椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母ノ帖>   作:水奈川葵

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二十八.新たな日々

 視力が戻っても、すぐに鬼殺隊に復帰できるわけでもなかった。

 ろくな食事も取っておらず、減少した体重を戻すのと同時に、再び修練の日々が始まる。

 片目だけになっても、世界が半分になるわけではない。だが、確実に視覚野は以前に比べて狭まっているので、それも含めた対処が必要だ。

 

 勝母(かつも)は試行錯誤しながら、また一から呼吸の技を練り上げていった。

 初めて覚えた頃と違った面白さがあった。

 以前は祖母の作り上げたその型について、なぜこうした動作を行うのか理解できない部分もあったが、今は裏打ちされた経験が教えてくれる。そのたびに、改めて祖母の偉大さを感じた。こんなものを創り上げる才能は、誰しもに備わるものではない。

 

 時々、旭陽(あさひ)にやり過ぎだと叱られながらも、自らの思うままに体が動くようになって、狙い通りに技が使えるようになってくると、やはり心が湧き立つ。つくづく、自分という生き物は鬼狩りになる為に生まれてきたのだと思う。

 

 そんな因業深い自分を自嘲しながらも、夜には静かに己を見つめた。

 風波見(かざはみ)周太郎(しゅうたろう)が言っていたように、常に己の中にある修羅を見つめて、戒めねばならない。自分の中にも、父と同じように、ただ独り善がりの強さを求める心がある。それは父との対峙を経て確信した。

 

 

 ――――― 楽しかろう…今、お前は…真実の戦いをしている。強者だけが許される世界で、戦っているのだ…

 

 

 鬼殺隊士として、いや、ただの一剣士であれば、誰もが自らの強さを(たの)みにして誇りたいと思うのは、当然の欲求だ。だが強さに溺れれば、それはただの傲慢な剣となる。

 

 自分がなんのために剣をとり、鬼を屠るのか。

 

 考えると、いつも旭陽の穏やかな声が答えてくれた。

 

 

 ――――― 本当に…ありがとうございます、勝母さん

 

 

 ずっと鬼を倒し、人を助けることなど当然だと思ってきた。

 だから彼らの感謝の言葉にも、素っ気なく答えてきた。大したことではない、気にするな、と。

 だが今は、助けた人々が少しでも生きる意味を見出だしてくれれば、と願う。自分の振るう剣によって、希望が潰えることなく繋がれていくことを祈る。

 

 そうして徐々に以前と同じ体重に戻ってきて、そろそろ復帰しようかと思っていた頃に、訪ねてきたのは香取(かとり)飛鳥馬(あすま)だった。

 鱗滝左近次から具合が悪い…労咳(ろうがい)かもしれぬと聞かされていたが、様相を見る限り、間違いないだろう。顔は青白く、腕も細くなっていた。

 

「すまないな、急に訪ねて」

 

 志摩が客間を勧めたが、飛鳥馬は縁側でいいと入ってこなかった。ちょうど勝母も修練場から帰ってきたばかりで、庭を歩いているところを飛鳥馬に呼び止められたのだ。

 

「いや。大丈夫か? 私よりも具合が悪そうだ」

「あぁ、うん。そうだな…正直、あまりよろしくない」

 

 飛鳥馬はさびしげに言ってから、じっと勝母を見つめた。

 

「なんだ?」

 

 問いかけると、飛鳥馬は急に頭を下げた。

 

「すまん!」

 

 いきなり謝ってこられて、勝母は戸惑った。

 

「なんだ急に。……なぜ謝る?」

「……すまん」

 

 飛鳥馬は頭を下げたまま、もう一度言った。

 ゆっくりと上げた顔は、苦しそうに歪んでいる。

 

「今のお前にこんな事を頼むのは非情だとわかっていながら、頼むしかないんだ。どうか、鬼殺隊を辞めないでくれ。柱として…お館様を支えてほしい」

 

 勝母は飛鳥馬をまじまじと見つめ、フッと笑った。

 

「お前は…相変わらず、やさしいな」

 

