ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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孤児院を焼き出されたあの日、隻眼のおっさんから写真を貰った。

男の人と女の人に挟まれる、女の子二人。

私達家族の写真、もう二度と元には戻らない水の零れたお盆。

それでもやっぱり、私は何も感じなかった。



#004 蛇の寮

 

 それは、皆それぞれが腹を満たし、食後のデザートも食べ終えた時だった。

 

「エヘン────全員よく食べ、よく飲んだことじゃろう。それでは皆の腹も膨れたところで、二言、三言」

 

 そう告げて、ダンブルドア校長が立ち上がる。

 歓迎会がお開きになるのだろう。

 ここからは、校長が規則への注意と一年間を通しての大まかなスケジュールを発表する流れとなる。

 

「新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはいかんぞ?これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておく」

 

 ダンブルドアはキラキラした目を、ポッターの組み分けの際に小躍りしていた二人組に向けている。

 どうやら、彼らは問題児らしかった。

 

「きっと、禁じられた森のことだな」

 

 セオドールが苦笑しながら呟く。

 

「禁じられた森って?」

 

「父さん曰く、檻のない動物園。狼男やケンタウルス、その他諸々の危険な魔法生物がわんさかいるらしい。でも、ホグワーツの校庭の一部なんだって」

 

「まったく、愉快な校庭もあったもんさね。そこで実習なんてする羽目になった日にゃ、荷物を纏めて実家に帰らせて貰うよ」

 

ため息混じりに、ミリセントがボヤいた。

まったく同感だ。

ボクとしても、狼男とは出来ればお近づきになりたくないし。

 ケンタウルスに、後ろから矢を射られながら森の中を走り回るのは、文明的じゃない。

 

「それと管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないように、との注意があった。また、今学期は2週目にクィディッチの予選があるからの。寮のチームに参加したい人は、マダム・フーチに連絡を忘れぬように」

 

クィディッチか。

観戦するのは良いが、疲れる競技なのでプレイはしたくない。

尚、一年生は予選対象外だとミリセントに教えられ、ボクの心配は杞憂に終わることとなる。

 

「そして最後じゃが、4階の右にある廊下には近づかんように生徒には警告しておく。とても痛くて世にも恐ろしい死に方をしたくない人は、じゃがの」

 

 その言葉に何人かが笑い声を上げたが、その数は驚くほど少なかった。

 上級生など、殆どの人が顰め面をしている。

 

「どう思う? この話」

 

「よくある文言さね。気にしなくていい」

 

 肩を竦めたミリセントの言葉に、セオドールが眉をひそめる。

 

「いや多分、行かない方が賢明だろうな。あの校長、冗談ぽく言ってたけど、割と言葉通りになりそうな予感がする」

 

「確かにね。恐ろしい死を迎えるっていうのは、ボクも嘘じゃないと思う」

 

 ダンブルドア校長は冗談めかして言っていたが、目が笑っていなかった。

 大人がああいう目をする場合、大抵ロクな事が起きないことをボクは知っている。

 

「てか、生徒が死にそうになるようなモンを校内に入れるなよ。危険だっていう割にはその説明もないしよ」

 

「そう言われれば不自然だね。何か特別な理由でもあるのかも」

 

「私達の命よりも特別な理由か。さぞかし大層なもんなんだろうねぇ。そんで大体そういうのは、知った時にはもう遅いっていうオチさね」

 

 満腹になった腹を撫でながら、ミリセントが愚痴を零す。

 ダンブルドアといえば、杖を巧みに使ってリボンを宙に浮かし、歌詞らしきものを描き出していた。

 

「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」

 

 学校中が大声でうなる。

 教師陣の何人かは、顔を強ばらせてさえいた。

 

 ホグワーツ♪ ホグワーツ♪ 

 

 ホグホグ♪ ワツワツ ♪ ホグワーツ♪ 

 

 教えて♪ どうぞ♪ 僕たちに♪ 

 

 老いても♪ ハゲても♪ 青二才でも♪ 

 

 頭にゃ何とか詰め込める♪ 

 

 おもしろいものを詰め込める♪ 

 

 今はからっぽ♪ 空気詰め♪ 

 

