KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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裁判官ダニエル

 

 

 

 

 

 

ボイシはどうにかロイヤル海軍原子力潜水艦の狩場から逃げ出すことに成功したが、そのあとプラタ国内の海軍拠点に戻る事は拒絶された。

 目の前で家族を沈められた彼女はすでに恐慌状態で、その様子は無線機でもはっきりと分かったはずではあるものの、プラタ海軍司令部が出した指令は「海域に戻ってロイヤル原潜を発見・撃破せよ」という無茶苦茶なものだ。

 現在、ボイシの艤装に搭載されている対潜装備といえば爆雷ぐらいなもので、彼女の現役時代より格段に進化したロイヤル原潜のレーダー/ソナーに掛かれば投擲前に魚雷を喰らうのがオチだろう。

 

 

 いくばくかして、落ち着きを取り戻したボイシは自分自身に対するプラタ海軍の思惑を想像するという試みに打って出た。

 何故プラタが勝ち目のないこの戦争のために彼女達の派遣を要請したか。

 自らの価値を否定したくはないが、しかし冷静に考えればプラタ国王が彼女達に何らの軍事的な期待をしていない事は明らかだった。

 彼女はプラタ到着早々に、国王から冷たい態度を向けられていた。

 

 

『フェニックス及びボイシ、2名は只今より国王陛下の指揮下に入ります。』

 

『うん、ご苦労様。以降は大臣の指示に従うように。』

 

 

 しまった。

 もう少しよく考えておけば良かったのに!

 あの国王の態度から言えることは、彼が決して2人の到着を待ってはいなかったこと、そして、2人に期待するどころかうざったく思っていたことが伺えたはずだ。

 

 ボイシは決して愚か者ではない。

 だからユニオンと国王の間で何があったのかも想像できる。

 国王にとってユニオンの干渉は、彼の王冠に対する侮辱だった。

 最近の国王の自滅的な攻撃は、それまでの鬱憤の裏返しであったのかもしれない。

 中央情報局…つまりはライリーはそんな国王を切り捨てたのだろうが、きっと安全保障省はまだ国王に固執していたのだろう。

 "国王にとって、私達はお目付役だったんだ!"

 

 

 国王はボイシとフェニックスを国内の戦意を高揚させるために利用するだけ利用して、後は最初から沈めてしまうつもりだったに違いない。

 だから最初からユニオン側の艤装更新の申し出を断ったのだ。

 アレは予算不足だけが理由なんかじゃなかった。

 

 もちろんボイシが思い当たるのだから、大統領はその可能性を考慮したはずである。

 大統領…つまりは、あの太平洋の戦いで彼女達を率いた総指揮官は彼女達の事を見捨てたのだろうか?

 勿論、大統領としての役職が彼の判断の基準になったのはあるだろう。

 しかしながらその弁護は、彼女の疑念を払拭するに十分な役割を果たし得ない。

 せめて大統領から何か警告があれば…或いはエンタープライズから…でもその何もなかったからこそ、ボイシとフェニックスはただ国王の赴くままに従った。

 

 

 ボイシはもう、誰を信じて良いのかも分からない。

 プラタ海軍は勿論の事、ユニオンすら彼女の生存に手を貸すとは思えないのだから。

 彼女は既に"切り捨てられた"。

 大統領が苦痛を感じたのか、或いはまったくもってその手の感情を持たなかったのかは知らないが、とにかく彼女は見捨てられたのだ。

 そうでなければそもそもこの国に派遣していない。

 

 いっそのこと、ロイヤル海軍に投降しようか?

 それもリスクが高すぎる。

 あの原子力潜水艦はロイヤル海軍機動空母艦隊のための露払いに来たに違いなかった。

 原潜も機動艦隊の構成艦も、ボイシの最大射距離の遥か向こうから彼女を攻撃できる事だろう。

 それこそ、彼女の姿を視認する遥か前から。

 だから彼女がロイヤルに投降の意を伝えるには目視以外の方法を取らねばならないが、投降の意思を無線でロイヤル海軍に向けたところで信じてくれるかはかなり怪しいものがある。

 

 …無線………そうだ、その手があった。

 ボイシはあることに思い当たって、必死に防水ポケットの中にある紙切れを探し始める。

 それはこの国に派遣される前、大統領やエンタープライズでさえくれなかった警告をくれた人物への、唯一の連絡手段だ。

 彼女にとっては、現時点で唯一信頼できる人物とのホットラインである。

 

 目当ての紙切れはすぐに見つかった。

 ユニオンから持ってきた衛生電話機を取り出すと彼女は急いでそれに番号を叩き込み、インビエルノの独裁者に向けて電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻

 

 ユニオン

 中央情報局本部

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミスター・ライリー、"オクロジャック"から連絡がありました。セルバンデスの秘密回線に発信があったそうです。」

 

「発信元の特定は?」

 

「"オクロジャック"は発信元の特定まではできない、と。しかし代わりに傍受には成功したようです。会話の内容はリアルタイムで録音中、内容をお聞きになられますか?」

 

「ああ、是非頼むよマーガレット」

 

 

