椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母ノ帖>   作:水奈川葵

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今回、残酷描写あります。苦手な方はご遠慮下さい。




三.闇に降る雪

 雪が降る頃に、(ゆい)は男児を産んだ。

 勝母(かつも)は赤子の世話に忙しい結の負担にならぬよう、しばらくは母屋で(たつ)らと暮らすことになった。

 

 産んでから七日ほど過ぎると、結は落ち着かない様子で、赤子に乳をやりながら、何度も裏の戸口を見ていた。

 

「母上? どうされたのです?」

 昼に弟の顔を見に来た勝母が問うと、結はハッとして勝母の方を見た。

 

「あ……なにか言った?」

「どうしてさっきから、あちらの戸の方を見ておいでなのですか?」

「………」

 

 結は顔を俯けて悲しそうな顔になった。

 勝母は母の憂いがわからず、首を傾げる。

 

「泣いておられるのですか? (みゆき)は悪いことを言いましたか?」

「いいえ、違うのよ」

 

 結は泣きそうな顔で微笑むと、視線を落としてつぶやいた。

 

「あなたのお父様がまだいらっしゃらないのよ。どうしたのかと……」

「父上ですか?」

 

 勝母はますます意味がわからなかった。

 父は気まぐれにフラリと現れる。

 その期間は一週間ほどのこともあれば、半年以上来ぬこともあった。先月には来たのだから、まださほどに待ち焦がれるような時期とも思えない。

 

 しかし結は理解できぬ顔の勝母に諭すように言った。

 

「赤子の顔は必ず、産んだその日に見に来ると思っていたの……あなたの時もそうだったし…前も…」

 

 結は勝母を産んだ後、二度孕んだが、一度目は流産し、二度目は出産後三日ほどして亡くなっている。

 

「それは……もしかして、母上が産んだことを知らないのではないですか?」

「いいえ。ちゃんとお知らせしたわ……」

 

 結はそこまで言って、とうとうポロポロと涙を流し始めた。

 

「どうしましょう…? もし、卓磨様が……」

「母上!」

 

 勝母は立ち上がると、「聞いてまいります!」と叫んで母屋へと走って行った。

 

「おばば様! 父上の家はわかりますか?」

 

 息を切らせてやってきた孫が、いきなりそんな事を言うので、達は怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうした? なぜ、あやつの家のことなど……」

「父上が来ないので、母上が寂しがっておいでなのです!」

「………」

 達は眉を寄せると、嘆息した。「馬鹿々々しい……」

 

 鬼殺隊士である以上、鬼に殺される危険があるのは当然のことである。隊士の妻となったのであれば、不意に訪れる夫の死などに動揺してどうするのか。

 

 しかし困った顔の孫を前に、にべなく言うのも気が引ける。

 ちょうどそこに通りかかった(ぬい)に、達は一応、尋ねた。

 

「縫よ、お主何か聞いておるか? あの男のことじゃ」

「あの男……?」

 

 縫は聞き返して、達の傍らに勝母が座っているのを認めると、一瞬憎悪を閃かせてから、辛うじて微笑を浮かべた。

 

「あの男なら……そういえば、行方不明になっているようです」

「行方不明か……」

 

 達は眉を寄せながら、勝母を見ると、ぽんと肩に手をのせた。

 

「お主の父は行方がわからぬそうだ。あるいは鬼に殺られたのかもしれぬ。奴の鎹鴉が帰還すればわかるであろうが、……鴉諸共、鬼に喰われることはままあることじゃ……」

 

 勝母は達のなんともいえない複雑な表情をまじまじと見つめた後、言われた言葉を咀嚼して問いかけた。

 

「……父上はお亡くなりになったのですか?」

「……わからぬ。こればかりは……(しか)としたことは言えぬ」

 

 達は嗄れた声でつぶやくように言うと、押し黙った。

 勝母は俯いて考えこんだ後、再び離れの母の元へと戻った。

 

「父上は……遠くのお仕事みたいです」

 

