ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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魔法使いは己に流れる血に抗えない。

勿論、紡いできた歴史にも。

だから、そこにはきっと意味がある。



#003 入学式

 

 短いようで長かった汽車の旅も、ネビルが数多の菓子を平らげる頃には終了。

 なんと喜ぶべきことに、あの重い荷物は学校まで屋敷しもべが届けてくれるらしい。

 ガッツポーズするくらいには、高揚していたボクの気分。

 しかしそれも長続きはせず、森番のハグリッドが先導するボートに揺られる頃には、ドン底だった。

 

「最悪……文明人なら飛行機を使おうよ、飛行機を」

 

 船酔いからくる猛烈な吐き気を堪え、水面を覗けば麗しの水中人(マーピープル)の悪戯っぽい目。

 

 お世辞にも可愛いとは言い難い顔。吐き気はさらに加速。

 クソッタレが。

 人魚なら人魚らしく、美形で現れて欲しい。

 

「あらあら、結構好かれてるみたいじゃない。お似合いだわ」

 

 同舟した女の子が、何か言っている。

 残念ながら船酔いでグロッキーなボクは、それに構っていられるほど精神的余裕がない。

 

「……うっ……うっ……」

 

「ちょっと! 吐くなら、湖にしてよね。汚物と一緒に船旅なんて御免だわ」

 

 よし、決めた。

 入学初日で気が引けるけど、この子の顔面に胃の中身ぶちまけてやる。

 胃はムカムカし続けるだろうが、気分はスッキリする筈だ。

 

「パンジー、船酔いしてるみたいだから絡むのは止してやりな。綺麗な女の子を苛めたって、あんたのブルドッグみたいな顔は良くならないんだからねえ」

 

「は? それどういう意味よ!」

 

「諦めろってことさね」

 

 優しい同級生の登場に、ボクは歓喜する。

 ハスキーボイスで毒を吐いた女の子が、私の背を摩ってくれる。

 

(……やけに大きな手だな。ゴツゴツしてるし)

 

「女の子なら、素手で白黒つけるべきだよ。そうは思わないかい?」

 

 振り返ると、ローブを纏った鉄塊がいた。

 正確には、鉄塊のような少女だ。

 

「ミリセント・ブルストロードだよ。よろしくね、ちっちゃい子」

 

 息を飲んで固まるボクに、差し出される手。

 それは少女の手と言うには、あまりにも武骨すぎた。

 肉体もそこいらの少年達と比べて、大きく、ぶ厚く、見るからに重い。

 マルフォイの取り巻きであるクラッブとゴイルを合体させて、滅茶苦茶にトレーニングさせたような体躯。

 厳しい鍛錬を感じさせる柔道耳。

 鉄塊のような全身から、彼女の荒々しさが伝わってくる。

 

「う、うん。メルムだよ……よろしく」

 

 おずおずと差し出された手を握るも、彼女は握り返してこない。

 訝しんで顔を上げると、ミリセントは困ったように苦笑していた。

 

「私は握力が強過ぎてね。握手すると、相手が手を痛めちまうのさね……だから申し訳ないけど、これで許してちょうだいな」

 

 どんな握力だろうか。

 凄まじい娘が同級生になってしまった。

 そうこうしているうちに、一年を乗せた船団はそびえ立つ巨大な城の崖下に到着する。

 

「頭、下げぇ!」

 

 ハグリッドの野太い声に従い、頭を下げて蔦のカーテンを避ければ、そこはもう城の真下。

 着くなり、ボロ船から慌てて飛び出したボクは、地下の船着場に降りる。

 岩と小石がジャリジャリと鳴らす音は、何故だか知らないが非常に懐かしい。

 

「ちょっとメルム……今、大丈夫?」

 

「ん?」

 

 誰かと思えば、ネビルだった。

 そんなに焦った顔をして、一体どうしたというんだろう。

 

「あのさ……ぐすっ……ばだ、トレバーが居なぐなっぢゃったんだ……」

 

「もうペット変えたら?」

 

 城に到着し、ハグリッドから一年生の案内を引き継いだのは、副校長らしき女魔法使いだった。

 見るからに厳格そうな顔つき。

 不正など生ゴミよりも嫌いそうな彼女は、ミネルバ・マクゴナガルと名乗った。

 

「これより新入生の歓迎会が始まりますが、大広間の席に着く前に、皆さんの入る寮を決めなくてはなりません。しかるに────」

 

 ドゴンッ! とマクゴナガル先生の説明を遮るように響く轟音。

 一拍置いて落下してきたのは、マルフォイの子分。

 しかも、デブの方だ。

 落下の衝撃で、ボクの足元が震える。

 ギラリと光る眼鏡。

 肩を怒らせたマクゴナガル先生は、倒れたクラッブに近づいてため息を吐いた。

 

「これはこれはまぁ……一体、どういう事なのですか」

 

「……」

 

 応えはない。

 そりゃあそうだ。奴は完全に気絶している。

 代わりに先生の質問に答えたのは、拳を振り抜いた形で止まっていたミリセントだった。

 

「私が彼を殴りました。彼がバカにしてきたので……だからその、申し訳ないです」

 

「……貴女は?」

 

 ぬぅっと目の前に現れた、鍛え抜かれた肉体。

 子供の中でも抜きん出た身体を見て、さしものマクゴナガル先生も呆気に取られていた。

 

(うん。その反応になるよね。1年生の身体付きじゃないもん)

 

「ミリセント・ブルストロードです、先生。そこで伸びている彼は、ビンセント・クラッブって言います。彼、酷いんです。私のことを、まるでオークだって。自分だってトロールみたいな図体しているくせに」

 

「そうなのですか? ミスター・クラッブ」

 

 混乱の極みだったのか、マクゴナガル先生は気絶したままの彼に、再び問い掛ける

 返事の代わりに、ばびっという音が鳴った。

 ボクは少しだけ、このクラッブという少年を見直す。

 まさか先生の質問に対して、放屁で答えるとは。

 中々出来ることじゃない。

 

「誰が屁で答えろと言いましたか、ミスター・クラッブ!」

 

 鼻を摘んだマクゴナガル先生が、デブを足で小突く。

 やはり、反応はない。

 今は何を言っても無駄だ。

 それを理解したマクゴナガル先生は、呆れた様子で肩を落とした。

 

