ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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右眼は正直だ、結果だけを見せてくれる。

左眼は嘘つきだ、全てを見せてくれない。

未来は決まっている、全てが。

現実は変わらない、何も。



#026 デート

 

 それは幼い頃の記憶。

 二つに割れた魔法族が血で血を洗う抗争の末期に産まれ落ちた私。

 魔法族として右も左も分からない幼子に、怪物としての生き方を強要したある魔法使いのお話。

 

 ────勘違いしているようだから教えてやろう

 

 ────別に、俺たちの魔法は人を幸せにするだけのものでない。それだけなら、そもそも大昔から人を呪う魔法が存在するわけがない

 

「ふぅん」

 

 ────良いか? お前達のやるべき事はこのちっぽけな世界にて自己を超える為、人を呪い、研鑽し、成果を上げること、ただそれだけだ

 

「その過程でどんなに大勢の人間が死んだとしても?」

 

 幼いながらの純粋な疑問は、鼻で笑われた。

 

 ────当たり前だろう? 恐怖からこそ全てが生まれる。文化や教養、魔法や化学ですら恐怖があるからこそ発展していくのだ

 

 今はもう、この世の何処にもいない父との問答。

 しかし、その問答は今でも鮮明に覚えている。

 思えば清々しいほどのクズだった。

 

 他人は勿論、己の子すら自分のために犠牲とすることを大して躊躇わない人間のクズ。

 

 その癖、人の本質を見抜く洞察力と頭の回転の速さは桁違いで、修羅場を何度も切り抜けてきただけのことはある高い能力を持っていた。 

 

 ────お前とルシア。災厄と光輝、血を超えて掛け替えのない双子の絆

 

 ────俺がそうした、そう仕向けた。そしてお前からその光が奪われた時、

 

 ────お前は一体どんな魔法使いに生まれ変わるんだろうな? 

 

 結果的に、父はその成果を見ることなく死んでいった。

 最も無惨な形での幕引きであった。

 

(最もそれすらも予見して動いていた節はあるけども)

 

 私の父を名乗る獣は、私と同じ……いやもっと優れた眼を持っていた。

 そんな予見者が己の末路を見据えられなかった筈もない。

 日陰者である事を是とし、それでも陽のあたる場所を夢見たろくでなし。

 自分に半分化け物の血が入っている事を誇りながらも、ヒトである事に執着し続ける己を嘆いていたあの男。

 

 父の灰色の瞳は、その最期にどんな未来を映し出したのだろうか。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 休日の中庭は人気スポットだ。

 ポカポカと当たる日差し、風通しの良さ、シンプルかつ洒落た造りはホグワーツの中でも屈指の人気を誇っている。

 故に土日の休日は、それなりの数の生徒がたむろしているのが常だが、今日はいつもの休日とは違った。

 なんと人っ子一人いない。

 

「そうか今日だったっか」

 

 本を片手にガランとした中庭を眺めたボクは、今年もその時期が来たかと唸った。

 つまりは毎年行われるクィディッチ寮対抗戦である。

 ホグワーツには独自のクィディッチ競技場が存在し、そこで四寮のクィディッチ・チームが寮杯をかけて競いあう。

 既に大体の生徒達は席取りをする為、一時間近く前にはこの場を去っているのだろう。

 まったくもって彼らのクィディッチに対しての熱意にはついていけない。

 まぁボクの場合は、クィディッチに興味を持てないというより、学生スポーツの観戦自体にあまり意味を見いだせないという方が正しいんだけど。

 娯楽として優秀なのは認めるところだが、金が賭けられていないと何となく味気なく感じてしまうのだ。

 

「あ……そういえば今年はマルフォイがシーカーとして競技に出場するんだっけ」

 

 ならば今年もこの誰もいない中庭で、本を読み耽るという選択は正解に違いない。

 奴を応援するために休日を消費するのはゴメンだ。

 ベンチに腰掛けてボクは本を開く。

 

「にしてもマルフォイがクィディッチかぁ。シーカーを選ぶ辺り、ポッターを意識してるのが見え見えだね」

 

 奴がシーカーに執着する理由は分かる。

 シーカーはクィディッチの花形だし、競技上に限ってはポッターと同じ土俵で戦える。

 クイディッチには”純血”の家柄も”小さな英雄”という称号も関係ない。

 いかに己の技量が卓越しているか。それだけが全て。

 

(卑怯者のマルフォイが、ある意味正々堂々の勝負を望んだわけだ。男としての矜持ってやつかな?)