 結は、暗い顔をして帰ってきた勝母を見て、あるいは何か察したのかもしれなかった。

 随分と長い沈黙の後で、「そう」と返事すると、勝母に向かって手を差し伸べた。

 

 勝母はてくてくと結の前まで歩いていくと、ふわりと抱きしめられた。

 弟は乳をたっぷり飲んだのか、結が繕った小さな布団の上で、すやすやと静かに眠っている。

 

「最近は…こうして抱っこすることもなかったわね」

 膝に乗った勝母の頭を愛しそうに撫でながら、結は微笑んだ。

 

「いいのです。もう、私は姉なんですから」

 勝母は言いながらも、久しぶりの母の膝の上から降りようとは思わなかった。

 

「まぁまぁ…いつの間にか立派な姉上様になられたこと」

「はい。母上が作ってくださったお人形も、弟にあげます。泣いてるときに、あれであやしたら、すぐに泣き止みました!」

「まぁ、そうなの? じゃあ、私も…この子が夜泣きする時には、お人形であやすことにしましょう……」

 

 言いながら、結の目からハラハラと涙がこぼれた。

 結がつと目を背けるので、勝母は膝から降り、気付かぬフリをして、弟の横に寝転んだ。

 

 すぅすぅと小さな寝息をたてて眠る弟は、少しだけ父に似ている気がした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 その夜。

 

 勝母は達の横で眠っていたのだが、どうしてだか目が覚めた。

 

 自分でも不思議な気持ちでムクリと起き上がると、遠くから泣き声が聞こえる。

 弟だろう。前にも夜中に厠に行こうと起きると、泣いている声が聞こえた。

 

 だが……勝母は眉を寄せた。

 何か、違う気がする。あの時はただ、あぁ泣いているな…としか思わなかったのに、今聞こえてくる声はなんだかとても、胸が苦しくなる。

 

 勝母は布団の上にあった半纏を羽織ると、廊下に出た。

 そっと雨戸を開けると、途端に冷たい風が吹いてくる。

 一緒に弟の甲高い泣き声が響いてくる。

 

 勝母はブルリと身を震わせてから、縁側の踏石に置いてある草履を履いて庭に出た。

 庭にはうっすらと雪が積もっていた。このまま降り続ければ、明日には積もるかもしれない。

 そうしたら、雪でウサギを作って弟に見せてあげようか…などと考えつつ、勝母は白い息を吐いて離れへと急いだ。

 

 声をかけるつもりはなかった。

 夜泣きの赤子の世話は大変なのだ…と、通いの婆が言っていたので、結の邪魔してはいけないと思っていたから。そうっと様子を窺うだけのつもりだった。

 

 だが、近づくにつれてすぐに異変に気付いた。

 庭に面した雨戸は破られたのか、真ん中からへし折られ、障子は開け放たれていた。

 風に消されたのか灯りもない。

 ただ、真っ暗闇の中で雪が降り、弟は火がついたように泣いている。

 

「…………」

 

 勝母は椿の木の横で立ち尽くした。

 母と弟の部屋に、何か、いた。

 

 暗闇の中で、雫の落ちる音。

 ピチョン、ピチョン…と。

 母達の部屋は畳敷きなのに、どうしてだかその音は何か、水たまりのような場所に水滴が落ちる音と同じだった。

 

 一体、何が落ちているのだろう?

 

 それと一緒に聞こえてくる。

 荒い息遣いと、ひどく気味悪い…グチャグチャと何かを食べているような音。ミシミシと何か硬いモノが軋む音。ビチッと何かが千切れる音。

 

 じいぃぃ、と勝母は暗闇の中、目を凝らす。

 

 黒い影が…母を抱きしめていた。

 暗がりの中、母の白い顔が揺れていた。揺れて、揺れて……ぐらん、ぐらんと振り子のように振れた後、ボタリと母の頭は落ちた。

 

 黒い影は頭のなくなった母の体をまだ離さない。

 弟は、転がった母の頭の横で泣き叫ぶ。

 

 黒い影がようやく母を離した。

 血だらけの布団の上に放り出された母の上半身は、腸が飛び出して肉が食い尽くされていた。

 

