ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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どこをみているのかわからない、きみのわるいこ。

よくみんなからいわれることば。

だってしょうがない、いまならわかる。

ボクのみているけしきとみんなのみているけしき。

それは、あまりにもちがったものだった。



第一章〜ハリー・ポッターと賢者の石〜
#000 黒い魔法使いの孫娘


 飛び交う罵声、狂騒、悲鳴。

 一九八八年 五月三十一日。

 その日、イギリスの片田舎にひっそり立つ小さな孤児院は、阿鼻叫喚の渦の只中にあった。

 

「被害者の救出は」

 

「ほぼ完了しました。被害者の説明だと中にまだ孤児が一名。でも無理です! 突入するには火勢が強過ぎる!!」

 

 返ってきた言葉を受け、防火服を纏った男は曇天に蒼焔を噴き上げる建物を振り返る。

 こんな事は初めてだった。

 ────煙の出ない火事(・・・・・・・)なんて

 

「おい、早く火を止めろ! 消防士は何やってんだ!」

 

「救急車の到着はまだ!? 何人か息してないわよ!」

 

 口々に叫ぶ野次馬達も、本当は分かっている。

 消防士がどんなに放水しようが、救急車が来ようが、ここは既に手遅れだと。

 だってそれはそうだ。

 目の前の景色を轟々と包んでいく青黒い炎(・・・・)

 地獄の業火の如き灼熱は、まるで意思を持つかのようにうねり、人を絡め取ろうとすらする。

 明らかな超常現象。日常に潜む非日常。

 どうせ何をしたって、その勢いを止める事など普通の人間には出来やしない。

 とはいえ、それでも行動しなくてはならないのが彼らなのだ。

 

「救急車が来るには、時間が掛かりすぎる。一班は負傷者を乗せて麓の病院まで。二班は野次馬を追い返せ。ここも危ないかも知れない。三班は炎が届かない範囲から放水を継続しろ。これ以上の被害を出すな!」

 

 男の指示を受け、異常現象を前に戸惑っていた部下達がやっとこさ動き出す。

 元々、こういう修羅場での動きは身体に染みついているのだ 。

 それぞれがそれぞれの役割に集中し始めるのを見て、普段は比較的めんどくさがりの男も、この時ばかりは訓練を欠かさなくて良かったと本気で思った。

 野次馬を半ば強引に追い返し、放水を続けること三十分。

 

「駄目です! 被害範囲は広がりませんが、火の勢いは一向に収まりません!」

 

「おかしくないですか? 還元炎でもないのに、火は青いし煙は出ない。水をいくら掛けても効果が無いなんて……」

 

 そんな事を言われても困る。

 男とて、こんなのは初めてなのだ。

 そして現状がどうしようもないのであれば、自分達はセオリー通りに動くしかない。

 

(とはいえ、このままずっとってワケにもいかないし。さて、どうするか)

 

 そんな時だった。

 

「おい、なんだあれ?」

 

 部下の一人が、明後日の方向を指差し胡乱な声を上げる。

 連られて同じ方角を見ると、地平線の向こうから幾つもの小さな何かが、高速で此方を目指し、飛んでくるのが分かった。

 凄まじい速度で移動しているのだろう。

 豆粒程の大きさだったそれらは、あっという間にその形が何なのか視認出来るようになる。

 

「……箒?」

 

 思わず、零れる言葉。

 

 目がどうにかなってしまったのだろうか。

 そう考えて、首を横に振る。

 幾ら目が悪かろうが、この距離で見紛う筈もない。

 確かに空を切り裂くように飛んで来るのは無数の箒、そして、それに股がった人だった。

 青い焔を上げる建物へ次々突っ込んでいく、無数の魔女達。

 

 物語に出てくる魔女や魔法使いが、絵本から飛び出して助けに来た。

 

 そんな空想が脳裏に浮かぶほど、現実感の無い光景。

 

「……」

 

 暫くして、轟々と燃え盛る建物が嘘のように鎮火。

 中から無傷の孤児が連れ出されるのを見た後も、呆然自失といった体で、部下と男はその場から動けなかった。

 

「班長、あれ見ました?」

 

 部下がポツリと言った。

 男は煙草に火をつけ、大きく煙を吐いて答えた。

 

「……何を?」

 

「いえ、なんでもないんです……」

 

