曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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シンボリルドルフ.5

 朝。サァサァと遠くから流れる水の音で目が覚めた。上半身を起こし、目を擦る。

 

 ……ええっと。昨夜は…そうだ。ルドルフと話し合って…とりあえずルドルフの説得に成功したんだな。

 

 右手で拳を作ってそれを自分の頭に振り下ろす。

 ガツンと頭蓋に手の骨が打ち付けられ、脳がプリンのように揺れる感覚がした。

 

 おぇ……まだ脳はちゃんと形を成してるみたいだ。溶けてなくて良かった…。

 

 ほんと、就寝する瞬間までルドルフに耳元で甘ったるい言葉を掛けられ続けて…………うぁぁぁぁぁ未だに背筋がゾクゾクする。

 

 寝起きで重いの体を動かしてみると、いるはずの存在がいない事に気付いた。

 …ルドルフがいない。どこだどこだ……って。このさっきからしてる水の音はもしかしてユニットバスからか…? と、言う事はルドルフは今お風呂タイムなのかな。

 …まぁそうだね、ルドルフは昨日からお風呂に入ってないし。

 さて、今の時間は……朝の5時14分か。まだちょっと早いや。

 

 背を伸ばしたりして眠気覚ましをする。

 

 まだルドルフがお風呂から出てくる気配無いから…よし、朝ご飯作ろ。

 

 そう言う訳で食パンをトーストしベーコンと卵も焼いてベーコンエッグサンドを作った。

 できた物は皿に盛り付けてリビングの机に置いておく。

 

 やることもやったので、再び部屋に戻りルドルフを待っていると、シャワーの音が止まった。そしてそれからしばらくして…。

 

 シャツに学園のスカート、そしていつものソックスと言った出で立ちでルドルフが僕の部屋に戻ってきた。

 

「……あぁ、おはよう、トレーナー君」

 

「おはよう、ルドルフ」

 

「すまないトレーナー君、お風呂を借りさせてもらったよ」

 

「あーいいよいいよ」

 

 カーテンの隙間から差し込む頼り無い光がドルフの髪を照らす。長髪はまだ乾き切っていないんだろう。テカテカと光がルドルフの髪を彩った。

 ルドルフは湿った姿もよく似合う。

 

「……トレーナー君。髪を、乾かしてくれないか?」

 

「…まぁ任せて」

 

「フフ…では、少し待ってくれ…」

 

 了承を得たルドルフは尻尾を揺らして笑いながらベッドの下に置いてあるバッグの前まで移動し、バッグの中から可愛らしいデザインのドライヤーを取り出した。

 ……やけに準備がいいねぇ?

 

 バッグがやけにこんもりしてたのを見るにルドルフは計画して僕の家まで着いてきたんだな。……この前エアグルーヴとばったり会ったのもまさか……。

 

「ドライヤーだ。頼むよ、トレーナー君」

 

「はいはい」

 

 ルドルフはカチンとコンセントにプラグを挿して、ベッドに座った。そして僕はその後ろに陣取り…手渡されたドライヤーのスイッチを入れた。

 

 直後、ごおぉぉと暖かな風の送風が開始される。

 

「んんっ」

 

「ルドルフって髪長いから乾かすの大変じゃない?」

 

「ん…そう、だな。君の言う通り時間は掛かってしまう」

 

「ルドルフの髪だから丁寧にしてあげないとねー?」

 

 するりと指先をルドルフの髪に挿し入れて。

 

 根本から毛先までを流すように梳かしつつ、その上からドライヤーをかざす。

 風呂上がりなものだから風に煽られてシャンプーやらの混じった匂いが部屋を駆け巡った。

 

 …あ、甘い…。

 

 肝心のルドルフは心地よさそうである。

 

「……トレーナー君は長い方がお好みかな?」

 

「んんーー。僕はねぇ。うん、長い方が好きかな」

 

「そうか、そうか」

 

「何で?」

 

「いや、君の望む髪型にしようと思ってね」

 

「君の趣味が変わらない限りずっとこのままにしておくよ」

 

「そこまでやらなくても…」

 

「女は好きな人の前ではいつでも美しくありたいものだよ」

 

「そ、そっか…」

 

 そこからはルドルフの息遣いを聞きながらルドルフの髪を整えさせていただきました…。

 

