全身を包むような浮遊感の中……何か、もぞもぞと動く感触がした。それにより、目が覚める。目を開けば朝日が眩しく……思考が開けて行き、昨夜に起きた事を思い出す。
あぁ、そうだ、昨日の夜…。
「んん…」
寝起きで倦怠感のある体を動かし…。
「ふぁ…………」
トレーナーさんがいるかどうか確認する。
「……ぁ、トレーナーさん…………おはよう……ございます……」
…良かった。いた。夜にこっそりといなくなる、なんて事は無かった。
「おはよう、スズカ」
頭の上にちょっとだけゴツゴツした感触が乗る。……トレーナーさんがワシャワシャと頭撫でてくれていた。
「んん…」
…これ、好き。気持ちいい…。耳がだらしなくパタ、パタ、と動いてしまう。
「…今日は、どうしようか。スズカ」
「今日…は…。…まずは、朝ご飯にしましょう…か」
「ん、わかった」
トレーナーさんはそれを聞くとすぐにバサリと毛布を退け、寝室から出て行った。
毛布を退けた際の風が顔を叩き、髪を靡かせる。
……もうちょっと待ってくれてもいいのに…。
…私も、ボーッとしてないで顔を洗おう…。一度両手で髪を掻き上げ、布団から立ち上がりながら、着崩れたルームウェアを整えつつ寝室を出る。
途中、トレーナーさんとすれ違った。
ユニットバス内の洗面台に着けば、まずぱしゃぱしゃと水で顔を洗い、拭き、その次に歯を磨き櫛で髪を梳かす。
鏡で自分の顔を確認し……よし、準備完了。トレーナーさんに見られても恥ずかしくない状態だ。
早足にユニットバスを後にし、リビングへと戻った。
トレーナーさんは既に椅子に座って待ってくれていた。
「お待たせしました」
「全然待ってないよ」
「…ふふふっ」
「ん?」
「いえ…なんでもないです。さて、じゃあ簡単な朝ご飯を…」
今日は何を作ろうかな。昨日でロースだとかは全部使っちゃったし…。…シンプルに目玉焼きトーストでいいかな。
そうと決まれば早速……。
まず冷蔵庫から残りの卵を2つ取り出し、棚に置いてある食パンも2枚取って……料理開始。
……………卵を割った所で、あることに気付く。
朝にこうやってご飯を作る感じ……本当に夫婦みたい。…ちょっとニヤけてしまいそう。
年齢的に後数年したら……。…トレーナーさんから言ってくれるかな…?いや、でもトレーナーさんは奥手だから……タイミングを見計らってやっぱり私から…。
…って、いやいや。
……トレーナーさんの事になるとどうしても早とちりになっちゃうな……まだ考えないようにしよう…。
_________数十分後。
「できましたよー」
カタン、とトレーナーさんの机の前に目玉焼きトーストを盛り付けたお皿を置き、その反対側に自分の分も置く。
トレーナーさんは私が座るのを待ってくれた。………あなたのそういう所に、私は…。
「…いただきます」
「どうぞ〜」
「モグッ」
お食事中。
「ごちそうさまでした…」
「お粗末さまでした〜」
トレーナーさんはパクパクと食事を平らげた。
…昨日今日の様子を見るにパンがお好きみたいですね…。パンを使ったレシピを練習しておこう…。
「あ〜、スズカが作ると何でも美味しいな〜」
「フフフフ……ありがとうございます」
私は相変わらずトレーナーさんのお食事シーンを見ながら特に味を楽しむこともなく食べた。味はまぁ悪くなかったと思う。
そんな私を見てか、トレーナーさんは不思議そうな顔をしながら…。
「なぁ、スズカ…見てて楽しかったか…?」
「はい。モグモグ食べてる所がハムスターみたいで…可愛かったです」
「ハムッ……そ、そんな可愛くもないだろうに。それに絶対補正がかかってるよ、スズカ…」
……この人は本当に自分に自信がありませんね…。確かに、私の補正もあるだろうけど……トレーナーさんは容姿が優れている方だ。
「……トレーナーさんは本当に自己評価が……いえ、なんでもないです」
「?」
よくわからない、とトレーナーさんが首を傾げて見せる。…もう。過度な謙遜は嫌味に見えるし嫉妬や憎悪を向けられることもあるのに。褒められたらもっと堂々と嬉しがって欲しい。
………堂々としたトレーナーさんと今のトレーナーさん………か。想像してみたらどっちもいいですね。………じゃなくて。
私が変な事を考えている間にリビングはまた静かになってしまった。…気まずくなったのかトレーナーさんから切り出してくれた。
「……なぁスズカ。私が…学園に新しい子を見つけろ……って言われて……新しい子をスカウトしたら……スズカは怒るか?」
……あぁ、その話ですか。今、自分でもびっくりする位スーッと体から体温が抜け落ちたような気がした。
「………………………」