 死んだハエやら ♪ がらくた詰め♪ 

 

 教えて♪ 価値のあるものを♪ 

 

 教えて♪ 忘れてしまったものを♪ 

 

 ベストをつくせば♪ あとはお任せ♪ 

 

 学べよ脳みそ♪ 腐るまで♪ 

 

「酷ぇ歌詞だな。これが校歌だって? ダンブルドアは魔法も権威も一流だが、作曲のセンスはないらしい。教会の賛美歌の方がまだマシだ」

 

「何もかも一流の魔法使いなんて、早々いやしないのさね。例のあの人だって性格に問題があった」

 

 ミリセントとセオドールは歌いもせずに二人で校歌の酷さに文句を言い合っている。

 歌詞だけ決まっているらしいこの歌。セオドールの言う通り酷い歌だが、生徒達は思い思いに好きなメロディで口ずさんでいる。

 ちなみにボクは、アメリカの軍歌である「ジョニーが凱旋するとき」だ。

 意外だと思うかもしれないが、他の寮はともかくとしてスリザリン生は、結構マーチのメロディを口ずさんでいる者が多い。

 だからボクもこの曲を選択したのだ。

二人と違ってボクはまだこの浮いた寮に溶け込むことを諦めてなどいない。

 

「趣味の悪いコンサートだねぇ。グリフィンドールの連中なんて葬送行進曲を歌ってるよ」

 

「ウチのマーチ好きの馬鹿どもより、よっぽどイカしてるさ」

 

「そういえば”例のあの人”もマーチ好きだったのかい? あんたのパパに聞いてごらんよ。どうせ同じのを合唱してたんだろうからさ」

 

「残念ながら、その推測はハズレだ。俺の父さんが好きだったのは、”亡き王女のためのパヴァーヌ”だよ。ちなみに、闇の帝王が歌っているとこは一度も見たことないって」

 

 歌っていたら歌っていたで不気味だろう。

 鼻歌を口ずさみながら、人を殺し回っている闇の魔法使いなど狂気しか感じない。

 ボクは、ヴォルデモートが歌を好きじゃなかったことに大いに感謝した。

 

 ちなみに、やはりというか歌い終えるのはバラバラで、ワースト一位を飾ったのは葬送行進曲を熱唱していた赤毛の二人組だった。

 ダンブルドアは、律儀にもそれに合わせて最後の何小節かを魔法の杖で指揮。

 二人が歌い終わった時には、それはもう誰にも負けない拍手をして、「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ!」と感激の涙を流した。

 

「感ここに極まれりって感じだったね」

 

「どんな精神状態になったらあれで泣けるのかね? 素敵な魔法だよ、まったく」

 

「何せ葬送行進曲だ。ダンブルドアはもうお歳だし、お迎えが来たって勘違いしたんだろ」

 

 就寝時間の為、監督生に引率されながらボク達は階段を下ってゆく。

 どうやらスリザリンの寮は玄関ホールから地下牢を下り、湖の方向へ進んだ先にあるらしかった。

 

「なんか気味悪いね。これって地下牢でしょ。ヌルメンガードを思い出すよ」

 

「ヌルメンガードって、ゲラート・グリンデルバルドを閉じ込めている監獄だろ? 流石に孫娘ともなると、牢屋に行き慣れてると見えるね。ところでアズカバンの経験は?」

 

「ないよ、ありがたいことにね。それとボクに言わせれば、ここは監獄にしてはまだ快適だよ。爺様の独房はランプがなくて真っ暗だし、コケやカビも生えてた」

 

「……たまんねぇなそりゃ。俺達の牢屋は、先輩方が過ごしやすいように改築してくれてると良いんだがね」

 

 セオドールとボクが軽口を叩き合っていると、ミリセントがウンザリと呟く。

 

「こんな酷い場所に寮を構えてるのは私らだけさね。グリフィンドールは1番高い塔、ハッフルパフは城のキッチン近く、レイブンクローは西側の塔。ウチの寮の長所は見た感じ、寮に戻る時に階段を上らなくていいことくらいだねぇ」

 

