ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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昔、師匠に言われた。

怒った時のお前の瞳は、海のように青かったって。



#015 寮対抗杯の結果と一年の終わり

 賢者の石を巡っての攻防から一週間経った。

 例の事件以来、有難い事にボクはめっきりと悪夢を見なくなった。 お陰でこの一週間は安眠を貪ることが出来ている。

 やはり夢も見ずに昏睡出来るのは気持ちがいい。

 そんな事をぼんやり考えながら、ボクはむくりとベッドから起き上がる。

 部屋の隅では、友人であるミリセント・ブルストロードが朝の日課である腕立て伏せをしていた。

 

「ふぁーあ……おはよミリセント」

 

「むっ! ……ふっ! ……むっ! ……ふっ! ……おぉ、おはようさんメルム」

 

 滴る汗。光る筋肉。

 一年前も相当ヤバかったが、今は更にそのヤバさに磨きが掛かっている。

 獣のように進化していく彼女は、一体どこを目指しているのだろうか。

 まぁ少なくとも魔法使いではあるまい。

 

「そういや今日の学年末パーティー楽しみだねぇ。得点は全部計算が済んで、もちろんスリザリンの勝ち確。ハリー・ポッターが最後のクイディッチの試合に出られなかったから、グリフィンドールもレイブンクローにコテンパンにやられちまってたしねぇ」

 

「学年末パーティといえば、ポッターは出られるのかな? それにダンブルドア校長も」

 

「試験明けのアレか。どうだろうねぇ……大騒ぎになるくらいには2人とも酷い状態だったらしいし」

 

 ミリセントの言う通り、例の事件から一夜明けた翌日は学校中が上を下への大騒ぎだった。

 正に驚天動地の連続だったのである。

 まずクィリナス・クィレルの失踪を皮切りに、ハリー・ポッターの医務室への謎の入院、コチコチに固まった状態で発見されたネビル。

 そして何よりも、学校中の人間を驚かせたのはダンブルドア校長の大怪我の話だった。

 

 ────なんと、あのダンブルドア校長がボロボロの状態で発見されたのだ。

 

 一時は本当に危険な状態だったらしく、マダム・ポンフリーは彼を聖マンゴに送ることも考えていたくらいなんだとか。

 それを知ったマクゴナガル先生はご飯が喉も通らず、スネイプ先生などいつもの三倍以上に深いシワを額に作っていた。

 ハグリッドなど、ダンブルドアの大怪我とポッターの入院を聞いておいおいと泣き崩れてしまった。

 ドラゴンの卵に釣られ、フラッフィーの秘密をクィレルに迂闊に喋った自分のせいだ! と。自覚があるのは良い事である。

 大粒の涙でグッショリ濡れたファングは気の毒としか言いようがないが。

 

 各新聞社も大騒ぎだった。何せあのアルバス・ダンブルドアだ。数々の伝説を残してきた大魔法使いをそこまで追い詰められる者など、全盛期のヴォルデモート卿や爺様であるゲラート・グリンデルバルドくらいなもの。

 魔法界はここから先、暫くはその話題で持ち切りだろう。

 

(やれやれ……一応、世界の上位ランクに位置する怪物爺な筈なんだけれど。誰がやったんだか)

 

 恐らく、ヴォルデモートではない。

 あの怨霊には、それだけの力は残っていなかった。

 となれば、身を潜めていた第三者の線が濃厚。何れにしても普通じゃない。

 

(それに公には皆知らないことになってるけど、何故か大体の事情はもう出回ってるんだよね)

 

 噂の出所はよく分からない。分からないが予想はつく。

 入院しているポッターは物理的に無理。

 ならば、そこそこの傷で撤退した彼の友人であるウィーズリーやハーマイオニーだろう。

 そのお陰で一夜にして、大戦犯ハリー・ポッターはヒーローとなった。入院中のポッターは知らないだろうが、その掌返しは清々しさを通り越して薄ら寒い。

 傍から見てるボクですら人間不信に拍車がかかりそうだった。良くも悪くも、人とは印象に左右されやすい生き物である。

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 大広間は、もう既に先に着いた生徒達でいっぱいだった。いつもと違う浮ついた空気は、パーティのご馳走と明日からの長期休暇への期待の為だろうか。スリザリン寮はその中でもトップクラスに浮ついていた。

