ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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幻視が視界を通り過ぎる、なんてことのない白昼夢。

それは起こるであろう当然の結末。

運命は絶対で、偶然なんて言葉は存在しない。あるのは必然だけ。

天啓は気紛れに現れて、私の心を掻き乱す。

それが何分後なのか、何時間後なのか、それとも何十年後なのか。

未来はいつも決まっていた。私はいつも知る事が出来た。

でもそれだけで、この先必ず起こる必然に何かが出来ることはない。

もうよくは覚えていないけれど、家族(私達)が迎えた結末もきっと。



#002 汽車の旅

 

 人混みは嫌いだ。

 どれくらい嫌いかというと、人ゴミに変換できるくらいには嫌いだ。

 ほら、肩がぶつかった。

 おまけとばかりに、足も踏まれる。

 いたいけな少女であるボクへの無礼、絶対に許さない。

 とうの本人は、直ぐに駅の雑踏に紛れて見えなくなったが。

 

「クソ、国際機密保持法はどうなってるんだ。これだけマグルが集まる駅に特急を作るなんてさ。魔法族の秘密を守る気あるのかな」

 

「仕方ない。今は共存の時代なんだ。それに極東の国に、こんな言葉があるらしいよ。木を隠すのなら森の中」

 

 そう言って肩を竦めるのは、スキャマンダーさん。

 結局、ボクの見送りに来ることを決めたようだった。

 色々旅をしてきて大人になったつもりではあるけれど、やっぱりスキャマンダーさんから見れば、ボクはまだまだ子供らしい。

 

「ちゃんと荷物は持ったかい? 忘れ物届けるのは嫌だよ」

 

「わかってるよ。トランクの中に、鍋、教科書、ペット、服。全部ある」

 

 お陰で、トランクが滅茶苦茶重い。

 ひ弱な女の子であるボクが、なんでこんなに荷物を持たなければならないのか。

 端から見ても、荷物がぎっしり詰まったトランクを引き摺る女の子の姿は、哀愁が漂っていることだろう。

 満足そうに頷いていたスキャマンダーさんが、ハッとしてボクに聞いてくる。

 

「杖はちゃんとトランクに入れたかい?」

 

 おっと、ボクとしたことが。

 杖をトランクに入れず、ポケットに入れたままなのを忘れていた。

 

「一番重要なのものだろうに……肌身離さず身につけるのは大事だが、ホグワーツの荷物検査で引っかかる。気をつけなさい」

 

 呆れた声が背中に刺さる。

 少しのうっかりは仕方ない。

 生まれてこの方、学校など行ったことがないんだから。

 肩に乗せていたニフラーが、慰めるようにくちばしで頬をつついてくる。

 

「ボクの味方はお前だけだよ、ゴールディ。いや本当に」

 

 二フラーを撫でながら、ボクは手元の紙に目をやる。

 書かれているのは、特急列車への案内図だ。

 何かの柱の絵と、キングス・クロス駅の9と……4分の3番線という言葉。

 ワケがわからない。9番線まではわかる。

 だが、4分の3番線とはなんのことだろうか。

 中途半端過ぎやしないだろうか。

 

「……」

 

 メモを書いたのは、ポーペンティナ夫人だ。

 口下手なのは分かっていたが、これは酷い。

 もはや悪意を感じる。

 ひょっとしなくても、先日のディメンタードッキリのお返しだろうか。 

 もしそうなら大成功だ。

 ボクは大いに困っている。

 

「着いてきて正解だったね。ティナはいつも言葉足らずで説明足らずなんだから。ほら、ここだよ」

 

 9番線と10番線の間にある柵の前で、スキャマンダーさんが立ち止まる。

 

「僕が見送れるのはここまでだ。執筆した原本の提出期限が迫っていてね。汽車が出発する時間には、とても間に合わない。それに私も人ゴミは嫌いなんだ。特に魔法使いのはね」

 

「そうなんだ。ここまでの見送ってくれただけでも十分だよ。ありがと、スキャマンダーさん」

 

 別れは、簡潔にあっさりと。

 ボクにひらひらと手を振って、スキャマンダーさんは元来た道を引き返していった。

 

「んじゃ、行きますか」

 

 うーんと大きく背伸びをして、体を解す。

 ロリポップを咥えこんで、ボクはさりげなく柵に寄りかかった。

 

「っとと」

 

 見た目と反し、支える物がない。

 次の瞬間、当然のように体が硬い金属の障壁を通り抜けていた。

 思わずたたらを踏んで目を上げる。

 

(へぇ、これが。思ったより賑わってる)

 

 煙を吐く紅色の汽車の”ホグワーツ特急”が、目の前に堂々たる姿で鎮座している。

 煙の下のホームでは、魔法使いや魔女達が子供との別れを惜しみつつ、汽車に乗せる姿がちらほら見えた。

 放し飼いにされているのか、猫やらフクロウやらの姿をそこら中で見かける。

 正直、フクロウのホーホー鳴く声が喧しい。

 手紙のトラウマがあるから尚更だ。

 ……というか、誰もボクのように魔法生物を持ち込んだりはしていないようだ。

 

