椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母ノ帖>   作:水奈川葵

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三十.ずっとそばに…

 二年後 ――――― 

 

 

「…っとに…人に信州に行けとか言っておいて、結局また呼ばれたと思ったら祝言(しゅうげん)たぁ……人遣いが荒いっつーか、単純に浮かれてるっつーか」

 

 篠宮(しのみや)東洋一(とよいち)はボヤきながら、宴会が始まる前から、酒をちびちび飲み始めていた。

 隣に座っていた鱗滝左近次が、フッと笑う。さすがに今日ばかりは天狗の面をつけることを禁止されていた。

 

「とうとう、可愛い妹を嫁にやることになって、ヤケ酒ですか」

「なに言ってやがる。お前だって妹みたいなモンじゃねぇか。勝母(アイツ)のこととなったら、俺より心配性なくせして」

「私は、素直に祝福しています」

「フン、澄ました顔して。どうせ、昨夜(ゆうべ)は大泣きしてたんだろうが」

「ハ…どうして私が泣かないといけないんです? そちらのお話でしょう、むしろ」

 

 大の大人が二人して、すっとぼけた譲り合いをしていると、いきなり耳をつんざく大音声が響いた。

 

「おおぉーっ!! お前らも来てたかーッ!」

 

 桑島慈悟郎がドタドタと足音もうるさく入ってくる。

 一気に場が騒がしくなった。

 招待された人々は、少しばかり異様な雰囲気の三人組を遠巻きに眺めて近寄らない。

 

「いやぁ、目出度(めでた)い!!」

 

 慈悟郎は東洋一に勧められるまま酒を(あお)って、元鳴柱に違わぬ大音量で叫んだ。

 

「あの強情で、チビで小生意気なジャジャ馬娘が嫁に行くなんぞ……まことに目出度い!!」

「褒めてないですよ、鳴柱様」

 

 左近次はたしなめたが、慈悟郎は明後日の方角を向いていなす。

 

「ハッ! もー(ワシ)ゃ、柱じゃない! いやー、目出度い! いい日だ~」

「おうおう、ジゴさん。はしゃいでんなぁ。孫の祝言で羽目外すなよ~」

「誰が孫だ! 儂はそんな年じゃない!!」

「ンなこと言っても、すっかり(つむり)が白くなっちまってんじゃねぇか」

「若白髪だ!」

「はぁッ? 四十なんぞ、もうご隠居でもおかしかねぇや」

「四十じゃないッ! まだ三十七だッ」

「五十歩百歩だろ~。三年すりゃ四十じゃねぇか。いいかい? 若白髪ってのは、俺みたいなのを言うんだ」

「お前だって、それこそ目糞鼻糞だろうが! 五歳しか違わんくせして!!」

 

 徐々に熱を帯びていく不毛な応酬に、左近次が冷水を浴びせるより早く、勝母(かつも)の鋭くじっとりした視線が、酔っ払い二人を射抜いた。

 

「やぁ、ようこそいらして下さいました」

 

 朗らかな新郎と対照的に、仏頂面の花嫁は、さっそく毒づく。

 

「やっぱりお前たちを招待するんじゃなかった」

「どういう意味だ、それ」

「そのままの意味だ。宴席も始まらないうちから、勝手に酒を飲んで…誰も注意する人間はいないのか?」

 

 キッと勝母は周辺にちらほら見える鬼殺隊関係者に鋭い視線を向けたが、みな、一様にあらぬ方角を向いて目が合わない。

 

「………逃げよって」

「正解ですよ。誰が好き好んで、こんな人達を突っつき回すものですか」

「左近次! お前、見てないで止めろよ!!」

「花嫁がそんな口を聞くものじゃないですよ」

 

 諭すように言う左近次に、また旭陽(あさひ)が見当違いなことを言い始める。

 

「ねぇ! とっても可愛いですよね! 似合ってるでしょう」

「やめろ! いちいち会う人ごとに言わなくていい!」 

 

 新婚夫婦が早々に喧嘩を始めるのを横目に、左近次はさりげなく勝母の姿を目に収めた。

 

 確かに旭陽が自慢したくなるのもわかるくらい、愛らしい花嫁だった。

 視力を失った右目は痛々しかったが、(かんざし)から垂れた藤の花で上手に隠されている。黒の引き振袖に、金襴緞子(きんらんどんす)の帯はお館様から贈られたものだという。

 柱の祝言など、いったい、いつ以来のことだろうか。

 鬼も怖がる花柱が紅をつけるなど、おそらくこれが最初で最後だろう。

 

 まことに美しく、可愛らしい………

 

「もういいから黙れ!」

 

 ………口をきかなければ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 勝母が里乃(さとの)多可(タカ)ら女衆に連れて行かれると、旭陽がお銚子を持って、東洋一のところにやって来た。

 

「よぉ、トンチキ。とうとうやりやがったな」

 

 そう言うのは、まだ東洋一が鬼殺隊にいた頃に、旭陽がいずれ勝母と結婚することを宣言していたからだ。

 ニッコリと笑って、旭陽は東洋一の杯に酒を注ぐ。

 

「有言実行が、僕の信条なんです」

「言いやがるねぇ」

 

