曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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sideルドルフ.1

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナー君の絶叫が鼓膜を突き刺す。私が生きて来た中で一番聞きたくない音の一つだった。それを、今聞いてしまった。

 その事実に対するショックと、大音量のせいで私は一時的に頭が真っ白になった。

 目が虚ろになっているであろう私の横を縫って、トレーナー君はトレーナー室を飛び出して行く。

 

 我に返った私はそれを形振り構わず追いかけるが…。

 

「トレーナー君!! トレーナー君!!」

 

「トレーナー……君……!!!」

 

 いくら、いくら叫んでもトレーナー君は止まってくれない。トレーナー君の背中がどんどん、小さくなって行く。

 

 呼べば呼ぶほど、トレーナー君が私の手から零れ落ちて行ってしまうかのようで。

 

「ぁ………トレ……ナ…く…」

 

 掴めぬも物を掴もうと両手を伸ばすが、もちろん掴めるのは空だけで。

 

 そしてついにトレーナー君は、私の叫びに応じること無く……私の視界から完全に消えた。

 

「………」

 

 ……トレーナー君に……拒絶、された?

 

 その場でしばらく呆然と立ち尽くしていると……足元がグラつくような、目眩にも似た気持ち悪さが私を襲った。

 膝を床に着けるのを避けるため限界にまで開かれたトレーナー室のドアに体を寄せて支えにし、今の自分を誰にも見られないようにするためトレーナー室に入り…へたりこみそうになりながら扉を閉めた。

 

「ぅ」

 

「っ、ぁ……」

 

 トレーナー君の完全に私を拒絶した悲鳴がまだ頭の中で反響している。

 

 止まれ。

 

 止まれ。

 

 止まって。

 

 扉に背を預けながら蹲り、両耳を握り潰さんとする程に両手で抑え込む。

 

 ギチギチと手の中から嫌な音がしても、悲鳴は決して鳴り止まない。

 

「くぅぅぅ……っ!!」

 

 耳の捩れるような痛みよりも頭の内側から裂かれるような痛みの方が強い。

 

 まるで黒板に爪を立てて引っ掻き回しているかのような不快感。頭が割れそうだ。

 

 その音はまるでトレーナー君と積み上げてきた思い出が崩れ落ちていく音のようで…。

 

 ああだめだ、こんな、こんな…。

 

 立ち上がり、真っ直ぐ……歩こうとしたが、腰から下に力が入らない。

 

 ああ、これは……片や皇帝とも呼ばれよう者が……情けない…。

 

 覚束ない足取りのまま、私は何とか椅子に辿り着き、椅子の背もたれを掴んで………へたり込むように座った。

 

「は……ぁ……」

 

 身を椅子に投げ出す。

 体が重力に従ってどこまでも沈み行くようだ。両脚、両手、首がダラリと椅子から垂れ下がるのがわかった。

 

 常日頃から使っていたコップを割ってしまった。いつも連絡を取り合っていた友人と突然連絡が取れなくなった。

 その時人は言い様の無い不安感や気持ち悪さに襲われることがある。

 

 今まさに、そのような気分だ。

 

 ……トレーナー君に、拒絶された。どんな私でも受け入れてくれると思っていた。もうずっと一緒にいるものだと思っていた。

 そのトレーナー君に、拒絶された。

 

 その事実を確認する度、腹部の奥側に杭が打ち込まれるような痛みがする。

 

 どうする。

 

 どうすればいい。

 

 トレーナー君に恐怖を抱かせてしまった。

 

 一度掛かりをトレーナーに対して見せたウマ娘はトレーナーからすれば恐怖の対象となってしまうだろう。

 

 もう元の関係には戻れないかもしれない。

 

 誰のせいで?

 

 ………私の、せいで。

 

 ………手放したくない。ずっと手の届く所に居て欲しい。ずっと恐怖を抱かせたままにしたくない。

 

 私のを前にして尻込みしなかった数少ない人。

 

 初めて私をシンボリルドルフとして見てくれた人。

 

 初めて夢を夢だと笑わなかった人。

 

 初めて等身大の私を見てくれた人。

 

 初めて趣味を同じくしてくれた人。

 

 ……終わらせたくない。

 

 …………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なら、繋ぎ止めるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 こういう時、私の頭はよく働いてくれる。どうすれば最善の結果をもらたすことができるか、ね。

 

 そうだ。繋ぎ止めるしかない。欲しているなら絶対に逃すな。今までのレースでもそうだった。私なりの智謀を巡らせ勝利を逃すまいと、手にしてきた。

 だから。この頭を君のために使わせてもらうよ…。

 

 まだショックの残っている体を椅子から立たせ、先程トレーナー君の前で叩き落としたぐしゃぐしゃの契約破棄届を手に取る。

 

「…………」

 

 ぐしゃぐしゃになっても目に付く契約破棄届、の文字に左目の筋肉がピクピクと痙攣した。

 

 …落ち着け。衝動的になるな。

 