「もしかしたら学校で浮いちゃうかもな……いや、そうでもないのか」

 

 視界の端で、ドレッドヘアの黒人の少年が大きい蜘蛛を箱から出したのを見て、ボクはホッとする。

 あんなのに比べたら、ニフラーなんて可愛いものだ。

 

(昔から蜘蛛は苦手なんだよなぁ)

 

 とにもかくにも、時間が無いので手早く荷物をしまうことにする。

 汽車に乗り込み、ボクは後尾車両を目指す。

 先頭の二、三両はもう生徒で一杯になっていた。

 窓から身を乗り出して家族と話したり、席の取り合いで喧嘩したりで騒々しい。

 トランクを引き摺りながら、満員に近いコンパートメントを通り過ぎたボクは、ほとんど誰もいない車両を見つけて荷物を叩き込む。

 勿論、車内販売の菓子類を買う金を懐に捩じ込むのも忘れない。

 そのまま返す足で、誰もいないコンパートメントを探しながら通路を歩いた。

 

「見つかんない……」

 

 思わずゲッソリする。

 どのコンパートメントも満員だった。

 汽車に乗るのが遅すぎたらしい。

 途中で見つけたマルフォイと相席するべきだったか。

 

「いや、無理だなぁ」

 

 偉そうなマルフォイもそうだが、取り巻きっぽいデブやノッポとも気は合いそうにない。

 十一歳という年齢を差し引いても、彼らは頭の回転が早いようには見えなかったし、純血主義が鼻についた。

 そもそも彼らは知っているのだろうか。

 もはや真の意味で、純血の一族というものが存在しないことに。

 

 時代は大きく変わった。

 純血主義を増長させた爺様が倒れて、はや半世紀以上。

 いとこ婚などの近親婚が、精神虚弱や病弱な者を生み出すという話が広く知られ、マグル生まれとの婚約を認める流れが出来た。

 

 大河の流れには、何者も逆らえない。

 恋愛結婚や妥協による半純血との婚姻で、どうしたって混血が増えていく。

 それでも一部の純血一族は、家系図からそれらを勘当し嘘で塗り固めて、自らの純血を主張している。

 その涙ぐましい努力の結晶が、何も知らない彼らだ。

 

(ま、詳しく調べないとわからない話だ。知らないのはしょうがないけどね……)

 

 純血なんて思想で腹は膨れない。

 この事を認めて、何とも多くの人間がマグル生まれと交わった。

 取り残された老害達は、その事実から目を反らし、静かに歴史の波に消えていった。

 未来の先取りは感性を失うが、過去の執着はその人間の時すら止めてしまうらしい。

 

「おっと。ここが一番後ろか」

 

 そんなことを考えている内に、最後尾の席まで来てしまった。

 ありがたいことに、一番後ろなだけあって誰もいない。

 良かった。

 四人一部屋の席を見たときは、内心焦ったのだ。

 知らない人間と同席なんて、人見知りを発揮させて気まずい思いをするだけである。

 最後の旅くらいは、一人で静かに過ごしたい。

 

「ふぅ……」

 

 椅子に座って一息つく。ようやっと椅子に座れた。

 ここに来るまで立ちっぱなしだったし、こんなに人の多い所を立て続けに移動したのも初めてだった。

 特にすることも無いので、窓の外の風景に意識を向ける。

 やたらと子供の多い家族が目に入った。

 子供達一人一人に、母親らしき人物が別れのキスをしている。

 

「……いいなぁ」

 

 家族の記憶は朧気だ。

 その中でも、父親と母親の記憶にロクなものはない。

 だから、少しだけ羨ましかった。

 警笛が鳴り、汽車が滑り出した。

 母親が子供達に手を振る。

 傍らにいる女の子が、半べそで汽車を追いかけてくる。

 その姿を何とはなしに眺めていたが、やがて目を逸らして本を開く。

 

「ま、無いものねだりをしても仕方がない」

 

 無いものは無い。

 ボクも感傷に浸るタチではない。

 汽車が速度を増し、静かな時間が始まる。

 

「……」

 

 凄い暇だ。

 望んだ事とはいえ、一人旅している時と何も状況が変わっていない。

 他のコンパートメントからは、楽し気な笑い声がさっそく聞こえてくる。

 仲良くなるのが早くないか? 

 

(さ、寂しくなんてないんだからね!)

