ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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人生はいつだって過酷だ、勝てなきゃ死ぬ。

必要なものは何だ? 

勇猛か、知識か、狡猾か、忍耐か。

どれも違う。

私はいつだって闘争心でねじ伏せてきた。



#029決闘クラブ前編

 

 

 老人はかつての戦争を思い起こす。

 各国の利益と利権の奪い合いを絡めて、世界の導火線に火をつけたゲラート・グリンデルバルド。

 彼のイデオロギーは純血一族の者達を決起させた。

 

 彼の率いた軍は強かった。

 

 当時の口さがない卑怯者達が、グリンデルバルドは酷いことをしたというが、あれは戦争だったのだ。

 戦争とは利益と利権の奪い合い、いわば究極の外交手段。

 卑劣なのではない、強かったのだ。

 

 彼らの強さを本当に知っているのは、半世紀にわたってグリンデルバルドを仇敵とし、戦い、破れ、最後に勝利したあのアルバス・ダンブルドアだけだろう。

 

 ────グリムソン君。私は、魔法使いの勤勉さを信じている。彼らは必ず、いつの日か必ず、与えられた環境の中で世界に出ていく

 

 ────ナンセンスだ。魔法界の歴史は、マグルから身を隠す歴史。何も変わらない。全てが更地になった後、憎しみによって蹂躙されるだけだ

 

 ────全ては努力だ。私は、多くの尊敬すべき魔法使いを知っている。彼らは、たとえ全てが更地になろうとも、立派に事を成すだろう

 

 ────どうだ、私と一緒に新しい魔法界を作ってみないか? ローマにもギリシャにも負けない、強い魔法使いだけの国を

 

 初めて、知恵と勇気とを持ち合わせた人間に巡り会った。

 一途に来るわけもない明日を待ち続けているあの男を、老人は心の底から尊敬していた。

 

 ゲラート・グリンデルバルドは徹頭徹尾、骨の髄まで革命家だった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 魔法省から強面の客人が来て、1週間は経っただろうか。

 曇りとも晴れともいえない中途半端な天気の中、ハリー、ロン、ハーマイオニーは玄関ホールにある掲示板の前に立っていた。

 周囲にはちょっとした人だかりが出来ており、皆して張り出されたばかりの羊皮紙を真剣に読んでいる。

 

「へぇ、決闘クラブを始めるんだってさ。どう思う?」

 

「今夜が1回目ですって。決闘の練習なら悪くないわね。近々役に立つかも」

 

「君、どうかしてるぜハーマイオニー。スリザリンの怪物が決闘なんかできると思ってるの?」

 

 そうは言いつつも、ロンも興味津々で掲示を読んでいる。三人共、何やかんや言いつつも興味津々だった。

 その晩八時、三人が再び大広間に集合したのは言うまでもない。

 

「おぉ……!」

 

 いつもの食事をする大広間が、決闘の舞台へと見事に様変わりしていた。

 食事用の長いテーブルは取り払われ、一方の壁に沿って金色の舞台が出現しており、上を舞う何千本もの蝋燭が舞台を照らしている。

 天井は見慣れたビロードのような黒で、その下は杖を持った生徒達でごった返していた。

 

「凄いな。学校中の生徒が集まってるんじゃないか?」

 

「あそこ見てよ、ウッドや君のお兄さん達もいるよ」

 

 そんな風にロンと喋りながら、ハリーは生徒の群れの中に割り込んでいく。

 

「教えるのは誰になると思う?」

 

「フリットウィック先生じゃないかしら。誰かが言っていたけど、”チャンピオン”って通り名を持ってるらしいわよ。凄く決闘が強いんですって」

 

 あの人物でなければ、ぶっちゃけハリーは誰でも良かった。

 最近、妙に絡んでくるあの教師。

 そう。そして現実は、いつだってハリーに残酷だった。

 

「皆さん、集まって! 私の声が聞こえますか? 私がよく見えますか? 結構、結構!」

 

 生徒達が集まった大広間。

 見渡すロックハートの意気込みは、まるで演説でもするかのようだ。

 

「なんとダンブルドア校長先生が、私に小さな決闘クラブを始めるお許しをしてくれました!」

 

 にっかりと笑うロックハートを見て、ロンとハリーは呻き声を上げた。

 骨折した腕を、文字通り骨抜きにされたのは記憶に新しい。

 

