「それはね……君が好きだからだよ」
「…そっ……か」
……理由は随分とシンプルな好き、の二文字だった。何となく、予想はできていたけど。
「君に拘る一番の理由はそれさ。君に拘り過ぎてもうどうしようもない」
こういう時、どう答えればいいんだろう。この状況を見れば決してストレートに、真っ直ぐに向けられた好意ではないのはわかる。
だけど、外でも無いルドルフからそう言われると……嬉しい気持ちの方が僕の内側の多くを占めた。
…状況が状況だけに僕が逃げ出してもおかしくはないはず。だけどこんな感情を抱くってことは……色々終わってるな、僕…。
「君が私から離れる位なら、絡め取ってしまおうと考える程に、好きなんだ」
「……契約の破棄なんて、聞いた時には……」
「い"……痛いよルドルフ」
僕に巻き付いてる腕がギチリと体に食い込む。まるで今から捕食を開始する大蛇みたいだ…。
「君の声が、笑顔が、目が……私をどこまでも狂わせる」
…だけど。ルドルフのその気持ちが嬉しいからこそ。
「あの…ルドルフ、それは凄い嬉しいんだけど……」
「だけど…?」
トレセン学園ではトレーナーとウマ娘は互いに高め合えるよう切磋琢磨するような関係を求めている。あんまりにふしだらな事をすると…。
「君はウマ娘で、僕はトレーナーだ。恋愛と言うか…そういう関係にはお咎めが……」
「頷いては、くれないか」
「うっ…。そ、それにルドルフは……皆から必要とされる立場でしょ。大きな夢だってある。僕に時間を掛けるなんて相応しくないよ。」
背中側から感じるルドルフの鼓動が突然速くなった。それと同時に、背後から随分と大きな歯軋りする音が聞こえた。
「……今ほど自分の立ち位置を恨めしいと思ったことはない」
「うわ、ちょっ」
ごそごそ、とベッドが揺れる。…先程まで背中側から僕に抱き着いていたルドルフは僕の二の腕を掴んで対面するような形に動かした。さっきからルドルフに物扱いされてるような気がする…。
…ルドルフの顔が、近い。そして相変わらず瞳はグルグルと黒い何かが渦巻いていて。
「テイオーがしたように今、ここで君を私のモノにしてみようか?」
ルドルフが徐に右手を伸ばし、僕の顎を掴んだ。
「ふぐ……る、ルドルフ……。やめて…」
顎を掴まれたまま僕はルドルフに引き寄せられていって……こつ、と僕の額に、ルドルフの額がぶつかった。
「………………」
「……………あのぉ…」
ルドルフの瞳が僕を射抜いて離さない。
「どうやって君を私のモノにしようか。貪ってしまうのも悪くない」
「…それは笑えないよ、ルドルフ」
「ああ。私は真剣だからね」
何か弁明する暇すら無かった。
一昨日に脳内で流れたアラート以上のアラートが鳴る。
グッ、グッ、と体を動かすけどルドルフにガッチリホールドされていて身動きが取れない。まずいって、それはだめだって、こんな事のために地位も何もかもかなぐり捨てるってだめだって!
