ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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気難しい幼女よ。

今は路地裏で泣き叫んでいるが、いずれは王国を支配するであろう。

血のついた顔、なんと情けない。

所構わず己の杖を振り回している。



#025 ホグワーツの歴史

 

 

 私は幼い頃から普通の人間と感性が違うと言われていた。

 自覚はある。

 ”預言者新聞”でどんな悲惨な事件を聞いても共感は出来ないし、泣いたり怒ったりしている他人を見ても勿体ない時間の使い方をしているな、としか思わない。

 

 私と違って、まともな良心や感性を持って生まれたらしい妹は「お姉ちゃんにはわからないか」とよく笑っていた。

 

 明るい良い子だったと思う。

 だってその言葉には、突き放すような嫌悪も忌避も無く、自分はこうならなくてよかったという安堵や優越感もない。

 だから私も、普通という概念自体曖昧なものだ、と笑って言い返したものだった。

 

 ────このインクの染みは何に見える? 

 

 ────死んだ人。首がない

 

 ────じゃあこれは? 

 

 ────犬。耳がちぎれてる

 

 ────……これは? 

 

 ────折られた手。杖を握ってる

 

 しかし、生まれつき身体的欠陥をもって産まれてくる人間がいるように、精神的な欠陥をもって生まれてくる人間というのは確かに存在する。

 妹がどんなに言葉を取り繕ってくれても、私はその事を幼いながらに理解していた。

 

 ────長女に行ったロールシャッハ・テストの結果は? 

 

 ────残虐な連想ばかりね……恐ろしく強い攻撃性だわ。明らかに異常よ

 

 ────ふむ。過剰なストレスをかけ続けているのが原因だろうか? いや……それを差し引いてもこれは天性のものだろうな。これなら、あの”黒い力”の発現も近いだろう

 

 今思うと、妹に優しい両親が私に対して冷たかったのも、そこら辺が関係していたのだろうか。

 まぁそれはともかくとして、”普通”というものがよく分からなかった私は、共同体のルールというやつに気を配る事となる。

 そして破らざるをえない場合は、必ず人気がないところで行った。

 

 ────もうやめなよ、お姉ちゃん。その子謝ってるじゃん

 

 ────こいつが始めたことだ。女なら勝てるって。自業自得だろ

 

 ────でも痛い痛いって言ってるよ? それにお父さん達に見られたらどうするの

 

 ────別にどうもしない。私は痛くないし親はここにいない。

 

 ────そういう問題じゃないよ。お姉ちゃんのそういうところ、ボク嫌い

 

 ────……分かったよ

 

 何度か聡い妹に見つかり咎められた事はあったものの、可愛い妹はそれを他の人間や両親に告げようとはしなかった。

 心のどこかでそういう所に感謝していたのか。

 我が強かった私も、彼女の言うことは比較的素直に聞けた。

 ルシア・グリンデルバルドはいわゆる家族の潤滑油だったのだろう。

 最後の最後まで肉親の情とやらはよく分からなかった私も、彼女のことは人間的に好いていた。両親は言わずもがなだ。

 明るい彼女のお陰で、私達家族は何とか回っていたように思う。

 

 でも私は知っていた。

 

 ────妹が保とうとした全ては薄氷の上の仮初に過ぎない事を。

 

 優しかった妹が死ぬのも分かっていたし、どうでもよかった両親が死より惨い結末を迎えるのも知っていた。

 私が何も出来ず変えられず、家と家族を亡くし孤児院に放り込まれることも。

 

 そうだ。だから私は……

 

 ────幸せになりたい。この世で1番に。誰にも邪魔する事の出来ないくらいの”力”でもって

 

 大丈夫。今度こそ失敗しない。

 

 だって私にはその全てが”視えて”いる。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの後、普通にボクらは開放された。

 全ては”疑わしきは罰せず”というダンブルドア校長の鶴の一声によるものである

 権力者とはかくも素晴らしいものだった。

 

「ゴシゴシ♪ ゴシゴシ♪ 綺麗に落ちろよ綺麗に落ちろ♪ フィルチも綺麗に地獄に落ちろ♪」

 

 だというのにあの事件から数日経った現在────ボクはミセス・ノリスが襲われた三階の廊下にて、壁を「ミセス・ゴシゴシの魔法万能汚れ落とし」でこすっている最中だった。

 別に慈善事業とかではない。ただの罰則である。

 

 驚くべき事に、罪状は”音を立てて息をした”だった。

 

 唐突に降り掛かった不幸に、さしものボクも一瞬思考が空白になったのを覚えている。

 ここ数日のフィルチさんが、猫が襲われた場所を亡霊のように行ったり来たりしていたのは知っていた。

 しかしまさか、こんな言いがかりじみた罰則を言いつけられるとは。

 

「この世に神はいないのか……」

 

 放課後の予定を塗り替えた憂鬱な罰則に絶望しながらご飯を食べていたボク。

 しかし神様はいたらしい。

 さめざめと涙を流し、罰則を手伝うとボクに進言した者がいたのだ。

 それはスリザリンの猛獣こと、ミリセント・ブルストロードだった。

 

 ────任せんさい! 