 ハリーは、ロックハートの魔法の腕に関して懐疑的だった。

 それはロンも同じようで、満面の笑みを振り撒くロックハートを苦い顔をして見ている。

 

「おいおい、マジかよ……ダンブルドアもおかしくなっちゃったんじゃないか?」

 

「そうだね、スリザリンの怪物のせいかも」

 

 ちなみにロックハートの後ろに控えるスネイプも、二人にとっては歓迎出来ない。

 スネイプとロックハート。

 考えうる限り最悪の選択肢だった。

 

「最近は何かと物騒ですからね。自らを守る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛えあげる事を約束しましょう……あ、私自身が経験してきた危機の詳細について知りたくば、今年度の教科書を読んでくださいね!」

 

 上機嫌そのもののロックハートは、甚だ不本意だという顔をして立っているスネイプを手で招く。

 

「この度、私の助手を務めるスネイプ先生です。彼がおっしゃるには、決闘について極僅かにご存知らしい。訓練を始めるにあたり短い模範演技をするのですが、勇敢にも先生が手伝って下さると立候補してくれました!」

 

「……」

 

「しかし、若い皆さんにご心配をおかけしたくないので先に言いますが。私が彼と手合わせした後でも、皆さんの魔法薬の先生はちゃんと存在します。ご心配めされるな!」

 

 馬鹿にされたスネイプは、もはや殺気立ち、シュッと杖をしごいて決闘に臨んでいる。

 早く殺りたくて仕方ないという顔だ。

 

「相打ちで、両方ともやられっちまえば良いと思わないか?」

 

「それはどうかな。見なよ、スネイプの顔を」

 

「……うわ、凄いねありゃ」

 

 スネイプの上唇がめくれ上がっていた。

 いつでも殺る準備万端といったところだろう。

 ロックハートはというと、そんなスネイプの様子にも気づかず朗らかに模範演技の開始を告げた。

 

「では挨拶も終わったことですし、早速、模範演技を始めていきましょう!」

 

 ロックハートとスネイプは向き合って互いに一礼をする。

 スネイプが不機嫌にくいと頭を下げる。

 ロックハートは軽く腰を折ったが、その顔をまっすぐとスネイプに向けたままだった。

 先程と打って変わって真剣な顔である。

 

「よろしい……儀式の詳細には従わねばなりません。生徒達には礼儀を守って欲しいですからね」

 

 ロックハートの言葉を合図に、二人とも杖を剣のように前に突き出して構えた。

 魔法使いの決闘には、このような作法があるらしい。

 ロックハートが、シーンとした観衆に向かって説明している。

 

「これは模範演技ですからね。皆さんに分かりやすい様に、三つ数えて最初の術をかけます。勿論、どちらも相手を殺すつもりはありません」

 

(僕にはそうは思えないけど……)

 

 スネイプが歯をむき出しにしているのを見て、ハリーはぶるりと身震いした。

 スネイプがあんな表情で自分を見たら、ハリーなら回れ右をして全速力で逃げる。

 

 この場に集まっている生徒達も、みんな似たような意見だろう。

 少なくとも、ロックハートのように呑気に笑ってはいられまい。

 

「それでは始めますよ。1、2、3!」

 

 3を言い終わるか終わらないかの瞬間、信じられないほどスネイプが素早く動いた。

 

 杖が空を切り、赤い閃光が放たれる。

 

 デモンストレーションだというのに、無言呪文を使う辺り、確実に勝ちにきている。

 あまりの素早い呪いに、ハリーもこれは終わったと思った。

 

 ────しかし、予想は外れる。

 

 なんとロックハートは、同じく無言のまま透明の壁を即座に張っており、呪いを無効化したのだ。

 

麻痺せよ(ステーピファイ)!」

 

 その一瞬の攻防だけで、ロックハートが一筋縄ではいかないと悟ったのだろう。

 今度はスネイプもしっかりと呪文を唱え、力の籠った魔法を放つ。

 ロックハートは、それを笑いながら避けた。

 

「ほほう、やりますね……腕縛り(ブラキアビンド)!」

 

「ぬん!」

 

 何処からか現れた縄を杖を振るだけで、スネイプは地面に叩きつける。

 だが、それで終わりではない。

 息をつく暇もなく、流れるように杖をもう一振り。

 

「「武装解除せよ(エクスペリアームス)!」」

 

