ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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ボクは生まれで人を差別する事は無い。

その人が起こした行為で区別をするのだ。



#019 閉じられたプラットフォーム

 その日はボクにとって厄日だった。

 

 思えば、朝一番からケチが付いていた時点で気づいておくべきだったのかもしれない。

 まず最初の災難は、何と言っても駅まで見送りに来てくれる筈のスキャマンダーさんが寝坊したことだろう。

 それを知らなかったボクは、遅刻寸前まで待ち、ギリギリの段階でキングズクロス駅へと”姿あらわし”をする羽目になる。

 更に不吉なのはその際、右足の靴紐がバラけたことだ。

 何度も完璧にやってのけた”姿あらわし”。慣れ始めが一番危ないとは言うが、割と得意分野なので失敗するとは思ってなかった。

 そして、キングズクロス駅改札恒例の人ゴミラッシュ。

 おっさん達の加齢臭に巻かれ、肩をぶつけられ、足を踏まれる。

 去年の回数は三回ほどだったが、今年はなんと十回という脅威の回数を叩き出した。

 

 なんとも言い難い漠然とした不安がボクの心の中に沸き起こる。

 これらの出来事は、今日が最悪の一日であるという予兆なのではないか? と。

 

「嫌な予感ほど当たっちゃうんだよなぁ」

 

 改めてボクは、目の前のが9番線と10番線の間にある柵を呆然と見上げる。

 9と4分の3番線、ホグワーツ特急が発着しているプラットフォームは、9番線と10番線の間の壁に隠れて位置している……筈なのだが。

 

「マジか。よりによって……」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 コンコン、と柵を叩く。

 やはり、魔法特有のすり抜ける感触はない。

 途方に暮れたボクは深く項垂れる。

 この一連の流れを十回は繰り返したと思う。

 しかし、何度叩いても柵に変化は無かった。

 残念ながら、やる気だけでは何事も回らないのが世の常なのだ。

 

「汽車は11時発だ。乗り遅れちゃったよメルム……どうしようこれ」

 

 どうしようだって? 知るか。なんならそりゃあボクの台詞だ。

 傍らから掛けられる声に目を向けると、そこにはボクと同じように呆然としている眼鏡の少年と赤毛の少年がいる。

 言わずもがな、イギリス一の有名人であるハリー・ポッターとその愉快な仲間のロナルド・ウィーズリーだった。

 ボクよりも先に壁に阻まれた友人達。実に顔を合わせるのは数ヶ月ぶりであり、どことなく懐かしい気さえする。

 でもなんでだろう? 

 不思議なことに、この再会にあんまり喜びの気持ちは湧かなかった。

 あぁそっか……ボクの学校での災難を運んでくるのは大体君達だったからだね。

 

「はぁ……ねぇポッター、なんか面白いこと言ってよ」

 

「唐突すぎるよ。おまけにフリが鬼畜だし」

 

 肩を竦めるポッターと欠伸をするウィーズリー。

 大体の面倒事の裏には彼らがいるといっても過言ではない。

 どうせこの閉じられたプラットフォームにも何かしらの形で関わっている筈だ。

 例えば、ウィーズリーの兄であるフレッド&ジョージ先輩による列車ジャックとか……止めておこう。

 あの二人なら如何にもやりそうなことだし、この予想が当たったとしても今のボクらに打開策はない。

 

「ねぇ、どうせならロンのパパとママを待とうよ。車の傍でさ」

 

「車……? そうだ!」

 

 瞳が希望を湛え、トレードマークの赤毛がビンッ! と逆立った。

 サッと過ぎる嫌な予感。そしてそれは見事に大当たり。

 

「汽車に乗れないなら、パパのフォード・アングリアで汽車を追っかければ良いんだよ! 空を飛べるあれならひとっ飛びさ!」

 

「待て待て待て待て、いやなんでそうなる」

 

