トレーナーの作るトレーニングメニューは…びっくりする位ボクにぴったりだった。
何でこんなしっくり来るトレーニングをぽんぽん思い付くの? って聞いてみたら、曰く。
「テイオーは足首の柔軟性がスパートのバネに直結してるから」
と言うことで。主にそれを重点的に伸ばすようなトレーニングが多かった。もちろん、基礎トレーニングも毎日欠かさずやったけど。
…よく見てくれてるなぁ。
ボクはそんな調子でトレーニングを続けて…メイクデビューして、トゥインクルシリーズでは無敗のまま…三冠の一冠目、皐月賞を無事に手中に収めた。
…皐月賞に勝ってからは、ボクはトレーナーの作るトレーニング、指示を手放しで信用するようになってた。
信用してなかった訳じゃない。ただ、これはこうの方がいいんじゃないかな〜、って個人的に口を挟んだりする程度はしてたから。
元々、皐月賞はボクでも苦戦は必至、って考えてたんだけど…トレーナーの指示通り走ったら結構良い運びで勝てたし、トレーニングの成果も実感できたし…もう全部トレーナーに任せちゃっていいやって。
……トレーナーはボクよりもボクのカラダに詳しいみたいだったし。
…この辺りから、ちょっと左足首に違和感を感じ始めてた。違和感そのものは…ほんっとーに小さかったし、大したことじゃないって思ってたから、トレーナーには黙ってた。
続く日本ダービーも…もちろん手中に収めた。…ちょっとかっこつけたくて、観客に向かってカイチョーみたいに二本指を掲げてみたりしたなぁ。
…だけど、走り終わった後……足首の違和感がすごい大きくなってることにに気付いた。……ボクはまだ三冠を目指してる最中。トレーナーに休め、回避しろと言われるのが怖くて、黙って練習を続けた。……ボク、悪い子かな…。
案の定、左足首の違和感は日に日に大きくなって行って……ついに。
「ぁあっ!?」
練習中に、急に来た左足首の痛み。それに思わず脚を庇うため、体を丸めて地面に倒れ込んでしまう。
「テイオー!?」
ああ、どうしよ、トレーナーの焦った声が聞こえる。黙ってたこと、怒られちゃうかな。
「だ、だいじょう…」
「保健室! 保健室行こう!」
「あぁ、待って…大丈夫だから」
「ごめん、テイオー…! 気付いてあげれなくて…」
「ぁっ…」
トレーナーはギリッ、と歯を噛み締めながらボクを姫抱きして、保健室へと飛んで行った。
「………折れかけていますね」
…保健室の先生からそう宣告される。
「ずっと、足首に負担を掛け続けないと…こうはなりません」
この一言でトレーナーの雰囲気が変わるのがわかった。
「……テイオー」
「ぅ……」
…責めるような口調じゃない。だけど、お腹の奥がキュッて締まるような感じがした。
「…いつから…?」
「…ダービーに…勝ってから…本格的に…」
「…菊花賞までに回復するのは難しいでしょう。回避するべきです。無理に出たら…選手生命も危ぶまれます」
「! そんな! ボク、三冠を目指して…!」
「落ち着いて…落ち着いて…」
トレーナーの横槍が入る。
「一回、トレーナー室に戻ろうか」
「……う…ん…」
…先生に挨拶をして、保健室を出た。そのままトレーナーに支えられて…トレーナー室に。
________トレーナー室へ。
今、トレーナーと向かい合う形で椅子に座っている。
「…どうして、黙ってたの?」
「………菊花賞に……出たかったから…」
「……うぅん…」
トレーナーが眉間を右手で押さえて俯いてしまった。
……次に掛けられる言葉を、何となく予想できた。
回避しよう、止めておこう、って。
だから、そんな言葉を聞きたくなくて、ボクは先手を打った。…本当に、ワガママな先手を。
