トウカイテイオー(プロローグ)
トウカイテイオーと言うウマ娘は天才だ。いや、天才の中でも特段の天才である。桁違いとはこのことか。
天才を表現する際、スポンジが水を吸収する、と表現する場合がある。テイオーは文字通りその表現にピッタリと当てはまった。レースに必要な知識、走法を教えると、トレーニングですぐ再現してみせる。1度教えればほぼ物にし、2回目、3回目には完璧にする。4回目以降はより高度な物とした。
そしてその、肝心のスポンジの容量も桁違いだった。最高容量のSDカードか? と思ったレベルである。
レースやトレーニング以外でもその才能は遺憾なく発揮され、勉学、ゲーム、ダンス、歌と。何もかも完璧に覚え、さらに素晴らしい物にしてみせる。
例えどの道に行ったとしてもテイオーは大成していただろう。
その数ある選択肢の中でも特に秀でていたのは……脚の速さ。その名の通り、この道で帝王となるために生まれてきたような脚をテイオーは持っていた。
俺はそんなテイオーと共に無敵のテイオー伝説を紡ぐことになる……。
そんな展開を夢見た時期もあった。
トレーナー室にて。ちょっとした書類の山の中で、俺はボーッとしていた。
「トレーナー」
トウカイテイオーは天才だ。天才なのだが、いかんせん………子供っぽい。後犬っぽい。これを本人の前で言ったら怒られるが…。
なんというか、スカウト前は結構凛々しく見えてたが、いざスカウトして一緒に過ごすとイメージが180度変わった…。
「トレーナー?」
普段の姿を見ているとどうも無敵のテイオー様には見えない。
いや、トレーニングに打ち込む姿はストイックそのものでトップアスリートの片鱗を感じさせるのだが………よく、トレーナー室に忍び込んでは俺に構って構ってとダダを捏ねたり。後は「他の子を見てる暇があったらボクの走りを見てよー!」とか、やたら自分を見て、とアピールしてくる。結構ワガママなのである。
こっちは何か活かせるものがないか観察してるだけなんだけどなぁ…。
「トレーナー!」
俺はテイオーの走りに魅せられてトレーナーにさせてもらった訳だが…。テイオーとの生活は、想像していたよりも妹やら子供やらをあやすような、なんともほのぼのとした物になっていた。
正直、御守り感がある。
「すうううううう……」
「トレーーーーナーーーー!!!!?」
「うわぁ!?」
物思いに耽っていた所、突然の大音量。空気の振動で書類山の一部からパサパサと書類が落ちる。
両手で耳を塞ぎながら何だなんだと周りを見渡せば………ぶっすー……と言った様子のテイオーがいた。
「な、何だテイオーか…どうしたんだよ、いきなり」
「それはこっちのセリフだよ!! トレーナーこそ何考えてたのさー!? 何回もなんっかいも呼んだのにー!!」
両手をブンブンと振ってテイオーが捲し立てる。
「え? ほんと? それならごめん…」
「ボクにはわかるもんね! また他の子の事考えてたんでしょ!? この無敵のテイオー様のトレーナーでありながらー!!」
「い、いや、考えてない考えてない。テイオーの事考えてた」
「……うぇ?……ボクのコト…?」
「うん」
「な、なーんだー。てっきりボクの声すら聞こえない位他の子について考え込んでるのかと…」
「……それで? ボクの何について考えてたのかなー?」
「え? あー、いや、ハハッ。テイオーは速いなーって」
「………ふーん?」
テイオーが右手で顎を撫でながら、じーっ、と俺を見る。
「ほんと?」
……このように、勘まで天才的なのである。
「ほ、ほんとほんと」
「……じゃあ信じてあげるー」
ほっ。
「……なぁ、テイオー」
「んん? なーにー?」
「テイオーはどうして自分ばっかり見て欲しいんだ?」
「え」
「……何でだろ」
テイオーは腕を組み左眉を顰め、首を傾げてみせる。
「自分でもわかんないのか?」
「うん…」
「そっかー。そういうもんなのかな?」
「うん。……でも、トレーナーに見てて欲しいっていうのは、どの子も同じだと思うよ? ボクから目を離してボクが妬けちゃわないように気を付けなよ〜?」
「はいはい、テイオー様の仰せの通りに」
聞き流すようにして、俺は再びテイオーのトレーニングメニューを組み直すのだった。
この時、テイオーの言葉を本気にしていれば……。
「トレーナー。ボク、まだ走れるよね」
トレーナー室にて。俺とテイオーは対面していた。テイオーの表情は…少し青い。
この雰囲気を読んだのか。何処か、窓から見える空もどんよりとしていた。
テイオーは菊花賞前に脚の不調が判明したりと、前途多難であったが……その後は、特に怪我も無く三冠を達成。メジロマックイーンやシンボリルドルフと激闘を繰り広げた。