 この契約破棄届を今すぐにでも破り捨ててしまいたいという激情を抑え込みながら……ぐしゃりと限界まで握り潰し、制服のポケットにしまう。

 

 …随分と虫のいい女になったな、私は。原因を彼に求めるとは。

 人を好く気持ちは、人をここまで変えるか。

 

 …私は今、醜いのかな。

 

 いや、止そう。

 

 …それでは目的を達成できないぞ、シンボリルドルフ。

 

 トレーナー君は完全に私に恐怖しているだろう。トレーナー君から会いに来てくれる事は無いだろうし、私から会いに行くなんて以ての外だ。多分、逃げられてしまう。

 お前の脚は何のためにあると言われたらそれまでだが、私には恐怖したトレーナー君を追い掛けるなんてことはとてもできない。……かなり…心苦しいから。

 

 まず、今の私が打てる手を探すためにトレーナー室を見渡す。

 目に入るのはトレーナー君の忘れて行ったリュックや水筒。

 

 ……一芝居打つべきか。先程起きた事はトレーナー君の夢だと言う体で。

 トレーナー君はとても疲れていて、あまりの疲れで悪夢を見てしまったんだ。

 

 そうしよう。

 

 とりあえずその流れでトレーナー君を学園に来させる事に成功したら…次はトレーナー君の恐怖心を削がなければ。削ぐには私以外の誰かを宛てがう必要があるだろう。そして、逃げ道が一つしかない、何処か個室にトレーナー君を誘導して………何気ない態度で私が現れる。

 

 考えてみればなんともバカバカしい方法だが……こういう方法でも取らないとトレーナー君に近付くことは叶わないだろう。

 

 トレーナー君には段階を踏んでもらわなければ…。

 

 そして、芝居を信じ込ませるためには演者が必要だが……エアグルーヴには悪いが…演者になってもらうよ。少しの間だけ、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から見える私の目には、静電気の残光が引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せめてあの場でできる罪滅ぼしとしてトレーナー室を綺麗に片付けた後、私は生徒会室に戻った。

 そして生徒会でできる仕事を全て終わらせた後は…。

 

「会長、お疲れ様でした」

 

「ああ、お疲れ様、エアグルーヴ」

 

「…エアグルーヴ」

 

「はい」

 

「君はトレーナーが疲れている時、どうしてあげている?」

 

「………それは……トレーナーの家に赴いて掃除をしたり…料理を作ってあげたり…」

 

「なるほど……大事にしているんだな、トレーナーを」

 

「いえ……いや。はい。私のために、働いてくれていますから」

 

「ふぅ……私のトレーナーも最近とても疲れているようでね。今日はトレーナー室の鍵も掛けずに帰ってしまったよ。自分のリュックも忘れてしまって…」

 

「…疲れが原因だとしてもそれは目に付きますね」

 

「どう休んでもらった方がいいと思う…? エアグルーヴ」

 

「…私なりのやり方ですが…直接言うしか無いと思いますね」

 

「そうか、そうか……ありがとう、エアグルーヴ」

 

「はい」

 

「……もし会長のトレーナーに出会ったら私の方からも言っておきましょう」

 

「その時はすまない、エアグルーヴ」

 

「多分、トレーナー君は校内を外回りで移動するはずだから」

 

「……?」

 

「…わかりました」

 

 …少し怪しまれたが何とか凌げたか。

 

「……会長」

 

「何かな」

 

「何か、ありましたか?」

 

「…いいや?」

 

「どうしてかな、エアグルーヴ」

 

「いえ……少し、覇気が感じられないと思い……私の勘違いだったようです」

 

「そうか。しかし…そうだな。うん、今日は休みを多く取ってみるよ」

 

「はい。お体に気を付けて」

 

「君もな、エアグルーヴ」

 

 エアグルーヴに勘付かれ無いよう普段通りに過ごしながら、寮へと戻った。

 

 ……調子を尋ねられた時は正直冷や汗が出るかと思った。しかし…多分、自然な形でエアグルーヴに状況を伝える事ができた。エアグルーヴはとても真面目だから私が言わずとも私のトレーナー君を探し出して注意してくれるだろう。

 

 ……すまない、エアグルーヴ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い寮の自室にて、スマホの薄明かりが私の顔を照らしている。

 

 私が今見ているのは連絡用アプリだ。

 

『トレーナー君』

 

『今日はお疲れ様』

 

『トレーナー君、トレーナー室の鍵が開きっぱなしだったよ』

 

『後、リュックも忘れて行ってしまっていたよ。盗難の可能性は限りなく低いが、明日の朝にでも取りに行くといい』

 

「………………」

 

 何通かコメントを送信してみるが…トレーナー君からの返信は無い。既読すら付かない。

 

『トレーナー君?』

 

『何かあったのかな』

 

 何かあったのか。今日、あったね。君は私から逃げた。

 何て白々しいんだ、私は。

 

『トレーナー君、返事が欲しいな』

 

『無視されてしまうと私でも不安になってしまうよ』

 

 また何通か送ってもトレーナー君からの返信は無い。

 