 それは”穢れた血”の話や純血の馬鹿話で盛り上がる声が多いことからもよく分かる。マルフォイなどウィーズリー達を指さしてゲラゲラ笑っていた。

 彼らの気と態度が大きくなっている理由は言わずもがな。

 

 広間に飾られた緑と銀が彩る横断幕のせいである。

 上を見上げればなるほど、緑の蛇を描いた巨大な横断幕がテーブルの上空を無数に舞っている。

 全ての罰則を終え、最早何も気にすることなぞないと飯をかきこんでいるセオドール曰く、スリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いらしい。

 

(悲しいなぁ……阿呆な身内のせいで自寮の勝利も素直に喜べないとはねぇ)

 

 とはいえ、勝利は勝利。別に欲していたわけではないが、寮杯はボクらの寮のもの。くれると言うなら貰っておこう。それに、年に一度の大御馳走だけあって種類も豊富、ボクの大好きな食べ物もちらほらある。どっちかと言うと、こっちの方がボク的には嬉しい。

 

(とっとと美味いご馳走を食べて、良い気分のままこの学校からおさらばしよ……あ、帰りに爺様へのお土産も買わなくちゃだ)

 

「おい……来たぞ……」

 

「あ……本当だ!」

 

 突然、ガヤガヤ騒がしかった大広間が突然シーンとなり、ヒソヒソと内緒話が始まる。

 

「ん?」

 

 いきなり大広間の空気が変わった事に気がついたボクは、顔を目の前の料理から皆の視線の向く方に移す。

 そして、納得した。

 何を隠そう、我らが英雄ハリー・ポッターのご登場だった。

 医務室から解放され、一人遅れて大広間に着いた彼はグリフィンドールのテーブルで、ウィーズリーとハーマイオニーの間に座る。

 

「ありゃー……いつか見た光景だね、これは」

 

 好奇心の余り、それぞれの寮の生徒達が席を立ち上がってポッターをガン見していた。

 初回の授業の時にボクもされたから分かる。意外と緊張するのだ、これが。

 とはいえそんなポッターへの好奇の視線も、計ったように現れたダンブルドア校長によって取り敢えずは静まる。

 まぁ彼らの興味が、ポッターから謎の大怪我をしたというダンブルドア校長へと移っただけなんだけどね。

 

「また一年が過ぎた」

 

 声高々に、そう宣言するダンブルドア校長。

 老人の右腕は包帯で巻かれて、少しだけ痛々しい。

 

「一同、ご馳走にかぶりつく前に老いぼれの戯言をお聞き願いたい。なんという一年じゃったろう……儂は散歩中に転んで腕を折り、その他にも何人もの生徒が医務室へと運ばれて、とうとう教師まで夜逃げしてしもうた。儂のささやかなる願いとしては、君達の頭が以前に比べて少し何かが詰まってくれておる事を願うのじゃ……しかし哀しきかな。新学年を迎える前に君達の頭がキレイサッパリ空っぽになる夏休みがやってくる……」

 

 開口一番に失礼なジジイだった。

 きっと学生の頭をザルか何かと勘違いしているに違いない。

 まぁ奥の方の席で校長達から見えないように、ご馳走を摘み食いしているゴイルやクラッブを見ると割と否定できないが。

 それにしてもクィレル先生の件の軽いこと軽いこと。

 ダンブルドア校長の怪我の件についての真偽はともかく、仮にも一教師が失踪したのだから、もう少し生徒達に詳しく説明しても良いと思うんだけれど……いやぁ、やっぱ無理か。

 

 君達を教えていたのが実は死喰い人で、何なら後頭部から例のあの人が生えてるバケモノで、挙句の果てに生徒を殺そうとして返り討ちに遭って、最期は骨も残らず灰になっちゃいました☆

 

 ……確かに、夜逃げという事にしとくのがベターでベストだった。

 そんな事を考えている内に、ダンブルドア校長がそれぞれの寮の最終成績を読み上げる。

 

「それでは、ここで寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。点数は次の通りじゃ。4位のグリフィンドールは312点! 3位のハッフルパフは352点! 2位はレイブンクローで426点! ────そしてスリザリン452点。2位のレイブンクローを大きく離しての1位じゃな! 実に良く頑張った!」

 

