ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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つまるところ魔法力とは、己の想像(イメージ)を外界に刻み込む能力であるのだろう。

個人個人の魔法力の容量には差があるものの、質量保存の法則は適用されず、事実上制限はない。

しかし、魔法の行使には集中力が必要とされる。人間の体力や精神力には限りがある。

故に心せよ、我らは万能の生き物ではない。



#030決闘クラブ後編

 

 

 アラスター・ムーディは、古参の闇祓いだ。

 魔法省での栄光も暗黒もそれなりに味わい、ここまで勤めてきた。

 今となっては、特に未来に期待もしていないし、今後どうなろうと知った事ではない。

 そう同僚に豪語する自分が、幼い子供を闇祓い局に訓練生として連れてきた時の皆の驚き様といったらない。

 

「凄いだろう、あの娘は」

 

「俺の娘にしたいくらいだ。あれほどの才女、そうはいないぞ」

 

 昼食の席で一緒になったドーリッシュの言葉に、ムーディは苦笑いを浮かべた。

 

「それはどうだろうな。ああ見えてお転婆な奴だ。暴れだしたら、お前ではとても止められん」

 

「お転婆上等。子供はそれぐらい元気な方がいい」

 

 身体能力は十分、容姿も整っている。魔法の腕も悪くない。

 確か、ドーリッシュ家は跡継ぎ問題が発生していた。養子の話は半ば本気だろう。

 内心、ムーディは嘆息する。

 ドーリッシュにあの娘を御せるとは思えない。

 

 あれは詐術と闘争を好む。

 血は争えないというが、そんな所まで祖父に似る事もあるまいに。

 そんなムーディの苦悩も知らず、目の前の青二才は嬉しそうに話を続ける。

 

「ここだけの話、どうやって育てたんだ? この短期間で、あそこまで魔法の腕が上達するのは普通じゃない」

 

「……あの子には、殆ど何も教えていない」

 

「馬鹿を言え。そんなワケがあるものか。勿体ぶらずに教えてくれよ」

 

「本当だとも。あれに付きっきりで何かを教えたのは、孤児院の時くらいなもんだ。魔法界の成り立ちや知識を主に、後は日常で使う魔法や魔法の構築基礎だな」

 

「いや、そんな次元じゃないんだが……」

 

 ドーリッシュが驚きで口をあんぐりと開ける。

 しっかりとした攻防や数多の魔法の知識は、ムーディが叩き込んだものとばかり思っていたのだろう。

 ドーリッシュとて、メルムとは何度か練習試合で手合わせしている。

 積み重ねた経験や魔法の知識で、何とか勝利を拾いはしているが、それでも危うい時が何度かあった筈だ。

 

「最初の頃を覚えているか? まだ儂があの子を連れてきたばかりの頃だ」

 

「あ、あぁ」

 

 メルムが闇祓いの訓練を始めた時の事はよく覚えている。

 一緒に肉体を鍛える為の訓練はするが、それ以外の魔法を使った訓練が始まると遠巻きに眺めているだけだった。

 

 記憶が正しければそれもたったの一月近くだ。

 

 その間に魔法の扱い方を覚えたのか、徐々にメルムは魔法の訓練にも参加し始めた。

 今では練習試合で大人に混じって競い合い、遜色ない実力を発揮している。

 

「そう、見ていただけだった。見ているだけで覚えたんだ。目が良いんだろうよ。年を重ねた魔法使いが経験と努力で身につける事を、あの子は数回見ただけで理解した」

 

「……」

 

「ちなみに闇祓いの訓練でも殆ど口出しをしていない。無論、試合の感想や参考書を貸したりはしたがそれだけだ」

 

 天才とは、あの子のような者を指すのだろう。

 闇祓いの基本は、成人の魔法使いですら4年掛かって形になる。

 それをあの子はたった1年半でものにした。

 

「闇祓いになって数十年。この仕事も最後の最後で面白くなったな。糞みたいな出来事の連続ではあったが、少しだけ報われた気がする」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 四対一の決闘。

 簡単に決着が着くと思われた戦いは未だに終わりを見せず、不思議な事に事態は膠着すらしていた。

 

「何なのよ、これ……」

 