 そして、ドライヤーの電源を落とし。

 

「ふぅー。これでいいかな?」

 

「ん…」

 

 ルドルフは髪の具合を確かめるように右手で根本からかき上げた。髪は綺麗に空を舞った。

 

「…トレーナー君は美容院勤めでも食べていけるよ」

 

「どうも」

 

「…これさ、毎日一人でやってるの?」

 

「あぁ」

 

「…腕疲れない?」

 

「慣れればそうでもなくなるさ」

 

「……所でトレーナー君」

 

「うん」

 

「………尻尾も、お願いできるかな」

 

 …そこまでグイグイ来るとは思わなかったなぁ。

 

 ……昨夜の宣言通り歯止めを掛けなくなったね、ルドルフ。これから毎日ずっとこんな調子なのか…?

 

「…そ、それはぁ」

 

「…………」

 

 ルドルフは黙って背後にいる僕に向かい頭を倒した。その顔は穏やかそのもので……普段ずっと見続けていなければ見惚れてしまうものだった。

 

「私はいいんだよ。君はどうかな」

 

「……わかった、わかったよ」

 

 そんな顔でお願いされたら首を横に振れないじゃないか。観念して腹を括りつつ、ルドルフからちょっと離れ、湿り気で一つの束に纏まったルドルフの尻尾を手に取る。………これ、どうやって乾かせばいいんだ…??

 

「好きにするといい」

 

 手を拱いている僕を見てかルドルフは何の解決にもならない一言を残した。善意なんだろうけど…。

 

 好きにしてって。えぇ……。

 

「じゃ……ぁ…」

 

 とりあえず、尻尾の根本を掴んでみると……ルドルフはピクりと体を揺らして体を少し仰け反らせた。

 …心を無にしろ、心を無にしろ…。

 

 まず、根本から指で掻き分けつつドライヤーをかざす。

 僕が何か尻尾に対して動作をする度にルドルフは声を殺すように体を揺らした。

 

 …僕の精神衛生に対してこれは悪すぎる。

 手に湿り気を感じなくなった所で僕は急いで尻尾から手を離した。

 

「ど、どうかな…!?」

 

「っ、っ……ふ、ぅ……」

 

 ルドルフは少し仰け反った体を丸め、尻尾を跳ねさせて見せた。

 

「……うん、大丈夫だ」

 

「良かった…」

 

「…また頼むよ」

 

「え”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルドルフの髪と尻尾を乾かした後は僕もお風呂に入り、一緒に朝ご飯を食べて一緒に学園に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナー用マンションから出てから学園までは速かった。ルドルフと一緒にいたおかげだなぁ。

 ルドルフと一緒にいるといつもは退屈な移動時間も、代わり映えしない学園までの道のりも、こんなに変わるものなのか…。

 

 そして学園に到着し…ルドルフと一緒に学園の正門を潜った所……凄まじい、正門付近を埋め尽くすような喧騒が僕とルドルフを出迎えた。

 

 …聞き耳を立ててみると…。

 

 あの会長が…とか。ヒューヒュー、とか。おめでとうございます! とか。 朝帰りぃ!? とか。

 

 等々。

 

 ……スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。ちょっとこれは…。変な噂が立つと色々僕とルドルフにとってまずいな…。

 

 チラッ、と隣にいるルドルフを見ると、何故か右手で口元を押さえてクスクスと笑っていた。

 

「ルドルフ…?」

 

「フフフ…皆期待通りの反応だ」

 

「えぇ……?」

 

 ルドルフもさすがに困った顔をすると思ってたけど。何その、予想してた、みたいな。……って。もしかして…。

 

「もしかしてルドルフ、こうなるのわかってて…」

 

「そうさ。君が私を拒んだ時のための保険としてね」

 

「私が他の生徒達からどう見られているかは自分自身でも理解している。その私が朝、トレーナー君と一緒に登校すれば……周りの者は勝手に勘違いしてくれる」

 

「君と私がそういう関係になった、もしくはそういう関係だった、とね」

 

「こうやって周りが勝手に既成事実化してくれるのさ」

 

「じゃあ……つまり、僕はどう足掻いてもルドルフの物になるしかなかった……ってこと…?」

 

「そうさ。まぁ、もう私達は離れる事が無いと思うけれどね」

 

「昨夜内堀は埋めた。そして今、外堀が埋められた」

 

