その任務を言い渡された時、相手が十二鬼月らしいことを聞き、
「……謹んで拝命いたします。ですが、一つ頼みがあります」
普段であれば唯々諾々と受けて、すぐに出立する勝母が言い返したことに、
「頼み…とは? 勝母」
「ご許可頂ければ、そこにおられる風柱のご子息、
「賢太郎を……?」
輝久哉は不思議そうに問い返し、困った顔を周太郎へと向ける。
「憚りながら、花柱にお訊き致す。なぜ、愚息を連れて行きたいと申される?」
周太郎が尋ねると、勝母は憮然として答えた。
「そうするのがよかろうと思うからですよ」
「……どういう意味か?」
「…………」
無言になった勝母の脳裏には、暁闇の中、微笑む
つい三日ほど前、偶然、明け方近くに任務が終了した東洋一と行き合わせた勝母は、単刀直入に尋ねた。
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「東洋一、お前…柱になる気はないのか?」
その質問はいい加減、東洋一には聞き飽きたものだったらしい。
面倒そうに「あぁ?」と振り向くと、ボリボリと頭を掻いて苛立たしそうに溜息をついた。
「……ならねぇよ」
「風柱様がお前に譲ると言っても?」
「……あぁ」
「鬼殺隊に帰属する以上、御館様なり、隊そのものが忠誠の対象であるはずだ。風柱様ではない。お前の考え方は間違ってる」
「だから?」
事も無げに言う東洋一に、勝母は目を剥いた。
「だから…? だから…って、何だ。間違ってる、と言ってるんだ!」
眠そうに大欠伸をしてから、東洋一は腕を上げてうーんと伸びる。
コキコキと肩を回しながら、フと薄く笑った。
「何がおかしい!!」
「必死なんでな。お前が」
「……馬鹿にしてるのか? 私を」
声を荒げると、東洋一は大笑いした。
「お前、初めて会ったときと変わらないな!」
「……な…に?」
「あのときも、馬鹿にされるのを嫌がってたものなぁ。本当に…馬鹿になれない奴だよ。可哀相に」
「………」
黙り込んで拳を握りしめる勝母を見て、東洋一はゆっくり歩み寄ると、ぽんと頭に手を置いた。
また、毒舌の応酬になるのかと身構えた勝母に降ってきたのは、意外にも柔らかな声だった。
「ありがとな。お前に認められてるのは、嬉しいよ」
「………」
勝母は硬直した。
ゆっくりと顔を上げると、優しく笑う東洋一の姿があった。
無理なんだ…と、悟った。
この男は何を言おうが、怒鳴ろうが、
それなのに、勝母は泣きそうだった。
その言葉は予想したものでなかったのに、言われた瞬間、スルリと心に入り込んできた。
まるでずっと待っていたかのように。
自分で自分の気持ちがわからない。
困惑しているのに、涙は勝手にあふれそうになる。
「…ッ…うるさいッ! もういいッ!!」
乱暴に東洋一の手を祓うと、勝母はあわててその場から走り去った。
走りながら、一筋だけ涙がこぼれた。
勝母は強くこすった。涙も、涙の痕も残らないように。
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勝母は静かに深呼吸した。
「言うても言うても聞かぬ奴を説得するよりも、若竹を育てた方が早い」
ほとんど比喩である勝母の言い分に、輝久哉はますます訳がわからず首をひねったが、周太郎はフッと笑った。
「周太郎、許していいのか?」
戸惑いながら輝久哉が尋ねると、周太郎は頷いた。
「はい。花柱の望みのままに」
「では許す、勝母。賢太郎と共に参れ」
「はっ」
そのまま去ろうとする勝母に、周太郎が無言で目配せする。
謁見の間を去った後、渡り廊下で池の鯉を見ていると、周太郎がやって来た。
「わざわざ気にかけてもらってすまないな」
素直に頭を下げる周太郎に、勝母は軽く息をついた。
「……あの男には、何をどう言っても、