 とんでもないビックリ理論にボクは言葉を失った。

 考え無しなのもここまで来ると、もはや呆れを通り越して感心すらしてしまう。

 空飛ぶフォード・アングリアに乗って自由気ままな旅といえば聞こえは良い。一度でもいいからボクもやってみたいとは思う。

 しかし、それは法に乗っ取った上でだ。

 車の扱いも分からないような彼らと乗るのは断じて御免被る。

 だって空飛ぶ車だ。確実に”未成年魔法使いの制限事項令”に引っかかる。

 リスクが大きすぎるのだ、マグルにバレたが最後、ホグワーツに到着して早々に荷物を纏める羽目になるのは想像に難くない。

 夜には、これだけ乗りたくて仕方がない汽車で逆戻りの憂き目に合うだろう。

 だというのに……

 

「良い考えだよロン! 空中散歩しながらの今年初登校! 派手にいこう!」

 

「そっか……行くか……行っちまうか!!!」

 

 絶望のドン底とばかりに顔を曇らせていた二人は、手を取り合って踊りそうなくらいにテンションを上げていた。

 一応こんなでも彼らは友人だ。

 駄目元でボクは、今にも走り出しそうな彼らに声を掛け、止めようとはする。

 

「止めときなよ。マグルに空を飛んでいるところを見られたら……」

 

「大丈夫だよ! 透明ブースターがある! そこら辺の対策はバッチリさ!」

 

 本当にそうだろうか。

 透明マントがそうであるように、強力な目くらまし術や眩惑の呪いをかけたりして透明化する器具を作ることはできる。

 しかし、その大体は長持ちしないのが相場だ。

 フォード・アングリアの速度がどれほどのものなのかは知らないが、少なくとも数時間では済まない時間を飛行する事になる。

 その間、透明ブースターとやらがしっかりと機能する保証はない。

 

 ボクはそう言おうとしたが、彼らは聞く耳持たずとばかりにもう走り出してしまっている。

 故にボクから言える言葉は一つだけ。

 

「どうなっても知らないよー」

 

 これが後に”空飛ぶフォード・アングリア騒動”と呼ばれる、ホグワーツに長らく語り継がれる大事件の幕開けだった。

 

 その結果はボクの予想すら越えたものとなる。

 バカ二人を乗せた車は、案の定、旅の道中で透明ブースターがイカれ、空飛ぶ姿を下界に曝け出した(ちなみにその様子は、約七人ものマグルに激写された)。

 それだけでも大変マズい状況だが、事件はまだ終わらない。

 余程のボロだったのか、不幸な事にウィーズリーのパパの車は最終的に飛行機能まで危うくなったのだ。

 ガタガタいうエンジン、墜落事故に怯える二人。

 それでもフォード・アングリアは学校まで意地で到着したらしい。

 しかし、到着地点を選ぶ余裕はなかったようで、二人を乗せたまま車は校庭の”暴れ柳”へと突っ込んだ。

 

 そして、無常にも乗り手に愛想を尽かしたフォード・アングリアはそのまま”禁じられた森”の中に消え、激突の衝撃でウィーズリーの杖はへし折れる事となる。

 

 その後の二人? 語る必要があるかい? 

 勿論、校内を彷徨いていたスネイプ先生に見つかったとも。

 そして校則違反の塊のような二人は、進学年早々に罰則を承った。

 まぁ自業自得だからね。しょうがないね。

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 さて。話を柵の前に取り残されたボクのところにまで戻そうか。

 

 勇敢かつ無謀な二人が姿を消してから数分後、その頃にはボクの頭にもちゃんとこれからの打開策が浮かんでいた。

 無論、ポッター達のような豪快なものではない。

 少し変わった手ではあるものの、やること自体は単純明快といえる────即ち、”知り合いに助けを求める”だ。

 パチン、と指を鳴らす。

 ぐんにゃりと回る世界、屋敷しもべ妖精式の姿くらましである。

 これは不思議な事に”匂い”がつかないので、ボクは割と重宝している。

 

