ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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不死を求めるのならば愛を捨てよ。

愛のない者だけが”死”を克服し得る。

しかし、完全を求める者よ。

必要以上に愛をなくすべきではない。



#028 魔法省からの客人

 

 夢だ。

 夢を見ている。

 距離感がつかめない、真っ白い空間にネビルはいた。

 そこは、どこまでも広がっているようにも見えるし、ごくごく狭いようにも見える。

 そして、今一番の問題なのは、

 

「……」

 

 巨大な、赤獅子。

 人間など、一口で丸呑みしそうな大きなライオン。

 それが、目の前にいる。

 

 ────ようやく気がついた。こんな単純な作業に、随分と時間がかかったもんだな

 

 赤獅子が唸るように言った。

 意外にも、涼やかな声で。

 驚くべきは、巨大な赤獅子を前にしても窮屈に感じなかい空間の方か、それとも赤獅子が人の言葉を喋っている事か。

 

「な、何これ……ゆ、夢?」

 

 ネビルの言葉に、大きな獅子は頷く。

 

 ────夢は、古来から大きな意味を持つもんだ。キングアーサーもヤバい時は夢に頼った。まぁ単純に、今は”剣”の力でお前に波長を合わせているだけなんだが

 

「えぇと……その前に貴方は誰?」

 

 ────今のお前は、まだ俺が名乗るに値する男じゃあないな

 

 赤獅子の巨大な目が細まる。

 おそらく、笑ったのだ。

 

「じゃあ、一体どうして僕の夢に?」

 

 ────”大君の血”が目覚め始めているからだ

 

「うん?」

 

 まったく答えになっていない。

 おまけに意味も分からない。

 まぁ夢だから仕方ないといえばそこまでだが。

 ネビルはため息をつく。

 どうせ夢を見るのなら、こんなワケの分からないものよりも、美味しい食べ物を食べてる夢をみたい。

 そんなネビルの心情を無視して、淡々と赤獅子は続ける。

 

 ────あの魔法使いは、必ず何らかの形でこの地に戻ろうとする。それは俺ら4人の共通の見解だった。まさか朽ちた己の肉体を素材に、ヒトとの間に子を儲けるとは思ってもみなかったがな

 

「はぁ」

 

 ダメだ。何を言っているのか分からない。

 それに大して興味もわかない。

 分かるのは、何か凄い面倒臭そうな話が始まったということだけ。

 ネビルはウンザリとして赤獅子に言う。

 

「そういういかにもな話をしたいなら、ハリーの夢に出た方が良いと思うな。ほら、彼は面倒事が大好きだし……」

 

 ────確かに、あの小僧は傑物だ。俺だって憑くならあっちの方が良い。だがな? 俺にもお前にも残念なのは、剣はお前を選んじまったんだよ

 

 剣が選ぶ? 何の話だろうか。

 やっぱり意味が分からず、ネビルは眉をひそめる。

 こういう時はとりあえず話を合わせる。

 

「うーん……何の事なのか相変わらず分からないけれど、その……嬉しいよ」

 

 ────俺は程々だな。というかあんまり嬉しくない

 

 獣臭い息を吐いて、獅子は震える。

 どうやらこの獣は、存外にお喋りで何よりも正直者のようだった。

 

「人の夢に勝手に出てきたくせに……言いたい放題だなあ」

 

 ────どうせ俺は基本的に口しか出せん。お前の夢だからな。気分を害するなら、右から左に聞き流しといてくれ

 

 特に思うこともなく呟くだけのネビルに、赤獅子は素っ気なく言った。

 

「その……あー何ていうか、あんまり気分が良くなさそうだけれど」

 

 ────仕方ないだろう。飯屋で長時間待たされて不味い飯が出てきたら、お前だって似たような気分になるさ

 

 ふむ。確かにそれは気分が悪くなる。

 そう納得しかけてネビルは、自分が不味い飯扱いされた事にハッと気がついた。

 

「ねぇ、どうして僕なの?」

 

 ────言っただろう、剣が選んだ。それは俺の魂が選んだと同義なんだがな。とにかく、お前は選ばれたんだよ

 

 魂が選んだときたか。

 いよいよ、夢物語を飛び越えてファンタジーだ。

 シェーマス辺りが喜びそうな展開である。

 

 ────剣はベットの下にでもしまっておけ。どうせお前以外には見えないし、触る事も出来ない

 

 赤獅子は話したい事を終えたようで、踵を返して何処かへ行こうとする。

 ネビルはそれを呼び止めた。

 

「もう1つだけ質問良い?」

 

 ────何だ? 