「ミス・ブルストロード。組み分けの儀が終わり次第、貴女の処遇を寮監に委ねます。食事が終わっても残るように」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 その後、マクゴナガル先生は組み分けの儀式についての説明を終えると、クラッブを医務室に連れていく為、足早に退出してしまった。

 話は大体、ハーマイオニーが言っていた事と同じだ。

 ホグワーツ魔法魔術学校には、まず四つの寮がある。

 創立者の名前にちなんだ、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。

 生徒はそれぞれの寮に分かれて卒業まで生活し、同学年で同寮の生徒たちを一つのクラスとして、授業を行う。

 

 そして、生徒達の学生生活を左右する寮の選択は、組み分け帽子とやらが担当するらしい。

 この帽子がくせ者で、四人の創設者によって知恵を吹き込まれたらしく、帽子のくせに意志がある。

 生徒の性格や希望を取り入れた上で、寮決めを行うのだとか。

 生徒が組分け帽子を被ると、彼らの望む徳目や希望を取り入れた帽子が、四寮から最適の寮を宣言するという。

 

 またこの学校には、寮対抗杯というシステムが存在しており、生徒の態度が良ければ得点を追加し、悪ければ減点をする。

 己の行動が、そのまま寮全体を左右するという事に他ならない。

 

 簡単に言うと連帯責任って奴だ。

 

 ハーマイオニーが得意そうに話していた事だが、これはイギリスのパブリックスクールにはよく見られることであるらしい。

 得点っていう、わかりやすい尺度によって教育を楽にするためだとは思うが、何とも面倒くさい話だ。

 

「ねぇメルム。僕らはどの寮に決まるんだろ……」

 

 話す人もいないのか、ちょこちょこと寄ってきたネビルがボクに話しかけてくる。

 どうせ、組み分けの儀式の準備を終えるまで暇ではあるのだし、会話に付き合って暇を潰すのもいいかもしれない。

 

「前にも話したと思うけど、ボクはレイブンクローかな。スリザリンは純血主義が強そうだし、ハッフルパフは肌に合わないからパス。グリフィンドールの騎士道もよく分からないし。そういうネビルは、どの寮に入りたいの?」

 

「ぼ、僕はスリザリンでなきゃどこでも良いかな……スリザリンだけは嫌だ。うん……スリザリンだけは、ダメなんだ」

 

 頑なに言い張るな。

 思い詰めるように、ヒキガエルを握り締めるネビルの姿は、悲壮感すら感じられる。

 あと、トレバーが飼い主を好きにならない理由がようやく分かった。

 ペットへの接し方が絶望的に下手だ。

 

「ふぅん。スリザリンが嫌なんだ? 君は」

 

 む、この声は。

 断りもなく会話に割り込んできた無礼者を、ちらりとボクは見る。

 そこには予想通り、先ほど腰巾着をダウンされたマルフォイがいた。

 

「君は見たことがあるな。ロングボトム家の子だろう。ご両親は元気?」

 

 暫くイギリス魔法界を離れていた為、そこら辺の事情に疎かったボクには、ただの無神経な社交辞令に聞こえたがどうにも違うらしい。

 なんとネビルが、可愛らしい丸々の顔を真っ赤にさせて、マルフォイを睨みつけている。

 

「君のご両親は、とっても優秀な闇払いだったらしいねぇ。父上から聞いたよ。確か、例のあの人を追っかけ回している内に、石につまづいて頭を打ってバカになってしまったって」

 

 ベラベラ喋るマルフォイ少年。

 彼の背後では、もう一人の腰巾着であるゴイルが拳をポキポキと鳴らしている。

 反撃されてもノープロブレムって感じだ。

 

(凄いなあ。よくもここまで人の癇に障る発言がポンポン出てくるもんだ。こいつの頭の中を見てみたい)

 

 服屋の時もそうだが、人を煽る能力がカンストしているとしか思えない。

 

「グリフィンドールらしい、天晴れな最後じゃないか。聞いた所だと、二人とも窓ガラスに向けてこう言うらしいね。あなたはだあれ? わたしはだあれ? ここはどこーって。まったく栄誉の負傷じゃないか」

 

 ドッと、彼の周りのお嬢様やご子息が爆笑する。

 お育ちは所作を取り繕えるが、その品性までは隠し通せない。残念無念。

 

(まぁボクには関係ないし、やらせとこ)

 

 このガキどもは終わってる。品もない。

 正直ぶっ潰してやりたいし、荒事は大好きだ。

 だが、入学早々な上に周りの目もある。

 参戦した結果、ボクが危ない奴だ、という認識をされる方が大損である。

 鼻息荒く、ネビルがゴイルへと一歩踏み出していく。

 おぉ、完全にやる気だ。

 

 ────さ、行きますよ

 

 爆発したネビルとゴイルが衝突する一瞬手前、厳しい声がした。

 誰かと思えば、マクゴナガル先生の再登場である。

 どうやら、厄介事の匂いを敏感に察知したらしい。

 眼鏡の奥からの鋭い視線が、ボク達を舐めるように見回した。

 流石に先生の前でやらかす気はないのか、一触即発の空気が緩む。

 

「……命拾いしたね」

 

 そう言ってマルフォイ少年は、ゴイルを引き連れそそくさと生徒の群れの中に消えていった。

 その様子をギラリとした眼鏡で追いつつ、ここで追求する気はないのか、マクゴナガル先生はマントを翻した。

 

「組み分けの儀式がまもなく始まります。さぁ一列になって。ついてきて下さい」

 

 ボク達が通されたのは、大広間だった。

 その広大さには、お屋敷育ちのご息女ご子息達をも感嘆させるものらしい。

 あちこちから息を呑む気配が伝わってくる。

 

 宙に浮いた何千の蝋燭に照らされるようにして、存在感を放つ四つの長テーブル。

 そこには、金色の皿やゴブレットが置かれており、肩に乗っているゴールディが目を輝かせた。

 ニフラーとしては、たまらないものがあるらしい。

 

(……多いな)

 

