曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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 テイオー目線スタートゥ。
 やっぱりダイジェスト気味ですし、アニメやアプリ版の設定が混じっております。


sideテイオー(回想.1)

 地鳴らしのような大歓声。星のように輝くウマ娘達。そのウマ娘の中で一人…太陽のように、他を寄せ付けない圧倒的なキラキラした、光り輝く走りをしたウマ娘がいた。…小さい頃の最も印象的な記憶と言えば、これだった。

 小さい頃に見た…シンボリルドルフさんの走りは、多くのウマ娘の夢を決定付けただろう。ボクもその内の一人だ。

 あの人みたいなウマ娘になる。それがボクの夢となった。

 きっと、ボクと同じ理由でこの道を志した子はたくさんいる。それ位…シンボリルドルフさんの走りには魅力があったし、本当に人を引き付ける魔力のようなものまで感じ取れた。

 

「ボクは…シンボリルドルフさんみたいな強くてかっこいいウマ娘になります!!」

 

 いつか言ったか。人はボクの夢を笑うだろうか。無理だと言うだろうか。…そんなの、やってみなきゃわからない。

 だって、ボクはトウカイテイオーなんだから。幸い、ボクはこれだけの大口を叩ける程度の脚を持ってた。同世代の子達とかけっこしたら絶対に負けないし、なんならさらに突き離すことだってできる。この脚なら、憧れのあの人、シンボリルドルフさんにだって届き得る。

 だからボクは…トレセン学園を目指した。

 

 カイチョーはトレセン学園でトゥインクルシリーズを駆けた。なら、ボクもそれをなぞらなきゃいけない。…トゥインクルシリーズを走って勝てば皆にもっと褒められるだろうし、褒められるのが好きなボクからすればこれも目指す理由になった。

 

 トレセン学園を目指してお勉強をし始めた頃、ボクは随分と色々持って生まれたんだな、と気付かされた。

 国語数学理科社会英語、一度でも勉強すれば全て脳に叩き込む事ができたんだから。…でも…やっぱりボクの本当に生まれ持った、自分自身でも才能だと胸を張って言えるものは、走りだった。速さでボクに勝てる子は一人もいなかった。ボクは、ここでは無敵なんだ。

 

 このボク、トウカイテイオーの王国はターフにこそあった。

 

 トレセン学園への入学に際してもちろん勉強は頑張ったし、座学試験でも普通に合格ラインに達してたと思う。でも……ボクの入学を確定的なものにしたのは…実技試験だったはずだ。試験監督達、ボクの走りを見てみーんな立ち上がって拍手してたんだもん。

 

 まぁ、言わずもがな…ボクはトレセン学園に入れた。そしてその日から、ボクにとってシンボリルドルフさんはシンボリルドルフさんでなくなり……会長。カイチョーになった。

 

 トレセン学園は日本で最高峰。ようやく張り合いのある子に出会えるかなー……なんて、考えてたけれど。ここに来ても、ボクの脚に比肩できる子はいなかった。ボクは……ずっと無敵のテイオーのままだった。だから、トレーナーなんて別にいてもいなくても変わらないし大丈夫……とか、思ってたけど。

 

 …トレーナーと出会ったのは、そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわわっ、どいてどいてぇー!!」

 

「ん? って、ちょお!??」

 

 ボクは目の前にいる男の人に気付かなかった。疾走するウマ娘にヒトがぶつかればどうなってしまうか知っていたボクは、思いっきり足首のバネを利用して……。

 

「ほっ!!」

 

 男の人の頭上を飛び越える。

 

「うわ!?」

 

「しゅたっ!! ……はいこれ、帽子だよっ!」

 

 そして華麗に木の枝に引っ掛かっていた帽子を掠め取り、地面に着地。

 帽子をパタパタと叩いて、持ち主の女の子に差し出した。

 

「わぁっ、お姉ちゃんありがとー! すっごいジャンプだったね、かっこいー!!」

 