 辺りの席から、嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音が上がった。

 下品にもマルフォイがゴブレットでテーブルを叩いている。

 それ以外のメンツも、それぞれ喜びを全身で表していた。

 パンジーはミリセントと抱き合ってパグ犬みたいな声を出しているし、滅多に笑わないクールなダフネもニッコリ笑って席を立って拍手している。

 セオドールなどは、何故かクラッブとゴイルに胴上げされている。

 ジェマ先輩もフリント先輩辺りと肩を組んで踊っていた。

 

(滅茶苦茶はしゃいでるな……まぁ嬉しいもんは嬉しいよね)

 

 チラ、と横目で他の寮の生徒達を見ると、彼らは大して面白くもなさそうに、目の前の食事だけを見つめている。

 得点の事など、どうでもいいから早く飯を食わせろと顔に書いてあった。

 他寮からしてみれば、さぞ憤懣やるかたない光景なのだろうが、ここは我慢して貰おう。

 敗者は黙してただ下を向くのが礼儀だ。

 

「それにしてもグリフィンドールは312点か……例の150点減点がなければスリザリンは負けてたね」

 

「なぁに勝ちは勝ちさね」

 

 隣で泡を吹くパンジーを抱き締めているミリセントに声を掛けると、彼女はそう言ってガハハ! と笑った。

 確かに勝利は勝利。

 でも賢き蛇の諸君よ、忘れてないかい? 

 

 ────あの砂時計に、ここ最近の出来事が加算されていない事を。

 

 そんなボクの内心を代弁するかのように、狸爺が穏やかに言った。

 

「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 あー……これは悪い流れだ。

 部屋全体がシーンとなっている。

 流石にマズい雰囲気を感じたのか、スリザリン生たちの笑いが少し消えた。

 えへん! とダンブルドアが咳払いをする。

 

「駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと……そうそう、まず最初はロナルド・ウィズリー君。この何年か、ホグワーツで見ることが出来なかったような最高のチェスゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 グリフィンドールの歓声は、魔法をかけられた天井を吹き飛ばしかねないくらいだった。

 頭上の星がグラグラと揺れる。

 

 スリザリン寮の動揺は激しかった。

 クラッブとゴイルの二人など呆然として、胴上げしたセオドールを落としていた。

 マルフォイもゴブレットをテーブルに叩きつけるのをやめている。

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー嬢に、火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 ハーマイオニーが腕に顔を埋めたのが、遠くにいるボクから見ても分かった。

 きっと嬉し泣きをしているに違いない。

 

 意気消沈していくスリザリン生とは対照的に、グリフィンドール生はテーブルのあちこちで我を忘れて狂喜している。

 百点も増えたのだから当然だ。

 

 現在、スリザリンに届くまで後、四十点。

 そして、ボク達スリザリンにとっては悲しいことに、一番表彰されるべき主役がまだ残っている。

 

「3番目はハリー・ポッター君。その完璧な精神力と並外れた勇気を称え、グリフィンドールに70点を与える」

 

 まさに大歓声。

 耳をつんざく大騒音に、ボクは思わず耳を塞いだ。

 

 グリフィンドールの生徒達は、声が掠れるほど叫びながら大喜びしている。

 反対に、逆転負けしたスリザリンの寮は、最早お通夜状態。

 

(聞いてられない。レイブンクローやハッフルパフとか、もうご飯を食べ始めてんじゃないの?)

 

 流石にそんな事はなかったが、彼らの顔には、グリフィンドール贔屓はやめろと書いてある。

 

 そして、ダンブルドア校長によるグリフィンドール贔屓は、まだ終わらない。

 

「勇気にも色々ある」

 

 ダンブルドア校長は、ニッコリ微笑んだ。

 

「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ……そこで儂はネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」

 

 嗚呼、驚いて青白くなったネビルがみんなに抱きつかれ、人に埋もれて姿が見えなくなっていく。

 ポッター、ウィーズリー、ハーマイオニーも立ち上がって叫んでいた。

 

「…………」

 

 スリザリンといえば、空前絶後のオーバーキルに悲しむどころか、ダンブルドア校長のグリフィンドールに対する贔屓っぷりにドン引きすらしていた。

 それはそうだろう。スネイプ先生も真っ青の大贔屓だ。

 

(なーんでこういうことするかな、あのジジイは……これでグリフィンドールは492点か……年間で稼ぐ点数が300から400なのに、個人に50点はやりすぎでしょ)

 

 しかし、不思議なもんだ。

 ここまで明白(あからさま)に贔屓すればクレームの大嵐だろうに。

 スリザリンは純血の名家が多い、裕福な親もその数だけ多い。

 下手すれば、乗り込んで来る親もいるのではなかろうか。

 いや……考え過ぎかな? 

