曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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トウカイテイオー.5

「ねぇトレーナー、このお家とかどう?」

 

「ん? どれどれ…」

 

 薄暗い部屋にテイオーの不釣り合いな明るい声が響く。描いた絵を親に見せる子供のような調子で、テイオーは俺に押し付けるようにスマホを見せ付けた。スマホの画面には…数億はするであろう和風豪邸が表示されていて。えぇっと…金額は……………何だこりゃ。高過ぎだろう。

 

「…って……とんでもない豪邸じゃんか。高いからダメだよ」

 

「えぇー。せっかくお金があるんだからさ〜。夢持とうよ夢!」

 

「ダメダメ。こういうのは普通の一戸建てでいいんだよ。人間細やかな暮らしが一番さ。って言うか俺は絶対テイオーのお金は使わないからな…」

 

「ぶー。トレーナーは夢がないなぁ…」

 

「堅実と言いなさい堅実と」

 

 テイオーは残念そうにまたスマホを自分の前に戻す。

 

「…将来家族が増えるかもしれないじゃーん。だったら、皆で過ごせるようにやっぱり広い方が…」

 

「………おっ、この家とかいいじゃんか。都会に離れ過ぎず近過ぎず、日当たりも…」

 

「話し逸らさないでよー!」

 

 グリグリグリィ、と肩にテイオーの頭が押し付けられる。

 

 ……今…何をしているのかと言うと…スマホのか細い明かりに照らされた薄暗い寝室で、ベッド上にて布団を被りテイオーと二人で物件探しをしていた。

 

 どうしてこんなことになったか。……数時間前、テイオーに学園を辞めてくれとお願いされ、俺は首を縦に…振った。…自分のかつての夢と、テイオーを天秤にかけてみたら、すぐにテイオーの方に傾いたから……。

 

 テイオーに対する謝罪の気持ちもあったんだと思う。

 お前がテイオーをこんなにした。お前がテイオーから走ることを奪った。だからお前も奪われろ。だから責任を持て、と。…テイオーに囚われてから毎日こんな声が聞こえている。

 

 …テイオーが幸せならそれでいいじゃないか。テイオーが求めるなら、俺もそれに従うまで。

 

「…トレーナー?」

 

「……………」

 

 ……と、自分に言い聞かせるが……実は、結構参っている。テイオーに合わせて、努めて憑物が剥がれたかのように振る舞ってるけど………必死こいて目指したトレセン学園や今までの人間関係を投げ捨てる、と俺はテイオーの前で誓ったのだ。…胸が、今になってズキズキし始めた。自分で撒いた種なのに……。

 

 …俺は現状無責任のクズだ。…まず、テイオーをおかしくしてしまった。そして個人的な善意からテイオーと過ごして……テイオーに愛を誓わされて…それを受け入れて……テイオーの言うことを聞いて、もうすぐお世話になったトレセン学園にも迷惑を掛ける。…罪滅ぼしで自分の大切な何かを捧げている気になっている。

 ………俺って社会不適合者だったのかなぁ……?…引っ越したら、もう周りに迷惑を掛けないようにテイオー以外とは関わらないようにしよう…。

 

 多分、多少今の気持ちが顔に出ている。…テイオーは俺の些細な変化にも普段は気付くのだが…俺に気を使ってか、それとも怖がってか…これ以上深く詮索することは無かった。

 

 まぁ……そういう訳で…俺とテイオーが暮らすのにちょうどいい家を早速探し始めたのである。しかし…目ぼしい物件は中々見つからなかった。

 

「…何人まで家族増えるかなぁ?」

 

 …まだ続けるか。

 

「テーイオー」

 

「もしかしたら5人家族になったりして!」

 

「コラ」

 

 テイオーの頭にコツンと拳骨を落とす。

 

「いたっ」

 

 テイオーは両手で頭を押さえて大袈裟に反応してみせる。

 

「ぐすっ、トレーナーがぶったぁ」

 

「そんな強くしてないだろ…」

 

 わざとらしく目元を覆い、よよよと芝居するテイオー。全く…。

 

「…トレーナーは何人子供欲しーい?」

 