(そういえば、ホグワーツにこれで姿くらまし出来るか試してなかったなぁ……まぁ出来なかった時、どんな風にバラけるか怖いからやるつもりないけどさ)

 

 そんな事を考えている間に、あっという間に現地へと到着。

 着いたのはイギリス魔法界の大看板、ウェストミンスターのスコットランド・プレイスだ。

 ここには魔法省の外来者用入口である電話ボックスがある。

 

「前に来てから何年か経つけど、ここは変わんないね」

 

 早速、赤い電話ボックスの中に入ったボクはダイヤルを回す。

 肝心なのは数字だ。決められた順に回さなければ、このポンコツはうんともすんとも言わないのだ。

 遠くでウエストミンスター寺院の鐘の音が聞こえる。

 まったくもって、何もかもが旧時代的と言わざるを得ない。

 

「数字はえーと……”62442”だったっけ」

 

 魔法省本庁舎はロンドンの地下に設置されている。

 基本的に、在勤者には煙突飛行ネットワークによる通勤が許可されており、地下八階のアトリウムの壁際に設置されている暖炉から出入りをする者が大半だ。

 その点、外来者の手続きは少し面倒臭いものとなっている。

 手順はこうだ。

 

 ①:電話ボックスに入って、規定の数字に沿ってダイヤルを回す。

 ②:応対に出てくる女性が用件を尋ねて来るので用件を手短に伝える。

 ③:公衆電話のつり銭口から名前と用件が書かれた、四角い銀色のバッジが出てくるので、そのバッジをつける。

 

 バッジは魔法省への一時的な立ち入り許可証みたいなものだ。

 つけると電話ボックスの床が落ち、マグルのエレベーターのように地下八階にあるアトリウムまで輸送される。

 

「ありゃ……結構人が少ないな。まぁもうお昼だしね」

 

 地下八階に着くと、予想外にもエントランスホールのアトリウムは比較的に静かだった。

 思えばボクは朝と夜以外にアトリウムを通ったことがなかった。

 ここは出勤や退勤では大変に混雑するが、それ以外では存外こんなものなのかもしれない。

 

「ここも随分と綺麗になったもんだね」

 

 魔法使い、魔女、ケンタウルス、ゴブリン、屋敷しもべ妖精の共和を象徴する噴水”魔法族の和の泉”。

 ボクがいた頃のアトリウムは異なる部署同士の連絡に使われるふくろうの糞の所為で、とてもじゃないが見られたものではなかった。

 記憶と違い、綺麗に清掃された泉にボクは投げコインをする。

 特に意味はない。気紛れだ。

 ちなみに、この泉に投げ入れられたコインはすべて、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に寄付されるとか。

 

「おやおや誰かと思えば……久しぶりだな。ミス・グリンデルバルド」

 

 噴水の向こうから声が掛けられる。

 声の方向に目を向けたボクは、そこにピーコックブルーのマントを着た無精髭の魔法使いの姿を見つける。

 彼の名はエリック・マンチ、この魔法省の守衛だ。

 

「やぁマンチ、実に数年振りだけど君の無精髭は全然変わってないね」

 

「糞だらけだった”魔法族の和の泉”やフサフサだった大臣の頭と違ってな」

 

 握手をしながらの軽口にお互い爆笑する。

 久々に彼と話すがやっぱり面白い男だ。ユーモアがあるというのは何よりの美点だと思う。

 

「別に尋問ってわけでもないんだろ? 面倒な手続きは省略するぜ」

 

「相変わらずの手抜きだなぁ。仕事しなよ」

 

「馬鹿言え。顔見知りのガキまで一々調べてられるか」

 

 本来ならマンチは、外来者に対してその腰に差している”潔白検査棒”で、身を隠す魔法や隠し持っている魔法具を調べたり、杖の検査と登録をしなければならない。

 しかし、面倒臭がりの彼は大体の身内は顔パスで済ませてしまう悪癖があった。勿論、ボクも例外ではない。

 

「まぁ怪しげな高官や純血の名家様なら、杖奪ってアナルの中まで調べるがね。お前もそうするか?」

 