 何百人もの上級生達。

 既に、それぞれの寮らしき長テーブルに座した彼らは、一様に此方を見ていた。

 その顔は蝋燭に照らされ、まるで青いランタンを想起させる。

 新入生のボク達は、まるで出来の悪い見世物だ。

 緊張感からため息を吐いて、上座である教師用の五つ目のテーブルに、ボクは視線を向ける。

 

「あれが、アルバス・ダンブルドア……」

 

 キラキラしたブルーの瞳、半月型の眼鏡、その長い鼻は少なくとも二回は折れ曲がっている。

 髭と髪の長さ、そして皺の深さはその歳を想像させるに難くない。

 まったく、どこぞのボロ雑巾と大違いである。

 よほど良い歳の取り方をしているらしい。

 あまりジロジロ見るのもおかしな話なので、ボクはさっと視線を天井へと逃す。

 

「うわぁ……!」

 

 感動のあまり、思わず声が出た。

 それくらい天井に掛けられた魔法は素晴らしく、何とも綺麗だったのだ。

 旅の中、やむなく草原で野宿した頭上に広がっていた景色そのもの。

 天井一面に広がる満天の星空は、城を透かして空が見えると錯覚するくらい見事な出来だった。

 

「〜〜〜〜♪」

 

「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

 

「ん?」

 

 これはどうしたことだろうか。

 いつの間にか目の前に四本足の椅子が置かれ、その上に古ぼけたとんがり帽子が用意されている。

 おまけに鍔のへりの部分が口のように裂けて、寮への賛歌まで歌っている。

 どうやら天井の光景に見とれている内に、組み分けの儀式は結構進められてしまったらしい。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、椅子に座って帽子を被りなさい……アボット、ハンナ!!」

 

 ここでの組み分けとは、あの古帽子を頭に被って決めるようだ。

 記念すべき一人目である金髪のおさげの少女が、緊張しつつ椅子に座り帽子を被る。

 深々と被ったせいか、女の子は目元まで隠れてしまった。随分と大きい帽子だ。

 

「ハッフルパフ!!」

 

 一瞬の沈黙の後、帽子の一声。

 右側のテーブルから、爆発するような歓声が上がる。

 

「フィネガン、シェーマス!」

 

「グリフィンドール!!」

 

「グレンジャー、ハーマイオニー!」

 

「グリフィンドール!!」

 

 マクゴナガル先生の呼ぶ声に従い、粛々と進められていく組み分けの儀式。

 ハーマイオニーは念願のグリフィンドールになったようだ。

 歓声が聞こえる。

 どうやらあの寮は、騎士道だけでなくお節介焼きも受け入れる心の広い寮らしい。

 

「さて」

 

 アルファベット順に行けば、ボクの番は次かその次ってところだろう。

 そっと爺様から貰ったアクセサリーを、ボクは首元に着ける。

 

「……ぐ、グリンデルバルド、メルム!」

 

 お呼びが掛かった。

 乙女らしく静々と、しかし堂々とボクは椅子の前に向かう。

 椅子の前では、困惑したような顔のマクゴナガル先生が、帽子を手にしてボクをじっと見つめていた。

 

(ほ、こっちじゃ珍しい反応だね)

 

 畏怖の視線。強ばった顔。見慣れた表情。

 あれは知っている目だ。

 ボクのことはともかくとして、祖父が仕出かしてきたことは確実に。

 見たところ、マクゴナガル先生はご年配の方だ。

 彼女が知っていても、別段に不思議な話ではない。

 それよりも────

 

(参ったな。ちらほら気づいてる奴もいる)

 

 上級生達が座る長テーブルの席から、明らかに友好的ではない視線が無数に飛んできている。

 数こそ比較的少ないが、この反応は流石に心が折れそうだ。

 悪い噂というのが日を跨がずに回るのを、ボクは今まで嫌というほど経験している。

 そして大抵、後でその事実を知った輩の方がタチが悪いという事も。

 

(……イライラするなあ)

 

 言うまでもなく、ボクとゲラート・グリンデルバルドとかいう大悪党は、血が繋がっているだけでまったくの別物だ。

 ヒトには、それぞれ個性がある。

 多少似通う事はあれど、まったく同じになるということはありえない。

 それは当然の話で、異論を挟む余地などない。

 だというのに皆、口々にこう言うのだ。

 

 ────あの大悪党の孫娘だ。火種は消さないと、再び大きな災禍を招く事となるぞ! 

 

 ────どの面下げて街を歩いているのかしら。私の祖母は、あのキチガイに殺されたのよ!? 

 

 ────聞いたぞ、お前のこと。マグルも魔法使いも無差別に殺して回ったテロリストの孫なんだろう。俺が排除してやる! 

 

 酷い話だ。

 ボクが一人なのに対して、向こうは数が多すぎる。

 所詮はグリンデルバルド。悪党の孫。どこまでいってもマイノリティでしかない。

 何よりも苛立たしいのは、本来は爺様が背負うべき業を、何の関係もないボクが背負っていることだ。

 まったく理不尽な話だと思う。

 

「先生、帽子を被せて戴いてもよろしいでしょうか」

 

「っ……えぇ」

 

 カポッと、どデカい組み分け帽子が被せられる。

 視界を封じられるのは不快だが、我慢しよう。

 どうせ見えていても、気分が良くなることはないのだから。

 それを証明するかのように、新入生はおろか上級生達も皆、借りてきた猫のように静かになっている。

 

「まったく、そんなに他人が気になるもんかな。理解出来ないね」

 

 小声でそう毒づきながら、ボクは深々と椅子に座る。

 そう、このクソ帽子による実に不快な心の中での対談が待っているなど露程も思わず。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ぐ、グリンデルバルド、メルム!!」

 

 とうとうこの日が来た。来てしまった。

 和やかな雰囲気で各教諭が顔を綻ばせる中、アルバス・ダンブルドアは一人だけ笑いもせずに俯く。

 勿論、今さらダンブルドアの中にグリンデルバルドの血族に対する凝りはないと言っていい。

 七十年も前の話だ。自分は鮮明に覚えてこそいるが、大抵の魔法使いの記憶には埃が被っている。

 そう信じて疑わなかった。

 

(……これほどの時が経ってもか)

 

