椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母ノ帖>   作:水奈川葵

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四.誓い

 (ぬい)は無慈悲であった。

 自らの傷が癒えると、勝母(かつも)の前にやって来るなり、無言でその頬を打った。

 

「貴様に母と弟の…祖母の死を悲しんでいる暇があると思っているのか?」

「………」

 

 勝母は打たれた痛みをあまり感じなかった。どんよりと、目の前に立っている縫を見上げるだけだった。

 縫はしゃがみこむと、恨みに満ちた目で勝母を見つめた。

 

「お前は、あの男の娘だ。花鹿(かじか)の名は与えない。お前は五百旗頭(いおきべ)だ。裏切者の娘として、生きろ」

「………」

「いつまで呆けているつもりだ? 貴様の父親のせいで、母上は亡くなった。姉上も、貴様の弟も死んだ。貴様の父が殺したのだ。復讐もせずに、ただ泣き暮らすだけか? そうしたいなら、この家から出て行け! お前は目障りだ! 厄介者だ!」

 

 激昂した縫は立ち上がるなり、再び勝母の頬を容赦なく()つ。

 すっかり体が細くなっていた勝母は、壁へとふっとんで顔を正面から打った。

 

 痛みに顔を顰める勝母を縫は無表情に見下ろす。

 またゆっくりとしゃがみ込むと、うすら笑いを浮かべて言った。 

 

「お前が父を殺すと……あの裏切者を殺すと誓うなら……その為の修行にも耐えるのなら、置いてやる。母上亡き今、この屋敷の主は私だ。ここにいるのなら、私に従ってもらう」

 

 勝母は鼻から垂れた血を手でこすった。鼻の奥に血のにおいが張り付いた。

 

「……修行を…します」

 

 勝母は自分を睥睨する叔母を見上げて言った。

 

「父を……殺します。必ず」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 縫には勝母を育成しようなどという気は毛頭ないようだった。

 ただ、修行の名目で勝母を痛めつける。その稽古は苛烈を極めた。

 だが、勝母は文句を言わずについていく。

 年齢から考えれば、あり得ない課題を次々とこなす勝母に、縫の苛立ちは益々募った。

 

 

「あまりにひどいなさりようです。修行であれば、もっと別の御方でも…(たつ)様のお弟子の中にいくらでも有能な方はいらっしゃるのです。勝母様、どうか…ここを出て…お一人でお寂しいのなら、志摩も一緒に参ります故」

 

 志摩は毎日のように続く勝母への虐待に、何度も言ったが、勝母は頑として受け入れなかった。

 

「……志摩。私は叔母上に教えていただくと決めた。お前が見ていられないのなら、お前一人でここを出るといい」

 

 子供ながらに人並み外れた怪力で、悪戯っ子で、お転婆であったが、何より愛らしかった小さなお嬢様は、もはやほとんど笑うこともなくなっていた。

 志摩はそれからも何度となく進言したが、どうあっても聞き入れない勝母を、もはや見守るしか手はなかった。

 

 自分がここを出てしまっては、おそらく縫の一方的な折檻(せっかん)はひどくなる。傷を負った勝母を手当てすることもない。

 度を越した縫の修練を見て見ぬ振りすることはひどく辛かったが、志摩は達に代わって勝母の成長を見守ると決意した。

 

 また、それはある意味では驚きの連続でもあった。

 わずか八歳で、勝母は全集中の呼吸を習得した。発作のせいで、ようやく十六の歳で全集中の呼吸を習得できた縫とは雲泥の差である。

 

 その後の技の型もあっという間に身につけた。

 その著しい成長ぶりは、本来であれば喜ばしいものであったが、育手である縫はただただ歯噛みするばかりであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ある日のこと、勝母が山での修練を終えて帰ると、庭で縫が焚き火をしていた。

 その火の中に、勝母の持っていた人形や本をどんどんと()べていく。

 

「なにをするのです!」

 

 その頃になると、勝母は縫の陰湿ないじめに対してほぼ無視するだけになっていたが、さすがにこの事に関しては声を上げて抗議した。

 あわてて火の中から人形を一体だけ取ったものの、半分は黒く焦げて手はなくなっていた。

 

「……いつまで人形遊びなどしているつもりだ? そんな暇があるなら、やることはいくらでもあろうが」

 

 縫は冷然と言った。

 勝母は唇を噛み締めると、人形を持ったままその場に片膝をついて頭を垂れた。

 

「人形で…遊んでいるわけではございません。これは…この人形は母の形見です。母が私に作ってくれた……大事な……」

 

 言いながら喉の奥がまた震えてくる。

 また声を失った勝母に、縫は上から氷の(つぶて)を降らせる。

 