 おそらく飛鳥馬は勝母が父を殺したと、わかったのだろう。そのことで勝母が苦しんでいるだろうことも(おもんぱか)って、これまで黙っていてくれたのだろう。

 だが同時に、飛鳥馬もまた霞柱であり、鬼殺隊の中核として先のことを考えなければならなかった。

 自分が病にあって、先も長くないと知っていればこそ、苦渋の決断として、勝母に再び鬼殺隊に戻ることをわざわざ頼みに来たのだ。

 

「言われなくとも、もうすぐ戻る。少々、時間がかかったのは見ての通り、片目を潰したからだ」

「……やられたのか?」

「いいや。叔母の作った技の後遺症みたいなものだ。だが、もう片方はまったく問題ない。なにせ、今は()()()()に毎日診てもらっているからな」

「あぁ…左近次から聞いたよ。あの外国に行っていた学生さんだろう? いや、もう学生じゃないのか?」

「たいして変わらぬ。眼鏡をかけるようになって、パッと見にはそれらしく見えるようになったが、中身の方は相変わらず素っ頓狂な奴だ」

「ハハハハ! そうか…いや、元気になったのなら、良かった」

 

 飛鳥馬はホッとしたように溜息をつくと、立ち上がった。

 

「俺はこんな体になってしまって、おそらくもう柱も返上しなきゃならない。本当にお前には申し訳ないが」

「なに弱気になってるんだ。お前も治したら、すぐにでも復帰してもらうつもりだからな」

 

 勝母が怒ったように言うと、飛鳥馬はニッコリと笑った。

 

「あぁ…がんばるよ」

「世話する者はいるのか? 老いた隠を何人か寄越すか?」

「いや…大丈夫。一応、世話してくれる人はいるから」

「そうか? 何か必要なものがあれば、すぐに鴉を送ってこい」

「あぁ、ありがとう」

 

 去っていく飛鳥馬の薄くなった体が、建物の影に入ると見えなくなった。

 勝母は黙って頭を下げ、長い間そのままでいた。

 脳裏には少女の頃、稽古に付き合ってくれたときの飛鳥馬の姿が思い浮かぶ。すっかり痩せ細り、弱くなっても、優しいあの笑顔は変わらなかった。勝母を柔らかく受け止めてくれる。 

 

 涙がこぼれそうになって、勝母はグッと息を飲み込んだ。

 様々な葛藤の中で日輪刀を置いた飛鳥馬に、穏やかな死が訪れることを祈った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 飛鳥馬の訪問から数日経って、勝母は久しぶりに産屋敷邸を訪れ、長い間の療養を詫び、本日より復帰することを告げた。

 

「あぁー、やっと帰ってきたぁ」

 

 式柱の御名部(みなべ)一伊(かずい)だけは、正直な感想をぶつけてきたが、昔ながらの左近次と、もとより無口な炎柱・不知火(しらぬい)(たつみ)は軽く会釈するのみだった。

 

「いろいろと大変だったろうね。戻ってきてくれて嬉しいよ、勝母」

 

 お館様である聡哉(さとや)は勝母の事情を斟酌しながら、素直に喜んでくれる。

 

「は。お気遣いいただき、恐悦至極にございます」

 

 その場で甲階級の柱候補者の選定を行い、早速夜からは鬼狩りの仕事。

 数ヶ月ぶりだが、日輪刀の斬れ味は鋭く、呼吸の技は容赦なく鬼を(ほふ)る。

 以前と変わらぬ日常は、あっという間に勝母に鬼殺剣士としての平常心を取り戻させた。

 

 

 復帰して一月(ひとつき)が過ぎた頃 ――――

 

 

 神農屋に注文しておいた薬の原料を取りに行こうと、門を出たところで呼び止められた。

 

「あっ! あのっ、もし」

 

 怪訝に見れば、なんとなく見覚えのあるような女。

 

「お久しぶりです、五百旗頭(いおきべ)さん。わたしのこと、覚えてます?」

 

 声を聞くまでおぼろだったが、やや早口で、どことなく強引な口調にハタと思い当たる。

 

「あんた…東洋一(とよいち)の……」

「はい! 里乃(さとの)です!」

 

