ホグワーツを創設した四人の英傑達、その中でも彼の知名度は群を抜いているといってよいだろう。
ケンタウルス統一戦争の平定、グレート・ブリテンにおけるヴォーティガンの討伐、思想を巡ってのサラザール・スリザリンとの対立。
その英雄譚は壮絶の一言に尽き、どの時代にも英雄として名を馳せた魔法使いは多くいるものの、ここまでの人気を誇るのは”
そんな英雄の中の英雄として名を馳せた男は、実に謙虚だったのだろう。
彼は、己の成した偉業を誇る事はただの一度としてなく、共に時代を生きた仲間を守り抜いたことだけを晩年まで誇ったという。
ハグリッドが二手に別れて、ユニコーンを追うという提案をしてから一時間。
「まったくさ。いい加減にして欲しいんだけど」
ボクは不機嫌MAXだった。
その理由は単純明快で、隣にいるマルフォイのクソ野郎のせいである。
班分けからマルフォイ達と離れて三十分、森の上空に赤色の閃光が打ち上がった。
その頃、ケンタウルスから最近の森の事情を聞いていたハグリッドとボクは急いで現場に急行。
爆笑するマルフォイの隣で、ファングの腹に頭を隠したネビルを発見する事となる。
「あれだけ夜の森に怯えていたクセに、人を驚かす余裕はあるんだね」
原因はマルフォイの悪ふざけ。
この馬鹿たれは、探索中にこっそりネビルの後ろに回って掴みかかるという悪趣味な遊びをしたらしい。
当然、ビビリのネビルはパニックに陥って火花を打ち上げてしまう。なんとも分かりやすい結末だった。
「何か言いなよ。いっつも人の悪口を言う時は饒舌なクセにさ。それとも自分の都合が悪くなった時だけ喋れなくなっちゃう病気でもあるの?」
黙りこくるマルフォイの隣で、気まずそうにファングの手綱を引くポッターが諌めてくる。
「まぁまぁ。メルムもそれくらいにしようよ。もう言ったって仕方のない話だし。それより、こんなお喋りばっかしてたら魔法生物達を刺激しちゃうかも」
そんなこと知ったことではない。
そう吐き捨てたボクは、現在マルフォイとポッターとファングから再構成された三人と一匹で、森の探索を行っていた。
カンカンに怒ったハグリッドがネビルを引き取り、代わりにマルフォイの抑え役としてボクとポッターを指名した結果である。
「さっさと罰則を終わらせてこっちは寝たいっていうのに。くだらない茶々を入れてくれちゃってさ。どうするんだい? ハグリッドが
「それは悪夢だね……」
ノーバートの一件以来、ハグリッドの評価は地に落ちた。
別に嫌いになったわけではないが、大人としての信頼度はないに等しい。
二人と一匹を連れ、ボクは愚痴を吐きながら夜の森を練り歩く。
だんだんと森の奥深くへ。三十分も歩いただろうか。
「多分、近いよ」
血の滴りが濃くなっている。
飛び散った血液が乾いていない事からも、
びっしりと生い茂げった木の根により、もはや道を辿るのも困難になってきていたので、ボクは内心ホッとする。
「酷いことをするなぁ」
そう憂い気に呟いたのはポッターだ。
彼の視線の先にある木の根本には、大量の血が飛び散っている。
確かに惨い。傷ついた哀れな生き物が、この辺りで苦しみのたうち回った様が目に浮かぶようだ。
「……」
チラ、と後ろを見れば、マルフォイは下を向いて何も見ないようにしている。
彼からすれば、
仮にも女の子がいるという状況で、頼もしさや背を預けられる安心感が一切ないその姿は、実に情けない。
まぁ口だけの温室育ちはこんなもんか。
とはいえ、それにどうこう言うつもりはボクにはなく、互いに不干渉で言葉を発することもない。
「……ねぇ見て、あれ」