 全く落ちない。

 数を頼んだ強引な攻めでも落とせない。

 それどころか……

 

「そら、武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

「くっ……失神せよ(ステーピュファイ)!」

 

 相手の杖から迸る赤光。

 光が衝突し、辺りを眩しく照らす。

 

(魔法の相性は上々。後は拮抗すれば、何とか……っ)

 

 次の展開に向けて必死で頭を働かせるパルマの対面では。

 蒼の瞳が、うっすら嗤っていた。

 

「軽い」

 

 相性以前に、桁違いの魔法力。

 衝突した魔法は一瞬足りとも拮抗しなかった。

 凄まじい力の奔流が、パルマを杖ごと思い切り押し返す。

 

 ────手から杖が弾け飛ぶ

 

 そのままパルマは吹き飛び、背後の壁に強かに背を打ち付けた。

 

「ごほっ……ごほっごほっ……」

 

 あまりの衝撃に思わずパルマは噎せた。

 つんとして涙が溢れる。

 

(やっば。こいつ、なんかやってる……)

 

 弱い者を嬲るのが趣味だからこそ、分かる。

 目の前の少女は普通じゃない。

 まずあれだけ最初に挑発したのに、感情任せな動きをしない。

 暴力に慣れているだけじゃない。

 明らかに決闘慣れしている。素人じゃありえない。

 

「拾え。もう1回だ」

 

 足元に転がっている敗者の杖。

 勝者たる少女がそれを蹴ってよこす。 

 まるで靴を舐めろと迫られた気分だ。

 屈辱と怒りでパルマは震える。

 

「……くそっ」

 

 まるっきり無様だが仕方ない。

 怒りで腹が煮えくり返りながらも、傍らに転がってきた杖をパルマは掴む。

 素手の喧嘩で勝てる相手ではないし、これは魔法使いの決闘だ。

 仮に素手で突っ込んでいくとしても、この少女なら躊躇いなく魔法で滅多打ちにしてくるだろう。

 

「それにしても……」

 

 じんじんと手に痺れが残っている。

 硬い棒で岩を殴った時、反動で手が痺れたような痛みだ。

 

(なんて威力。きっと、魔法力が桁違いに多いんだわ。受けはまず駄目ね……)

 

 怒りや不安を押し殺し、冷静にパルマは次の一手を考えていく。

 大丈夫だ。考える時間は周りが作ってくれる。

 案の定、メルムの傲慢な振る舞いに激昂したアイナが、甲高く叫んだ。

 

「グリンデルバルド、やりやがったわね!」

 

「ミスをつけろよ、無礼者が。言いたい事があるなら、杖で述べろ。それがしきたりだ」

 

 メルムの右手は、だらりと垂らされていた。

 戦意がないようにも感じられるが、そうではない。

 あれはある種の構えだ。隙というものが存在しない。

 

「……気をつけなさいよ。あいつ、決闘の経験が相当ある」

 

「わかってる! ────妨害せよ(インペディメンタ)!」

 

 対するメルムは、杖をおろした姿勢でふらりと動いた。

 これがまた何とも言えず嫌な動きだ。

 緩やかな動きなのに、アイナの呪いが当たらない。

 アイナの方も馬鹿ではない。無言呪文に切り替えて、速さを優先する。

 しかし残念な事に、これは速さの問題ではない。

 

「くそっ! くそ、くそっ! なんで、当たらない、のよ!」

 

「身体が小さいもんで。ちゃんと狙わんと、当たらないぞ?」

 

 ケラケラ笑いながらも、その動きは揺れるよう。

 いっそ緩慢にさえ映った彼女を呪いがすり抜けていく。

 武装解除呪文も、鼻呪いも、失神呪文も関係はない。

 メルムは紙切れ一枚ほどの距離で見切る。

 呪いなど当たらなければ脅威でも何でもない。

 言外にそう告げるかのように、アイナの呪いを少女はただ躱し続けた。

 

「……ぐっ……」

 

 放った呪いが二十を超えたところで、アイナの動きが鈍る。

 切れたのは集中力か、それとも体力か。

 魔法使いの対人戦は想像以上に体力や集中力を使う。

 しかもアイナの場合は、自分の呪いが当たらない徒労感もあるだろうから尚更だ。

 肩を上下させ荒い息を吐いているアイナに対し、呪いを全てを避けきった少女は汗一つかかずに余裕の表情。

 