 

「十中八九、疲れた僕の夢だろうけど。もし目が覚めた時、僕の傍らに剣があったとして。それを手に入れた僕はどうすれば良いの?」

 

 ────単純だ

 

 獅子の顎が大きく開けて笑う。

 

 ────抜くべき時を見誤らず、振るうべき時に躊躇うな。以上だ

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 かのヴォルデモート卿が姿を消して十数年。

 未だに世の中は、暗い話題に事欠かない。

 例えば、どこぞの写真小僧が夜中に襲われ、今は医務室で死んだように横たわっているとニュースとか。

 珍しく朝から静まった大広間、適当に座った席で朝食を口にしつつボクはクスリと笑った。

 怪物が生徒を襲う可能性を突きつけられ、今さら生徒達が慌てふためいているのは見ていて胸がすく。

 

「よう」

 

 そんなボクの隣に、短い言葉をかけて座ったのはセオドールだった。

 

「お、今日は随分と早いじゃん」

 

「早くもなるさ。見ろよアレ」

 

 彼が指差す方を見ると、ちょうど我が寮の生徒が群れを成して、席に座っていくところだった。

 他の寮の生徒も、同じく大人数で行動してここまで来たように見える。

 どこか緊張した様子で何事かを話し合っており、何とも不味そうに朝食を食べ始めていた。

 

「もしかしなくても、クリービーが石になった件が関係してる?」

 

「ご名答。相変わらず厄介事には耳が早いな」

 

「まぁね。噂は楽しく生きるスパイスさ」

 

 というか、悪い噂話は耳を澄まさなくても入ってくる。

 何とも世知辛いが、世の常だ。

 セオドールが拍子抜けしたように肩を竦める。

 

「そこまで知ってんなら話が早いな。生徒が犠牲になったんだ。これからはグループで城の中を移動するようにってさ。寮でジェマ・ファーレイが言ってた」

 

「何それ、めんどくさ」

 

 集団行動は苦手だ。

 ボクがそう零すと、セオドールが苦笑いして肩をバンバンと叩いてくる。

 口にはしないが、セオドールもボクと同意見のようである。

 

「ミリセントは?」

 

「パーキンソンやグリーングラスと何事か話し合ってたな。今日はそっちの奴らと飯を食うらしい」

 

「へー」

 

 ミリセントは、純血の中でもかなりの名家だ。

 故にこういう時、身軽には動けないらしい。

 それにしても一体、何を話すんだか。

 面子が面子なだけに、建設的な会話は期待出来そうにもない。

 セオドールもそれは分かっているのか、若干困り顔でご飯を口に運んでいる。

 ボクは、彼の首にかかっている尖った紫の水晶と腐ったイモリのしっぽを見て、首を傾げた。

 

「そういえば何さ、それ」

 

「ん? これか。こりゃ護身用グッズだよ。怪物避け」

 

「ほう」

 

 護身用グッズとは、またもや面妖な物を。

 これでは、胡散臭い魔法道具の方に負けた十字架や聖書の立つ瀬がない。

 

「最近流行ってんだよ、知らねぇの?」

 

「知らないね。最近は寮に引き篭ってたもんで」

 

 流行ねぇ。

 怪物の脅威が本格的になった為、縋れる物に皆飛びついたのだろう。

 本当にそれが良い物かもわからず、盲目的にあの手のアイテムを身につける輩の気が知れない。

 とりあえず、流行っているからやってみようという人間も多そうだ。

 