 報告書をどう纏めるか。

 脳のキャパが超えた男は、そっちの方面に思考をシフトさせる事にした。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 イギリスという国は、グレートブリテン島のイングランド、ウェールズ、スコットランド、及びアイルランド島北東部の北アイルランドの四つの国で構成されている連合王国だ。

 よってその正式名称は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国。

 長ったらしく、チープな名前だといつも思う。

 もっとシンプルに単純に、そして格好の良い名称はなかったのか。

 そんな下らない事を目の前の檻、正確にはその向こうにボクは語りかけた。

 

「はは、嘆かわしいな我が孫よ。名称に囚われて本質を見失うのは凡人、青二才の特権だ。残念ながら、私の血筋も百年の年月で馬鹿になったらしい」

 

「小難しい言葉で話を濁さないでよ。どうせそっちだって、よく分かってないんでしょ?」

 

 檻から返って来る嗄れ声にそう吐き捨てると、檻越しに笑い声が響き渡る。

 ジメジメとした湿気と憂鬱になる檻の群れ。

 ここはかのヌルメンガード城にして、現ブタ箱だ。

 飛行機で、アメリカからはるばるオーストリアにまで旅立つこと、約十二時間と少し。

 旅先にてフクロウから渡された手紙が、気が進まないボクを原点へと舞い戻らせた。

 

「ふぁあ……それにしても、お前と会うのは久しぶりだな。2年ぶりか?」

 

 檻の中で欠伸を噛み殺し、年老いた翁はそう呟く。

 

「正確には、1年と2ヶ月ぶりだね」

 

「そうか。もうそんなに。はは、どうにも檻の中だと時間の概念が雑になる」

 

「いい加減に歳なんでしょ。ボケても尻を拭いてくれる相手はいるの、爺様?」

 

「小娘がほざきよるわ。その相手がいなきゃ、お前がここにいるわけないだろうが」

 

 それもそうだ、とボクは頷く。

 さて、ここまでの会話で分かっただろう。

 目の前にいる、小汚くかつ大変口の悪いクソジジイは、血の繋がったボクの祖父だ。

 メルム・ヴォーティガン・グリンデルバルド。

 ボクの名前だ。ゴツゴツしていて、女の子には向かない冴えない名。

 とはいえ名前というのは、案外バカに出来ない。

 その名一つで、これまで各国を追い出され続けているボク自身が言うんだから、本当だ。

 

「それで? 今度はどこを追い出された。前回はロシア。その前はフランスだったっけか」

 

 本当に小憎たらしい老害だ。

 孫であるボクの苦労も、恨み言を交えた手紙で知っている筈なのに、その原因たる張本人はどこ吹く風。

 まったくもって腹が立つ。

 とはいえ、その事に関しては諦めがついている。

 今日来訪した理由も、ブチ切れて本人に直接死の呪文をかけに来た、とかではない。

 

「今回は別件だよ。実は最近、しつこくフクロウ便が連投されてさ……ま、その話は悪い内容ではなかったんだけれど。七年くらい、自由に動くことが出来なくなっちゃうんだ。爺様は行きがけの駄賃。ほっといたら気づかない内に死にそうだし、挨拶だけでもしとこうかなって」

 

「ほ、そりゃめでたい。この偉大で寛容なオーストリア以外に、欧州でそんな所がまだ残ってたのか?」

 

「喜ばしいことにね。それと爺様のいう偉大で寛容なオーストリアも、十二時間以上はボクの滞在を許してくれないよ」

 

「……いくら私の孫娘とはいえ、女一人でフラフラしてるのは気にはなっていたんだ。良かったな」

 

 ボクの恨み言を、サラッと流す爺様。

 意外にも、自分の孫が世界中を旅し続けているのを気にする常識はあるらしい。

 笑っている姿は数見れど、喜んでいる姿は見たことがなかったから新鮮だった。

 

「それと、今回ここに来るまでに掛かった飛行機代なんだけど……」

 

「馬鹿め。この小汚いジジイが、財布の一つでも持ってると思ったのか?」

 

 まぁ持ってるとは、ボクも夢にも思っていないが。

 ただ間違っても、胸を張って自分で言う事ではない。

 

「大体、姿現しくらい出来るんだろう? 飛行機代なんて要らん。魔法使いなら魔法を使え、魔法を」

 

「……あれ使うと、酔っちゃうから嫌だ」

 