 

 空の相席に向かって、ボクは胸を張った。

 空笑いが、静かな部屋に木霊する。

 ……新発見だ。

 人ってのはいてもムカつくが、いなくてもムカつく。

 ボクが肩を竦めたその時、コンパートメントのドアがガラリと開かれた。

 

「失礼。ここの席良いかしら?」

 

 本を小脇に抱えた、勝気そうな女の子。

 ぼさぼさになった栗色の長髪に、前歯が少し大きいのが目につく。

 まるで、リスみたいな女の子だ。

 ちなみに彼女の名誉の為に言うと、顔は整った方だろう。

 

「……いいよ。一人は寂しいって、丁度思っていたからね」

 

 来てしまったものはしょうがない。

 特に理由がないのに、追い返すのも違うと思うし。

 社交辞令を口にしながら、ボクは向かいの席へと促す。

 

「ぼ、僕もいいかな……?」

 

「ん?」

 

 この女の子の他に、もう一人客人がいたようだ。

 彼女の背後に目をやると、おどおどした男の子が立っているのが見える。

 堂々と入ってきた女の子と違い、こっちは視線がキョロキョロとしているし、やけに緊張していた。

 正直、これ以上人数は増えて欲しくなかったが、流石に可哀想なので頷いておく。

 

「あ、ありがとう」

 

 気が弱そうな男の子だ。

 不思議なことに、何処かで見たような気もする。

 孤児院でよく泣いていた子に雰囲気が似ているからかな。

 正面の女の子が、自己紹介を始める。

 

「私はハーマイオニー・グレンジャー。この子はネビル・ロングボトム。今年の新入生よ」

 

(……あぁ、彼が)

 

 道理で、どこかで見た顔だと思ったわけである。

 いつだったか、闇祓い(オーラー)である師匠に見せられた写真の中に、彼の両親が写っていたのを思い出した。

 確か、ヴォルデモートの配下に拷問された魔法使い夫婦の名は、ロングボトム。

 優秀な”闇祓い(オーラー)”だったらしい。

 

「ヒキガエルを見なかった? 彼、ここに来るまでにペットに逃げられちゃったらしくて」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ボクの表情筋が固まる。

 言葉通りに受け取るならば、彼はヒキガエルよりもトロいということになる。

 

「あの……ごめんね。あいつ、僕から逃げてばかりなんだ」

 

 メソメソ泣きだすネビルに、ボクは軽くショックを受ける。

 こんなんで大丈夫なのだろうか。主に学校生活。

 ボクの脳裏に、マルフォイに虐められて泣くネビルの姿が否応なしに浮かんでくる。

 

「ペットを失くしたら大変よ。同じコンパートメントのよしみで、あなたも一緒に探してくれない?」

 

「……申し訳ないんだけど、慣れない長旅で疲れてるし遠慮したいかな」

 

 無難な回答。

 ペット探しを拒否でき、自分が疲れているという事も伝えることが出来る完璧な回答。

 長旅が慣れないという嘘はご愛嬌だ。

 しかし────

 

「うっ……うっうっ……ぐずっ……トレバー…………」

 

 ネビルのメソメソが酷くなった。これはマズい。

 案の定というか、ハーマイオニーが縋るような目つきでボクを見てくる。

 

「ねぇ、お願いよ。とても困ってるの。疲れているのは分かるわ。ほんの少しで良いから協力してほしいの」

 

 これは参った。

 ここまで懇願されて断るのは、流石に外聞が悪い。

 泣いている子を見捨てても心は痛まないが、それだと薄情な女の子という立ち位置になってしまう。

 泣く子には勝てない、とボクは諦めた。

 

「わかったよ。探すから、蛇口みたいに涙を垂れ流しにしている彼を静かにさせて。彼の泣き声は、ボクの精神衛生上よろしくないから」

 

 しょうがない。

 面倒臭い事は、手っ取り早く済ませてしまおう。

 まったく、ゆっくり百味ビーンズでも食べながら景色を楽しもうと思ってたのに、なんでこうなるのだろうか。

 

「じゃ、ネビルはコンパートメントをお願い。私は荷物置き場を見て来るわ」

 

 泣き止みこそしたものの、未だにしゃくりあげるネビルを連れて、ハーマイオニーが席を立ち上がる。

 何をしているのだろう。

 まさかとは思うが、ヒキガエルを探す為に汽車の中をくまなく調べる気だろうか。

 

(そんな面倒なことをする気はないかな)

 

 ボクは、懐から買ったばかりの杖を取り出す。

 この状況は、新しい杖の調整にうってつけだ。

 ハーマイオニーが訝し気に眉を顰めた。

 

「あら魔法を使うの? ヒキガエルを探す呪文なんて、教科書を全部暗記したけど、何処にもなかったわよ」

 

 教科書を全部暗記? 何かの冗談だろうか。

 教科書なんて、買った日からトランクに詰めっぱなしで開いてすらない。

 保存状態最高の新品だ。

 隣でネビルも唖然としている。

 多分、彼もボクと同じ心境なのだろう。

 ハーマイオニーがペラペラと喋り出した。

 

「私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたの。勿論、全部上手くいったわ。あ、言い忘れていたけど。私の家族に魔法使いは誰もいないの! 我が家から魔法使いが出たって両親とも大喜びしてね」

 

「……ネビル、ヒキガエルの名前は?」

 

 マシンガントークが長くなりそうなので、いったん無視。

 スキャマンダーさんに自作の本の話を振った時と同じ匂いがする。

 恐らくボクの判断は間違っていない。

 あの長話に付き合わされて、貴重な時間を無駄にしたのは苦い思い出だ。

 

「トレバーだよ。お婆ちゃんが思い出し玉と一緒に買ってくれたんだ」

 

「そう。なら……アクシオ! ヒキガエルのトレバーよ、来い!」

 

 ボクが使ったのは、単純な呼び寄せ呪文。

 ヒキガエルの、は一応保険だ。

 人間のトレバーが来たら、洒落にならない。

 呪文は無事成功したようで、十数秒後、ちゃんとヒキガエルのトレバーがふわふわと飛んできた。

 

「あ、トレバー!」

 

 ベチャ……! 

