椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母ノ帖>   作:水奈川葵

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九.柱合会議、前後

 ―――――少し、早かったか……。 

 

 柱合会議が始まる前の、まだ全員の揃っていない部屋の中で、勝母(かつも)風波見(かざはみ)周太郎(しゅうたろう)と二人きりだった。

 

 十三歳で柱となってもう四年が過ぎようとしているが、未だに目の前に座る人物には慣れない。

 それは『伝説の風柱』などという安っぽい通り名以上に、その人から受ける圧倒的なまでの存在感が、なんとなしに落ち着かぬ緊張感を生むのだ。

 

 昔、祖母に対していた時と少し似ている。

 だが、祖母は肉親であるが故の気安さがあったので、そこまで緊張することはなかった。

 あるいは、祖母に対していた人達は、今の勝母のような心地であったのかもしれない。

 

 鳴柱の桑島慈悟郎などは、柱となって勝母よりも長く、風柱とも親しげに話しているように見えていたが、

 

「いやいや。あれでも話し終わった後には脇汗がひどいんだ。話している時には気づかないんだが、緊張していたんだな…と終わってから思うんだ。なんというか…気がな…覆ってくるんだ」

 

と、言っていた。

 

 しかし、そうした独特の緊張感を生み出しながらも、当の風波見周太郎は至って朗らかで物腰も柔らかな人物であった。

 その違和感もまた、勝母には腑に落ちず落ち着かなくさせる。

 ふと目が合って、思わず逸らすと、周太郎は微笑んで話しかけてきた。

 

「そういえば、先ごろは迷惑をかけたようだな。花柱」

「は?」

「ウチの不肖の弟子の借金の尻拭いをしてくれたのだろう? すまなかったな。私の方から返済しておこうか?」

「あぁ……いえ。蔵の片付けを手伝ってもらって、弁済してもらいましたので」

「ほぅ。あの男、逃げなかったのか?」

「逃げさせるほど間抜けじゃありません」

 

 勝母は憮然として答えた。

 実際、東洋一(とよいち)は逃げようとしていたが、勝母と左近次で挟み撃ちにされて兜を脱いだ。

 周太郎はおおよその事情を察したのか、ハッハッハッと大笑いした。

 

「さすがの篠宮東洋一も花柱の前では形無しだな」

 勝母は周太郎の言葉の切れ端に敏感に反応する。

 

「…さすがの……と言われるのであれば、風柱様にも彼の力量はお認めでいらっしゃるのですね」

 

 多少の皮肉が入っていた。

 それは周太郎が最近はあまり任務に赴かず、その代理ではないかと思えるほどに、東洋一が全国を飛び回っていたからだ。

 勝母の見るところ、昔はどうあれ、現在の周太郎の剣士としての実力は、既に東洋一よりも下回っているだろう。

 

 周太郎は勝母の皮肉に気づいたようだった。

 

「そうだな。柱になったらどうか…と本人にも言ったが、まったく聞き入れん」

 

 嘆息混じりに言う周太郎を、勝母は意外そうに見つめた。

 今の今まで、周太郎が柱という地位に固執しているのではないか…という疑念を捨てきれなかったからだ。

 

「風柱様は…東洋一に地位を譲る気はおありなのですか?」

「もちろんだ。しかし言っても聞かん。お主達で説得してくれ」

「………」

 

 言われるまでもなく、勝母も、おそらくは鳴柱の桑島慈悟郎も、東洋一の親友であり同期の炎柱である煉獄康寿郎も、皆さっさとなれと言っている。

 だが当人が突っぱねていた。

 師匠に気兼ねしているのだろうと、想像はしていたが、当の師匠からまで言われているのなら、どうして快く承諾しないのだろうか。

 

「……わからない。なぜあの男…あれほどまでの才能がありながら」

 

 つぶやいた勝母を、周太郎は不思議そうに見た。

 

「才能?」

「鬼狩りの才能です。風柱様も認めておいででしょう?」

 

 何気なく言った勝母に、周太郎は首を振った。

 

「あやつには鬼狩りの才能などない」

 

 勝母は一瞬、絶句した。

 さっき、篠宮東洋一の力量を認めると言ったのではなかったか?