 帽子を取ってあげた女の子はキラキラした目でボクを見上げていた。…ふふーん。人助けっていーいなー。

 

 …でも、ボクはただのお姉ちゃんじゃないんだよねー。

 

「ちっちっち。お姉ちゃん、じゃなくて、無敵のテイオー様って呼んでね♪」

 

「むてきの……? よくわかんないけど、かっこいいねー!」

 

「わっはっはっは〜!! もっとボクを褒め称えるといぞよ〜!!」

 

 女の子に煽てられて耳がピョコピョコと動いてしまう。…やっぱりいいね、この無敵のテイオー様、って。……あ、そうそう。

 

「……っと。そーだった。キミ! びっくりさせちゃってごめんね」

 

 すっかり目の前のこの人のことを忘れてしまっていた。…何か呆然とした顔をしてる。

 

「ブレーキかけられなくてさー、キミのことまで飛び越しちゃった! あ、ケガしてないよね? 大丈夫?」

 

「い、いや、俺は大丈夫だけど…君の方こそ大丈夫か?」

 

「あはっ、ボクはこのくらいへっちゃらだよ! ほら、ぜーんぜんなんともないっ!」

 

 ちょっとしたステップを見せてあげた。

 

「びっくりした? びっくりしたでしょー! へへーん♪」

 

「……っといけない! ボク、ランニング中なんだった。それじゃーねー!」

 

「え? あ、ちょ、待って!」

 

「っととぉ…?」

 

 引き止める声がして、躓くようなリアクションをしながら踏み止まって振り返る。

 

「なーにー?」

 

「あの、君を…スカウトさせてくれないか!?」

 

「うぇ? ……あー。キミ、トレーナーなんだ」

 

 …よくよく見てみると男の人の肩にはトレーナーバッジが輝いていた。まだお兄さんって感じの若い見た目だし、傷一つないトレーナーバッジからして…新人トレーナーなのかな。

 

「うん。俺の3年間、君に賭けるから。……どう?」

 

「…んーー……ごめんね! ボク、既にたくさんスカウトが来てて……すぐには決められないんだー。だから明日の選抜レースの時に来てよ!」

 

「その時に考えるから!」

 

「ん……そっか。わかった。じゃあ、ランニング頑張ってね」

 

「うん! 今度こそじゃーねー!」

 

 右手をブンブンと振って新人トレーナーに別れを告げる。さぁて、明日の選抜レースに向けてコンディションを整えないと。…何か後ろから視線を感じるけど無視しよーっと。

 

 …この時は、この人がボクのトレーナーになって、必要不可欠になるなんて思ってなかったなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールを走り切り、徐々に速度を落として行く。

 

「ふーっ! みんなー、ボクのレースはどうだったー!?」

 

 ボクの一言にファンの人達が大きな声を張り上げてボクに称賛の言葉を贈ってくれた。

 

「あはっ、ありがとー! ま、ボクならトーゼンの結果だよねっ!!」

 

 選抜レース当日。緊張もしなかったし、まぁ、ボクはいつものように自分の走りをして…他を切り離して1着だった。

 

 選抜レースということもあって皆ピリピリしてた。そのピリピリがボクに向けられることもあったけど……残念、ボクはそれだけじゃ臆さない。

 

「やっぱり…凄いな、トウカイテイオー」

 

「む? あ、昨日の! 来てくれたんだ! ありがとね! …と、言うことは〜?」

 

「ああ、スカウトさせてくれ!」

 

「やっぱり! うむむ。どーしよっかなぁー。ボク、選抜レース前から結構声が掛かってて」

 

 昨日、公園で出会った新人トレーナーがスタンドの最前列にいた。ちゃーんと来てくれたんだー。そこは嬉しい。

 

 ニコニコと会話していると、人の山をを掻き分けて二人の…トレーナーがボクの目の前に躍り出てきた。

 