樹齢何千年の樫の古木の枝が絡み合う、その向こうをポッターが指さした。
開けた平地が見える。
力尽きた
「やっと見つかったね」
とりあえずは帰る当てが出来たことに、ボクは安堵の息を吐いたのだった。
◇◇◇◇◇◇
地面に純白に光輝くものがあった。
メルムを先頭にして、ファングを引き連れたハリー達はさらに近づいていく。
まさにユニコーンだった。死んでいた。
ハリーはこんなに美しく、悲しいものを見たことがなかった。
その長くしなやかな脚は、倒れたその場でバラリと投げ出され、その真珠色に輝くたてがみは暗い落ち葉の上に広がっている。
「酷い。誰がこんな事を……」
「さぁね。誰だっていいじゃない。とっとと帰ろうよ」
死んだ
彼女はこの光景を前にして、何ら心が動かされることは無いらしい。
むしろ面倒事が終わってせいせいする、と顔に書いてあった。
「ふぅん……やっぱり獣に襲われた傷じゃないね。少なくとも咬傷じゃない」
「じゃあ何なのさ」
「魔法だよ」
メルムはうっすらと嗤う。
「首の根元に刺創があった。先端の尖った鋭利な何かが、コイツの首に突き刺さったのさ。直接的な死因は、頸動脈を傷つけられた事による失血死」
スラスラと流れるように告げられる
メルムは熱に浮かされたように続ける。
「間違いなく人間の仕業だよ。もちろん、矢や槍を扱うケンタウルスっていう線もあるけど。可能性としては薄いかな。たとえどんな理由があろうとも、彼らは一角獣を傷つけるような真似はしない。それがどれだけ罪深い事か分かっているからね」
メルムの話は、理路整然としていて反論の隙がない。
事実、ハリーもなるほどと納得しかけた。
しかし、すんでのことろである疑問を覚える。
「ちょっと待ってよ。今の話じゃ、魔法かどうかなんて分からないじゃないか。刺し傷なら、道具を使えば誰にでも出来るよ。それこそマグルでも」
「マグルがこの森で迷うことはありえない。結界が張られてるからね。仮に、何かのトラブルでマグルが遭難したとしても、二週間近くこの森をさ迷うことになる。絶対に死んじゃうよ。現役の
メルムはそこで、言葉を止めた。
そして人差し指を口に当てて、しっと言う。
「何かいるよ、気をつけて」
木々の向こうに、何かいた。
尋常ではない気配に、自然と身体が緊張する。
ずる、ずる、と暗い闇の中を何かが歩いているのが分かる。
ゾッとした。
それが、まったく音を立てずに木々をすり抜けているようにハリーには見えたから。
「ゆっくり。ゆっくり後ろに」
声を押し殺したメルムがファングの口を塞ぎながら、後退する。
目の前の気配から決して目を逸らさずに。
「何、あれ……人、なの?」
自分で言っていて、ハリーは自信が無かった。
普通の人間が、灯りも持たずに真っ暗な森を歩いて来れるだろうか?
草木を掻き分ける音も立てずに?
「……っ!」
月明かりに照らされて、ソレの正体が分かる。
やはり人。人影だ。
頭をフードにすっぽり包んだ何かは、とりあえず人の形をしていた。
しかし、その事実から齎される安堵は限りなくゼロに近い。
何故ならソレは、まるで獲物を漁る獣のように地面を這っていたからだ。
あんなものがハグリッドやハーマイオニー、ましてやネビルである筈もない。
そして彼ら以外の第三者が森に入る筈も、またなかった。
ハリー、マルフォイ、ファングは金縛りにあったように立ちすむ。
「はは、ありゃヤバいね」
ハリー達を背に庇う形で前にいるメルムが小さく笑った。
しかし、その声も微かに震えている。
どうしようもなく恐ろしくなったハリーは、メルムの肩に手を置いた。
「何してるのさ、早く逃げようよ」
もう