 

 そして、自分の胸をドラミングする友人の言葉を信じたボクは馬鹿だった。

 

「むん! むん! むぅん!」

 

 ゴリッ! ゴリゴリゴリリッッ! と壁をこするミリセント・ブルストロードの手元から、ポロポロと壁の表面が零れ落ちる。

 本人は壁の汚れを落としているつもりなのだろうが、それは間違いだ。力が強過ぎる。

 壁を削っているという方が表現としては正しいだろう。

 ボクは泣いた。

 ミリセントは常識人枠だが、友人同士の喧嘩を嘆いて二人共ボコボコにするパワータイプなのを忘れていたのだ。

 

「あーあ……どうすんだよあれ。壁がボロボロじゃん。だからミリセントにやらせるのは危ないって言ったんだよ」

 

 ボクの左隣でセオドール・ノットが気だるげに呟いた。

 まるで自分に任せてくれれば問題は起こらなかったと言いたげだ。笑えない冗談である。

 作業が始まってから数分もしない内に、彼は壁をこする手を止めて床に座り込んでいた。

 圧倒的な体力不足だった。

 

「メルムもメルムさ。しょうもない事で捕まんなよな。今回のレポート当番お前だろ? ちゃんと出来んのかよ」

 

 この小憎らしい顔と来たら……。

 以前ハーマイオニーが、ウィーズリーがレポートを見せてくれと煩いと愚痴を言っていたが、そんなもの可愛いものだ。

 まぁレポート当番制は、ボクが言い出した事だから文句を言ってもしょうがないのだが。

 

「セオドールこそ助っ人に来たんでしょ? 少しは手伝ってくれないかな」

 

「馬鹿言え。ミリセントに任せときゃすぐ終わるさ。どうせ言いがかりも甚だしい罰則なんだ。こんな出来でも誰も文句言わねぇよ。やりたい奴にやらせときゃ良い」

 

 確かにそうだ。壁の方ももはや修正は効くまい。

 ボクもセオドールと同じように座り込んだ。

 

「はぁ……あとどれくらいで終わるミリセント?」

 

「30分もあれば削り終えるさね!」

 

 削り終える、か。

 ボクと彼女の間で、少しばかりのすれ違いがあったことに今さら気がついてうなだれる。

 別に責めはしない。

 どうせあとで苦労するのはフィルチさんだ。精々後悔して貰おう。

 全てを諦め放置したボクの横で、のんべんだらりとしているセオドールが話をふってきた。

 

「そういやメルムは知ってるか? ”秘密の部屋”の話」

 

「何言ってるのさ。事件の当事者なんだから知ってるに決まってるだろ?」

 

 苦笑いしたセオドールがいやいやと首を横に振る。

 

「違げぇよ、そもそもの話さ。俺が言いたいのは、”秘密の部屋”とは何なのかって事だよ」

 

「む……それに関しては、ホグワーツ創設期のスリザリンに関わる話って事くらいしか知らない」

 

 途端にセオドールが怪訝な顔をした。

 

「あん? お前ならもっと知ってると思ったんだけどな」

 

「なんで?」

 

「ほら、メルムはグリンデルバルド家だろう? あの有名な魔法史家のバチルダ・バグショットとも血が繋がってる。そういうのには詳しいかと思ってたんだが」

 

「あー……」

 

 バチルダ・バグショット。

 ホグワーツ指定の教科書である『魔法史』の著者であり、また『ホグワーツの歴史』の著者でもある。

 ボクの祖父ゲラート・グリンデルバルドの大おばにあたる人物だった。

 ちなみに余談ではあるが、ポッターのペットである白梟のヘドウィグは、彼女の著書に登場する魔女から命名されていたりする。

 

「遠縁だから全く関係がなかったとは言わないけれど。個人的に苦手なんだよね。あの人話長いし」

 

「聞いてみてくれよ。俺も親父に手紙を出して結構詳しく知ってるつもりだけどよ。バチルダ・バグショットっていやあ、もう150歳は超えてる生きた化石だ。掘り出し物はあるかもだろ?」

 

「うーん……ビーンズ先生じゃダメ? あの人も一応魔法史家でしょ。ゴーストだけど」

 

「そりゃあそうだが……お前いっつもあいつの授業寝てるじゃねぇか」

 

 そうだった。

 ”自称”勤勉家のボクにしては珍しく、ビーンズ先生の授業の記憶が殆どない。

 つまりは寝ているからなのだが、それは仕方がないというものだった。

 同情の余地ありだと思う。

 

「だってあの人絶望的に授業つまんないじゃん」

 

「まぁな」

 

 そう。我が校唯一のゴースト教師であるビーンズ先生は、授業が死ぬほど下手くそなのだ。

 唯一面白いのは、先生が毎回黒板を通り抜けてクラスに現われることくらい。

 しわしわの骨董品のような先生がする授業は、しわしわの骨董品のようにつまらない。

 

「それにしても、何処の誰がやったか知らねぇけど大金星だよなあ」

 

「ミセス・ノリス?」

 