「お前に母の死を悼む権利があると思っているのか?」

「………」

「お前に、祖母の、弟の、その死を悼むことが許されると思っているのか?」

 

 唇を震わせて見上げた勝母を、縫は容赦なく蹴りつけた。

 地面に倒れた勝母の髪を掴んで、鼻先まで近づき、囁くように呪詛を唱える。

 

「………あの男が殺したのだろうが。お前の父が。お前には、あの男の血が流れているんだ。裏切者の血が!」

 

 縫は興奮しているのだろう。

 半身に沈着した赤い痣が熱を持って、鮮やかに浮かび上がる。

 

「誰もお前を許さないんだよ。わかっているか? 何が『(みゆき)』だ。お前は不幸を持って生まれたんだ。お前さえいなければ、姉上は母上の期待のままに隊士となっていた。我らは共に鬼を葬って、いずれ母上の跡を継いで柱となることも………」

 

 そこまで言って、縫は湧き出た苛立ちのまま勝母の頭を地面へ向かって(なげう)つと、さっさと母屋へと帰っていった。

 

 

「………勝母様…」

 

 縫が母屋へと完全に入ったのを確認してから、志摩がそろそろと声をかける。

 

「……今回は、割とあっさりしていたな」

 

 勝母は起き上がると、軽く頬についた砂を払った。

 

「あれで?」

 

 志摩が呆れたように言って、濡らした手拭いで手を包む。

 人形を火から取る時に、軽く火傷をしていた。

 

「……なんだか急にイライラしてたような気がする」

「色々と…隊内のことでご不満がおありのようですよ」

「隊のことで?」

「この前も酔われて何か…どうして自分が柱になれないんだとか、何とか」

 

 勝母は首を捻った。

 

「柱になるも何も…叔母上など、今年になって任務に行けてもいないのでは?」

 

 今は五月だが、未だに年末に受けた鬼からの傷が元で、縫の体調は戻っていない。

 いや、それだけでなく、鬼への毒薬を精製する過程で、人にも有害な気体を吸ってしまい、内臓を損傷したらしい。

 むしろそのことでの療養が長引いていた。

 

 今では、縫はほとんど別棟にある薬事処に籠もって、鬼の毒作りに夢中になっていた。

 以前はその場所は達が隊士達のための、打ち身の膏薬や解毒薬を調合するために使用されていた。

 しかし縫の研究意欲は人間への治療薬よりも対鬼の毒薬作りが主流となってしまい、もはや隊士達が屋敷に立ち寄ることも少なくなっていた。

 もっとも、鬼に対する毒薬の製出などほとんど手探りの状態で、誰しもがそんなものを作れると思っていない。

 

「鬼に毒なんて…効くのだろうか?」

 

 勝母が問いかけると、志摩は呆れたように肩をすくめた。

 

「さぁ? でも、達様が生きてらしたら、『馬鹿め』と吐き棄てられたでしょうよ。剣士であれば、毒を持って鬼を制するのではなく、堂々と刀で討て…と」

「おばば様ならそう仰言(おっしゃ)ったろうけど…」

 

 勝母は焚き火の炎を見ながら、懐かしい祖母のことを思った。

 明るく闊達であった祖母。だが、無自覚に人を傷つけることも多かった。

 縫には特に。それが縫の劣等感をより強め、ますます卑屈になっていくことなど考えもせずに。

 

 どうやっても縫が剣において、達のような柱の域に到達することは無理だろう。

 勝母に課した修練は、縫がこれまで自らに課してきたものだった。あの過酷な内容をこなしても、縫の剣の実力は巧者ひしめく鬼殺隊にあって凡人以下でしかない。その上での生来からの虚弱体質。

 縫なりに鬼に打ち勝つ方法として考えた結果が毒であるなら、それはそれでいいと思う。

 

「例の風柱様の肝煎りで、柱になるための基準とやらが設けられるようになったらしいのですよ」

「風柱様って…あの?」

 

 この数年の間、柱が三人しかいない時期が続いた。

 その中にあって、風柱はただ一人、代替わりすることなく職責を負って鬼を退けてきたことから、生存中にも関わらず、既に『伝説の風柱』と呼ばれるまでになっている。

 その勇名は、鬼殺隊に入っていない勝母ですらも知っていた。

 

 一度、あまりに柱が減ったことで達が産屋敷邸にまで出向いて、自らの復帰を打診したが、

「やれ……婆は引っ込んどれ、ということだろうな。あの風柱に説得されては、年寄がやかましゅう騒ぎ立てるのもみっともない故、すごすごと帰ってきたわ。ま、婆には婆でやることもある。優れた弟子が隊士となれば、隊の利福ともなる。そちらに力を尽くすことにしよう……」