 

 ちなみにマルフォイが行ったチーム買収に関して、ボクは特に思うところはない。

 金やコネも含めてその人間の実力だと評価するとも。

 何なら自分だけじゃなく、チーム全体まで強化した采配は見事だと認めてやってもいい。

 

(まぁ潔癖症のハーマイオニー達はそこが気に入らないみたいだけど)

 

 ページを捲ること数分、ちょんちょんとボクの肩をつつく者がいた。

 誰だ? ボクの麗しき休日を妨害するイカれた野郎は。

 咎める意味を込めて軽く後ろを睨むと、そこにはポッター達の次くらいに親交の深いグリフィンドール生────ネビル・ロングボトムが立っていた。

 

「何やってんのネビル? 今日はクィディッチの寮対抗戦でしょ」

 

「それは君もだろ」

 

 ボクは良いんだよ。

 

「んで何の用だい?」

 

「あーその……君の事を探してたんだ。クィディッチの観戦にでも誘おうと思って」

 

「……何で?」 

 

 だって二年生になってから、ろくに話もできなかったし。

 そう言ってネビルが横の席に腰掛ける。

 ボクはといえば、彼のトンチンカンな誘い文句に苦笑していた。

 

「ネビルは本当に残念君だね。じっくりと女の子と話をしたいのならクィディッチの観客席は不適格だよ」

 

 あの騒々しくて軽薄な場所は、エンタメとしては最高なのだろうが、静かに話をしたい場所としては最低だ。

 その事に今さら気づいたのか、ネビルは少しばかりバツの悪い顔をする。

 

「大体、今さらどうしたのさ。今まで話しかける機会なんていっぱいあったじゃないか」

 

「声をかけ辛かったんだよ。メルムってば滅茶苦茶忙しそうだったし。それに最近なんて授業と食事の時以外じゃ外に出てないんだろう? ハリー達が何があったのかって心配してたよ」

 

「あーね」

 

 確かに最近のボクは、殆どスリザリンの談話室に籠りっきりだったか。

 例のスネイプ先生との面談は、しっかりとボクの心にモヤモヤとした何かを刻みつけ、お陰様で何というか全体的に無気力になっていた。

 校内で、ボクに関する不愉快な噂や視線が増加しているのも理由の一つだろう。

 そんなワケで全てに興味も気力も絶えたボクは、談話室で本を読み漁り、それも飽きるとひたすら寝るというクソみたいな生活をしていた。

 ギルデロイの授業補佐もほったらかし気味で、そんな調子では自寮の生徒以外とは接点がなくて当然。

 今日、久々に外に出たのもそんな無気力状態から脱しようと無理矢理腰を上げた、というのが実際のところだった。

 

「そっちは忙しくないの? ヤバいんでしょ、魔法薬学の単位」

 

 急に現実に引き戻された。

 そんな顔をしたネビルが暗い表情で首を横にふる。

 

「あと二年はかかるかも」

 

「ネビル、現実化しそうな話はジョークとは言えないよ。ていうかボクもあの教科は苦手だけど、君のは相当だね」

 

 不貞腐れて頷く彼を横目に、ボクはパタンと本を閉じる。

 

「さて、クィディッチのお誘いの件だけど。断る理由は3つある。1つ、人混みは喧しいし嫌い。2つ、勝って当たり前の試合はつまらない。3つ、試合にはマルフォイが出る」

 

「断る理由は、最後の1つだけで充分だと思うよ」

 

 まぁそうだが。

 ボクは苦笑すると、うーんと背を伸ばす。

 

「勝って当たり前の試合はつまらないって言ってたよね。それなら、ハリーを応援すれば良いじゃないか。絶望的な戦力差からの逆転劇を見たくない?」 

 

 ボクは笑った。

 

「違う違う。それは勘違いだよ。ボクが勝つと思っているのはポッターさ」

 

 ボクの言葉がよっぽど意外だったのだろう。

 ネビルが一瞬黙り込む。

 

「意外かい?」

 

「そりゃあね。だってスリザリンは全員最新製のニンバス2001だよ。普通はスリザリンが勝つと思うんじゃないのかい?」

 

 おやおや、坊やみたいな事を。

 

「今のスリザリンにあるのは速さだけだよ。もっと根本的なものがかけてる時点で勝利はありえない」

 