「あぁ。あの馬鹿猫がいないお陰で、授業サボり放題の夜中ほっつき歩き放題さ。まぁ猫好きの何人かは悲しんでるらしいがね。俺からすりゃこの先ずっとオブジェのまんまの方が助かる」

 

 ミセス・ノリスが石になったことで真っ先に喜んだのは、ウィーズリー先輩達を含む校内の悪ガキ共だ。

 なんやかんやで神出鬼没な上に鋭敏な嗅覚を使うミセス・ノリスには、かのイタズラ大王も手を焼いていた。

 そしてフィルチさん一人で校内巡回をするのにも限度がある。

 その監視網のガバさ加減は、毎回夜中に寮を抜け出して歩いてるボクが、絶対誰かと遭遇するレベルだった。

 誰が言い出したか知らないが、今なら好き放題夜中に出歩けるという言葉はあながち間違ってはいない。

 

「みんな危機感ってものがないよねぇ。ミセス・ノリスを石にしたへんてこりん野郎がほっつき歩いてたらどうするんだよ」

 

「知らね。運が悪かったと思って諦めんだろ」

 

「ふぅん、そんなもんか」

 

 自由に危険はつきもの。自分のケツは自分で拭け。

 そんなことも出来ないお子ちゃまなら自寮で大人しく寝ていろ。

 セオドール曰く、それが彼ら悪ガキの不文律らしい。

 

「うわっ!!何だこりゃ!!」

 

「ん?」

 

 向かい側で壁を黙々と削っていたミリセントが、野太い悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。

 ズシン!と廊下が微かに揺れる。

 

「おいおい大丈夫かよ……ってうわ!」

 

 ミリセントを引き起こそうと近寄ったセオドールも、何かに驚いて仰け反っている。

 まったく二人して何をもたついているのやら。

 ボクは立ち上がって、血文字の大分が削れた壁のすぐ脇にある窓に近づいていった。

 

「そこ!メルム!そこ!!」

 

 ミリセントが口をパクパクさせながら、上の窓ガラスを指さしている。

 見ると…………

 

「ギャァッ!!!!!」

 

 結論、ボクは三人の中で一番デカい悲鳴を上げる羽目になった。

 だってクモだ。

 20匹余りのクモが、ガラスの小さな割れ目からガザガザと先を争ってはい出そうとしていた。

 慌てたクモ達が全部1本の綱を上って行ったかのように、クモの糸が長い銀色の綱のように垂れ下がっている。

 

「クモがこんな風に行動するの俺初めて見たかも」

 

「私もさね。メルムはどう……ありゃ?メルム?一体全体どうしたんだい?」

 

 既にボクは、窓に寄ってクモの観察をする二人からかなりの距離を取っていた。

 セオドールが不思議そうな顔をして手招きする。

 

「どうしたんだよ。早くこっち来いよ。すげぇぞ」

 

「嫌だ」

 

「いやマジですげぇって!1回見た方が」

 

「嫌です」

 

「何をそんな頑なに……」

 

「嫌だから」

 

 あぁ、とミリセントが察したような顔をする。

 

「そういやお前さん、魔法薬学の実習でもクモの処理だけは私にやらせてたねぇ……嫌いなんかい?クモ」

 

「まぁ……うん」

 

 ボクは、窓にだけは目を向けないように気をつけながら頷く。

 昔からボクはクモが……苦手だった。すんごい嫌いだった。

 途端にセオドールが腹を抱えてゲラゲラ笑いだす。

 

「そりゃあ良いや!泣く子もさらに泣かせるメルム・グリンデルバルドがクモが怖いってのは笑えるぜ!これが怖いのか?ほれッ!!」

 

「やめろよ!洒落にならない!!」

 

 面白がってセオドールがクモを掲げて追っかけて来るのに対し、ボクは泡を食って右へ左へ駆け回る。

 本当に苦手なのだ。

 昔っから旅先のボロ宿屋をハシゴしていて、それなりに遭遇率が高かったのもボクのクモ嫌いに拍車をかけていた。

 だってあいつら気づいたら服についてたりするのだ。

 酷い時は、寝ている時に顔に……うぅ、昼に食べたブリトーが全部出そうだ……

 

「待てよぉ逃げんなよぉ!」

 

「やーめーろー!!」

 

 いつまでも続きそうな追いかけっこ。

 ボクに取っての地獄の時間は、唐突にセオドールが廊下にしゃがみ込んだことで幕を引いた。

 どうやら廊下に不自然な点を見つけたらしい。

 

「これ焼け焦げだ。こっちもあっちも。何だよこれ……」

 

 はたしてセオドールの言った通りだった。

 廊下にはイタズラ花火でも弾けたような、不自然な焼け焦げた跡が点々とあった。

 一つ一つがそれほど大きくない為、ボクも今の今までは気づけなかった。

 

「これって例の事件と何か関係があると思うか?」

 

「さぁ……普通じゃないことは確かだけど」

 

 普通じゃないといえば、あの時は廊下が水浸しになっていた。

 あれはそもそも何処から来た水だったのだろうか。

 その疑問にはミリセントが答えてくれた。

 

「たぶん”嘆きのマートル”さね」

 