「もう良いか? 次はこちらから行くぞ」

 

 マズい。二人の攻守が入れ替わる。

 守りは駄目だ。

 今のパルマ達に目の前の少女の猛攻を止める術はない。

 

 特に今、メルムと対峙しているアイナ。

 

 この子は六年次に習う無言呪文を部分的に習得するくらいには優秀だが、ある致命的な欠点があった。

 守りの魔法を上手く使えず、反射神経が良くないのだ。

 

「ちっ……鳥よ(エイビス)!」

 

 銃声のような爆音と煙を伴い、パルマの杖先から呼び出された鳥の群れ。

 

襲え(オパグノ)!」

 

 それが弾丸のように、次々と標的に向かって射出される。

 標的は、ある種の凄みさえ放つ少女。

 玉砕覚悟で哀れな小鳥の群れが進軍していく。

 

「……燃えよ(インセンディオ)!」

 

 直後に、メルムからの一撃。

 躊躇など一切なく、放たれたのは火の魔法。

 単純な魔法だが、その威力は通常とは桁違い。

 火炎放射器と化した杖をくるりと回して、全方位から迫る鳥の群れをまとめて無慈悲に焼き払う。

 ぼとぼと落ちていく鳥達。

 その場に充満する生き物が焼かれた臭いに、吐きそうになった周りの子が口に手をやっている。

 

「あーあ、これじゃ焼き鳥だ。食べられないのが残念だよ」

 

 惨状を作り出した本人はというと、欠伸混じりにそんな事を言っていた。

 表情筋と一緒に、感覚も麻痺しているに違いない。

 

「……悔しいけど、1人ずつじゃ歯が立たないわね。皆で行くよ!」

 

 再びメルムが杖を振り上げる前に、他の二人と共にパルマは踏み込んでいく。

 一列に横並びになる四人。

 向けられる杖を見て、メルムが薄ら笑う。

 

「馬鹿な奴らだ。数に頼めば、何とかなると思ってやがる。まだ分からないか?」

 

 落第点を突きつけるように、無慈悲に少女は言った。

 

「雑魚は何人集まっても、雑魚なんだよ」

 

 たった二秒の間に行われる四連続の攻撃。

 学生であるが故の拙さはあるものの、正確に標的に放たれた四つの魔法。

 それは一秒にも満たない時間差をもって、確実に少女を撃ち抜く筈だった。

 正面からの直線と左と右、そして頭を狙ったほぼ真上。

 回避不能に思える囲むように放たれた魔法。

 その僅かな間隙を、少女の燃える碧眼は見抜く。

 

「……うそ」

 

 回りながら、あるいは踊るように。

 不規則に飛んでくる全ての魔法を、メルムは正確に呪いで迎え撃った。

 色とりどりの閃光が、あらぬ方向へと弾き飛ぶ。

 単純な防御魔法で為せる所業ではない。

 それぞれの魔法が放たれた瞬間に、反対呪文を予測し、最適な魔法で打ち消した結果である。

 

「うん、いけるな」

 

 その声には喜びも興奮もない。

 奇跡の所業を起こした者の声にしては、実に平坦だった。

 それがひたすらパルマは恐ろしい。

 合わせた歯の根ががちがち鳴った。

 

(絶対におかしい……これが、2年生? ありえないでしょ)

 

 どれほど強い魔法使いだろうが、所詮は学生の一人。

 しかも年下なら自分達とあまり変わらない。

 四人がかりなら必ず倒せる。

 そんな浅はかな考えをしていた数分前の自分が恨めしい。

 

「なんなのよ、あんた……」

 

「さぁな。そら、衝撃(アヴィアタス)

 

 弾かれたボーリングのピンみたいだった。

 パルマよりも前に出ていた二人が、杖を振るおうとしてドン!! と吹き飛ぶ。

 まるで大人と子供だ。力の差があり過ぎる。

 

「ちょっと、何をモタモタやってんのよ!」

 

「そっちこそ! 早くカバーしてよ!!」

 