「マグル出身の連中は皆買ったのかな」

 

「そうじゃねぇかな。何せ、最初の犠牲者はクリービーの奴だ。あいつがマグル生まれなのは見れば分かる。長生きできないタイプだってのも」

 

「そういえば、マグル製のカメラを首からぶら下げてたね。襲撃者からすれば、あれほど分かりやすい標的もいないか」

 

「まぁな。お陰様でウィーズリー兄弟は大儲けだってよ」

 

 なるほど。

 こんな馬鹿げた装飾品を、一体誰が持ちこんだのかと思えばウィーズリー先輩達か。

 相変わらず悪い。ドン引きだ。

 だが現状の恐怖にも負けず、それを利用して利益を叩き出す商売人魂は評価に値する。

 

「それにしても、セオドール純血なんだから買う必要ないんじゃない?」

 

「石橋を叩いて渡るって奴だ。どんな事にも例外はある。いつだって命は1つだぜ」

 

 そう言って、大事そうにセオドールは護身用グッズを撫でる。

 呆れたボクは腰に差した杖を取り出す。

 

「アホくさ。ボクら魔法使いだよ? コイツで十分だろ」

 

「御託ひねんじゃねぇよ。それでどうにかなるなら、クリービーは石になってないっつの」

 

 それも一理あるか。

 杖を袖にしまったボクが食事を再開したその時、ダンブルドア校長が立ち上がった。

 同時に大広間を静かに満たしていた囁き声が、ほとんど一斉にピタリと止む。

 

「さて、食事の途中じゃが皆に幾つか知らせる事がある。耳を傾けて貰おうかの」

 

 内容は分かりきっている。

 だというのに大広間にいる生徒達は、ダンブルドア校長の言葉を待っているようだった。

 

(まぁ教授陣から、明確な説明が欲しいって気持ちは分からないでもないけど)

 

「まず始めに、深刻な問題から片付けてしまおうかの……これは教授陣の間でも、皆のように年端もゆかぬ者に話すべきではないという意見が出た。しかし、儂は大抵の場合、真実は嘘に勝ると信じておる」

 

 身じろぎもせずに、自身を見つめ続けている生徒達に向かって、ダンブルドア校長は静かに語りかける。

 

「数日前、グリフィンドールの一年生が何者かに襲われた。幸い命に別状はないが、当分彼は動ける状態ではなくなってしもうた」

 

 石化の事を上手く湾曲して伝えてはいるが、噂が真実だったとダンブルドア校長が認めた。

 それは周囲に大きなショックを与えたらしく、生徒達が息を飲む。

 

「この事件が何らかの形で終息するまで、授業に行く時は出来るだけ集団で移動することじゃ。1年生には特に注意しておく」

 

 そこまで言うと、ダンブルドアは大きく咳払いをした。

 

「また、今回の件で魔法省からの監査が入る事となった。校内を騒がしている事件を捜査するべく、魔法生物規制管理部から紹介された客人を紹介しよう」

 

 大広間の扉がバタンと開く。

 戸口の向こうには、黒い旅行マントを纏った一人の老人が立っていた。

 炯々とした目つき、獅子の鬣のような茶髪。

 雰囲気に甘さは一切なく、凄みのようなものさえ感じさせる。

 静まり返った中で、ダンブルドアの明るい声が響く。

 

「ガナー・グリムソン氏じゃ」

 

 起こった拍手はまばらだった。

 普段、客人を歓迎するべく拍手を惜しまない先生方は、ダンブルドアを除いて誰も拍手をしない。

 生徒達も、老人の獣のような凄みに圧倒されて固まっていた。

 

「グリムソンだ。仕事は化け物退治(フリークス・ハンティング)。馬鹿な官僚からの依頼で、いもしない怪物の探索をする羽目になったバイトだ。よろしく頼む」

 

 老人は、お世辞にも暖かいとは言えない歓迎ぶりにも全く無頓着なようだった。

 ダンブルドアと少し言葉を交わすと、どかりと教授陣の末席に座り、目の前のカボチャジュースをぐびぐびと飲み始める。

 ダンブルドアは咳払いをすると、未だに老人を見つめ続けている生徒たちに向かって、にこやかに語りかけた。

 