 東洋一はクイッと酒を(あお)ってから、チラと女連中と話している勝母を見た。照れはあるようだが、満更でもない顔だ。

 

「しかし、お前はやっぱり酔狂な奴だな」

 

 しみじみ言うと、旭陽はその言葉がいつもの軽口でないのを感じ取ったらしい。

 

「心配ですか?」

 

 にこやかな微笑みを崩すことなく、銚子の酒を注ぎながら問うてくる。

 東洋一はジロリと旭陽を見てから、酒を呷った。

 

「……隊士の嫁になる女は、気丈でないとやってられねぇ。まして相手が柱ともなりゃあ…相当肝っ玉が太くないとな」

「僕は女じゃないですよ」

「だから、難しいんだろうが。男なんぞ、たいがい意気地なしなんだからな」

 

 旭陽は肩をすくめた。

 

「さんざん怖い鬼を殺し回ってた人とは思えないことを言いますね」

「ありゃ、意地だ。意気地がないから、意地を張るんだよ」

「同じようなものだと思いますけど…?」

 

 首を傾げつつ、乞われてまた銚子の酒を東洋一の杯に注ぐ。

 東洋一は酒を含みつつ、ヒラヒラ手を振って言った。

 

「なんとなくわかりゃあいいんだ。俺だって適当に言ってる」

「飲み過ぎですよ。酔っ払いは里乃さんに嫌がられますよ」

「うるせぇやい」

 

 東洋一はフンと鼻をならすと、旭陽から銚子を奪って、手酌で飲み始めた。

 

「お兄さん」

「だから、兄じゃねぇ()ってんだろ」

 

 初対面で勝母の兄だと嘘をついて以来、ずっと旭陽は東洋一を勝母の兄として接してくるが、訂正してもその態度は変わらない。

 

「僕が、いつか勝母さんを置いて逃げるかもしれないって…思ってますか?」

 

 旭陽は東洋一の危惧を正確に読み取っていた。

 東洋一は酒を飲みながら、内心で苦笑する。なんだかだと、やっぱりこの男は鋭い。

 

「……あいつの背負(しょ)ってきたモンも、今、背負(しょ)ってるモンも、そう誰もが簡単に抱えられるモンじゃねぇ。それでも必死に生きてきたんだ。誰に頼ることもなく。今、お前に放り出されたら、今度こそ確実に壊れるぞ」

「……怖いですね」

 

 旭陽は微笑んで、近くにあった銚子から手酌で一口含んだ。

 

 東洋一の言わんとすることは、わかっているようだった。

 先程の言葉に続くのは『もしそうなれば、ただではおかない』という旭陽に対する恫喝だ。

 

 旭陽は猫背気味の背をピシリと伸ばし、居住まいを正した。

 

「僕は、お兄さんや天狗さんみたいに、鬼と戦うこともできないし、弱いです。彼女を守るなんて、おこがましいことは言えません。でも、あの人を支えることができるのは、僕だけです」

 

 穏やかで冷静な旭陽の目は、睨むように見つめる東洋一の視線を柔らかく受け止める。

 しばらく見合ってから、ハァと溜息をついて目を逸らしたのは東洋一だった。

 

「ふん……師匠が死んで、尻尾巻いてとっとと国を出た俺に、言う筋合いなんぞねぇやな」

「いいえ。これからもよろしくお願いします。遠くから見守っていて下さい。そばには僕がいますから、()()()()でけっこうです」

「……そういうとこだよ。テメェがいけ好かねェのは」

 

 吐き捨てるように言うと、旭陽はハハハハと大笑いした。

 

 ムスッとして酒を呑んでいる東洋一の肩を、慈悟郎が慰めるように叩き、こちらも大笑いする。

 げんなり顔の東洋一に、左近次がどこからか三味線を持ってきた。

 周囲に囃され、東洋一がビィン、と(げん)をはじく。

 やがて賑やかに曲を奏で始めると、一人、二人と踊りだし、下手も上手も唄い始めた。

 

「やぁれ、こりゃあもう無礼講になっちまってるねぇ」

 

 お多可はあきれたように言いながらも、手で拍子をとる。

 

「なんだか、昔取った杵柄を披露したくなってきちゃう」

 

 落ち着かない里乃を、勝母はグイと東洋一らの輪に押し出しながら、声をかけた。

 

「ホレ! 下手くそな元半玉(はんぎょく)が踊るそうだ」

「まぁ、ひどい」

 

 

 嬉しそうな皆の姿に勝母は目を細めた。

 

 こんな場所に自分がいて、しかも自分が祝ってもらっていることが、少し不思議で、信じられない。

 夢なんじゃないかと、ふと不安に落ち込みそうになると、いつの間にか旭陽が隣にいて、手を握ってくれた。

 

「ずっと、そばにいますよ」

 

 耳元で囁かれて、勝母は一瞬妙な感覚に目をしばたかせた。

 

「どうしました?」

 

 旭陽は悪びれることもなく、首をかしげる。

 勝母は睨みつけてから、ボソリと言った。

 

「今の言葉、忘れるなよ」

 

 

 

<椿の涙 了>

 




これにて最終回です。
よろしければ、引き続き『金木犀匂ふ』にて、年経た勝母の姿を読んで楽しんでいただければと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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