梅雨のある日、夫婦そろって眠くなってしまうお話

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初投稿です(言ってみたかった)
こないだ大雨が降った日があったのですが、そのときにポンと浮かんだ話になります。
なんだか梅雨が終わってしまいそうで、せっかく書いたんだから公開……するかぁ、みたいな勢いで投稿します。
専門がウルトラマンなので虹を書くとは自分でも驚きですが、お気に召していただけたら幸いです。



まどろみの彼方

 

 窓の向こうではサァサァと雨が降っている。かかる雲は厚く、午前中だというのに室内は薄暗い。

 今朝のニュースでは、降水確率90%、湿度も90%と言っていた。それも一日中。お手本のような梅雨日和だと。

 

 おかげで本日予定していたドライブは中止だ。

 もっとも、平日の時点で今日が雨になりそうなことは分かっていたし、雨の車中で二人きりというのも学生時代を思い出してなかなか乙なものだが――

 

「~♪」

 

 鼻歌交じりに食器を洗う妻を見て、お互いそんな気分でもないことを知る。今日はたぶん、何もしない日だ。

 高校生の頃スクールアイドルをやっていたこともあってか、彼女の声は心地よく耳に響く。どうやら現在はご機嫌なご様子。

 そんな彼女に悟られないよう、なるべく小さな動きで、なるべくテレビの音が大きいタイミングを見計らい、エアコンの温度を下げる。

 

「こら。休みの日は27度までって決めたでしょ~」

 

 んげ、バレた。

 エアコンの音が出ない方法はないものか……。

 

 彼女は自他ともに認める――本人も言っちゃうのだから間違いない――良妻賢母だ。まだ母ではないが。捉えどころのない性格で勘違いされがちだが、恐らくは誰よりも現実が見えており、家計のやりくりのすべては彼女あってこそだ。

 とはいえ視点を変えれば倹約家。家庭の事情もあって小さな頃から気を遣うように育ったらしく、俗にいう「無駄遣い」には(さと)い。

 

 しかしながら男の沽券として口を挟ませてもらうと、別に休日ずっと温度を下げることを許容できないような収入ではないし、慣れない用語を駆使して吟味した()()()()のエアコンには『スマートひんやり』という電気代を節約する機能もあって…………などと本当に口にすると「小さい積み重ねがね、(以下略)」と力説されるので何も言わない。

 

 ただ、まぁ、ちょっとしたお小言はくるだろうが、本気で咎められることはないだろう。何より怒っているなら彼女は無言で電源を切る。初めてされたときは世界が終わるかと思った。

 

 

 

 やがて水道の音が止み、次いでソファの右端が沈んだ。顔を向けると、意地悪そうな顔をした妻、彼方(かなた)がエアコンのリモコンを見せ、顔を覗き込んでくる。(どうでもいいが、同じ"コン"という略なのに"コンディショナー"と"コントローラー"で違うとは妙に面白い)

 

「あれれ~? これは何かな~?」

 

 彼女が指差す7セグメントLEDが示しているのは、間違いなく「25」だった。ことここに至って「アラビア数字なんて読めない」と返すこともできるが、絶対これ以上遊ばれる。

 

 仕方なく、彼女の頬を両手で挟んで窓の向こうを見せた。

 灰色に塗られた街は寂れて見えて、まるでこの部屋だけが、生きている箱庭のような錯覚に囚われる。

 いかにも過ごしにくそうな天気だ。ほら、こんな日くらい、ちょっとくらい、いいでしょう。

 

「……まぁ、それもそうだねぇ。彼方ちゃんも髪の毛ぼわぼわになっちゃうし、今日だけ特別スペシャルってことで~」

 

 もう少し何か言われるかと思いきや、妻はあっさり引き下がった。……ははぁん、さてはこの人、最初から温度下げるつもりで罪をなすりつけたな?