「無駄だよ」
平べったいルドルフの声が頭のアラートの中に混じる。この無感動な声質は本気だ。
食われる。
「わかりやすく形にしてしまうのが、一番手っ取り早い」
「そうすれば、君は私から離れられなくなる。きっと」
「っ、落ち着いてルドルフ!?」
「それはまずいって! こんな形で!!」
「い、一緒にいるから…! 本当にもうあんな事しないって約束するから!! 絶対にしないから!! だからそれは…」
「…………………」
ルドルフの動きはピタリと止まった。…しかし、拘束を解いてくれる気配は無い。
グイ、グイ、と首を動かしてもルドルフの腕はびくともしなかった。
ルドルフは僕が再び逃亡したりして突き放すのを恐れてるんだろう。だから、僕を何が何でも手籠めにしたいと考えている…はず。確かに、重い感情を向ける好きな人が目の前から逃亡しようものならこうもなろう…。もうあんなことはしないぞ…。
やがて……僕の首が疲れて痙攣し始めた頃。
「ぐぇ…」
見つめ合ってしばらくして、ルドルフは顎から手を離してくれた。
「………まだ、君にはまだ牙を掛けないでおくよ」
「る、ルドルフぅ…」
掛かっている中でも決死の説得に耳を傾けてくれる位にはルドルフの聡明さは失われていなかったようだ。よ、良かった…。人生で最大の危機だった…。
「……………」
「……………」
…よし、契約の破棄はしないと言ったおかげかルドルフがちょっと落ち着いてくれたぞ。ここでで畳み掛けよう。何気ない話題を振って、速く冷静さを取り戻してもらわなければ…。それにあんまりに素っ気ない態度を取るとルドルフに何されるか…。最悪僕も行方不明者リストに名前が載るかもしれないし…。
「……僕、ルドルフが好きになるような事したかなぁ」
「…トレーナー君。その理由を私に言わせるのかな?」
「あ、いや、ごめん…」
「…はは、いいさ。君がどれ程私を惹きつけていたか教えてあげよう」
ルドルフはうんうんと少し考え込んでから…。
「君はスカウトの時から、私を一人のウマ娘として見てくれたね」
「…一部の者以外は、私をさも本物の皇帝かのように扱う。小さな時からそうだった。お前は高みを目指すのだと。私もそれは望む所だったから辛さは無かったが…。だけど君は割れ物としては扱わなかった。…それが私にとっては…とても嬉しかった」
「初めての事だったんだ。ただの自分を見てもらえたのは」
「それに君はさっき私に夢があると言ったね」
「うん」
「はっきり言って私の夢は途方もないだろう」
「その夢を目指す私を…君は無理だと笑わずに支えてくれた」
「夢のために、七つの冠まで被せてくれた」
「……私に全てを懸けてくれた」
「だから、私も君に全てを委ねてもいいと思った」
………うん、打算的とは言えルドルフに聞いてみたはいいけど、これは…ちょっと、顔と耳が熱くなるのを止められない。
「…フフッ…こういう所も」
ルドルフは悪戯するような口調で、僕の両耳をモニョモニョと触った。……ルドルフの手も暖かいけど僕の耳の方が熱いや。これ……恥ずかし…。
「君は酷な男だ。人の心を射止めておいて、首を縦に振ってくれないとは」
「そ、それは心の準備がって言うか……」
「…私が人に恋するのはそんなに意外だったかな。トレーナー君」
「えぇっと…。あんまりそういうイメージは無かったかな…正直」
「…さっきから酷いな、トレーナー君は。……私にもちゃんと女心はある。恋の一つや二つ位するさ」
「ごめん……」
「…そしてその対象が、たまたま君だった訳だよ」
「…もしかして君まで、私を不安すら抱かない完全無欠の皇帝だと言うのかな?」
「……私が色恋沙汰に興味の無い堅物だと言うのかな」
「い、いや……」
「…トレーナー君」
「ん…」
「私を見て」
僕の耳にあるルドルフの両手は…僕の首に回され、ぐいも僕を引き寄せる。互いの服が擦れる音がした。
身長の問題でルドルフは下から僕を見上げるような構図となる。
「トレーナー君。私は誰?」
「ルドルフ…シンボリルドルフだよ」
「そう。シンボリルドルフだ」
「…皆が望むならば、私は何にだってなろう。皇帝にだって、ね。…だが」
「トレーナー君。君の前では皇帝と言う大それた異名なんていらない。初めて私を見てくれた君に、皇帝扱いはされたくない」
「君の前では皇帝ではなく…シンボリルドルフとして居させて欲しい……」
「君には、ありのままの私を。弱さのある私を。等身大の私を、見ていて欲しい」
ルドルフは僕の右手を取り、頬に触れさせた。
「君の目の前にいるのは、皇帝かな」
「いや…普通の、ウマ娘だよ」
「…トレーナー君……」
右手にぎゅぅ、とルドルフの頬が押し付けられる。………このもちぷる感は癖になっちゃいそう……って、そうじゃなくて。こんな時に何考えてるんだ僕は。