 黒い影は母を離すと同時に、泣き叫ぶ弟の頭を掴んだ。

 メキメキッと音がするなり、弟の頭は弾けた。

 

 勝母は目を見開いた。

 

 その影が、父であると認識すると同時に、父は弟を頭ごと腹まで喰い千切る。

 

 勝母が悲鳴を上げると同時に、鴉がけたたましく喚き立てた。

 

「鬼ィィィ!!!! 鬼、襲来イィィーーッ!!!!!」

 

 勝母は、その時の記憶が一瞬ない。

 気がつくと、目の前に達が自分を庇って立っていた。

 

「逃げよ! 勝母!!」

「………」

「志摩ッ!! 勝母連れて逃げいッ!!」

 

 達の目の前には、あの大刀を持った父の姿があった。

 その血塗れの顔が、初めて笑みを浮かべていたのも、覚えている。

 

 ひどく残忍に、酷薄に笑っていた。

 勝母の中の父は、そのまま固定された。

 

 達の命を受けた志摩は、凍りついて動けなかった勝母を抱きかかえると、走って屋敷を出て行った。

 その後は一番近くに住んでいた柱の誰かに救援を要請したらしい。

 

 しかしその柱が花鹿屋敷を訪れた時には、既に鬼はおらず、雪の中で体を二つに斬られた達と、瀕死の縫が倒れているだけだった。

 縫は昨晩、任務だったのだが、帰宅したところを偶然に行き合ったらしい。

 自ら作り出した藤の花から抽出した毒薬で、多少は鬼の動きを止めたものの、結局逃げていった…と、訪ねてきた元岩柱の育手に語った。

 

 後日、この元岩柱は切腹して果てた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「母上は?」

 

 勝母が志摩に問うと、志摩は首を振るだけだった。

 その様子を横たわりながら見ていた縫が、クックッと笑い出す。

 

「こっちへ来い、勝母」

 

 珍しく呼びかける縫に、志摩が勝母を抱きしめた。

 

「おやめ下さい、縫様。勝母様は……とても…今は……」

「黙れ、志摩。こやつが今から生きる上で、知っておかねばならぬ事だ。勝母、母と弟がどうなったか知りたいのだろう?」

 

 縫の妙に嬉しそうな顔は嫌であったが、勝母は志摩の手を押しのけると、縫の側まできて正座した。

 

「お前の母も、弟も、殺されたのだ」

「………」

「誰に殺されたのかは、わかるな? 言ってみろ」

 

 縫の顔に、いやらしい笑みが浮かぶ。

 勝母は唇を噛み締めてから、静かに言った。

 

「………父上です」

 

「そうだ。お前の父が…五百旗頭(いおきべ)卓磨(たくま)が殺したのだ。あろうことか、裏切者に成り果てたのだよ、あの男。そうして自分の妻と、生まれたばかりの我が子を殺した。殺して……どうして死体がないと思う?」

「………」

 

 勝母は言いかけて、声が出なかった。

 喉の奥が痙攣して、震えて、声が出ない。

 

「縫様!」

 

 志摩が止めるのを、縫はじっとりとした目で睨みつけた。

 

「うるさい、志摩。私はこやつに教えてやってるのだ。これから生きていくための使命を。生きねばならぬ理由を」

 

 勝母の耳には、その縫の呪いのような言葉は入ってなかった。

 ただ脳裏に閃く、暗闇にうごめく影と母の肉を咀嚼する音、それから…弟を掴んで……

 

 そこまでで勝母は口を抑えると、あわてて部屋を出て行った。

 (かわや)まで間に合わず、庭の隅で嘔吐する。

 吐くものがなくなって、黄色い臭い液体がわずかに滴るだけとなっても、吐き気は収まらなかった。

 

 しばらくの間、勝母は口が利けなくなった。

 食べても、夜には吐いた。

 

 すっかり弱り、母の作ってくれた人形を抱いて、部屋の隅で小さくうずくまる日々が続いた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は明日2021.07.14.水曜日更新予定です。


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