一刻も早く、この場から離れるのだ。速やかに。
マントを着た人影は、幸いにもまだハリー達に気づいた様子はない。そのまま
「一体何を……?」
最悪な事に、その答えは直ぐに分かった。
暫くしてある音が聞こえ始めたことによって。
じゅるっっ……じゅるる……じゅるじゅるじゅるるるっっっ……
まるで何かを啜るような不快な音。
いやでも、
「ひっ……うわああああああああああああぁぁぁッッッ!!!!」
限界だったのだろう。
マルフォイがつんざくような悲鳴を上げ、逃げ出した。
ボディガード代わりのファングも。
一人と一匹は、ハリーの後ろをここに来た時の三倍以上はあるスピードで駆け抜けていく。
「ちっ……使えない上に敵前逃亡とは救いようがないね。ハグリッド達に知らせる光くらい、打ち上げてから逃げて欲しいもんだけど」
舌打ちをしたメルムが、今はもう後ろ姿すら見えなくなったマルフォイへと毒を吐く。
しかし今回ばかりは、マルフォイのことをハリーも責められない。
ハリーは逃げなかったのではなく、単に恐怖のあまり身動きが取れなかっただけだった。
「しょうがないなあ」
真上に杖を掲げたメルムは連続して二回、光を空に打ち上げた。最初は緑、続いて赤。一角獣の発見と緊急事態を知らせる信号。
慌ててハリーはメルムの杖腕を掴んで、小声で叫ぶ。
「何をしてるのさ、狂っちゃったの!? わざわざあのキチガイに居場所を知らせるような真似するなんて!」
「その心配はいらないよ。もうバレてるから」
ほら、とメルムが指さすその先。
夜空に打ち上げられた眩い赤や緑の光に照らされて、フードに包まれた影が顔を上げているのがはっきりと分かる。
ソイツが、真正面からハリー達を直視しているのも。
「……っ……あぁ……」
叫ぼうとしても、声が出ない。
あまりの恐怖に声の出し方を忘れてしまったかのようだ。
得体の知れない人影は、やおら立ち上がると、ゆっくりとこちらに向かって来る。
じわじわとこちらを圧迫するように、にじり寄って来る。
フードの人影が近づくにつれて大きくなる、ずるずるずる……という音。
それがマントを引き摺る音だということに、ようやくハリーは気づいた。
「うッ……」
今まで感じたことのないほどの激痛がハリーの頭を貫く。
額の傷痕が燃えているようだった。
目が眩み、ハリーはよろよろと近くの木へと倒れかかる。
「まったく不甲斐ない連中だ。ミリセントの方がよっぽど肝が座っている」
いつかのクリスマスの夜のように、メルムの口調がガラリと変わった。
それだけではない。
威嚇する獣のように、彼女の髪の毛は微かに逆立っていた。
「来るなら来いよ。そんな雑魚をチマチマ殺しててもつまんなかっただろう」
声の端々から、危険な感情の高まりが察せられる。
緊張感のある、針のような鋭さで迸っているピリピリとした空気。
闇祓いならひと目で殺気と断じる剣呑な気配に、フードの人影もピタリ、と立ち止まった。
「……ヴォー……ティ……ガン……」
暗闇にこぼれる不愉快な声。
どうしてかは分からないが、ハリーには声の主が高揚しているように感じられた。
「軽々しく人の名前を口にするなよ」
僅かに細められる翡翠の瞳。
視界の端に、ハリーはチリチリッと輝く火花を見た。
火花? いや、炎だ。いつの間にか、銀の少女の全身を薄い炎が包んでいる。
────青く、黒く、禍々しい炎だ。
メルムが全身を大きく震わせると、長い髪やローブの裾から零れた炎は地面に落ちる。
風に吹かれた落ち葉のように舞い散った炎は、驚くべきことに煙一つ立ち昇らせる事無く、触れたものを等しく消滅させた。