 技術が伴わないものは総じて質が低い。

 幾ら箒が速くても、マルフォイはポッターよりも早くスニッチは取れない。

 そんなもの未来を見なくても分かる。

 

「じゃあ見に行かないんだ、クィディッチ」

 

「そうなるね」

 

 そこで会話が終わった。

 横を向かなくとも、彼がしょんぼりしてるのが分かる。

 そして僅かな沈黙の後、不覚にもボクは笑い出してしまった。

 だって、おかしいったらない。

 これじゃあ、まるでデートの誘いにフラれた男の子だ。

 

「おぉい。お前、私がどんな魔法使いの血筋だか分かって誘ってるのか? 最近、他の連中が裏で私の事を何て呼んでるのか、知らないなんて言わせないぞ」

 

 例のミセス・ノリス石化事件の後、私は散々に陰口を叩かれている。

 セオドールが言っていた話だが、どうも噂好きの生徒達からは、私こそが”スリザリンの継承者”だともっぱらの評判だそうだ。

 先ほど話した不愉快な噂とやらはそれだ。

 私自身、談話室で偶然立ち聞きしたこともあるほどで、結構な範囲で噂されているらしい。

 

「”ハンナ、彼女はグリンデルバルドの血族なんだぜ。あの首にぶら下がったネックレス、グリンデルバルドの印だって爺ちゃんが言ってた”」

 

「”ダンブルドア校長にも解けないなんて……一体どんな闇の魔術を使ったのかしら? ”」

 

「”グリンデルバルドは、マグルをカスだって思ってた。そんな事は常識さ”」

 

「”グリンデルバルド先輩、私の家系は五代前まで遡れる、魔女と魔法使いの家系で、私の血は誰にも負けないぐらいの純血なんですぅ”────ッハ! 馬鹿たれが。知るかそんなこと」

 

 私を勝手に犯人扱いするのは構わない。

 風評被害なんて慣れている。

 言いたい連中には言わせておけばいい。

 どうせ私に面と向かって言う強さがないような、影でコソコソ罵る惰弱者だ。

 だが目の前の少年にとって、それは少しばかり刺激的でショッキングなお話だったらしい。

 

「一体、誰がそんな酷いことを……」

 

 なんて事を言って、私の声真似に絶句していた。

 

「興味もないし名前なんて忘れた。そんなわけで肩身が狭い私とクィディッチの競技場に行っても、ネビルが愉快な気分になることは期待できそうにないぞ?」

 

 そもそも今は猫一匹の被害だからこの程度(陰口)で済んでいる。

 だけどこれから先、生徒にまで被害が出たらどうなるかは分からない。

 恐怖は怒りを誘発し、容易く信じられない暴挙を起こさせるのだから。

 スリザリンでいつも一緒の二人はともかく、他寮の友人は突き放すくらいが丁度良いだろう。

 

 しかし、ネビルは引き下がってはくれなかった。

 

「そ、そんな事ない。君が来たらハーマイオニーやハリーだってきっと喜ぶよ」

 

「かもな。それ以外のグリフィンドールの連中がどう思うかは分からないが」

 

 さっきの声真似の中には、グリフィンドール生のもあった。

 最後のなんてスリザリン生だ。

 まったくもってマーリンの髭。

 

「なぁネビルよ。クィディッチに集中したい皆に、わざわざ尻に杖を向けられているのか心配させる必要もないだろう?」

 

「でも秘密の部屋の犯人は君じゃない。そうでしょ?」

 

「逆に聞かせてもらうが────そうだ、と言ったらお前は信じてくれるのか?」

 

 揶揄い半分にしては、中々意地の悪い問いだった。

 今のところ私を守ってくれる証拠はあやふや。

 その癖、祖父のやってきた悪事のせいで動機だけは確かなものとなっている。

 おまけにあの時、まったく動揺してなかった事もあってか容疑者最有力候補だ。

 我がスリザリン寮ですら、一定数の人間が私を秘密の部屋の継承者だと信じ込んでいる。

 

(さぁどう答える?)

