サイレンススズカ(プロローグ)
「………………」
「………………」
トレーナー室にて。スズカとのミーティングも終わり、私はいつものように仕事に取り掛かっていた。
……スズカはいつもならそのまま走りに行ってしまうのだが、今日は何故かトレーナー室に残ったままだ。
カタカタとパソコンのキーボードを打つ私の指を凝視している。
そんなスズカを、私も流し目で眺めてみて。
……スズカをスカウトしてもう二年目。早い物である。
今、スズカは異次元の逃亡者と呼ばれ畏敬される程の存在となっていた。
女王、覇王、怪物等、その世代でも特に強いウマ娘には畏敬を込めて異名が付いて回る。
どの世代でも、必ず飛び抜けて脚の速いウマ娘が生まれ、人々はそのウマ娘に異名を付けたがるのだ。しかし、それらは全て人の想像が及ぶ範囲での呼称に過ぎない。
…人の理解の及ばない、異次元と称されるウマ娘は? 異次元と称されるウマ娘は過去にはいなかったし、未来にも再び現れることがあるだろうか?
私の答えは否だ。【異次元】の逃亡者……サイレンススズカはもう二度と現れないだろう。
スズカは私の目から見ても異常だ。最終直線で加速する逃げウマ娘なんて、見たことが無い。もちろんスズカが異次元と称される距離にも限界はあるが、その距離内では正しく異次元であった。
自分の担当するウマ娘がどこまで行くか最後まで見たいのは、トレーナーとしての性だろう。
私は、スズカの異次元への旅を見届け…。
「トレーナーさん。今度の休日、一緒に遊園地に行きませんか?」
「あえぇ?」
パソコンのWordの白紙にdddddddddddddddddddと意味の無い文字の列が入力されて行く。スズカ、今なんて…。
「ぁっ…その…お忙しいなら、また今度に…」
「い、いやいや。ちょうど空いてるけど。どうしたんだ? 突然」
「…トレーナーさん、私をスカウトしてからずっとお仕事ばっかりで。無理をされていないか心配で…」
スズカは俯き、耳を前へ垂らしながら話始めた。
「なので、この前いただいたチケットさんはトレーナーさんと一緒に…」
「……スペ達と行かなくてもいいのか?」
「はい。トレーナーさんとが、いいです」
そういう事か。
しかし…スズカがこんなにはっきりと走り以外で意思表示するの、珍しいな…。
まぁもちろん、担当ウマ娘の気持ちを無碍にする訳にもいかず。
休日はスズカのフォームからよりよいトレーニングメニューを考える予定だったけど、変更することにしよう。
「…わかった。じゃあ…今度の休日は、スズカとお出掛けだな」
「!」
ぴょこりとスズカの耳が立った。
「遊園地ってあそこだよな。あの…学園からも近くて…ここら辺でもでかい」
「はい、あそこです」
「よしわかった。何時に何処で集合して行く?」
「えぇっと………うぅーん…」
…走り以外の事になると優柔不断になっちゃうんだよなぁ。頭の中の7割位は走る事を考えてそうだな、スズカ。
ここは…私が具体的に決めておこう。
「じゃあ、スズカがいつもいる河川敷に…朝8時に集合でどうだ? そしてスズカのトレーニング感を崩さないためにそのまま歩きで遊園地へ」
「…はい。そうしましょう」
「よし決まった。…スズカと遊園地か。初めてだね」
「そう、ですね。初めてですね、私は…………そもそも遊園地に行くのが初めて…ですね」
「そんなレベルか」
「…スズカは遊園地で遊ぶよりも走ってる事の方が好きそうだもんな」
「はい…」
「まぁそうだなぁ…スズカには走り以外にも楽しい事があるってことを知ってもらおう。うん」
「はい…よろしくお願いします」
約束の休日。この前決めたスズカがよく来る河川敷に私はいた。遊園地なんてかなり久しぶりなため、少し張り切ってここまで来てしまった。約束の時間までまだ30分以上もある。
…遊園地…何に乗ろう。スズカは初めてだしまずはコーヒーカップからかな? 定番所だと他にもお化け屋敷とか観覧車とかあるけど。遊園地初心者のスズカならやっぱりコーヒーカップスタートがいいな、やっぱり。その後はスズカに決めて貰おう。
空を見上げながら右手を顎に押し付け、あれこれ考えていると…。
