漂雲記   作:古本

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vs百人隊

 

 

 

 

 趙軍特殊百人隊隊長は、命令を受け秦軍本陣に向け歩を進めていた。

 目標は右翼ーー秦軍の左翼ーーの戦闘から敗走する秦兵の収容に混乱する秦軍本陣へ攻撃を仕掛けること。戦果を期待されているわけではなく、攻撃を加えて敵の対応を確認し、その情報を持ち帰ることでこの後の戦争を有利に進めるための威力偵察任務であった。

 

 隊長自身、一般兵から戦果を上げ百人隊を任せられるようになったたたき上げの人物であったし率いる百人隊も気心知れ実力も間違いない面々だったため、隊長はこの任務に不安はなく、既に作戦の成否ではなくどれだけ被害を押さえられるかを考えていた。

 

 だからこそ、今まで身を隠すのに役立っていた木立を抜け敵本陣がそろそろ見えようかという頃、前方にたまたま自分たちの存在に気付いたのであろう小規模な部隊が見えたときも彼に迷いはなかった。

 敵は歩兵隊で自分たちの百人隊に応対するように戦列を引いていた。はっきりと数を数えたわけではないが明らかに百人隊である自分たちよりも敵兵は少ない。下手すれば半数程度の数。

 

「副将、どう思う」

 

 彼は傍らの副将に問いかける。

 すると副将は意外そうな顔をして答える。

 

「おや、隊長殿はあの小隊に負けるとお思いで?」

「はは、まさか。そんなことはあり得ない」

「そうでしょうとも、ならば選択肢は一つでしょう」

 

 お互いに演技じみた問答。

 実際に半ば演技で兵士たちに聞かせるために副将に問いかけたに過ぎない。答えは初めから決まっていた。

 

 敵に存在が気付かれているのならばもうこそこそとする必要はなかった。

 大声を上げて隊に戦列を作らせる。

 

「これより前方の小隊に攻撃を加える!! こんなところでぼさぼさしている暇はない。さっさと始末するぞ!!」

「「「オォ!!!!」」」

 

 彼の言葉に待ってましたとばかりに麾下の兵士たちが大声を上げて、隠密しながら進んでいたために崩れていた隊列を正し、見る間に戦列を引いてゆく。

 

 数刻後、兵士の準備が整ったことを見て隊長は一つ頷き号令を上げた。

 

「突撃!!!」

「「「ウオオオオオオオッーーー!!!」」」

 

 上官の命令を受け、意気軒高の兵たちが攻撃を開始する。

 自分たちよりも寡兵の敵に対して怯えなどあるはずもなく、自分たちの勝利を確信している兵たちの士気は高い。

 喊声を上げつつ突撃するとぐんぐんと両軍の距離は縮まり、やがてーー衝突。

 

 

 剣と盾、剣と剣、槍と剣、そして肉体同士がぶつかり合い戦場に喧騒が満ちる。

 

 

 兵たちが得物を打ち合っているのを見て隊長はおや、と思う。

 想像よりも敵兵が硬い。一当てしたらすぐにでも崩れ逃げ出すだろうと思っていたのに敵小隊は見事に自分たちの突撃を防ぎきって見せた。

 敵兵一人ひとりの実力もさることながら何よりも指揮が巧みでなかなか敵戦列が崩れない。少し疑問に思って、自分は攻撃に加わらず敵小隊を観察してみるとすぐに指揮官が分かった。

 後方で指示を飛ばす仮面姿の男だ。背格好からしてまだ若い、少年といってよい年齢だろうとあたりをつける。

 

 そうこうしている間にも戦闘は続いているが、やはり状況は変わらず自分たちが押していた。指揮が巧みだとは言え、敵は防戦一方で攻め気の一つすら見えない。これだけ戦力差があっては仕方ないともいえるが、全く持って自分たちが負ける姿を想像できなかった。

 

 怒声が鳴り響く戦場にあって隊長は指示を飛ばし続ける敵指揮官に哀れみすら抱く。

 この短い戦闘の間にも仮面の少年がよく兵を律し的確な指示を出し続けていること、そして兵たちもそれを信頼しよく応えていることが分かる。敵である自分ですら五年後、十年後には恐ろしい指揮官になるかもしれないと認めざるを得ないほどの才気だった。

 

 しかし、現実は非情である。

 同数ならばまだ分からなかったが、今率いている部隊の数の差は歴然としており同じ歩兵隊である以上、数で倍する自分たちの百人隊が負ける要因はなかった。敵小隊は百人隊に対応するため横に長く、薄い戦列を引いており一部分が崩壊しただけで勝敗が決する。それをここまで殆ど損害を出さずに持ちこたえているだけでも称賛に値するほどだ。

 

「よし、このまま攻m……」

「き、騎兵だぁぁぁっ!!」

 

 もはやさっさと介錯してやるべきだとさらに攻撃を激しくさせようと指示をしようとしたとき彼の耳に信じられない、否、信じたくない音が飛び込んできた。

 馬蹄だ。しかも彼の耳がおかしくなったのでなければその音は左右どちらからも聞こえていた。

 ここが敵地ど真ん中である以上この騎兵の正体が趙兵であるわけがない。付近の木立に隠れていたらしい騎兵が真っ直ぐこちらに向かってきてその速度をいささかも落とさずに趙兵に食らいつく。