 

 慌てた末、口からの出まかせを聞かせてくれるのか。

 それとも顔を真っ赤にして黙り込んでしまうのか。

 どちらにせよ、興味がある。

 

 

 

「うん。もちろん信じるよ」

 

 即答だった。

 私は呆然とする。

 ネビルが掠れた声をあげる。

 

「だってお爺さんとメルムは違う。でしょ? 出自だけで人を判断するなんて事を、僕はしない」

 

 一瞬、言葉に詰まった。

 だってそんな風に言ってくれる奴なんて、今までいなかったから。

 ゴホン、と咳をして動揺を誤魔化した私は、ネビルに問いかける。

 

「……どうしてそう思う?」

 

「だっておかしいじゃないか。祖父が犯罪を犯したから、その孫娘も犯罪者になるっていうの? 僕はそんな考えの方がどうかしてると思う」

 

 ネビルの声には、悲痛なものが混じっていた。

 人が人に何の根拠もなく陰で罵声を浴びせる、その事がショックだったのだろう。

 私なんかは、もう何年も前に通り過ぎた道でもはや何の感情も湧かないが。

 

「そいつらの考え方が、普通なんだよ」

 

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 

「どこ行ったって差別、差別。一生言われ続けるんだ。犯罪者の血筋、ろくでなしの末裔、危険だから近寄るな。早く殺してしまえって……私らは何にもやってなかったのにな」

 

 そうだ。

 理由などどうでもいいのだ。

 条件が整いさえすれば、ただの人間が意図も容易く鬼と化す。

 私の口から出た氷の炎のような弾劾に、ネビルは青ざめつつも何とか言葉を紡ぐ。

 

「……そんな人もいるかもしれない。けれど世の中広いんだ。皆が皆、そんな人ばっかりじゃないよ」

 

「そうかもな」

 

 少なくとも目の前の男の子は、”そんな人”じゃあないらしい。

 それだけで充分だった。

 本を懐にしまって、私は席から立ち上がる。

 

「どこに行くの?」

 

「静かにお話が出来て、お腹も満たせる場所だ。クィディッチのお陰で、今なら彼処もガラガラだろうしな。それともネビル少年は、あの騒々しく軽薄な競技場がお好みかな?」

 

 テコでもこの場から動くつもりはなかった。

 だが、先ほどの言葉を聞いてそれは変わった。

 子供じみた意地くらい曲げてやろう、そう思わされてしまったのだ。

 

 ……卑怯者め。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先を歩くメルムの後ろを歩いて数分、到着したのは何てことのないいつもの大広間だった。

 彼女の言っていた通り、他の生徒達はクィディッチの競技場へ移動を開始しているのか姿が見えない。

 いわば貸切状態というやつだった。

 お互いが向き合うような形で二人共席に座るが、他寮の生徒と同じテーブルに着くというのは違和感が凄い。

 昼食のカレーとパインジュースが音もなくテーブルの上に現れる。

 ネビルの知っているホグワーツの昼食の中では、割とアタリの部類であった。

 

「カレーは良いな。ハズレがない」

 

「あ、メルムもそう思う? ……あ、でも今日のは何か辛いな」

 

「何だよ、そんなナリして甘党か? お坊ちゃんめ」

 

「ばあちゃんのカレーは甘口なの」

 

 そんな事を言い合いながら、ネビルはきつめのスパイスに痛めつけられた喉にジュースを流し込む。

 喉がカラカラなのは、決してカレーのせいだけではなかった。

 メルムが可愛らしい容姿をしている以前に、ネビルはあまり女子への耐性がないのだ。

 これがディーンやシェーマスならば、気の利いた言葉の一つでも思いつくのだろうが、生憎ネビルはアガり症だった。

 故に共通の話題もあまりない自分が、今巷を騒がせている例の件について再度話題のネタにするのはしょうがない事ではあった。

 

「そういえば……あー、”秘密の部屋”があるって皆言ってるけれど。メルムはどう思うの?」

 

「何だ? 薮から棒に」

 

「前に僕ら聞いたんだ。ビンズ先生に”秘密の部屋”の伝説のこと。サラザール・スリザリンが密かに遺した部屋があって、そこに怪物が封印されてるって」

 

 メルムがカレーを掬おうとしていたスプーンを止める。

 一瞬、ネビルには不思議と彼女がうろたえたように見えた。

 

「……分からないが。ダンブルドア校長がミセス・ノリスを治してやれなかったという事は、猫を襲ったのはもしかしたらヒトじゃないかもしれないな」

 

「じゃあドラゴンとか? ケルベロスとか?」

 

「いや? 今上げた名前の中に、何かを石化させる能力があるとは終ぞ聞いたことがない。精々が獲物に噛みつくくらいだ」

 