と、帰ってきて少し寂しそうに、だが晴れやかに語っていた。

 

 あの豪気な祖母のことだ。

 鼻息も荒く、まだまだ自分も現役として使えとばかりに乗り込んだに違いないが、それでも決して好意を無下にすることなく、祖母の為人(ひととなり)を図って上手に断るだけ…会ったことはないが、『伝説の風柱』というのは、やはり相当に人格も出来た人なのだろう…。

 

 その風柱は、現在、幼少の御館様を支えて鬼殺隊の中心となり、様々な改革を行っているようだ。

 

「基準って?」

 

 勝母が問うと、志摩はかつて達の弟子であった隠の女性から聞いた話を思い出しもって話した。

 

「なんでも…今までは柱となるのには、当代や過去も含めた柱からの推挙があって…その後に柱が集まって合議の上で認めていたのを……もっとわかりやすくしたようですよ。鬼を殺した数とか、十二鬼月を殺したとか。そのせいで、割と幅広い隊士達から柱に登る人が増えたみたいで、今度もなんか砂の呼吸の人が柱になるようですよ」

「へぇ…」

 

 砂の呼吸は岩からの派生呼吸だが、歴史は花より古いにも関わらず、柱となった遣い手は今までなかった。

 

「しかし…そうなったのなら、尚の事、叔母上もやきもきする訳だ。おそらくこれまで以上に、鬼殺隊は実力主義になったということだろうから」

「左様でございますね」

「……楽しみだ」

 

 勝母はニヤリと笑った。

 その不敵な笑みを見て、志摩はやはりこの子供には達の血が流れているのだと、内心思った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 勝母は十歳になった時に縫に最終選別へ向かうことを申し出た。

 

「駄目だ」

 

 縫の返事は簡潔であった。だが、その後に続けた言葉に勝母は耳を疑った。

 

「お前を鬼殺隊に入れるつもりなどない」

「………は?」

「誰がお前を隊士にするなどと言った?」

 

 混乱して言葉もない勝母の代わりに、背後から志摩の厳しい声が飛んだ。

 

「これまで散々、折檻(せっかん)のような修練を課しておいて…どういうことです? 今更そのような…あまりにご無体でございましょう?!」

「そうか…? 私はてっきり…志摩、そなたは賛成するものと思っておったがな。わずか十歳(とお)の娘を、鬼どもが跳梁跋扈する山に送り出して…むざむざ殺されに行くようなものだ」

 

 なんとも白々しい言いようであったが、志摩は押し黙った。確かに普通に考えれば、最終選別に向かうには、勝母はまだあまりにも幼い。

 

「叔母上、私の年を理由に藤襲山へ行くことを許されぬのは得心がゆきません。もし、左様なことを理由になさるのなら、私は反対されても向かいます」

 

 勝母がはっきりと言うと、縫はキッと睨みつけて手を上げた。

 だが、勝母は縫から目線を外さず、静かな面でただ見つめている。

 静かだが、隙のない佇まいに、縫は唇を噛んで手を下ろす。

 

「ふん……すべての技を習得もせず、中途半端に行くというなら止めはせぬ」

 

 縫は脇息にもたれかかりながら、煙管(キセル)を吸い始めた。すぐに咳き込むくせに、どうにもやめられぬらしい。

 

「すべての技では…ない?」

 

 勝母が驚いて問い返すと、縫はニヤリと笑った。

 

「そうだ。花の呼吸には…まだ、型がある。最後の…最終の……終ノ型が」

「終ノ型?」

「これを習得することもなく、花の呼吸の遣い手などと名乗るな。お前ごとき……隊に入れば有象無象の一人でしかないのだ。いや、その前に藤襲山の鬼に襲われて喰われ死ぬか……」

 

 縫は嗄れた声で笑うと、煙を勝母に向かって吐きつける。

 

「さ。早々に行くがよいわ。貴様のような半端者、いつまでも教えるのも飽きた」

「……今年は、見送ります」

 

 勝母は硬い顔で告げる。それから縫をしっかと見つめて懇願した。

 

「どうか、その終ノ型について御教示願います」 

「……さて、な」

 

 縫はニヤニヤと笑って、煙をくゆらしていた。

 

 

 結局、縫が勝母に終ノ型について教えることはなかった。

 どうやら、この型は達が考えた技とは別に、縫が独自に編み出したものらしい。

 

 勝母は何度となく縫に指南を乞うたが、縫は一切教えてくれなかった。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は2021.07.16.金曜日に更新予定です。

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