「彼は立場上、君達に聞き込み調査をするじゃろうが、その時は快く協力して欲しい。魔法省からの客人が滞在する間、皆が礼儀と厚情を尽くすことと信ずる」

 

 話を終えると、ダンブルドアは再び席に腰掛けた。

 一通り終わった食事の残り物が皿から消え、さっとデザートに変わる。

 チョコレートケーキを頬張りながら、セオドールが呆然と呟いた。

 

「……冗談だろ」

 

「何を言うかと思えば。冗談も本当になる場所さ、ホグワーツってのは」

 

 そう言ってボクは彼に肩を竦めて見せた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ────御大の孫である証拠を見してくれ。速攻で今の仕事を辞めてあんたの部下になる

 

 ボクの周りは大概変な奴が多いが、この老人も漏れなくそうだった。

 ガナー・グリムソン。

 かつては賞金稼ぎで荒稼ぎをし、今は危険な魔法生物を狩り殺して飯を食っている。

 

「生徒達からの聞き込み調査はどうだった?」

 

「まったくもって無意味ですな。大体が、元を辿れば噂話だ」

 

「だろうね」

 

 何度も生意気な若造どもから延々と事の経緯を語られるのは、腹立たしいのを通り越してアホらしい。

 そう言ったグリムソンは、慰めに用意していた酒を乾いた唇からとめどなく流し込んでいく。

 細い体の一体どこに入っていくのだろうか。

 そんな事を思いながら、ボクは肩をすくめる。

 

「頼んでいた調べ物は?」

 

「すみましたとも。調べられる範囲では」

 

 グリムソンは向かいの席にどかりと座って、鞄から取り出した書類をテーブルに並べた。

 

「被害者の名前は、マートル・エリザベス・ワレン。マグル生まれの魔女。ホグワーツ魔法魔術学校に在籍、レイブンクロー寮の女子生徒。1943年死亡。第1発見者はオリーブ・ホーンビー」

 

 資料には、ふっくらしたニキビ顔の分厚いメガネをかけた女子が写っていた。

 何処かで見た事があるな……主に女子トイレで。

 

「これさ、もしかしなくとも嘆きのマートル?」

 

「おや、ご存知でしたか。死後、彼女はゴーストになったようでしてね。経緯は省きますが、ゴーストになって暫くして、魔法省からホグワーツに留まるよう指示が下っておりますな」

 

 灯台の下はいつも暗い。

 まさか事件の被害者がこんなに身近にいるとは。

 意外な事実に驚くボクを他所に、グリムソンが淡々と報告を続ける。

 

「マートルの死因は心臓発作。深夜に例のトイレで倒れてる所を巡回の教員に発見された。お気の毒にも、あの便所は彼女の棺桶でもあったらしい」

 

「……流石に嘘だろ。死因が心臓発作なら、秘密の部屋の怪物と繋がるわけがない。持病だったんじゃない?」

 

 ボクの反論にグリムソンが肩を竦める。

 

「いや、これが本当なんですな、正式な検死結果です。彼女に持病はなし」

 

「妙な話だそれは」

 

 心臓発作とはいっても変死には違いないのだから、ちゃんと深堀をしてくれなければ困る。

 そんな意図を込めて軽く睨むと、グリムソンが笑った。

 

「遺体解剖の結果、胃や腸にポッカリ穴が空いていた。ストレス性のものだそうです。よほど怖い物を見たんでしょうなあ。死後硬直後の顔は、親が見てひっくり返るほどだった」

 

 ポンと出された検死結果の写真を見て、ボクは眉を顰める。

 これだけ見れば、確かに”嘆きのマートル”だ。

 

「……こんな有様なら、親が黙っていなかったんじゃない?」

 

「当時の校長アーマンド・ディペットは、スリザリン的な人間らしく金が黙らせました」

 

「彼女の両親はマグルだった筈だ。マグルはガリオンを貰っても喜ばない」

 