 ダンブルドアの笑みを躊躇わせていたのは、グリンデルバルドへの凝りなどではない。

 彼女の登場へ、皆の見せる露骨なまでの好奇心であった。

 ダンブルドアは、これからその感情が嫌悪、そして悪意にすら変わることを知っている。

 

(ゲラート、これがお主がしてきたことの業なのじゃな)

 

 例年通りの豪華で楽しげな雰囲気の中、細い緊張の糸が張り詰めている。

 

 やはり、虐げられてきた者達の恨みは根強い。

 

 ただ、それは加害者側も同じこと。

 グリンデルバルドの血族も、”黒い魔法使い”の敗北から七十年にも渡って虐げられてきた。

 老人は、メルム・ヴォーティガン・グリンデルバルドの凡その遍歴を知っている。

 

 まず六歳の頃、彼女は両親と妹を、闇の魔法使いによる襲撃によって亡くしている。引き取り手は無し。自動的にマグルの孤児施設へと入院。

 

 続いて七歳の頃、なけなしの施設まで火事によって炎上。出火の原因は、通常の炎ではなく、現場には色濃い闇の魔法の痕跡が遺されていた。

 

 その後、ニュート・スキャマンダーが彼女の保護者として指名され、当時、少女と交流があったアラスター・ムーディが指導役として名乗りを挙げる。

 幼い少女は、自ら望んで現役の闇祓いに混ざり、過酷な自衛の訓練を二年間続けていく事となる。

 

 やがて九歳の誕生日を迎えたある日、少女は各国を転々とする事を決意、放浪の旅に出た。

 あまりにも、不幸な出来事が重なった末の行動であり、スキャマンダー一家も止める事が躊躇われたのだという。

 

(理不尽極まりない話じゃ。そこまでの不幸を、彼女が背負わねばならん道理もあるまい。グリンデルバルドの災禍は、ゲラート一人のもの。血族は関係ないじゃろうに)

 

 とはいえ、良くも悪くも魔法使いにとって血とは重要なものだ。

 その証拠に、本校の入学許可を彼女に出した事によって生じた猛抗議は、凄まじかった。

 連日の対処に終われ、寝不足の目をしばたたきながら、ダンブルドアは夜空の映る天井を見上げる。

 

 ────ダンブルドア。どうして、こうなる前にもっと早く手を打たんかった

 

 ────儂の預かり知らぬ事じゃった。彼奴に子がいるなど、知りようもなかった。実に巧妙に隠されておったのじゃよ

 

 ────戯言を。仮にそれが事実だとしよう。だが、少なくともあの1家の事件はあんたの所にも報告が行った筈だ。しかし、頑なにあんたは動かなかった

 

 ────……無論、孤児院に生き残りがおる事は把握しておったとも

 

 ────その孤児院も燃えて跡形も失くなったがな……魔法力の暴走だ。そんな風になるまで虐げられたあの子の気持ちを考えると、儂はやりきれん。人間として見られない悔しさが、あんたに分かるか? 

 

 ────これを聴け……焼き出せグリンデルバルド♪ テロリストの一族は皆殺し♪ 因果はやがては返ってくる♪ 燃やせや燃やせ♪ こんな醜い歌を、他のガキ共が鼻歌交じりに歌っておったんだ! 何度も! あやつに石を投げつけながらな! 

 

 ────それは……

 

 ────両親も、妹も、住むべき場所さえ奪われたあやつが、なんでこんな目に合わなけりゃならない! 

 

 唇をわなわなと震わしながら、そう叫んだ闇祓い(オーラー)アラスター・ムーディを思い出す。

 恐らくその光景は、歴戦の闇祓いがかつて目にした、どんな戦場の凄惨さとも違ったものだったのだろう。

 メルム・グリンデルバルドがイギリスを発った日、まるで見届けたかのように、アラスターは闇祓いの一線から退いた。

 

 ────綱渡りをするにも、もう歳だ。ケリをつけるにゃ良い機会だと思ったのだ。別に、コイツ(闇祓い)が誇れる稼業というわけでもないしな

 

 そう言い残して。

 ヴォーティガン一家襲撃事件の発端は、闇祓い達によって追い詰められた死喰い人(デス・イーター)の残党による凶行だったと聞く。

 犯人達の供述は、『かつて闇の魔法使いの頂点に君臨した男の一族。我が君を復活させる秘術を、必ずや知っていると思った』である。

 

 正気の沙汰ではない。幼子を拷問にかけ殺した凶行からもそれは伺える。

 癒者の見立てでは、長年の逃亡生活による精神の磨耗と診断された。

 

 事態の顛末を聞かされたアラスターは憔悴した。

 当時、彼は死喰い人狩りの主導者だった。

 自分が不必要に死喰い人(デス・イーター)を追い詰め過ぎた結果、何の罪も無い彼女の家族を殺したのだと悟ったのだろう。

 

 カッ、カッ、カッ。

 

 大理石を歩む音が、どよめきの中でもハッキリ分かる。

 堂々と散歩でもするかのように、椅子へと向かうのは小柄な少女。

 透き通るような銀の長髪、無機質な翡翠の瞳。

 感情をあまり感じさせない色白の端正な顔。

 

「……」

 

 あぁ! あぁ!! 

 性別こそ違うが、見る者をハッとさせる美貌も独特の威圧感も、在りし日の奴と瓜二つだ。

 最もダンブルドアが注視したのは、少女の首にぶら下がる”彼”を象徴するアクセサリーだった。

 三角形の中に、丸と一本の縦線が入ったあの造りは”彼”の血族である事を、如実に語っている。

 

 三つの角は、”死”から身を隠すマントを。

 

 丸い円は、”死”を辱める石を。

 

 そして縦線は、”死”から賜った最強の杖を。

 

 在りし日の野望、夢見た理想、亡くした者。

 それらがいっぺんに脳裏を掠め、胸いっぱいになる。

 若き魔法使いの愚かさに振り回された人々がいた。代償はあまりにも大きかった。

 静かに大魔法使い(ダンブルドア)は、首を横に振る。

 

(それは風化した過去の遺物じゃ。過ぎ去った淡い夢に過ぎん)

 

 ゲラート・グリンデルバルドが投獄されてから、七十年もの月日が経った。

 若かりし頃の、あの滾るような野心も長過ぎた年月に流されてしまった。

 おまけに失ったモノを取り戻そうにも、時がお互いに経ち過ぎている。

 