「未熟者め。それでも私の孫か」

 

 良い子の皆さんは知っているだろうか。

 姿現しするには、そもそも使用許可試験に合格しなければならない。しかも、十七歳以上の魔法使いのみ。

 分りやすく説明すると、マグルの自動車運転免許みたいなものだ。

 つまり我が祖父は、自分の孫娘に向かってバス賃が無いなら無免許運転をしろ、と無茶を言っている。

 悲しいことに、孫の年齢を忘れてしまったらしい。

 

「まぁいい。金の件なら、お前の保護者的な存在がいただろう。名前は確か……サラマンダーみたいな名前だった気がするが」

 

「ニュート・スキャマンダーさんね。どうしたの、ホントにボケちゃった?」

 

「興味のない男の名前は覚えるに値せんのだ。抱いた女の名前なら幾らでも覚えてるんだが」

 

「抱く? バブバブしてるの?」

 

「……そうだよ、バブバブしてるんだ。今は、その認識でいい」

 

 この話は、お前にはまだ早かったか。 

 笑う爺様の目は、どこか生暖かい。

 お前はお子様だなと告げる視線から、ボクは顔を逸らす。

 

「とにかくだ。こんな文無しの爺にたからず、アイツからせしめればいいだろう? 稀代の悪党を、一度は捕縛した英雄様だぞ。金には困ってない筈だ」

 

「冗談よしてよ。今でさえ迷惑かけてるのに、さらに迷惑掛けろっての?」

 

「貰うものは貰ってるんだろ?」

 

 そう言って翁は、ボクの肩にちょこんと乗っているニフラーを指さす。

 スキャマンダーさんは、基本的にはお人よしだ。

 爺様が遺した本や書類の宝庫に、イギリスに寄った時の一時的な住処まで提供してくれる。

 何より孤児院を焼かれて、行き場のなかったボクを引き取ってくれた。

 誕生日プレゼントに、魔法動物(ニフラー)を送ってくるのはどうかと思うが。

 

「何を馬鹿なことを。ニフラーは良いプレゼントだ。使いようによっちゃ、なんでも出来るからな」

 

「人のペットで良からぬ事を考えないでくれないかな。確かに便利だけども」

 

 まったく、こんな可愛い生物まで悪事に利用しようとか、我が祖父ながらイカレている。

 

「そうは言いつつ、お前が一番悪事に利用しそうだが……ま、私の考えが時代に合ってないのは確かだろうさ。それより、お前にしては珍しいな孫よ。良し悪しはともかく、お前は一箇所に留まるよりも、転々と雲のように旅を続ける方が性に合ってる気がするが?」

 

 確かにそれは当たっている。ボクとしても正直、残念でならないのだ。

 若い年齢での旅に苦労はあったけれど、毎日は面白かった。

 何のしがらみもない立場。難しいことを考えることもなくただ旅を続ける。

 

 そんな根無し草のような生活は思いの外、ボクの性に合っていたらしい。

 

 イギリスで、自分達と暮らせばいい。

 スキャマンダーさんはそう言ってくれたけれど、そもそも彼にもお孫さんがいて、彼ら家族の時間を邪魔したくもなかった。

 そして今回の手紙の内容は、そんなボクの心を動かすくらいには魅力的な提案だったのだ。

 

「学校だよ、学校。一回は行ってみたかったんだ」

 

「学校? お前がか」

 

 呆れたように爺様が天を仰ぐ。

 

「そうだよ。ボクは未成年の魔法使いだから、七年間はその学校に行かなきゃならないんだって」

 

「……お前が学校ねぇ。確かにそんな歳だものな。この鼻ったれが杖を持って魔術を習う。そう考えると何とも感慨深い。場所は? ボーバトン? ダームストラング?」

 

 爺様が厭世的な目をキラキラさせて聞いて来るが、どれもハズレだ。

 ボクが首を横に振るのを見て、怪訝そうに眉を顰める爺様。

 

「ダームストラングには行かんのか?」

 

「……爺様のやらかしで一族出禁でしょ。招待状すら来ないよ」

 