 仲間同士の空気も最悪だ。

 たった一人に対してもたついている状況に、吹き飛ばされた二人が癇癪を起こす。

 そもそも彼らは、孤高を旨とするレイブンクロー。

 このような危機にあって、グリフィンドールのように仲間を大切にする気概を持ち合わせていない。

 

 これにはメルムも呆れたようで、肩を竦めて言い争うパルマの仲間達を眺めている。

 この隙はチャンスだ。

 斜めを向いているメルムの位置から、パルマは見えていない。

 半ば不意打ち気味に、再度呪いを放つ。

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

「分かりやすい奴」

 

 パルマの呪いは首を傾けるだけで避けられた。

 そのまま倒れるように、メルムは身体を前に傾ける。

 それが踏み込みだと気付いた時には、メルムの顔がパルマの前にあった。

 咄嗟に構えた杖は、簡単に踵で蹴り払われた。

 そのまま足を引っ掛けられ、崩れるように膝を落とす。

 ピタリ、と杖がパルマの首筋に当てられた。

 

「う……」

 

 冷たいその感触を首に感じ、恐る恐る顔を上げる。

 ……目は、合わなかった。

 蒼く燃え盛る瞳は、じっとパルマの首を見つめていたから。

 

 こんなの、勝てるわけがない。

 

 くるりと背を向け、メルムが元の位置に戻っていく。

 相変わらず隙だらけだが、もはやパルマに不意打ちしようなどという考えは起きない。

 不意打ちしたところで決して当たらない。

 彼女の背中には目がついている。

 そう言われればパルマはそれを信じただろう。

 呆然としていると、顔を歪めたアイナが詰め寄ってくる。

 

「だからやめようって言ったのに! あんたが変にちょっかいかけたせいで、あたし達もうボロボロよ!」

 

 言われてハッと気がつく。

 まだ決闘を始めて数分。

 それなのに既に自分達の服は汚れでボロボロだ。

 

(汚い……これ、新しいの買わなきゃかな)

 

 今はそれどころじゃないというのに、決闘とは関係のない事が頭に浮かぶ。

 こんな事になる筈じゃなかった。

 そんな言葉がぐるぐる頭の中を回っている。

 はずれしかないクジをひかされた気分だった。

 

「この決闘、元はといえばあんたのせいじゃない! こんな事に私たちを巻き込んで。あんたが何とかしなさいよ!」

 

「……」

 

 蒼白な顔のアイナに胸ぐらを掴まれ、パルマはぐらぐらと揺さぶられる。

 もはやパルマの為に、これ以上怪我をしたいと思うような友人は皆無であった。

 隣で仰向けに転がっていたオリヴィアなど、メルムから後退り背中を向けて逃げだそうとしている。

 

 しかし、

 

「逃げるな」

 

 銀の悪魔の声が制した。

 

「こっちを向け」

 

 その一言で、オリヴィアが金縛りのように動かなくなる。

 どうして勝機があると勘違いしてしまったのだろうか。

 自分達に向けられる燃えるような眼差しを見て、パルマは深い後悔に呑み込まれた。

 

「拾え」

 

 また杖が転がってくる。

 この怪物はワンサイドゲームを続けるつもりだ。

 

 何度も何度もすり潰して、歯向かう気など二度と起こらないように。

 

 

 ──────……

 

 

 

「あーあ、案の定だ。やっちまってるよ」

 

 馬鹿な奴らだ。

 グリムソンの雇い主は、闘争心こそ強いものの基本的に穏やかで付き合いやすい人物だ。

 しかし、幼さが残る容姿だからだろうか。

 初対面の奴らの中には、必ずと言っていいほどメルムを侮って扱う者が何人か現れる。

 そして彼女は、そういった己をナメた野郎だけは決して許さなかった。

 徹底的にやるのだ、命も金も杖も一切合切持ってかれた輩を何人も見てきた。

 

「そもそも人数で囲めば勝てるってわけじゃない」

 

 無知は罪だ。

 少なくとも学生である彼らは、闇祓い出身であるという意味を知らない。

 闇祓いの連中は、多対一の戦闘の経験が普通の魔法使いの比ではないのだ。

 

 そもそも数の有利を生かすには、組織だった連携が必要不可欠。

 相手の死角から攻撃するわけでもなく、それこそ寿司詰めのようになった状態で、一気に魔法を放つなど愚の骨頂。

 場所も良くない。

 互いの間合いや体が邪魔をし合い、自然と身動きが取れなくなっている。

 