 …ウリウリと突っついてきた。懲りないなぁ…。

 

「からかわないでくれよ………まだ結婚すらしてないし」

 

「いつか結婚するかもしれないでしょー?」

 

「いつかはまだいつかだよ」

 

「……むぅ。…ボクってそんなに魅力ない?」

 

「…テイオーはかわいいぞ」

 

 …とりあえずテイオーを褒めてお茶を濁そう。

 

「…………もー!!」

 

 今度はペシペシと叩いてきた。…元気だなぁ…。

 

「…はぁ…………ボク、ちまっこいけど……いっぱい食べたらおっきくなるかなぁ」

 

「そういう問題じゃないんだって…」

 

「…あ、わかった!トレーナーはおっきいのが好みなんだ!」

 

「テイオー!」

 

「わぁぁぁ、トレーナーが怒ったー!」

 

 テイオーはキャッキャッと笑いながら俺を弄り倒す。

 

「っはぁ……」

 

 冗談なんだか本気なんだか…。

 

「クフフフ……」

 

 実に愉快そうだ。こっちも思わず笑ってしまいそうになる。

 この笑顔が、またあの凍り付くような無表情にならないよう気を付けないとなぁ…。

 

 ……もう既に何回もテイオーを怒らせて、何回も体でわからされているため、あんなテイオーを見るとすぐに右手の震えが止まらなくなってしまう。…俺は完全にテイオーに従属していると言えた。

 

「はぁー……ほんとにトレーナーと一緒になれるんだぁ……嬉しいなぁ…」

 

 笑い疲れた様子のテイオーはボフ、と頭を枕に埋めた。…枕からこちらを覗く水色の瞳は、何処か灰暗くて。

 

 …独占、愛、恐怖、焦燥。

 

 テイオーの目はそれら全てが混ざっているように見える。

 

「…トレーナー」

 

 くい、とテイオーが顔を上げた。

 

「うん?」

 

「えーい」

 

「んぐっ…!?」

 

 突然伸びてきたテイオーの人差し指が、俺の口へと突っ込まれた。人差し指は根本のちょっと前まで口に入り込み、そのままくりゅくりゅ、と俺の舌を玩び始める。

 

「………ぅ………」

 

 こうなると俺は呻く事しかできない。…抵抗したら、何をされるかわからないから。

 そして、しばらくはこのままだ。…その間、俺はテイオーに口内を好き勝手される。

 最近はやたらバリエーションが増えて、舌裏を爪で撫であげたり舌と喉の境目辺りでグリグリしたりと…。テイオーはいったい何処でこんなこと覚えたんだ…?

 

「はい、終わり〜」

 

「ぷはっ……」

 

 やっと抜いてくれた……。今日は比較的短かっ…た……何回やっても慣れないわ…。

 

 …テイオーが突然俺に何かやり始める時は、大体不安な時だ。…やっぱり、まだ不安なんだな。

 

「……………」

 

 テイオーはティッシュで人差し指を拭いている。

 

 ……そう言えば、人の口に指を突っ込む行為って支配欲求を満たすためとか聞いたことがあるな。テイオーの場合はマーキング的な意味もあるんだろうけど…。

 

「…どうしてテイオーはこんなことするんだ…?」

 

「…んーー」

 

「……刷り込み?」

 

「そ、そう……」

 

 刷り込みっ…て何だ……。…俺を逆らわないようにするための刷り込みか…?

 

 …このやり取りからまたしばらく黙って物件を探していると…テイオーが唐突に口を開いた。

 

「…今のボクって、価値、あるかな?」 

 

 テイオーがこちらを見ずにボソリと呟いた

 

「………どうしたの? 突然」

 

「答えて、お願い」

 

「…そりゃあ、あるに決まってるだろ。俺にとって今一番価値のあるものがテイオーだよ」

 

「………それは…このボクに価値があるってこと?」

 

「うん……そうだけど」

 

「……………」

 

「今のボク、走れた時みたいにキラキラしてないよ?」

 

「俺にとってはテイオーはいつもキラキラしてるよ」

 

「………………」

 

 テイオーは耳をピーンッと張って硬直してしまった。

 

 ……そして、パタタ、と何か粒が落ちるような音がした。何だと思い枕元を見回すと……テイオーの枕付近に水滴の跡があった。

 

 …………!?!?