 かつてボクの祖父であるゲラート・グリンデルバルドは、ダームストラング専門学校の生徒であった。

 しかし歪んだ闇の実験を繰り返し、他の生徒を攻撃して致命傷を負わせたことにより、放校処分を受けている。

 そもそも爺様は、虐殺、洗脳、演説、監禁、拷問、国外逃亡と何でもありのテロリストだ。

 盛大にかました爪痕は、一世紀を経て未だに色濃く残っている。

 ”例のあの人”が現れるまで、史上最悪の闇の魔法使いの名を欲しいままにしていた、と聞けばその凄まじさが分かるだろうか。

 

 他にも、彼の犯罪行為に対して国際的な捜査網が組まれ、その進捗が”日刊予言者新聞”や”ニューヨーク・ゴースト”といった大手の新聞で連日報じられたらしい。

 お陰でグリンデルバルドの名前を背負ってるだけで、色んな国から厄種扱いだ。

 

「まさかイルヴァーモーニーか? マサチューセッツは良い」

 

 マサチューセッツ……アメリカときたか。

 あそこに魔法使い専門の学校があるとは知らなかった。

 流石は世界を巡って暴動を煽った魔法使い、知識量が違う。

 ボク自身、ボーバトンとダームストラングともう一つしか知らなかった。

 

「違うんだよねぇ、これが」

 

 勿体ぶられ段々と苛立ってきたのか、爺様は貧乏ゆすりを始める。

 初対面の人間には、今のボクの顔は無表情としてしか映らないだろうが、血縁者たる爺様には内心ニヤつく孫の様子が手に取るように分かるのだろう。

 まぁボクとて口寂しいのを我慢しているのだから、苛立たないで欲しいが。

 ロリポップが恋しい。

 爺様に子供扱いされる為、絶対に目の前ではやらないが。

 

「もっと近いよ。それにさっき話してたじゃないか」

 

「何だと?」

 

 流石に解ったらしい。

 まさか、とグリンデルバルド翁は絶句する。

 

「……ホグワーツ、なのか」

 

「はい、正解」

 

 オッドアイの瞳が険しく細められる。

 

「この名に恨みを抱えている奴はごまんといる。お前が一番理解していると思っていたが?」

 

「イギリス以外は、でしょ。やめなよ、本当の関心事はそこじゃない筈だ。本音を違う言葉で上塗りするのは、詐欺師の悪い癖だね」

 

 ボクは口の端を吊り上げる。

 爺様といえば、呆れを抑えきれないといった様子でため息を吐いていた。

 

「分かっていてそこにしたのか?」

 

「仕方ないでしょ。来なきゃ、どこまでも追っかけるって書いてあったし」

 

 あのフクロウ便は、本当にしつこかった。

 仮住まいの家には、いつでも手紙がぎっしり。

 外に観光に行こうものなら、フクロウが群れで追っかけてくる。

 辟易して野宿すれば、日が出るよりも先にフクロウが落とす手紙によって目が覚める始末。

 もう一生分の手紙とフクロウを見た気がする。

 

「狂気的なラブコールだな」

 

「本当にね。こっちはこっちで静かに楽しんでるんだから、ほっといてほしいものだけれど」

 

「奴は私に負い目がある。一人寂しくフラフラしてる私の孫を見て、いても立ってもいられなかったのだろうさ」

 

「昔、爺様とあんなにやり合ったのに?」

 

「やり合ったのにだ」

 

 うんうん、と頷く爺様。

 爺達の確執には、余人には入り込めない雰囲気がある。

 結果として落とし所が決まっているのなら、ボクも言うことはない。

 他間の争いに巻き込まれることがないのは、なんであれ幸福なことだ。

 ただ正直に言うと、救いの手を伸べるならもっと早くにして欲しかった。

 具体的には、師匠に二年間みっちりしごかれる前とか。

 それでなければ、イギリスを出て最初に行った国を追い出される前とか。

 

 今のボクは、一人でも十分に自活出来る。

 何よりも、各国をフラフラしてる生き方が好きになってしまった。

 このままでは、健全な社会復帰が出来るか悩ましい。

 

「良い機会ではないか。出来なかった筈の青春だぞ。私も学生時代の頃は、ブイブイ言わしていたものだ」

 

「言わしすぎてクビになったけどね」

 

「我が孫よ。若さとは過ちの連続だ。人はそれを糧に日々成長していく。間違いは悪いことではないのだ」

 

 間違いは悪いことではない。

 ごもっともな発言だが、間違いを正さずに悪い方向へと成長していった果てが、この檻の中だ。

 それを、本当に理解しているのだろうか。

 ボクがじっと睨んでいると、照れたように咳払いをするグリンデルバルド翁。

 