 スネイプの杖とロックハートの杖から、赤い閃光が飛び出したのは同時だった。

 双方の呪文が衝突し、あらぬ方向へ跳ね返っていく。

 スネイプの顔からは、すっかり怒気が消えていた。

 目を見開いた様子を見るに、瞬殺出来ると踏んでいたロックハートの強さを、純粋に驚いているようだった。

 

「そういえば、ダンブルドア校長からお聞きしましたよ。初めスネイプ先生は、闇の魔術の防衛術の職を希望されたんだとか」

 

「……」

 

「実力も定かではない私に職を取られた形になって、歯痒い思いもあったでしょう。この戦いで、納得していただければと思っております」

 

 丁寧なようでいて、その中に嘲弄を含む笑み。

 普段のスネイプならば、怒りで顔を真っ赤にする台詞。

 しかし、彼の表情は変わらず、何かを値踏みするように眉が顰められるのみだった。

 

「……生徒も見ている。お喋りは程々にした方がよろしいかと。必要とあらば、その減らず口を吾輩が閉じて差し上げますが?」

 

「はっはっは。これは手厳しい。お手柔らかにお願いしますよ────沈め(オービス)

 

 トプンっと。

 ロックハートの身体が突如地面に沈み込み、消えていく。

 おぉっと生徒達が歓声を上げる中、ハリーは消えたロックハートの姿を探す。

 何処にも見当たらない。

 スネイプを見れば、目を閉じている。

 何かを待っているようだった。

 

「……ロックハートは何処に消えたんだ?」

 

 ハリーが呟いたその時、スネイプが信じられない反射神経で横っ飛びに地面に伏せた。

 先ほどまでスネイプがいた場所を、赤い閃光が通り過ぎる。

 慌てて出処を見れば、リングの端でロックハートが地表に浮かび上がってくるところだった。

 

「これを躱しますか。やりますね」

 

「……えげつないが、それだけですな」

 

 スネイプは、立て続けに無言呪文を撃つ。

 右に左に飛んでくる呪い。

 それを、鼻歌交じりにロックハートは交わしていく。

 リング外のロックハートのファン達から、一際大きな歓声が響き渡った。

 

 二人の攻防を見守るハリーに、ロンが声をかけてくる。

 

「ハリー、なんか2人とも凄くないかい? 大会の決闘を見てるみたい。てかスネイプの奴、あんなに強かったんだね……」

 

「ロンがそう言うって事は、やっぱり普通のレベルじゃないんだね……」

 

 魔法使いの決闘を知らないハリーでも、これが凄い事だいうことは分かる。

 周りの皆も、普段見られないような高度な決闘を見て、興奮している様子だった。

 それは、戦っているロックハートも同様である。

 

「やはり、決闘は楽しいですね。魔法を研鑽し、強い相手で腕試しをする。相手がよく見え、自分のやりたい事もよく見える」

 

「……」

 

 ロックハートの軽口に、スネイプは壁の松明に向けて杖を振る事で答えた。

 腕木から吹き飛んだ松明が、縄のようにくねり火の蛇になって、ロックハートに突撃していく。

 

「子供騙しな」

 

 突進してくる火の蛇を見ても、ロックハートの余裕は変わらない。

 衝突の瞬間、真上から蛇の頭に杖を突き刺し破裂させる。

 最初の何倍もの火力の炎が撒き散らされるが、スネイプが杖を振って吹き飛ばし、煙に変えた。

 

「開心術を併用なさっているようですが。私にはあまり意味がありませんよ。対策は簡単ですから」

 

「……私が読んでいたのは、思考の表層であると?」

 

「はは。やはり見た目と違い、貴方は聡明でいらっしゃる。長引かせてボロが出てもつまらない。終わらせましょう」

 

 その瞬間、遠くで見ていたハリーからでも分かる変化がロックハートに起きた。

 今までと、明らかに纏う雰囲気が変わったのだ。

 言葉には表しづらいが、不可視のオーラとも言うべき何かが、ロックハートの身体の隅々まで広がっていく。

 

「話の続きなんですがね。熟練した魔法使いは、最終的に己の魔法力に目を向けるようになるんですよ。これがまぁ便利でして────こういう事も出来るんですよ」

 

「……!」

 

 先ほどまでと違い、静かな杖捌きだった。

 それでいて、一つ一つの動作が別次元で速くなっている。

 相手を昏倒させるに足る必殺の一撃が、次々とロックハートの杖から放たれていく。

 