 ジャック・ライリーは執務室で、秘書のマーガレットからヘッドホンを受け取った。

 発信元を特定できないというのはけしからん話だが、きっと技術的な問題というより正体が露見することを恐れたのだろう。

 それならライリーは無理強いをするつもりはなかったし、寧ろ秘密回線の内容をこちらにもたらしただけ及第点をくれてやれる。

 

 ライリーはアドリアンが独裁者によくありがちな秘密回線を持っているだろうと推測していたし、いずれそれを使うだろうとも見ていた。

 そしてそれを使ったことで、きっと致命的なボロを出すに違いないとも考えている。

 あの駒がちゃんと手綱の通りになっているか観察するために…毒物というとびきりキツいお灸が効いているかどうか確かめるという意味でも、"オクロジャック"の手柄はそう過小評価できるものではない。

 

 

 

 ライリーはヘッドホンを装着して、耳を澄ませる。

 ノイズが酷く声色までは聞き取れないが、アドリアン・セルバンデスが女性と思わしき人物と会話していることは聞き取れた。

 

 

 

『………君からの電話を待っていたんだ。最近は色々と忙しくてね。それに私の立場もあるから、今まで会えなかった事を許して欲しい…君のアプリコットのジャムの味がどれだけ恋しかったことか。』

 

『…………』

 

 

 アドリアンがそう言うと、相手の方はしばらく返事をしなかった。

 少しの沈黙の後、ようやく切り出す。

 

 

『…私も寂しかった。今から会いたいのだけど、どうかな?』

 

『そっちはどこにいるんだい?』

 

『道に迷ってしまって………南の港から東に8分のところよ?』

 

『何てこった、待ち合わせ場所と全然違うじゃないか!迎えの者を寄越すから、そのまま港に向かってくれ…会うのが楽しみだ、お嬢さん』

 

『ええ、私も』

 

 

「もういい、この忌々しい通信を切ってくれ!」

 

 

 ジャック・ライリーは人を胸糞悪い気分にさせるのが得意だったが、自分が胸糞悪い気分になるとは思ってもいなかった。

 アドリアン・セルバンデスはライリー自身が思うよりよほどのクソ野郎に違いない。

 セントルイスがライリー自身悩まされるほどアイツにのめり込んでいるのと言うのに、あのクソッタレは求婚を済ませたと思ったらすぐに不貞を働いていやがるのだ。

 彼自身、妻と仲睦まじく過ごせた期間が短かかったことも相まってか、このやり取りはあまりにも胸糞悪かった。

 

 

 彼はヘッドホンを投げ捨てたが、しかししばらくすると冷静を取り戻し、この通信内容が自身にとっては有利である事を認めざるを得なかった。

 独裁者の愛人遊びなど、それこそ耳が腐るほどよく聞かれる話である。

 アドリアンがそれにうつつを抜かしているということは、あの駒は思ったよりもこちらのコントロールから外れてはいないのかもしれない。

 

 

 考えに耽るライリーをよそに、マーガレットが彼に尋ねる。

 

 

「録音は削除しますか?」

 

「ああ、構わん。…まったく、お灸が少し効き過ぎたかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インビエルノ

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 受話器を置いた時、目の前にいるタマンダーレがジト目で私を見つめていることに気がついた。

 少しばかり後ろめたいような気持ちにはなったものの、本心を言うと普段はそんな顔をしないタマンダーレの新たな表情が見えて、またいつもとは違う魅力を感じざるを得ない。

 しかしながら私はまったくもってマゾヒストなどという悪趣味はないので、彼女を見据えながらも軽く肩をそびやかして見せる。

 

 

「アドリアン、随分と小慣れたような話し方をするのね?」

 

「勘違いしないでくれ、タマンダーレ。私はいつでも君一途だよ。」

 

「………本当に?…もしかして、私の知らないところで…」

 

「誓ってもいい。…それとも、私をスタジアムに連れて行くかい?」

 

「…ふふっ、冗談よ。でも少しだけ心に刺さってしまったわ。例え演技だとしても、あんな話をするのはもうやめてちょうだいね?」

 

「勿論、君が望むならそうしよう。…ただ、おかげでボイシの位置が掴めた。彼女はこの国の南端の沿岸警備隊基地から東に80マイルの距離にいる。オイゲンを派遣すれば間に合うはずだ。…それにしても彼女の対応力も中々のものだな。さすがは君のお義姉(ねえ)さんだ。」

 

「ボイシはちょっと内気なだけで、本当は勇敢なのよ?」

 

「そのようだ。さて、タマンダーレ。ルートヴィヒを呼んできてくれ。彼ならオイゲンに暗号を送れる。」

 

「ええ、勿論。」

 

 

 彼女はそう言いつつ、部屋の外に出るとすぐに戻って私の下へと突進してきた。

 一体何事かと思ったら、緊張した様子のルートヴィヒの目の前で私に抱きつくという行為に打って出る。

 その力加減は普段の数倍に感じられた。

 

 

「ふごっ!?た、タマンダーレ、いったい何を」

 

「何でもないわ♪いつも通りじゃない♪」

 

「あれやっぱりなんか怒ってふごふご」

 

「怒ってないわ♪」

 

「ブハッ!…すいません、ルートヴィヒ長官少し待ってふごふご」

 

「………あ〜………………えっと…大統領、ご心配せずともお気持ちはよくわかります。私もオイゲンには悩まされてますから。」

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