「まるで喧嘩だな。素人が陥りやすいパターンといえば、それまでだが」

 

 いつまでも決着がつかない様子を見て、相手側は最初ほどの威勢を失っている。

 集中力も欠き、動きが目に見えて悪くなっている。

 ただ何の考えもなく突っ込んでは、蹴散らされる事を繰り返している。

 

「お嬢は、魔法を使わなくても割と強いからなあ」

 

 それにしても、遅い。

 普段のメルムならば、もう全員地面に転がっていてもおかしくはない。

 反撃の手も温い。

 こういうのは、浮いた一人を集中して攻撃し、相手側の戦意を削ぐのが常道だ。

 そうか、と一人納得した。

 

「……遊んでやがる。悪い癖だぜ、お嬢」

 

 ギリギリまで決めないつもりだ。

 徹底的に嬲って、力の差を理解させる。

 誰に喧嘩を売ったのか、身の程を思い知らせる。

 彼女達の何が癇に障ったのかは知らないが、メルムを激怒させたのは不運としか言いようがない。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 大広間の中央に近い場所で、ペアを組んだネビルは決闘の練習をしていた。

 相手の名は、セドリック・ディゴリー。

 ハッフルパフの上級生、その中でも最優と名高い生徒だ。

 

武装解除せよ(エクスペリアームス)!」

 

鼻呪い(ファーナンキュラス)!」

 

 お互いを敵に見立てて、魔法の撃ち合いが延々と続く。

 ちなみにこの組み合わせ、セドリックから申し込まれたわけでも成り行きでそうなったわけでもない。

 ネビル自身が、前持って頼み込んでいた事だった。

 

 ────お前に自尊心はないのか? 自分が変わらなきゃ意味ないんだぞ

 

 あの日、彼女から投げ掛けられた言葉がずっと耳に残っている。

 この決闘クラブは渡りに船だ。

 どうせなら魔法を上手く使えるようになって、皆を見返してやりたい。

 

(まぁ一朝一夕で強くなれたら、苦労しないけどさ)

 

 手加減された学生の魔法とはいえ、さっきから何発浴びただろうか。

 少なくとももう六回は吹き飛んでいる。

 セドリックは結構スパルタだった。

 

「いいよ、ネビル! 魔法はまだまだだけど、動きはどんどん良くなっているよ!」

 

 おまけに魔法の知識が豊富だ。

 次から次へと違う魔法で、ネビルを翻弄していく。

 防ぐ事など考えず、飛んでくる呪文を避けるのがやっとだった。

 汗だくになりながら、ネビルは杖を構える。

 

「集中だ、ネビル。的を捉えるという集中力が必要なんだ」

 

 そう言うとセドリックも再び杖を構える。

 その姿は、惚れ惚れするほど決まっていた。

 決闘クラブなど随分前に廃止されたというのに、彼は杖をまるで己の手の一部のように扱っている。

 

「体の動きは悪くない。後はその動きに任せて、君の魔法を乗せるだけだ」

 

「魔法を乗せる?」

 

「感じると言ってもいい。頭で判断して、手で打つんじゃない。反射で撃つんだ」

 

 セドリックは手首を捻って横薙ぎに杖を振る。

 鞭のように力強い閃光が放たれ、

 

「っ!?」

 

 しかし、呪いは虚空を貫いていた。

 身体を横に傾ける事で、ネビルは呪いをすり抜けるように避けていた。

 もちろん意識してやったわけではない、無意識の反射的行動。

 セドリックは一瞬硬直すると、高らかに笑い出した。

 

「はは、良いね。君は自分で気づいていないだけで、実に決闘者に向いているよ」

 

「は、はぁ……」

 

 セドリックの言っている事はよく分からなかったが、ネビルはとりあえず頷く。

 

「決闘は、相当な集中力を必要とする。僕は結構これでも集中力散漫な方でね。これ以上続けると、お互いに怪我をしてしまう」

 

 とりあえず決闘の練習は終わりらしい。

 セドリックは杖を仕舞うと、懐からボトルを取り出しネビルに手渡してきた。

 