「ゴホンッ! ……ま、お前を学校に呼べたのも、十数年前に現れたヴォルデモートのお陰だな。私の名前のインパクトが薄れた。半世紀も経てば当然だが」

 

 流石は、世紀末テロ爺。

 イギリスの魔法使いが恐怖する名前すら、躊躇なし。

 すっと、ボクの方に手を差し出してくる。

 

「学校なら必要な物を指定されたろう。手紙を出せ。偉大な闇の魔法使い様が見てやろう」

 

 爺様の良い点は、口は悪いが、自分が認めた人間には優しいところだ。

 ちなみに見下すと、虫けらみたいな扱いをしてくる。

 羊皮紙の封筒をポケットから取り出し、爺様に渡す。

 

「普段着のローブは三着か。女の子なんだから、お前は七着持っていけ。三角帽と冬用マント……バグショット大叔母のお古で構わんだろう。安全手袋は何気に大事だから、しっかりした物を。名前は書いておけ。お前の性格上、面倒臭がって書かない可能性大だからな」

 

「えぇ……所有物にはキツい呪いをかけてるから、別にいいんだけど」

 

「馬鹿め。失くした場合、持ち主に返ってこないだろう」

 

 もっともな正論に、ムスッとしながらもボクは頷く。

 やはり口では敵いっこない。

 ゲラート・グリンデルバルドという男は、魔法使いというより詐欺師に近い。

 

「教科書は流石だな。著者は、それなりに良い物を書く奴ばかりだ。ただ”闇の力 護身術入門”……これいるのか? 許されざる呪文には、対抗魔法なんぞない。闇の魔法には闇の魔法で返すしかないんだが。校風的に、闇の魔法をそこまで教えるとも思えん」

 

「武装解除呪文とか失神呪文で対処するんでしょ。闇の魔法には闇の魔法で返そうなんて野蛮な考え方する人、そんなにいないと思う」

 

 つまらなそうなため息が返って来る。

 孫に野蛮人扱いされたことにご立腹のようだが、そもそも野蛮人だからここにぶち込まれているのを忘れないで欲しい。

 

「ダイアゴン横丁か。彼処で腕の良い杖職人はオリバンダーだな。杖ならグレゴロビッチだと私は思うがね」

 

「それは難しいんじゃないかな」

 

 グレゴロビッチ老とは、爺様が強盗紛いの手でニワトコの杖を奪い取った相手の筈だ。

 控えめに言って合わせる顏がない。

 最悪、杖を買うどころか、杖を向けられて殺し合いになりかねない。

 

「それより可愛い孫が入学したんだ。何かくれてもいいんじゃないかな。せっかく入学したんだし、お祝いしてちょうだいよ。この際、お金じゃなくても良いからさ」

 

「カネ、カネ、カネ、とさもしいことを抜かすな孫よ。こういうのは、祝う気持ちが大事なんだ……と、そうだな」

 

 パチン、と指をならすグリンデルバルド翁。

 先程まで何もなかったその手には、不可思議なアクセサリーが握られていた。

 △の銀細工の中に○の銀細工が嵌まっている。

 そして、その○を両断するように、杖の形をした銀細工が溶接されていた。

 

「なにこれ……」

 

「言わずもがなプレゼントだ。孫よ」

 

 というか魔法使えたんだ。

 相変わらず底が知れない爺様に少しゾッとしたが、今は入学を祝ってくれているらしいし、ボクはありがたく受けとることにする。

 

「ありがとね」

 

「アクセサリーは、ホグワーツの組分けの儀に着けていくといいさ」

 

 くっくっくと嗤う爺様は、マグルの絵本に出てくる魔法使いみたいに汚いし、不気味だった。

 腐っても闇の魔法使い、その貫禄は半世紀近くたってなお衰えることはないのである。

 取り敢えず元気みたいだし、プレゼントも貰った。

 ならば、ボクもこれ以上用はない。

 

「もう行くね。今度、お返しにお土産でも買ってこようかと思ってるけど、何が良い?」

 

「バーディー・ボッツの百味ビーンズをよろしく頼む」

 

 はて? 百味ビーンズって、鼻くそ味とか犬のよだれ味とかのあれか。

 まさか、爺様がゲテモノ好きだったとは。

 