 最初は何とか対応していたスネイプも、あっという間に蜂の巣になって、足元から吹き飛ばされた。

 

「「うおおおおおおお!!」」

 

 無様に床で大の字になったスネイプに、スリザリン以外から一際大きな歓声が上がった。

 近くにいたハーマイオニーは、敬愛する教師の勝利に小躍りしていたが、やがて我に返ったらしく

 

「スネイプ先生大丈夫かしら」

 

 などと言っている。

 ハリーやロン達は、今の今までスネイプには散々煮え湯を飲まされていたので

 

「「知るもんか!」」

 

 と声が揃うほど喜んでいた。

 スネイプはというと、床に伸びたままピクリとも動かない。

 どうやら、ノックアウトされてしまったようだった。

 ロックハートが、ぐったりとしているスネイプに駆け寄ると杖を振る。

 

「やれやれ。お嬢から話を聞いてはいたが、ここまで手強いとは。活きよ(エネルべート)!」

 

 スネイプが微かに動いた。

 闇色の瞳が開き、寝ぼけたように数度瞬きする。

 周りの皆が黙って見つめる中、スネイプはよろよろと身を起こした。

 しばらく呆然とした様子で辺りを見回し、ようやくスネイプは状況を理解したようだった。

 

「……模範演技はこれで十分かね」

 

「えぇ、良い決闘でした。勝ちを譲っていただき、感謝致します。生徒達も興奮していますよ」

 

 未だに座り込むスネイプに、ロックハートが手を差し伸べてにっかりと笑う。

 

「互いに本気でなかったとはいえ、スネイプ先生は本当にお強いですね。教師をしているのが勿体ないくらいです。風の噂で耳にしましたが、闇の魔法使いと何度も戦った事があるのだとか」

 

「……あの時代は、誰しもが闇の魔法使いと戦っていた。例え、それがどんな形であれ(・・・・・・・・・・・・)。貴方もそうなのでは?」

 

「はっはっは。私は小説家ですよ。もっぱら怪物との戦いが専門です。ほら、スネイプ先生立って」

 

 苦い表情のまま、スネイプはロックハートの手を取り立ち上がる。

 

「模範演技は以上です。これから皆さんには、それぞれペアを組んで貰います。出来たところから、決闘を始めてくださって構いませんからね」

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 

「どうやら、上手くこなしてくれたみたいだね」

 

 予定よりも派手な決闘になってしまったが、こればっかりは仕方ないだろう。

 今回はバランスを取るのが難しかった。

 そもそもスネイプ先生が強過ぎるのもあるが、普段のギルデロイがヘイトを買いすぎなのだ。

 闇の魔法で撃ち合わなかっただけまだマシ、ボクはそう思う事にする。

 

「さて、こっからは生徒同士での決闘か。皆、誰と組むのかね?」

 

 真っ先にポッターに目が行くが、意外にも彼はマルフォイと組むようだ。

 お互いに相手を、先程のスネイプ先生みたくしてやろうと息巻いている。

 絶好の仕返しの場ってわけだ。

 

 そう考えると、確かに周りの連中も皆して意外なペアを組んでいた。

 ミリセントはハーマイオニーとか。

 まぁこの学年で魔法が一番上手く使えるのは、ボクを除けばハーマイオニーだからね。

 戦闘狂の血が疼いたのだろう。

 セオドールはゴイルとだ。

 此方は割と安直な選択で、馬鹿相手なら勝ちやすいという思考回路である。

 ネビルは……ハッフルパフの先輩と組むようだ。

 

(困ったなあ。大体の知り合いはペアを作り終えてる。同級生とやろうにも、噂のせいで怖がって話にならないし。ジェマ先輩達とやるにしても、下手に倒したらプライド傷つけるしな。こりゃあ、下級生相手に指導って感じかね)

 

 非常に癪ではあるが、仕方あるまい。

 ボクは、後輩達の方に視線を滑らした。

 まずは、我が寮のスリザリンだが……ダメだ、目を合わせてくれない。

 頼みのカロー姉妹は、お互い似たような顔を付き合わせて呪いを掛け合っている。

 お次は、グリフィンドール……あぁもう全員ペア作っちゃってるのね。コミュ力高いな。

 それじゃあハッフルパフはというと、何でか睨みつけられた。

 