 

「ど…ういう事です? 篠宮東洋一は強いと…認めておいでなのでしょう?」

「あぁ、ヤツは強い。それは間違いない。だが、()()()()才能はない」

 

 周太郎は相変わらず朗らかな笑みを浮かべて、断言する。

 勝母は困惑した。

 眉間に皺を寄せる勝母に、周太郎はなおも意味不明なことを言い重ねた。

 

「東洋一だけでない。五百旗頭(いおきべ)勝母(かつも)にも私にも、すべての鬼殺隊士に鬼狩りの才能などはない」

 

 勝母はますます困惑を深め、首を傾げて考え込んだ。

 

「……頓智かなにかですか?」

「ハッハッハッ! 違う違う。そのままの意味だ」

「尚の事、わかりません」

 

 難しい顔になり黙り込む勝母に対して、周太郎はあくまでも鷹揚な笑みを浮かべた。

 

「さほどに難しいことではない。鬼は元は人なのだ。人であったものを殺す。生きとし生けるものを殺すという点において、才能のある人間などいない。……いなくていい」

 

 そういう事か…とある程度、腑に落ちながらも、勝母はがっかりした。そんなありきたりな正論などで、今更、鬼を人同様に扱うなど馬鹿げている。

 

「それは詭弁です」

 

 冷然として言うと、周太郎はその反応を予想していたのか、怒らなかった。むしろ優しげな口調で語りかける。

 

「確かに…綺麗事だな。だが、殺すことに慣れれば、人は鬼よりも恐ろしく卑しい存在になりうる。元々、人の中には鬼の(しょう)がある。五百旗頭勝母の中に夜叉がおり、私の中に羅刹がおる。我らはさして鬼と変わらぬ。ただ無惨に巡り合うたか、否かで道が分かれたのだろう」

「鬼になりたくてなった者もおります」

「そうだ。勝母。彼は……鬼となる前に、既に()となっていた」

 

 言いながら、おそらく周太郎の中に浮かんでいたのは、勝母が指し示したのと同じ人物の姿であったろう。

 

「認めたくなかろうがな、お前は父親に似ている」

 

 その言葉を聞くなり、勝母はギリッと歯噛みして周太郎を睨みつけた。

 

「いかな風柱様でも、今の言葉は寛容をもって聞くことはできません。取り消して頂く!」

 

 片足を前に踏み出し、今にも刀の鯉口をきる態勢となって勝母は低く言った。

 周太郎は軽く肩をすくめる。

 

「怖い顔だなぁ」

「風柱様!」

「撤回はしない。よく聞け、勝母。五百旗頭卓磨はすこぶる真面目な男だった。真面目で熱心で、誰よりも強くあることを希求していた。絶対的な強さこそが至高のものだと、思い込んでいた。そうしてヤツは…鬼となる道を選んだ。自らの中にある()こそが、強さの源であると誤解したのだ」

「………」

(かえり)みて、お前はどうだ? 父と同じように、己を磨いた果てに、鬼として永遠の強さを固持したいと……願わないでおれるか?」

 

 ギリッと勝母は歯軋りすると、周太郎に喰いかからんばかりに吠えた。

 

「…では…では、強くなるなと仰言(おっしゃ)るのか? 己の技量を磨くことなく、鬼と対峙しろと!?」

「そうではない、勝母。常に自らにある夜叉から目を逸らすなと言うているのだ。己の中にある悪鬼を()め、研鑽を積み、技を磨く。そして、それは何のためにそうしているのか…」

「……なんのため?」

 

 鸚鵡返しにつぶやきながら、勝母は己に問うていた。

 なんのために自分は強くなるのか……?

 

 心の(うち)に問いかけると、縫が冷たく言い放つ。

 

 ―――――さっさと父親を殺してこい!!