「フ……。
「そろそろ後進にお譲りになって、ゆるりとお休みあれば、胃の具合もよくなりましょう。『伝説の柱』の後継を今の柱達で十分に担えるかはわかりませんが、努めて精励いたします。御館様のことは、賢太郎であれば、おそらくさほどに不安になられることもございますまい」
「うむ……気を遣わせてすまんな。お前がいてくれるなら、私も安心して去ることができよう。色々と申す者もおるだろうが、柱の筆頭として纏めていってくれ」
「それは……」
勝母は苦笑した。
ただでさえ最年少で傲岸不遜と度々他の柱からは注意を受ける身であるというのに、周太郎の後に筆頭になるなど思いもつかない。
「適任者は私以外におられますでしょう。こういう事は年功序列が一番よろしかろうと思います」
「……そうかな? 筆頭は誰が決めるというものでもない。勝手に気付けばその位置にあるだけだ。いずれ、お前はそこに就くだろう」
周太郎は確信していたが、それは勝母には冗談にしか思えなかった。
「まだ、早いですよ。賢太郎の柱就任は今日明日のことでないのですから。最低でも一年はしっかりと務めを果たして頂かねば…」
「やれやれ。ようやく荷が下りると思ったのに、花柱は厳しいな。念押しまでしてくる」
少しおどけたように言うのが、いかにもあの男の師匠らしい…と勝母は微笑する。
「では、行って参ります」
そのまま産屋敷邸を出て、途中で賢太郎とおちあい、指示された場所へと向かう。
「私は検分役だ。鬼はお前が片付けろ、いいな?」
勝母は問い返すことを許さず命令する。
賢太郎は何も言わず頷くと、鬼と対峙した。
◆◆◆
子供の姿をした鬼だった。
たいがいの鬼は、鬼にされた時よりも大きくなって、強さを体現するのがほとんどだが、たまに人であった頃の姿のままの鬼もいる。
そういう鬼に限って、使ってくる血鬼術は強力なものが多い。
木の
巻き付けられれば、そこから生気を奪われるようだ。
数人の隊士は干からびた状態で殺されていた。
勝母は鬼の攻撃を避けながら、賢太郎の様子を探っていた。
鬼の攻撃をすべて避けている。
その身体能力は東洋一にも及ぶ。だが、見極めが遅い。
鬼の方には明らかな隙がいくつかあったが、すべて見逃している。
人と違い、無尽の体力のある鬼に対して、長時間の戦闘は不利でしかない。短期決戦、あるいは一刀両断が望ましいのだが…賢太郎は慎重であるようだ。
タン、タン、と周囲の木々を転々と跳躍して鬼の蔓を避け、上空へと飛び上がる。
風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪
ビョオオオという凄まじい風の音と共に、鬼の伸ばした蔓が渦の中で断ち切れる。
切れた蔓の間から、賢太郎は鬼へと向かって真っ直ぐに落ちてゆき、首を掻き斬った。
ゆっくりと鬼の首が落ちてゆく。
勝母はカチリと鯉口を切った。
首が地面に落ちたと同時に、無数の蔓が地中から這い出て二人を呑み込むかのように襲いかかってきた。
花の呼吸 弐ノ型 御影梅
風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹
最期の足掻きであったその攻撃を散らすと、鬼は灰となって消えていった。
「残念だったな」
勝母がそう声をかけたのは、鬼が隠からの情報と違い十二鬼月でなかったからだ。
確かに間違われるだけあって、そこそこに強い鬼ではあったが、勝母一人であれば数分で滅殺していただろう。
だが風波見賢太郎は、やはり一般隊士と比べると、頭一つ飛び抜けた逸材であった。
さすが、風波見の名に
「今日の任務は、僕に十二鬼月を討伐させるものだったんですか?」
「そうだ」
「………なぜです?」
勝母は任務完了の印をつけて鴉を飛ばす。
振り返って賢太郎を見た。