「あっ! いたいた、トウカイテイオー!! 君の走り、本当に素晴らしかったよ……! 是非スカウトさせてくれっ!!」

 

「テイオー、私と組みましょう! あなたとならG1制覇はもちろん、三冠ウマ娘の称号だってきっと掴めるわ!」

 

「わわっ!? 増えちゃった……うぅん……」

 

 選抜レースで直接のスカウトは増えるとは思ったけど…こんな一斉に出て来ちゃうなんて。

 …と言うか、よく見てみると周りにいる人達は皆肩口やら襟元にトレーナーバッジが光り輝いていた。…この人だかり、皆トレーナーだ。

 トレーナー達は皆ボクをターゲティングしてるのか、それとも抜け駆けは許さないという暗黙のルールでもあるのか、名乗りを挙げた三人を睨み付けていた。

 

「…こんなにいっぱい来られても誰にしたらいいかわかんないよー…」

 

「…まあでも、実際に走るのはボクなんだし、誰がトレーナーでもあんまり変わらないかな」 

 

 トレーナーの作るトレーニングメニューとか、多分教科書通りだし…なら、適当でもいいや。今までだってボク一人でやってこれたから…帝王にトレーナーは添えるだけ。

 

「じゃ、ボクとじゃんけんして勝ったヒトで!」

 

 ボクの一言にザワザワ、とトレーナー達がざわめいた。

 

 ………?

 

 何か変な事言っちゃったかな? でも、その中で一人だけ…拳を突き上げてる人がいた。

 

「だ、誰もじゃんけんしないんですか!? なら、不戦勝で俺が!」

 

 と。ノリノリだなぁ。…どれどれ……。

 目を凝らすあの新人トレーナーだった。……よっぽどボクの担当になりたいらしい。…うぅーん。もうこの人でいいかも?

 

 なんて、適当にトレーナーを決めようとしていると……ザス、ザス、と地を踏みしめる音が響いた。

 

「こらこら、テイオー。トレーナーとウマ娘は異体同心の……」

 

 聞き慣れた声であると同時に、憧れの声でもあった。…振り返れば、カイチョー。

 

「あぁっ、カイチョー!! カイチョーだ〜〜!!」

 

 ボクは条件反射的にカイチョーいる方へと飛んで行った。

 

「選抜レース、見に来てくれたんだねっ!? ねえねえねえ、ボクの走り、どうだった!? ボク、また一着だったよ!!」

 

「やれやれ……そうだな、見ていたよ。いつもながら素晴らしい走りだったな」

 

「やぁった〜〜!! えへへ、カイチョーに褒めてもらえたっ♪ ねえねえ、今の聞いた!?」

 

「えっ? あ、ああ。でも、そんなことより、スカウトの話を…」

 

 …そんなこと?

 

 ……カチン、と頭の中で音が鳴った気がした。耳が後ろ向きに突っ張る。

 

 これは、カイチョーがどんなに凄いか教えなきゃいけないみたいだね。

 

 そこから、ボクは数十分に及んでカイチョーがどんなに凄いか、カイチョーがどんなに強いか、カイチョーの武勇伝を事細かに説明してあげた。

 …ボクが説明し終わる頃には……新人トレーナーとカイチョー以外いなくなっていた。

 

「…………あれ?」

 

「テイオー…」

 

 カイチョーが苦笑いを浮かべている。

 

「いやぁ、やっぱりシンボリルドルフさんは凄いなぁ」

 

「はは…ありがとう、トレーナー君。…テイオー、残っているのは彼だけだよ」

 

「えぇーっ、皆ヒドイなぁ! せっかく説明してあげたのに!」

 

「……で、テイオー。スカウトの話なんだけど…」

 

「あ」

 

 カイチョー自慢ですっかり忘れちゃってた…。

 

「うーん……もうキミでいいかなー?」

 

 新人トレーナーの顔がぱぁっと明るくなった。わかりやすい人だなぁ。

 