「もはや君の為そうとした夢を、真の意味で理解している者が何人残っているのやら」

 

 忘れられかけているイデオロギー、激動の歴史、連綿と紡がれていく鮮血。

 それでも、畏れは受け継がれていく。

 今を生きていかねばならない少女の苦しみを、知るべくもなく。

 

「ビックリ箱を開けるような心境じゃが。じっくりと見守らせてもらおうかの」

 

 人生も、物事も、時には単純に捉えて生きていく事が大切だ。

 少なくともそれは、全てに決着が着いたあの日から今に掛けて学べた、数少ない教訓であった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

『不思議なものだ。遥か昔に置き去りにされた、ダンブルドアとグリンデルバルドの因縁。それが、こんな所で再び芽吹くとは。この血筋の者だけは来る事がないと思いつつ、それでも私は君が来たことに驚きを感じてはいないよ。ようこそ、ホグワーツへ』

 

 耳の中というよりは、心に語り掛けてくる組み分け帽子の仰々しい挨拶に、ボクは苦笑いする。

 組み分けというのは、中々どうして面白い。

 寮決めには、どうやら生徒の思想や資質だけではなく、その者の持つ血筋まで見るらしい。

 この学校は、案外血を重視する傾向なのだろうか。

 

『そこは安心したまえ。私は、サラザールのような選民思想は持ち合わせてなどいない。血は重要でこそあるが、魔術を習う者、その資格の有無を判断する材料とは成り得ないのだよ』

 

 組み分け帽子の話を纏めると、血筋そのものに意味はないらしい。

 マグルであろうが、魔法族であろうが、巨人族であろうが、一定の魔法力を持つと判断された者にだけしか、そもそも招待状は届かないという。

 

『誤解しているようだが。私が見るのは全てなのだよ、フロイライン。その身に流れる血から才能を見出し、心を眺めて資質を探り当てる。君のように、偶に分かりづらい子がいるのが頭痛の種だが』

 

(へぇ、帽子にも頭痛ってあるんだ意外)

 

 さり気なく、ボクの事を問題児扱いしたことは流す。

 恐らく問題児になる事は間違いないからだ。

 とはいえ、それだけで端的に寮決めをされても困る。

 

(厳正な判断を求めるよ。まぁボクの行きたい寮は分かっているだろうし、簡単だと思うけど)

 

『ふむふむ。もちろん君の望みも理解しているとも。その身に満ちている魔法力。溢れんばかりにある才能。君が思っている通り、君はレイブンクローの資質を十二分に持ち合わせている。そして自覚は無いかもしれないが、自分より強大な者へ媚びず、立ち向かうという気高さはグリフィンドール向きでもあるのだ────しかし、どうにも困ったことに、それらの才能を他者の為に振るおうという、意思や思いやりが一欠片もない』

 

(当然でしょ。それがどうかした?)

 

 魔法とは、魔法力とは、自衛の手段だ。

 持っていなければ搾取される。今までスクイブが、各国でそうやって差別されるのを腐るほど見てきた。

 牙は研がねば使えない。

 持たざる者は、ただ死んでいく。

 そう教えられた。

 だから、己の力を他人の為に振るうという発想自体、ボクにとって新鮮なものだった。

 

(弱者を助けるヒーローなんて、今どき流行らないでしょ)

 

 博愛精神ですら、利害関係が複雑に絡んでいる時代なのだ。

 純度100%の施しの精神なんてものが、本当に存在するとは思えない。

 ヒトがそこまで綺麗なものだとは、ボクは到底信じられない。

 

『そう。君は酷く狡猾で、他者との共感性に著しく欠けている側面がある。誇りや勇猛さに意味を見出さず、どんな手を使ってでも成果を出せば良いという悪辣さがあるのだ。しかもそんな醜い己の性も、冷静に俯瞰して尚良しとしている。違うかね?』

 

(……ハズレではないかな。イイ線いってる)

 

 こうまで自分の内側を(あげつら)われたのは、爺様と初めて会った時以来かもしれない。

 中々どうして、組み分けという儀式も馬鹿にできない。

 マグルでいうところの性格診断(エゴグラム)だ。それもかなり精度の高い。

 

『どうするかね。グリフィンドールであれば、その気高さを。スリザリンであれば、その狡猾さを。どちらにせよ、偉大なる道が開ける事は間違いない』

 

(……は? ハッフルパフとレイブンクローはどこ行ったの)

 

 ボクは、レイブンクローが良いのだ。

 今、組み分け帽子が挙げた選択肢に、レイブンクローは存在しない。

 組み分け帽子お勧めのグリフィンドールだが、個人的に言わせて貰えば、気高さなんて持っていても腹の足しにはならない。

 寧ろ、今までの人生でどれだけプライドを捨てられるかが生き残る秘訣だったので、そもそも必要としていない。

 泥水を啜ってでも生き残った方が勝者だ。

 狡猾さに至っては、個人的に小ズルいという可愛い評価のままでいたい。

 

『そうか。それでだが、私としては君のその性格は酷くある寮に向いていると思うのだ』

 

 ……ちょっと待とうか。良くない流れだ。

 

(ねぇ、ここは普通にレイブンクローって叫ぶところじゃないの?)

