曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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シンボリルドルフ.2

「はぁぁぁぁぁぁ……」

 

 どす、とトレーナー室の机に突っ伏する。

 

 こんな形で切り出すことになってしまうなんて……。

 

 神社でルドルフと微妙な雰囲気になってしまってから、その雰囲気はズルズルと引き摺られて今まで続いている。

 お互い、顔を合わせるのも嫌、とかそんな感じじゃないんだけど…。言いたいことがあっても言い出せないと言うか…お互いの関係が数歩後退してしまったような感じだ。

 

 挨拶はする。トレーニングや明日の予定についても話したりする。けれど、それ以上の会話が望めなくなってしまった。

 お互い、何か話し掛けたいけど、声が出ない。今までは僕からフランクに話し掛けたりしてたけど…なんとももどかしい。

 ルドルフとこんな事は初めてなのか、どうするか手をこまねいているみたい。

 

「………………」

 

 もちろん、こんな突っ伏して考えた所で何か好転する訳もなく。むくりと上半身を起こす。

 

 …胃がムカムカしてるなぁ。多分コレをルドルフに見せるのを躊躇ってるからだな…。

 

 机の上にある契約破棄届に目を降ろして、気を紛らわせるために机に擦り付けてみた。…ザラ、ザラ、と摩擦により生じた音がトレーナー室に響くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ルドルフに連絡してからそろそろ十分経つ位かな。

 

 3…2…1…。

 

 ありきたりな扉の音がして、トレーナー室の扉から…ルドルフが顔を覗かせた。

 

「……やぁ、トレーナー君」

 

「いらっしゃい、ルドルフ」

 

 ルドルフは部屋に一歩脚を踏み入れた所で止まってしまった。

 

「……………」

 

「……あー、ほら、座ってよ」

 

 とりあえず対面の席に座るよう手で促す。

 

「…失礼するよ」

 

 明らかに表情を固まらせたまま、ルドルフは対面の席に座った。

 

「…………!」

 

 ルドルフが座る際、一瞬机に目が向けられて…ルドルフの瞳孔がピクりと揺れた。机の上にある契約更新届にルドルフが気付いたみたいだね…。

 

「……今日は、何の話かな?」

 

「ルドルフ。今日は大事な話があるから呼んだんだ」

 

「…………」

 

「けいや」

 

「まさか契約を破棄しよう、なんて言うんじゃないだろうね」

 

 契約を破棄しないか、と切り出そうとした瞬間……スパッと刀か何かで体を切り裂かれたような感覚がした。

 

 ……これがルドルフに差されるウマ娘の気分か。

 

 …背筋から冷や汗が吹き出る。

 

「えっ……と…」

 

 言葉が詰まる。…言うべきか。言わないべきか。このルドルフの剣幕は明らかにそれ以上言うなと僕に警告している。

 ……言うって決めただろ、僕。お前はもうルドルフにはっきりといらないって言われたんだ。だったら、ルドルフに縋り付くな。

 

「……ルドルフさ、契約破棄しない?」

 

「……………………」

 

「………ルドルフ?」

 

「……私への当て付けかな、トレーナー君」

 

「いや、そうじゃなくて…。僕はただルドルフにもっと強くなって欲しいから…」

 

「私は君の下でも強くなれる。君の下にいたから強くなれた」

 

「…でも…」

 

「……トレーナー君、君が望むなら私は何度でも謝るよ。あれは君を貶すために言ったんじゃないんだ」

 

「…申し訳、ない」

 

 ルドルフは僕に向かって頭を下げてしまった。

 

「いやいやいやいや止めてルドルフ!? お願いだから止めて! ルドルフは悪くないから!! ごめんルドルフ…!」

 

 その姿を見てられなくて僕は机にガンッとデコを押し付けルドルフより頭が下になるようにした。

 ウマ娘に頭を下げさせるってなんだよ…!? よりによって自分のウマ娘に!! 