「……有難い申し出だけど遠慮させて貰うよ」

 

「だろ? 俺だってガキの青っちろいケツの穴を押っ広げる趣味はねぇ。お堅い役所に長年勤め上げるコツは適度な手抜きと息抜きさ。ジジイの豆知識だ。覚えとけ」

 

 マンチと並んでそんな他愛もない話をしている内に、待っていた省内専用のエレベーターが到着する。

 ボクを先に乗り込ませ、後から乗り込んできた彼は好奇心の瞳でボクを見た。

 

「もう九月の頭だ。てっきり俺は、お前が学校に行っているとばかり思っていたが?」

 

「一悶着あってね」

 

「なんだ。やらかしてクビか?」

 

「違うってば。なんかホグワーツ特急列車のプラットフォームが閉じちゃってさ。お陰で列車に乗り遅れちゃった」

 

「そりゃ災難なこって」

 

 ブゥンという音と共にエレベーターが上昇を開始する。横揺れが酷い。

 目指すは地下二階にある魔法法執行部だ。

 闇祓い本部(Auror Headquarters)もそこにある。

 よく闇祓い(オーラー)というのは、独立した部門の一つと勘違いされがちだが、魔法法執行部お抱えの主要部局の一つに過ぎない。

 単に闇の魔法使いと魔女の逮捕を専門としているだけだ。

 

「用があるのはシャックルボルトの堅物か? 揉め事にはあいつが1番だ」

 

「ご明察。実際の所、お間抜けドーリッシュでも良かったんだけど。なんせ彼、権力ないから。こういう時に頼れる師匠ももう闇祓い引退していないし、上級闇祓いの彼を頼るしかないんだ。ボクとしてはちょっと苦手なタイプなんだけどね」

 

「大丈夫だ。向こうもそう思ってる……そら着いたぞ。行ってきな」

 

 ガラリと開くドア。

 エレベーターから出るのはボクだけだ。

 魔法省の一職員であるマンチも、ボクの用事に最後まで付き合うほど暇じゃない。

 手早くエレベーター越しに挨拶だけ済ませたボクは、闇の魔法使いの写真や地図、日刊予言者新聞の切り抜きなどが貼り付けられた廊下を突き進む。

 

「ただいまっと」

 

 突き当たりの奥の扉を開けば、そこには仕切られた小部屋の数々があった。

 闇祓いはそれぞれ小部屋を割り当てられており、大規模な捜査がない限りそこから出ることは基本ない。

 だからボクの挨拶が返ってくることもなかった。

 

「まったく昼時だっていうのに皆揃って大忙しだ。お給金もさぞ高いんだろうね」

 

 それが良いことだとは微塵たりとも思わないが。

 この部署が忙しいという事は、即ち今日もどこかで闇の魔法使いが元気にはしゃいでいる証だ。

 馬鹿の所為で積もる仕事や書類……飯のタネが向こうからやってくるのは喜ばしい。

 だが、その所為で飯を食う時間が無くなってしまっては本末転倒だ。

 

「とうちゃーく」

 

 部屋の持ち主の性格にあった面白みのない……ごほんごほん、質素な白い扉。

 扉の取っ手には、黒い文字でキングズリー・シャックルボルトと書かれた名札がぶら下がっている。

 

「さて久々の再会だ。一体、どんな顔をすることやら」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「珈琲ってのはどうしてこうも苦いのかなぁ」

 

 闇祓い本局。

 その端にある小部屋にて、そんな呑気な声が木霊する。

 室内の片隅にあるソファーは、部屋の主たるキングズリー・シャックルボルトが休憩の際、寛ぐために用意したものだ。

 しかし今現在、そのソファーには部屋の主でもない銀の少女が堂々と横たわっている。

 来客用にと用意されたカップに口を付ける少女……メルム・グリンデルバルドは珈琲の苦さに顔を顰めていた。

 

「人生の苦さって感じだ」

 

「不服なら紅茶を用意させて貰うが?」

 