 

 母を喪ったその日から刷り込まれた呪詛。

 あの日、誓った言葉。

 

 ―――――父を……殺します…

 

 そう。

 答えは明解だった。

 そうでなくて、どうして鬼殺隊(ここ)にいる意味などあるだろうか。

 血豆がつぶれるまで刀を振り続け、骨に罅が入っても、休まずにひたすら修練に励んだ。

 すべては―――……

 

「…聞かれるまでもない、あの男を滅殺するため……」

「殺して成就した後は?」

「………」

 

 すぐに問いかけられて、勝母は何も思い浮かばない。

 周太郎は朗々とした、いっそ清しいくらいの口調で言ってくる。

 

「あの男を殺して、お前が成り代わるか?」

「馬鹿な!!」

 

 勝母は吐き捨てるように叫ぶ。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙の中で鶯の囀りがのどかに響いた。

 春の柔らかな光が、つくばいに溜まった水に反射して、勝母の目を射る。眩しさに目を眇めながらも、勝母はじっと周太郎を睨みつける。

 だが、冷静で穏やかな周太郎と、激昂した勝母では勝負にもならない。

 

 膠着した空気をいなすように、周太郎はフと目を細め外へと目をやった。

 

「東洋一は…面白い男だろう?」

 

 いきなり話が篠宮東洋一に戻っていた。

 勝母は困惑した。

 一体、周太郎は何が言いたいのか、何を勝母に伝えようとしているのか…?

 

「まぁ……あの不肖の弟子も、色々と問題を起こすが、そういう意味ではお前にいい影響を与えてくれているのだろうな」

「…………」

 

 勝母の脳裏に、賭場で巻き上げられた挙句、着流し姿で寒そうにうろつき回る東洋一の姿が浮かぶ。

 ある時には酔っ払ってどこからか借りてきた三味線をかき鳴らして、騒いで回る姿。

 夏場に川に飛び込んで、近所のガキどもと本気になって魚捕り競争を始める姿……。

 

 ―――どれをとってもおよそ大人としての手本にならない男である。

 

 頭に上っていた血がゆるゆると引いていく。

 東洋一の事を思い出すと、まともに怒っているのが、なんだか阿呆らしくなってきた。

 

「………わかりません」

 

 ボソリとつぶやいて、勝母は刀を畳に置くと、再び正座した。

 周太郎は答えず、微笑みを浮かべた瞳で勝母を見つめる。目を合わせない勝母に肩をすくめて、立ち上がった。

 

「ようやく花が咲いたな…御館様が世話した甲斐があった」

 

 縁側から見える白薔薇(バラ)を見て、顔をほころばせる。

 腕を組んで、御館様―――輝久哉(きくや)が丹精したというその白薔薇をしばらく眺めていたが、ふと何かを思い出したようにつぶやいた。

 

「鬼となるを望む人間もいれば、人ならざる者となっても善性を貫いて、人の血肉を(いと)う鬼もいる……」

「なにを仰言っておられる? そんな鬼などいるわけ御座いません」

「そう思うか?」

 

 それから周太郎は、昔、出会ったという鬼についての話をしてくれたのだが、それは(にわか)には信じがたい内容で、勝母はそのことについて詳しく聞き返す機会はなかった。

 それは襖の向こうで聞き耳を立てていた他の柱達も同様だった。

 だが、その突拍子もない…下手をすれば鬼殺隊への背信行為とも思える話を聞いた後ですら、柱達から彼に対する畏敬の念は消えることはなかった。

 

 

『伝説の風柱』が『伝説』たる所以(ゆえん)を、勝母が身を持って知るのは、もう少し先の話になる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一月後。

 

 その日、周太郎が体調不全を理由に柱合会議終了後、早々に自邸に帰宅したあと、柱の交代について口火を切ったのは鳴柱・桑島慈悟郎だった。

 

「前にも言ったが…そろそろ風柱様においても次代に譲られることを考えておられると思う……我らから具申しても良いのではないか?」

「賛成!」

 

 すぐに大声で同意したのは炎柱の煉獄康寿郎だった。

 

「東洋一なら、十分に柱の責は担えるだろう!」

「私も賛成する」

 

 勝母も手を上げて静かに言った。

 

「そのことについては、風柱様ご自身にも伺ったが、篠宮東洋一に柱を譲ることに異存はないようだった」

 

 前回の柱合会議前に話した時に、その言質はとっている。

 

「確かに……彼は甲でもあり、十分な戦績は収めています……ただ…」

 