(あぁ……もう面倒くさいなあ。帰ろっかな。得られる物なんかどうせないし)

 

 そうは思いながらも、希望を捨てきれないのがボクだ。

 チラリ、と駄目元でレイブンクローを見る。

 ……いた。いたいた。

 ボクと同じく、ポツンと突っ立ってるボッチの女の子がいた。

 

(あ、でも……あの子はちょっとなあ)

 

 普通に考えれば、ボッチ回避の速攻で飛びつくべき案件だ。

 だが、ボクは誘うのを躊躇した。せざるを得なかった。

 

 問題はその容姿だった。

 

 プラチナゴールドの髪、どこかぼんやりと遠くを見据えた瞳、色白の端正な顔。

 前ほどではないが、ズキっとボクの頭が痛む。

 

「ねぇ、あんた」

 

 話しかけにいこうか、それともやめとくか。

 そんな事をぐるぐる考えていると、向こうから先に声をかけられてしまった。

 仕方あるまい、と観念したボクは返事をする。

 

「あーと……何だい?」

 

「あたし、決闘相手いないんだけど。良かったら一緒にやろうよ」

 

「……こういうのは同学年でやった方が良いと思うよ。他の人はいないのかな?」

 

 いざ本人を目の前にしてみると、割とどうしていいか分からないもんだな。

 気づいたら、誘いを断っていた。

 断られた当の本人は、困った顔をしてモジモジしている。

 何なんだろうか。

 

「うーんとね。いないんだ。皆、あたしと組むのは嫌だって」

 

「……そう」

 

 困った事に似ているのは容姿だけで、コミュニケーション能力は然程なかったらしい。

 少なくともルシアは、周りから可愛がられる才能に長けていた。

 あまりの気まずさに、ボクは咳払いをする。

 

「うぅん! ……決闘の経験は?」

 

「ないよ」

 

「使える魔法は?」

 

「浮遊呪文とルーモス。他は練習中だもン。でもね? あたしは強いよ。ヘリオパスを追い払うぐらいには」

 

「……ヘリオパス?」

 

「火の精だよ。大きな炎を上げる背の高い生き物で、地を疾走し、行くてにあるもの全てを焼き尽くすの!」

 

 質問を重ねる度、ボクの顔はどんどん引き攣っていった。

 決闘に関してはまったくの素人、魔法の腕も一年生の平均を下回っている。

 おまけに、なんかワケの分からない事を言っているし。

 はっきり言ってどうしようもない。

 決闘なんか考える前に、教科書をよく読めと言いたい。

 

「もしかして、その……あんたもあたしとペア組むの、嫌だったりする?」

 

「ぐ……」

 

 その言い回しは卑怯だろうが。

 悲しそうに瞳を揺らす少女を見て、ボクは頭を軽く掻く。

 嫌なものは嫌だ、とはっきり言える性格を自負していたが、妹に似た容姿も相まって否定しづらい。

 

「嫌じゃないさ。嫌じゃ」

 

 ただ苦手ってだけで。

 うなだれたボクは、少女の誘いを承諾した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 その女の子は、ルーナ・ラブグッドから見ても不思議な少女だった。

 後ろに束ねた透き通るような銀髪。

 雪のように白い肌、感情をあまり感じさせない翡翠の瞳。正しく、圧倒されるような美しさ。

 

 自分の容姿も他人の容姿もあまり気にしない。

 そんなルーナから見ても、目の前の女の子……メルム・グリンデルバルドは可愛かった。

 

「さて。まずは準備運動から始めようか」

 

 そんなメルムは、ルーナを連れて大広間の端っこに移動すると、軽い体操を始め出した。

 他の生徒達は、さっさと決闘を始めている。

 皆と同じように早く決闘がしたかったルーナは、メルムに不満を述べた。

 

「……あたし、早く決闘がしたいんだけど」

 

「駄目だよ。こういうのは、準備が肝心なんだ。杖と身体は別物のようで同じ。手入れをしなければ鈍るし、いざという時に上手く動かせないからね」

 

 やる事は簡単だ。

 座ったまま足を開いて、身体を前に倒す。

 柔軟体操というやつらしい。

 

「ぐ、……いたっ……これ、痛い……」

 

 こんな簡単な事が苦行に思えるのは、ルーナの背にメルムが乗っかっているからだ。

 運動と縁がないルーナは、すこぶる身体が硬かった。

 