 やたら具が少なく複雑なスパイスの風味が鼻に来たのもあって、思わずネビルは咳き込んだ。

 

「ゴホッゴホッ……待って。それってもっと凶悪なのがいるってこと?」

 

「そうなるな」

 

 事もなげにそう答えたメルムは、再びカレーを食べる事に専念し始める。

 まったく大物だ。

 小市民であるネビルは、恐怖のあまり直前までキツかったカレーの辛味が一切しなくなったというのに。

 

「ケルベロスの恐怖がフラッシュバックするよ……」

 

「あぁ、去年の廊下の番犬か。ポッター達から聞いたよ、災難だったな」

 

 災難なんてもんじゃない。

 あの小山のような三頭犬に食われかけたし、小便もチビった。

 

「そもそもさ。その”秘密の部屋”の件で被害が出た事ってっていうのは、昔もあったのかな。メルムはスリザリンで何か聞いてない?」

 

「さぁな。秘密の部屋の話自体は、1000年前からあるみたいだけれども。今回の件のように、それで実害が出たかどうかまでは知らない。中には知っている連中もいるんだろうが……如何せん自寮での私は交友関係が狭くてな」

 

 暇を持て余したゴーストが、あざ笑うようにパタパタと通り過ぎていった。

 メルム・グリンデルバルドは、自寮ではノットとブルストロード以外に付き合いがない。

 その事を風の噂で聞いていたネビルは、特別何も思うことなく食事と会話を進めていく。

 

「僕はマルフォイなら何か知ってると思うな」

 

「マルフォイ? 何でまた」

 

「マルフォイの家系は全部スリザリンの出身だよ。彼、いつもそれを自慢してる」

 

 ふぅん、とメルムはパインジュースにようやく口をつけ、少し考え込むそぶりを見せた。

 何だか今日の彼女はいつもと違う。

 普段の彼女は、ぼんやりとしていてあまり感情を感じさせず、何というか不思議な雰囲気を纏っていた。

 だが、今正面に座っている少女の顔には、年齢相応のあどけなさと冷たく大人びた表情が入り混じっている。

 こっちの方がしっくりくるな、そんな事を思いながらネビルは話を続けた。

 

「メルムも現場にいたんだから、マルフォイの言ったこと聞いてたでしょ? 『次はお前たちの番だぞ、”穢れた血”め!』って。彼は出来損ないのスクイブやマグル生まれの子を、ホグワーツから追い出したいって思ってる」

 

「……なるほど。最近、スリザリンの中でもマグル生まれや半純血の奴らが、私やマルフォイの奴に媚びを売り出した理由はそれか」

 

「もしかしたら今回の事件もマルフォイが……」

 

「あぁ、それはありえないな」

 

 ネビルの唱えたマルフォイ犯人説。

 それをメルムはにべもなくバッサリと切り捨てた。

 

「無論、マルフォイが事件の犯人じゃないかとは戯れに考えてみた事はあった。しかし、どうしても今回の犯人像とイメージがズレる」

 

「どういうこと?」

 

「何せ同じ寮内だ。マルフォイの奴が”秘密の部屋”の怪物なんて宝物を手に入れたらすぐに分かる。そもそもあのチキン野郎には、猫1匹だって呪いをかける度胸なんぞありはしない」

 

 言われてなるほど、と納得する、

 確かにマルフォイは姑息で卑怯な印象はあれど、犯罪を起こすタイプかと言われるとそうではない。

 

「え? でもそれって逆に怖くない? マルフォイ以上の純血過激派がいるってことでしょ?」

 

「まぁな。でもほら、私の寮って純血過激派の巣窟みたいなものだから……やっぱこのカレー美味いな」

 

 自寮に犯人がいるかもしれない。

 そんな可能性などそっちのけでカレーに舌づつみを打つメルム。

 その強心臓を少し分けて欲しいとネビルは思った。

 

「そもそもネビルは何をそんなに恐れているんだ? 風の噂で聞いたが、お前は由緒正しい純血なんだろう? 仮に秘密の部屋の怪物がいたとして、お前を襲う筈がないじゃないか」

 

 随分とお節介な風もあったものだ。

 個人の血筋の情報が当然のように出回っている。

 

「それでもだよ。だって最初にフィルチが狙われたもの」

 

「そうだな。それで?」

 

「う……」

 