「おはようございます、トレーナーさん」
「おっと、おはようスズカ」
聞き慣れた声が背後からした。くるりと体を動かして振り返れば…。
振り返った先には私服姿のスズカがいた。…バックは学園の手提げタイプだった。
「ごめんなさい、トレーナーさん、お待たせしてしまって…」
「全然待ってないよ。…チケット忘れてないか? 大丈夫?」
「はい、ちゃんと…」
スズカはバックを開き…中からチケットを取り出した。
「入れてきました」
「うん、じゃあ…出発しよう」
「お、おー」
チケットをしまい、私の隣に並ぶとスズカは小さく右腕を掲げるのであった。
歩きで遊園地へと向かい数十分……ついに私達は遊園地の入り口に辿り着いた。
「着いたぞ」
「わぁ…凄い人…」
初めての遊園地でかつ、こんな人の海なのでスズカは若干引いている様子だった。
実際スズカの言う通り…休日と言う事もあって入り口は人でごった返している。さすがここら辺では一番巨大な遊園地だな…。
「学園内も人口密度が高いけどさすがに休日の遊園地はには勝てないよな…」
「な、流されちゃわないかしら…」
「ゆっくり歩くから。私から離れないようにな」
「は、はい」
スズカは俺の横…ではなく、自身の半身が隠れる程度に俺の後ろに隠れた。
「…準備OK?」
「大丈夫です…!」
「よし、なら入るぞ」
私は人の流れに乗り、後ろを付いて来るスズカのことも確認しながら受付へと向かい、受付の人にチケットを渡し…スズカも渡したのを確認して、遊園地内へと脚を踏み入れた。
「わぁ…」
「おぉ」
大層賑やかで楽しげな雰囲気の音楽と、人々の笑い声と、様々なアトラクションが私達を出迎えてくれた。
私は友人と地元の遊園地に行ったりしたことがあるが、さすがにここは桁が違う。
「いやこれは…私も初めて来たが…凄い、キラキラしてるな…」
「はい…本当に、皆楽しそう…」
お互い初めての雰囲気だったんだろう。しばらく呆然とその場に突っ立ってしまっていた。
…私はスズカよりも早く現実に引き戻された。さぁどのアトラクションに乗る? とスズカに聞こうとして横にいるスズカに顔を向けると、スズカは…口をぽかんと開けて空中ブランコを見たり観覧車を見たり綿飴の販売所やポップコーンの販売所を見たりしてかなり目移りしているようだった。
「…スズカ?」
「はいっ? ……あ、トレーナーさん。……どうしましょう、トレーナーさん…私、目移りしてしまって何に乗ったらいいか……」
「あー、じゃあ準備運動にコーヒーカップにでも乗ろうか?」
「…はい、そうしましょう」
決まった。私達はコーヒーカップのエリアへと脚を進めた。
「コーヒーカップは比較的空いてるな」
「これなら早く乗れそうですねぇ」
現在、コーヒーカップの待機場所にてスズカと一緒にいる。
…コーヒーカップは比較的地味なアトラクションであるためだろうか。ジェットコースターやお化け屋敷と言ったメジャーアトラクションよりも人が少なかった。そのため私とスズカの順番まで後すぐである。
そして…。ついに係員に空いたコーヒーカップに通された。そこで注意点やらを説明され…係員に笑顔で送り出される。
肝心のコーヒーカップの乗り心地はと言うと…。
「………あんまり速くないな」
「他のカップはグルングルン回っていますね…」
「…えぇっと確かこのハンドルを回せば……」
係員の説明だとカップの真ん中にあるこのハンドルを右に回せば右へ、左に回せば左へ速く加速するそうな。なので…。
「それそれそれそれそれ」
「あっ、速くなって」
とりあえず私は右へとハンドルを回し始めた。するとハンドルは右回転の速度を上昇させ始め…。
「おおおお回る回る!」
「ま、周りの景色が混ざり始めました…!」
「気持ち悪くなったら言ってくれよ!」
「いえ、全然大丈夫です! この風、先頭を走ってる時みたいです!」
スズカはさすがウマ娘と言うべきか、三半規管が強いらしい。目が回っている様子が無い。
目を細め自らの長髪を靡かせて笑顔を浮かべている。どうやらこの風が気持ちいいようだ。
「これは…まるであの景色みたい…」