 閉めっぱなしにしていたせいで、ドアに激突する哀れなトレバーが立てた音だ。

 慌ててネビルがドアの外に出ていくのを横目に、ハーマイオニーが言う。

 

「今のは呼び寄せ呪文よね。あなた四年生だったの?」

 

「いや、一年だけど。なんで?」

 

「呼び寄せ呪文は、四年生の『呪文学』で習う魔法よ。まさか……もう四年生の教科書まで先取りして?」

 

 その言葉に、ボクは逆に驚かされた。

 呼び寄せ呪文くらい、魔法使いの一般家庭なら必須の魔法だろう。

 これが、マグル生まれとの感覚の違いか。

 

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね」

 

「聞かれなかったしね。ボクの名前はメルム。さっきも言った通り、同じ新入生だよ。寮が同じになったら、君たちにはお世話になるかも」

 

 どうせ入学式になればわかる事だが、それまで下の名はなるべく伏せたい。

 ボクだって汽車の中でくらい、友達は欲しい。

 

「よろしく、メルム。あなたは何処の寮が良いの? 私は断然グリフィンドールだわ。色んな人に聞いたけど、そこが一番良いみたい。勇猛果敢な騎士道を重視するらしくて、意志が強くて勇敢な生徒が多く集まる傾向にあるって聞いたわ。何より、あのダンブルドア校長もグリフィンドール出身らしいの」

 

 騎士道か。一番縁の無い言葉だな。

 昔から正々堂々と戦うタイプじゃない。

 囲み討ちこそしないが、無手の相手に背後から石でタコ殴りとかは、平気でさせて貰う。

 勝てば良いのだ、勝てば。

 ということでグリフィンドール寮は、ボクの気質に合わない。

 そもそもダンブルドア出身の寮ってだけで、何となく気が引ける。

 

「ボクはレイブンクローかな。知性を尊ぶ寮って聞くから。学力が重視される傾向が高いのは不安だけど」

 

「知性を重視するのは、良い事だと思うし……あ。でも聞いたところだと、同じ寮内で成績が元でイジメが起きたりするらしいわね。成績至上主義で、プライドが高い人が多いの。頭が良すぎてクセの強い人も沢山いるみたい」

 

「へぇ……色々あるんだね」

 

 なんでだろうか。

 長所に対し、短所が致命的過ぎる気がする。

 ちなみに偏見だが、残りのハッフルパフは個性がなく、スリザリンは小狡いという印象がある。

 選択肢に、救いが無さすぎる。

 まぁ完璧なものなどない、と言われればそれまでだが。

 隣のネビルも心なしか震えていた。

 

「僕、グリフィンドールが良い。僕の両親はグリフィンドールだったんだ。婆ちゃんも当然、僕がグリフィンドールになると思ってる。スリザリンなんかに入ったら僕……きっと勘当されちゃうよ」

 

 十数年前に色々やらかした死喰い人(デスイーター)

 彼らを最も多く輩出した寮は、確かスリザリンだったと聞いている。

 親の仇の寮に入る事ほど屈辱的なことはないだろう。

 

 

 ──────……

 

 

 それから汽車の外の景色を楽しんだり、ハーマイオニーのマグルの世界の話を聞いて時間を潰していると、通路でガチャガチャと何かを運ぶ音が聞こえてきた。

 

「車内販売よ。何かいりませんか?」

 

 えくぼのおばさんが、ドアを開けて顔を覗かせる。

 もうそんな時間か。

 腕時計を見ると十二時を過ぎていた。お昼時である。

 ボクも小腹が空いていたから、ちょうど良かった。

 

「僕は良いかな。婆ちゃんが作ってくれたお弁当あるし……ほら、これ」

 

「ネビル、それは”思い出し玉”だよ。ご飯じゃない」

 

 ネビルのポッケから出てきたのは、弁当ではなく大きなガラス玉だった。

 ”思い出し玉”。白い煙が詰まったような、不思議な魔法道具。

 忘れている事があると中の煙が赤くなり、持ち主が何かを忘れていることを思い出させてくれる代物である。

 世間一般の認識では、認知症が進んだ老人が買うものだ。

 

 ポーペンティナ夫人が持っていた玉を、影でチンパン玉と呼んでいたのは良い思い出だ。

 

「ねぇ、それって忘れている事を思い出させる道具だよ。忘れた内容を思い出させる道具じゃない。ネビルのお婆さんってピントがズレてるよね」

 