 その先を言う事は憚られた。

 純粋に言いたくなかったのだ。

 ネビルは、陰で己がどんな風に嗤われているかを知っている。

 

 ────純血の癖にろくに魔法も使えないスクイブ

 

 それだけは、目の前の少女には言いたくなかった。

 そんなネビルの葛藤を見透かしたように、メルムは両手の指を胸の前で組んで、ポツリと言った。

 

「お前の辛さは分かる。魔法を上手く扱えないことで、陰口を叩かれてるんだろう?」

 

 心臓がひっくり返るかと思うほど、ネビルは動揺した。

 

「え、……何でそんなこと……?」

 

「別に驚くことじゃない。マルフォイの馬鹿が、調子に乗ってお前に突っかかっているのを何回か見かけた。お前がそれに泣きながら耐えてる所もな」

 

 気になっている女の子に自分の恥ずべき部分を見られていた。

 ネビルは動揺を通り越して荒んだ気分になった。

 

「なぁ、どうして耐える。泣き寝入りして何になる、誰かが助けてくれるとでも思っているのか?」

 

「違うよ!」

 

 とっさにネビルは言い返していた。

 このままで良いなんて思ってはいなかった。

 彼らにやりたい放題やらせて、自分は泣いてるだけ。

 そんなのは堪らなく辛かった。

 メルムは静かに言う。

 

「ならどうして言われたまんまなんだ。良いか? 右の頬を打たれたら、千倍にして返せ」

 

 何だって? 

 女子の口から出たとは思えないほど物騒な言葉に耳を疑った。

 ネビルは唖然として、端正な横顔を仰ぎ見る。

 

「こっちが黙っているから、敵はどんどんつけあがる。たまには相手を痛い目に合わせてやらないとな」

 

「……僕には喧嘩なんて無理だよ、やったことがないもの」

 

 ネビルは何とか声を振り絞ってそう言った。

 

「なら喧嘩のやり方を教えてやる。男なら1人で戦え、杖は持つな。以上だ。不意打ちでも正面からでも箒でも石でも何でも使え。急所も思う存分狙ってやれ。呪いの傷でなけりゃ、マダム・ポンフリーが上手く治してくれる……まぁお前ぐらいの筋肉ならそこまで相手に気を遣うことはないがな。ただし相手が倒れたらそこまでだ、手を出すんじゃないぞ?」

 

 早口でメルムから語られる妙にリアルな喧嘩指導。

 ネビルは黙って目を伏せる事しか出来なかった。

 マルフォイ達に喧嘩で勝つなんてできっこない。

 逆にもっと酷い目に合わされる。

 泣いてる自分を指さし嘲笑を浴びせている、マルフォイ達の姿が目に浮かんだ。

 そんなネビルの弱気が向こうにも伝わったのだろう。

 メルムの声が1オクターブ低くなった。

 

「お前に自尊心は無いのか? 自分が変わらなきゃ意味ないんだぞ。それともそれがグリフィンドールお得意の騎士道って奴なのか? 大変だな、痩せ我慢ばっかりで」

 

 私はそうならなくて良かった。

 そんな顔をして、目の前の少女は皮肉る。

 

「だって暴力はいけないと思うし……」

 

 ネビルが反射的にそう言い返すと、メルムはポカンと大口を開けて、虚を突かれたという顔をした。

 そして、目の色を変えて声を荒らげた。

 

「暴力? ふざけんなよ、何が暴力だ! じゃあ何か? マルフォイや他の連中がお前や私にやってきた事は暴力じゃないのか?」

 

 ネビルは口を開けたまま動きを止めた。

 

「”いじめ”だの”差別”だの、言葉は重宝だな。暴力よりは上等に見える。だがな? あれは正真正銘の暴力だ。言葉や集団で圧をかけてくる暴力。ぶん殴るよりもタチが悪い。人の心に、目には見えない深手を負わせるんだからな」

 

 実感の籠った言葉だった。

 その”暴力”を幾度も向けられてきた者だけが放つ、本気の怒りだった。

 

「そもそも、いじめっ子連中がどうして野放しになってると思う。その高貴なる血筋だからか? あいつの後ろにいる親が怖いからか? 違うね。お前らは卑怯な人間だ、と面と向かって言える奴が周りにいないからさ」

 

「どうして、いないの?」

 

 メルムが蒼く燃えるような瞳をネビルに向けた。

 