 

『そうかね。君はそう思うのかね。君がそう思うのなら、そうかもしれないな。ちなみに、私はそうは思わない』

 

(失礼なことを言わせて貰うけど。組み分け帽子さん、まったく人の話聞いてないよね。耳ちゃんと付いてる? あ、付いてないか)

 

『本当に失礼だな……ゴホン!! 残念ながら、寮の組み分けは性質の似た者同士を切磋琢磨させられるよう、ふるい分けする側面も持ち合わせている。まったくの無関係というわけではないのだよ』

 

 さっき、レイブンクローの資質は十二分にあるって言っていた気がするが、それはどうしたのだろう。

 組み分け帽子にも認知症があるのかもしれない。ありえる話だ。

 この帽子は学校設立当初からあるらしいし、相当な年月が経っている。

 

(まぁそのことは置いといて。そもそも組み分けは、性格云々の話じゃないでしょ。判定基準には、生徒の意向を慮ったものになるって聞いてるよ)

 

『そんな時代もあった。若かったのだ、あの頃は。今は気に入らない奴を、ドンドン希望とまったく別の寮にぶち込む事にしている。さぁスリザリンが良いかね? あるいはスリザリン? どうしてもというならスリザリンにするが』

 

 なんと、まさかのスリザリン一択。

 とうとう、グリフィンドールすら無くなった。

 この学校の寮は、いつから一つになったのだろうか。

 今の今まで散々酷い目に合ってきたんだから、せめて寮決めの時くらい、自分の好きな寮に入りたかったのだが。

 

(つくづく不幸だ。いや……それは爺様の血を受け継いで生を受けたその日からか)

 

『それは違うぞ。ゲラート・グリンデルバルドの孫よ。君の不幸の原点は、そこではない筈だ』

 

 組み分け帽子の戯言に、珍しく私の表情筋が歪んだ。

 

(……お前に何が分かる。古帽子如きが)

 

『君は、自分の中の恐るべき力に気づいていない。君の不幸は、グリンデルバルドの名によって理不尽を被ってきた現実ではない。その現実を作り出したエネルギーに気づいていないことこそが、不幸なのだ。よく考えてみたまえよ。この広い欧州列強を相手に、かの魔法使いはたった一人で何十年も戦ったのだぞ』

 

 それは偉大なことなのだろうが、生憎なことにボクはそれを求めていない。

 ただ適度にスリリングで、刺激のある日常を謳歌したいだけの少女なのだ。

 

『ふむ。適度にスリリングで、刺激のある日常か。それは約束しよう。まぁ、君には見えているのだろうがね。ならば、私は君の見えていない未来を予言しよう。君が様々な困難を乗り越えた暁には、誰よりも偉大な魔法使いになれるだろう、と』

 

(様々な困難なんて、求めていないんだけど)

 

『その立場上、君を利用したり杖を振り翳す者も多くなるだろうが、あえて言おう。強者たれ、と! 君がどう運命に立ち向かって、成長していくのか。今から非常に楽しみだよ』

 

 待って欲しい。

 ボクの名前はグリンデルバルドだ。テロリストの孫だ。

 

(ただでさえ評判の悪い寮なんでしょ? そんな所にぶち込まれたら、絶対に危ない奴だって勘違いされちゃうんだけど)

 

『それは勘違いではない……さて。この寮ならば、必ずやその狡猾さと実力を以て、君は真の強者たりえるだろう。よって』

 

(友達出来なくなっちゃ)

 

「────スリザリン!!!」

 

「あーあ」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 意外と思われるかもしれないが、あの後ボクはあっさりと組み分けへの判定を受け入れ、不本意ながらスリザリンのテーブル席に着くこととなった。

 組み分け帽子には色々言ってやりたい事があったが、誠に残念なことに組み分けをするのはボクだけではない。

 ボクの後にも、続々と組み分けという名の処刑待ちをしている新入生がいる。

 

 かのハリー・ポッターもその一人だ。

 

「ポッター・ハリー!!」

 

「……グリフィンドールッ!!!」

 

「「「うおおお! やったぁ!!」」」

 

 少しの間、考え込んでいた組み分け帽子が、高らかに宣言する。

 それと同時に、スリザリンを除いた三寮のテーブルから溢れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 ハリー・ポッターは、”例のあの人”を退けた英雄だ。

 騎士道を重んずるグリフィンドールに彼が入るのは、当然といえば当然の采配だった。

 

「ハリー・ポッターだ! ウチの寮が戴いた!」

 

 似たような顔をした赤毛の二人など、椅子の上で小躍りしている。

 あちこちから湧き出る、嬉しそうな声。

 

(これひょっとしなくても、ボクの寮以外の全部の寮が祝福してない?)

 

 その人気っぷりに、思わずボクはため息をついた。

 羨ましい限りである。

 ボクのスリザリン行きが決まった時など、酷かった。

 拍手も疎らで、先輩も新入生も微妙な顔をしたものだ。

 というか

 

(うん。どう考えても警戒されてるよね)

 

 どうやらボクの名前に心当たりのあった優しい先輩方が、ありがたい伝説(ウワサ)を浸透させてくれていたようだった。

 お陰様で、ボクの後に組み分けを終えて右隣に座ってくれた少年もいたのだが、唐突に物凄くシャイになったらしく一言も喋ろうとしない。

 不思議なことに、視線すら向けないのだ。

 前方も、その隣も、皆揃って照れ屋さんらしい。

 他の皆は、楽しそうに自分がどのような血統かをお披露目したり、両親や祖父母の職業を出汁にマウントを取り合っている中、静かに天井を見上げるか俯いている。

 

(歓迎するフリくらいしてよ……)

 

 向こうはイギリス魔法界の救世主、此方は世界を股にかけた大悪党の孫娘。望むべくもない。残念無念。

 まるで勇者と魔王だ。

 同じ有名人で、こうも扱いが違うとなんか情けなくすらある。

 

「スリザリンに英雄を取られずに済んだ!」

 

「ナイスだ、グリフィンドール!!!」

 

 名指しで呼ばれるあたり、ボクの寮は大した嫌われようだ。

 並々ならぬシンパシーを感じる。

 嫌われ者のグリンデルバルドが、嫌われ者のスリザリンに入るのも皮肉なもんだ。

 

「はぁ……」

 

 改めてとんでもない所にぶち込まれた、とため息を吐く。

 下品で下世話なくせに皆揃って、プライドだけは山より高い。

 ボクの想像の十倍以上、純血思想が酷いのだ。

 純血狂いという言葉も、あながち間違ってはいなさそうである。

 

(念の為、グリンデルバルドの血族関係だけでも調べておいて良かったよ……あ、でも話す相手がいないから関係ないのか)

 

 マルフォイとの邂逅の後、自分の血筋に興味を覚えたボクは家系を独自に調べていた。

 結果、グリンデルバルド一族も純血ではある。

 懸念があるとすれば祖母の血筋だ。

 残念なことに、祖母の性であるヴォーティガンの名は古すぎたのか、辿る事は出来なかった。

 まぁ爺様の掲げたイデオロギーからして、マグルと契るのは絶対にありえないから心配してないが。

 