 おぉ、なんという事だ。

 ネビルがグスングスンと泣き始めてしまった。

 ボクがチラリと前を見ると、ハーマイオニーは肩を竦めている。

 言葉にこそしないが、同じ意見のようだった。

 

「もう泣かないでよ……しょうがない。ちょうどボクもお腹減ってたし、昼ごはん一緒に買ってあげるから。ほら、何が良い?」

 

「百味ビーンズ、蛙チョコレート、カボチャジュース、大鍋ケーキ、ドルーブルーの風船ガム、カボチャパイ、杖型甘草あめ……ええとそれから」

 

「……遠慮って言葉知ってる?」

 

 でも、この体型を維持しているのなら当たり前か。

 ポンポンとネビルのお腹を叩いて、ボクは納得する。

 最後に残された可愛い孫だ。

 きっと両親がいない分、そこだけはお婆ちゃんも甘やかしてしまったのだろう。

 そう言えば、爺様から祖母の話は聞いたことがない。

 ボクとしては、あのテロ爺と子供を作った酔狂な祖母の顔を見てみたい。

 

「まぁいいや。すいません、じゃあそれでお願いします」

 

 

 結果的に、ネビルの菓子だけでガリオン金貨が二枚も無くなった。

 菓子でガリオンまで使ったのは人生初である。

 隣で大鍋ケーキを口一杯に頬張るネビルを、ボクは恨みがましい目で見た。

 

「ふぁに。ろうかした?」

 

「いや? 美味しそうに食べるなぁって」

 

 もぐもぐ口に入れながら喋るな。行儀が悪い。

 だが不思議な事に、幸せそうな顔でケーキを食べるネビルを見ていると、なんかほっこりする。

 恐る恐る蛙チョコレートの包みをほどきながら、ハーマイオニーが聞いてくる。

 

「この蛙チョコレートって……まさか本物のカエルじゃないわよね?」

 

 その言葉に、ネビルとボクは顔を見合わせて笑った。

 そうか。

 ボクらには一般のお菓子でも、マグルの世界に住む彼女には初めて尽くしなのだ。

 

「蛙チョコレートは、カエルの形をしたチョコだよ。マグルの世界にも動物を型取った菓子類があるでしょ? あれだよ。マグルのお菓子と違うのは、動く写真付きと」

 

「ひゃっ!?」

 

「カエルが動くこと。うん、遅かったか」

 

 ハーマイオニーの手から飛び出したチョコカエルが、開けっ放しだったコンパートメントのドアから外に出ていく。

 テーブルの端で腹を出して寝そべっていたゴールディもそれを追いかけて出ていってしまった。

 慣れないチョコを食べて、お腹壊さなければいいけど。

 

「ねぇ、今のってニフラーじゃない? 良く婆ちゃんが駆除してるのを見るんだけど」

 

「ペットだよ。良い子なんだ」

 

「魔法生物をペットにするのは禁止されてるわよ?」

 

 大丈夫だ。

 裏でスキャマンダーさんがホグワーツに話を通している。

 その事を話すと、ハーマイオニーは何も言わなくなった。

 

「それよりもさ、実はこの蛙チョコレートってホワイトバージョンがあるの知ってた?」

 

「そうなの。何味?」

 

「ボクも食べたことないから分かんない。かなりレアなんだ。けど、ホグワーツなら売ってるんだって。大量のチョコカエルを飛び跳ねさせて、普通のカエルを避けながら白のカエルを捕まえるっていう遊びが流行ってるらしいよ」

 

「面白そうね、それ!」

 

 ハーマイオニーとの話が盛り上がろうとした、その時。

 

「ねぇ、この人って誰かな? 僕、この人のは一枚も持ってないや」

 

 蛙チョコレートを纏めて五匹ほど口に詰め込みながら、ネビルが一枚のカードを出してくる。

 ボクは一端お喋りを止めて、そのカードを覗いた。

 

(うわぁ……)

 

 ふてぶてしく佇む男性の写真だ。

 美形で金髪の巻き毛が特徴的な男を見て、ボクは思わず顔を強張らせる。

 ゴドリックの谷に遊びに行った時、見かけたことがある写真。

 バチルダさんの家に飾ってあるのを見て印象に深く残ってたから、見間違えはありえない。

 

「えぇと名前は、ゲラート・グリンデルバルド……待って! 何処かで見た記憶が……」

 

 ポケットの中で、ボクはアクセサリーを握り締める。

 うーんうーんと唸るハーマイオニーが、席に積んでいた本の中から一冊を取って、テーブルに広げた。

 

「多分、この人ね」

 

 今日は、何かの厄日だろうか。

 ”黒魔術の栄枯盛衰”と書かれた本の見開きいっぱいに、ボクの祖父の事が書かれていた。

 

 しかも、闇祓い(オーラー)を焼き殺している最中の動く写真付きで。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれはそう、いつだったか。