「君と私は今…二重の意味で縛り付けられたんだよ」

 

「………何もここまでしなくてもおぉ」

 

「嫌かな、トレーナー君?」

 

「…いや…嫌じゃないけども」

 

「なら、いいじゃないか。さぁ、学園に入ろう」

 

「はぁい…」

 

 ルドルフにそう催促されて、僕はルドルフの後に続いた。

 

 …さっきからスマホの通知がうるさい。多分どこからか僕らを見ている同僚からの冷やかしとかだろう。気楽な奴らめ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、エアグルーヴ」

 

「…おはようございます、会長」

 

「お、おはようエアグルーヴ……」

 

 学園内に入ってからも喧騒が僕らから離れる事は無かったよ…。

 居心地が悪いので僕は身を縮込ませながらルドルフと一緒に生徒会室まで移動した。

 

 …生徒会室の前ではエアグルーヴが仁王立ちしてた。

 

「では、トレーナー君。一旦ここでお別れだ」

 

「あぁうん、お仕事頑張ってね、ルドルフ」

 

「では」

 

 ルドルフは僕に軽く手を振って生徒会室のドアに消えた。

 

「……じゃあ僕も仕事しよ」

 

「おい」

 

 踵を返して、トレーナー室に向かおうとすると右手首を掴まれた。

 

 ………ゆっくりと振り返れば眉を吊り上げたエアグルーヴの顔があった。

 …僕、何度走馬灯見ればいいのかなぁ?

 

「貴様……これはどういうことだ」

 

「……ど……どういうことって…」

 

「とぼけるな」

 

「ちょおっ!?」

 

 エアグルーヴに思いっきり手を引かれ、その勢いのまま壁を背にして押さえ付けられてしまった。

 

「あのあの……エアグルーヴさん…?」

 

「貴様……何故会長と一緒に」

 

「えっと…それは昨日…」

 

「昨日何かしたんだな!?」

 

「えぇ!?」

 

「やはりな! 会長が自ら貴様の家に行く訳が無い!!」

 

「いやいやいやいやいや!? な…流れでって言うか…」

 

「そんなことある訳無いだろう!! 貴様、どんな卑怯な手を使って会長を手籠にした!?」

 

「アウアウ…!?」

 

 エアグルーヴは僕の肩を掴んで思いっきり揺すり視界がぐわんぐわん揺れる。おえ、の、脳が…。

 

 僕がダウンしそうになった所でエアグルーヴはようやく揺らす手を止めてくれた。

 

「……正直に言え。どんな方法を使った」

 

「おえぇぇ…………な、何もやましいことしてないってぇ…」

 

「嘘を付くな…」

 

「変な事してないってぇぇぇぇぇ」

 

 エアグルーヴは否応無しに再び僕を揺すり始めた。

 

 の、脳が…脳がミキサーされて死ぬ…。

 

「ハァ…ハァ………いいか。これで最後だぞ」

 

「ハイ………」

 

「本当に会長には何もしていないな…?」

 

 嘘を付いたら殺すと言う目だ。って…僕は何も悪い事はシてないよぅ。いや、昨夜の結果的にはトレーナーとして決して褒められた判断をした訳じゃないけど…。

 

「な、何もしてない……お互い円満です……」

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………よし。貴様を信じるからな」

 

「ヒィィィィィィ……」

 

 よ、良かった…許された…。思わずズルズルと壁伝いに腰を降ろしてしまう。

 

 そんな僕をエアグルーヴは見下ろしながら…。

 

「はぁ……貴様と会長のせいでまた生徒達の意見箱が溢れ返る」

 

「何で…」

 

「トレーナーとの自由恋愛を許可しろと紛糾する」

 

「えぇ……」

 

「全く……よりによっと会長と貴様だとは…」

 

「…何かごめんね」

 

「いや……いい…」

 

 右手で額を押さえて大きな溜息をエアグルーヴは吐いた。

 

「…さぁ。仕事があるんだろう。行くといい」

 

「あ、うん。失礼しまーす…」

 

 立ち上がってお尻を叩き、僕はエアグルーヴにペコペコしながら生徒会室を後にした。

 