 嬉しそうに頷く姿に勝母は懐かしさと同時に、なぜこんなところにいるのかと首をひねる。

 

「確か、亭主の在所に行くと言って…」

 

 言いかけた勝母を遮って、里乃はきっぱりと言い放つ。

 

「別れたんです!」

 

 勝母は口をあんぐり開けて固まった。「……別れた?」

 

「はい! あの男、とんでもない浮気者で。一人はご隠居のお妾、一人は女義太夫のなり損ないみたいなガキ相手に…もう情けないやら、馬鹿らしいやらで、三行半(みくだりはん)叩きつけて出てきました」

 

 せいせいしたように言う里乃は、前に比べるとどこか肝が据わったような、体も一回り太った印象だった。浮気者の亭主には辟易しているようだが、それなりに人生経験を積んで、貫禄がついている。

 

「そうか。まぁ…ロクでもない男にいつまでも付き合ってやる必要もなかろう」

 

 適当に言ってから、一番聞きたいことを尋ねる。

 

「で? なんでここに?」

「あ! いえ…五百旗頭さんにはご祝言もらったじゃないですか? それがこんなことになってしまって申し訳なくって…謝りにきたのと、お返しにきたんです」

「ハァッ?」

「いや。私、あのときもらったお金、取っておいたんですよ。子供でも生まれたら、色々と物入りだろうし…と思って。でも結局、使わなくて、畳の裏に隠していたんです。あの野郎に使われたらたまったもんじゃあない。どうせ女か酒か博打なんだから」

 

 昔からおしゃべりであったが、今は磨きがかかって、より早口になっている。

 勝母はフゥと軽く息をついてから、ヒラヒラと手を振った。

 

「そんなもの、やったんだから、後がどうなろうが好きに使えばいいんだ。わざわざ返しにくるなんて、あんたも人が好いな」

「だって、けっこうな大金ですよ」

「そうだったか?」

 

 あわてて押し付けたので、いくらだったかなど自分では覚えていない。正直、そのまま貰ってくれればいいのだが、わざわざやって来た里乃の気持ちを無下にもできなかった。

 

「これからどうするんだ? こちらに戻ってきたのか?」

 

 尋ねると、里乃は首を振った。

 

「いえ! こちらに伺ったのは実は寄り道で。私の故郷は信州なんですけど、祖母がずっと店をやってて、年なんでもう休業していたんです。それで、ちょうどいいやと思って。せっかく東洋一さんに紹介してもらって料理の勉強もしたし、そこで心機一転? 一念発起? とりあえず、イチからやって行こうと決めまして」

「なんだ、そうか」

 

 勝母はホッとした。これで受け取る必要はない。

 

「だったら、それは門出の餞別だ。そのままもらっておけ」

「えぇっ?」

「人の餞別を突き返すようなことはしないだろう? じゃ、がんばれ」

 

 それ以上、里乃が何かを言い出す前に、勝母は背を向けた。

 里乃は呆気にとられていたが、どんどん小さくなっていく勝母に、あわてて大声で礼を言う。

 

「あっ、あ……ありがとうございまーす! 一段落したら、お手紙書きますねーッ!」

 

 勝母はあきれた笑みを浮かべて振り返った。

 往来の人に注目されているのも気にせず、ブンブンと手を振る里乃に、軽く手を上げて振り返す。

 

 奇妙な縁だ…と、すぐに踵を返して歩きながら思った。

 元は東洋一の情婦(オンナ)で、勝母との接点などあってないようなものであったはずなのに、気がつけば手紙を貰うような間柄になってしまった。

 昔は里乃や母に、どこか生身の女を感じて嫌悪したものだったが、時を経て勝母が変わったのか、それとも里乃がすっかり開けっ広げになって逞しくなったのか…おそらくどちらもだろう。

 

 いずれ東洋一が戻ってくることがあれば、一度会わせてみるのもいいかもしれない。

 面白いことになりそうだ。……

 

 悪戯(いたずら)めいた想像をすると、ククッと独り笑いがこみ上げた。

 

 

<つづく>

 




次回は2023.03.11.更新予定です。
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