「過去の夢想だ、孫よ。別にゲテモノ好きというわけじゃない。昔、友人と食ったきり、久しく口にしてないからな。はは、ゲロ味を引き当てた時の奴の顔は、今世紀最大の傑作だった」

 

 カラカラ笑う翁。

 手持ち無沙汰になったボクは、無意識に自分の右眼を撫でる。

 それを見た爺様が、僅かに眉を顰めた。

 

「えーと、何?」

 

「……いや。また年が変わる頃に来るがいい。土産話もちゃんと仕入れて来い。というか、その前に進級出来るのか? ホグワーツは、成績が不良だと留年する。素行が不良だとそのまま退学だ」

 

 恐るべし、ホグワーツ魔法魔術学校。

 まさかの救済措置なしとは。

 これは心に留めて置かないと。退学とか洒落にならん。

 

「……誰にもの言ってるのやら。上手くやって見せるよ」

 

 咄嗟に返したボクの軽口に、爺様は口元を緩める。

 

「イギリスは久方ぶりの平穏で、どいつも脳みそのネジが緩んでやがる。締め直してやれ、我が孫よ」

 

 言われるまでもない。

 鍛えてくれた師匠のお陰で、少なくとも”闇の魔術に対する防衛術の授業”で負ける心配はない。

 ……ちなみに魔法薬とかは心配だ。

 

「向こうに着いたらどうする気だ。イギリスは初めてだろう。当てはあるのか?」

 

「そこは心配なし。スキャマンダーさんと向こうで合流するんだ。魔法動物の世話があるから、そんなには構ってくれないらしいんだけど。そう考えると、殆ど一人でイギリス観光になるかもなあ。ま、”騎士バス”があるし、移動には困らないでしょ」

 

 正式名称、夜の騎士(ナイト)バス。

 またの名を、迷子の魔法使いのお助けバス。

 どんなド田舎でも、杖を上げるだけで来てくれる。

 

「ふむ。移動の目途が立っているなら、私も言うことはない」

 

 それは良かった。

 これ以上話が長引くと、後ろに立っている監視官から何を言われるか分かったものじゃない。

 

「話は終わったか? 001番、時間だ」

 

 案の定、急かすように肩を叩かれる。

 まぁ問題ない。大体、話したいことは終わった。

 威圧的に後ろに立っている看守さんに頭を下げ、ボクは出口に爪先を向ける。

 

「土産、くれぐれもな」

 

 分かっているから、同じことを何度も繰り返すのはやめて欲しい。

 老人は忘れっぽいかもだけど、ボクは花の十一歳なのだ。

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 独房から出て歩くこと十数分。

 何人もの警備隊の人達とすれ違いになるが目すら合わない。

 当然だ、彼らはボクがどういう血筋の者かよく知っている。

 無視は寂しいけれど、こんなのは慣れっこだ。

 

「にしても、なんというか……」

 

 ここは、あまりにも死の匂いが濃い。

 目には見えない魂の燃えカス達。

 仮にそんなものが存在するのなら、今ここを練り歩いているボクを、決して歓迎はしていないのだろう。

 ゴーストとかそういうはっきりとしたものではなく、淀んだ情念が体に絡みついてくるのが分かる。

 

「まったく……血に呪うなんて馬鹿馬鹿しい」

 

 目の前には、圧迫感を与える筒のような廊下が広がっている。

 途中に牢屋はおろか窓も無い。

 一番奥のドアが、このブタ箱から出る唯一の手段なのだろう。

 若かりし頃の祖父が為した悪行、その数々の集大成が”ヌルメンガード城”。

 かつてこの城が正常に機能していた時、この場所から出て来る者は、例外なく死体袋に詰められていたという。

 その恨みが、血族であるボクまで蝕もうとしているのだろうか。

 深く暗い淀みは、何かが蠢いているように見えて仕方ない。

 興味はないが不快だ。

 懐からロリポップを取り出し、口に咥える。

 

「学校生活とか初めての経験だ。まだ先の話なのになんだかワクワクするなぁ」

 

 ドアを開けて、視界一杯に広がる霧に包まれた景色。

 霞みを目一杯吸い込みながら、ボクは背を伸ばす。

 数時間ぶりの外の空気は、やっぱり獣臭くなくて美味かった。

 

 





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