 

「ちょ、テイオー!? ご、ごめ…!! 俺、そんなつもりじゃ……」

 

「…ゥッ…ウゥ………」

 

「あ、ぁ、ごめん、テイオー、ごめん」

 

 俯きながら小さく呻き、目をギュッと閉じてテイオーは涙を流していた。……自分の顔からさぁ、と血の引いていく感覚がする。…今度こそテイオーに殺されるかもしれない。

 最後までテイオーを泣かせてばっかだったな、俺……。

 

「ヒグ………大丈夫、…グズッ……トレーナーの、せいじゃ、ない…」

 

「………やっぱり、トレーナーしかいないや」

 

「えぇ…?」

 

 テイオーの泣いている意味がさっぱりわからなかった…。…顔に少しずつ血が戻っていく。

 テイオーがぐしぐしと目元を袖で拭った。

 

「………トレーナー。ボクね、すっごい不安だったんだ」

 

「う、うん」

 

「…リハビリ中にさ。なんたらの宣伝大使になりませんかー、とか、ウマ娘セラピーに参加しませんかー、ウマ娘基金に登録しませんかー、とか。色んな人が来たよね」

 

「……あぁ。あの胡散臭い奴らか」

 

 テイオーのリハビリ中にわざわざ病院にまで押し掛けて理由やお金を提示してテイオーを掻っ攫おうとしていた連中を思い出した。リハビリ中なんだからそっとしておいてやれよ…。

 

「あの人達の目、怖かった」

 

「まぁ…俺もロクな連中じゃないと思うけど」

 

「…あれを見て気付いたんだ。ボクを使ってお金儲けしようとする人はたくさんいるって。大人にとってボクは愛玩動物に過ぎなかったんだって」 

 

 …テイオーはいつの間にかこちらを向いていて…表情を無にしていた。…これまでとはまた違う無表情だった。無表情に種類があるのもおかしいが……今俺に見せている無表情は……まるで現実を突き付けられて意気消沈してしまったかのようなものだった。

 

「……そんな言い方ないだろ」

 

「トレーナーは否定できる?」

 

「……………」

 

 ……否定できない自分が悔しい。……ウマ娘を食い物にしようとしている人種は、確かにいる。…俺も含まれるかもしれない。

 

「………大人はキラキラした、ブランドとしてのトウカイテイオーしか見てなかった」

 

「一途にね、夢に向かって突っ走ってる間は良かったよ。トレーナーがいて、カイチョーがいて、マックイーンがいて、ネイチャがいて……。この道でね、ずっと過ごせるって思ってた。……走れなくなってから、見える世界は新鮮だったなぁ」

 

「もしあの人達と契約か何かしてたら、ボクは今頃どうなってたんだろうね?」

 

「……………」

 

 ……あんまり考えたくはなかった。…広告や団体の顔としてテイオーが使われる姿が思い浮かんだから。もしくは…テイオーからお金が搾り取られるか。

 

「……まだ世間を知らないお金の成る小娘。もうね、信用できるのはトレセン学園とトレーナー位しかいなかったの。でも、学園からは絶対中退することになるから…学園はもうボクを見てくれない。……本当に、トレーナーしかいなかったんだ」

 

「ボクね、トレーナーのこと、特別に思ってた。好きだなって。…多分菊花賞から。…契約を解除するの、本当に嫌だったんだよ…?」

 

「そこにね、あの人達が現れて…カイチョーとマックイーンとトレーナーが一緒になって追い返してくれたでしょ。……それでトレーナーのことがもっと好きになったし……何が何でも、絶っ対に離れちゃいけない、誰にも渡しちゃいけないとも思った」

 

「……トレーナーだけだったんだ。トウカイテイオーじゃなくて、掛け値なしでボクを見てたのは。だからトレーナーと契約を解除しないといけないって思い出した時、心がすっごい…ズキズキ、イガイガして…」

 

「……俺もテイオーをトレーニングして、お金をもらって……食い物にした側かもしれないぞ」 

 