「君の一族の名は聞いたことがないな。本当に純血なのかい?」

 

「も、もちろんだよマルフォイ。僕の家は、3代続く名家で純血なんだ!」

 

 マルフォイの、実に楽しそうな会話が聞こえてくる。

 純血とは、かくも素晴らしいものであるらしい。

 誰も彼もが間の抜けた顔を揃えて、胸を張っている。

 

(血筋なんて、それこそ付加価値でしかないと思うんだけど)

 

 彼らは、このまま歪んだ思想を胸に抱いて、大人に成長していくのだろうか。

 ナンセンスとしか言い様がない。

 昔の爺様は、こういう連中の痒い所をくすぐって好き放題やっていたようだが、ボクはそこまで器用になれそうもない。

 力とは、誇りとは、自分の手で掴み取らなければ、意味がない。

 

(でも、血筋も無いよりかはある方がマシか。ペットとかも血統書付きの方が高く売れるし)

 

 思想を旗として掲げる趣味はないものの、それで学校生活に支障をきたすのは御免だ。

 純血という免罪符で楽に過ごせるなら、それに越したことはないのかもしれない。

 そんなことをボクが考えていると、ぬっとゴーストが目の前のテーブル席から唐突に姿を現した。

 

「うわっ……」

 

 予想だにしない所からの登場に、思わずボクの声がひっくり返る。

 虚ろな目、げっそりした顔、銀色の液体まみれの服。

 この銀色の液体は、もしかしなくても血だろうか。

 並みいるゴースト達の中でも、かなりグロテスクな部類に入る彼は、何故か空いているボクの隣にスっと座る。

 

「名誉あるスリザリンへようこそ、大君の血族よ。傲慢な竜が如き立ち振る舞いもそうだが、特筆に値するのはその血だ。多くの者達が、時代の波に晒され血を薄くしていく中、貴様の鮮烈は色褪せるどころか、更に輝きを増している。お会い出来て光栄だ、ヴォーティガン」

 

 差し出される手。

 仕方ないので渋々その手を取ると、ゴースト独特のなんとも言えない感覚が、ボクを襲ってくる。

 とても楽しそうに笑う彼には悪いが、正直隣に座らないで欲しい。

 心無しか他の寮生達との距離が、物理的にも更に開く。

 

「それにしても、面白い娘だ。ゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアとの因縁を知らぬわけもあるまいに、世界に数多ある学校の中から、わざわざ此処を学び舎として選ぶとは。いやはや、肝が座っているというか何というか」

 

 仕方ないだろう。

 イルヴァーモーニーは、飛行機から降りる前にアメリカ魔法界によってシャットアウト。

 ボーバトンは校風が合わない。

 ダームストラングは知って通り、グリンデルバルドの血族は出禁だ。

 まったくマーリンの髭。

 

 この学校とてそうだ。

 ダンブルドア校長が特権を使って、無理やりボクの名前を捩じ込んだ、とスキャマンダーさんが言っていた。

 いわゆるコネ入学という奴である。

 

(ねぇ爺様、檻の中で気づいてる? 貴方が素敵で楽しい世界旅行を愉快痛快に楽しんだ結果、皺寄せが全部こっちに来てるって)

 

 分かるわけないか。

 物理的にも、常識的な面でも、爺様とは距離が開きすぎている。

 

「貴方はその……えっと?」

 

「血みどろ男爵、そう呼んでくれ」

 

 見たまんまだ、それ。

 

「学ぶものをば選ぼうぞ。祖先が純血ならば良し。スリザリンの教育方針だ。とはいえ今の時代、純血だけを選ぶというにも限度がある。純血が必ずしもその叡智に結びつくかというと、甚だ疑しいしな。貴様がこの寮のことをどう思っているかは知らないが、半純血やマグル生まれの子息達がその資質を見抜かれて入る中、今スリザリンはその本質が剥き出しになっている状態だ。つまりは」

 

 ────俊敏狡猾なスリザリン。

 

 そう呟く彼は、どことなく不満げで、少し誇らしげだった。

 

「俊敏狡猾ってなんか嫌な響きじゃないですか? 叡智とか勇気とか、他の寮はもっと入りたくなる言葉を使っている気がしないでもないですけど」

 

「勇気や叡智は、その場になって初めて発揮されるものだ。そもそも争いにならぬよう、我々は狡猾に立ち回る。頭を働かせ、才能を駆使してな。血なまぐさい場にあって、初めて発揮される才能など馬鹿げている」

 

 なるほど、そういう考え方もあったのか。

 血みどろ男爵の容姿と真逆の正論に、目から鱗が落ちる思いでボクはうんうんと頷く。

 

「私は貴様の血にも語りかけているぞ、ヴォーティガン。我らは、狡猾でなければならない。血が血がと騒ぐだけの馬鹿が多くはなったが、本質はそこにあるのだ。寮の得点を稼げ。学校の規則は破っても良いが、バレるようなヘマは打つな。我らスリザリンは、六年もの間、寮杯を他の寮の手から守ってここまできている。これは他の新入生諸君にも言えることだが、寮憑きのゴーストとして、これまで繋いできた先輩達の努力が水の泡になるのは、どうにも忍びない。精々魔術の腕を磨き、その頭を働かせて如何に寮に貢献出来るか熟考して欲しいものだ」

 

 それでは。

 そう言ってまた現れた時と同じように、テーブルの中へと消えていく血みどろ男爵。

 ある程度自由にしても良いが、リスクリターンはちゃんと考えて賢く生きろということだ。まさに狡猾。

 

「流石はグリンデルバルド。来て早々、寮憑きに目をつけられたかい」

 

 肩を叩かれ、そんな言葉が浴びせられる。

 後ろを振り返ると、そこにはいつかの鉄塊がいた。

 

「ブルストロード……さん」

 

「やぁだねぇ。ミリセントってお呼びよ」

 

 フランクに話しかけてきたのはミリセント・ブルストロードだった。

 意外といえば意外。

 彼女はブルストロード家。

 純血であり、聖28一族だった筈。

 てっきりボクは、彼女もパーキンソン達の純血談義に参加していると思っていた。

 

「新入生歓迎会は楽しめてるかい?」

 