 多分、覚えている中なら最古の方に位置するであろう重箱の隅だ。

 ボクの麗しの家族が纏めてヴァルハラ行きになり、引き取り先の孤児院まで丸焼けになったあの時。

 およそ、大抵の人が持つ幸せを根こそぎ奪われたボクは、隻眼の男に手を引かれてブタ箱に連れてこられた。

 

「ここから先は、一人で行け。良いな?」

 

 鋭く目を細めた男の言葉に従い、筒状の渡り廊下、その最奥の分厚い扉を開ける。

 ツンとする刺激臭が、ボクの鼻腔をくすぐる。

 

「はは、誰かと思えば。ようやく来たのか」

 

 暗い暗い独房の中で胡座をかいたソイツは、ずっと私を待っていたと言った。

 

「……闇祓いのおっさんから聞いたよ。すっごい悪いことしたから、こんな掃き溜めにぶち込まれたんだって。気分はどう?」

 

 掠れた笑い声が返ってくる。

 

「良いように見えるか? それなら癒者に眼を見てもらえ」

 

 落窪んだ瞳、されど眼光はギラギラと。

 元は囚人服であったボロ布をマントのように纏った老人。

 正直、子供のボクから見ても、見る影もないと言った具合だ。

 それでも、

 

(なんだろ……この人、凄く怖い……)

 

 実年齢以上に老けている筈の老人から立ち上る妖気。

 闇に覆われて尚、ドス黒いヒトの形をした何か。

 知らず知らずの内に、膝が震える。

 

「おじいちゃんは、その……一体何をしてこんな所に?」

 

 おや、と翁は口の端を歪める。

 

「ここに連れてこられる前に聞かなかったのか?」

 

「残念なだけど、重要なことは何一つ。でも、おじいちゃんがボクの最後のケツエンシャってことは、教えて貰ったよ」

 

「ふん。お前のツレは随分不親切な奴だな」

 

 今にして思えば当たり前のことだ。

 家族をいっぺんに亡くした子供に、誰が言えるだろうか。

 お前に残された家族は人殺しで、本に載るほどのろくでなしだと。

 悪いがボクには無理だ。

 誰だって嫌われ役はしたくない。

 

「ふ、別に隠すことでもあるまい。私は世界を相手に戦っただけだ。他の人間より、手段を選ばなかったってだけでね」

 

「分かりづらい。もっと簡単に」

 

 はぁ、とため息をついて翁は頭に手をやる。

 

「人殺しだよ、人殺し。こんな見るからに陰気臭い不衛生な場所にぶち込まれて、最低限度の生活すら受けられない状況下で、それ以外に何がある」

 

 ふぅん、と納得。

 人殺しは悪いことだ。それくらいは分かる。

 だって家族を問答無用で皆殺しにされたボクは、こんなにも困ってるんだから、そりゃあ悪いことだろう。

 

「へぇ、いっぱい殺したの。何人?」

 

「お前は、今まで自分が息をした回数を覚えているのか?」

 

 欠伸混じりの返事に思わず苦笑。

 これは酷い。

 どうしようもないクソ野郎じゃないか。

 最後の最後に残ったのが、人を殺して罪悪感の欠片も感じない爺さんとは、いよいよボクの人生も救いがない。

 

「なんでまたそんな」

 

「うーんそうだなぁ。気に食わなかったから殺したこともあったし、言うことを聞かなかったから殺したこともあった。私の目的には邪魔だったからな。パリでは住居の手続きが手間で、手っ取り早く裕福な家庭を皆殺しにしたこともあった……まぁその、なんだ。一言で表すと色々だ、色々」

 

 僅か六歳の子供に、ここまで雑に自分の罪状を読み上げる奴もそうはいまい。

 まぁでも、家族を失ってからずっと腫れ物扱いだったボクを憐れむでも避けるでもなく、対等に接してくれたのは彼だけだったりもする。

 うん、こういうのは嫌いじゃない。

 

「おじいちゃんのこと、気に入ったよ。やっぱりボクの家系は、ロクデナシばっかりみたいだ」

 

 言葉と裏腹に無表情を貫くボクを見て、老人はニヤリと笑う。

 

「当たり前だ。悪党の血は受け継がれる。それこそ癌細胞みたいにな。息子もそうだった────そして、お前も」

 

 灰色のオッドアイが、ボクを覗き込む。

 途端に謎の不快感。胃をまさぐられる感覚。

 

「かははは! 道理で何処かで見た事のある瞳をしていると思った。突然、家族を奪われた理不尽への憤怒……そうかそうか。自分と違って、家族を持つ子供達がそうも羨ましくあるか。自分にはもう手に入らない、そんな諦観も散見される……が臆病者だな。ひたすらに事実から目を逸らしている……自分が惨めに思われることが何よりも嫌い。下に思われることはもっと嫌い。孤児院の連中のような偽善には反吐が出る。いっそのこと、業務として割り切って自分を扱って欲しいと? 生意気なガキだ。誰に似たんだかな」

 