 

「……………」

 

 ……溜め息と共に制服の擦れる音がしたのでちょっと顔を上げて見ると、ルドルフは渋々と言った様子で頭を上げてくれていた。

 

「こ、これはね、別に神社で言われた事に怒ったからとかじゃなくて…だから……ごめん、ルドルフ…」

 

「どうして…君が謝るんだ」

 

「えぇっと……」

 

「……………」

 

「……………」

 

 ……お互い気まずい雰囲気になると黙ってしまうのは変わらないみたいだね…。

 

「…トレーナー君。気は…変わらないか? 考え直して欲しい。私のトレーナーは、君しか考えられないんだ」

 

「ん……んーー……。ルドルフがどうしてそんなに僕に拘るのかわからないけど…。義理人情だったら、そんなこと全然気にしなくていいよ。ほら、僕以外に優秀なトレーナーはたくさんいるし。前言った通り僕の能力じゃもうルドルフを強くしてあげられない。ルドルフが強くなるには他のベテラントレーナーの所へ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピリッ、とした静電気が僕の肌を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ……!」

 

 あ、これ。死んだ。今何か地雷を踏み抜いた。

 

「トレーナー君」

 

 ルドルフはゆらりと椅子から立ち上がる。その耳は後ろ向きに伏せられて、尻尾は怒髪天を突くようにピンと伸びて…紫色の瞳の瞳孔が開いていくのが見て取れた。

 

「ぁ……ぁ………」

 

 逃げろ、逃げろ、逃げろ、と生存本能が危険信号を脳に発信する。

 

 僕は肉食獣か何かに睨まれた草食動物のような動きで椅子ごとルドルフから後退る。今僕とルドルフを隔てているのは机と言う柵だけだった。

 

「あ……ルド…ルフ。ごめん。ごめんなさい」

 

「ああ……トレーナー君」

 

 静かな室内のせいか。それとも恐怖のせいで剥き出しにされた全神経のせいか。ルドルフの声がエコー掛かって聞こえる。

 

「トレーナー君。君は自らの手で育てた、このシンボリルドルフを信用できないと…?」

 

 ルドルフは椅子から立ち上がり。

 

「トレーナーが君だったからこそ、私はここまで強くなれたんだよ」

 

 一度僕を見下ろし…。

 

「君は誰よりも私と一緒にいてくれ、強くしてくれた。だから私は君を誰よりも頼りにし、信じている」 

 

 両手をルドルフの方の机に置き…。

 

「君は……自らの手腕に胸を張れないのかな」

 

 ルドルフはもぞ、と机に膝から乗り上げた。

 

「い……や……」

 

「そうだ。否定してくれ。君が自分を信用できないと言うことは、私を信用できないのと同義だ」

 

 ルドルフは一言発するごとに机の上を這いながらゆらりゆらりと僕に向かう。

 

「……嫌だよ、トレーナー君。考え直して欲しい」

 

 もうルドルフとの距離は1mもない。

 

「君と過ごしたこの三年間を、否定しないでくれ」

 

 このルドルフは…まるで獲物を見つけゆっくりと対象に近付く虎のようだった。

 

「私の夢をただの夢物語にしなかった君の存在を、否定しないでくれ」

 

 ついに僕の机にルドルフの手が乗る。そして…。

 

「こんなモノ……」

 

 ぐしゃり、と。契約破棄届が握り潰された。それをルドルフは邪魔だと言わんばかりに横へと撥ね退ける。

 …契約破棄届は無惨な姿で壁に叩き付けられ、床に落下した。

 

「トレーナー君」

 

「は……い…」

 

 もう、ルドルフは目の前だ。

 

 ルドルフは一切瞬きせず、僕を見つめ続ける。そして僕に言い聞かせるような口調で…。

 

「私は君のウマ娘だ。君は私のトレーナーだ。そうだよね?」

 

 急いで僕は首を縦に振った。

 

 ……ルドルフの目を見たくないはずなのに、僕はそれに釘付けになるしかなかった。魔法のような、引き寄せられる眼力。

 

「私との三年間は、意味があった。そうだろう?」

 

 コクコクと何度も頷いて見せる。頷くしかなかった。と言うか、選択肢は最初からそれしかない。

 

「良かった…」

 

 それにルドルフは一瞬顔を綻ばせ…。

 

「…私達の認識は共通している。なら、契約の破棄等しなくてもいいだろう?」

 

 これもまた頷くことしかできない。…首を横に振ったら、いよいよ僕の命は無いかもしれないんだから。

 