「不思議なことに葬式の際、遺族に払われたのはマグルの通貨だったんだとか。まったく、何処から捻り出したんでしょうなあ」

 

 グリムソンから投げられた意味深な視線に、ボクは黙り込んだ。

 遺族を黙らせられるほど大量のマグルの通貨を、ホグワーツの校長が用意できたとは考えにくい。

 用意できるとすれば、当時の魔法省くらいなものだ。

 ブン! と手を振る。

 同時に、テーブルに並べられた資料が一切に燃え上がった。

 炎は生き物のように揺らめきながら、黒檀のテーブルを焦がすことなく紙だけを燃やし尽くす。

 

「おぉ……」

 

 グリムソンは、ボクが燃やしたゴミグズを見て唸った。

 

「燃やしちゃマズかった? 見た感じ、持ち出し厳禁の資料だろうから証拠隠滅したんだけど」

 

「いえ。また腕をあげたなと思いまして」

 

 そうね。

 杖なしで魔法を使うのは極めて難しい。使用を誤れば、予期せぬ結果が起こる可能性がある。

 だから多くの魔法使いは、杖を使うことで確実に魔法を行使する。

 

「話は戻るけど魔法省といえばさ。”彼”もよく君をホグワーツにねじ込めたよね。あれってファッジも一応目を通す書類じゃなかったっけ」

 

「えぇ。ですから表向きは、ホグワーツの内情を探る監察官ということになってますな。ダンブルドアの尻の穴のほくろの位置まで見逃すな、と仰せつかった」

 

「おや。ファッジはダンブルドアに大恩がある。早々掌を返さないと思っていたけれど」 

 

「遅めの反抗期ですよお嬢。永年、ダンブルドアに魔法省の尻拭いをさせておきながら、今になって権力の味を噛みしめたようでして。最近は、”何者の干渉も受けない魔法省”などという戯言をほざいている」

 

 なんとまぁ支離滅裂もいいところだ。

 自分が魔法大臣として生き残りがたいがために、よもや自分の牙を抜こうとするとは。

 

「ダンブルドア校長も大変だね。ボクがあの歳なら、静かに片田舎で隠居したいところだけれど」

 

「自業自得ですよ。昔の我儘のツケが返ってきたに過ぎません。あの人を退ける程の力を持っていて、それでも表舞台に立たないとは……流れに逆らえば、いずれ歪みが生じる。奴は王になるべきだった」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、グリムソンは酒をグラスに継ぎ足して煽る。

 やがてドン!と強めにテーブルに置かれる空のグラス。

 ぶはぁと酒臭い匂いが部屋に蔓延する。

 

「それにしても目的は怪物探しでしょう。魔法生物関連ならば、スキャマンダーに頼むのが筋だと思いますが」 

 

「チョイスとしては王道だけれど。面倒事が重なってね。今回はそれで済む話じゃなくなった。万事をそつなくこなせる人材が必要なんだ」

 

 そうでなくても、スキャマンダーさんに学校関係で頼み事なんかするつもりはないけれど。

 あの人に頼むと、ダンブルドア校長にそのまま事情が筒抜けになるだろうし。 

 

「だからといって、私をねじ込むのはやりすぎだ。教職員共も良い顔はしなかった。奴らは私の経歴を知っている」

 

「馬鹿な事を。賞金稼ぎで、獣の代わりに人を狩っていたのは半世紀も前の話だろ。例の大戦で被害者は大体墓の下だし、当時の犯罪者リストも焼却されてる」

 

「確かに、第二次世界大戦は混沌を極め、真実の多くは闇の中だ。しかし困った事に、あの戦争に深く関わった貴重な生き証人が校長職に就いてる。それがこの話のミソだと私は思いますがね」

 

 グリムソンは今でこそケチな商売をしているが、元は名のある賞金稼ぎだった。

 そして、ゲラート・グリンデルバルドの熱心な信奉者でもある。

 昔の話なのでよくは知らないが、爺様と結託し何かしら騒乱を企んでいたのは間違いなかった。

 それをダンブルドア校長が忘れるはずもない。

 