「おおお…っ……」
……しかし私はそうも行かない。さすがに早すぎて気持ち悪くなってきた。なので……何か見え掛けているスズカには悪いがハンドルを左へと回し速度を落として行く。
「うっぷ……調子に乗り過ぎた…」
速度が最初の調子に戻った頃には既にちょっとした吐き気でダウンしていた…。
「ああ……面白かった…」
「か…風が気持ち良かったなぁ?」
私は思い切り頭を横に振り、気持ち悪さを振り払いダウンから復活する。目が回った時は本当にこれが効くのである。
「…トレーナーさん」
「ん?」
「ちょっと、いいですか?」
「うん」
すると、スズカがハンドルに手を掛けた。
「それ…!」
今度はスズカがハンドルを左へと回し始めた。カップはハンドルの指示に従い右ではなく左回りを開始する。
「うおおお、スズカガンガン行くな」
「……………」
「スズカ?」
スズカのハンドルを左へと回す手が止まらない。カップは左へと際限なく回転数を増やして行っているのがわかった。
「スズカ? スズカ!?」
私が回した時の倍位の速度でカップの回転が速くなってないか? 速い、速いって。既に体が遠心力に引っ張られて真っ直ぐに保てない。
「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁスズカァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
「これが…私の見たかった景色…!」
あ、これ完全に自分の世界に入ってるな。
凄まじい遠心力で自分の体が折れそうになる。
「スズ、スズうぅぅぅぅカァァァァァァァァ」
「これが、これが…ああ、綺麗…私の、私だけの……」
「スズ………カ……」
何とか遠心力に逆らってハンドルに手を伸ばす。既に三半規管がやられて何も見えないため、手探りでハンドルに掛けてあるであろうスズカの手を探し…そして見つけた。ほっそりとしていてちょっとひんやりしたスズカの手が。
私はそれをパシッと掴み。
「ズズ……ガ……も……むり……」
「ああ……ずっと…このま………ま?」
スズカの動きが止まる。
「……トレーナーさん!?」
ああ…気付いてくれた…良かった…。
「ああああああごめんなさいトレーナーさん! すぐ、すぐ止めます…!」
「」
スズカは気付いてくれたようだ。死ぬ…死ぬ……はや…く…。
私の意識が遠心力により刈り取られそうになったその時……スズカがハンドルを戻してくれたんだろう。ようやく回転が遅くなった。
「」
「トレーナーさん!? しっかり! ああ、すいませんトレーナーさん、私のせいで…!!」
「うっ………」
ハンドルに上半身が突っ伏した状態でスズカが柔しく背中を擦ったり体を揺すったりしてくれた。その甲斐もあり……。
「……ひゅぅぅぅぅ……」
息を吐きながら、何とか起き上がる。
「トレーナーさん…? 大丈夫ですか…?」
「…大丈夫だ、問題無い」
「ああ、すいません……すいません……トレーナーさん…本当に……」
スズカは緩く左に回るカップの上で頭を大きく下げる。
「…………」
それを私は…クイッ、とスズカの頭を右手で押すことで元の位置まで戻した。
「くっ、ふふふ……はぁぁぁぁ、楽しかったな、スズカ」
「……トレーナーさん…」
一連の出来事を思い返してみると、何故か笑いがこみ上げて来た。
あー、いいな、今の…。こういうのだよこういうの。
「……はい、凄く…楽しかった、です」
私の笑顔に応えるように…スズカは私を正面に見据えながら、笑ってくれた。
「…でも、やっぱりすいません…」
「いいからいいから」
「ふぅ、コーヒーカップ楽しかったなぁ」
「はい…」
コーヒーカップは制限時間が来たので降りた。
スズカも楽しかったようで、降りてから笑顔が耐えない。
「…トレーナーさん、次は何に乗りましょうか」
「次、か。…スズカは何か乗りたいのあるか?」
「私は……私はぁ」
スズカは頬に右手を当ててその場で立ち止まり、その場で周りを見渡し…。…目ぼしいアトラクションがあったのか、ピコーン、と耳がアンテナのように立った。
「トレーナーさん、あれは…」