 窓際の長椅子に腰掛けながらその様子を見ていたキングズリーは、そう言ってクスリと笑みを漏らした。

 カップを置いたメルムは、左手をひらひらと振ってその気遣いを辞退する。

 

「別に嫌いってワケじゃないよ。ただお子ちゃまのボクにはまだ口に合わないってだけで」

 

「それは申し訳ない事をした。これからは子供の来客も想定して、ココアとお菓子も用意しておこう」

 

「お菓子はロリポップでお願いね」

 

 そんな図々しい要求をしたメルムは、再度珈琲を一口啜る。

 今度は顔を顰めることなく、涼しい顔のまま飲めていた。

 キングズリーは辟易しつつも、しかめっ面で問いかける。

 

「それで? まさか口に合わない珈琲を飲みにきたわけじゃないんだろう?」

 

「そう焦るなってば。折角、可愛い女の子が顔を見せに来たんだ。もっと嬉しそうな顔しなよ。それとも女子との会話は苦手?」

 

 カップをテーブルに戻したメルムが笑いながら言った。

 残念ながら自惚れた発言ではない。

 ハーフアップにされた透き通るような銀の長髪、無機質な翡翠の瞳と感情をあまり感じさせない色白の端正な顔。

 人間離れした容姿は、絵本の中から妖精が飛び出したと言われた方がしっくりとくる。

 確かに彼女は、そんなヴィーラも真っ青な絶世の美貌の持ち主だった。

 とはいえ、それでキングズリーの心が動かされることはない。

 

「女子特有の長々と続く無意味な会話は嫌いではないが……如何せん君の考え無しなご学友の所為で、今日はいつも以上にどの部署も大忙しでね」

 

「へぇ! もうそっちまで情報が上がってるんだ?」

 

「勿論だ。ちなみに君が唐突に訪ねて来た理由にも察しはついている。列車に乗り遅れたんだろう?」

 

「ご明察。勘の良さは相変わらずだね」

 

 ホグワーツ特急列車の出入口が唐突に閉じた不具合によって、プラットフォームから出られなくなった保護者達からの通報は、既に百件を超えていた。

 また、列車を巡回している車内販売の鬼婆から乗り遅れた三人の名前のリストも魔法省に届けられている。

 その中にはメルム・グリンデルバルドの名前もあった。

 蓋を開けてみれば勘でも何でもない。単に確度の高い情報に基づく簡単な推理である。

 

「ホグワーツ城まで行きたいんだけど、何とか出来ない?」

 

「用意は出来ている……それにしても実に面倒な話だ。ポッター達はフォード・アングリアに乗って悠々と空の旅と洒落こんでいる。しかもその様子をマグルに見られてしまったとか」

 

 お陰で、魔法省の忘却術士は今回の騒動を鎮める為に徹夜を覚悟する羽目になったらしい。

 目撃者の割り出しや、その記憶の消去及び改変後の辻褄合わせは、うんざりするほど繊細で時間が掛かる行程なのである。

 それに、空飛ぶフォード・アングリアを運転しているのがアーサー・ウィーズリーの息子だった事も面倒事に拍車を掛けている。

 アーサーは、マグル製品不正使用取締局に勤めていた。

 

 ────なんと捕らえてみれば我が子なり

 

 笑い話にもならない。

 今頃、役所で尋問を受ける羽目になった彼の胃はストレスで穴だらけになっていることだろう。

 

「呆れた。案の定、透明ブースターがお釈迦になってるじゃん」

 

「いっそ悲劇的だ。彼らは考えを凝らしたつもりなのだろうが、所詮は子供の浅知恵。結果として問題がより複雑になっただけだ」

 

 そして、その複雑な問題を解決するのはまったく関係の無い魔法省の役人達だ。

 高給取りで秩序の番人といえば聞こえはいいが、要は馬鹿の仕出かした尻拭いをするのが仕事だ。

 今回巻き込まれた連中はさぞかし腹立たしい思いだろう。

 