 

「ダンブルドアの老いぼれが……絶対に父上に言いつけてやる。僕の父上はこの学校の理事なんだぞ……目にものを見せてやる!」

 

「私の父の会社もホグワーツと懇意にしてたけど……こんな事をするならお父様に言いつけてやるわ! ホグワーツとの取引を解消して、ボーバトンかダームストラングと取引して貰う!」

 

 ……だよねーやっぱそうなるよねー。

 権力者の娘や息子を怒らせるとこうなるのだ。

 ひたすら甘やかされて育ってきたお嬢様やお坊ちゃま方に、常識は無いし、我慢の二文字は存在しない。

 スリザリンの怖いところが出てきたなぁ、とボクがぼんやり考えていたその時、ダンブルドア校長がゆっくりと口を開いた。

 

「真実の追及には意味がある」

 

 なんだ? とボクは顔を顰めた。

 隣のミリセントを見ると、肩を竦めて首を横に振っている。

 まだ何かあるのだろうか? あらかじめ計算しとけや、この狸爺が。

 

「敵に立ち向かっていくのにも確かに勇気がいる。しかし勇気ある者の背中を押し、その裏に隠された真実を見定めようとする姿勢もまた、非常に美しいものだと儂は思うのじゃ」

 

 ────故に、儂はメルム・グリンデルバルド嬢に40点を与える

 

「うぉっしゃあ!」

 

 再びぶち上がるスリザリンの大歓声。

 飛びかかってきたミリセントのせいで、ボクは椅子に座ったまま五メートルは横にスライドする。

 セオドール達も今度は胴上げではなく、喜びの舞を三人で踊っていた。

 マルフォイも再び、ゴブレットをテーブルに叩きつけ出す……なんかテーブルに恨みでもあるの? 

 

「本当に良かったよ、1位を維持できて。同点なのは癪だけど」

 

「ヒヤヒヤさせられたもんだ」

 

 口々に交わされる喜びの言葉。スリザリン寮のテーブルから、先程の暗い雰囲気がさっぱりなくなっている。何なら、単独優勝が決まっていた最初よりも喜んでいた。

 

「さぁて、飾りつけをちょいと変えねばならんのう?」

 

 嵐のような喝采の中、ダンブルドアが手を叩く。

 次の瞬間、グリーンの垂れ幕に真紅が混ざり、銀色に金色が混ざる。

 そして、巨大なスリザリンの蛇の隣には、グリフィンドールのそびえ立つようなライオンが現れた。

 涙で前が見えなくなっているミリセントを横に退けたボクは、取り出したロリポップを苛立ち紛れにガジガジと齧る。

 これでグリフィンドールとスリザリンは同点優勝だ。

 単純なスリザリンの連中はちゃぶ台返しに飛び回るくらい喜んでいるが、忘れてはいけない。

 ダンブルドア校長のグリフィンドール贔屓が無ければ、単独優勝だった。

 

「本当に誤魔化すのが上手いよ。ダンブルドア校長は」

 

 あれだけの駆け込み得点は、どう言い繕っても無理がある。そもそもポッター達へ得点をやり過ぎなのだ。

 特別イベントで五十点や七十点などがホイホイやり取りされたら、日々の生活で一点や二点をちまちま稼いでいる意味が無い。

 

(ていうかネビルへの得点の理由なんて、もはや意味不明だし)

 

 明白なグリフィンドール贔屓は、絶対にスリザリンや他寮から文句が出る。

 それを見越して、スケープゴートに選ばれたのがボクなのだろう。

 本来なら同点優勝ですら文句が出てもおかしくはない状況だ。

 散々にグリフィンドールに点数を盛って、後からスリザリンにも同点になるように点数を盛る。

 単純だけど効果は抜群だ。

 その証拠に息巻いていた連中は皆ニコニコしている。

 不満など何一つ無いかのように。

 それどころか、ダンブルドア校長はスリザリンもちゃんと評価してくれている! なんて宣う奴までいる始末だ。

 

「やっぱ爺様の言う通り食わせものだね」

 

 壇上のダンブルドア校長と目が合う。

 少しボクが睨むと、お茶目にもウィンクが返って来た。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 オーストリア、元ヌルメンガード城。