「……ボク、出る。出たい」
「菊花賞、諦めきれない…!」
「何が何でも、絶対に…出てやる…!! せっかく、ここまでやったんだから…!!」
「…スゥゥゥゥ……」
トレーナーは目を瞑りながら大きく息を吸った。
「…そう、だよなぁ…」
「出たいよなぁ……」
「でもな、テイオー…」
「…カイチョーが、通った道なんだ。カイチョーを越えるためには…まず三冠から抑えないといけないの!!」
「こんな所で…躓いてられない!」
椅子から思い切り立ち上がる。それで弾かれた椅子がガタン、とトレーナー室に大きな音を響かせた。
「脚の痛みなんて、休めば治るもん!」
「それに、多少痛くたって走れる! トレーニングはそのままで大丈夫だから!!」
これでもかと捲し立てる。それで、足首が治る訳でも、状況が解決する訳でもないのに。
「…ダメだ」
「っ!」
…やだよ、そんな……。
「……そんな状態じゃ全力を出せない」
「…へ」
「テイオーが全力を出せるようにしなきゃだめだ」
「…! そ、それって…」
「あぁ、まだ諦めるには早い。今日から全力で足首のケアをしよう」
さっきまで黒ずんでいた視界がパァァァッ、晴れてくような感じがした。
「と、トレーナー…! ありが」
「ただし。激しいトレーニングは禁止」
「…ぁぅぅ…」
それは…しょうがない…よね…。トレーナーからしたら、これ以上譲れない位ボクに……。
「そこはわかって…」
「……うん…」
「…………」
「…………」
ここで一旦冷静になって……。トレーナーに、あんまりなこと言っちゃった。
……トレーナーに謝らないと。
「…トレーナー」
「?」
「黙ってて……ごめんなさい」
「……………」
…トレーナーの手が突然ボクの頭に伸びた。
「わひゃぁ!?」
ぐわしぐわしと頭を撫で回される。……トレーナーの手、おっきい……じゃなくて!
「や、やーめーてー!」
「これでおしまい。ほら、さっそくマッサージを試してみるぞ」
「あ、う、うん!」
この日からトレーナーとボクのケア生活が始まった。マッサージ、鍼治療、足ツボまで何でもして……菊花賞まで後一ヶ月、という所で左足首は回復した。
保健室の先生に無理だと言われた菊花賞。…奇跡…って言うか、そういうのって起こせるんだ…。
肝心の菊花賞は…無事に三本指を掲げることができた。…これで一歩…カイチョーに挑むに相応しいウマ娘に、一歩近付けた。
「おっ、テイ」
「とれーぇなぁーー♪」
「うぐぉぉぉ!?」
菊花賞後、ボクは急いで控室に飛び込んだ。無事にボクを三冠ウマ娘に導いてくれたトレーナーにいち早く会いたかったから。
トレーナーがボクに振り向いてくれるなりぴょーんとジャンプしてトレーナーに抱き着いた。
「て"…テ"イ"オ"ー…」
「トレーナー! ほんとにありがと! ボク、トレーナーがいなかったら……」
「…俺の方こそ…三冠を取ってくれて、ありがとう」
背中をトレーナーの手が撫でてくれた。
菊花賞から数週間後の夜。マヤノがまた何か雑誌を読んだのか、唐突に恋バナ? することになった。内容はどんなタイプの人が好きー? とか、そんな感じ。
ボクも多少興味がある内容だったから、マヤノがペラペラと早口で何か言ってる間に、モワモワとちょっと頭の中に好きなタイプを思い浮かべてみる。……すると、輪郭が少しずつはっきりして行って…トレーナーの姿が頭に現れた。
…ボクの好きなタイプってトレーナーみたいな感じなのかな。どうなんだろ……。でも浮かんだのがトレーナーだったってことはそうなのかな……わかんないや…。
トレーナーがボクの好きなタイプだとしたら。じゃあ、ボクはトレーナーが好きってことなのかな?