 …昨日からやたら会うし…最後まで残ってくれたし。面倒はちゃんと見てくれそう。

 

「テイオー」

 

 すると、カイチョーが横から…。

 

「そんな適当に決めてはいけない。もっと熟考して信頼できるトレーナーを探すんだ」

 

「えぇー。でも、この人は最後まで残ってくれたしぃ…」

 

「……………」

 

「……でも、カイチョーが言うんならきっとそうした方がいいんだよね」

 

「…ごめんね! キミ! ちょっと、明日色々テストするから…」

 

「あー、うん、わかった」

 

「絶対にキミの所にもテストしに行くから!」

 

 ……と、言う訳で、今日中にトレーナーを決めることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、キミキミー」

 

「テイオー」

 

 あれから数日経過し、ボクは声を掛けてくれたトレーナー達にテストを課していた。カイチョーからのアドバイスもあったし、各々のトレーナーのトレーニングを受けてみることにしたのだ。そして、凄い印象に残ってる新人トレーナー君を見つけ出すことができた。

 

「やっと見つけた! 準備、できてるよね?」

 

「あぁ。テスト、開始しようか」

 

 と言う訳で…ボク達は練習場に移動した。

 

_________テストトレーニング後。

 

「ほっ、はっ、ほっ…………おーわり!」

 

 ボクは新人トレーナーのメニューを完璧にこなして見せた。

 ホッピングや10秒間ダッシュ、坂路ダッシュ等、やたら足首を鍛えるようなトレーニングが多かったかなぁ。

 

「す……凄い…な」

 

「ふぅーー。…うん、結構しっくり来るトレーニングだったけど……このボクにはちょっと簡単過ぎるかなー?」

 

 新人トレーナーはノートやらを付けながら顔を引き攣らせていた。…よっぽど上手くできたのかな?

 

「ねーえー。これだけー?」

 

「う、うん。いやはや、一晩中練りに練ったトレーニングメニューだったんだけどなぁ。まさかテイオーがここまでとは…」

 

「へへーん、もっとこの無敵のテイオー様を褒め称えるといいぞよ〜!!」

 

「無敵、かぁ。本当にテイオーなら無敵になれそうだよなぁ」

 

「…むー。真に受けてないなー? 聞いて驚け! この無敵のテイオー様は現在進行系で無敗なのだー!! 生まれてからここに至るまで、無敗!」

 

 今のを聞いて新人トレーナーはわかりやすく目を見開いて見せた。ふふ、さすがに驚いたかな? 生まれてから一切負けが無いって結構珍しいと思うんだよねー。

 

「…ほんとに……凄いな、テイオー」

 

「でしょでしょー!!」

 

「……で。もう終わりー? テストしゅーりょー?」

 

「いや、最後にテイオーの本気が見てみたい。2500mを走ってくれないか? タイム、測りたいんだ」

 

「2500m? ボクが得意な距離じゃーん! じゃ、ストップウォッチ持って!」

 

「はい」

 

「よーし。…行ってきまーす!」

 

 新人トレーナーがストップウォッチを構えたのを確認して、ボクは一気に走り出した。

 

___________2分34秒後。

 

「はっ、はっ……はぁーっ! タイム、どうだった?」

 

「…2分34秒」

 

 やった、自己ベストを更新してる。…まだまだボクは強くなれるみたいだね。

 

「おっ、自己ベスト更新! やったね♪」

 

「…凄いよ。同世代平均を凌駕してる」

 

「えへへっ、当然だよ! ボクはトウカイテイオーだからね!」

 

 ボクは新人トレーナーの前で両手を腰に当て、胸を張って見せる。

 

 そんな感じに、自慢気にしていると…。

 

「……2500mか。G1レースで言えば、有マ記念だな」

 

 凛とした、威厳のある声が練習場に響く。…これは…。

 

「わっ、カイチョー!?」

 

 カイチョーがゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。

 

「なになにどうしたの!? ボクに会いに来てくれたのっ!?」

 

「まあ、そんな所だ」

 

「それよりも……ふむ。トレーナー君、急な頼みで済まないが私のタイムも測ってはもらえないだろうか?」

 

「先程のテイオーと同じ、2500mだ」

 

「えっ、カイチョーも走ってくれるの!? やったやったー!! もちろんいいよね、トレーナー!?」

 

「あぁ、うん、いいよ。測ろう」

 

「感謝する。では、行こうか」

 

 カイチョーがスタートラインに立ち、腰を落とす。……ピリッ、と静電気が肌を叩いたような気がした。…時としてウマ娘の気迫は現象として現れる。…それをトレーナーも感じ取れたみたい。顔が明らかに強張ってる。

 他の子のピリピリとは訳が違う。カイチョーのピリピリは跳ね返せなかった。……やっぱりカイチョー、すっごい。

 

 ピッ、というストップウォッチの音と共に、カイチョーは……風となった。

 

_________2分32秒間後。

 

「ふぅっ……。トレーナー君、タイムは」

 

「…2分…32秒…です」

 

「カイチョー…ボクより2秒も速い……!」

 

「そうだな。……君の敗北だ、テイオー」

 

 ……ボクの負けかぁ。…カイチョー、凄いなぁ……。

 

「うんっ、負けちゃった! やっぱりカイチョーはすごいな〜!! さっすが、最強のウマ娘だねっ!!」

 

 ……カイチョーは耳がピクリと後ろに向かい跳ね、新人トレーナーは眉が寄った。…そして二人の口が同時に曲がる。

 

 ……?

 

「他にはないのか?」

 

「えっ、ほか?」

 

 …どういうこと?

 

「ああ。……もう一度言うが、テイオー。君は今、私に敗北したんだぞ?」

 

 ……カイチョーに、負けた。負けて……だからカイチョーは凄い。ボクに勝ったから…………。…あれ……?

 

「えっ、えっ? えーっと、うん。だから、カイチョーはすごいなーって……え?」

 

「そうか……。いや、急に済まなかったな」

 

「テイオー、トレーニングは以上かな? それならクールダウン代わりに、少し外を走って来てはどうだ」

 

「あ、うん! そうするー! トレーナー、後でね〜!」

 

 ボクはカイチョーに言われた通り、外周をゆっくりと回って最後のクールダウンをした。………走りながらカイチョーの言葉を頭の中で復唱したけど…あんまりしっくり来なかった。…カイチョーがわざわざ聞いてきたんだから、きっと大事なことなんだろうけど……。…うーん……。

 

 結局、カイチョーの言葉の意味は最後までわからなかった。

 クールダウン後は、神妙な顔付きの新人トレーナーに背中をパンパンと叩かれジュースをもらい、それにお礼を言って解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …テストからまた数日して。胸にもやもやを感じながら、ボクはカイチョーとのレースを迎えることになった。

 

「うわ、すっごいヒトの数。まるでトゥインクルシリーズじゃん!! あははっ、多盛り上がりだ〜!!」

 

 ……コース、凄いことになってるや。あっちもこっちも皆人、人、人。まぁ、そりゃあこのトウカイテイオーとカイチョーのレースなんだもん。自分がそれなりの有名人だって自覚はあるし、カイチョーに関しては既に時の人。レース後は取材だとかが来てもおかしくないレベルだ。

 だからこの大騒ぎも納得できる。

 

 コース内を準備運動を兼ねて歩き回ってると、スタンドの最前列にまたあの新人トレーナーがいた。

 

「あ、キミ。やっぱり来てくれてたんだ」

 

「ん…うん。…調整はできたかな?」

 

「もっちろん! ちゃぁんと、ばっちり調整してきたよ! この大声援、みーんなボクのものにしちゃ………」

 