 小さな声で遠慮がちに言ったのは砂柱の左右田(そうだ)(はじめ)だった。

 豪快なその流儀とは裏腹に、普段は至って腰の低い男である。丸顔で細目、団子っ鼻の愛嬌のある顔に、背は低いががっしりした体躯をしている。

 

「しかし、十二鬼月を殺したという話は未だ聞いておりませぬ」

 

 冷たい面差しで切るように遮ったのは、(いと)柱・矢島(やじま)登和(とわ)

 二人だけいる女の柱の一人である。

 

 だが、勝母はこの切れ長の瞳をした白髪頭の絲柱を見ると、縫を思い出し、正直苦手だった。

 向こうもあまり勝母のことを好いてないことは、向けられる視線の鋭さや、未だに堅苦しい話し方をされることを考えても明らかだ。

 

「確かに鬼の殺傷数でいえば、柱になるに相応(ふさわ)しい戦績は収めているようですが、あの風柱様を押し退けて継ぐというのであれば、せめて十二鬼月の一匹や二匹は殺しておく程度の技量はあって然るべきでは?」

「十二鬼月に出会うかどうかは、運の要素が非常に大きい。それをもって技量の優劣を見るのは違うだろう」

 

 勝母が言うと、康寿郎が再び大声で割って入った。

 

「東洋一は既に十二鬼月は討っているぞ!」

 

 柱達が一斉に康寿郎に目を向ける。

 

「……本当に?」

 登和はそれでも驚かず静かに問うた。

 

「ああ! おそらくな!」

 

 しかし康寿郎が相変わらず明るく答えた返事に、勝母はがっかりした。

 案の定、登和は「おそらく」という曖昧なその答えに疑問を呈する。

 

「おそらく…では話になりません。少なくとも、私の鎹鴉から、篠宮東洋一が十二鬼月を殺したという報告を聞いたことはございませぬ」

「うむ。それはそうだ! 東洋一が正九郎に口止めしているからな!」

 

 言えば言うほどに窮地に立たされていることに気付きもせず、ただ素直に話す康寿郎を勝母は恨めしく見た。

 隣では慈悟郎が頭を抱えて溜息をついている。

 

「それはそれで…問題ですね。鎹鴉は個人のものでない。隊に帰属するもの。勝手に情報を隠蔽したり、虚偽の報告をすることは、当然ながら規律違反です。皆様方はそうした行動をとる男が柱足るに相応しいとお考えか?」

 

 正論を滔々と唱える登和に、勝母は一息ついてから再び口を開いた。

 

「柱になることは、第一には強さだろう。そこについて反論はないはずだ」

「しかし、そうした問題行動を起こす人物が柱になることに違和感を生じる人間も、少なからずいるでしょう」

「……その筆頭が貴女(あなた)という訳か」

 

 面倒になって吐き捨てるように言った勝母を、登和は冷えた視線で見つめた。

 

「そういうあなた方は…仲間内で推挙し合って結託して…柱を占めるおつもりですか?」

 

 ピリリ、と空気が殺気立つ。

 

「……何だと?」

 

 勝母は低い声で唸るように言う。

 思わず畳に置いた刀に手がいきかけるのを必死に握り拳をつくって押し止める。

 

 登和は勝母の怒りを感じ取りながら、その表情は冷たく冴え冴えとしていた。

 

「そうしてあなた方が徒党を組んで、隊の意見を我が物顔に独占しようというのであれば、私は反対するしかない。あの御館様が何人もの柱に対して抗弁できようはずもなし……」

「誰が徒党など…」

 

 桑島慈悟郎はあまりに心外な物言いに、いっそ呆気にとられた。

 一方、隣で激昂した勝母は、無意識に刀に手を伸ばしかけ、すんでで鱗滝左近次に止められた。

 ものすごい力で手首を掴まれ、勝母は固まる。無言で抵抗するも、左近次は微動だにしない。

 

「……そういえば」

 登和は左近次と勝母の様子を見ながらも、まったく驚くこともなく、左近次に問いかけた。

 