 ”嘆きのマートル”は、ホグワーツではかなり有名な部類に入るゴーストだ。

 泣き虫で被害妄想が強く癇癪持ちな彼女は、生きている者どころか死んでいる者にまで避けられるともっぱらの評判だった。

 そしてこの廊下の端っこにあるトイレの入口。

 確かにここはマートルの縄張りだった。

 

「ふむふむ。水浸しの廊下、幾つもある焼け焦げた跡、クモの異常な行動……なるほどなるほど」

 

「な、なんか分かったのか?」

 

「うん!この事件は……」

 

「この事件は?」

 

 セオドールがゴクリと唾を飲む。

 ボクはトイレに掛けられていた”故障中”の板を放り投げてニッコリ笑った。

 

「ズバリ!迷宮入りだね!」

 

 どうでもいいしよく分からない。

 それがミセス・ノリスの石化事件におけるボクの結論だった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ここ連日の図書館は、今までにない程の数の生徒達でごった返しているらしい。

 皆が皆、ある本を探してウロウロしているのだとか。

 もちろんギルデロイの本ではない。

 二週間は予約でいっぱいという人気を誇ったのは、まさかの”ホグワーツの歴史”だった。

 理由は単純明快。

 皆、”秘密の部屋”の伝説のことについて知りたいのだ。

 今や校内の生徒達の殆どが壁の血文字の真意を探ろうと躍起になっている。

 あのウィーズリー兄弟が図書館の片隅で議論しているのを見かけた時は、流石のボクも自分の目を疑ったものだ。

 

 ────だって古より伝わる伝説の部屋だぜ?

 

 ────すべてが奇妙!すべてが不思議!

 

 ────きっと何か途方もない物語があるに違いないだろ?

 

 ────ならば動かない方が失礼ってものさ!

 

 まったく……その熱意の半分でも学業に割けないものなのか。

 まぁそういうボクも”秘密の部屋”という単語には少しばかりの興味があった。

 千年前の人物なだけあって、ホグワーツ創設者達には何かと謎が多い。

 かの純血主義を唱えたサラザール・スリザリンもその一人。

 元々一年生の頃から、彼がどういう考えで純血主義などという極論に至ったのかは気になっていた。

 そして、”秘密の部屋”とは正しくそれを握る鍵に違いない。

 そうボクの勘がささやいていた。

 

(だからって図書館に籠って本漁りしてる余裕なんかないんだけどね……)

 

 現在も、ギルデロイとの今後の打ち合わせやら授業の反省会やらで、前ほどではないにしろボクは忙しい。

 あるかどうかも分からない伝説に時間を割く余裕はなかった。

 しかし、厄介事にまつわる情報というものは妙なもので、探す労力もなくたやすく集まってしまうものだった。

 なんとその”秘密の部屋伝説”の全容を容易に知る機会が飛び込んできたのである。

 

 ────それは夜遅くの談話室での出来事だった。

 

 その日もボクは、今後のギルデロイの授業の進展について頭を悩ませており、欠伸混じりに優秀な教科書である”黒魔術の栄枯盛衰”と睨めっこしていた。

 

「この時間まで勉学に励むとは感心だな、ミス・グリンデルバルド」

 

 そう言ってセブルス・スネイプ教授が声をかけてきたのは、ちょうど”国際魔法使い機密保持法”の章を読み進めていた頃だったか。

 今の今まで一度もなかった事態に、思わずボクは本から顔を上げて彼を見つめた。

 

「先生から声をかけてくるなんて珍しいですね。どうしました?」

 

「ちょっとした気紛れだ。少しだけ我輩の問答に付き合って貰えるかね」

 

「……喜んで」

 

 絶対に気紛れじゃない。

 彼がボクを問題児扱いしているのは知っている。

 なんせ彼のお気に入り(マルフォイ)を何回か散々にぶちのめしていた。

 まぁはい……正直言って、いつかはこうなるだろうなと思ってました。

 ボクの対面の席にスネイプ先生が音もなく腰を下ろす。

 

「さて。何から話をするべきか……そうだな。君は最近校内に蔓延る人騒がせな話題についてどう思うかね?」

 

「と言いますと……あぁ、”秘密の部屋”ですか?うーんそうですね。”秘密の部屋伝説”自体には、この学校に通う1生徒として興味は無くもないのですが。生憎とそれにかかずらっているほど暇でもないので」

 

「そのようだな」

 

 テーブルに積まれた本を横目で見たスネイプ先生が冷やかに笑った。

 その笑みはボクを少しだけ不安にさせる。

 内緒事を見透かすような視線はこの教授の十八番だった。

 やぶ蛇だったと内心舌打ちしたボクは、積まれた本達から気を逸らさせるために口を回す。

 

「皆の動揺は肌で感じています。中々にショッキングな光景でしたからね、あれは。おまけに犯人がいまだに見つかっていない。先生たちの何人かも非常に気を揉んでらっしゃるようで」

 

「まったく……たかが猫1匹が石化した程度だ。それだけで教授陣までもがありもしない影を探している。皆、想像力豊かで素晴らしいことだ」

 