「いきなり運動を始めると、筋肉や関節にとって負担になる。まぁ関節の稼働領域は広げておいた方が良いよ。手足の関節が柔らかければ、よりイメージ通りの動きが出来るからさ」

 

 上で何かもっともらしい事を言っているが、ルーナの耳には届かない。

 無理矢理伸ばされた身体が悲鳴を上げていて、それどころではないからだ。

 涙目になるルーナの頭上から、メルムの呆れた声が響く。

 

「痛みなんて今だけさ。まだ子供なんだから、大人よりかは身体が柔らかい。ボクも、そう時間は掛からなかった」

 

 その言葉に嘘はない。

 最初に彼女は、準備運動を一通りやって見せていた。

 片足で立ち、垂直に上げたもう片方の足を顔に付けていたのを、ルーナは見ている。

 

(……あんなの人間業じゃないもン)

 

 

 それから数分後、ルーナの地獄のような準備体操は終わった。

 最後に少しだけ身体を動かしたいと言ったメルムが、ルーナの上からどいたのだ。

 今は対面で床に座って、足をまっすぐ伸ばしている。

 その上で、ぺたりと上半身を前に倒していた。

 とんでもない身体の柔らかさである。

 

(それにしても……噂とだいぶ違うなあ)

 

 メルム・グリンデルバルドの悪名は、寮も学年も違うルーナの耳にもちゃんと届いていた。

 曰く、怒らせたら何をするかわからない無法者。

 仲間意識の高いスリザリンですら浮く、はぐれ者の蛇。

 祖父同様の苛烈な差別主義者で、秘密の部屋の継承者筆頭候補。

 

 目の前の少女は、少なくともそんな風には見えなかった。

 表情に乏しく、何を考えているかはあまり分からない。

 しかしその反面、面倒見が良く、気さくに接してくれている。

 噂のような悪い人間とは思えない。

 じっと見つめられている事に気がついたのだろう。

 膝から顔を上げ、メルムがきょとんと首を傾げる。

 

「どうかした?」

 

「うーんとね。メルムは、ちっちゃくて可愛いなぁと思って」

 

「……ボクの方が歳は上なんだけどね」

 

 猫にやるみたいに、頭を撫でられる。

 

(妹でもいて、こういうの慣れてるんだろうなあ)

 

 漠然とルーナはそんな感想を抱いた。

 恐らく、大きくは間違っていない。

 

 そんな時だった。

 

ルーニー(・・・・)・ラブグッド!」

 

 意地の悪そうな甲高い声が、ルーナの名前を呼んだ。

 ルーナがそちらを見ると、酷く満足そうに口の端を吊り上げる女の子がこっちを見ていた。

 

「うわあ……パルマだ」

 

 パルマは、いつも三人の取り巻きを連れていて、目についた下級生をイジめる嫌な奴だ。

 ルーナとは学年も違えば家柄も違う。

 今日も左から、アイナ、エヴァ、オリヴィアの順に並んでいる。

 

「はぐれ者のグリンデルバルドと一緒にやるの? お似合いね」

 

 この先輩はその根性の悪さから、裏で”性悪女”なんて渾名をつけられている。

 弱い者虐めが大好きで、寮内で浮いた人間に対しても容赦がない。

 レイブンクローでも変人寄りなルーナは、何度かこの先輩達に絡まれていた。

 

「う……」

 

 ルーナの心臓が、どくどくと早鐘を打つ。

 敵意と悪意を向けられているのが、痛いほどわかる。

 それだけじゃない。

 こういう事に慣れている自分はともかく、関係のないメルムの反応が気がかりだった。

 もしかしたら、面倒事を嫌って帰ってしまうかもしれない。

 ようやく組む相手が見つかったというのに、それはあんまりだった。

 

「……ふーん」

 

 ルーナの予想に反して、メルムは動かなかった。

 ただ、排泄物を投げつけてくる動物園の猿でも見ているような顔をして、先輩達を見ているだけだった。

 その反応が気に入らなかったのだろう。 

 リーダー格のパルマが進み出て、メルムに言い放つ。

 

「他に組む相手がいないってのも悲しいわね、グリンデルバルド。よりにもよってルーニーと組むとか。もっと相手は選んだ方がいいわよ?」

 

「余計なお世話。絡んでこないでよ」

 

 すくっと立ち上がったメルムが、首を鳴らして四人に対峙する。

 パルマは、挑発するように口の端を吊り上げたままだ。

 

