴水といった公園施設を全壊させると、目の前で倒れ込む少女に目を付ける。

 

「ひっ……!」

 

 突然の事で気が動転し平静を失う。

 荒魂の鋭い目と少女の涙目の視線が重なり合うと、何も出来ない無力な少女は恐怖と共に硬直する。

 逃げたいハズなのに身体が全身に鉛を纏ったかの様に重く動かない。

 動きたい、逃げ出したい、だけども身体が言う事を聞かない。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ――

 脳から伝達される指令に反して身体が拒絶し、次には家族の顔が情景として思い浮かぶ。

 

 

 お父さん、お母さん、美結(みゆ)詩織(しおり)――

 

 笑っている。まさに家庭円満を絵に描いたような一家団欒。

 仕事で忙しいハズの父と母、それに二人の妹達と自分がにこやかに笑い合っている。

 もう一度家族に会いたい。今望むのは細やかなことで、大それたことなど望んでいない。

 けれど、その願いは届きそうもなく、少女の何倍もある巨体は四肢に力を籠め、直進する。

 

 もうダメだ――そう思った瞬間、瞬きをする間もなくブルーブラックのロングヘアーが風圧でくしゃくしゃに乱れ、ふわり、と身体の感覚が無重力状態に陥る。

 

 え……なに……?

 

 吹き飛ばされた? しかし身体に痛みはこれっぽちもない。代わりフローラルな香りが鼻孔につき、脇と太股に優しい感触が伝わる。

 視界には凛しい顔つきの女性が映る。

 少女を横抱き、つまりはお姫様だっこをする女性は静かに広場のゴム舗装された地面に着地する。

 

「……大丈夫? 怪我はない?」

 

「は、はい……」

 

 綺麗……。

 

 先程までの恐怖が嘘だったかのように少女は女性に見とれていた。

 

「そう、なら良かった。此処で少し、待っていてね」

 

 女性は少女にそう伝えると、腰に帯刀していた御刀を抜刀する。

 その直後、自分自身を刀使として認めない女性は右足を引くと、荒魂から体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げる。

 五行の型にある脇構えの構え方。

 剣道であれば長さの規格が決められた竹刀同士の試合となる為、この型を選択することはほぼないだろう。だが、対峙するのが荒魂や御刀、さらに言えば命のやり取りをする相手で在ればこの型を取る意味は生まれて来る。

 何より、刀使として御刀を振るう彼女にとってはこの構えこそが最適解となる為、彼女自身がこの型を積極的に取り入れている。本来の得物(・・・・・)ではないにもかかわらず。

 

 攻撃対象を見失った角鹿型は身体を反転させ、対象物を視認する。

 発見するや否や目標物に向かって再度襲撃を仕掛ける。

 先程に比べ、突進速度は速い。避ければ後ろの少女が犠牲に成り、振り向けば隙が生じ自身には致命傷を負うだろう。結果、どちらも幼い少女は助からない。

 だがら、漆黒の女性がとった行動はただ一つ、待つ。

 ただひたすらに。相手が来るのを。

 それが刀使としての彼女の矜持であり、御刀で戦う事の意思表示。

 

 荒魂が彼女の間合いに入り―― 一閃が放たれ、穢れが祓われる。

 加速を生じた胴は左右均等に分かれ、落下の衝撃音と地面を抉る音が辺り一面に響き渡る。

 防御と交叉法(カウンター)。それが彼女――百合園 小百合が刀使としての御刀を振るう覚悟であり、刀使になった事への後悔(・・)である。

 

 

「スゴイ……」

 

 少女は女性の剣技に心奪われる。

 彼女の容姿だけでなく、無駄のない動きや残心に至るまでの所作に。

 

「……美濃関学院ですか? 百合園です。長船女学園の特別任務からの帰還中、

荒魂と遭遇、これを祓いましたので至急ノロの回収をお願いします」

 

 スマホの受話口から美濃関学院の職員と思しき声が拡散される。

 

「いえ、建造物の被害のみで近隣の住民の被害は今の所確認されません。はい、宜しくお願い致します」

 

 通話を終えると少女は女性に歩み寄る。

 

「あ、あの……」

 

「何かしら」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 深々とお辞儀と感謝の言葉を伝える。これが少女ができる最大限で精一杯のお礼。

 

「良いのよ。それより、本当に怪我はない? 貴女、この辺りの子?」

 

 少女と同じ目線になるよう膝を下ろすと小百合は無表情を崩し、微笑む。

 この幼い少女が不安にならないように彼女なりの気遣いを見せる。

 

「もし後から何かしらの怪我を負っていた事が分かったのなら、この名刺を美濃関学院に持って来なさい」

 

「治療費が無料になるから」と、一言付け加えて小百合は少女に名刺を差し出す。

 名刺を受け取ると書かれた百合園 小百合の文字を心の中で読む。

 

 ゆりぞの、さゆりさん……。

 

 読み方は合っているのだろうか。ふとした疑問が少女に降りかかる。

 確認はしておいた方がいいだろう、今度会ったとき失礼がないように。

 少女はほんの小さな勇気を振り絞り訊ねる。女性の名前の読み方が合っているかを確認する為。

 

「あ、あの……! お名前は?」

 

「小百合……百合園 小百合よ」

 

 

 

 かくして、少女達と成年達は出会う。

 

 少女達は憧憬と希望を胸に抱き。

 

 成年達は消えない過去と癒えないを苦しみ抱え続ける。

 

 これも運命だと、言葉で済ませるというのであれば、それは残酷で。

 

 彼らに望まない道を歩ませる。

 

 運命は軽薄で、与えたものをすぐに返すよう求めるから。

 

 

 だからこそ、彼らは進む――

 

 それが自死しかない道だとしても。

 

 

 然れど、彼らは振り向かない――

 

 それが幾千幾万の屍を積み上げ続けても。

 

 今、彼の地にて集う。

 

 道を違えても、

 

 道を踏み外しても、

 

 武芸者達は今、修羅の道を歩み、征く。

 

 

 風雲再起・編――今、戦いの火蓋が切られる。

 

 

 

 

次回、刀使ノ武芸者―修羅流転録

第7話 初任務

 




・スペクトラムファインダー
アニメでは荒魂の反応だけですが、修羅流転録ではデジタル化してるからいけるだろうと大・中・小の反応を表示する仕様(改変)となっております。

キャラ公開情報
女主人公
氏名……百合園 小百合
年齢……??
御刀……七支刀(形状に変化あり)
一人称……私
備考……元美濃関学院のOG
所属先……『特剣』?
サイズはAである為、少なからずコンプレックスを抱く。

氏名不明の少女√フラグポイント +1

フラグポイント 増減値 累計
古波蔵 エレン√   0   -1
氏名不明の少女√ +1   1


氏名……前園(まえぞの) 栄子(えいこ)
年齢……行年17歳
備考……長船女学園高等部二年

氏名……蔵島(くらしま) 伝恵(つたえ)
年齢……行年14歳
備考……長船女学園中等部二年


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