「平和な日常に飽いてるから刺激を欲してるんでしょう。退屈な日々は心を蝕む毒ですからね」

 

 スネイプ先生はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「確かに不変は感情を鈍化させる。恐怖は人間の根源だ。それを追い求め、歴史を掘り返すこと事態を悪だと評するつもりはない。しかし決まって我々は、自分たちや世界の成り立ちに過小ないし過大評価をしがちなものだ。ありのままの歴史を受け止め直視することなどできはしない」

 

 なるほど。

 スネイプ先生のシニカルな論評にボクは思わずうなった。

 歴史を探ってもまともな真実に辿り着くことはない。

 だってその答えに正解を出す者など、もはやこの世にはいないのだから。

 歴史が常に間違った解釈をされるのならば、そこに費やされる時間は無益なものである。

 暗に彼はそう皮肉ったのだ。

 

「無論、それは君にも当てはまることだグリンデルバルド」

 

「え?」

 

 唐突に愚か者の仲間入りをさせられたことに、ボクは眉をひそめる。

 足を組み直したスネイプ先生がやれやれと息を吐く。

 

「己への評価が不当だと思うかね。ならば君は”純血主義”についてどう思う?」

 

「古き良き伝統の継承。純粋な魔法族同士による密な連携が紡いできた魔法族の歴史そのものです」

 

「そんな四角四面の回答を我輩が求めているとでも?聡明な魔女たる君ならば、我輩が何を聞きたいのかを真に理解しているはずだ。そうやって言辞を弄するべきではない」

 

 やれやれお見通しか。

 そっと息をつくとボクは手にしていた本を閉じ、スネイプ先生の瞳を真っすぐ見つめ返す。

 

「古臭くて貧しい人種主義(レイシズム)で、伝統や歴史に囚われるあまりに時流に乗り遅れた老害の思想。自分の低能さを棚上げにした、下品でプライドばかり高い人間を生み出している魔法界の腐った根っこです」

 

「辛辣だな。常々思っていたことだが、君は己の価値観にそぐわない物事に対して余りにも苛烈だ」

 

「ドラコ・マルフォイのことですか?彼を可愛がっている先生の前で言うのもなんですが、あれは愚物ですよ。外面だけは若くても、中身は人種主義に盲目な年寄りです」

 

 ボクの言葉にスネイプ先生は首を横に振る。

 

「それは違う。彼だけでなく、純血の家系をもつ生徒たち全てに言えることだが、彼らが掲げているのは貧しい貴族主義で、主義という言葉を冠するまで成熟してもいない。これは昨今の魔法族が純血主義の初期設定を読み誤っているからに他ならない」

 

 スネイプ先生は、淡々と己の寮の生徒にそんな評価を下す。

 いつもエコ贔屓ばかりしている彼はどこに行ってしまったのだろうか。

 そういえばボクは、今まで彼がマグル生まれだからといって人を差別しているところを見た事がなかった。

 それどころか寧ろそんな風潮を小馬鹿にすらしているように見えた。

 

「……マグル蔑視と純血主義はイコールでないと?だとしても”純血主義”の性質上、それが多分に含まれているのは事実だと思いますが」

 

 ボクの言葉にスネイプ先生は重々しく首を横に振る。

 

「まったく違う。言っただろう、初期設定を読み誤っているのだと。少なくとも我が寮の創設者たるサラザール・スリザリンに、そんな意図はなかった」

 

 ボクはその意味が分からず首を傾げる。

 純血主義とは、マグルはもちろん、マグル生まれの魔法族や彼らを擁護する魔法族を排除し、純血の魔法族が魔法界を支配すべきであるという人種主義的思想だとボクは解釈していたのだが、違うのだろうか。

 スネイプ先生は苦々しい顔をして、ボクの疑問に答える。

 

「魔法族は非魔法族と似ているようで違う生き物。そもそもこの思想は極々最近のものだ。あの時代には、今のように”国際魔法使い機密保持法”がなかった。今ほど非魔法族と魔法族の間に隔たりがなく、大きく一纏めにヒト族とされていたのだ」

 

「つまり棲み分けが出来ていなかったと?」

 

「正解だ。”醜いアヒルの子”というマグルの寓話は知っているかね。白鳥は白鳥の群れの中でしか生きられない。昔の魔法族はそれをよく理解してはいなかった」

 

「ふむ……」

 

 スネイプ先生の言いたいことはなんとなく理解できる。

 元々人間には、コミュニティから浮いた者を排除する傾向があるのだ。

 非魔法族では人種差別、魔法族ではマグル蔑視といった具合で、血に塗れた歴史はそういった類の話に事欠かない。

 スネイプ先生はボクが読み進めていた本を撫でる。

 

「”国際魔法使い機密保持法”が設立されるまでの歴史。それは我々魔法族の弾圧の歴史と言い替えてもいい。非魔法族と同じ世界を共有していた我らは、常にその脅威に晒され続けていた。今よりもだ」

 

「例えば魔女狩り、とか?」

 

「然り。宗教的な思惑や思想的な対立が絡み合い、その末に魔法族を揺るがす騒動が起きるのは無理からぬ話だった」

 