「さて、本題に入ろうか。誠に遺憾ながら私は役目の為に存在する。もう少し余裕がある時に来てくれれば、昼飯でも奢ってやれるんだが」

 

「気にしなくて良いよ。これで今生の別れってワケでもないんだ。また今度の機会にでも」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 長椅子から立ち上がったキングズリーは、机上に散らかっている書類に視線を走らせる。

 幸いな事に、目的の物は直ぐに見つかった。

 積み上げられたファイルの一番上、そこに用意されていた(・・・・・・・)書類をメルムに投げ渡す。

 

「急拵えではあるが、この部屋の煙突飛行ネットワークを一時的にホグワーツ内に繋いでおいた。行き先は”ホグワーツ魔法魔術学校校長室の暖炉”。ダンブルドア校長には、その煙突飛行許可証を見せれば問題はない」

 

「いつもながら用意が良い奴だ。仕事が出来る男の人は好きだよ」

 

「それはどうも。私は素直に感謝の出来る女性が好きだがね」

 

「良いじゃんそれぐらい」

 

「親しき仲にも礼儀あり、だ」

 

 口では勝てないと悟ったのか、メルムはバツの悪い顔をする。

 部屋の端にある暖炉へと向かう彼女に、キングズリーは煙突飛行粉(フルパウダー)の入った鉢を渡した。

 受け取った鉢を見てメルムが眉を顰める。

 

「なんとも原始的だね」

 

「古き良き時代だよ。変わらなくて良い物もある。覚えておくことだ」

 

 メルムは皮肉っぽく口の端を上げるだけで何も言わない。

 その事について議論する気はないのだろう。

 彼女は、鉢からキラキラ光る粉をひとつまみ取り出すと、暖炉の火に近づき炎に粉をふりかける。

 ゴォッ!! という音と共に、炎はエメラルドグリーンに変わりメルムの背丈より高く燃え上がった。

 

「あぁ、そういえば言い忘れていた事があったっけか」

 

「何か?」

 

「────君、”変装”は向いてないよ」

 

 ふっと吐息をつくような笑みを漏らしたメルム。

 彼女の視線は、キングズリーを通り越してその後ろに向けられていた。

 見透かすような翡翠の瞳に、居心地の悪くなったキングズリーは身じろぎする。

 

「……何のことだか」

 

「ははッ! そういうことにしておくよ」

 

 苦虫を噛むキングズリーを見て、メルムは可笑しそうに吹き出した。

 

「それじゃあ、またどこかで」

 

 不意打ちを一発喰らわして満足したのだろう。

 メルムは魔法の炎の中に入り、「ホグワーツ魔法魔術学校校長室!」と叫ぶとフッと消えた。

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 しばし、静寂が空間を満たす。

 まるで嵐が過ぎ去ったようだった。

 メルム・グリンデルバルドの相手をしていた時間は十数分あるかないか。

 だというのにキングズリーは、まるで長時間書類と向き合っていたかのような疲労を感じていた。

 

「……なーんで気づかれちゃったかねぇ」

 

 その口から漏れ出た声は、男性のものとは程遠い女性特有の高いもの。

 やがてキングズリーの背後、先程まで彼が腰掛けていた長椅子の影から小さなため息が聞こえる。

 そしてゆっくりとそこから姿を現したのは、スキンヘッドの男────本物のキングズリー・シャックルボルトだった。

 

「試験は不合格だ。メルムのような高度な魔法使いは、相手の魔力を見通す。”七変化”に頼りきりだった弊害が出たな」

 

「えぇ?! そんなの聞いてないわよ! 子供相手だから余裕だと思ったのに!」

 

 嵌められたとばかりに偽物が恨めしげに睨むが、本物はすました顔をして即座に正論をぶちかます。

 

「油断大敵! 子供相手でも舐めてかかるな、というムーディ元局長の言葉を真摯に受け止めなかった君が悪い」

 

「くっそー……一応、閉心術は使ってたのになあ」

 