「あなたのご意見を伺ってませんね、水柱。まぁ、聞くまでもない気もしますが…」

「東洋一さんを柱にすることにですか?」

「えぇ。ご賛成ということでよろしいですか?」

「いえ。反対します」

 

 あっさりと言ったその言葉には、その場にいた柱がすべて目を剥いた。尋ねた登和も、さすがに目を開いてもう一度聞き返す。

 

「反対?」

「えぇ……」

 

 勝母は奥歯を噛み締めると、渾身の力で左近次の手を振り払った。

 

「……どういうつもりだ?」

 

 睨みつける勝母を見てから、左近次は答えずに岩柱に問いかけた。

 

「残るは岩柱様だけと思いますが……」

 

 それまで一言も口を開くことなく、それこそ岩のごとく静まり返っていた岩柱・阿萬(あまん)刀膳(とうぜん)は、左近次の言葉に目を開く。

 

「……その前に鱗滝。貴様のその言葉は本心か?」

 

 天狗は首を傾げた。

 

「どういう意味でしょう?」

「貴様が鳴柱らと同じように篠宮東洋一に肩入れしていることは明白なことだ。なぜ同調しない?」

「自分の意見を言っているに過ぎません。皆様方そうだと思いますが」

「………どうだか」

 

 刀膳は口の端を歪ませたが、それ以上は追求しなかった。

 

 一方、勝母はギリと歯軋りして暗い目で岩柱を見ていた。

 

 刀膳が同門であった五百旗頭(いおきべ)卓磨(たくま)のことを恨みに思い(卓磨が隊を裏切り、鬼となったことで、刀膳の師匠は責任をとって切腹している)、その娘である勝母を嫌っているのは周知のことだった。

 

 柱に就任する前も後も、勝母への苛立ちと憎しみを隠すこともない。

 時にそれがあからさまに過ぎて、風波見周太郎から注意を受けることさえあった。

 

 その刀膳が、勝母の推挙する篠宮東洋一の柱就任を認めるはずがない。

 

(われ)は、風柱様以外の男が今その位置に就く必要はないと思っている」

 

 案の定、厳然とした低い声が響く。

 刀膳はギロリと三白眼で、勝母らを見回した。

 

其処許(そこもと)らは勘違いをしておるようだが、風柱様は今も任務はきちんと遂行されておられる。過去においても現在(いま)においても、鬼殺隊における功績はあの男の追随するところでない。隊全体と御館様からの絶大な信頼も含めて………鳴柱の提案に同意する者は少なかろうな」

 

 刀膳の言う事は尤もだった。

 東洋一の技量がいかに優れていようが、鬼殺隊士達にとって『伝説の風柱』がいなくなることでの動揺は避けられない。

 それは周太郎を親のように慕う御館様も同じだった。

 風波見周太郎は鬼殺隊の精神的柱石。

 他の柱のように、おいそれとすげ替えるわけにはいかないのだ。

 

「……………」

 

 それがとりあえずの結論であるように、誰も声を上げることはなかった。

 

 

「では……この話はこれまでに致しましょう」

 

 打ち切ったのは砂柱・左右田甫の朗らかな声だった。

 登和は冷たく勝母を一瞥すると、最初に立ち上がって出て行く。

 

「ま、今日のところは仕方なかろう。いずれ、絲柱にもおいおい理解してもらうしかない」

 康寿郎はぽんと勝母の肩を叩き、慈悟郎に目配せしてから出て行った。

 

「すまなんだな、花柱」

 慈悟郎も一言だけ謝って康寿郎を追うように出ていく。

 

 やがて阿萬刀膳が立ち上がると、勝母の前で止まった。

 

「風柱は代々風波見家が担ってきた。しきたりを揺るがす真似は控えよ」

「世襲など…今更、時代遅れだ……」

「同じことを煉獄に言えるのか? よいか。隊士のなり手は年々減っている。まして先祖代々、鬼殺隊に従属する家は、戦力として非常に重要なのだ。金欲しさに隊に入ってきては、鬼怖さに逃げ出す輩とは、明らかに技量も、精神も、鍛え方が違う。まして惣領家となれば、その後継の努力は並大抵でない……ただの継子風情と同等に扱えるものではない」

