ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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過去を追ってはならない。

未来も待ってはならない。

ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。



#012 子羊達と狼

 暗い暗い闇の中で、私はゆらゆらと浮いている。

 意識は鮮明なのに、思考するにたるものがない。

 下を見る、底は暗く果てがない。

 どこもかしこも真っ暗だ。

 自分の周りにあるのが闇だけだと知って、どうしようもない閉塞感に押し潰されそうになる。

 ここはまるで海の中だ。

 ゴポリ……ゴポリ……と泡が立っては消えていく。

 そう、私は光すら届かないような深い海の中に浮かんでいる。

 裸で何も飾らないままで。

 それでもそこにある以上は獲得できるものがある。

 それは情報だ。

 

 ────検査は陽性、成功だ。素晴らしい

 

 ────血が薄まる可能性もあったが問題は無い。元々がどちらとも、その種族の頂点に立つ者の血だ。壁を乗り越えるポテンシャルはあったのだ

 

 高揚に震える声は低く、成人した男性のものだと分かる。

 それに応じるのは女性特有の澄んだ高い声だ。

 

 ────……ハイエルフと魔法族のハイブリッドね

 

 ────あぁ……しかしその試み自体は遥か昔から試みられてはいた。アーマー・ドゥガードの存在がその証拠だ。

 

 アーマー・ドゥガード……? 

 人の名前だろうか。

 彼らが何を言っているのか、さっぱり分からない。

 

 ────レストレンジ家の負の遺産よね。失敗したと聞いていたけど? 

 

 ────その通り。素材が足りない連中は、ハイエルフの代わりに屋敷しもべ妖精(ハウスエルフ)を検体として使用した。お陰でアーマー・ドゥガードは、魔法力がまったくない欠陥品としてこの世に生まれ落ちた

 

 ────スクイブ? 

 

 ────あぁそうとも。屋敷しもべ妖精(ハウスエルフ)自体、元々が遺伝子改良された種族だ。何をやろうが上手くはいかん

 

 ハイエルフ?遺伝子改良? 

 ワケの分からない単語が多すぎる……それにしても何故だろうか。

 話し合う二人の声は酷く懐かしく感じられ、郷愁に胸を掻き毟られるような気持ちになる。

 沈んだように、女性の声は翳った。

 

 ────サラザール・スリザリン……かの魔法使いはかくも素晴らしい魔法使いであると同時に、どうしようもなく人間として欠落していた研究者だったのでしょうね。あんな醜悪なモノを生み出すなんて

 

 ────それだけ怖かったのだろうよ、ハイエルフが

 

 嘲るように男の笑い声が響く。

 

 ────だけど、私達はそれを超える存在を生み出してしまった……この事をお義父様はご存知なの? 

 

 ────いいや、知らない。あの老害はヌルメンガードで己の罪と向き合う事に躍起になっている。何とも微笑ましい老後生活だよ

 

 (おど)けた様子の男の声に、女の声が甲高くなった。

 

 ────ならこの研究を貴方が続ける必要も無いじゃない! 

 

 ────何を怒っている。仕方の無い話だ。私の研究は、”R”の連中もえらく気にかけている。長年支援してくれているコーバンもいい加減、痺れを切らす頃合いだ。成果を出さなければ、お腹の子供諸共我々はカモメの餌にされるんだぞ? 

 

 そう告げる男の声は冷静そのもので、女性のヒステリックには慣れた様子だ。

 女の声が激したものから、縋るようなものへと変わっていく。

 

 ────私は不安なのシェーン。元来のハイブリッドでは有り得ない1と1による完全なる融合体。これから産まれてくる子は、生物の完成型といっても過言じゃないわ

 

 ────まったくもってその通り!ならば何を怯える必要がある?魔法と科学によって初めて成された偉業だ。無能な純血の魔法族共は馬鹿にしていたが、マグルもこうして役に立つ。喜ばしい成果ではないか

 

 ────……貴方には人の心がないわ

 

 ポツリと呟かれる言葉。

 押し隠していた気持ちが、とうとう漏れ出た。

 そんな様子が伺えた。

 

 ────だが、そんな男だと分かってて結婚をしたんだろう?君もつくづく馬鹿な女だ

 