 確かにミリセントの体格なら階段を上るのは苦労するだろう。

 筋肉は脂肪よりも重いと聞いた事がある。

 ボクがそんなことを考えていると、地下牢の奥の湿ったむき出しの石が並ぶ壁の前で先頭の監督生が立ち止まった。

 

「そういえば、合言葉はなんだっけ。誰か知ってる?」

 

「まだ教えて貰ってないな。まぁ監督生にお任せだろう。引率の先生みたいなもんだし」

 

 ボクらがコソコソ言い合っていると、監督生がすぅっと息を大きく吸って大きく叫んだ。

 

「高貴なる血筋!」

 

 途端に、壁に隠された石の扉がするすると開き、談話室に入ることが可能になる。

 ちなみに、ここでは基本的に合言葉が寮の鍵となるらしい。

 寮の扉を開けた監督生がくるりと振り返る。

 

「おめでとう! 私は監督生のジェマ・ファーレイ、スリザリン寮に心から歓迎するわ。談話室は見ての通り地下牢の隠された入り口の奥よ。よく見れば分かると思うけど、談話室の窓はホグワーツ湖の水中に面しているわ。よく巨大イカが水を吐きながら通りすぎていくし、時にはもっと面白い生物を見れるわ。神秘的な沈没船といった趣でみんな気に入ってるのよ」

 

 確かに監督生に連れられて入った談話室の雰囲気は悪くなかった。

 スリザリンの談話室は細長く天井の低い地下室で、丸い緑がかったランプが天井から鎖で吊るしてある。

 壁と天井は荒削りの石造りで、暖炉や談話室においてある椅子も彫刻が施されており、そのレトロな風情はボクの好みと合致していた。

 談話室の窓を見れば、監督生の言葉の通りにホグワーツ湖の水中に面しているらしく、ちょうど巨大イカの触手らしき影が見えた。

 

「談話室に入る合言葉は、2週間ごとに変わるわ。だから掲示板に気を配ること。他の寮の生徒を連れてきてはいけないし、合言葉を教えるのも禁止。談話室には7世紀以上も部外者が立ち入っていないのよ」

 

 大した歴史だ。

 部外者の定義をどこまで広げるかにもよるが、他の寮の友達を呼ぶことは容易ではなさそうだった。

 ネビルやハーマイオニーとは、授業や休み時間にしか話せないことになる。窮屈極まりない。

 

「さて。スリザリンについて知っておくべきことが幾つかと、忘れるべきことが幾つかあります。まずは誤解を解いておきましょう。もしかするとスリザリン寮に関する噂を聞いたことがあるかもしれないわね。たとえば、全員闇の魔術にのめり込んでいるとか、ひいおじいさんが有名な魔法使いでないと口をきいてもらえないとか、その手のやつよ」

 

「でも、ライバルの寮が言うことを信じればいいってものでもないでしょう。確かに、スリザリンが闇の魔法使いを出したことは否定しないけど、それは他の三つの寮だって同じこと。他の寮はそれを認めないだけなの。それに、伝統的に代々魔法使いの家系の生徒を多く取ってきたのも本当だけど、最近では片親がマグルという生徒も大勢いるのよ」

 

「……穢れた血か。嘆かわしいね」

 

 解説を始める監督生ジェマ・ファーレイに、近くにいたマルフォイがボソッと毒づいた。

 ジェマ先輩は幼さの残る端正な顔で苦笑する。

 

「その言葉は、なるべく外では使わないようにね。スネイプ先生が怒るから……えぇと、これから彼に習う生徒は意外に思うかもしれないけれど、スネイプ先生はそういう差別発言は大嫌いな人です。気をつけてね」

 

 スネイプ先生とは、恐らく魔法薬学の先生だろう。

 ねっとりした黒髪、鉤鼻、土気色の顔をした彼が、ターバンをつけた先生と話し込んでいたのを思い出す。

 

「それじゃ、他の三つの寮があまり触れたがらない、あまり知られていない事実を教えてあげる。まずスリザリン生は他の生徒から尊敬されているわ。その最も足るものの一つに我が寮の卒業生にマーリンがいるわ。そう、かのマーリン。史上最も有名な魔法使いが!」

 

 熱く拳を握ってジェマ先輩は話を続ける。

 