「東洋一は…金目当てではない!」

「どうだろうな。度々、鳴柱にも金を無心して…風柱様に、女を落籍する金を用立ててもらったようではないか」

 

 反論しようとする勝母と刀膳の間に、スイと砂柱が入ってくる。

 

「やれやれ。篠宮殿もこうまで話のタネになっては、恐縮しきりでしょうな。さ、参りましょうか、岩柱」

 

 ニコニコと笑いながら、左右田甫はそれとなく刀膳を促す。

 眉間に皺を寄せながらも、そのまま砂柱の笑顔に押し切られるように、刀膳は部屋から出て行った。

 

「どういうつもりだ?」

 勝母は二人きりになったと同時に左近次に詰め寄った。

 

「お前は東洋一と一番仲が良いはずだ。なぜ反対する?」

 

 天狗は無言で小首を傾げる。

 勝母はギリと歯噛みすると、憎々しげにその天狗面を払った。

 コロン、と畳の上に転がった天狗面の尖った鼻を蹴りつけると、ポッキリ折れた。

 

「……八つ当たりが過ぎますよ」

 左近次は苦笑しながら、面を拾い上げた。

 

「そんなに東洋一さんを柱にしたいんですか?」

「したいとかじゃない。柱になるべき条件があるなら、なるのが責務だろうが」

「基本的には…私もそうだと思いますよ。ただ、今のこの状況下で東洋一さんが柱になることは、色々と軋轢がある。今回のことでそれはよくわかったと思いますが……」

(さか)しらに言うな! お前らはいつもそうだ!! 最終最後には私を子供扱いする!」

「子供扱いされたくなければ、時節を待つ…ということを覚えることです、花柱」

「時の解決に任すのは年寄りの専売特許だな! そうしていつも煙に巻く!」

 

 左近次はフゥと溜息をついた。

 自分もまだまだ子供だな…と内心で苛立つ心を鎮める。

 

「そもそも東洋一さんにその気がないのを、周囲が騒ぎ立ててどうします? なんならあの人を説得するのが、最も大変ですよ」

「柱になるための基準は風柱様がお決めになったことだ。あの男に文句が言えるのか?」

 

 唸るように言うと、左近次はしばらく押し黙って勝母を見つめた。

 瞳には微妙に憐れみが浮かぶ。

 

 ますます苛立つ勝母に、左近次はいつものごとくあっさりと言った。

 

「………あの人にとって鬼殺隊は忠誠の対象ではないですよ」

 

 ズバリと核心を衝かれて、勝母は絶句した。

 

 ―――――お前は父親に似ている…

 

 風波見周太郎の言葉がいきなり甦る。

 

 ―――――あの男も、絶対的な強さこそが至高のものだと、思い込んでいたのだ…

 

 勝母にとって『強さ』こそが忠誠の対象だった。

 そのために、ひたすらに努力することは当然のこと。鬼殺隊士であれば、むしろそれは義務といっていい。

 当然、篠宮東洋一もまた自分と同じなのだと……思っていた。

 

 左近次は折れた鼻を拾って、くっつける真似をしながら、嘆息まじりに話す。

 

「第一、柱合会議なんて東洋一さんが大人しく座っていられるはずがないですよ。せいぜい、途中で大あくびして鼻でもほじって横になって寝るでしょうよ。それで絲柱が怒り出して、今日以上に収集がつかないことになりかねない。私は御免です。あの人は風柱様の手の上が一番活き活きしているんですよ」

「…他人の手の上で転がされて喜ぶ馬鹿がいるか……」

「そういう馬鹿でいることを選んだ人なんです」

 

 勝母はギロリと左近次を睨みつけた。

 

「……お前は、あいつの女房か」

「単純にあの人がわかりやすいだけです。もう少し、他人に興味を持ったら、あなたにもわかるようになりますよ」

「…………」

 

 ギリ、と唇を噛み締める。

 言いたいことは山ほどあるが、もう、何も言いたくない。

 

 踵を返すと、足音も荒々しく、勝母は部屋を出て行った。

 

 

 

<つづく>

 

 

 







日またぎ更新になってしまいました。すいません。
次回は2021.08.27.金曜日に更新予定です。


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