 ────愛ゆえによシェーン。私は今も自分の選択を間違っているとは思わないわ

 

 ────なら私に従え。私を愛しているというのなら

 

 ────いいえ。ノーよ。私は従順な下僕としてではなく、貴方の妻として隣に立っているのだから

 

 気圧されたように男は黙り込んだ。

 第三者である私からしても、女の声には並々ならぬ意思と覚悟と……そして愛があった。

 

 ────いい?貴方は子供を復讐の道具に使おうとしている。勿論、貴方の不遇は私が1番知っているつもり。でも、それは産まれてくる子達には関係のない話だわ

 

 ────……関係あるさ。このままでは、この子達もいずれ虐げられる。グリンデルバルドというだけで有望な未来が押し潰される。そんな理不尽、私には堪えられないッ! 

 

 バンッと机を叩くような激しい音。

 次いで、カツカツ……と足音が遠のいていく。

 男の方は、もう女性と話す気はないようだった。

 

 ────シェーン! 待って!! ……シェーン!!! 

 

 返答はない。生半可な言葉では彼を止められない。

 ゆえに次の言葉には、ただただ鋼の意思が込められていた。

 

 ────”災厄”の名と共に、歴史は再び蘇る。1000年の時を超えてな

 

 その瞬間、暗い暗い空間にあるものが灯る。

 

 それは光だ。

 

 決して穢される事のない輝きだ。

 暗がりに沈む夜の海を、黄昏の極光が引き裂いていく。

 爆発のような。

 津波のような。

 そんな膨大な光が一瞬、世界を走り抜ける。

 そして、

 

 

 ボクは、眠りの海から目覚めた。

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 叫び声を上げながら、ベッドから跳ね起きる。

 傍らで心配そうにボクを見つめているのは、ミリセント・ブルストロード。

 男よりも頼もしき我が友だ。

 

「毎度の事ながら、凄いうなされようだったが……大丈夫かいメルム?」

 

「……まぁまぁかな」

 

 嘘だ。正真正銘の最悪な寝覚めだった。

 その証拠にボクは、全身びっしょりと汗を掻いていた。

 これは蒸し暑い夏の夜のせいだけではない。

 ワケの分からない恐怖が、今も鮮明に残っている。

 あの暗い暗い海の中を漂うのは恐ろしい孤独感に苛まれるのだ。

 舌打ちと共に布団を蹴りのけて、床に足をおろしたボクは、ベッドに腰をかけたまま目頭を押さえた。

 

「クッソ……あの森の探索からずっとこうだ」

 

「やっぱり先生達に抗議するべきじゃないかい?あれは罰則にしちゃあ重すぎる」

 

「それでこの素敵な悪夢を見なくなるのなら、是非ともそうするさ」

 

 ボクはベッドの下から旅行鞄を引き摺り出す。

 

「何だい?それは」

 

「見たら分かるでしょ。旅行鞄だよ旅行鞄。今年のクリスマスにスキャマンダーさんからプレゼントで貰ったんだ」

 

 ボクは箪笥から洋服や教科書類を取り出して、そのまま鞄に次々と放り込む。

 うん。やっぱりこの鞄は良いね。

 何でもかんでも入るし、その上鞄の重さ自体は変わらない。

 質量保存の法則なんてガン無視だ。

 

「旅行用鞄か。その割には結構詰め込んでいるみたいだが……全部入んのかい?それ」

 

「入るよ、この鞄には検知不可能拡大呪文が掛けられてるからね。しかも中はかなり大きく設定されているんだ。部屋1個分はあるんじゃないかな?」

 

「凄まじいねそりゃ……」

 

 呆れたように肩を竦めたミリセントは、そこでいやいやと首を振る。

 

「ってそうじゃないそうじゃない。お前さん、そんなにもの詰め込んでどうする気なのさ」

 

「どうする気って……明日の魔法史で試験も終わりだし、もう授業もないじゃないか。必要のないものは詰め込んじゃおうかなって」

 

 既に、あの禁じられた森の一件からもう一週間以上が経っている。

 その間、穏やかな日常を過ごせていたら良かったのだが、生憎なことに年に一度の学年末試験があったのだ。

 試験とその勉強ばかりでストレスが溜まる溜まる。

 