…もう寝よっと。
翌日。練習場のコースにて、ボクは無表情でトレーナーと対面していた。
「ねーえー。他の子のこと見てたの? ボクが走ったばっかじゃーん」
「い、いや、ちょっとテイオーの走りの参考にならないかなって」
「……むぅ」
昨日の夜、あんな話をしたせいでちょっと意識しちゃう。今まではなんとも思わなかったのに。
腕を組んで見せてボク不機嫌でーす、ってアピールしとこ。
「トレーナーは誰のトレーナー?」
「テイオーの…」
「そうだよねー、ボクのトレーナーだよねー?」
「ならさ、もうボクの走りの凄さはわかってるよね。見るべきはボク? それとも他の子?」
「…そりゃあ、テイオー…だよ」
「……ふふーんっ! わかってるじゃん!」
「…じゃあ、もう一周走ってくるから。目に焼き付けてね! 他の子よりもボクが凄いって、上書きしてあげる!」
「が、がんばれー」
この日は一周多く走ってみせた。…トレーナーの記憶に他の子の走りが残ってるって考えると、なんとなく気持ち悪かったから。
そこからは特に何も起きず、マックイーンとMT対決をしたり、秋天に出走したり、ジャパンカップに出走したりで、トレーナーと一緒にテイオー伝説を紡いで行った。
ボクにもある程度箔が付いてきた頃。ついに…カイチョー自らボクの所に来てくれて…ボクと戦いたいって…宣戦布告、されちゃった。
これはボクがカイチョーへ挑戦する権利を得たということ。カイチョーがボクを戦うに相応しい存在だと認めたということ。…ついに、ここまで来たんだね。
この話はすぐにMT対決の時みたいに話題となった。帝王vs皇帝だー! ってね。
決戦は有マ記念となる。だから、本当に死ぬ気でトレーニングした。
有マ記念前日のコンディションは絶好調。……だけど、ボクはここで思い知らされた。帝王最大の弱点は、脚の脆さにあったんだって。
カイチョーと雌雄を決する有マ記念で…ボクはとんでもないアクシデントに見舞われた。ゲートから飛び出すと同時に、左脚全体に痛みが広がったんだ。筋肉、そして骨を巻き込んだような痛みだった。本当に突然のことだった。いつ、こんな爆弾を抱え込んでたの…!?
もちろん、そんな状態でボクが全力を出せる訳もなく…脚を庇いながら走ったせいで…ボクはレース人生で初めて…11着の惨敗。さらに初めて掲示板を外してしまった。
カイチョーはレース後にすぐ駆け付けてくれて…これはしょうがない、勝負はお預けだと言ってくれたけど……負けは、負けだよ。何の慰めにもならない…。
レース後、ボクは筋肉の損傷と骨折の両方を言い渡された。
「うぅぅぅぅぅぅ………」
病院のベッドの上でグズグズと唸る。
せっかく、カイチョーと最強決定戦をするチャンスだったのに…。こんな…こんな……。
「テイオー…」
隣にいるトレーナーが両手でボクの肩を擦ってくれた。
「ボク、何か悪いことした…?」
「ボクはただ、最強無敵のウマ娘を…目指しただけなのに…!!」
「……神様は…いじわるだよ」
病室に恨み辛みの籠もった怨嗟が木霊する。
「…俺がもっとちゃんと…テイオーの脚を管理できてたら…」
「トレーナーのせいじゃない!!」
思わず大声を出してしまう。
「…トレーナー。…ボク、このままで終われない」
「……………」
「…菊花賞のこと、覚えてる?」
「トレーナーとボクならさ。また、菊花賞の時みたいに、奇跡、起こせるよね?」
半ば押し付けるような、呪い染みた一言。だけど、トレーナーは…。
「……ああ。やってみなきゃ、奇跡は起きない」
「それに俺にだって……まだテイオーが止まる所を見たくない」
首を縦に振ってくれた。
「…えへへっ。やっぱりボクのトレーナーは……トレーナーしかいないや」
「ボクと一緒にまた…奇跡、起こそ?」
トレーナーに向かい、にかっと笑って見せる。…トレーナーはどうしてか苦笑いを返してくれた。
不思議と、自分の脚は治ると思い込めた。何故か、奇跡は起こると信じることができた。トレーナーなら、ボクをきっとより良く導いてくれるって…妄信してたから。
…ボクがリハビリをしてる間に。ボクのライバル、メジロマックイーンはボクの後を追うように、繋靭帯炎と宣告された。まるでボクの次はマックイーンだ、と言わんばかりに…狙い撃ちされたような怪我だった。
…神様って、酷いんだか、優しいんだか。名誉の分だけ、奪うっていうの?