 

 文句の一つでも言ってやろうと息を吸ったそのとき、流れるように頭を預けてきたので閉口してしまう。

 昔からこうだ。ふとした瞬間に懐に入るもんだから、(ほだ)される以外の選択肢を無くしてしまう。本当にこの人はズルい。

 

 そんなこちらの思いを知ってか知らずか、彼方はいそいそと両足をソファに上げ、頭は完全にこちらの膝の上に定めた。こうなってしまうと、この人はしばらく動かない。膝上、固いだろうに。

 

「んふふ~。ソファがふかふかだから、平気平気」

 

 特に膝上について否定はされなかった。

 

 こちらがテレビ番組を見ていないことを確認すると、リモコンをテレビのものに持ち替え、チャンネルを次々と変更していく。

 その間、何とはなしに彼方の髪を触る。緩やかなウェーブを描くそれは、硬質な自分のものと違って上質な絹のようだ。「無限○○」という玩具のシリーズが一時期流行ったが「無限彼方の髪」が商品化される未来も近いかもしれない。

 ついでに言及するならば、されるがままになっている姿はなんとも愛らしかったりする。

 

 二人そろってしばらくそうしていたが、不意に彼方がリモコンを手放した。どうやらお眼鏡にかなった番組はなかったらしい。

 両手を上げ、猫のように伸びをする。

 

「ふわぁ~っ…………彼方ちゃん、少し疲れちまったぜぃ。なんか今日、眠いねぇ」

 

 あなたはいつものことでしょ、となったところで自分も眠気を覚えた。というよりは言われて気がついた、の方が正しいだろう。

 うららかな日に暁を覚えないのは世界の仕様だが、暗いからだろうか、雨の日にまた眠くなるのも事実。なんだか、まぶたが重い、視界が揺れる。

 

 おもむろに膝上の頭をのけると、テレビを消し、彼方を背もたれ側へ押しやるように横になる。丸くなった目がすぐ前にあった。少しは意趣返しができただろうか。

 ソファの端に置いていたクッションを二人の枕に、それから、かけてあったブランケットをなんとか広げ彼方と自分にかぶせる。

 

「およよ? もしかして、本当におねむさん?」

 

 あなたが悪いんだ、あなたが。

 

 いつも彼方が昼寝で使っているブランケットは、元は初冬に買った薄手の毛布だ。広げればかなりの大きさになる。二人なら簡単に包み込める大きさだ。

 普段は折り畳んで使われているこやつが、まさか真っ当に役に立つ日が来ようとは。ふわりとした毛布の肌触り、自分と彼方から広がる温もりが思考を奪っていく。

 

「あったかいねぇ」

 

 暑い、わけではなく、温かい。冷えた室温とのギャップが永遠の安寧をもたらしているのだ。

 

 姿勢を変える折、彼方の二の腕が冷たくなっていることに気づいた。しまった、温度を下げすぎただろうか。温める目的で触れるが、滑らかで冷たい腕は自分にとって、そして熱を持った手のひらは彼女にとって、さらなる心地よさを引き寄せただけだった。

 

「ふあぁ…………私ももう、限界かも。それじゃあ……いっしょにお昼寝……しちゃおうかぁ」

 

 

 

 静寂が支配するなかで、淀むことない雨音が遠く響く。

 その中に、エアコンが空気を吐き出す音もほんの少し混じる。

 部屋は少し肌寒いほどに冷ややかな空気で満たされているが、しかしその冷気は、毛布と互いの体温とで断絶されている。

 

 微睡(まどろ)みの中で、妻の寝顔を見て安心する。

 両親の顔を見て言えるほどには、自分が守ってきた御仁だ。

 これくらいの役得は許されるだろう。

 

 明日も頑張ろうと密かに心に――…………いや、明日も休みだったか。

 ああ、どうやら本格的に頭が回らなくなってきたようだ。

 首の力を抜き、頭を完全にクッションに沈ませる。思わず深いため息が出る。

 

 彼方がほとんど開いていない目を合わせてきた。

 

 

 ――おやすみなさい。

 

 

 そう同時につぶやいたところで、二人は、夢の世界へ連れられる魔法にかけられたのだった。

 

 





お読みいただきありがとうございました。
以下、長い一人言になりますので読み飛ばしていただいて問題ないです。

前書きで『ポンと浮かんだ』と書いたのですが、実は元になったネタがあったりなんかしちゃったりするのです。書いてて気づきました。

一つは、がさらじ公開録音第3部で「夏が一番似合うのは?」というコーナーでの鬼頭さんのプレゼンです。近江の姉さんを書いただけあってイメージが一番近い気がします。
まだ配信されてるので、興味のある方はぜひに。(2021/7/12現在)

もう一つ、エアコンのCMで杏さんと(桜坂じゃない方の)オードリー若林さんが寝てるだけのものがあるのですが、その雰囲気が大好きだったのでいつの間にか重ねてました。

「あぁ、それかぁ!」と思っていただけてる方とは特にお友達になれそうです。

電気代を気にしつつ毛布にくるまる夏は最高です。皆さんもご一考いかがでしょ?
以上になります。改めまして、お読みいただきありがとうございました。

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