…ずっとこのサイレンススズカを見て、はさすがにワガママ過ぎる。本当は私以外の事なんて考えられない位、私に夢中になって欲しい気持ちはある。…だけど、それは無理なんだろう。トレーナーさんにはトレーナーさんの生活がある…。
「あっ、あぁぁぁぁ今のは忘れ」
黙り込んでしまった私を見て、慌てた様子でトレーナーさんが今の発言を訂正しようとする。
「………………してくれるなら」
それを遮るように、言葉を紡ぐ。
「お仕事以外では……いっぱい…いっぱい愛してくれるなら……いいです。もう、前みたいに走れない普通の女の子ですけど……私、トレーナーさんに相応しくあれるよう、頑張りますから。だから、私を…1番にしてください……それで…私を1番にしてくれるなら…いいんです。…トレーナーさんの…お仕事を奪うのは、嫌、ですから」
「…す、スズカぁ」
トレーナーさんが安心した様子でこちらを見た。
えぇ、そんなずっと束縛するような事はしませんよ。
「でも……」
「でも、あんまり蔑ろにされ続けたら………私、どうにかなっちゃうかもしれません」
もしそうなったら……本当にトレーナーさんと一緒に誰もいない所へ行こう。逃げられないように、手枷足枷をしよう。身の回りのお世話も全て私がやろう。私無しでは生きられないようにするんです。
私の目か、それとも表情に現れたのか。トレーナーさんは背筋をピン、と張って。
……そして、何か吹っ切れたような表情をした。
「……スズカ」
トレーナーさんが突然ガタン、と椅子から立ち上がった。唐突だったため思わず肩が跳ねる。
……怒らせちゃった…?
トレーナーさんはそのままソファに移動し座り…。
「おいで、スズカ」
自分の隣をポンポンと叩いた。
……どういう事だろう。くい、と首を傾げながらソファに向かい、トレーナーさんの横に……できるだけ詰めて座る。
「スズカのことは絶対に蔑ろにしない。……スズカが満足するまで……幸せにし続けるから」
……満足するまで、ですか。…こんなになってしまったから、もうずっと満足できないかもしれないのに。
「………ずっと、満足しないかもしれませんよ…?」
「なら、ずっと頑張り続けるよ」
……トレーナーさんは時たまに大胆な事を真顔で言う。前にも自分の担当はスズカ以外考えられないと言っていたし……今回もそうだ。…正直凄いドキッとする。
…でも……そう言ってくれるのは、嬉しい。
感情の高ぶりのせいで尻尾が落ち着かない…。
トレーナーさんの袖の裾を掴み、ピトリと引っ付いてみる。
「トレーナーさんは……ずるいです。真面目な顔で、そんな事を……ポコポコと……」
「ご、ごめん…でも…私ってそういう経験とか無かったし…。ま…真面目な話じゃないのか…?これって…。それに…そういう関係なんだし……お互い幸せになれた方が…良いでしょ」
「〜〜〜〜〜ッッ」
………本当に、ずるい人。そんなの聞いたら、私は、もう……。
色んな思いを込めてトレーナーさんに向け頭をグリグリと押し付ける。
「……重い女になってしまって、ごめんなさい」
…こんな形は、トレーナーさんもきっと望んでいなかったことだろう。ほぼ無理矢理に、トレーナーさんの首を縦に振らせてしまった。……だけど、この方法しか思いつかなかったから。
「……あ〜…それは……私にも責任があるって言うか……。あんまりウマ娘に入れ込むな、って、私自身が教えられたけど、守れなかったし…」
「まさかスズカにそこまで思われてるなんて考えて無かったし…」
「でも…」
「……そこまで私を求めてくれるスズカを、愛おしく思ってしまう……どうしようもない自分がいるんだ」
ズゥン、と部屋の空気が重くなったような気がした。…トレーナーさんの雰囲気が変わる。
「……トレーナー…さん…」
トレーナーさんの目から光が失われて行く。よく澄んだ、印象的な黒目が曇って行く。
「お互い……どうしようもないな?ははっ」
トレーナーさんの乾いた笑い声が響く。……こんなトレーナーさんは、初めて見た。
ああ、でも。
とても、綺麗な目ですよ、トレーナーさん。
その目を見ると引き込まれてしまいそう。むしろ、引き込まれてしまいたい。ずっと一緒になれる気がするから。
………私はここでようやく理解した。……私とトレーナーさんは、お互いに……どうしようもない者同士になってしまったんだ。
……だからこそ、深い、ふかぁい所まで……一緒に行こう。
「…はい♪ だから……どうしようもない位に……深く沈んで行きましょう…?」
「…あぁ」
「大好きですよ」「大好きだよ」
「トレーナーさん」「スズカ」
サイレンススズカ編を最後までありがとうございました…(土下座)
テイオー編が終われば次はアンケートで一番票数の多い子を書かせていただきます。