「特に魔法薬学は酷かった……」

 

「忘れ薬のやつか。重箱の隅をつつくような問題を出しやがって……しかもあの寮監、作り方を思い出そうとしている時に限って、後ろでまじまじと監視してくるから厄介さね。本当にぶっ飛ばそうかと思ったよ」

 

「ぶっ飛ばしてくれれば良かったのに。君なら一発KOさミリセント」

 

 腕をまくって鼻息を荒くするミリセントに、ボクはそっとため息をはく。

 ミリセントはニッと笑った。

 

「生憎、スネイプ教授は私の家族とも知り合いでねぇ。父親の顔に泥を塗る」

 

「だったら試験問題貰ってきてよ」

 

「ズルはしない主義さね。()るなら正々堂々と、だ」

 

 何とも羨ましい高潔な精神だ。

 ボクが思うに、彼女はスリザリンよりもよっぽどグリフィンドールの方が向いている。

 つくづく当てにならない組み分け帽子だ。

 

「そういや、実技試験は魔法薬学以外の出来は聞いてなかったね。他のはどうだったの?」

 

「可もなく不可もなく。少なくともメルムみたいに、教授にタップダンス踊らさせたりはしてないねぇ」

 

「そりゃ良かった」

 

 フリットウィック先生の出した呪文学の試験は、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせるという奇抜なものだった。

 闇祓い直々にスパルタ教育を受けていたボクにとっては退屈極まる試験。

 調子に乗ったボクは、ちょっと遊び心を出してしまった。

 そう、パイナップルと一緒に、フリットウィック先生にもタップダンスを踊って貰ったのである。

 

(あれは面白かったなあ……フリットウィック先生、パイナップルと大きさそんなに変わらないんだもん)

 

 ちなみにフリットウィック先生の名誉の為に言うと、彼が持ってきたパイナップルは結構デカかった。

 

「それと、変身術の実技でメルムの作った嗅ぎたばこ入れ。マクゴナガルが使ってたってさ」

 

「あぁダイヤモンドで出来たアレか。あの人、意外と成金趣味なんだよね……」

 

 マクゴナガル先生の試験は、ネズミを嗅ぎタバコ入れに変えることだった。

 美しい箱は点数が高いと聞いたので、ダイヤモンドにしてみたのだが、それが良くなかった。

 試験が終わった後にマクゴナガル先生に呼び出されたボクは、この嗅ぎたばこ入れを譲ってくれ、とせがまれたのだ。

 マクゴナガル先生程の実力者なら、自分で作っても良さそうなものだが、どうやら法律で禁じられているらしい。生徒の試作品ならギリOKなんだとか。

 

「まぁ終わっちまった事はもう良い。そんなことよりも明日の魔法史の試験の勉強は良いのかい?折角起きたんだから、やったらどうなのさね。まだ1637年の狼人間の行動綱領や熱血漢エルフリックの反乱には目を通してないんだろう?」

 

「そんなもんに目を通す必要は無いよ。どうせ明日の試験は、”鍋が勝手に中身をかき混ぜる大鍋”を発明した風変わりな魔法使い達について、で決まりさ」

 

「よくもまぁ、そう自信を持って断言出来るねぇ」

 

「過去問通りだからね」

 

 筆記科目は、ジェマ先輩達の配ってくれた過去問をひたすらやっておけば受かる。

 魔法史なんてその最も足る教科だ。

 ここ5年ほど過去問を遡ったが、まったく同じ問題しか出ていない。

 

「ジェマ先輩には感謝だよ、ホントに」

 

 スリザリンは他の寮の生徒よりも団結力があることが幸いして、過去問が非常に集めやすかった。

 お陰で、ボク自身はそれらに一通り目を通して復習するだけで済んだのだ。

 では、何故ボクがこんなに試験勉強でストレスを抱えているのか? 