「どいつもこいつも怖いからだ。面倒事に関わって損したくないからな。どれもこれもみーんな叩けば埃が出てくる身の上さ────あのダンブルドア(・・・・・・・)だってそうだった(・・・・・・・・)……」

 

 最後の一言だけ呟くように言うと、メルムは再びカレーを食べ始める。

 これ以上、この件に関して何かを言うつもりはないのだろう。

 しかし、ネビルの方には言いたい事がまだあった。

 

「あのさ、メルム聞いてくれない?」

 

「……何だ?」

 

 皿に視線を落としたまま、不機嫌そうな声が返ってくる。

 くだらない泣き言や弱気な発言なら聞きたくない。

 そんな心の声まで聞こえてくるようだった。

 ネビルの発言は、明らかに彼女を失望させたらしい。

 だが、だからこそネビルはこれだけは言っておきたかった。

 

「どうせならさ。魔法を上手く使えるようになって、マルフォイや皆を見返してやりたいよ」

 

「ほう、それは何故?」

 

「だって暴力で黙らせたって、落ちこぼれっていう事実が変わるわけじゃない。メルムがゲラート・グリンデルバルドの孫であるのと同じように」

 

 ぴくり、と皿を掬うメルムの手が止まる。

 しかし、彼女が激昂する事はない。

 先程と打って変わってメルムは聞き役に徹していた。

 

「メルムも言ってたじゃないか。自分が変わらなきゃ意味ないんだって。なら、僕は落ちこぼれの自分を変えたい。皆の前で上手に魔法を使って、あっと言わせたい」

 

 ふむ、とメルムが顔を上げた。

 その顔にさっきまでの不機嫌そうな表情はない。

 怒りに燃えていた蒼の瞳も、今は人の成長を喜ぶ暖かい翡翠の色をしていた。

 

「なるほど。それはそれで面白いかもな」

 

 

 

 ──────

 

 

 

 その後、気まずくなった空気を挽回して乗り切ったネビル達の会話は、思いの外長く続いた。

 お互いに他寮の人間、それも異性とここまでじっくり話す機会などそうそうなかったのが幸いしたのか。

 話自体は、主に自寮の愚痴などたわいもないものではあったが、寮それぞれの独特なルールなどに気づかされたりと楽しいものとなった。

 

「それにしても、マルフォイがパーキンソンと付き合うことになったのは意外だったなぁ」

 

「自尊心のない奴は、しょうもない相手に惚れるもんだ」

 

「そんなものかな」

 

「そんなもんさ」

 

 互いの常識や成績は、どの分野においてもことごとく対極にはあったものの、皮肉な事に自身が寮内で浮いているという話においては大体意見が一致した。

 

(最初はクィディッチを一緒に観れなくて残念に思ってたけれど、こういう時間の使い方も悪くないなあ)

 

 などとネビルが思っていると、クィディッチ競技場のある方角から、微かに歓声が聞こえてきた。

 大広間から競技場までかなりの距離がある筈なのだが、それでも轟く大音量。

 試合が終了した報せであった。

 

「行くか。そろそろ面白いものが見れるだろうし」

 

 残ったパインジュースを一気に飲み干し、メルムが席を立ち上がる。

 二人は連れ立って────別に連れ立って行く必要はないのだが、取り残されるのもたまらないので、連れ立って夕暮れの大広間を出た。

 

「どこに行くの?」

 

「なぁにすぐ分かる。ついでにどっちが勝ったのかもな」

 

 メルムが大理石の廊下を歩きながら、肩をそびやかして言った。

 こだまする靴音に気兼ねしながら、長い廊下を折れ曲がる。

 いつもは移動する生徒達で賑やかな通り道が、沼のような静けさだ。

 箒を最新式にしたスリザリンの試合は全寮の気になる所であり、必然的に校内はガラガラになったのだろう。

 

「この時間はいつも沢山の生徒が彷徨いてるから、静かなのが新鮮だね」

 

「確かに。いたらいたで鬱陶しいが、いないとそれはそれで気味が悪いな」

 

 そんな事を話しながら、二人は医務室のある廊下に到着する。

 廊下は静まり返っていて、人の気配はない。

 ネビルはどうして彼女がこんなところに来たのか不思議でならなかった。

 

「おや? まだ来るのが早かったかな。折角、英雄の凱旋を見に来たっていうのに」

 

 メルムは不可解そうに腕時計を見やりながら小首を傾げている。

 