「み、水!」

 

 短い時間だったが、激しく身体を動かしたせいだろうか。

 酷く喉が渇いていたネビルは、ボトルに入った水を一気飲みする。

 水分が身体中へと染み渡っていく感覚に、思わず呻くような声が出る。

 

「なんで……こんなに水が美味いんだ……」

 

「はは、そうだろうね! 運動後の水は本当に美味しい。決闘は勿論だけど、クィディッチの時でもそう思うよ」

 

 それにしても、今回の決闘では何も出来なかった。

 想像以上に上級生は強かった。

 もう少し何か出来ると思っていたネビルは冴えない結果に少し項垂れた。

 そんなネビルの内心を慮るように、セドリックが肩に手を置いてくる。

 

「初めての決闘だったんだろう。仕方ないさ。それに上級生が相手だ。寧ろ良くついてこれた、と感心しているくらいなんだよ?」

 

「そうかな……?」

 

 自身なさげにするネビルに、セドリックは頷く。

 

「そうさ。他なんかもっと酷いよ? ほら見なよ、あれを」

 

「うわ……」

 

 緑がかった煙が辺りに霧のように漂っていた。

 蒼白な顔をしたシェーマスを抱きかかえたロンが、折れた杖がしでかした何かを謝っていた。

 マーカス・フリントが、フレッドに床に打ちのめされるのを見た。

 ハーマイオニーはブルストロードに取って投げられ、部屋の反対側の壁にぶつかって気絶している。

 ノットはゴイルを失神させ、床に打ち倒している。

 その他の同級生も似たり寄ったりで息切れを起こして床に座り込みだしていた。

 未だに戦い続けているのは、ある程度こういう事に慣れた者のみとなっていく。

 セドリックが苦笑して言った。

 

「こうして見ると僕らなんか上等な部類だよ。それにしても皆、スタミナ切れが早いな」

 

「そう、なの?」

 

「そうだよ。上級生や腕利きは何かと経験があるからまだ立っているけど。戦うってのは大変なんだ。頭も身体も使うし……あぁ、特にあそこの人達なんかは良いね」

 

 生徒の群れをゆったりと見回していたセドリックは、未だに決闘している一角を指さした。

 銀髪のスリザリンの女生徒が、レイブンクローの女子生徒四人を一度に相手取っている。

 

「ロックハート先生も、中々良い催しを開いてくれた。こんなレベルの高い決闘が見られるなんてそうないよ」

 

 少女は複数箇所からの閃光を最小限の動きでいなし、時には瞬間的な防御の呪文で立ち回りながら反撃している。

 四人の方も呪文を右へ左へと躱したり、掻い潜ったりしながら包囲し続けているが、たった一人を仕留める事が出来ないでいた。

 

「あれってアリなの?」

 

「さあ? ルールは相手の杖を奪い取れだし。それに先生が主催している場だから、お互い同意の上だと思うよ」

 

 何となく四対一というものが、絵面的にネビルは気に食わなかったが、そういうものなのかもしれない。

 幾分熱くなりかけたネビルと違って、冷静に俯瞰していたセドリックは告げた。

 

「それに大丈夫だよ」

 

「え?」

 

「あの1人の方、上手に4人を手玉に取っている。君もよく見てみれば分かるよ」

 

 セドリックの言う通りだった。

 四人とも必死に杖を振り回し、何とか仕留めようとしているが、それぞれが肩で息をしていてスタミナ切れが近いのは明らか。

 

 代わりにスリザリン生の方は丁寧な防御を主にしたスタイルで、相手の嫌がるタイミングで全員に圧をかけ続けている。

 

「あれは数じゃどうにもなんないな。彼女は時間をかけて戦う事に重きを置いてる。スタミナに絶対の自信があるんだ」

 

「おまけに相手の方は連携が取れてない?」

 

「正解! 良いよ君、実は格闘技とか好きでしょ?」

 

「……分かる?」

 

 まぁね、と笑って、セドリックは再び視線を元の方に戻した。

 周りも決闘が終わってきたのか、それぞれ座り込んで観戦し始めている。

 何人かは手を叩いたり口笛を鳴らし始めた。

 まるでコロッセオだ。

 四対一なんてイジメに見えるが、一人の方の技量が圧倒的過ぎて、不思議と対等に戦っているように見えてしまう。

 