 それは勿論、怠け者のセオドール・ノットのせいに他ならない。

 彼に一から教える為、わざわざ最初から復習する必要があったのだ。

 

「セオドールは結局、魔法史を全部覚えきったの?」

 

「うんにゃ、奴さん正攻法でいくのは諦めたらしい。明日は”秘密兵器”の出番だってさ。嬉しそうな顔して、ゴイルやクラッブと一緒に服の袖改造してたよ。一体何に使うんだか」

 

「あぁ……リスキーだなぁもう」

 

 嗚呼、哀しきかな。教えたことがポンポン頭から抜けていくセオドール。

 彼は、実質一夜漬けでここまでの試験を乗り切ってきたが、とうとう魔法史の勉強を後回しにしてきたツケが回ってきたらしい。

 彼から一応、秘密兵器の内容については聞いていたが、本当にそれで切り抜けられるのかは五分五分だ。

 

「まぁ気にしてもしょうがないね。ボクの成績じゃないし」

 

 荷物を一通り詰め込んだ旅行鞄を、色々心配なセオドールの成績ごと投げ出して、再びベッドにダイビング。

 今度こそ夢を見ることもなく、安心してボクは日の出までぐっすり眠るのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「はい。それでは試験終了です。羽根ペンを置いて答案用紙を巻きなさい」

 

 眠たそうなピンズ先生の間延びした声が、静かな教室に響き渡る。

 次いで、1週間続けた徹夜で死にかけた生徒達の安堵が教室を包む。

 

「ようやく終わった!!」

 

「な!もう当分は教科書見たくねぇよ」

 

「俺……単位落としたかも」

 

 最後の奴は、ご愁傷さまだ。

 無論、ボクはそんな心配もなく他の生徒達と同様に歓声を上げている。

 一週間後に試験の結果が発表されるまでは、素晴らしい自由な時間が待っているのだから当然だ。

 何よりもこの退屈で、つまんなくて、ひたすらキツかった勉強地獄から解放されたのはそれだけ喜ばしいことだった。

 

「はぁ……一年生は元気ですねぇ。皆さんも長い間、本当にお疲れ様でした……あ、それとミスターゴリラとミスターグラップホーン、そしてミスターノックはこの教室に残るように。袖の中身についてお話があります。それでは解散!」

 

「「「……はい」」」

 

 悟ったような顔で死刑宣告を受けたのはゴイル、クラッブ、セオドールだ。

 先程のミスターゴリラとはゴイルのことで、ミスターグラップホーンはクラッブ、そして野球に出てきそうな名前のミスターノックとは、セオドールのことだった。

 ホグワーツで唯一のゴースト教師であるビンズ先生は、生徒の名前を全く覚えていないのである。

 

 ……否、正確には間違って覚えている。

 

 ハーマイオニーのことをグラント、シェーマスのことをオッフラハーティ、パーバティの事はペニーフェザー、ハリーはパーキンズなどと間違えて覚えているのだ。

 もはや一文字足りとも合ってはいない。

 覚える気あるのだろうか本当に。

 

「馬鹿馬鹿しい。行くよメルム」

 

「試験後の罰則ご愁傷さま。今回のお題は何かな。廊下を雑巾掛け?それともボクの時みたいに禁じられた森の探索?何にせよ気になるとこじゃないか。ね、セオドール」

 

 待ってましたとばかりに、あの時の意趣返しをするボク。

 あの時とは、ボクが罰則が決まって項垂れている時に、彼が軽口を叩いてきた件だ。

 勿論、しっかり覚えていたとも。

 ボクはニッコリ微笑んで、パタンと教室のドアを閉じて校庭に向かう。

 

「あの女ぁぁぁ!からかったのを根に持っていやがった!」

 

 後ろで、怒声と机をひっくり返す音がしたが気にしない。

 これであの時のボクの気持ちも少しは分かってくれただろう。

 さんさんと陽の射す校庭に、ワッと繰り出した生徒の群れに加わって、ボクとミリセントも歩き出す。

 

「まったくメルムの言う通りだったねぇ。まさか一言一句変えることなく試験に出すとは……いやはや、あのゴーストには恐れ入ったよ」

 

「ふふん、過去問勝ちだよ。過去問を制するものは試験を制す、さ」

 

「そういや、私はセオドールから秘密兵器のカラクリを教えて貰ってないんだが。ありゃなんなんだい?」

 

「簡単な話だよ。過去問を縮小呪文で小さくして、袖の内側に貼り付ける。後は袖に切り込みを入れていつでも見れるようにする。テンプレだけど、バレにくいんだよね」

 