 15世紀以降、魔女と魔法使いへの迫害はヨーロッパ全土で急速に広まり、マグルとの関係に亀裂が生じ始めた。

 特に、1692年の”セーレム魔女裁判”はあまりにも決定的だった。

 この裁判では、多くの人々が魔法族非魔法族関係なく魔女であると糾弾され処刑された。

 この事態に慌てたのは国際魔法使い連盟。

 急激な時代の流れに翻弄された彼らは、長らく宙ぶらりんにさせたまんまだった同胞達の人権に直面することとなる。

 結果として、魔法界をマグルから守り全世界からその存在を隠す”国際機密保持法”が、約一年という異例のスピードで成立されたのである。

 

「つまるところ、非魔法族との関係性は砂上の楼閣であること甚だしく、いつか破綻する。そう確信していたスリザリンは、これ以上魔法使いのコミュニティに非魔法族が絡むのを防ぎたかった」

 

「ふむ……ボク達の力が、彼らにとって異端で決して相容れないものであることは理解しています。しかし、それでもスリザリンの思想は極端に過ぎるかと。マグルの中からも同胞は生まれるのですよ?」

 

 青いな、とスネイプ先生は微かに肩を揺らした。

 

「今でもそうだが、魔法族の欠点はその絶対数が致命的に少ない事だ。人数有利が取れぬ以上、魔法族は日陰に潜むしかない。無論、最初は彼ら(・・)も魔法族の数の少なさを危惧して足掻きはしたらしいがね」

 

「……それがホグワーツ魔法魔術学校の設立、ですか」

 

「然り。当時の魔法使い達は基本的に親から子への一子相伝。己の魔法を子に継がせ、より強い魔法力を持つ子孫を作り、子孫もそれを繰り返すというものだった」

 

 そして、その閉鎖的な魔法族の暗黙のルールに風穴を空けたのが、ホグワーツ魔法魔術学校だった。

 彼らはより多くの同胞に、己の魔法を授けるべく学校を開いたのだ。

 

「彼らが画期的な考えを持っていた優秀な魔法使いだったということに異論はない。だがそれだけではなかった筈だ。強力な魔法使いの数を増やし、ゆくゆくは非魔法族の立場に取って代わる。同胞を日陰から日の当たる場所に導くべく……さながら”より大いなる善の為に”といったところかね」

 

 この陰険教師は本当に良い性格をしている。

 スネイプ先生の冷笑から無言で目を逸らしつつ、ボクは話の先を促した。

 

「だけどそれは実現しなかった」

 

「然り。無駄ではなかったが足りなかったのだ」

 

 スネイプ先生曰く、彼らの働きかけによって然るべき魔法を習得した人間の数は急激に増加したらしい。

 しかし、それでも非魔法族を含めた人口の0.03%というなんとも寒々しいものだった。

 

「どれだけ個の力が強かろうと圧倒的な数の力には敵わない。数の力は多様性であり暴力だ。魔法族1人が新たな魔法を生み出し死んでいく間に、非魔法族100人が新しい科学を生み出し死んでいく」

 

 ボクが思うにスリザリンは焦ったのだろう。

 切れ者であるが故に、自分達のやっている事の結末が早々に見え透いてしまった。

 

「ある時点でスリザリンは方針を変えた。魔法教育は純粋に魔法族の家系にのみ与えるべきだ、と。マグルとの繋がりを持つマグル生まれの生徒を入学させることを嫌ったのだ」

 

「……なるほど」

 

 人の口に戸は立てられない。

 話したがりというのはどこにでもいるものだし、そうでなくともある日ポロッと言ってしまう恐れがある。

 そして魔法族の力は、非魔法族の社会秩序を破壊するのに十分な可能性を秘めている。

 戦争の道具や奴隷として利用される可能性が非常に高かったのは言うまでもないことだろう。

 

「魔法族の存在を非魔法族に察知されるリスクを侵すことを良しとせず、魔法族と非魔法族の完全な分裂を他の三人に促した。それが”純血主義”の始まり……そう仰るのですか?」

 

 だとすればその結果、意見の相違でスリザリンとグリフィンドールが激突したのは皮肉な話だ。

 グリフィンドールは魔法族の繁栄を夢想し、スリザリンは魔法族の未来を直視していた。

 

「我輩が思うに、サラザール・スリザリンとは先見の明が過ぎたが故に、当時の魔法使い達からすら疎まれた真の異端だったのであろう……後年、スリザリンとグリフィンドールは激しく激突した。その結果、スリザリンは学校を追われる事となり、以降彼がこの城に戻って来ることはなかった」

 

 スネイプ先生の言葉が重々しく響く。

 ボクは椅子に沈み込んで、天井にぶら下がる緑色のランプを見つめた。

 スネイプ先生は、ボクの表情の変化を見て取って言う。

 

「分かったかね。”純血主義”の本質が」

 

「偉大なるスリザリンは、マグルと魔法族を明確に区別し境界線を引こうとしただけ。その思想はお互いの種族を最大限尊重したものであり、そこに非魔法族を差別する意図はなかった。そこは理解できました」