 ……エアグルーヴが話を分かってくれるタイプで助かった……もう命の危機に晒されるのは御免だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 持ち場に付いてからはいつも通り……じゃなくて。ルドルフと一緒にトレーニングをしつつ、早速今のルドルフのコンディションから導き出せる最適なトレーニングを作るために頭を捻った。既存のトレーニング以上のトレーニングを考案するのは相当大変だろうけど、日進月歩で成長し続けるルドルフが相手なんだ。僕の頭が枯れ果てる位働かせなければ……。

 

 思えば僕が自分自身の能力に見切りを付けずルドルフのために必死になってトレーニングを考えようとしてたら今頃こんな事には…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夕方のトレーニングも終わり、トレーナー室から月が見え始めた時間にて。

 

「……………」

 

「……………」

 

 ……ルドルフは当たり前のように僕の右隣の机の席にいた。何時間か前にナチュラルにトレーナー室に入ってきて、そのまま生徒会の書類を片付け始めてしまったのだ。

 いやまぁいいんだけど……今日はルドルフといない時間の方が少なかったな。

 

「トレーナー君」

 

「んー?」

 

「そろそろ、終わりにしたらどうかな」

 

「…………」

 

 …トレーナー室に籠もってそろそろ3時間か。

 

「…うん、そうだね。これ以上は仕事効率落ちちゃうや」

 

 パソコンに表示されている計算式やらルドルフのフォームやらを閉じて行き、最後にシャットダウンする。

 

「ぁぁぁぁ……働いた働いた」

 

「お疲れ様、トレーナー君」

 

「んー……」

 

 目の前のルドルフは僕から視線を外し、背後の…窓に視線を移した。

 

「……トレーナー君。この部屋はよく月が見えるね」

 

「ん? あぁ…トレーナー室って基本的に太陽と月が窓に見える位置に配置されてるから…」

 

「月、か」

 

「……どうしたの」

 

「……トレーナー君。実は私には一つ秘密があってね」

 

 ルドルフが椅子を回して体をこちらに向けた。それに合わせて僕も…。

 

「秘密…?」

 

 ルドルフに体を向ける。

 

「あぁ。秘密の名前だ」

 

「名前って……ルドルフってシンボリルドルフじゃないの?」

 

「ああ。それで合っている」

 

「じゃあ…」

 

「私は小さい頃……ルナと呼ばれていてね」

 

「私の前髪の色形、少し三日月に似ているだろう」

 

 ルドルフは僕にデコを突き出して見せた。それをよく見てみると……。

 

「言われて見れば…確かに」

 

「にしても……ルナかぁ。結構かわいい…」

 

「…………」

 

 …ルドルフの耳と尻尾がわかりやすく跳ねるように動いた。

 …こんなわかりやすく反応するのなんて珍しいね…。

 

「……ルナ。ここでは君にか明かしたことのない、秘密の名前だよ」

 

「……何か特別感あるね」

 

「うん。君だけが特別に知っている、私の名前だ」

 

「えー、僕だけにかぁ。僕だけが知ってるルドルフの秘密…」

 

「そうだ」

 

「……二人だけの秘密というのは良い。お互いをより強く結び付けてくれる」

 

「…僕もひみ」

 

「いや、君はまだいい。君の秘密はまた今度聞かせてくれ」

 

「秘密は小出しにするものだから」

 

「…わかった。ならまた今度…」

 

 …さて、僕の秘密ねぇ……。まぁ色々あるけど……言っても多分怒られないのはアレかな。

 

「……トレーナー君」

 

 ……今の流れからして…。

 

「うん」

 

「ルナと呼んでくれないか」

 

 やっぱり。

 

「………ルナ?」

 

 少し、質問する感じのイントネーションになってしまった。

 

 ……ルドルフじゃなくて、ルナか。…名前が変わるだけでもこんな新鮮に感じるとは。

 

「…………」

 

 そしてルドルフはピタリと動きを止めてしまった。これは……喜んでるのかな。

 

「………?」

 

「……ルド」

 

 

 

 ルフ…と。口からそれが出る前に、ルドルフの人差し指が僕の唇を押さえた。

 

 

 

 ルドルフはゆっくりと首を横に振った。

 

 

 

 …あなたの望み通りに、皇帝。

 

 

 

「……ルナ」

 

 

 

「…フフフフフッ」

 

 

 

「…これはとてもいいね…トレーナー君」




 次回、もう戻れない。だが幸せ。
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