この不条理に納得できなかったのか…それとも悲観的にならなかったのが功を奏したのか。ボクは…決して短くない時間をリハビリに掛けて…ついに、有馬記念までに傷を完治させることに成功した。…トレーナーが付きっきりで面倒を見てくれたのも大きいし、ファンの皆の応援と、マックイーンとか、ダブ…ターボの応援も大きな助けになった。
……リハビリ期間中、トレーナーはお給料がもらえてない。…そこまでして、ボクに掛けてくれたんだから…感謝しか、ない。
レースで返さなきゃ。
有マ記念前夜。最後の慣らしトレーニングも終わり、明日に備えてお風呂にも入ってトレーナーとの最終ミーティングも終わった頃。
トレーナーは未だパソコンに向かい合っていた。
「トレーナー。まだ仕事終わらないの?」
「ん? いや、テイオーの今までのタイムだとか勝ち方を見てシミュレーションしてるんだよ。もっといい作戦を思い付くかもしれないし」
「…………」
…トレーナーはよく、ボクのためにパソコンや書類とにらめっこしてくれる。
三年前から、ずっとボクのために、こんな感じに夜遅くまで働いてくれていた。
仕事時間外でもボクのために色んな事をしてくれた。ボクとウマッターで適当に会話してくれたりとか。ボクのワガママで遊園地に一緒に来てくれたりとか。
たまに言い合いにもなって、いつの間にか仲直りして…ボクにとっては気の抜ける相手。
そんなトレーナーが…はっきり言って好きだった。恋愛的な好きか、家族愛的な好きかは区別が付かない。だけど……とにかく好きだった。
…トレーナーの座ってる椅子の後ろから…ぼふっ、とトレーナーに抱き着き、両腕を首に回して、左肩に顎を乗せる。
「おあっ………テイオー?」
「…トレーナー。ボクのためにずっと頑張ってくれて、ありがと」
ぺた、とほっぺた同士をくっつけ、すりすりと頬擦りしてみる。…トレーナーのほっぺ、ちょっとかたーい。
「……これからも…ずっと、一緒にいてくれる?」
「…………テイオーが。走り続けるなら、側で支え続けるよ」
「…………………」
…頭の中が幸せいっぱいになって、抱き締める腕に力が籠もる。
トレーナーはボクの手を握ってくれた。
「…約束だよっ」
「うん」
…その後はお互いに何も言わず、いい時間になるまでずっと一緒にいた。
当日。有マ記念では…カイチョーと、トレーナーと、マックイーンが控室から送り出してくれた。
かなり久しぶりのレースで…ボクは受けて立つ立場ではなく…皐月賞や日本ダービー以来の、挑戦者として戦った。
ボクはこれまでに無い位我武者羅に走って……今日の勝利の女神がボクに口付けをしてくれた。
復活の有マ記念。奇跡を願って、奇跡を起こし…帝王は泥だらけになって帰って来た。
…ボクはこれで一生分の運と奇跡を使い果たしちゃった。
次回、テイオーの病み始めその2。
回想を分割しないと1話で2万字になりそうだったので3分割することになりそうです。