 

「結構。今の魔法族はそこを履き違えた為に、汚れ切った旗(純血主義)を降ろせなくなっているからな。長い年月で歪められこそしたが本質はそこにあるのだ」

 

 ボクはなんとなくだが、これが今回の面接のキモなのだと直感する。

 その意図がどこにあるかまではわからないが、彼は正しくボクの中の常識の一つを破壊して塗り替えた。

 無論、今の話に確たる証拠はない。

 スネイプ先生が先に述べた通り、ボクたちはありのままの歴史を受け止め直視することなどできはしないのだから。

 ただでさえ歴史というものは時代の勝者によって、文献すらも都合よく塗り替えられていくものなのだし。

 しかし、ボクの中にあった魔法族の歴史に関する知識を手繰ってみると、スネイプ先生の言葉と見事に一致していたのも事実ではある。

 

(これはスネイプ先生の評価を上げなくちゃだね)

 

 いつもの侮蔑的なふるまいやポッターに対する態度から、ボクは彼が感情のコントロールが出来ない愚物だと侮っていた。

 その認識は我が校の生徒の共通の見解でもある。

 なんせ自寮の中ですら、彼のことを元死喰い人だと後ろ指さしている生徒がいるくらいだ。

 

(やれやれ。そういう簡単な物差しで測れるほど単純な人ではなさそうだ。わざわざダンブルドア校長が庇い立てするだけはある)

 

 そういえば、とボクはたった今思いついた質問を我が寮監に投げかけることにした。

 天井のランプからスネイプ先生へと視線を戻す。

 

「先ほど先生は問答とおっしゃられた。ならば今度はボクが質問する番ですよね」

 

「そうなるな」

 

 渋い顔をしてスネイプ先生が腕を組む。

 するだけならば一向にかまわない、という心の内が透けて見えるようだった。

 答えるか答えないかは質問次第ってわけか。

 とはいえ何事もやってみなければ始まらない。

 

「ありがとうございます。では────”秘密の部屋”と”スリザリンの継承者”とやらについてご教授願えませんか?」

 

「……必要な情報とは己の足で確かめ己の目と耳で見聞きするものだ。違うかね?」

 

「かもしれません。しかし転がり込んできた機会を不意にする、これはスリザリン生として適切ではないようにも思えまして」

 

 祖父同様に弁は立つようだな、とスネイプ先生は呟いた。

 どうやら合格らしい。

 意地の悪い彼にしては珍しく、再び歴史についての話を再開してくれる気になったようだった。

 

「先ほどまでの話は信頼できる文献から読み取れた、限りなく当時の真実に近い史実ともいうべきものだった。しかし、これからする話は神話や伝説といった類のものだ。何一つとして確証も根拠もない。それでも聞くかね?」

 

「構いません。どんなホラ話や御伽噺にも骨組みとなった事実があるはずですから」

 

 そう言ってボクはハッとした。

 神話や伝説と自ら言っておきながら、スネイプ先生の目に一瞬だけ微かな嫌悪と畏怖が見て取れたのだ。

 無論それらは、すぐにいつもの憮然とした表情に塗りつぶされる。

 だがその感情のさざ波は、ひょっとすると今から語られる話には単なる伝説以上の何かがあるのかもしれない、とボクに期待をさせるのに十分だった。

 スネイプ先生がコホンと咳払いする。

 

「さて。君はどうかは知らんが、我輩は聞き分けのない赤子と同程度にはこの類の話が苦手だ。出来るだけ簡潔にすまそう。まず”秘密の部屋”だったか……これは、スリザリンが他の創設者にも内密にして造った隠し部屋だ」

 

「隠し部屋、ですか?」

 

「然り。その部屋の中で何らかの怪物を飼い慣らしていたスリザリンは、それを使ってこの学校で学ぶに相応しかざる者を追放したという」

 

 妙な話だった。

 マグルを追放したいのならば、創設者の権限を用いて追い出せば済む話である。

 魔法使いのコミュニティから弾き出してしまえば、今よりも閉鎖的な当時の事だ。

 マグル生まれの魔法使いなど何もできなかったに違いない。

 ボクがそう言うと、スネイプ先生は微かに笑った。

 

「良い着眼点だ。だが、重要なことを忘れているな。ホグワーツの創設者は何もスリザリンだけではないのだ」

 

「つまり、スリザリンが独断で生徒を追い出そうとしてもそこに正当性がない限り、他の三人が黙っていなかった。そういう事ですか?」

 

「然り。現にスリザリンは他寮のマグル生まれを排除しようとして、何度か他三人と小競り合いを起こしている。これは文献にも残っている話だ」

 

 なるほど。

 サラザール・スリザリンとしてもグリフィンドール達との決定的な激突は避けたかったに違いない。

 思想は違えども、一度は同じ旗のもとに集まった同志なのだ。

 だからわざわざ隠し部屋に怪物を飼って、他の三人に知られないようマグル生まれの生徒を処分することにした。

 一応、話の筋は通っている。

 