栄光への道はここまでだった。
有マ記念後、テイオーは骨折が判明。しかし、長期療養を経て、2回目の有マ記念で奇跡の復活。……だが、奇跡には限度があった。テイオーは……今度こそ、脚…正確には足首を粉砕した。
医者が言った。奇跡は何度も起きません。今度走れば、テイオーさんは手遅れになります。ここが潮時です。
……医者の言葉が脳内で反復する。
テイオーの左脚は支え棒を差され、包帯で何重にも巻かれていた。
「テイオー…。今回ばっかりは、奇跡は起こりそうにないよ…」
「…やだ。止めてよ、トレーナー。トレーナーはどんな時だって諦めなかったじゃんか。トレーナーとボクなら、今回だってまた!」
「……今なら、まだテイオーの脚は歩けるまでは回復する。…テイオー。もう、テイオーは十分頑張ったよ。だから、もう休もう?」
「止めて。言わないで。言わないで…」
「テイオーの脚が治るまでは、最後まで、トレーナーとして仕事を全うす」
「トレーナーー!!!!!」
一瞬、頭が真っ白になった。
「…そんな事聞きたくない!!二人で……二人で無敵のテイオー伝説を作ろうって、約束したでしょ!?忘れたとは言わせないよ…!」
「……ぁ…」
「それに、そんな弱気なトレーナーはボクの知ってるトレーナーじゃない!! もう、これでトレーナーとボクとの関係は終わりって訳…!?」
「菊花賞の時だって、有マ記念の時だって! トレーナーは絶対に諦めなかった! トレーナーの仕事はウマ娘の背中を押すことなんじゃないの!?」
俺が諦めなかったんじゃない。テイオーが諦めなかったんだ。
溢れる感情をそのままに、テイオーは目に涙を浮かべながら俺に叫ぶ。ああ、でも、すまない、テイオー……。
トレーナーには、ウマ娘の命まで預かる権利は無いんだよ……。
「…そう、確かにウマ娘の背中を押すことが俺達の仕事だよ。でも…俺には……テイオーの脚を、奪えないよ…」
「ッッ!!! ………トレーナーの……トレーナーの……!!」
テイオーが口から何かを吐き出しかける。……が、それを飲み込んだ。
「…っはぁ……!!」
「………………」
「………テイオー…ごめんね……」
「……トレー……ナー…」
ついに、本当に終わりなんだと理解したテイオーは……大粒の涙を流し、嗚咽を漏らした。俺はそんなテイオーの頭を撫でる。
「………トレーナー…。ボク、頑張ったよね…?」
「ああ。テイオーは凄く頑張ったよ」
「……………本当に……これで終わりなんだ」
「うん」
「…もう、トレーナーとも一緒にいられない?」
「……うん」
「……やだよぉ。スカウトした時みたいに…しつこく引き止めてよぉ」
「…怪我が治るまでは。絶対一緒にいるから」
「…怪我が治った後は…?」
「………………」
「一緒にいてくれないんだ」
俺の沈黙にピシリとテイオーの声が凍り付いた。
「もう、ボクはいらないんだ。…約束したのに」
「ちがっ…それは…!」
「そういう事だよね?黙っちゃうってことは。ボクが走れなくなったら、他の子に乗り換えるんだ」
テイオーが据わった目で虚空を見ながら話す。
「………………でも、しょうがないよね。トレーナーはトレーナーなんだから」
……無理やり自分を納得させようとしている口調だ。…見ていて目を逸らしたくなる…。
「ごめんね、トレーナー」
「いや……ごめん………テイオー…」
「……部屋まで……支えてくれる…?」
「…はい」
すく、と立ち上がり、テイオーに右手を差し出す。テイオーはそれを掴んでぐぐ、と立ち上がり…横に立て掛けてあった二本の松葉杖を脇に挟み…。
「……行こっか」
「うん」
カチャ、カチャ、と松葉杖の音を響かせながら、俺達はトレーナー室を後にした。
数ヶ月後。
いつものトレーナー室にて。テイオーと俺は並んで座っていた。
「いやぁ、リハビリは結構大変だったね〜」
テイオーの明るい声がトレーナー室に響く。
テイオーの足首のリハビリは…色々あったが予想よりも早く終わった。途中、何か胡散臭い集団がテイオーを掻っ攫おうとしてそいつらをルドルフやマックイーンと追い出したりとかあったけど、テイオーが元気になって良かった。
……あの胡散臭い集団が来てからだろうか。テイオーの目に影が見え始めたのは。
……テイオーが俺を見ている事が多くなったのは。
「テイオーが頑張ったから速く終わったな」
「…今のボクさ、すっごく調子がいいんだよね〜?これはまた復活でき」
「テイオー」
ぴしゃり。相変わらずテイオーはテイオーだな…。
「……本当に終わっちゃうの…?」
「……これは仕方のない事なんだよ、テイオー」