「マーリンは、知識の全てをこの寮で学んだのよ。マーリンの足跡に続きたいと思わない? それともかの輝かしい元ハッフルパフ生、自動泡立ち布巾の発明家であるエグランティーヌ・パフェットのお古の机に座ったほうがマシかしら? 確かに、闇の魔法にまつわる評判のせいで尊敬の中には恐怖が混じっていることは否めない。でも私達は悪人ではないわ。私達は紋章と同じ蛇なの。洗練されていて、強くて、そして誤解されやすい」

 

「誤解って?」

 

 ボクが疑問の声を上げると、ジェマ先輩は少し息を飲んだ後、直ぐにニッコリと笑う。

 

「スリザリンは仲間の面倒を見るけど、これはレイブンクローだったら考えられないことね。連中は信じられないようなガリ勉集団というだけでなく、自分の成績を良くするために互いを蹴落とすことで知られているわ。逆に、スリザリンでは皆兄弟よ。ホグワーツの廊下では不用心な生徒を驚かせるようなことも起きるけど、スリザリンが仲間なら安心して校内を歩き回れるわ。私たちからすれば、貴女が蛇になったということは私たちの一員になったということね、グリンデルバルド」

 

 どうやらハーマイオニーの話は本当だったらしい。

 レイブンクローに行ったら行ったで、ボクが苦労するのは想像に難くなかった。

 それなら、まだ息を飲みつつも他の新入生と同じく優しく接しようとしてくれる先輩がいるスリザリンの方が良い。

 なんやかんやで、気の合う仲間もできた事だし。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その後、スリザリンについての伝統と格式を二十分ほどで語り終えたジェマ先輩の指示により、女の子は女子寮に続くドアから、男の子は男子寮に続くドアからそれぞれの部屋に入った。

 

「うわぁ……スリザリンは金の掛け方がスゴいな」

 

 スリザリン寮の寝室は、なんというか豪華絢爛そのものだった。

 アンティークの四本柱のベッドは緑の絹の掛け布がついており、ベッドカバーには銀色の糸の刺繍が為されていて、かなりオシャレだ。

 ちなみに天井からは銀のランタンが吊り下げられている。

 

「窓に打ち寄せる湖の水音を聞くと、とても落ち着くって話だが……どうにも山育ちの私が慣れるのには時間が掛かりそうだねぇ」

 

 ミリセントがそうボヤく中、ボクは壁を覆っているタペストリーに目を奪われていた。

 有名なスリザリン生の冒険を描いたものだろうか。

 髭の生えた老人の上にはマーリンと書かれている。

 

「それじゃあ始めようかい。夜のお遊びを」

 

 ニヤッと笑ったミリセントがトランプを配り始める。

 

「何やるの。まさかババ抜きじゃないよね?」

 

「まさか! ポーカーさね。マグルのお遊びだが、これが中々どうして辞められない」

 

 なるほど、それならボクも良く知っている。

 各国を回っていたボクは血筋柄、マトモな宿に泊まることが出来ない事が良くあった。

 そういう時は、大抵ガラの悪い宿で一夜を過ごす事になるのだが、そんな所でおいそれと眠る事など出来やしない。

 決まって夜が明けるまで、同じく札付きのワル達と何事かをして遊んだものだ。

 そして遊びの大半は、少なくない金を賭けたポーカーだったのである。

 

「他にも知らない奴の為に一応説明を入れさせて貰うよ。コイツは心理戦を特徴とするゲームさね。プレイヤー達は5枚の札で手役を作って役の強さを競う。ギャンブルとしてプレイする場合は現金をチップに交換し、勝って獲得したチップが収入になる。ここまでは良いかい?」

 

 興味のある素振りを示したパンジー・パーキンソンやダフネ・グリーングラスを相手に、ミリセントがゲームの説明をしながらカードを切る。

 ルールはテキサス・ホールデム。少々特殊だが、まぁ出来ないことはないだろう。

 最初に二枚のカードを配られ、その後に五枚の共通カードと言われるカードが場に開かれる。

 そしてプレイヤーは、手持ちの二枚と共通カードの五枚を合わせた七枚の内、五枚で役を作るというものだ。

 