「学校の方針が変わることはなかった。史実が示している通り、異端とされたスリザリンはホグワーツから追い出された。よほど歯痒い思いだったのだろうな。その時スリザリンは汚い四文字の言葉と一緒に、ホグワーツに信じられない忘れ物をしていった」

 

「それが部屋と怪物ですか?」

 

「然り。伝説によればスリザリンは怪物を”秘密の部屋”の中に密封し、この学校に彼の真の継承者が現れるその時まで、何人もその部屋を開けることができないようにしたという」

 

 ふむ、とボクは自分の顎に手をやって再び天井を見上げた。

 面白い物語だ。これは皆が部屋の証を求めて夜な夜な出歩くわけである。

 しかし悲しいかな。

 スリザリンが部屋どころか秘密の箒置き場さえ作った痕跡はないのである。

 与太話だといわれるのは物証が一つもないからに他ならない。

 妙に信憑性のある話なだけに残念だった。

 

「先生、秘密の部屋の概要は理解しました。継承者というのは?」

 

「遺志を継ぐものだ。”秘密の部屋”の封印を解き、その中の怪物を解き放つ資格を持つにたる者とされている。先に言っておくと、その馬鹿げた資格が何なのかは我輩にもわからん。今まで最高の学識ある魔法使いたちが、何度もこの学校を探索はしたものの部屋は見つからなかった。そのことから資格に必要なものが聡明な頭脳や強力な魔法力でないことは確かだな」

 

 そう言って冷笑するとスネイプ先生は席を立ちあがった。

 お帰りのようである。

 ふと談話室の時計を見れば、消灯時間まであと数分。

 随分話し込んでしまったようだった。

 

「今日はボクの手前勝手な探求心の為に、先生の貴重なお時間を奪ってしまい申し訳ありませんでした」

 

「気にするな。今日は魔法薬学の教授としてではなく、スリザリンの寮監として君の前に現れた。此方としても伝えたいことは概ね君に話せた、その事だけで我輩は満足している。後半の与太話も含めて、君がまた一つ物事に賢くなってくれれば、これほど幸いな事はない」

 

 席から立ち上がって寮の外まで見送ろうとするボクを手で制すと、スネイプ先生はそんな事を言った。

 彼がこんなに教師らしい誠実な態度を取っているのを見るのは初めてな気がする。

 いつもこれくらいの態度ならばもっと生徒も懐くだろうに。

 もったいない人だ、とボクは内心苦笑しつつ、スネイプ先生に最後の質問を投げかけた。

 

「先生、最後に1つ質問を。今日、この話をしようという貴方の気まぐれについてなのですが。ボクを今まで避けてきた(・・・・・・・・)貴方が、どうして今になって対話をしようと思ったのですか?」

 

 今まさにドアの外に消えようとしていたスネイプ先生がピタリと動きを止める。

 少しの間考えを巡らせると彼はやおら口を開いた。

 

「うむ。君はかくも若い。かつての魔法界の戦いがどれほど暗いものだったかを知らない。この世界は何人もの人が多大な犠牲を払って築き上げ、維持してきたものなのだ。今の”純血主義”を模した退廃的な風潮を嫌悪する君だからこそ、その真の成り立ちを知ってほしかった。この国に散々に辛酸を舐めさせられてきた君だからこそ」

 

「……私がヴォルデモートや祖父のようになるとでも?」

 

 明確な答えを返さずスネイプ先生は陰鬱に笑うだけだった。

 暗い瞳が私の内心を覗き込むように歪に光る。

 私はその瞳の力の強さに思わず顔を逸らす。

 彼は道理の分からぬ幼子を相手にしているかの如くゆったりと言葉を発した。

 

「孤独は辛いものだ。私も孤独だった。それが私を本当に暗いところまで追いやった。”先達”としての忠告と思ってくれたまえ」

 

「私は違います。孤独ではない」

 

「戯け。君────いやお前は少なくとも周りの人間に対して価値を見出していない。それを孤独と言わずなんという」

 

 先ほどの好意的な態度が幻のようだった。

 私はその言葉の真意を吸収しようとして、ふと脳裏に蘇る二つの声を聴いた。

 

 ────良いな。俺様とお前は似た者同士のようだ

 

 ────結局のところヒトでなしで鬼畜族の血を色濃く引くお前の末路はここだよ

 

 私は反射的に固く目を瞑った。

 私は認めない。

 あの憎悪と死の恐怖で凝り固まった魂の燃えカスと同じなどとは。

 己の信ずる覇道すら為せなかった無様な老害と同じなどとは。

 自己に埋没する私に、彼はやがて吐息をつくと静かに言った。

 

「君が真に”闇の帝王”や”黒い魔法使い”と自分は違うと叫ぶのならば、もう少し己の内面と向き合ってみることだ。手始めに……そうだな”シェーン・グリンデルバルド”、父君の墓参りに君は一回くらい行ってみるべきだな」

 

 私にとって意味のある言葉に、思わず意識が引き戻される。

 しかし目を開けると、セブルス・スネイプの姿はもうそこにはなかった。

 ただ、寮のシンボルを示す蛇が緑のランプと共に私を見下ろしているだけだった。

 

 

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