「……悪魔の護り……やはり、な……」
くくく、とそれを見たフードの人影が笑った。その時だった。
カッ、カッ、カッ、という小さな蹄の音が後ろの方から聞こえてきた。
早足で駆けてくる何かは、ハリーとメルムの真上をヒラリと飛び越え、フードの人影の前に立ち塞がる。
「ようやく姿を見せましたね。貴方を見つけるのは、難しかった」
泰然自若とした、静かな声を放つのは一匹のケンタウルス。
ロナンやベインではない。もっと若く見える。
颯爽と現れたのは、明るい金髪に胴はプラチナブロンド、淡い金茶色のパロミノのケンタウルスだった。
「去りなさい。悪しき者よ」
その左手には弓があり、こちらに突き出されている。
半身になって、大きく後ろへ引かれた右手には矢が。
狙いを定める矢の先端は、闇に佇むフードの人影に向けられている。
「……穢らわしい……半獣が……」
忌々しげに吐き捨てられる言葉。
同時に、収縮する弓が空気を振動させた。
射出された矢が凄まじいスピードでフードの人影へと着弾する。
「……ッ!」
為す術なく、木立の奥へとフードの人影が吹き飛ばされる。
その時、おかしな光景をハリーは見た。宙を舞うフードの人影が空中で掻き消えたのだ。
イィィ……ンッッ……! という余韻が夜の闇に木霊する。
「やっ、たの?」
ハリーの問いに、いいえ、と首を横に振るケンタウルス。
「手応えがありませんでした。とっさに魔法を使ったのでしょう」
そう答えるケンタウルスは、ハリーを観察している。
信じられないほど青い目、まるでサファイアのようだ。
その目が額の傷にじっと注がれている。
「君はポッター家の子だね? 私の名はフィレンツェ。早くハグリッドところに戻った方がいい。今、森は安全じゃない……特に君にはね」
そこまで言うとフィレンツェと名乗ったケンタウルスは、ハリーの隣へと視線を移動させた。
そして、驚いたように目を見開く。
「なんということだ、君は……一体……」
それは木の根に腰を降ろしているメルムを見ての発言だった。
ひとまずの危機が去った現在、彼女に先ほどの危うい感じはなく、のほほんとした顔で手元の落ち葉を弄んでいる。
青黒い炎を纏ってもない、あれは幻覚だったのだろうか?
戦くようにフィレンツェは続ける。
「似ている。恐ろしいほどに。君の事はロナンやベインから聞いてはいましたが、これほどとは……運命とはかくも数奇なものですね。まさか、あの御方がヒトに血を遺すとは……」
「ボクを通して、誰を見ているのか知らないけれど」
手の中にある落ち葉をぐしゃぐしゃにしたメルムが口を歪める。
「ボクは
爛々と輝く翡翠の瞳。
それは何もかも見透かしたような、そんな硬質な威圧感があった。
だが、フィレンツェがメルムに気圧されることはない。
後ろに広がる森のような静謐さを保った彼は、静かに問い掛けるのみだ。
「ならば貴女の名をお聞かせ下さいますか?」
「メルム・ヴォーティガン・グリンデルバルド。ホグワーツの一年生だよ」
その答えにどれほどの意味があったのかは、きっとフィレンツェにだけしか分からない。
沈黙し、俯いた彼はやがて顔を上げる。
「メルム……そうですか。”災厄”を自らの子の名に与うとは。人とはやはり愚かだ。しかし、これも時代という事なのでしょうね。我々も彼女も悠久の時を生きていますが、人間のサイクルの速さには敵いません。寿命の差とは、多様性の差でもあるのです」
ついてきなさい。
そう告げたフィレンツェは、ハリー達を先導するように元来た道を引き返していく。
「二人とも。
「ううん。角と尾の毛とかを魔法薬の時間に使ったきりだよ」
「それはね?