 ぶわり、と自分の髪が逆立つのがわかる。

 人の心を暴くのは最高の自慰行為だろうが、やられる方は溜まったものじゃない。

 翁がニンマリと嗤う。

 

「ほう。いっちょ前に怒っているのか。だが、やはりまだガキだな。殺意も憎悪も甘い。しかしまぁ……その何とも混沌とした破壊衝動は賞賛に値する。お前のそれは、家族を奪われた理不尽に対する憤怒ですらないな。我が孫ながらイカれている」

 

 その言葉に驚いたボクは、意図的に暴走させていた魔法力の矛を収める。

 流石は腐っても血の繋がる家族。

 孫の考えている事などお見通しというわけだ。

 

「何を驚くことがある。閉じてない心を読むなど造作もない。無論、それを意のままに操ることもな」

 

 そう囁く彼の顔は、残忍そのものだった。

 恐らくだが、その力を利用して散々悪事を働いたのだろう。

 子供のボクですら、何個も思いつくくらいだ。

 目の前の爺が悪用しないわけがない。

 そして、それを理解すると共に自然と湧き出る質問が一つ。

 

「ねぇ、どうして檻から出ないの?」

 

「ん?」

 

 これじゃあ、出たくても出れないだろ。

 そう言って翁は、両手に着いている枷を掲げる。

 

「この枷は避雷針みたいなものでな。このヌルメンガード全体と繋がっていて、常に私から魔法力を吸い上げている。お陰様でこの様。私には築き上げた栄光(ガラクタ)だけを抱えて、寂しく死んで欲しいんだとよ」

 

 分かりやすい嘘を吐くものだ。周囲に満ち満ちた魔法力を見ればわかる。

 彼の膨大な魔法力はその枷に収まってなどいない。

 そう告げると、翁は渋い顔をした。

 

「そうか。やはりヴォーティガンの血だな。お前には”これ”すら見えるか」

 

「うん。だから取り繕っても無駄だよ。どうせ隠すことでもないんでしょ。本当の理由を教えてよ」

 

 途端に、場が静かになった。

 その沈黙が理解出来ず、ボクは老人を見る。

 少し考え込んでいるのか、顔を顰めて目を瞑っていた。

 

 ────牢獄からどうして出ていかないのか

 

 彼自身、その理由が明確に分かっておらず、言葉を探しているような様子だった。

 

「……疲れたとも違う。かといって、ここを抜け出してどうしたいわけでもない。迫り来る老いも、私は愛おしい。不老不死なんぞ興味もない」

 

 いざ考えてみると難しいものだ。

 そう翁は呵呵大笑しつつ、己の思考に一つの結論を下した。

 

「うん、そうだ。寂しいからかもしれんな。自分の築き上げたものが風化していくのを見るのは」

 

 老人は、壁に刻まれた文字をそっと撫でる。

 

 ────より大いなる善の為に

 

 まだボクは幼く、その意味は理解出来なかった。

 理解出来たのは、彼にとって大きな意味のある言葉だという事だけ。

 愛おしげに細められる瞳が、それを物語っている。

 

「……それにしても賢しい娘だ。その齢で、魔法力の何たるかを理解するか」

 

 大抵の奴は、それすら理解せずに生を終えるのにな。

 ポツリと零す翁に、ボクは肩を竦める。

 

「皆、こんなもんでしょ?」

 

「馬鹿め。一般の魔法使いを、最初(ハナ)から心が欠けているお前と一緒にするな。普通は、己の力を他人で試したりはしない」

 

 なんでもお見通しなんだ。

 まったく、年寄りはこれだから嫌いだ。

 隠し事なんて出来やしない。

 

 そう、ボクにとって魔法力は最も身近な存在だった。

 

 矛であり盾であった。

 これで脅せば大抵の奴は黙った。

 振るえば振るうほど、隅々まで理解出来た。

 そもそも考えてもみてほしい。

 どこの世界に、己の武器である牙や爪を振るわない獣がいるというのだろう。

 どんな小さな獣でも、己の個性や利点を活かして生きている。

 

「通常、ヒトはヒトにそこまで薄情になれない。目の前を見てみろ。結局のところ、人でなしで鬼畜族の血を引くお前の末路はここだよ」

 

 突き刺すような言葉に、ボクは改めて目の前の檻を見る。

 栄華の搾りカス、悪党の忘れ形見、世界を震撼させた闇の魔法使いの血族。

 ボクを表す言葉の何と多いことか。

 そのクセに結末は一つだと、糞爺は吐き捨てるのだ。

 動いても、何も変わらなかった。

 失うものは、とても大きかった。

 気力も削がれてしまった。

 そして、もうやり直せない自分の人生。

 

 率直に言って、そんなのはゴメンだ。

 どうせ死ぬなら、好きな事を好きなだけやって、そして笑って死にたい。

 そんなボクを生暖かい目で見ていた老人は、会話の終わりに一つの決断を下すこととなる。

 

「甚だ遺憾だが、お前はスキャマンダーに預けることにする。精々、その腐った人格を矯正してもらえ」

 