「説明が必要か?」
「僕では…役不足かもしれないと……父があなたに頼んだのですか?」
「いいや、私が頼んだ。元は私に来たものだからな。お前が十二鬼月を刺して、今の階級から上がれば、遠からず柱になれるだろう」
賢太郎はピクリと眉を動かす。訝しげに勝母を見た。
「なぜ、あなたが僕を柱に? 僕より東洋一さんを……」
「あの男は駄目だ。言ってもきかぬ。本人があれでいいというなら、もう放っておくことにした。長年、柱を輩出してきた風波見家以外の人間が風柱になって、余計な軋轢が生まれるのも面倒だしな」
言っている脳裏には絲柱、岩柱の姿。
まだまだ風柱は風波見家の世襲であることが正統だと思う人間がいる以上、無理を通せば隊内に亀裂を生みかねない。
勝母の内心の葛藤と諦観をどう取ったか、賢太郎は皮肉っぽく笑った。
「それは……本意でないということですね」
勝母はつかつかと近寄ると、ドスッと賢太郎の腹を殴った。
「つまらんことを言うな。私がどう思おうが、お前が意に介さなければいいんだ」
「………僕が柱になることの方が、反対されますよ」
賢太郎は苦々しげに言ったが、勝母はフンと鼻を鳴らした。
「だったら、実力で捻じ伏せろ。くだらん弱音を吐くな」
「………あなたが、そうしたように…ですか?」
何かを含んだ賢太郎の言葉に、勝母はジロリと睨みつけた。
「なにが言いたい?」
「隠の…鬼の情報を集める部署には、風波見家で弟子だった人もいるんです。その人が言ってました。やたらと花柱がおいでになる、と。呼吸を…岩の呼吸を遣う鬼について探しているようだ……と」
「……それで?」
勝母は無表情に問いかける。
怒っているようにも、何も感じてないようにも見える。
賢太郎はゴクリと唾を飲み込んで続けた。
「僕は、記憶力がいいんです。父が昔、先の炎柱と話していらしたのを聞いたことがある。かつて柱まで務めた岩の呼吸の育手が、弟子に裏切者を出した責任をとって、切腹した…と。その裏切り者の名は…五百旗頭―――」
柄に手をかけた動作すら見えない内に、勝母は切っ先を賢太郎に向けていた。
表情に変わりはない。
凍りついた感情のままに、凝視する目は冷たく冴えている。
賢太郎もまた本気で斬られるとは考えていない。
まっすぐ勝母を見つめ返した。
「私の父が鬼だからと……確かに
「………」
賢太郎は眉をひそめた。
おそらく現岩柱であろう。かの人は切腹した元岩柱の継子。当然、裏切者の娘である勝母に良い感情を持っているはずもない。
「それで……どうする気です?」
「なにが?」
「父親の消息を調べて、どうするのです? 今更見つけたところで、鬼から人間に戻せるとでも?」
勝母は一瞬、目を開いて絶句したが、やがて肩を震わせて笑い出した。
「私が父を人間に戻す? どうしてそんな事をしてやる必要がある!? 私が
今度は賢太郎が言葉を失くした。
その宣言は、悲鳴のようだった。
長い吐息をついて、勝母は刀を下ろした。
上を向き、今度は満天の星を吸い込むかのように深く息を吸う。
あくまでも無表情に見える面は星空を見上げて、涙を堪えているようにも見えた。
「なんでこんな話になったんだ……馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てて刀を収めると、踵を返して歩き出す。
「花柱……」
賢太郎はついて歩きながら声をかけた。
「あなたは…それでいいのですか?」
「良いか悪いかは、私の決めることではない。必然となれば斬る、それだけだ」
言うなり勝母は跳躍すると、あっという間に木々の間に消えた。
煌めく星々の下、森の闇が静かに広がる。
暗然とした瞳で見つめる賢太郎の背後で、梟が鳴いていた。
<つづく>
今回はとりあえずここまでになります。また不定期に更新します。