「先生達も止める気配がないね」

 

「うーんまぁ……かなり、お目にかかれない部類だからね」

 

 ロックハート先生は口に手をやって目を輝かせているし、スネイプ先生も険しい顔をしつつ戦いに口を出すことなく見守っている。

 

「あ、全員もう限界だな。死に物狂いで前に出てくるよ」

 

「え?」

 

 言い終わるや否や、今までの攻防が更に激しさを増した。

 体力の限界を悟った四人が横並びになって、一人の方に息を揃えて間断なく呪文を繰り出したのだ。

 

「うわ凄い」

 

 驚嘆に値する。

 下がるでもなく横に飛ぶでもなく、その足を銀の少女は前に踏み出したのだ。

 次々と浴びせられる魔法を弾きながら、少女の杖が空を切り裂き素早く弧を描く。

 

 その結末を、ネビルは恐怖と高揚感の入り混じった気持ちで見守った。

 

「終わったね」

 

 ずっと攻撃に徹していた四人は、守備に徹していたスリザリン生よりも疲弊が激しかったのだろう。

 四人がかりで一人を倒せない焦りもあったのかもしれない。

 とにかくレイブンクローの四人は、仰向けに次々と吹き飛ばされ手足をバタつかせながら宙を飛んでいた。

 

 ────落ちろ(ディセンド)! 

 

 此方にまで轟く大きな声は、聞き覚えのある綺麗な声だった。

 それと共に宙を浮かんでいた二人は、ドンッと為す術なく床に叩きつけられる。

 全員一撃ノックアウトなのか、ピクリとも動かない。

 

 一拍遅れて、決闘を見ていた周りからウォー!! と歓声が上がった。

 横並びで圧をかけた四人を正面から捩じ伏せる、見事な猛攻だった。

 

「上級生は凄いな。少なくとも4年生で、あのレベルの決闘が出来る女子はどの寮にもいないよ。何年生だろうか? あそこまでの実力者だから、監督生や首席候補だと思うんだけど」

 

「……2年生だよ。僕と同じ」

 

「え、嘘だろ?」

 

 セドリックがそれを聞いて目をまん丸にした。

 

「あの子が相手にしてたの、全員3年生だぞ」

 

 今度は、ネビルが目を丸くする番だった。

 戦い慣れている上級生、それも複数を相手に勝ってしまうとは。

 それに言っちゃ悪いが、最後なんか一方的な勝負に見えた。

 

「メルム・グリンデルバルド。僕の友達だよ」

 

「なるほど、彼女が有名なスリザリン生か。出る杭は打たれるって言うけれど……彼女は、打たれてもびくともしなかったね」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 決闘クラブが終わって数時間後、ボクらはギルデロイの部屋に再集結していた。

 ソファーに腰掛けるボクの前では、ギルデロイとグリムソンが剣呑なやり取りを繰り広げている。

 

「お前のケツを私達が拭ってやっている間、お前は何をやっていた!」

 

「もちろん、この部屋で待機してましたね!」

 

「待機? この鶏小屋で、ティータイムを楽しんでたんだろうが!」

 

「私だって色々忙しいんですよ。貴方みたいな老い先短い爺さんと違うんです!」

 

「全部自分で蒔いた種だろう。自分の尻くらい自分で拭きやがれ、この役立たず!」

 

「約立たず!? この老害が!」

 

「なんだと!」

 

 元々、この二人は犬猿の仲だ。

 個性の違いと言えば聞こえはいいが、単に気が合わないだけ。

 そんな連中も纏めなければならないというのは、本当に面倒臭い。

 

「大体、貴方だってメルムの依頼をこなせてないじゃないですか。それとも依頼の方は忘れましたか。魔法省に言われた通り、ダンブルドア校長の尻の穴でも調べていたんですかね!」

 

「このガキ、言わせておけば……そのニワトリみたいな細い足をへし折ってやる、ボキッとな!」

 

「おっと! ……怖いですねぇ。大戦末期の爺さんは、すぐに暴力に訴えようとする」

 