 カイチョーの顔が頭の中にチラ付いた。………カイチョーに勝たないといけないんだ。今日。

 …何故か、それ以上の言葉が喉から出てこなかった。

 

「…今日、カイチョーが相手なんだよね。……カイチョーが…相手。カイチョーに、勝たないと……」

 

「………カイチョーが相手、かぁ」

 

「…ルドルフとやり合うのは嫌か?」

 

「へっ? い、いやいや! ボクはトウカイテイオーだよ!? 誰とだって真正面からぶつかって、蹴散らしてやるんだから!」

 

「…うん、頑張れ、テイオー」

 

「う、うん……じゃあ、ボク、出走準備しないとだから。じゃあね!」

 

 何故か肥大していくもやもや。それを胸にしまい込みながら、ボクはゲートへと向かった。

 

「…行ってらっしゃい」

 

 新人トレーナーが何を言ってるかは聞き取れなかった。

 

_________レース後。

 

 ……負けた。一瞬だけ、カイチョーの背中を追い掛ける事はできた。…だけど、一瞬だけだった。カイチョーはボクを背後に感じるとすぐにギアを上げて…ボクを突き放した。…初めての負けだった。

 

 ゴールラインを超え、徐々にスピードを落として行く。

 

「…はぁっ、はぁっ……はぁ〜〜〜!! 負けちゃった〜〜〜!!」

 

「でもやっぱり、カイチョーはすご」

 

 ボクの声は何かを爆発させたかのような大歓声に掻き消された。

 

「うひゃあ!?」

 

 その大歓声に混じって、ポツポツと聞こえるカイチョーへの称賛。

 

「皆、声援感謝する」

 

 そんな称賛に、お上品に応えるカイチョー。…カイチョー…かっこ……いい…なぁ…。………?

 

「す、すごい歓声……。みんなカイチョーのことみてる……」

 

「みんな、カイチョーだけを…」

 

 ……何、この気持ち。

 

 胸の中にある、モヤモヤが形を変え…まるで棘のように内側からボクを刺し始めた。

 …イガイガ、する。……何これ…。

 

「…おーい」

 

 歓声すら耳から遠ざかっていた時、一つだけやたらクリアに聞こえる声がした。

 

「え…? あ……」

 

「何処か痛い? 大丈夫?」

 

 …新人トレーナーだった。

 

「…大丈夫。うん、大丈夫、何でもないよ」

 

「……っ」

 

 胸の内の痛みを抑え込むため、自分自身に言い聞かせるようにする。

 そのまま、ボクはコースを後にした。

 

 コースからスタンドへと続く通路を走り、控室に飛び込む。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 バタンと強めに扉を閉めた。……それで……どうしよう。…どうしようもできないから、その場で立ち尽くことしかできなかった。

 

 ……色んな気持ちが、ぐちゃぐちゃだ。

 カイチョーは、憧れの人。ボクが目指してる人。カイチョーはサイキョー…。

 そんなカイチョーがボクに勝ったんだから……嬉…しい。嬉しい、はず。…なのに、喜べない。喜ぼうとすると、胸のイガイガがどんどん強くなってく。

 カイチョーに向けられる歓声が頭の中で再び反復した。

 

 …わけわかんないよ。

 

 怒りとも、悲しみとも…言えないような微妙な気持ちで、ボクはロッカーを開いてジャージに着替えた。

 

 …痛い。…痛いなぁ……。なんでだろ…。

 

 ……走ろう。トウカイテイオーが悩むなんて、らしくない。だって、ボクは無敵の……………。

 

 ……ボク、もう無敵じゃないや。カイチョーに負けたんだから。

 

 その事実に頭の中が一瞬真っ白になる。

 

「………………ぅ…」

 

 考えれば考える程胸の痛みが強くなると理解したボクはフォームもぐちゃぐちゃに控室を飛び出した。…行く宛も、検討も付けず、ただ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …何時間、走っただろうか。今、ボクはどこにいるんだろう。