 その最上階では、薄暗い牢屋に一人の老人が幽閉されている。

 彼の名はゲラート・グリンデルバルド。

 ヴォルデモート卿の出現まで、史上最強かつ最も危険とされた闇の魔法使いである。

 することも無い彼は暇を持て余し、部屋に唯一ある鉄格子から夜空に浮かぶ月を眺めていた。

 

「まったく暇だな。会話相手がいないと寂しいものだ……如何せん、私にも人の心が残っていたらしい」

 

 昔はうんざりするほどには、色んな人間を相手に”演説”をしたものだが、今は話す相手すらいない。もう人望があったのは昔の話なのだ、とこういう時には嫌でも実感する。

 何せ自分を慕う者の大半はウェンストンミンスター寺院の墓の下だ。

 今や、たまにフラリと寄ってくる孫娘の面会と飯を届けに来る看守くらいしか人との付き合いもない。

 そう────死を待つだけの老人に客人など訪れるはずもない。

 そのはずであった。

 

「なんとも落ちぶれたものだね、ゲラート」

 

 鈴のような可憐な声が響く。

 どこか歪な響きを感じさせられる声だ。

 その声が客人の来ないはずのグリンデルバルド翁の独房に響いていた。

 

「何の用だ、性悪女め」

 

「獄中見舞い。風の噂で牢屋にぶち込まれたって聞いてさ」

 

 独房の中にゆらりと現れた影は、グリンデルバルド翁のいつも使っている萎びたベッドに腰掛けて笑う。

 

「かれこれ八十年振りか、君に会うのは。見ない間に随分と老けてしまったもんだ」

 

 年老いた老人を見下ろす影はゆらゆらと揺れている。

 恐らくは笑っているのだろう。

 

「……その身体は?」

 

「ん、あぁこれ。墓土に骨を混ぜて練ったものだよ。繋ぎに使っているだけ。適性はないんだ」

 

 嘘は言っていないだろう。

 影になって見えないが、その身体は身動ぎをする度に土の破片をポロポロと零している。

 限界が近い証拠だ。

 

「見舞いね。遅すぎないか?息子も孫娘も皆、お前よりも先に面会に来てくれているぞ。この薄情者めが」

 

「馬鹿に見せる顔なんかないよ。あの程度の俗物に負けやがって。下らないおままごとをさせる為に、君に魔術を教えたわけじゃない」

 

「耳の痛い話だ。孫娘にも最近、その事で愚痴を言われた」

 

 カラカラと笑い飛ばすグリンデルバルド翁。

 それをじっと見つめる影。

 

「どうした。言いたいことがあるなら言え」

 

「いや。変わったなと思ってさ」

 

 一見褒め言葉のように聞こえる言葉だが、声からは喜びのような感情は一切感じられない。

 寧ろ焦れったく思っている。そんな声音だった。

 

「野心がない。あの頃の莫大な魔法力も。君は枯れてしまったのかい?」

 

「もしかしたら、インドの僧みたく悟ったという解釈もあるぞ?」

 

「茶化さないでよ」

 

 鼻を鳴らす影。

 不機嫌そうではあるが、それは昔からのことだ。

 今更ご機嫌取りをやるような仲でもなし、何より気にしないことが一番だと長い経験から知っている。

 ことり、と置かれた赤い石。

 

「”盟約”だ。貴様といつかの夜に結んだ”盟約”。それを果たしに来た」

 

「賢者の石か。あの老いぼれがよく渡したな」

 

「奪ったからね」

 

 その言葉にグリンデルバルド翁はピクリと眉を動かすが、それ以上の変化はない。

 真正面からこの化け物と激突したならば、どんなに優秀な魔法使いとて、万が一にも勝ち目はない。

 それをゲラート・グリンデルバルドはよく知っていた。

 

「殺したのか?」

 

「まさか。今あのガキを殺せば、君たちヒト族に余計な混乱を招く。それは私の望むところじゃあないんだ。私は平和主義者だからね」

 

 なんともタチの悪い平和主義者もいたものだ。

 いつだって彼女は、自分の手を下さず場を掻き乱しては、混乱の末に起きた騒動を手の届かない高みから嘲笑う。

 元々が長寿ゆえに退屈なのだろう。

 頼んでもいないのに、賢者の石をわざわざ渡しに来る気になったのも、恐らく悪巧みに自分を利用する為に違いない。

 面倒臭がりの癖に、暇潰しには全力を尽くす偽神の悪い癖だった。

 