 面白いから若干放置していたが、いい加減に頃合いだ。

 このままだとデカいミートパイが出来上がる。

 もちろんミートパイになるのは、闇の防衛術の先生の方。

 これ以上の面倒事はごめんだ。

 言い争いを強制的に中断させるべく、座ったままボクは声を上げる。

 

「おーい、ブラッドバスはごめんだよ。下らないお喋りは止めにして、そろそろ席に着いて欲しいね」

 

「おぉメルム! 下らない言い争いですと? これは歴とした主義主張です。意思の衝突ですよ!」

 

 即座に反応したギルデロイがよく分からない事を囀る。

 小説の腕がどれくらいかは知らないけど、少なくとも人をイラッとさせる能力は一流だ。

 ギルデロイの細い体を押し除け、グリムソンが唸るように懇願する。

 

「お嬢、一言仰って下さい。このボンクラを廃棄すると。明け方まではまだ時間がある。バラバラにしたこいつを森番の畑に撒いてやる」

 

 その案は魅力的だが不採用だ。

 私はニッコリ笑うと

 

「もう一度言うぞ。黙れ、席に着け。これでも理解出来ないなら杖で理解させるぞ」

 

「「……」」

 

 おぉ、二人とも賢い。

 私が懐に突っ込んだ杖を取り出すよりも早く、対面のソファに座った。

 最初からそうしてくれればいいのに。

 二人の態度に満足した私は、元々用意していた報酬の金貨が入った袋を机に置いた。

 

「ほい。これ、今回の報酬」

 

「……どうも」

 

 顔が強ばらせたまま、グリムソンが金貨の袋を恐る恐る受け取る。

 

「やっぱり餅は餅屋だね。こういう七面倒臭い案件は、アウトソーシングに限る」

 

「ポリジュース薬による入れ替わり。こういう手を思いつく辺り、お嬢は御大の血を引いてますな」

 

 今回の決闘クラブにいたギルデロイは偽物だ。

 タネは単純。前もってポリジュース薬を飲んだグリムソンと入れ替わって貰うだけ。

 決闘の腕がからきしな本物には部屋で待機して貰い、決闘の実力と魔法の知識が多彩な偽物が決闘クラブを進行させる。

 

「面倒だったのはポリジュース薬の入手くらい?」

 

「いいや違いますな。1番面倒だったのは、傲慢な馬鹿の真似です。私は実力をひけらかす行動は好かん」

 

「ふむ。それもそうか」

 

 無能である事を周りに悟らせないようにするって、案外難しいものだ。

 ギルデロイは目立ちたがり屋で、頼んでもいない余計な事をする。

 今回だって普通の教師を演じていれば、決闘ごっこをやって周りを丸め込むだけで済んだというのに。

 

「で、スネイプ先生はどうだった?」

 

「シンプルに強い。場数をそれなりに踏んでおります。ただ戦い方に癖がありますな。あれは闇祓いというより……闇の魔法使いに近い」

 

 やっぱりかあ、とボクは額に手をやった。

 ボクが一年の頃から、スリザリン寮では実しやかに囁かれている噂がある。

 

 ────セブルス・スネイプは元死喰い人である

 

 グリムソンの目に狂いはない。

 噂は真実だったと考えるべきだ。

 ダンブルドアも何を考えているのやら、教師が元死喰い人なんて悪い冗談だ。

 ボクは、改めてグリムソンに労いの言葉をかける。

 

「本当に今回はよくやってくれたよ。グリムソンじゃなきゃ上手くいかなかった。感謝してるよ」

 

「上手く、ね。お嬢の決闘が余計でしたけどね」

 

「……それ言っちゃう? 勘弁してよ」

 

 ボクは大きく溜息をつき、ロリポップを口に放り込む。

 存外、ストレスが溜まっていたのか。

 ボリボリと齧られたロリポップが、口の中で溶けていく。

 

「温い学生生活のせいかな。他人を馬鹿にしても顔面を殴られない、と勘違いしている馬鹿が多すぎる」

 

「それは同意しますがね。気分次第で杖を振り回すのはやめて貰いたい。ロクシアスに仕えたつもりはないんでね」

 

 ガリオン金貨を数えながら、グリムソンが呆れたように言う。

 老人の苦言は真っ当なもので、ボクはゴホンと咳払いをするしかなかった。

 

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