密集した枝葉をかき分け、堂々と歩くフィレンツェ。
彼は憤慨したように、馬のいななくような声をあげる。
「
なるほどね、とハリーの隣を歩いていたメルムが頷く。
「確かに得られる命は完全な命じゃない。
「その通りです。かの生き物の血が唇に触れた瞬間から、その者は呪われた生を生きる。いわば生きながらの死なのです」
フィレンツェの髪は、月明かりで銀色の濃淡を作り出していた。ハリーはその髪を、後ろから見つめる。
肩を竦めたメルムが呆れるように言った。
「言っていることは分かるよ。けれど一体、誰がそんなに必死に? 永遠に呪われるんだったら、死んだ方がマシだと思うんだけど。違う?」
「その通り、しかし他の”何か”を飲むまでの間だけ、生き永らえれば良いとしたら? 完全な力と強さを取り戻してくれる”何か”。決して死ぬことがなくなる”何か”……ポッター君、今この瞬間に学校に何が隠されているか知っていますか?」
ハリーは、フィレンツェの言う”何か”に心当たりがあった。
四階の一室に鎮座する三頭犬、その足元に隠された扉。
ハーマイオニー達と見つけたニコラス・フラメルという人物。
何人もの先生とダンブルドア校長が、叡智を尽くして尽くして護っているモノ。それは────
「賢者の石……そうか。命の水!」
「何それ。初耳なんだけど」
突拍子もない単語にメルムは驚いた様子だった。
だが、全ての点と点が繋がったハリーは彼女に構っている余裕はない。
「四階に隠されている物が賢者の石なら、確かに今夜の事は納得がいくよ! だけど一体誰が……?」
「力を取り戻す為に長い間待ち続けていたのが誰なのか。本当に思い浮かばないですか? 命にしがみついて、チャンスを伺ってきたのが誰なのか」
ハリーは鉄の手で、突然心臓を鷲掴みにされたような気がした。
木々のざわめきの中から、ハグリッドに会ったあの夜、初めて聞いた言葉が蘇ってきた。
────奴が死んだという者もおる。俺に言わせりゃクソ食らえだ。奴に人間らしさの欠片でも残っちょれば、死ぬこともあろうさ
「それじゃ、僕達がさっき見たのはヴォル」
「ハリー? ハリー! 貴方大丈夫なの!?」
残念ながら、ハリーの問いは道の向こうから駆けてきたハーマイオニーによって遮られた。
まぁ彼女が遮らなくても、ハリーの質問にフィレンツェが答えたかどうかは謎だが。
「やぁハーマイオニー。ボクの事は心配はしてくれないのかい? それとも忘れちゃった? あぁ返事はしなくていいよ。どっちか分かっても悲しいだけだから」
「ち、違うわよメルム! ちゃんとその……心配してたわ! でも貴女なら大丈夫だって思ってたの」
「何事も絶対はないよ。まぁその言葉は素直に嬉しいけどね」
この数時間でかなり嫌味っぽくなったメルムが、ハーマイオニーとハグをしながら話している。
少し遅れて、ハグリッドもハァハァ言いながら走って来た。
「おう、2人共無事だったか! 本当に良かった!」
ハリーはハグリッドに伝えるべき事を伝えた。
「ハグリッド、
「そうか、ようやったな。ネビルとドラコは先に帰した。俺は奴さんを埋葬しに行く。ここまで来れば安全だから、皆で先に帰っちょくれ」
ハグリッドが
「ここで別れましょう。君達はもう安全だ。幸運を祈りますよ、ハリー・ポッター。ケンタウルスでさえも惑星の読みを間違えたことがある。今回もそうなりますように」
労うようにハリーへと頭を下げたフィレンツェは、今度はメルムへと声を掛けた。
「メルム・グリンデルバルド。自らがどのような血筋の元に生まれついてしまったのか、それを貴女は真に理解していますか?」
「知らないし興味ないよ、そんなの。血筋に関してはロクな思い出がないもんでね」
その返答を聞くと、フィレンツェは何が面白いのか、クスリと笑った。
「結構。実にヒトらしい考え方だ。しかし、他ならぬ貴女は知っておかなければならない。遙か昔、壮絶な戦いを演じた竜と獅子の因縁を。その結末を」
スっとフィレンツェは、星が瞬く夜空を指さした。
そんな彼の様子を、メルムは静かに見つめている。
「見なさい。頭上に青黒く輝くあの星を。王の座に座れる者は一人だけ。遥か昔からそう決まっている。大陸という大陸の魔法生物達は皆、恐れながらも待ち望んでいます。肉の軛から解き放たれたかの魂を。気が遠くなるほどの幾年もの時を経て、辺獄を彷徨い廻り戻ってくるかの者を……」
────貴女はヴォーティガンの意味を知っていますか?
フィレンツェは森の奥深くへ、緩やかに走り去った。
意味深に嗤うメルムと、ブルブルと震えるハリーを残して。