 とはいえ、ゴーストであるピンズ先生相手には無意味だったようだが。

 なんせ、セオドールやクラッブ達が隙を見つけて袖の内側を見ている時も、彼は宙に浮かびながらその様子をバッチリ凝視していた。

 足音をまったく立てず、文字通りの上下左右からの監視。

 おまけに彼は長年教師をやっているから、生徒がどんなカンニングをするのかも大体分かっている。もはや天然の要塞だ。

 彼らのカンニングは、失敗するべくして失敗したと言っていいだろう。

 

「試験の答え合わせするかい?」

 

「いいや、やめておく。今日は一夜漬けだったんだ。帰ってグッスリ眠らせてもらうよ。飯時にはちゃんと起こしてくれな」

 

「あいよ。それじゃボクは湖に大イカでも見に行こうかな」

 

「イカなんぞ談話室で幾らでも見れるだろうに」

 

「硝子越しと生は違うよ」

 

 そんなもんかね、とミリセントは首を捻りながら、踵を返して城へと戻っていく。

 それを見届けるとボクは、再び湖の方向へとぶらぶら歩き始めた。

 ミリセントには、ああは言ったものの本当の目的は違う。

 無論、この茹だるような暑さの中、談話室に籠るよりかは潮風に当たりたいという素朴な欲求もある。

 だが、そんなものもこれから起きる一夜の楽しみに比べれば、細やかなものだ。

 

「さぁてさて。こっから楽しくなるぞぉ」

 

 そう。

 ボクの目的は、今頃湖にいらっしゃるであろうグリフィンドール生の御三方に他ならないのだから。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ウィーズリーの双子とリー・ジョーダンが暖かな浅瀬で、日向ぼっこをしている大イカの足をくすぐっている。

 現在、ハリーとロンとハーマイオニーの三人は湖の畔の木陰で寝転んでいた。

 

「ピンズ先生ったら思ってたよりずっと優しかったわ!1637年の狼人間の行動綱領とか、熱血漢エルフリックの反乱なんか勉強する必要なかったのね!ねぇ、ロンはなんて書いたの?」

 

「やめろよ、試験が終わったってのに。答え合わせなんか気分悪くなるだけさ」

 

 いつものように、ハーマイオニーが試験の答え合わせをしたがり、ロンが気だるげにそれを断る。

 最近の恒例行事だ。

 ハリーも答え合わせをするような気分では無い。

 ヴォルデモートが今にも襲ってくるかもしれない。そんな恐怖の中で、一体どうして試験の答え合わせなんぞができるようものか。

 

「ハリー、もっと嬉しそうな顔をしろよ。試験でどんなにしくじったって、結果が出るまでまだ1週間もあるんだ。今からあれこれ考えたってしょうがないだろ?」

 

 ロンが草の上に大の字になりながら、見当はずれなことを言ってくる。

 試験の悩みくらいなら、ここまでハリーもナーバスにはなったりしない。

 額を擦りながらハリーは言う。

 

「傷が……ずきずきする」

 

「前にもあったよな」

 

「一体これはどういうことなのか分かればいいのに。ずっと傷が疼くんだ。今までもこういうことはあったけど、こんなに続くのは初めてだ」

 

「マダム・ポンフリーのところに行った方がいいわ」

 

「僕は病気じゃない、きっと警告なんだ。なにか危険が迫ってる証拠なんだ」

 

 ロンはそれでも反応しない。何しろ暑すぎるのだ。

 

「ハリー、良いかい?リラックス。リラックスだよ友人。ハーマイオニーの言う通りだ。ダンブルドアがいる限り、”石”は無事だよ。スネイプがフラッフィーを突破する方法を見つけたっていう証拠はないし……ていうか、1回足を噛み切られそうになったんだぞ?すぐにまた同じことをやるわけないよ。それに、ハグリッドが口を割ってダンブルドアを裏切るなんてありえない。そんなことが起こるくらいなら、ネビルはとっくにクィディッチ世界選手権のイングランド代表選手になってるよ」

 

「それはどうかな」

 