「あれ?」
スズカは俺の背後を指さす。振り返ると、アトラクションをいくつか挟んで…。
「…お…お化け屋敷か」
お化け屋敷があった。
「はい」
「ちょうどいいな。ちょっとコーヒーカップではしゃぎ過ぎたしお化け屋敷でクールダウンしよう」
「じゃあ…」
「うん、行こうか」
口にするならヒューーードロドロドロドロと言う具合か。いかにもな雰囲気のBGMが響く、お化け屋敷の入り口で私は歩みを止める。
お化け屋敷の看板にはミイラとか骨とかの意匠が掘られていた。
「………」
お化け…お化けか…。
「トレーナーさん?」
「…雰囲気あるな。は、はは」
「…トレーナーさん、嫌なら…」
「私はお化けなんて怖くないぞ」
「…はい?」
「怖くないぞ、お化けなんて」
「あの、トレーナーさん、私は別に…」
「よしスズカ、さっさと入るぞ」
「あ、トレーナーさん、待ってください、トレーナーさん…!?」
…スズカに男を見せるため、私はスズカの静止も聞かずお化け屋敷の中へと入った。スズカもそれに続き…。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ひゃあ」
座敷牢のような所から突然顔面蒼白のお化けが飛び出して来て思いっ切り飛び上がったり。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ痛ぁぁぁっ!?」
「トレーナーさん!?」
お化けにビビって体を仰け反らせた瞬間に頭を壁にぶつけたり…。
「す、スズカ!? どこだ!? 私を置いて行かないでくれ!!」
「トレーナーさん、後ろです! 後ろです!」
「うし、後ろ!?」
後ろに振り返るとここに来るまでに髪が乱れて貞子のような髪型になっているスズカがいて…。
「おああぁぁぁぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
そのスズカの姿に驚き叫び声を上げた私…に驚いたスズカも悲鳴を上げてしまった。
「………………」
「………………」
…そして……私の情けない姿を散々スズカに見せてしまった所で…ついてお化け屋敷から抜け出す事ができた。
「…あーー…」
「…ふ…ふふっ…あははっ…」
「スズカぁ」
「あぁ…楽しかった…」
「それは良かった…」
「トレーナーさんは…どうでしたか?」
「……怖かったなぁ」
「ふふふふっ」
お化け屋敷から離れてからしばらくしても…スズカはお化け屋敷の光景が頭に張り付いて離れないんだろう。突然小さく笑い出して優しい瞳を私に向けて再び前を向く…をスズカは繰り返していた。
絶対私の事を思い出して笑っている。
確かに大の大人が慌てふためいている姿は面白いけど。これだとあんまりに自分が情け無いから流れを変えよう。
「なぁスズカ」
「はいっ?」
「あのジェットコースター、凄い速そうだ。乗ってみないか?」
「はや……?」
私の隣を歩いていたスズカは突然歩みを止めた。
「ん? スズカ? ジェットコースターは苦手か?」
「えっ? あぁいえ…」
何だと思い私も歩みを止めてスズカを見てみると、何故か耳を忙しなくパタパタと動かしていた。
「……ジェットコースターは…速いですか? トレーナーさん」
「ええ? …ジェットコースターは速い…と思うぞ」
「…そうですか…」
「うん」
「…私よりも…ですか…?」
「それは…あぁ〜…」
「……」
そして一連のやり取りをして行く内にスズカの耳は後ろへ向かい絞られてしまった。
…スズカはジェットコースター嫌いみたいだな。失敗した…。別のアトラクションに行こう。
「ごめんスズカ、綿飴でも買いに」
「いえ、行きましょうトレーナーさん」
「え」
「ジェットコースターに」
「ええ」
…スズカは絶対に乗ると言う雰囲気だ。なら…。
「…じゃあ乗ろう」
「はい」
ジェットコースターの風とスズカの髪が私の顔を叩き…。
「おおおおおおおおお!」
「………!!!」
ジェットコースターの速度に体を振り回された。…スズカは少し体がブレるだけだった。
ジェットコースターに何分か振り回されて、私達はジェットコースターから降りた。