 …時間帯的には既に寝ているか。それとも、意図的に無視しているかのどちらかだ。

 個人的には、前者であって欲しい。

 

『君に何事も無い事を願っているよ』

 

『お休み、トレーナー君』

 

 これ以上、私にできる事は何もない。できたとしても祈る事位しかないだろう。今日は、これで打ち止めだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……今、私は生徒会室にいる。

 

 昨夜はトレーナー君からの返信が気になって結局一睡もできなかった。

 一睡もせずトレーナー君からの返信を待った結果トレーナー君の返信が来たかと言うと……そうではない。結局トレーナー君からの返信は何も無かった。途中、返信音が鳴って一喜一憂したりして……精神的にここまで疲れたのは生まれて初めてだった。

 

 正直、今とても気分が沈んでいる。心臓が重いと形容できる程に気持ち悪かった。

 

「……………」

 

 既読、付いてないかなと連絡用アプリをまた確認してみるが、やはり何の変化も無く。ただ虚しく私のメッセージの羅列があるのみだ。

 

 朝、学園に来るまでも、そして学園に来てからもチラチラチラチラとスマホから目が離せない。

 生徒会長の態度としてどうかと思うが、こういう時だけは普通の女の子でいさせて欲しかった。

 

 さすがに、エアグルーヴのいる前でそのような事はやらないが…。

 

 ソワソワと、時折スマホの連絡用アプリを確認しつつ書類仕事をしていると……ついに。

 

 ピロリン、と言うありきたりな音が鳴る。

 

「!」

 

 私は即座にスマホの画面をタップした。

 

 ボタンの早押し大会があったならば私は優勝していただろう。

 

『ごめん』

 

 ああ、トレーナー君からだ。今度は間違い無い。良かった…。

 もう昨日きりで二度と会えない可能性もあったから、本当に良かった…。

 

『おはよう、トレーナー君』

 

『心配したよ』

 

『昨夜は寝てしまったのかな』

 

『謝らなくていいんだよ』

 

『今日は何時頃に学園に来るのかな』

 

 文字を打ち込む度に不安が吐き出せるような気がしたため、私はスマホを動かす指を止めない。

 

 しばらくトレーナー君にメッセージを送り続けたが、トレーナー君はごめんと私に返したきり一切の動きが無くなってしまった。

 

「………………」

 

 掛かりを見せるな、私。そう自分に言い聞かせるが、指の動きは止まらない。やがて指は音声通話ボタンに伸びて……。

 

 呼び出し音が生徒会室によく響いた。

 

 ……トレーナー君は中々呼び出しに出てくれなかった。

 

 根気よく待っていると、ついに。

 

「……もしもし」

 

 声が、聞けた。

 

 大切な物は失って初めて気付くと言うが…なるほどその通りだった。

 

「ルドルフ?」

 

「……もしもし、トレーナー君。おはよう」

 

 トレーナー君の声の調子は悪い。電話越しでも私を警戒しているようだ。

 …とても悲しいが、電話に出てくれただけありがたいと思おう。

 

「…おはよう、ルドルフ。……昨日は……ごめん」

 

「……何のことかな」

 

「え?」

 

「トレーナー君。昨日、何かあったのかな」

 

「え。いや……昨日、僕がルドルフから逃げて…」

 

「……おかしいね。私の記憶だとそんな事はなかったが…」

 

「えぇ? …ルドルフ、からかってる…?」

 

「…いや…」

 

「……トレーナー君。もしかして寝惚けているのかな?」

 

「そ、そんな訳」

 

「…トレーナー君。ここ数日の君は随分と疲れていたように見えた。それで帰宅してから悪夢でも見たんじゃ?」

 

「君が私から逃げるような事がある訳無いじゃないか」

 

「……えぇっと…」

 

 今の所40点だな。演劇について学ぶ機会があればすぐ学ばせてもらいたい……はぁ…。

 

「………………………………まぁ、今はそんな事はいいだろう」

 

「トレーナー君。トレーナー室に私物を忘れてしまっていたよ。大切な物は朝に取りに行くといい」

 

「ん…? あっ」

 

 トレーナー君は今気付いたようだった。それならば都合がいい。誘導しやくなる。

 

「あんな大事な物を…」

 

「トレーナー室の鍵も開けっ放しだった。疲れているなら休むべきだよ、トレーナー君」

 

「う、うん」

 

「…では、失礼するよ。また学園で」

 

 ブツリ、と私は電話を切った。かなり名残惜しかったが、私は贅沢を言っていられる状況にいない。

 

 これで多分、トレーナー君は学園には来てくれるだろう。第一関門は突破できた。

 

 そして緊張状態にあるトレーナー君がどのような行動を取るかはある程度わかる。その行動地点をエアグルーヴは巡回してくれているだろう。後はトレーナー君と二人きりになれる状況を待つのみ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……今度は逃さないよ、トレーナー君。




 とりあえずルドルフ編はこの話で一旦終わりとなります。新編中にsideルドルフ.2を投稿するかもしれません。この話の後はアンケートの結果で決まります。お楽しみに。
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