 ブタ箱にぶち込まれるのは、一人で十分だ。

 疲れたように告げた老人は、ここではないどこか遠くを見つめていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「これは誰なの?」

 

「……闇の魔法使いの王様だよ。例のあの人の前の時代のね」

 

 可愛い可愛いネビルの問いに、写真の御仁の身内として最低限の知識を、彼に与える。

 だが、十一歳のロングボトム少年は殆ど興味がないらしい。

 ふぅん、と新たにカエルチョコを数匹纏めて口に放り込むだけ。

 

(……せめて自分が始めた話にくらい、耳を傾ける努力はしてもいいと思うんだけど)

 

 しかし、ネビルのコミニュケーション能力の無さを悠長に嘆いてもいられない。

 何故なら、その隣の教えたがりが教科書を淡々と朗読し始めたからだ。

 

「ゲラート・グリンデルバルドとは、70年以上前に大陸を跨いで活動していた闇の魔法使い。二十世紀初頭に流星の如く現れた彼は、史上最悪とされただけあって、その所業は前代未聞の一言に尽きる」

 

「……」

 

「魔法族によるマグル支配の思想を持っていた彼は、マグルから身を隠して生きるという”国際魔法使い機密保持法”の破棄を目標に掲げていた。その目標は、当時の魔法使いにとっては非常に魅惑的であり、志を同じくした魔法族と共に、彼はあらゆる魔法界を相手に世界規模の大反乱を起こした。これが俗に言う、”ゲラート・グリンデルバルドの反乱”と呼ばれるものの概要である……絵に描いたようなテロリストね」

 

 ……うん、わかった。

 わかったから、身内の黒歴史を公開するのはやめて欲しい。

 さっきから本が、闇祓いの断末魔を壊れたレコードみたく再生し続けて、普通に怖い。

 

「高い理想と能力を兼ね備えていた彼は、目的の為ならいかなる犠牲も厭わなかった。中でもヨーロッパの各魔法界に何度も壊滅的な打撃を与え、大量虐殺を引き起こした大事件の数々は、未だに世界中の魔法界から注目を集めている。法を無視した革命を遂行する為、彼とその部下達は複数の殺人を含む、数え切れないほどの犯罪行為を実行した」

 

 その内容は、もはやご飯を食べている時にする話じゃなかった。

 ボクらはまだ子供なんだから、歴史の勉強などせず、庭小人の駆除冒険譚や空飛ぶ車で行く家族旅行の話でもしてればいいと思う。

 そんなボクの心の叫びが伝わったのか、ハーマイオニーの朗読がピタリと止まる。

 

「どうしたの、ハーマイオニー」

 

「……いえ、気になった文章があってね。ここの文よ……犯罪の規模やその危険性を鑑みるに、闇の魔法使い最凶の座は、”例のあの人”ではなくグリンデルバルドのものだったって」

 

 どうせ、イギリス魔法界以外の声だろう。

 ”例のあの人”が大暴れしたのは、主にイギリス魔法界。

 その点、爺様は世界を股に掛けていた。

 さぞかし悪名の高さも桁違いだろう。

 なんなら今では、イギリスでの知名度よりも、ロシアとかパリでの知名度の方が高いかもしれない。

 ネビルの方を見ると、知名度など知ったことか、とばかりにカエルチョコを飲み込み一言。

 

「強かったのかなあ」

 

「そりゃあ強いに決まってる。やりたいようにやって、ムカつく連中を殺し続けて。それが出来るくらいに強かった魔法使いなんて、そういやしないよ」

 

「そうね。グリンデルバルドが関わった事件を、”世界魔法大戦”なんて本に綴っている著者もいるくらいだもの。強力な闇の魔法使いだった事に、間違いはないと思うわ……でも、そんな彼にも終わりは訪れた。ダンブルドア校長先生よ。ほら、そのカードにも」

 

 カードの説明欄には、『1945年、立ち上がったアルバス・ダンブルドアと伝説的な決闘を繰り広げ、打ち倒された闇の魔法使い』、そう短く綴られていた。

 

「……たったこれだけ?」

 

「当時は色々あったんだろうけど。なんせ70年前の事だしね」

 

 まったくもってその通りだ。

 伝説的な決闘も、時代を覆っていた恐怖も、決して時間には勝てやしない。

 恐怖は次第に薄れるし、テロの傷跡だってマグルの復興で跡形もなく消されていく。

 

 ────寂しいからかもしれんな。自分の築き上げたものが風化していくのを見るのは

 

 いつか、そうポツリと零した魔法使いがいた。

 そんな彼は、時代の変化に己のイデオロギーが呑み込まれる様を見たくなくて、今も檻の中だ。

 

(ま、それで良いと思うけど)

 

 あの時代を生き抜いた魔法使いがどう思うかは知らないが、お陰でボクはこうして堂々と学校にも通える。

 何十年も前の事を昨日の事のように思い出すようでは、何かとやりづらい世の中なのだ。

 

 

 




魔力を魔法力に修正
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