 

「な、なんだと……」

 

 すぐに両翼の部下たちの悲鳴が聞こえ始めた。

 状況も相まって数百にすら見える迫力があったがよくよく見てみれば敵騎兵の数は左右合わせても精々が五十に満たないであろう少数。しかしながら、歩兵と交戦し、完全に足を止めていた彼の隊にとって脅威というよりほかになかった。一方的に駆られて行く自分の仲間たち。

 あまりにも急激に、疑いすらしなかった自分たちの優位が音を立てて崩れてゆく。信じられなかった。呆然としていた彼の目に動揺を隠せない趙兵たちを刈り取るべく指示を飛ばす敵指揮官である仮面の少年が映る。

 

 そして唐突に気付く。

 

 

「ーーああ、俺はあのガキに嵌められたのか」

 

 

 小癪な敵指揮官に、そしてなにより自身の無能さに怒りで沸騰しそうになりながら彼は頭を必死に動かす。

 こうも見事に嵌められてしまえば撤退することすらできない。予想外の騎兵の出現に兵たちの士気もがた落ちしており、このままでは全滅すらあり得た。

 

 この状況で打てる手は一つしかなかった。

 強引にでも前に出て敵の指揮官を殺す。そうすれば敵の士気は落ち、逃げる時間くらいは稼げるはずだ。ーーすぐにこの判断ができるあたりこの人物が野戦慣れした前線指揮官であるのは間違いなかった。

 

 何はともあれそうと決まれば迷っている暇はなかった。

 

「た、隊長。俺たちどうしたら……」

「うろたえるな!! こうなれば活路は前にしかない!! 敵指揮官を撃破しそのまま前方を突破する!! 俺に続けェ!!!!」

 

 隊長である彼が前方に向かって駆けだすと、彼の声が届く範囲にいた半ば絶望していた兵たちも士気を取り戻し彼に続く。その数およそ十数人。そのうちには副将も含まれていた。

 

 部下たちとともに前方にいる敵兵と交戦に移る。

 彼自身、腕に覚えのある男である。腰にぶら下げた直剣を抜き放つ。

 

 手強い槍衾をかいくぐり剣を振るって敵兵を斬り殺していく。

 数人の敵兵を地面に転がし、第一陣を突破する。このころにはすでに味方の兵は半分に減っていた。

 隣に付いて来ていた副将が笑顔で彼を見る。

 

「この調子なら、突破できるかも……っ」

 

 副将が彼に振り向いて話しかけてきたその瞬間、ーーその首が飛んだ。

 唖然とした彼らがみたのは崩れ落ちる副将の先にいる剣を振り切った様子の仮面の少年だった。

 

 後方にいるはずの奴がなぜここにいるのかーー、驚愕しつつも反射的に彼は叫んでいた。

 

「こ、こいつを殺せぇっ!!!」

 

 隊長の声に反応した兵たちが少年を取り囲む。その数、五人。

 

「う、うわああああーーっ!!」

 

 兵たちが恐怖を押し殺すように大声で叫びながら一斉にそれぞれの得物を突き刺す。

 

 ーーが、五本の剣は空を斬り、攻撃をしていたはずの彼らが次の瞬間には全員が血を噴き出して倒れていった。

 

 勿論全員仮面の少年の手によるものだ。尋常ではない戦闘能力。

 信じられない光景を目にしつつも歴戦の戦士でもある彼の体は動いていた。

 

 仮面の少年は兵を斬ったために自分の方を向いておらず、自分のことは死角になって見えていないはずだった。またとない好機。

 そんな状況下で彼が取ったのは八相の構え。この構えから繰り出す全力の袈裟斬りは幾人もの敵を葬ってきたまさに必殺の攻撃。

 

 窮地にあって彼の体は良く動いた。完璧に図った間合い。思い切りのよい踏み込み。そこから繰り出される全力の斬撃。

 攻撃に移った瞬間、必殺の確信を得た。

 

「ーーえ?」

 

 だからこそ、その斬撃がなんの感触もなく空を切ったことに間の抜けた声を上げてしまった。

 呆けたその瞬間に首筋がかっと熱くなり、何故か視界がぐるぐると回る。

 

 そして、敵指揮官の仮面の奥に見える冷徹な目を見たのを最後に趙軍特殊百人隊隊長の目が物を映すことは二度となくなった。

 

 

 

 

 

 

 こうして漂雲隊は僅かな損害を持って敵百人隊を壊滅させた。

 同数の敵を完膚なきまでに叩き潰した兵たちは自信をつけ、そしてなにより鮮やかな手管により敵を翻弄し壊滅させた卓越した指揮と、敵隊長を傷一つ負わず、さらに言えば剣を合わせることすらせずに切り伏せてしまった圧倒的な武力を見せた自分たちの隊長、漂に畏敬の念を抱くようになる。

 

 この勝利を食らって、寄せ集めでしかなかった漂雲隊は特殊百人隊としての結束を持ち始めることになるーー。

 

 

 

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