 朧気な視界から読み取れる情報は……ここがよく来る公園だってことだった。

 

 …脚がピキピキと痛い。筋肉が痙攣してる。

 

「はぁっ、はぁっ……! はぁ……っ」

 

 さすがに、脚が痛くてしょうがなくなったから立ち止まり、膝に手を付いて息を整える。

 

 …誰かの気配がした。

 

「…まだ、トレーニング? そろそろ休んだら?」

 

 新人トレーナーだった。

 

「あ……キミ。…どうしてここに…」

 

「…レースの後、元気無かったから。だから様子見てた」

 

「ふーん……。ありがと…」

 

「…じゃ、ボクもう行くよ」

 

 息も整って来たし…そもそも今誰とも話したくないから、半ば新人トレーナーを無視するようにして再び走り出し……。

 

「ぅあっ…!?」

 

 走り出せ、なかった。急に足腰から力が抜けたかと思ったら、そのままうつ伏せに転んでしまった。

 

「大丈夫か!?」

 

 うつ伏せになって唸ってると、新人トレーナーが慌てて駆け寄ってきた。

 

 ……情な…。

 

「ぅ……っ……!」

 

 力の入らない足腰を無理やり動かし、よろよろと立ち上がる。

 

「…別にこんなの大したことないよ。心配かけてごめんね。…ボク、ランニングに戻るから」

 

「待って。明らかにオーバーワークだよ。もう今日は止めにした方がいい」

 

 …新人トレーナーは立ち塞がるようにボクの前に立った。

 

 ……この人は、何でこうも……。

 

「…ねぇ、何でボクに構うの」

 

「しつ…こい…! ボクのトレーナーでもないくせに何なの!?」

 

「どいてよ! 走れないから!!」

 

 理不尽な怒りなのはわかってる。だけど止まらない。止まれない。

 この内側からボクを刺して来るモノの痛みを吐き出すように、ボクは新人トレーナーに叫ぶ。

 

「……………」

 

 …新人トレーナーは退かなかった。…怒りもしなかった。ただ、困った顔でボクを悲しそうな目で見下ろしていた。

 

「……なんで、そんな目するの…?」

 

「やめてよ……そんな目で……見ないでよぉ…」

 

 あの目を見て、胸のイガイガの痛みがさらに強くなってしまった。…そしたら、なんだか目の奥も痛くなって…気付いたら、大粒の涙が溢れていた。

 

 …止まれ、止まれ、止まれ……止まって…。

 

「……………」

 

 新人トレーナーはボクの隣で背中を擦り続けてくれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スンッ……」

 

「…落ち着いた?」

 

「う…ん…。…ごめんね……」

 

「いいよいいよ」

 

「……あのね…」

 

「うん」

 

「…胸の、内側がね……レースの後からずっとイガイガしてるんだ…」

 

「カイチョーがあの歓声を全部独り占めしてるのを見てからずっと、さ…」

 

「…カイチョーはボクの憧れでね。一番強くて、一番速くて、一番すごい。一番皆に褒め称えられてる」

 

「カイチョーはボクが目指す姿そのものなんだ」

 

「…ボクが見に行ったカイチョーのレースは全部一着でね。大歓声を浴びて微笑んでるカイチョーは、本当にかっこよかった」

 

「…だけど、今日のレースでね。それと全くおんなじものを見たのに……どうして…こんな、胸がイガイガするの…? こんな、走らないと気が済まない位に……」

 

「…………」

 

 …新人トレーナーはボクの独り言を黙って聞いてくれていた。

 

「…テイオー。一度、その気持ちについてしっかりと考えてみて。…何か、気付けるかもしれないよ」

 

「うぇ…」

 

「もう帰ろうか、テイオー」

 

「……うん」

 

 …考えてみて、か。

 

 その日の夜は新人トレーナーに寮まで送ってもらった。…寮長には怒られちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。今度は新人トレーナーがボクを探し出していた。