 ハリー達の会話に割り込んでくる声。

 いつからそこにいたのだろうか。

 ハリーが振り向くと、木陰の傍にぼんやりとした顔をした女の子が立っていた。

 スリザリンの有名人、メルム・グリンデルバルドである。

 

「やぁメルム。フリットウィックをパイナップルと一緒に踊らせたって聞いたけど、あれ本当?」

 

「お久しぶりウィーズリー。フリットウィック先生のことなら本当だよ。というか色んな人から聞かれるけど、その話そんなに面白い?」

 

「勿論大爆笑さ。フリットウィックはどんな顔してた?」

 

「キョトンとしてたよ。あの顔は面白かったなあ。知ってるかい?あの人、自分が並べたパイナップルと殆ど身長変わらないんだよ?」

 

 メルムは、フリットウィック先生が如何にパイナップルと大きさが変わらないかを熱弁する。

 それを聞いたロンは腹を抱えてゲラゲラ笑った。

 メルムの馬鹿話もそれなりに面白かったが、ハリーとしては最初の発言が気になって仕方ない。

 

「ねぇメルム、フリットウィック先生の話はもう良いよ。それよりも僕が気になるのはさっきの言葉さ。あれはどういう意味だい?」

 

「ん?そのまんまの意味。面白い話を聞いたんだよね」

 

 彼女の話は、ハグリッドが飼っていたドラゴンであるノーバートの出処についての話だった。

 

「罰則を受けたあと、どうしても気になっちゃってさ。だって法律で禁じられているドラゴンの卵だよ?純血の一部の高級官僚が密かに買うならともかく、一介の森番のハグリッドが手に入れられるわけないじゃんか」

 

「確かに。それは僕も気になってたな。チャーリー兄さんも不思議がってたんだよ。ドラゴンの卵なんて夜の闇(ノクターン)横丁ですら売ってないのに、一体ハグリッドはどうやって手に入れたんだろうって」

 

 にまっとメルムが微笑む。

 

「なんとね。ハグリッドの話によると、偶然(・・)酒場で会った男と意気投合して、賭けの末に譲ってもらったらしい」

 

「冗談だろ?ドラゴンの卵だぜ。普通、持ち歩く魔法使いなんていないよ」

 

「その通り。ドラゴンを欲しがってるハグリッド、そこに偶然希少なドラゴンの卵を持っている男が現れた。しかもその男はね?ハグリッド曰く、フードを深く被ってた(・・・・・・・・・・)らしいよ」

 

 メルムは微笑んだまま、ハリーの方を向く。

 彼女が何が言いたいのか分かった。

 禁じられた森の奥で邂逅したフードの魔法使い。

 一角獣(ユニコーン)の生き血を啜って、復活の時を待ち望む”誰か”。

 

「まさかヴォルデモート……?」

 

 ポツリと零れた力ある名前。

 ロンが悲鳴を上げて、ハーマイオニーがビクッとする。

 笑みを引っ込めたメルムは肩を竦めた。

 

「さぁねえ、でも偶然が何回も重なればそれはもう必然と言えるよ。それにね?ハグリッドは言っちゃったんだってさ」

 

「……何を?」

 

 嫌な予感がする。

 

「例の四階に住んでるケルベロスの宥め方を」

 

 音楽を聞かせたらイチコロだってさ。

 そう言ってメルムはケラケラ笑う。

 冗談抜きでハリーは目眩がした。

 大方、欲しいドラゴンが手に入った上に、酒まで入ったので気が大きくなってしまったのだろう。嗚呼、迂闊すぎるハグリッド。

 思わずハリーは叫んだ。

 

「ハグリッドにドラゴンをくれた人は絶対スネイプだよ。スネイプはフラッフィーのなだめ方を聞き出したんだ。どうしよう!賢者の石が盗まれちゃう!」

 

「ちょっと待って。大事なこと忘れてない?この世で唯一人、”例のあの人”が恐れているのは誰?ダンブルドアよ。ダンブルドア先生がいる限りハリーは大丈夫。あなたには指一本触れさせやしないわよ」

 

 ハーマイオニーの言葉に一瞬、ホッとするハリー。

 しかし、それもメルムによって即座に否定された。

 