「ま、大丈夫でしょ。ダンブルドア校長は大局を重んじる。少しばかりの粗は見逃してくれるさ。確証はないけれど」

 

「お嬢が思うよりも、あのご老体は冷たく聡い。困ったことだ。人を量る眼こそが、この世界を生き抜く命綱だというのに」

 

 おぉと嘆くグリムソン。

 些かオーバーな反応に苦笑いしたボクは、彼の袖口から覗く包帯を一瞥した。

 

「腕はどうしたの?」

 

「やられました、手練ですな。あっという間でした」

 

 してやられた事を思い出したのだろう。

 グリムソンは、忌々しげに吊っている腕を睨みつける。

 

「囲まれでもしたのかい。らしくないじゃないか」

 

「んにゃ1人です。確かに複数人護衛がいましたが、それは問題じゃなかった────ただねぇ、羊の中に狼が紛れ込んでやがったんですよ。60年前でもあそこまで使う奴はそうは見つからない」

 

「……ほぉ。それは面白くなってきたな」

 

 私が笑みを浮かべると、グリムソンがゾッとした表情になっていた。

 気持ち、姿勢を正してわざとらしい咳払いをしている。

 用心棒として雇っていた彼は、気配に敏感だった。

 

(そこまで怖がらなくても良いのに……)

 

 あくまでボクはテーブル上の取引専門で、荒事関係は全て彼に委託している。

 そもそも学業を放り出してまで、法に触れる何かをしでかそうとは思わない。

 だってボクは、闇の魔法使いじゃないから。

 

「怪我が治り次第、継続は?」

 

「……無理ですな。雇い主も相当黒いしキレ者だ。ああいう連中は横に伝えるのが早い。何処を狙おうと、次は確実に捕まります」

 

「そっか、潮時だね。危険な頼み事をこれまでよくやってくれた」

 

「気にせんで下さい。貴方のお爺様の方が、よほど私の事をこき使った」

 

 さっぱりした回答に、ボクは顔を綻ばせる。

 それにしてもグリムソンを相手に、一方的な戦いをする魔法使いが在野にいるとは思わなかった。

 

「ちなみにだけど、腕をやった奴の素性は分かる? 裏の界隈で、そこまでやれる奴を国内じゃ聞いた事がない。海外産だとは思うけど……、ルートはアラブ系?」

 

「顔はイングランド系でした。薄気味悪い野郎ですよ、配下が何人も死んでるのにニタニタ笑ってやがった」

 

 本題から逸れましたな、とグリムソンが椅子に座り直す。

 

「秘密の部屋でしたか。あながち嘘っぱちってわけでもなさそうですな。医務室で石になったガキを見たが……ありゃあ人間には無理だ」

 

「やっぱり?」

 

「えぇ。魔法族の魔法じゃありませんな。解呪の方法がさっぱりだ。こんなの初めてです」

 

へぇ、てことは結構マズいな。

呪いや闇の魔法に詳しいグリムソンが見た事もないってのは良くない。

石になって一年無駄にするくらいなら、休学するのもアリだぞ。

考え込むボクに、グリムソンが笑いかけてくる。

 

「そんなに心配せんでも大丈夫ですよ。お嬢が石になったら、”盗人落としの滝”に叩き込むので。あれなら1発だ」

 

「……なるほど。その手があったか」

 

”盗人落としの滝”とは、ゴブリンが経営するグリンゴッツ銀行の中にある、侵入者の魔法や呪いを洗い流す防衛装置だ。

確かに、あれなら石化は解けるだろう。

ボクが肩を叩いてグリムソンを褒めるも、本人はキョロキョロと部屋を見回している。

 本来、この部屋にいるべき人間の姿を探しているのだろう。

 

「……そういえば、あのクソッタレは何処です? ツラを拝んだら呪ってやる。ウドの大木のような甘ったれ坊やの尻拭いに、お嬢が付き合わされる現実は許せない」 

 