「運と実力の要素は五分五分。ラッキーガールが全てを手にする。どうだい?」

 

「マグルのお遊びねぇ……まぁ良いわ、やりましょっか」

 

「なんかこういうの初めてだから凄くワクワクするよ!」

 

 興味を隠しきれないパンジー、ウキウキするダフネ、哀れなり。

 ミリセントは実力と運は五分五分と騙ったが、何度も繰り返しやった事があるボクは分かる。

 あれは運要素もあるが、それよりも遥かに経験と実力がものを言うゲームだ。

 初心者などネギを背負ったカモみたいなものだろう。

 

「端のベットで寝るアイルランド人はご注意を。油断すると、有り金を全部スっちまう」

 

 ボクの耳にそう囁くミリセントは非常に悪い顔をしていた。

 根こそぎ持っていくつもりなのだろう。

 

 

 ──────……

 

 

「またもパンジービリっけつ! こうなりゃ勝ちは頂きさあ! へへっ!!」

 

 結論から言うとボクの予想は大当たり。

 テキサス・ホールデムは考え抜いた末に結論を出す、頭脳ゲームなのだ。

 その点、彼女は驚くほどこのゲームに合っていなかったのだろう。

 自分の手札が少しでも強いと感じると、彼女は大体オールインした。

 もう一人の初心者ダフネなどは、それにビビってしまいすぐさまフォールドしてしまうが、それでは生計(たっき)の道が成り立たない。

 ボクもミリセントもその点、よく分かっていた。

 自らが強い役を作っていたところで、それでオールインばかりしていては相手に降りられてしまいお話にならない。

 こういう場合は、まずはレイズなどで少しでも掛け金を吊り上げることが先決。

 そして相手が熱くなり、十分に掛け金も吊り上がったところでオールインをし、ボクらは全てを攫っていく。

 頂上決戦はいつもボクとミリセントであった。

 

「勝負!」

 

 パンジーまたもやオールイン。無謀なり。

 ちなみに、場に出てるカードは(ハート)A(エース)K(キング)Q(クイーン)

 

「ホントかいパンジー? 良い手の筈ないぞ、ハッタリかますない」

 

「数には強い自信があるのよね。私はスリーカード、Q(クイーン)のね。あんた達は?」

 

「んじゃ私もオールイン。A(エース)のスリカードさね。ご愁傷さま」

 

 えっ!? と呟いたっきり、パンジーは沈黙した。

 驚いたことに、たった一日で彼女は優しいご両親から貰った潤沢な生活費を、賭け金として溶かしてしまったのだ。

 

「オールインね。ちなみにボクはこれ」

 

 手札は、(ハート)の10とJ(ジャック)。ロイヤルフラッシュである。一種類のスーツで最も数位の高い五枚だった。

 

「ミリセントも良い手だったけど。でも勝ちを確信するのは甘いよ」

 

「かーッ参ったねこりゃ! 闇の魔法使いの孫娘は運にも恵まれているってことかい!」

 

 クスクス笑い合うボクとミリセント。

 どちらにせよ、ボクら二人の軍資金は初心者達(カモネギ)のお陰で、かなり潤っていた。

 笑いが止まらないというやつだろう。

 

「そういえば、みんなグリンゴッツのこと聞いた?」

 

 そんな風に切り出したのは、尻込みしていたお陰で被害総額が少なかったダフネだった。

 

「なんのこと?」

 

「日刊預言者新聞にベタベタ出てるアレだね。誰かが特別警戒金庫を荒らそうとしたらしい。ふてぇ輩が居たもんさね」

 

 パンジーが一枚の紙切れを懐から取り出した。

 日刊預言者新聞の切り抜きだった。

 

「大ニュースね、捕まらなかったのよ。グリンゴッツに忍び込むなんて、きっと闇の魔法使いに決まってるわ。それも強い力を持った」

 

「でも何にも盗ってかなかったって聞いたけどね、私は」

 

「そう! そこが妙な話なのよ」

 

 戦々恐々と語り合う三人にボクはため息を吐く。

 別に妙な話でもあるまい。

 何も盗って行かなかったということは、答えは一つしかない。

 荒らされた金庫には何も無かったのだろう。

 盗る物がなければ金庫など用無しに決まっている。

 