 暗鬱に顔を歪める偽物のキングズリー、その長身の体は縮み始め不気味に扇動している。

 ポリポリと掻いている禿頭からは、赤い毛がだんだんと伸びてきていた。

 異性の変身から元の身体に戻るには、若干の時間を要する。

 その間に、偽物キングズリーは身に纏っているローブに向けて杖を一振り。いつも着ている女性用の服に戻す。

 本物のキングズリーは、元の姿に戻っていく偽物を眺めながらポツリと言った。

 

「自分の頭から髪が生えるのを見るのは、何とも言えない感覚だな」

 

「あんたの頭は生まれた時のまんまだものね。女の髪は命って言葉知ってる?」

 

「知ってはいる。理解は出来ないが」

 

 でしょうね、と呟いて偽物はくるりと回る。

 再び現れたのは、ピンク色のショートヘアの二十歳くらいの若い女性だった。

 彼女の名前はニンファドーラ・トンクス、闇祓い見習いである。

 

「あれがマッド・アイの愛弟子かぁ。あんたが唐突に試験だ! なんて言い出すから何かと思ったけど。単純に苦手だから顔を合わせたくなかったってワケだ」

 

「それは悪かったと思っている。私相手だと彼女は我儘でね。ああするのが1番だった」

 

 トンクスの刺々しい口調に、キングズリーが苦笑する。

 そのまま彼は、無言で杖を振りテーブルに置かれたカップを部屋の隅にあるキッチンに下げた。

 新しい二人分のカップをテーブルに置いたところで、再び彼は口開く。

 

「それで、君は彼女をどう見る?」

 

「うーん。普通の女の子……からは程遠いかな。それに同業の人達とも」

 

 メルム・グリンデルバルドは他の闇祓いとは明らかにどこか違っていた。

 ”アラスター・ムーディの最高傑作”と尊称され、誰にも真似出来ないような卓越した魔法の技量を誇る少女。

 表向きは朗らかだったが、心の奥底では何を考えているのかトンクスにも良く分からなかった。

 それでも仕草や行動からある程度分かることもある。

 

「一つ分かったのは酷く用心深いってことね」

 

 彼女は終始、利き手をローブの下に入れていた。

 恐らく、杖をいつでも取り出せるようにしていたのだろう。

 それに部屋に入った当初から、しっかりと閉心術を使って心を閉じていた。恐ろしいほどの警戒心である。

 

「あと、あの歳に似合わない杖ダコね。利き手でもないのにあんなにハッキリついてるなんて……何度も何度も杖を振り回さないとああはならないわ。体幹もしっかりしていて芯がブレてなかったし、今でも相当な自主練をしてるんじゃないのかな」

 

「……そうか」

 

 キングズリーは小さく息を吐くとカップの珈琲を一啜りする。

 彼がこんなに神妙な顔をしているのも珍しい。

 その真剣な目を見れば、本気で何かを悩んでいる事は明白だった。

 

「何がそんなに心配なのさ。女の子が自衛の手段を持つのは良い事じゃないか」

 

 キングズリーは頷かない。しかし否定もしなかった。

 押し黙るばかりでうんともすんとも言わない彼の態度に、流石のトンクスも不審に眉を寄せる。

 やがてキングズリーは、ゆっくりと重い口を開いた。

 

「自衛の手段か。それだけならば良いのだがな」

 

「どうゆう事?」

 

「我々の杖は、人を護る盾にもなれば────人を殺す矛にも成りうるということだ」

 

 そう言ってキングズリーは、一息に残りの珈琲を飲み干した。

 いつになく苦々しい顔だ。それが珈琲の所為なのか、はたまた別の理由から来るものなのか判断はつかない。

 

「なんだって言うのさ……本当にもう」

 

 ワケの分からない漠然とした不安。

 それを飲み込むかのように、トンクスもまた珈琲を呷ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想や挿絵など本当にありがとうございました!
モチベーションマジで上がるので、皆さんこれからもドシドシお願いします!

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