「は、変人(ルーニー)と組んだだけあって、あんたもちょっと変ね。人の話を聞きゃしない。こっちは親切心で教えてあげてんのよ?」

 

「あっそ。悪いことは言わないから、とっとと失せな。今は気分が良いからね。雑魚は見逃してあげるよ」

 

 メルムは笑いながら、野良犬を追い払うように手を振った。

 ぼんやりとした見た目にそぐわない、痛烈な口撃。

 どうやら彼女は、思った事をはっきりと口にするタイプらしかった。

 ひくっ、とパルマの頬が引きつる。

 周りの顔からも、馬鹿にしたような笑みが消えた。

 口々に罵声が飛ぶ。

 

「雑魚って私達の事? 酷いわ、このチビ!」

 

「私達、年上だよ。口の利き方がなってないんじゃないの?」

 

「デカい顔して偉そうに。言っていい事と悪い事の区別もつかないわけ? 謝れ!」

 

「そうよ。あんたの為を思って言ってるのに。善意を踏みにじる気?」

 

 出た。一斉に降りかかる罵声。

 この剥き出しの悪意に、ルーナや他の下級生達は圧されて黙り込まされてきた。

 それも当たり前。

 普通の子供なら、上級生に囲まれて四方八方から威圧的に言われたら、それだけで戦意が萎えてしまう。

 

 だけど、メルムは違った。

 

 動揺はなく、怯んだりもしていない。

 熱の篭らない視線で一人一人の顔を見返し、彼女は肩を竦めた。

 

「ごちゃごちゃうるさいよ」

 

 まったく相手にされていない。

 その事に、パルマ達も気づいたのだろう。

 それぞれの顔に、微かな苛立ちが垣間見えた。

 支配欲が満たされないことへの動物的な憤りだ。

 

「本当に、生意気なチビね……」

 

 パルマはクズだ。

 平気な顔で、他人を踏みつけにする女の子だ。

 残酷で狡猾で、そういう事にだけは酷く悪知恵が回る。

 周りに聞こえるように、彼女は甲高い声を上げた。

 

「そういえば、グリフィンドールの下級生が石にされたわね! あんたが、あの子を石にしたんじゃないの?」

 

 何の脈絡もない言葉。

 しかし、齎した効果は絶大だった。

 パルマの大声に気づいた周りの生徒達が、一体何事かとこちらを向く。

 

 地味だが、嫌なやり方だ。

 流石はいじめっ子なだけあって、周りを利用したやり方をよく心得ている。

 

「あーあ。皆してこっちを見てる。犯罪者の孫は辛いわよね。さ、どうする?」

 

「……一線超えたぞ、お前」

 

 平淡な声。

 しかし口調と雰囲気は、確実に変わった。

 その顔に、先程までの温もりはない。

 微笑みだけはそのままに、温度がスッと抜け落ちてしまっていた。

 そんなメルムの様子にも気づかず、パルマはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「外野が邪魔くせぇな」

 

 少女の可憐な声に、何か致命的な響きを感じた。

 メルムが、ついっと周囲に視線を走らせる。

 

「!」

 

 周りの野次馬達が、ぎょっとして目を逸らすと、慌ててメルムから距離を取り出した。

 ルーナから見えるのは、小柄な背中だけだ。

 今、彼女はどんな顔をしているのだろう。

 

 ────曰く、怒らせたら何をするかわからない無法者

 

 その噂は、真実なのかもしれない。

 妙な緊張感があった。

 熱い。唐突に、何度も気温が上がったような気がする。

 

(誰か止めてよ。お願いだから……)

 

 焦ったルーナは、周囲に止めてくれそうな人がいないか視線を巡らせる。

 

「……あ、いた」

 

 少し離れた所で、腕を組んでいるロックハート先生と目が合った。

 事情を図りかねているのだろう、訝しげにこちらを見ている。

 

(良かった……先生なら、大事になる前に止めてくれるもン)

 

 そんなルーナの希望的観測は、すぐに打ち砕かれた。

 メルムと視線を合わせた途端、ロックハート先生はごほんと咳払いをして、くるりと踵を返したのだ。

 

「あ……」 

 

 絶対に逃げた。

 だって、他の生徒の指導に向かう速さが小走りだった。

 ロックハート先生の逃亡に、ルーナは頭を抱える。

 彼が止めなかったら、一体誰が彼女を止めるのだろうか。

 そうしてルーナが呆然としている間にも、事態は悪化していく。

 