「フフフ…」

 

 僕が全てに頭を縦に振ったので、ルドルフは少し落ち着いた様子だった。…どうかこのまま我に帰ってくれ…。

 

「…ではトレーナー君。……今日の…いや、この数週間の事を忘れてしまおう。全て、無かった事にするんだ」

 

 しかし…僕の願いは届かなかった。

 

「君と私が、こんな喧嘩別れのような事をする訳が無いのだから……決してありえない」

 

 ルドルフは机の上で膝立ちになりながら僕に向かって両手を伸ばす。

 

「…君と私は一緒に悪夢を見ていたんだ。悪夢は…忘れるに限る。トレーナー君もきっと疲れているはずだ。だからね、トレーナー君」

 

 ルドルフの両手が僕の顔に迫った。…僕は…何をされる? 嫌だ、怖い、やめて、やめて…。

 

「一緒に、眠ろう」

 

 …………獣の牙は今まさに僕の首筋を引き裂こうとしていた。

 

「そして起きれば、全て忘れて元の日常に戻れるさ」

 

 …人は極限状態に追い込まれると本当に警報が鳴るんだ。頭の中にキーーンと言うような音が溢れている。

 

「…おやすみ、トレーナーく」

 

 本当にいい笑顔でルドルフの両手が僕の視界を覆った所で…恐怖と理性の糸がはち切れた。

 

「う……ぁ…ああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫。

 

「っ!?」

 

 突然の叫び声にルドルフが耳を押さえた。

 

 僕の脳が狙い澄ましていたのか、それともたまたまだったのかはわからない。余りの恐怖に思い切り椅子ごと自分を後方の壁に叩き付け、その行動と反動に驚いたルドルフの隙を突いて僕は扉に向かって走り出す。

 恐怖しながらも逃走経路を見つけ出すなんて、随分と僕の脳も器用な事ができるもんだね…。

 

「! 待って、トレーナー君!」

 

 ルドルフの静止する声がする。それに立ち止まりそうになってしまうが、今回は恐怖の方が勝った。僕は静止を無視して扉へと走りを止めない。

 

 ルドルフが机の上でまごついている間に僕は扉に到着し、ドアノブを捻って一気に扉を叩き開けた。

 

「トレーナー、君! トレーナー君!!」

 

 ルドルフの叫び声がする。それに一瞬振り返ると、ルドルフが机から降りるのと僕が廊下に飛び出すのが同時だったことがわかった。

 

「ヒッ…」

 

 そのまま僕は全速力で廊下を駆ける。

 

「トレーナー君!!!」

 

 背中からルドルフの声がする。だけど止まれない。ごめんね、ルドルフ。

 

「トレーナー君! トレーナー君…… トレーナ________」

 

 段々とルドルフの声が遠退いて行く。

 最後に、トレーナー室の方を振り返ると……こちらに向かい右手を伸ばし、呆然と立ち尽くすルドルフの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気付けば、僕はトレーナー用マンションの自室にいた。…ちょっと…今日起きたことがショック過ぎてここまでの道のりの記憶が完全に抜けちゃってるや…。

 …書類とか、その他諸々は全部トレーナー室に置き去りにしちゃってるし…明日、取りに行かなきゃ。

 

「………はぁぁ」

 

 …あんなルドルフ、初めて見た。…僕は…明日からどうやってルドルフと接したらいい…?

 ウマ娘がトレーナーに入れ込み過ぎるのはよくある話だけど…まさかルドルフに限ってそんなことはないだろうと思い込んでいた。だけど実際に起きてしまうとは…。

 言い訳をすると、ルドルフとはかなり仲がいいと、僕自身も思ってた。親友と言うか、それ以上の感情は持ってた。だけどまさかルドルフの僕に対する感情があんなだとは……。僕じゃないといけないって……そういう事か…。

 

 そしてよりによって僕は最悪の事態で最悪の選択をしてしまった。掛かってるウマ娘から逃げるのは自殺行為だよ。

 これは土下座して謝っても許されないぞ…。

 

 …………明日ルドルフを見つけたら、すぐに謝ろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼふり、とベッドに倒れ込んで、この日は思考を放棄した。




 次回、独占力。
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