「はーぁ……ずっと一緒にいたかったな〜」
「うん…テイオーもずっと走りたか……ん?」
「ん?」
「そこはずっと走りたかったじゃないのか?」
「…ふーん」
テイオーが机に頬杖を付き、両目を細める。
「新人のトレーナー達は皆鈍感って言うけど」
テイオーの声色が変わった。
「本当だったんだ」
「…どういう…?」
「……トレーナーはさ、よくトレーナーとウマ娘が一緒に行方不明になる事件について知ってる?」
「い、いきなりどうした?知ってるけど…」
「どうして一緒に行方不明になるんだと思う?」
「え。うーん……」
「理由は色々あるんだけどね」
テイオーの質問の意図がわからない。確かに、トレーナーとウマ娘が一緒に行方不明になって、しばらくしてまた戻ってくるって言う事件は、結構聞く。最近も先輩のトレーナーが何故か無断欠勤しだしたし、多分そういうことなんだろう。
理由は……山籠りとかしてるんじゃないかな。
理事長も何故かこういう事件についてはあんまり触れたがらないし。まぁ結局行方不明になっても戻って来てるしやましいことじゃないんだろう。
……結局わからない。俺はおてあげのポーズをする。
「……わからんなぁ」
「………よーし、決ーめた」
「? 何が?」
「ううん、なんでもなーい」
「?」
首を傾げてハテナマークを浮かべてみせる。
「……まぁ、とりあえず……今日で契約は終わりだね…」
「…そうだな」
「…ボク以上の子、見つけられると思う?」
「…………無理だと思う。多分、ずっとテイオーが俺の中じゃ一番だよ」
「………だよね!うん!それを聞けて満足満足」
キャッキャッと嬉しそうに笑うテイオー。……屈託のない笑顔だ。この子もいつかこの笑顔で男性を魅了して結婚して家庭を持つんだろうな。
きっと引く手数多だろう。
「とりあえず今日の所はもう帰るね〜」
「ああ。今までありがとうな、テイオー」
「うん。じゃあ、またね〜」
カタン、とテイオーは椅子を押し退けて立ち上がり、トレーナー室を後にした。
……校門まで送りたかったけど先に行ってしまった…。……でも、これでいいのかもしれない。テイオーには一切のしがらみを忘れて新たな人生を送って欲しい。……俺にはテイオーのトレーナー面をする権利も無いし。
…………なんだか、やたら俺とテイオーとの間にテンションの落差があったのは気のせいか…?あのテンションを見るとテイオーはまた後ですぐ会いに来るかのような……。
いや。まさかな。
テイオーとの契約解消と、中退はショックだし……今日の所は書類を終わらせて、とっとと家に帰ってしまおう。
俺は報告書やら手続き書類やらのサインと項目記入に取り掛かった。
帰宅。
時間はいつの間にか夜になっていた。夜風が顔に当たり気持ち良い。…しかし、曇り空だ。
自転車に乗りながら、今後の事を考える。
トレーナーたる者、契約ウマ娘は常にいた方がいいんだけども…。トレーナー自身、才能溢れる子のトレーナーになりたい、というジレンマがある。俺も例に漏れず。
そして俺は不運な事に、トウカイテイオーと言う特大のフィルターが掛かってしまっている。正直テイオーレベルの子を探してしまうかもしれない。
俺は運良くテイオーのトレーナーになれただけに過ぎず、実際の所大多数のウマ娘はテイオーのような才能の塊ではない。これは貶しているのではなく、ただただテイオーが異常だっただけ。
今更そんな俺が上手くトレーニングなんてできるのか…?
考え出すと止まらなくなるな…。……何よりテイオーとの契約解消のショックが大きくて頭が痛い。
俺はきっとあの底無しの元気に助けられてたんだなぁ。トレーナーの仕事量は多い。だが、ここまでやれたのはテイオーのおかげでもある。テイオーがいつも隣にいるのがあたり前になっていて気付かなかったが、今になってテイオーの存在がありがたくなる。
今嘆いてもしょうがないんだが…。
そうこう考えている内にトレーナー用マンションに到着していた。駐輪場の適当な場所に駐車し、鍵を掛ける。
駐輪場から自分の部屋…1階の163号室までやけに長く感じた。
そして、自分の部屋の前に立ち…鍵穴に鍵を挿そうとした所で……鍵が空を切った。…もう一度、鍵穴に向かい鍵を挿そうとするが…また空振り。……おかしいな。ついに方向感覚までおかしくなったか?と、ドアノブを見てみると………。
ドアノブは何か物凄い力でも加えられたのであろうか。上方向に向かってひしゃげていた。
次回、狂気のテイオー。
トレーナーの過去編は読者の皆様にとって長いと思うのでこれからはすぐに本編へ入り、テンポ良く病みパートに行こうと思います。
各章トレーナーは別人になる予定です。