「決闘クラブが迫ってるんだ。今は、それのセッティングで忙しいのさ。てかギルデロイとは、夜の闇(ノクターン)横丁で会ってないの? 説明に向かわせた筈だよ」

 

「あの臆病者に、そんな度胸があるわけないでしょう。フクロウ便で、諸々の事情が書かれた手紙と手続きの資料を送ってきただけです」

 

 ボクはげんなりした。

 初めて聞いた話だったからだ。

 グリムソンもそれを見て凡その事を察したのか、声を低くする。

 

「……お嬢、どうしてあの野郎を仲間に引き入れたんです? 奴は自画自賛の自惚れ屋だ。野心ばかりで才能なし。誰が見ても負け犬だ」

 

「かもねぇ。だけど、彼はある才能にズバ抜けてる。これからの事を考えると外せないんだよ。分かるだろ?」

 

 ふむ、とグリムソンは顎に手をやった。

 心当たりがあるらしい。

 もしかしたら、ボクの知らないところで世話になったのかもしれない。

 彼もこの世から消し去りたい物事の一つや二つはあるだろうから。

 

「レイブンクロー出身にありがちな話ですな。知識は力なり、か。知恵が働かない連中だが、その分突出した何かを持っている事が多い」

 

「あぁ。クィレルもそうだったね」

 

 精神が脆く承認欲求の塊みたいな男だったが、その才能は本物だったとボクは思っている。

 凄まじいアホさを誇るトロールを意のままに遠隔誘導したり、杖無しで何種もの強力な呪文を操ったりもしていた。

 従う人間さえ間違えなければ、彼は良い所までいった可能性がある。

 しかしそんなボクの感想は、グリムソンにバッサリと切って捨てられた。

 

「所詮、知識は知識。運用する頭がなければゴミと一緒です。そもそも実践的知識を外し、頭でっかちな知識ばかり詰め込むから今回のような事を引き起こす」

 

「……確かに。小説と現実は違うしね」

 

 ボクの言葉に重々しく頷くと、グリムソンは懐から瓶を取り出した。

 老人の目は生き生きとしている。

 

「そういえば、もう1つの頼まれ事がありましたな。相変わらずお嬢の考える案は面白い。大胆と言うか何と言うか……こんな事をよく思いつくものだ」

 

「いや、これくらいは基本でしょ。相手はやり手だ。くれぐれもバレないようにしてよ」

 

 ご安心を。

 グリムソンは肩を竦めてにやりと笑った。

 

「幸いな事に、私はこういう事態にゃ慣れてる。クソッタレにクソを喰らわすのは得意でね」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そこは良くも悪くも安居酒屋だった。

 それなりに奇麗ではあるが、年季の入った店内の独特の雰囲気。

 客層は平日なのを加味しても少なく、お世辞にも上品とはいえない。

 そんな閑散とした場所で、二人の魔法使いが話し合っていた。

 アルバス・ダンブルドアとミネルバ・マクゴナガルである。

 

「さて、儂らはどうするべきかのう。まさか魔法省直々に、魔法生物のスペシャリストを派遣してくるとは思わなんだ」

 

「今さら城内を隅々まで探しても、大した意味はないと思いますけれどね」

 

 それよりも魔法省の人選です、とマクゴナガルが鼻を鳴らす。

 

「まさか、よりにもよってグリムソンとは。信奉する者が違うだけで、思想は死喰い人(デスイーター)と何も変わりがありません。あんな人間に陽の当たる場所を歩かせるとは……」

 

「儂も同じ意見じゃが。あまり外でその事を口にするでない。お主も他の先生方も顔に出やすいからのう」

 

 軽くため息を吐くと、ダンブルドアは追加の注文を近くに来た酒場の主人に頼む。

 マクゴナガルは料理のお勧めが分からないらしく、ダンブルドアに任せている。

 

「ミネルバ、あの者が皆に危害を加えるような口実を与えるではないぞ。誰1人として、彼といざこざを起こすことのないよう気をつけるのじゃ」

 

「承知しました」

 