「ゴールディ」

 

 ボクはペットのニフラーであるゴールディを呼び出し、勝ち取った金を投げ渡す。

 ゴールディはこれ幸いと、そのお腹の中に軍資金をありったけ詰め込んだ。

 

「可愛いね。やっぱり飼うなら二フラーだよ」

 

「私はその感性だけは同意しかねるね」

 

 当たり前だ。

 ミリセントのような巨体が二フラーを飼ったらきっと握り潰してしまう。

 彼女には今飼っているふてぶてしい猫がお似合いだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 翌日、ボクは怒号を上げるミリセントとセオドールに率いられて三人で教室へと向かっていた。

 

「急げ急げ!!!遅刻だぞッッ!!!」

 

「メルムや、もっと早く走りな!」

 

「わかってる。頑張って走ってるよ」

 

 この学校を作った人間はまさしく天才だったのだろう。それも狂気の方向に振り切れた、だ。

 建てられて千年の歴史があるホグワーツ城は、もはや意思に近いものを持っており、城内の構造をコロコロと変えてくる。

 

「クソッタレが! なんで扉の癖に開かない扉があるんだよ! 階段も生き物みてぇに動くしよ!」

 

 その例がセオドールの叫びに出てきた扉や階段だ。

 丁寧にお願いしないと開かない扉や正確に一定の場所をくすぐらないと開かない扉、扉に見えるだけの固い壁。

 百四十二もある階段は、広い壮大な階段や狭いガタガタの階段、金曜日にはいつもと違う所に繋がる階段など色々存在し、その全てが動き続けていた。

 

「ア──ッ! …………ァァァ……」

 

「セオドール!?」

 

 たった今、真ん中で二段消える階段の罠にかかりセオドールが、下の階の闇に消えた。

 これはジャンプしなければならない階段だ。

 ジェマ先輩があれだけ言っていたのに、彼は寝ぼけていて聞いていなかったらしい。

 

「……これで眠気も覚めたかな?」

 

「バカ言ってんじゃないよメルム。頭を打って強制睡眠さ」

 

 そんな風に軽口を言い合うボクらに階段の底から、恨めしげな声が響いてくる。

 

「おぉぉい二人とも助けてくれよー……足が動かねぇんだよ……痛てぇ……痛てぇよキリストさんよお!!!」

 

 切実な叫びだった。

 怪我の箇所を直接見てはいないが、恐らく折れたのだろう。

 しかし、不意に階段から落下して浮遊魔法も無しに命があるのは、中々幸運なことである。

 

「泣き言なんか聞きたかないね! 自分で何とかしな!」

 

「そこで待っててね。あとでマダム・ポンフリーを呼ぶから。それまでお祈りしてて」

 

 そう言ってボクとミリセントは尊い犠牲から目を逸らし、再び走り出す。

 

「置いてくのかよ!?何とかしてくれよ!!この人でなし!!!」

 

 後ろから追いかけてくる悲しげな声に涙を隠せない。

 悲しいことに、ボクらには彼を助けに行くことが出来ないのだ。

 何故なら、これからグリフィンドールの寮監マクゴナガル教諭が教える変身術の授業がある。

 今でさえ遅れ気味なのに、話を聞いてなかった馬鹿に構っている余裕などある筈もなかったのだ。

 

 

 

「残念ながら二人共遅刻ですよ。初回なので減点はしませんが、以後気をつけるように」

 

 結果は無慈悲だった。

 不思議なことにボクら以外の誰もが既に着席をしていて教科書を開く中、下された遅刻の二文字。

 ボクらの親友セオドールの犠牲は、たった今無駄になったということだろう。

 

「まだミスター・ノットが来ていませんが……スリザリンの生徒は誰かミスター・ノットの所在を知りませんか? いくら新入生の遅刻が多いとはいえ、これは遅すぎます!」

 

 怒り心頭のマクゴナガル先生に、ボクはおずおずと手を挙げる。

 

「先生、そのなんていうか……セオドールは待っても来れないと思います」

 

「どういうことでしょうか、ミス・グリンデルバルド?」

 