「”盟約”か。わざわざご苦労な事だな。忘れてしまっても良かったというのに」

 

「それに関しては完全に此方の都合なんだ。”盟約”がなければ、土塊に魂を仮止めする事も出来ない。何ならスリザリンの呪いのせいで、少々手間取ったくらいだ」

 

 かのホグワーツ城を創造した四人の英傑の内の一人、サラザール・スリザリンに纏わる伝承にこんなものがある。

 ”湿地の蛇”は”傲慢なる天”を討ち取った後、二度と厄災が起きぬよう島に祈りを捧げた、と。

 

「なるほど、運命に干渉する呪いか。お前でも解けないとは、かのスリザリンはよほど傑出した魔法使いだったようだな」

 

「魔法の使い方が嫌らしいだけさ。ああいう手合いは昔から苦手でね」

 

 何はともあれ、それでも彼女はホグワーツを訪れ、賢者の石を奪ってこれた。

 どういう抜け穴を使ったかは知らないが、偉大なるサラザール・スリザリンの魔法でも、この傲慢なる天を止めることは出来なかったのだ。

 平和とは強者の気紛れで成り立っているという良い例である。

 ゴホン、と仕切り直すように咳払いをするグリンデルバルド翁。

 

「そういえばホグワーツには私の孫娘もいた筈なんだが、見なかったか?」

 

「あぁ。それなら一目見たよ」

 

 にんまりと影の口の端が歪む。

 

「すくすくと成長(・・)してた。やはり身を置く環境次第で、愚鈍もそれなりのモノにはなる」

 

 その瞬間、殺気と魔法力の奔流が吹き荒れた。

 本来、目に見えない筈のそれらは物理的な風となり、影の髪を靡かせる。月に反射して銀が輝く。

 

「……なんだ。存外、まだ枯れたわけではないらしい。私を(たばか)るなど相も変わらず人が悪いな」

 

「馬鹿にするな老害。勝手に人の心まで爺扱いしおって。私は死ぬまで現役だ」

 

「はは、確かにそうだ。どれほどの年月が経とうとも受け継がれ、変わらないモノも実在する。1000年朽ちぬ黄金の煌めきのように」

 

 いや、そこまで綺麗なものでもないか。

 そう笑う影の皮肉に、グリンデルバルド翁も笑みを零す。

 

「お前の考えは分かっている。だから先に言っておくぞ。私が再び表舞台に立つかどうかを決めるのは、お前でもなければ私でもない(・・・・・)。これ以上、お前の趣味の悪いおままごとに孫娘を巻き込むつもりなら、私はレディファーストを反故することになる。悲しいがね」

 

「……本当に変わったねぇ。予想外にも程がある。君が孫のことを気にして、お節介を焼くとは」

 

「祖父として当然のことだ」

 

 短くも決意の篭った言葉に、影は暫し無言になる。

 純粋に驚いているのだろう。

 自分が血も涙もない鬼畜族だという自覚はグリンデルバルド翁にもあったが、ここまで驚かれると流石に心外だ。

 影は、納得がいかないのか言葉を重ねる。

 

「野心を胸に、ひたすら邁進する君が好きだった。我欲で無辜の民を虐げて、己の同胞の血に塗れながら進む君が好きだった……あの頃の君は何処へ行ったんだい?」

 

 否定はできない。

 彼自身、歩んできた過去はひたすらに暗いゆえ。

 困惑した様子の影に、グリンデルバルド翁は珍しく寄り添うように語りかけた。

 

「人は変われるのさ。お前には無駄に思えるような歩みでも、人は何かを変える為に積み重ね続けているものなのだ」

 

「そういうものかね?」

 

「そういうものなのさ」

 

 言いたいことは言い終えたし、向こうも聞きたいことは大体聞き終えたのだろう。

 二人の間に沈黙が降りる。

 

「……時間だ」

 

 そう言ってベッドから立ち上がる影。

 久しぶりだというのに、せっかちな奴である。

 

「人は変われる、ね。なら証明してくれよ。もしも私の思い描く結末とその瞳に映る未来が違うのなら、君たちの評価を考え直してあげるのもやぶさかではない」

 

 独房唯一の窓に足を向ける影に向かって、グリンデルバルド翁は声をかける。

 

「おい、神様」

 

「何?」

 