 

「昨日はよく眠れた?」

 

「……ちょっと、寝付けなかった」

 

「そっか」

 

「…今週末にね、シンボリルドルフのレースがある。見に、行かないか?」

 

「…カイチョーの…レース?」

 

 …今、この状態でカイチョーのレースを見に行くのか。…正直、胸のイガイガがまた強くなるような気がする……けど。

 

「……見に行ったら、このイガイガの原因も、わかるかなぁ…?」

 

「…見に行かないと、何もわからないと思うよ?」

 

 それは…最もな意見だね…。見に行かなきゃ、イガイガの原因もわからないし……何もわからないし……。…何より、このイガイガが治るかもしれない。

 

「ん……うん。…わかった。行くよ、一緒に」

 

___________週末。

 

 ボク達は今レース場にいる。レース場には地響きがしていた。何故なら…案の定、カイチョーが圧勝したから。…この地響は全てカイチョーに向けられている歓声によるものだ。

 

「…………………」

 

「…どうだった?」

 

「…やっぱり、カイチョーはすごいなって…。強くて、速くて、最高にかっこよくて…」

 

「……ねぇ。ボク、カイチョーと話がしたい。…一緒に来てくれる…?」

 

「うん、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーっ、言っちゃった言っちゃった!! えへへ、まだちょっとドキドキしてるよー」

 

 新人トレーナーの言う通り、レースを見てみたらイガイガの理由がわかった。…ボク、カイチョーに憧れてた。それと同時に…ボクはありとあらゆる声援、称賛をその一身に受けることができる…最強のウマ娘になりたかったんだ。

 

 ……そして、言った。言ってしまった。カイチョーに……宣戦布告してしまった! あのカイチョーに!

 

 皇帝を越える帝王になる、と…!

 

 …これを言えたのは……本当、新人トレーナーのおかげと思う。

 

「……一緒に来てくれて、ありがと。…キミのおかげで……ほんとに………色々、ありがとう」

 

「困ってるウマ娘がいたら誰でも助けるのがトレーナーさ」

 

 ……カイチョーの言った、信頼できるトレーナーって……きっと、この人のことだ。

 

「…トレーナーはさ…」

 

「うん?」

 

「まだ、担当の子、いないんだよね?」

 

「うん」

 

「……じゃあ」

 

 

 

 

 

「トレーナー」

 

 

 

 

 

「これからも、よろしくね!」

 

「……へ」

 

「?」

 

「…今、これからも…って」

 

「うん。そうだよ?」

 

「それって……」

 

「……もーー。何でこういう時はニブイのさー! それじゃあボクのトレーナーは務まらないよ!!」

 

「………………」

 

「……トレーナー?」

 

「よっっっ…し……!!」

 

「わぁ!?」

 

 新人トレ………トレーナーが人目も憚らず突然大振りのガッツポーズをし始めた。

 

「いや、ま、まさかテイオーのトレーナーになれるなんて……もっとベテランの人が指導することになるかと」

 

 ……ボクがせっかく今決めたのに…もう。

 

「……じゃー今からベテランの人を探してこよっかなー」

 

「あっ、待って、ごめん! ごめんって!」

 

「はぁ〜……それで? どうするの?」

 

「……よろしく、テイオー。きっと最強にしてみせる」

 

 …うん、100点の返事。

 

「…よし! ここからだよ、トレーナー。無敵のテイオー伝説が始まるのは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、ボクはトレーナーの元でたっくさんトレーニングして、たっくさんレースに勝った。

 目指すは三冠ウマ娘。そして一冠目、皐月賞。絶対に勝ってみせる。

 

 このまま、無敵のテイオー伝説を築いて行くんだ。そして…カイチョーにも勝って……最強のウマ娘になる。なってやる。




 次回、テイオーの病み始め。

 ごめんね、伝説は途中で終わっちゃうんだ…()
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