「彼、真ん中が二段消える階段のトラップに引っかかっちゃって……足を折って今、動けないんです」

 

「まぁそれは……」

 

 呆れたように頭に手をやり絶句するマクゴナガル先生。

 ショックで言葉も出ないようで、メガネが激しく光っている。

 

「まさか、貴女達は怪我をしたミスター・ノットを医務室まで運んで……それで遅れたのですか?」

 

「ん?それは……むぐッ!?」

 

「はい、その通りです先生」

 

 否の言葉を言おうとしたミリセントの口を手で塞いだボクは、目を僅かに伏せて首肯する。

 途端に険しかったマクゴナガル先生の顔が、滅多に見せないであろう微笑みへと変わっていった。

 

「まぁまぁそれは……貴女達2人に1点ずつ上げましょう。その友情にです」

 

 良し。さすがはグリフィンドール寮、友情お助け話は覿面だ。

 あわや遅刻でのマイナス評価を、点数追加まで漕ぎ着けたのだ。上々といったところだろう。

 

「なんてこった……逆転勝利さね」

 

「沈黙はガリオンだよミリセント。良い勉強になったね」

 

 ちなみに、セオドールのことはこの教室に来る途中に出会ったミセス・ノリスに早口で告げている。

 猫に助けを求めるのは筋違いだという声が上がるかもしれないが、ボクの目的はミセス・ノリスのボスだ。

 今頃は駆けつけた管理人のフィルチが救出して嫌味を言いながらも、マダム・ポンフリーの元へと運んでいることだろう。

 彼は嫌味ったらしいが、仕事は誰よりも真面目にする事をボクは知っていた。

 

「さて先程も言いましたが。変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で、最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出てってもらいますし、二度とクラスには入れません。元から警告しておきます」

 

 厳格で聡明なマクゴナガル先生は優しいことに、遅れたボクらの為にお説教をもう一度聞かせてくれるらしい。

 とはいえ確かに変身術は危険なものばかりだ。これくらいの警告はあって然るべきだろう。

 それから先生は机を豚に変えて、また元に戻してみせた。

 大変に難しい魔術である。

 ボクも人を豚に変えたことがあるが、先生がやってみせたのは無機物から有機物への変換だ。

 有機物から有機物への変換より余程難しい。

 初めて見る高等技術に、スリザリンの生徒達は感激した。

 恐らくだが、変身術そのものにワクワクしているのだろう。

 

「なんで魔法使いになってまでノートを取らなきゃいけないのかねぇ」

 

「頑張ってよミリセント。君が書かなきゃ変身術だけ、セオドールは初回からつまづきっ放しだよ」

 

 複雑なノートを採らされてボヤくミリセントに、配られたマッチ棒を渡しながらボクは励ます。

 

「アンタはそもそもなんでノートを取ってないんだい?」

 

「基礎中の基礎で体に馴染んでるから」

 

「ふーん? そんなもんなのかねぇ」

 

 訝しげだったミリセントの視線も、その後のマッチ棒を針に変身させる練習で驚きへと変わった。

 授業が終わるまでに僅かでも変身させることが出来る者がいない中、あっさりとボクはマッチを銀の針に変えたからだった。

 

「ミス・グリンデルバルドの針を見てみなさい! これは素晴らしいものです!! スリザリンに3点!!」

 

 針を掲げたマクゴナガル先生はそう興奮していた。

 ボクのマッチ棒がどんなに銀色で、どんなに尖っているかを見せたあと、サプライズとして先生が猫へと変身して授業は終わった。

 再び点数をゲット出来たし、初回としてはよく出来た方であるとボクは満足した。

 

 

「ミス・ブルストロード。そう言えば貴女はミスター・クラッブを殴り飛ばした件で私に呼び出されていた事を忘れていましたね?」

 

「あ!いやその先生それは……」

 

「食事の後、私とスネイプ先生はあそこで三時間は待ちぼうけを食らっていました」

 

「すみません……」

 

「なりません!罰としてスリザリンに五点減点!スネイプ先生からも許可は取ってあります。これからは注意なさい」

 

 

 ミリセント、それはあんまりだよ。

 

 

 




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