「…ただ食い物にしようとするだけならリハビリなんて面倒くさい事には付き合わないでしょ。それに…三年間もずっと一緒にいれば、トレーナーのことは大体わかるよ。2回も怪我したのに、ボクを見捨てなかった。ボクからすれば…誰よりも信用できるもん」

 

「…………」

 

「だから…どうしても…トレーナーに好きになって欲しくって…。トレーナーの好きなボクにならなきゃって思って…」

 

 …………テイオーがどうしてここまで俺にこだわったのか、今理解できた。

 俺を支配してる側なのに、何故時折怯えた様子を見せていたのか、理解できた。

 別に頼んでもいないのに家事までして、時折猫撫で声で話しかけてくる理由が、わかった。

 トレーナーを続けると…テイオーが安心できないとも、理解した。

 

 つまりは…テイオーは俺に対する感情や周りのテイオーに対する態度のせいで……こうなってしまったのだ。

 

「………幻滅した?」

 

「……………」

 

「自分が可愛くて、トレーナーをこんなにしたんだ、ボク」

 

「……トレーナー。本当は、ボクのこ」

 

 テイオーが言い終わる前に、右手がテイオーの頭に伸びた。

 

「わぷ……!?と、とれっ」

 

 ガシリと頭を掴んでこちらにテイオーを引き寄せ……脇に挟むようにしてグシャグシャとテイオーの頭を右手で撫でる。

 テイオーがわたわたと両手を振り回しているのがわかった。

 

「わっ…わっ……」

 

 無言でグシャグシャと撫でる手を止めない。

 

「か…髪が崩れちゃうよぉー!」

 

 テイオーの声に震えが混じり始めた所でやっと手を止めてあげた。

 

「…テイオーと一緒にいる理由が増えたな?」

 

 あそこまで言われて、突き放す人間がいるだろうか。そもそも……元から、テイオーからは何をされてもいいと考えていた俺にとっては、今更だろう。

 

「…うぇ?」

 

「死ぬ時まで一緒にいてあげれるかはわからないけど…少なくとも、俺はずっとテイオーの側に居続けるつもりだよ」

 

「…ボク、メンドクサイ女だよ。相当」

 

「……俺、もうテイオーから離れられないから…」

 

「……………」

 

「……………」

 

 テイオーは突然タックルする勢いで俺に飛び付いた。

 

「ゴハァッ!?」

 

 ドスンという衝撃で肺から空気が押し出される。

 

「…テ”イ”…オ”ー」

 

「……………………」

 

 …テイオーは俺の服の肩口を両手で掴み……スリ…ズリ……と。頬が首に擦り付けられる。

 

 思わず苦笑いしてしまう。俺は異常な状況に置かれてるんだろうけど……だけど、この甘ったるい感じが好きだった。……何もかも忘れられるような気がするから。

 この感情は諦めか…幸せなのか。……二択で迷う必要はないだろう。俺は今、幸せだ。

 

 ……テイオーと一緒に過ごして、少しずつ…少しずつ、良い方向へと転がってくれるるように願いながら……テイオーの背中を擦る。

 一晩中、テイオーは俺に引っ付いて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で、幻滅したって言ってたら…」

 

 

「………トレーナーには眠ってもらったかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺は理事長に退職届と謝罪文を渡した。…とは言っても、ほとんど逃げ出したも同然なんだが。

 早朝に人目を避けるようにトレセン学園に向かい、そのまま早足に家へと帰る。

 理事長は残念そうにしていたけど、退職届を受け取ってくれた。2週間後に退職できるから、それまで休んでいてくれとのこと。

 ちょっとだけ黒かった所以外、素晴らしい職場だったなぁ…。

 

 ……トレセン学園から出る途中、たづなさんに出会った。

 

「……トレーナーさん」

 

「……たづなさん」

 

「私達はずっとお待ちしていますよ」

 

「………ごめんなさい」

 

 たづなさんから向けられる慈しみに満ちた視線に耐えられず、俺は逃げるようにその場を後にした。

 

 ……この日から、俺はトレーナーであることを辞めた。




 次回、一緒の二人。
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