 月に照らされる二人の間に、チリッとした歪な火花が散る。

 ギシギシと軋み出す周りの空気。

 グリンデルバルド翁は、ニッと笑った。

 

天辺(てっぺん)に立っているからって、あんまり人間(私達)をナメるなよ」

 

 宣戦布告とも取れるその言葉。

 ふふ、という小さな笑い声があった。

 

「私のやる事に文句があるんなら、玉座から引き摺り下ろしてみなよ。あの無敵の男のように。あの四人のように」

 

 強い視線を背中に受けながらも、影は嘲りを交えてこう答えた。

 

「今を生きるヒト族にそれだけの力が残されてるのなら、それもまた面白いだろうねぇ」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 試験の結果が発表された。

 先に言うとボクは二位だった。学年トップの座は、僅差でハーマイオニーに取られてしまった。

 一位と二位の差はたったの十点。魔法薬学が足を引っ張ったと個人的には思っている。

 スネイプ先生のスリザリンブーストをされても一位になれなかったのは中々に悔しい。

 ちなみに、ボクが教えたミリセントも上位二十位に入る好成績だった。

 セオドールも驚いた事に成績は中の上である。素の頭は良かったのだろう。

 

「意地悪でバカなゴイルやクラッブが退学になれば良かったのに」

 

 ハグリッドの湖を渡る船のせいで、グロッキーになっているボクを介護しながらネビルがそんなことを言った。

 

「うっぷ……おぇ……仕方ないよ……マルフォイの奴が何回も……徹夜で教えこんでたからね……うぷっ……」

 

「ままならないものよね」

 

 隣のハーマイオニーがよしよしとボクの背中を撫でながら、不満そうに口を尖らす。

 

「そういえば……うぷっ……ヒキガエルは見つかったのネビル?」

 

「あぁトレバーなら見つかったよ……トイレの隅にいたよ」

 

「次からフクロウか猫みたいな大きいの飼えば? あなたには向いてないわよ、カエルの世話」

 

「だね……」

 

 そうかなぁ? なんて呟きながらネビルはホグワーツ特急に乗り込む。

 酔いがようやく収まったボクは、車内販売でチョコレートを頼んだ。

 ハーマイオニーは教科書を開き、ネビルはトレバーを握りしめながら、ボクのチョコレートを物欲しそうに見つめている。

 

「そういえばさっき、ポッターが変な格好のおっさんに絡まれてたけれど。あれはなんだったの?」

 

「あぁ、あの人ね……ハリーの叔父さんらしいわよ」

 

「叔父さん? マグルじゃなかったっけ。なんでここまで来れたのかな?」

 

 ボクが仕方なくあげたチョコレートをモリモリ食べながら、ネビルが首を傾げる。

 

「なんか銀髪の小娘に無理矢理ここまで連れてこられたんですって」

 

「ふぅん……でもさ、マグルなのに良く生きてたね」

 

「ホグズヘッド・インで保護されてたらしいわよ。ずっと飲んだくれてたって」

 

 それはなんとも豪気なことだ、金もないだろうに。

 ボクがそう言うとハーマイオニーは肩を竦める。

 

「ポーカーで稼いでたらしいわ。あの人凄い強かったんですって。飲み代と宿泊代はそれでチャラ」

 

 賭け事なんて不潔だと言わんばかりに顔を顰めるハーマイオニー。

 ボクといえば今度会う機会があれば、ポッターの叔父さんとポーカー対決をしてみたくなった。

 ホグズヘッド・インにいたバーテンであるアバーフォースは、確か賭け事にはかなり強かった筈だ。

 生き馬の目を抜くほどには世知辛い魔法使いのバー。そこで賭け事で生計を立てるなど尋常ではない。

 ポッターの叔父さん……何者なのだろうか? 

 

 その後も喋ったり笑ったりしている内に、車窓の田園の緑が濃くなり小綺麗になっていく。

 ちらほらとマグルの町々が見えるようになる。キングズクロス駅が近づいている証拠だ。

 皆が魔法のマントを脱いで上着とコートに着替える中、ボクはお土産の百味ビーンズを買って外に出るのに備える。

 

「さて……また一人旅の日常に逆戻りだ」

 

 ボクの瞳には、まだ見ぬ未知の景色への憧憬の光が宿っている。

 そう。休みの期間中に訪れるであろう、ハラハラドキドキのスリルを胸に────自然とボクの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 




賢者の石編はこれで終わりです!次からは秘密の部屋編ですー
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