「いやー、あれは120km位出てたんじゃないか? スズカ」
「……………」
「……スズカ?」
…ジェットコースターから降りてからスズカはずっとこんな調子である。ぼーっと、浮ついた感じだ。普段、走ってない時でもぼーっとしている事はあるがこんなレベルではなかった。
「スズカー?」
肩をちょんちょんと突付いてみる。
「へ……あっ、すいません、ぼーっと…」
突付いてみるとどこを見ていたかもわからない瞳に意思が戻った。
「どうしんたんだ?」
「………」
スズカは黙って先程降りてきたジェットコースターを見据えた。
「トレーナーさん。速かったですね、ジェットコースター」
「ああ」
「…私は……あれ位速くなれるでしょうか…?」
「…………」
…難しい質問だな。
ウマ娘の、短距離での最高速度は70から80km。これは時代が進むに連れて更新されていくとして。
ジェットコースターは基本的に100km超えだ。はっきり言ってまだウマ娘の届く領域じゃない。…ではスズカの質問を否定するべきなのか。
いや、スズカには無限の可能性がある。私はそれを間近で見てきた。だから。
「スズカなら行ける」
「!」
スズカの耳がアンテナのように立ち上がる。
「…かもしれない」
「……」
そして垂れ下がった。
「現状、100kmの領域に届いたウマ娘はいない。だけど、スズカなら…。スズカはまだ底が見えないし、きっと届いてくれると私は信じている」
…垂れ下がった耳は元の位置に戻った。
「……トレーナーさん。私、あのジェットコースターより速くなります」
「ああ」
「…頑張ります」
「私も頑張らないとな?」
ジェットコースター攻略してからは綿飴やポップコーンを食べ歩いた。やっぱりウマ娘は走ってる姿と食べてる姿が一番似合うと思うんだ。
「トレーナーさん」
「うん?」
「最後に、観覧車はどうでしょうか」
観覧車か。
私は遠くからでも目立つ観覧車に目を移す。…観覧車には軽い夕日が照らしていた。
「おお、締めちょうどいいな。行こう行こう」
「………………」
「………………」
……今、私とスズカは観覧車の中にいた。お互いに対面……ではなく、隣り合って座っている。特に何か話すこともなく、お互いを見ずにただ外の景色を見下ろして。
私達のいる観覧車の席はそろそろ頂上と言う所にまで差し掛かっていた。
「…楽しかったなぁ、スズカ」
「はい…。トレーナーさんの、あんな姿も見れてしまって」
…よっぽどお化け屋敷での出来事が気に入ったらしいな…。個人的に一番忘れて欲しい出来事だ…。
「スズカ……あれは…皆には言わないでおいてくれ…」
「うふふふ…はい。私の心に、そっと留めておきます…」
「留めなくていいぞ? 情けなくて敵わない…」
「そうですか? 私は、そう言う一面があってもいいと思います」
「そうかぁ?」
「はい。トレーナーさんも、完璧超人じゃないんだって」
「…………」
「今までのトレーナーさんは…私とは別の世界にいるような気がして…」
「……ちょっと、堅苦し過ぎたか…」
「……今日遊園地に来たおかげで、トレーナーさんを凄く身近に感じる事ができるようになりました」
外の景色を見ていたスズカの瞳は、ゆっくりと私に向けられた。
「…来て良かったです…」
夕日に照らされたスズカの青い瞳と栗毛の長髪が輝く。
……目を、奪われるって…こういう事か?
「…私もそう思う」
観覧車に乗った後、私達は遊園地を後にし、河川敷でその日は別れた。
遊園地に行きスズカとの仲を深めた後…何ヶ月かして。スズカには大きなレースが迫っていた。秋の天皇賞である。
スズカは遊園地に行ったおかげかはわからないが、今までに無い程素晴らしいコンディションを実現していた。今ならあのシンボリルドルフにすら牙が届きそう……いや、届く。
もはや勝ちを疑えない。
私は…スズカを信じて、送り出した。
スズカがレース場の第4コーナーを抜け出した時。私は実況席から放たれる声が死神の声に聞こえてならなかった。
スズカが骨折した。
……スズカが骨折した。
どうしてスズカなんだ?
次回、病室での二人。