「残念ながら君の言う英雄の凱旋はまだじゃよ。ちょっとした手違いが起きたのじゃ、ミス・グリンデルバルド」

 

 ここにいるはずのない第三者の言葉。

 ネビルは思わず後ろを振り向いて、ギョッと立ちすくんだ。

 ネビル達の背後にある柱、その陰と同化するように立った人影があった。

 まるで噂の”継承者”が後をつけてきたような気がして、ネビルは後ずさる。

 

「おや、驚かせてしまったかの」

 

 そう言って穏やかな顔をした老人が、ゆっくりと影の中から光の中に歩み出てくる。

 それはこの学校の誰もが知る傑物。

 そう、アルバス・ダンブルドア校長先生だった。

 

「なんだ、ダンブルドア校長ですか」

 

 御大のいきなりの登場にメルムが忌々しげに呟く。

 

「なんだとはご挨拶じゃの。最近、ある女子生徒が塞ぎこんでいる。そう聞いて、居ても立ってもいられなかった老人の気持ちを少しは理解して欲しいものじゃ」

 

「……貴方には関係の無いことです」

 

 つっけんどんなメルムの対応にも、ダンブルドア校長は相好を崩すことはない。

 そのキラキラしたブルーの瞳で此方をじっと見ている。

 彼女はチッと聞こえよがしの舌打ちをすると、ネビルを側に呼び寄せ小声で囁く。

 

「ダンブルドア校長とは因縁があってな。まぁ私というよりは祖父との因縁だが……お陰様でこうしてよくお節介を焼きに来る」

 

「え、そうなの?」

 

 まさかアルバス・ダンブルドアともあろうものが、出自だけで彼女を見張っているのだろうか。

 驚いたネビルが老人を横目で見るも、その穏やかな表情からは負の感情は伺えない。

 それどころか、近所の子供を見守るような柔らかな雰囲気すら感じさせている。

 

「教科書に載っている出来事だけが全てじゃない。色々あるのさ」

 

 ネビルの視線で疑問が伝わったのだろう。

 メルムは鬱陶しそうにため息を吐きながら、それだけ言う。

 ダンブルドア校長が長い銀色の口髭をおかしそうに震わせた。

 

「そうそう。君が見物しようとしておるハリーじゃが、当分医務室には来れぬ。彼はロックハート先生の手違い(・・・・・・・・・・・・)で試合で折った手を骨抜きにされてしもうた」

 

 最初、ネビルは聞き間違えかと思った。

 ロックハート先生は、個性的でナルシストではあるが優秀で教え方も上手な教師。

 それが寮内共通の印象だったからだ。

 

「あの薄ら馬鹿が……」

 

 傍にいたネビルがようやく聞き取れるくらいの小声で、メルムが口汚く罵る。

 ロックハート先生は人気の高い教師でもあったので、彼女の反応は意外だった。

 一つ良いですか、とメルムがダンブルドア校長に言う。

 

「ポッターの腕を折ったのはブラッジャーですか?」

 

「そうじゃ。やはりお主には視えて(・・・)おるのか。察するに右目かの」

 

「えぇ、祖父譲りです。つまらないものしか見せてくれませんがね」

 

 ダンブルドア校長が考え深げに唸った。

 

「……ミスター・ロングボトム。申しわけないが、先に談話室に戻っては貰えんかの? 儂は少しばかりミス・グリンデルバルドと話したいことが出来てしもうた」

 

 二人にして大丈夫なものか。

 ネビルは少し不安になってメルムの端正な横顔を伺う。

 彼女は顔を顰めて、嫌々と首を横に振っていた。

 

「……っていう感じですけれど」

 

「困ったのう。話が終わったら、頼まれていたフォークスの尾羽をある程度の数、渡そうと思っていたのじゃが」

 

 それは魔法の言葉だった。

 途端にコロリとメルムの態度が変わる。

 

「嫌だなぁ。話を聞かないなんて誰も言っていないじゃないですか」

 

 驚くほどの掌返しにネビルは絶句した。

 利に聡いあたり、メルムがスリザリンに振り分けられたのも分かる気がする。

 

「ありがとう。お主ならそう言ってくれると思っておった」

 

 まんまと餌で子供を釣ったダンブルドア校長は、ニコニコしてそう言った。

 

 

 

 

 

 




ようやく出せたー。一応生きてます。
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