「ダンブルドア校長先生なら留守だよ。魔法省から緊急のふくろう便が来て、今はロンドンに出張中。帰るのは明日だってさ」

 

「ダンブルドアがいない……?この肝心な時に?」

 

 絶望的な状況にハリーは空を見上げた。

 眩しいほどの青空に、フクロウが手紙をくわえて学校の方に飛んでいくのが見える。

 

「……今夜だ」

 

 ハリーはボソリと呟いた。

 唐突な言葉に訝しんだロンが聞き返す。

 

「何だって?」

 

「スネイプが仕掛け扉を破るなら今夜だ。必要なことは全部わかったし、ダンブルドアも追い払ったし。スネイプが手紙を送ったんだ。ダンブルドア先生が顔を出したら、きっと魔法省はキョトンとするに違いない!」

 

「でも、私達に何ができるって……」

 

「あー、お話の最中悪いんだけど。ちょっと良いかい?」

 

 手を上げて発言の許可を求めたのはメルムだった。

 彼女は心底わけが分からないというような顔をして、ハリーに問いかける。

 

「そもそも、なんでスネイプ先生が賢者の石を狙ってることになってるの?あの人、腐ってもスリザリンの寮監だからよく知ってるけど。職務には忠実なタイプだよ」

 

「そりゃあ君はスリザリン生だからそういう風に見えているだけさ……まぁそんな事は良いんだ。スネイプがスリザリン贔屓しているのは今に始まった話じゃないし────証拠があるんだよ」

 

「証拠?」

 

 そうだ、とハリーは頷いた。

 

「ハロウィンの日を覚えているかい?トロールが現れた時、例の4階の部屋に侵入してスネイプはフラッフィーに足を噛みちぎられそうになっている」

 

「あぁ……あれね」

 

 何かを思い出すようにメルムは笑った。

 ハリーは更に言い募る。

 

「それだけじゃないんだ。賢者の石を手に入れるのを手伝えって、スネイプはクィレルを脅していたんだ。スネイプはフラッフィーを出し抜く方法を知ってるかって聞いていた」

 

「それはまたなんとも……」

 

 この話は、流石のメルムも予想外だったらしい。

 彼女は驚きと疑いの入り混じった目をハリーに向けていたが、暫くしてやっと口を開いた。

 

「もしそれが本当ならとんでもない事になるね。”石”を手に入れれば間違いなくヴォルデモートが戻ってくる……ポッターはどうする気なのかな?」

 

「”石”を探しに行く。今夜だ」

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 例の話の後、ポッター達三人組は早々に湖から暑苦しい校舎へと走っていった。

 やる事があると言っていたので、恐らくは今夜に向けて作戦を練ったり準備したりするのだろう。

 

「ここまでは予定通りか」

 

 ボクはそっと腕時計を見た。時刻は午後三時。

 あと十時間もすれば、今年一番の大事件が始まる。

 アルバス・ダンブルドアの加護が無い中、小さき英雄はどのようにして闇の帝王を退けるのか。

 はたまた何も出来ずに死んでいくのか。

 

 ────”未来”は、まだ見えない。

 

「こういう時、役に立たないんだよね」

 

 幾重にも張り巡らされた罠。

 それらを乗り越えた先にあるその深奥にて、彼は闇の帝王と対峙することになるのだろう。

 それは定められた戦い、根深い因縁の対決、彼自身の運命の象徴。

 

「だからこそ、見る価値がある」

 

 ボクは肩に登ってきたニフラーのゴールディをそっと撫でる。

 まさに今夜は運命の分岐点となるだろう。

 絶望の始まりか。はたまた新たな伝説の始まりか。

 どちらにせよ、恐らくその勝敗は、意志の力によってのみ果たされる。

 

「それに、ボクとしても良いとこ取りが出来るチャンスかもしれないしね」

 

 暗い笑顔が、太陽と一緒に湖に映り込む。

 その水鏡をブーツが粉々に砕いて、ボクは歩き出す。

 

 再び水面が静止した時、砕かれる前と同じ太陽が映っていたが、そこにはもう少女の暗い眼差しはなかった。

 

 




あと二話ほどで賢者の石編は完結しますね。
思ったよりも長くなっちゃったなぁ……


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