「それとメルムじゃが。さり気なく、彼女にも目を配っておいて欲しい」

 

 その言葉に、マクゴナガルが目を見開いた。

 暫しの沈黙の後、囁くように言う。

 

「……メルム・グリンデルバルドですか」

 

「そうじゃ」

 

「お言葉ですがダンブルドア。私は、あの娘がゲラート・グリンデルバルドのような人間だとは思えません」

 

 マクゴナガルがキッパリと言った。

 その反応に、ダンブルドアは意外な顔をして首を横に振る。

 

「何か勘違いをしておるようじゃが、儂とてそう思っておる。これからは校内にばかり目を向けていられなくなるのでな。お主には少しばかり、儂の代わりをして欲しいというだけの話じゃよ」

 

「そういえば、魔法省と理事会から何件か通知が来ていましたね」

 

「うむ。保護者方からの問い合わせも含めれば膨大な量じゃ」

 

 こういう時に限って、事態を把握出来ない外野が足を引っ張ってくる。

 諦観した表情で、ダンブルドアは天井を見上げた。

 

「それに魔法省の対応も少し思うところがある。秘密の部屋の怪物の件じゃが。儂らにその怪物の処遇を任せるとの事じゃ。こういう些事は自分のところで処理してくれ、とな」

 

「……これが些事ですか。学校には生徒達がいるのですよ?」

 

「コーネリウスは今回の件について半信半疑なのじゃよ。よしんば真実であったとしても、”前回の事件の犯人”を逮捕すればそれで済むと考えておる」

 

 まぁ、と口に手を当ててマクゴナガルが絶句した

 

「彼をアズカバンへ連れて行った所で、何も分かるわけがありません。何もやっていないのですから。そんな事はダンブルドア、貴方もご存知の筈でしょう!」

 

「無論、儂は彼に全幅の信頼を置いておる。じゃが彼には不利な前科や出自がある。いざとなれば無理矢理、理由を付けてアズカバンへ連行するつもりじゃろうな」

 

「事件は学校に丸投げで、いざとなれば犯人を決めつけて誤認逮捕ですか……」

 

「それとこの件に関しては念の為、外部に一切他言無用とのことじゃ」

 

 何を言われたのか、理解が出来なかったのだろう。

 マクゴナガルがポカンと口を開けた。

 

「な……何故、直ぐに周知させないのですか」

 

「この事件による、混乱と支持率低下を危惧してのことじゃろう。ここ数年で、ファッジの政権は国民からの信頼を失いかけておる。なるべく痛手は被りたくないのじゃよ」

 

 コーネリウス・ファッジは、昔からそういう打算的な所があった。

 その薄っぺらさを見透かされているからこそ、政治の駆け引きに強い貴族達に好き勝手される。

 ダンブルドアも助言はするものの、最近のファッジは段々と己の意見を通そうとするようになってきており、制御ができない。

 

「……お得意の箝口令。呆れました。あそこは私が所属していた時から何も変わりませんね」

 

「変わらないのではない。変われないのじゃよ」

 

 自分も人のことは言えないと思いながら、ダンブルドアは冷めた笑いを面に浮かべた。

 

「……コーネリウスとは早めに対談をするべきです」

 

「今の魔法省は不安定じゃ。悪戯にことを荒立てるのは得策ではない。コーネリウスの面を汚さぬように訪問するには、それなりの口実がいる」

 

 とはいえ、それもどうなるか分からない。

 今回の派遣もそうだが、魔法省の行動がどうにもダンブルドアの想像よりも早いのだ。

 まるで、見えない何かからプレッシャーをかけられているかのように。

 そんな事を考えているうちに、追加の料理が二人の元に運ばれてきた。

 

「話は以上じゃ。それでは、冷めない内に食べるとしようかのう。自由に食べておくれ」

 

 暗くなった空気を切り替えるように、ダンブルドアは手を叩いてにこやかに笑った。

 

 

 

 




字数が足りなかったのと加えたい話があったので加筆修正しました。
何度も見る羽目になった皆さん、申し訳ありません。

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