「いつまで突っ立ってる気だ。退け」

 

 トン! とメルムが、パルマの肩を突き飛ばした。

 思ったよりも力が強かったのだろう。簡単によろめく。

 にやりと笑ったパルマが、キンキン声で叫んだ。

 

「痛っ……何するのよ、グリンデルバルド! 年上は敬えってファーレイの女狐に教わらなかったの?」

 

「誰を敬うかは自分で決める。自分より劣っている相手に下げる頭は、生憎と持ち合わせがない」

 

「な……失礼ね。何なのよ、こいつ!」

 

 大広間に響くキンキン声。

 気に入らない事があると、こうやって騒ぎ立てるのがパルマの常套手段だった。

 だが、周りも巻き込まれたくはないのだろう。

 ルーナ達の方を見ようともしない。

 睨み一つで周りを制したメルムは、牙を剥いて笑っていた。

 

「うるさい。突っかかってきたのはそっちだろうが。文句があるのなら、そいつと組まずに私と決闘やるか?」

 

「う……それは」

 

 いつも虐めている下級生達とは、格がまるで違う。

 周りの雰囲気も相まって、そのことにようやく気づいたのだろう。

 パルマの威勢が弱くなる。

 助けを求めるように他のメンツを見るが、彼女達は目を逸らす。

 失望したように、メルムがため息を吐いた。

 

「お前らみたいな連中は、いつもそうだ。自分に自信がなく、群れないと何も出来ない。数を頼んで粋がる頭はあっても、1人で立ち向かう度胸はない」

 

「ち、違うわ。怖くなんてない……でも、あんたはグリンデルバルドの孫だもの。闇の魔法をかけてくるかもしれないから……」

 

 ルーナから見ても苦しい言い訳だった。

 どうせ面白い組み合わせを見て、ほんの軽い気持ちでちょっかいをかけてきたのだろう。

 それが予想外に噛みつかれたので、引っ込みがつかなくなっている。

 そんなパルマの心情を見透かしているのか、彼女の言い訳を最後まで聞くことなく、メルムは代案を出した。

 

「あぁ、分かった分かった。1人で不安なら、4人纏めてかかってこい。それなら良いだろう」

 

 その傲慢な言葉に、ルーナは驚いた。

 ただでさえ上級生相手なのに、四人同時に相手取るなどどうかしている。

 

 数の優位は明らかであり、ここにいる四人は腐っても三年生。ある程度の魔法技能を習得している。

 一年生や二年生では、逆立ちしたって勝てない。

 引き気味のパルマも、この好条件には喜色を浮かべた。

 

「……ナメてるの? 後悔するわよ」

 

「させられるといいなあ。で? 他の先輩方もそれで文句ないだろう」

 

「え……は? 4対1って事? 本気で言ってるのか」

 

 他の先輩達は、未だに困惑が強い。

 後輩相手に袋叩きは、流石に気が引けるらしい。

 今後の彼女達のメンツにも関わる話だ。

 面倒事は御免だ、という様子でお互いに目配せし合っている。

 そんな彼女らを、パルマが半ば無理やり決闘をする方向に納得させていた。

 

「ねぇ、やめときなよ。4対1なんて勝てっこないもン」

 

 ルーナは、この女の子が嫌いではなかったので、嫌味な先輩達に決闘で負ける所なんか見たくなかった。

 メルムの肩を掴んで、強めに揺する。

 

「あたしは慣れっこだから。ほら、向こうで一緒に……」

 

 ルーナは、その先の言葉を飲み込んだ。

 この少し変わった少女は、自分を不愉快にさせる存在を決して許さない。

 いつの間にか、少女の端整な顔がルーナに向けられていた。

 

「心配しなくていい」

 

「ひっ……」

 

 幼い少女の顔にそぐわない、圧迫感のある笑顔。

 日常的な手段として、暴力を行使するのに躊躇しない人間の顔だ。

 冷たく嫌な汗をかいたルーナの手が、少女の肩からゆっくり外される。

 

「ちょっと遊んでくるだけだ」

 

 こいつらで。

 言外にそう言われた気がして、ルーナは身体が震える。

 禍々しい炎を宿した蒼い瞳が、震えるルーナの瞳の奥に映っていた。

 

 

 

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