「……トレーナー君は私をどう思っているのかな」
…この流れでまぁ、聞き返されるの何となくわかってた。…ここは変に気を使うんじゃなくて正直に話そう。
「僕…は…。ルドルフを…親友、とか。それ以上の……何だろ……変だけど家族、みたいな。そういう存在だって」
「…決してどうでもいいと切って捨てられるような存在と思われていなくて良かった」
「そんなこと!」
今の一言に思わずちょっと大きな声を出してしまった。それにルドルフは少し目を瞬かせ…。
「…そういう所が、私は好きなんだ」
胸元のルドルフは顔を綻ばせ、僕の首に巻いた両手の力を強めて見せた。
……僕は黙ってルドルフの腰に両手を回した。
二人でこの状態のまま何十分……いや、もう何時間も経っているかもしれない。あんまりに心地良いから、時計の存在すらも忘れていた。
…ルドルフとこんな真近でスキンシップするのは初めてかなぁ。
「ねぇ、トレーナー君」
「んー?」
「いつも手元にあった、大切な物がある日。突然消えてしまうかもしれないと知った時。トレーナー君はどうする?」
「……僕はね」
「私ならきっと手放すまいと行動するだろう」
「…それで、こんな事したんだ」
「…それ位、私は君が」
「うん、わかってる、わかってる」
「……トレーナー君は…」
「もし、このシンボリルドルフが突然いなくなってしまったら。君は…どうする?」
「……探すよ」
「何が何でも、探し出すよ」
「僕がルドルフに抱いてる感情が何にせよ、絶対に行動すると思う」
「…今日は、それを聞けただけでも良かった」
ルドルフの雰囲気が幾分柔くなった気がする。先程までの纏わり付くような静電気はもう感じない。何より、伏せられた耳が元に戻っている。
「……ここまで言い訳をするように長々と話したが。…いいや。実際、私が君を引き止めたいがための言い訳に過ぎないんだろう。…私の言いたい事は一つだけだ」
「ただ、君の側にいたい」
「それだけだよ」
「……さて、君は明日、どうするのかな」
「皇帝と呼ばれよう者が、冷静さを欠いて私欲のためにこんなことをした」
「…幻滅したかな。それとも失望したかな。トレーナー君」
「ううん」
「君は明日、学園に私を突き出す事だってできる。私はそれでも構わないよ。君になら何をされてもいい」
「ルドルフ……」
冷静さを取り戻して先程の事を振り返ったのか、ルドルフは急にしおらしくなってしまった。……いやいや。こうなったのはルドルフの気持ちを汲めなかった僕のせいなんだから……。
「こんな形で…言わせちゃって、ごめんねルドルフ」
とりあえず、昔母さんがしょぼくれた僕にしてくれたようにルドルフの頭を軽く撫でてみる。
「ん……ん…」
髪と指が絡み付き交わる度、ルドルフは猫のように喉を鳴らして。
「突き出すとかどうとかそんな事は考えてないから…」
「……ほら、今日が僕達の新しいスタートって事でどうかな」
「お互いの気持ちもはっきりしたし」
「僕はもう契約の破棄とか考えないようにするし、ルドルフに相応しいトレーニングを頑張って考える。ルドルフは僕にもっと甘えていい!」
「どうかな?」
「……トレーナー君。私は結構独占欲があってね」
「もう今日の事で歯止めが効かないだろう」
「後悔するかもしれないよ」
…もう、ここまで迫られて突き放したり保留にしたりするのは…男が廃るってやつでしょ。そもそもそれ以前に人としてあり得ない。僕はそんな人でなしになるつもりはないし……。
多分、このルドルフを見て気分が浮ついてるのもあると思う。僕がしてるのは浅はかな行動かもしれない。だけど…。
「……そういう所を含めてルドルフだと思ってるからさ」
「まだルドルフにそういう気持ちとか抱いてないけど…えぇっと…だから、段階を踏んで行って…これからそれっぽい思い出を作ってこ?」
「まだ時間はあるしね」
「……………」
「…………ルドルフ?」
「……トレーナー君……トレーナー君、トレーナー君っ」
「ぐえぇっ!?」
ルドルフがちょっとプルプル震えたかと思えば…ルドルフと共に横倒しになってた体がグルンと回る。
ルドルフが僕をベッドの下に組み伏せる形で体位を入れ替えたようだ。上半身だけを僕に乗っけている感じで、ウマ乗りではない。
「……好きだよ、トレーナー君。逃さないし、離さないし……誰にも渡さない」
「…は、はははは…お手柔らかに…」
それから、僕は寝るまでルドルフに甘ったるい言葉を掛けられ続けた。
……脳が溶けそうだよ…。ばかになる……。
「所でトレーナー君。あんな形では嫌だと言ったね」
「………うん」
「どんな形でならいいのかな?」
「ゴフォッ」
次回、どう転んでも絶望だった。