「残念ながら」

 

「だと思ったよ、シケたツラしてる。ま、そういうのは他にも何人か見受けられるがねえ」

 

 組み分けが終わり、新入生歓迎会へと流れが移行していく中、左隣の席に腰を掛けたミリセントは、ぐるりと周りを見渡して笑った。

 

「スリザリンは皆、高貴な一族の出だ。少なくとも、表ではそうなってる。だけどそんなワケはない。数が少ないから、純血はレアなのさね。この中に出自を偽ったマグル生まれが何人いるやら」

 

「君も血に固執するタイプ?」

 

「んにゃ、ここだけの話だがそれほど興味はないねぇ。純血が、いざという時にクソの役にも立たないことを有難いことに知ってる。私は、いつだって実力主義なんだ」

 

 拳を掲げて、ミリセントは豪語する。

 見たまんま彼女は戦闘気質らしい。

 純血主義に拘らない辺り、少しは見込みのある奴が来たかもだ。

 

「あんたはどうなんだい。グリンデルバルドといえば、純血主義の急先鋒だった。旧家の連中なら皆知ってる」

 

「70年前の話だよ。少なくとも、ボクは純血に価値を見出せない。そういう意味じゃ、実力主義なのかもね」

 

 ミリセントは、特に気分を害する事もなくガハハと笑った。

 彼女も純血だろうに。

 そんな意味を込めて見つめると、ミリセントは肩を竦める。

 

「今のご時世、血筋なんてのは結婚する時やお茶会の時にしか役に立たないのさね。そして、私はどっちにも興味がない。身体を動かすのが好きなんでねぇ」

 

「そんなもんかね?」

 

「そんなもんさね」

 

 言いたい事を言って満足したのか、ミリセントは貪るように料理を口に運ぶ。

 美味そうに食べるものだ。

 各国を回ったせいでボクの舌は肥え、既に故郷の味は口に合わなくなっていた。

 濃い味付けよりもボクは、あっさりとした料理の方が好きなのだ。

 その点、日本は良かった。様々な味がある。

 特に寿司なんて大好きだ。胃がもたれるまで食べられる。

 

「ダンブルドア校長は良い奴だ。皆は毛嫌いしているけど、私は好きだね。ちゃんと腹が減っているこっちに気を使って、長話を省略してくれたのは評価に値する」

 

「あれね。些か適当が過ぎるとは思うけど」

 

 ボクとしては、校長の長話というのは経験が無い為、聞いてみたい気もあったが。

 とはいえ、あまり実のない話を聞いていても苦痛だから、やはりあれで良かったのかもしれない。

 

「そういや、あんたはいつにも増して喋らないね。ノット」

 

 ローストビーフを、フォークで豪快に食いちぎったミリセントは、ボクの右隣に座っている男の子に話しかける。

 筋張ってひょろりとした子だ。

 ボクの背が低い事を除いても、同年代としては背の高い方だろう。

 

「……馬鹿言うなよ。世界を股をかけた闇の魔法使いの孫娘が怖いだけだから。影のようにひっそりとしているだけだから」

 

「しょうもない嘘をつくんじゃないよ。どうせ、いつものあがり症だろう? 可愛い子の隣に座ったは良いが、何を話していいか分からない。そう顔に書いてあるさね」

 

「そういうことは、分かっていても口に出さないんだよ。沈黙はガリオンってパパに教わらなかったか? 俺ならもう少し慎重に行くよ。人付き合いも、食事の仕方も」

 

 どうやら隣に座った彼は、本当にシャイなだけだったらしい。

 グリンデルバルドの名に怯えている様子もなかった。

 強いて言うなら、口が悪いことが彼の欠点である。

 

「こいつは、セオドール・ノット。家の付き合いで、昔から仲良くやってる腐れ縁さ。欠点は、あがり症と……あー箒に乗れないことかね」

 

「乗れないんじゃねぇよ。飛ばないだけ」

 

「はっは! おまけに強がりだった! 家の屋根より上はダメって、前に泣き言を抜かしてたのは忘れてないよ」

 

「空耳だろ。柔道のし過ぎで、聴覚がイカれちまったのさ」

 

 どうでもいいが、ボクを挟んで会話をしないで欲しい。

 唾が料理に飛び散ってしまう。

 

「君のことはなんて呼べば良い?」

 

「どっちでも。友好的に行くなら、セオドール」

 

「じゃあ、セオドールって呼ぼうかな。ところで、君はグリンデルバルドの名が怖くないの?」

 

 そう言うと、彼は呆気に取られたような顔で一瞬黙り込む。

 そして次の瞬間、笑いだした。

 

「怖い? 念の為に言っておくけど、さっきのは冗談。別に、俺からすれば君は同年代によくいる背の低い女の子だよ」

 

「でも、ボクの祖父は闇の魔法使いだよ?」

 

「それこそよくある話さ。他の寮と比べて、多くの闇の魔法使いを輩出するのが緑の蛇(スリザリン)。石を投げれば、闇の魔法使いに当たる」

 

 試しに投げてみれば? 

 そう言って、セオドールがニンマリ笑う。

 彼は、随分イイ性格をしているようだった。

 

「他の皆は違う意見らしいけど?」

 

「シャイなのさ。だって怖いはずがない。皆のご存知マルフォイ三人衆だって、父親は揃って死喰い人(デス・イーター)だ。特に傑作なのはマルフォイのパパさ。”例のあの人”の財布だったって。俺の父さんが言ってた」

 

「ん? でもその話で行くと」

 

「流石に気づいたか。俺の父さんも元死喰い人(デス・イーター)。”例のあの人”のパシリをしてた。お陰で君の爺さんと同様に、ダンブルドアに尻を追っかけ回される羽目なったらしいけど。仲良くしようぜ」

 

 声を潜めて囁くセオドールは、悪い顔をしていた。

 中々どうして悪くない。

 彼らに出会えたことは今日一の幸運な出来事だろう。

 

「良いね。二人とは仲良く出来そうだ」

 

「だろう?」

 

「そうでなくっちゃねぇ」

 

 後に、教諭達の優秀な頭脳を散々に悩ませる、問題児の三人組が結成された瞬間だった。

 

 

 

 






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